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ひしめき合う電子が見る2つの世界

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Academic year: 2021

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ひしめき合う電子が見る2つの世界

個人研究推進事業 研究領域「状態と変革」研究者(’97 ∼)

鹿 野 田   一 司   *

有機分子から成る固体の中を走る電子の運動エネルギーと電子間に働くクーロン 反発エネルギーは拮抗している。電子は決して自由ではない。ひしめき合ってい る。電子が飛び回る舞台である分子の間隔を変えると、牽制し合う電子の集団は、 一斉に止まって絶縁体になったり、一斉に動き出して超伝導にもなる。低温では、 これら2つの極限の世界は隣り合わせになっている。これは、自由な電子がただ 集まっただけでは決して起こらない。電子同士が激しくひしめき合ってこそ起こ る " 集団 " としての特性である。電子集団が見る2つの世界を、3つの方法で操 ることに成功した。

1.

ひしめき合う電子

本日は、このような発表の機会を与えていただきまし たオーガナイザー、関係者の皆様にまずお礼申し上げま す。私は固体の電子物性、かなり基礎的な学問分野なの ですが、そのような物理の研究を行っています。この科 学技術振興事業団の「状態と変革」という領域に参加さ せていただきまして、どんなことをしようとしたかと申 しますと、外からほんのわずかの力を加えるだけで電子 物性を大きく " 変革 " してやろうと思いました。 どんな状態でも力ずくで変えることは可能でしょう が、そうではなく、外から何らかのちょっとした力を与 えることによって状態がガラッと変わるということを、 電子の世界で起こしてやろうというのが私の研究のねら いです。 そのためには、表状態と裏状態と呼ぶべき2つの状態 が、その素性が全く異なるにもかかわらず、エネルギー 的に際どく拮抗している状況が欲しいのです。エネル ギーのバランスをちょっと崩すだけで、表が出たり裏が 出たりする。そのような系が欲しいのです。そこで、ま ずどのような状態の拮抗をねらったのかということから 話しを始めます。 固体の中では電子は自由でないということを先にお話 ししたいと思います。電子はマイナスの電荷を持ってい ます。ですから、お互いに静電的に反発し合っています。 電子はひしめき合っているのです。そういう反発し合う 電子の集団は、二つの拮抗する状態を取り得ます。一つ は電子の非局在状態、すなわち金属あるいは超伝導状態 です。もうひとつは、電子の局在状態、すなわち絶縁体 です。こういうものが常に表と裏の状態になり得るので す。 図 1 を見ていただきたいのですが、緑色の○印を分子、 赤の e-を電子と思ってください。金属と私達が呼んでい る状態は電子が自由に動ける状態なのですが、どうして 動くのでしょうか。絶対零度になってもどうして止まら ないのかといいますと、電子というのは量子力学的な波 動性を持っているわけです。ですから、広がろうとしま す。つまり動こうとした方がエネルギー的に安定です。そ の安定化エネルギーが固体物理学のいわゆるバンド理論 でいうところのエネルギーバンドという量です。電子は、 そのエネルギーバンドの幅の分だけ得をして広がろうと します。すなわち、金属や超伝導状態になろうとします。 図1 固体の中の電子。緑色の○は分子、e- は電 子を表す。 *東京大学大学院 工学系研究科 教授        

(2)

しかし一方で、電子は静電的な反発力を持っています から、一つの電子が隣の分子に動こうとすると、既に隣 の分子に居座っている電子をおしのけない限りこの電子 は動けない。電子間の反発力は電子の動きを妨げる働き をするのです。これが勝つと電子が各分子に止まる状態、 すなわち絶縁体になってしまいます。つまり、電子が動 くか止まるかは、バンド幅エネルギーと電子間反発エネ ルギーの大小で決まるのです。

2.

有機伝導体

さて、この2つのエネルギーが拮抗するような現実の 系が存在するのか? それが、今日ここでお話ししたい 有機物質なのです。金属や超伝導とは無縁のものと思わ れている有機物質が、実はこのような非局在状態(金属 状態、あるいは超伝導状態)と局在状態(絶縁体状態)の 間でエネルギー的にかなり際どく拮抗している物質なの です。そして、その拮抗を通常の無機固体ではなかなか 出来ないような三つの方法で制御できることがわかっ た。そういうことをお話ししたいと思います。  私が取り上げました一連の物質は、「擬二次元有機伝 導体」という層状物質です。BEDT-TTF という分子からな る層とXというアニオンから成る層からできています(図 2上参照)。組成比は 2:1 で、(BEDT-TTF) 2Xと総称されま す。X としては、Cu(NCS)2や Cu[N(CN)2]Br等、いろいろ なものが来るのですが、これら X に共通した点は、マイ ナス1価で閉殻構造を取っているということです。です から、X は伝導性にも磁性にも寄与しません。これが図 2 上に灰色で示した原子1層の絶縁層を作ります。絶縁体 の薄い紙がそこに入っていると思ってください。電気伝 導を担うのは BEDT-TTF 分子の層です。この分子は、図 に示しましたように炭素と硫黄と水素から成る平べった い分子なのです。青い太線は、分子を横から見たものを 表していると思っていただきたいのですが、このように 少し斜めになって並んでいます。この配列は紙面垂直方 向にも広がっており、この中で二次元の電気伝導が起こ ります。ものすごく電気が流れやすい状態になります。そ れに対して、垂直方向は、電気が非常に流れにくい。電 気伝導度は 1000 倍も違います。100 万倍ぐらい違う物質 もあるのです。 ここで面白いのは、この電気伝導を担う伝導層の中で、 BEDT-TTF分子がいろいろなレイアウトを取ることがで 図2 有機伝導体(BEDT-TTF) 2Xの構造、分子配 列。 きることです。X を変えるとレイアウトがまた変わりま す。レイアウトのタイプを私達はギリシャ文字で表記し ます。その中でも、多くの物質で、BEDT-TTF 分子が対 (2量体と呼びます)になる構造が見られます。典型的な 2量体のレイアウトを図 2 中に示しています。これは伝 導層を上から見た図だと思っていただきたいのですが、 左側の配列では2量体がチェッカーボードのように配列 していく。これを私たちは κ 型と呼んでいます。それに 対して、右側の配列では2量体が同じ方向を向いて並ん で伝導面となる。これは β 型と呼ばれます。ここでは、 2量体構造に限って話しを進めます。 さて、伝導層で電気伝導を担う電荷に注目してみま しょう。絶縁層 X はマイナス1価、つまり、伝導層から 電子を1個引き抜いているのです。BEDT-TTF と X の組 成比が 2:1 ですから、BEDT-TTF 2個から電子を1個引き 抜く、すなわち、2量体の中にはプラス電荷のホールが 1個存在し、これが動き回っていることになります。こ れからのお話はホールを電子と置き換えて進めていきま す。本質は変わりません。 図 2 下を見ていただきたいのですが、2量体に平均的 に1個存在する電子が、波として広がってバンド幅のエ

(3)

ネルギー W だけ得しようとする。ところが、図のように 隣の2量体に移動しようとすると、反発エネルギー U だ け高くなってしまう。ですから、U と W の拮抗というこ とになります。U が大きければ電子はお互いにがんじが らめになって各2量体に1個づつ止まってしまう。絶縁 体になってしまう。一方、バンドエネルギー W の方が大 きいと、電子は動いて金属になる。この際どい拮抗が、κ 型、β 型等の二次元有機伝導体で実現されているのでは ないかと考えました。図 3 をご覧ください。種々の2量 体配列の物質の電気抵抗を示しています。横軸が温度で、 縦軸が電気抵抗率です。どちらも対数スケールです。2 量当たり電子が1個居るという同じ状態でありながら、X を変えただけで電子の振るまいに大きなバリエーション があることが分かります。青線は、BEDT-TTF 分子が β 型という配列をして X が I3という物質ですが、室温から よい金属です。低温に向かって電気抵抗は下がり、7.5 K で抵抗ゼロ、すなわち超伝導になります。もうひとつの 局限は別の配列タイプ β’ 型で見られます。それは室温以 下抵抗がどんどん上昇する絶縁体です(黒色の曲線)。こ れら2つの極限の間に位置するのが赤で描いた κ 型です が、これが面白い。例えば、X 中の臭素を塩素に変える だけで、劇的な変化が現れます。臭素のときには、高温 側で非金属的に振る舞いますが、100K 以下で金属に、 11.5Kで超伝導になります。これが有機物質の中でいちば ん高い超伝導転移温度です。しかし、臭素を塩素に変え ますと、結晶構造はほとんど変わらないにもかかわらず、 室温以下ずっと絶縁体になってしまうのです。電気伝導 度の値を考えますと、半導体と言ったほうがいいのかも しれません。このように κ 型配列が、電子が動く/止ま るの境界にいるのです。U と W の競合がこの一連の有機 伝導体の中で起こっているのではないかと考えた次第で す。 この物質系で本当に U と W が同程度の値なのか?その 評価をしないことには、単なるアイデアに過ぎません。今 問題にしている物質についてはバンド計算から W の値が 知られています。クーロン反発エネルギー U も、ある仮 定のもとで求めることができます。実際に計算してみる と、これらが、同程度の値になりました。というわけで、 X という絶縁層の種類に依存して金属(超伝導)だった り絶縁体になったりするのは、X に依って伝導層の分子 配列が微妙に変わり U と W の大小関係が崩されることに 図3 種々の有機伝導体 (BEDT-TTF)2X の電気抵 抗。

3.

相図

以上の考察を基に、有機伝導体の電子状態を一つの相 図で表すことができます。図 4 を参照ください。縦軸が 温度で横軸が U/W です。金属や超伝導体(左側)と絶縁 体(右側)とを分ける縦に走る線が U/W ∼1に位置しま す。この線が電子が動く/止まるを分ける境界です。今 まで出てきた物質は、相図上で図のように位置している と考えれば、図3の電気伝導特性と矛盾しません。事実、 バンド計算に基づいた各物質の U/W の値の大小は、図に 示した順番とほぼ一致しています。(ただし、横軸の間隔 は、全く定量的なものではありません。) 次に私たちが見たいのは、系が金属側から U/W を増大 させて絶縁体との境界に向かったとき電子にどのような 変化が現れるかということです。U/W が小さい方から1 に近づくにつれて、電子は隣の 2 量体に移動しにくくな ります(図2下参照)。動くためには隣の電子を押しのけ て進まねばならないからです。したがって、“有効な”電 子の質量は U/W 大に伴い重くなると予想されます。これ は、Brinkman と Rice という理論家が、ハバードモデルと

(4)

図4 有機伝導体(BEDT-TTF)2Xの相図。 いう今考えている電子の状況を単純化したモデルにある 近似を施して得られた結果でもあります。彼等によれば、 U/W が大きくなって絶縁体転移に近づくにつれて、電子 の有効質量は発散するのです。 さて、現実の系ではどうか?ここでは詳しく説明する 時間がありませんが、電子比熱係数、スピン磁化率、NMR 緩和率(を温度で割った量)が電子の有効質量と相関の ある物理量なのです。図 5 に、実測されたこれらの物理 量を U/W を横軸にとってプロットしています。ご覧の通 り、U/W が絶縁体境界に近づくにつれて、発散するどこ ろか減少するという逆の傾向が見られます。この結果は、 金属から絶縁体へと転移する際の電子の様について基本 的な問題を投げかけています。質量が減少するように見 えるこの結果を与える原因はどこにあるのか ? この研究 で新たに提起された重大な問題です。今後、解決に向け た実験、理論双方からの研究が望まれます。

4.

電子の集団を操る

ところで、電子が動く/止まるという話を今までして きましたが、U/W を減少させて電子が動き出すととたん に超伝導になるのです(図4参照)。これは特筆すべきこ 図5 有機伝導体 (BEDT-TTF)2X の低温での電子 比熱係数、スピン磁化率、NMR緩和率。 とです。超伝導とは電子が抵抗ゼロで流れ得る状態で、す べての電子が量子力学的な波として位相も含めて一つの 同じ状態に陥っている電子の集団形態です。それに対し て、絶縁体状態は、お互いに避け合って離れ離れになっ た状態です。この天と地のような2つの世界を、電子の 集団は見るわけです。U/W を変えると、いきなり天から 地へと落ちる。その中間状態は無いのです。次のねらい は、この天と地の間で電子集団を操ろうということでし た。絶縁体境界近くに位置する超伝導物質 κ-(BEDT-TTF) 2Cu[N(CN) 2]Br(図4参照)にほんのちょっと何かをする ことによって、電子の世界をガラッと変えてみようとい うことです。そこで三つの方法を試しました。 一つ目は同位体置換、2番目は冷却速度の調節、3番 目は磁場の印加です(図6参照)。BEDT-TTF 分子には両 サイドに4個づつ水素原子がありますが、これを部分的 に重水素に変えていくのです(図6参照)。そうしますと、 分子配列が微妙に変わることが予想されます。徐々に重 水素の数を増やした時の電気抵抗の振るまいを示したも のが図 7 です。重水素が増えると絶縁体的な温度領域が

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より低温まで広がっているのが分かります。3個ずつ重 水素にしますと(図で d[3,3] と表記)、ほとんど絶縁体、 4個づつの重水素化(d[4,4] と表記)では絶縁体になって しまいます。通常、同位体効果というのは、このように ゼロ抵抗から絶縁体的な抵抗へという劇的な変化は起こ さないわけですが、この場合には、ほんの少しの分子配 列が重水素置換によって起こり、図 4 の相図で物質の位 置がより右がわに動き (U/W が増大し )、このような天か ら地への変化が起こったと考えざるを得ません。 図6 有機伝導体 κ-(BEDT-TTF)2Cu[N(CN)2]Brの 電子状態を制御する3つの方法。 試料を冷やす速度を変えても、試料の破壊などが無い 限り、通常は電子状態に変化が現れるはずもありません。 しかし、この有機伝導体では大きな変化が起こります。 80K 付近を速く冷却しますと、絶縁体状態が現れるので す(図 8 参照)。どうしてこのようなことが起こるので しょうか。実は、図にも示したように、BEDT-TTF 分子と いうのは端が振動しています。急冷しますとこの振動が 凍結します。そうすることによって分子配列に乱れが生 じます。その乱れによって絶縁体化が起こるというふう に私達は解釈しています。80K という温度は、分子振動 が急激におさまる温度と考えられます。 最後に磁場です。超伝導は磁場を嫌います。ゼロ磁場 で抵抗ゼロとなっていた超伝導状態に磁場をかけます と、通常は抵抗が復活し常伝導金属になってしまうので 図7 重水素化したときの有機伝導体 κ -(BEDT-TTF)2Cu[N(CN)2]Brの電気抵抗。 図8 冷却速度を変えたときの部分重水素化 κ -(BEDT-TTF) 2Cu[N(CN) 2]Brの電気抵抗。

(6)

す。図9をご覧ください。左図に示した重水素が無い場 合 (d[0,0])、ゼロ磁場下で鋭く超伝導転移していた電気抵 抗曲線が、14 テスラの磁場下では転移が消え最低温度ま で常伝導の抵抗のままとなります。これが、通常の振る 舞いなのです。ところが、中途半端に重水素を入れます と(右図、d[2,2])、ゼロ磁場下では同じように鋭い超伝導 転移を示した抵抗が磁場をかけると常伝導の抵抗値を通 り越して非金属的なところまで一気に上昇してしまう。 超伝導状態から常伝導状態を経ずに一気に絶縁体に転移 してしまうわけです。私達はこれを磁場誘起超伝導―絶 縁体転移と呼んでいます。しかも、磁場の上げ下げで電 気抵抗にヒステリシスが現れることも分かりました。つ まり、この超伝導―絶縁体転移は1次転移であるという ことです。まとめますと、図 4 の相図で絶縁体境界から 離れている超伝導は磁場によって破壊され金属になりま すが、境界に近い超伝導相は磁場によって絶縁体に変 わってしまうのです。ゼロ磁場と強磁場下の相図を図 9 下 に示してあります。 図9 有機伝導体 κ-(BEDT-TTF)2Cu[N(CN)2]Brの 非 重 水 素 体(d[0,0])及 び 部 分 重 水 素 体 (d[2,2])の低温磁場中電気抵抗。

5.

おわりに

このように、いくつかの手法で電子の集団を制御する ことができたわけですが、この話の結論として、まず、有 機分子性固体でひしめき合う電子集団は、電子の波動性 が極限として現れた超伝導状態と、電子の粒子性が現れ た絶縁体状態の二つの世界を見るんだということ。そし て、物理的/化学的手法によって、これら二つの極限状 態のあいだで電子集団を操ることができるのだというこ とを強調したいと思います。本日紹介しました研究は、基 礎物理学的なものですが、電子同士の相互作用をうまく 使って電子集団を操るという方法は物質科学に留まらず 応用への展開に大きな期待を抱かせるものです。20 世紀 のエレクトロニクスは根本的に一電子を操る技術を基礎 としてきました。来るべき世紀、ひしめき合う集団を操 る方法が新しい技術と呼べるようになる日が来ますよう に!今日七夕の日に祈りをこめる次第です。 この研究は、宮川和也(東大工)、谷口弘三(東大工、 現埼玉大理)河本充司(北大理)、中澤康浩(阪大理)の 諸氏の協力があってはじめて成し得たものです。ここに 深く感謝します。

参考文献

[1] 鹿野田一司、“有機導体系の金属―絶縁体転移”、日本物理 学会誌 54, pp.107-114 (1999).

[2] K. Kanoda, “Recent Progress in NMR Studies on Organic

Conductors”, Hyperfine Interactions, 104, 235-249, (1997).

[3] 鹿野田一司、“擬2次元有機伝導体における金属―非金属 転移と超伝導”、 物性研究 70, 137-145 (1998).

[4] A. Kawamoto, H. Taniguchi and K. Kanoda,

“Superconductor-Insulator Transition controlled by partial deuteration in BEDT-TTF salt”, J. Am. Chem. Soc., 120, 10984-10985 (1998).

[5] H. Taniguchi, A. Kawamoto, K. Kanoda,

“Superconductor-Insulator Phase Transformation in partially deuterated

κ-(BEDT-TTF)2Cu[N(CN)2]Br by control of the cooling rate”,

参照

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