学校数学におけるコンピュータの役割と機能:
日米教師に対するアンケート調査
The U.S.-Japan Teachers Questionnaire on Computer Use
in School Mathematics
藤井斉亮 熊谷光一 清水美憲
ToshiakiraFUJII KoichiKUMAGAI YoshinoriSHIMIZU
本研究の目的は,日米の小・中・高等学校の教師を対象に質問紙による調査を実施し,学校数学に おけるコンピュータの役割と機能に対する日米教師の考えを明らかにすることである.本稿では,調 査結果を概観した後,特に中学校の教師がコンピュータに対してどのような考えを持っているかに焦 点を当て,日米間・ユーザー一・ノンユーザー間・学校段階間の比較を行った.得られた主たる知見は 以下のとおりである. (1)ソフトの利用状況を学校段階別に比較すると,米国では学校段階の差異はないが,日本ではそ の差がみられ,小学校,中学校,高等学校で異なる種類のソフトが利用されている. (2)日米教師の考えを授業での問題解決に関連したコンピュータの利用について比較すると,「論理 的思考力を伸ばす」に関しては米国で高い反応率を示すが日本では低い.一方,「基礎的な知識・技 能の習得」は米国では低い反応率だが,日本では高い傾向が見出された.また,この実情と「プログ ラミング」等のソフトの利用実態とはあまり関連性がないことが判明した. (3)ユーザーとノンユーザーの傾向を比較すると,日本の場合は,ユーザー・ノンユーザー間の反 応に異なる傾向が見えるが,米国の場合,日本ほどの差異は見られない. キーワード:コンピュータ 数学的問題解決 比較文化的研究
1 はじめに
コンピュータの普及が教育の様々な分野に革命をもた らすであろと予測(期待)されながらも,学校教育現場 では依然として保守的傾向が強いように思われる.道具 としてのコンピュータは,他の道具がそうであるように, コンピュータそれ自体がより良い数学教育の展開を実現 させるわけではない.教室にコンピュータを設置しただ けでは何の改革も起きないのである.コンピュータを実 際の授業の中で具体的にかつ有効に機能させるためには, 先ず,教師自身の数学学習に対するコンピュータの役割 と機能の明確化が必要なのである.換言すれば,コンピュ ータをどう利用するかは各教師の考えや判断に依存して いるのである.そこで,コンピュータ利用の実態を調査 する一方で,そのような実態を産み出している一因と思 われる教師のコンピュータに対する考えを明らかにする ことは意義があろう.本研究では,幸いなことに米国の *理数教科教育教室 **上越教育大学 ***東京学芸大学 研究者の協力を得て,米国の教師に対しても国内と同様 の調査を実施することができた.比較文化的研究は,双 方の相違点やその背景・要因の解明が研究成果として期 待できるが,それにも増して,我が国で暗黙裡に前提と してきた事柄が顕在化し,新たな視点と研究課題が見出 せる点が重要である. i数学教育においてコンピュータの果たす役割は多様で あろう.本稿では,コンピュータの利用環境を概観した 後,特に,ソフトの利用状況,数学的問題解決能力の育 成におけるコンピュータの役割に焦点を当てている.こ の研究課題は,個別・一斉を問わずある特定の学習場面 において何らかの数学的問題をコンピュータを利用して 解決し,その活動を集約することを通して少なくとも帰 納的に解決されうるが,本研究では,間接的ではあるが, 教師に対する質問紙調査の方法を採用した.質問紙調査 それ自体の限界を十分に認識しつつ,日米教師が数学的 問題解決能力の育成におけるコンピュータの役割をどの ようにとらえているかを明らかにし,今後の研究の第一 歩としたいと考える. なお,本研究は,文部省科学研究費総合研究(A)課題番号02301108「数学的問題解決能力の育成におけるコ ンピュータの役割に関する日米比較文化的研究」研究代 表者:三輪辰郎(応用光学研究所)の一環として行われ た.調査の実施は各地区の研究協力者が対応した.従っ て,日本側調査のサンプリングは統計的視点からなされ たものではない.米国側のデータ収集については,米国 側研究協力者J.ベッカー教授(南イリノイ大学)に依 頼した.米国におけるデータ収集に関しては,都市部・ 農村部の区別をした上で,一部については数学教育教師 名簿からの無作為抽出によって質問紙を郵送し,データ を収集したと聞いている.日米データの集計処理は澤田 利夫(国立教育研究所)が行った.筆者らは研究討議会 を数回持ち,データの結果について考察した. 本稿では,先ず,皿で質問紙調査の方法・調査対象等 を述べ,皿で調査結果の中から本稿で特に必要と思われ る項目を概観した後,数学的問題解決におけるコンピュー タの役割について日米教師の考えを比較する.
H 調査対象と方法
1 調査対象と方法 日米とも小学校・中学校・高等学校・その他(米国に おけるミドルスクール等)の教師を対象に,コンピュー タが導入されている学校を選んで調査を依頼した.しか し,対象となった学校の教師全てがコンピュータを使用 しているわけではないので,「あなたは今年度,学習指 導でコンピュータを利用しましたか」と問い,ユーザー とノンユーザーを同定した上で,双方からデータを収集 した. なお,米国版質問紙については,日本版を英訳して米 国側共同研究者ベッカー教授に郵送し,米国ではこれに 従って米国版を作成し,調査を実施した.だが,この過 程で後述するように質問紙の内容・回答方法等に多少の 食い違いが生じている. 実施時期は平成3年1月∼2月が中心である.日本の 場合,その後平成4年6月までに届いたデータも今回の 分析に加えた.調査対象は下記のとおりである. 日本:総計155名 地区:東京・茨城・山梨・新潟・神奈川・広島 小学校 中学校 高等学校 その他 計 ユーザーノンユーザー 28 48 20 0 96 6 30 22 1 59 計 34 78 42 1 155 米国:総計145名 地区:イリノイ州 小学校 中学校 高等学校 その他 計 ユーザー一ノンユーザー 14 40 38 6 98 8 22 11 6 47 計 22 62 49 12 145 回答が得られた教師の年齢は,日本では30才代,米国 では40才代が多かった.性別では,米国の方が女性の割 合が高く全体の57%を占め,日本では14%であった. なお,米国のデータがイリノイ州のみのため,本調査 の結果を米国全体へ一般化することには注意が必要であ る. 2 調査内容 調査内容は以下の11項目から構成されている. ①指導学級におけるコンピュータの使用頻度 ②利用可能台数 ③利用場所 ④援助の有無 ⑤ソフトの利用状況 ⑥プログラム作成の状況 ⑦授業におけるコンピュータ利用の実態 ⑧他の教師との活動 ⑨学習指導に利用することへの意欲 ⑩コンピュータを使用しない理由 ⑪数学的問題解決におけるコンピュータの役割 上記項目は次の3つの観点を考慮して構成されている. 1)コンピュータの利用環境〔①∼⑩〕 2)学習指導におけるコンピュータ利用〔⑤∼⑩〕 3)コンピュータを利用した指導への期待〔⑪〕 1)はさらに物理的環境・人的環境・ソフトの環境に 分けられよう.物理的環境は①②③であり,人的環境は ④⑧である.ソフトに関しては⑤⑥である.なお,⑨⑩ は将来におけるコンピュータ利用の環境と言ってもよい であろう.2)では使用されているソフトの種類(⑤⑥) ,ソフトの利用の仕方(⑦)が構成要素に含まれる.3) は,特に数学的問題解決能力の育成におけるコンピュー タの役割に焦点を当てている. 3 分析の視点・方法 各調査項目について,日米間,ユーザーとノンユーザ一間,および学校段階の比較を中心に反応率を分析した. なお,以下の図表に示す分析結果においては,「無答」 を除外したために,合計が100%に満たない場合がある.
皿 調査結果とその考察
1 コンピュータの利用環境 調査ではコンピュータの利用場所について,「授業で コンピュータを使う場合,主にどこで使用しますか」と 問い,「教室」「コンピュータ室」「その他」が列挙され ている.しかし,回答の形式が日米でやや異なり,日本 版では「あてはまるものを一つえらんで番号に○をつけ てください」であり,米国版では「教室」「コンピュー タ室」「その他」に対して「はい」「いいえ」で答える形 式となっている.このように回答形式が異なるが傾向は 窺い知ることができよう. 「教師,アドミニストレイター,親」が列挙されている. 表2 他の人からのサポート有り全体
小
中高
表1 コンピュータの利用場所 日本米国
日本 30.2% 61.2% 39.% 20.8% 40.0% 57.1% 60.O% 68.4%綱
1.教室
2.コンピュ・一一タ室3.その他
13.5Y。 77.1 13.5 51.0% 80.6 10.2 今回の調査結果を見ると,日米ともにコンピュータの 利用はコンピュータ室が多いことがわかる.我が国の場 合,改訂学習指導要領の実施が小学校で平成4年度から, 中学校で平成5年度からであり,特に,中学校の場合コ ンピュータの環境は急速に整うことが十分予想される. 少なくとも物的環境についてはそうであろう.コンピュー タ室での利用は,大規模校の場合,使用頻度が低くなる 等の問題点もあるが,現状ではコンピュータ室の利用が 多いようである.なお,学校段階で区別してみると小学 校段階ではコンピュータ室よりも教室での使用が多い傾 向が窺える. 国別に見ると,全体では,日本で30.2%,米国で61.2 %の人が他の人からのサポートが得られるとしている. 米国の方が,他の人からの援助は受けやすいようだ. 学校段階別に見ると,米国では差はないが,日本の場 合,中学校ではサポートが少なく,各教師が一人でコン ピュータを取り扱い処理している傾向が窺える. 調査では,上記項目に関連して他の教師とのコミュニ ケーション・情報交換について問うている.サポートと 情報交換ではややニュァンスが異なるが,いずれも他の 教師との協力関係の実態として興味深い.調査では,具 体的には以下の項目(1)∼(3)を設定し,それぞれ にっいて「全く行わない」「たまに行う」「よく行う」を 選択させている.すなわち, (1)他の教師とコンピュータの教育利用全般にっい て話したり,協力しあう. (2)他の教師とコンピュータのプログラミング,成 績の記録などの専門的利用について話したり, 協力しあう. (3)コンピュータの利用について他の学校の教師と 会合をもつ. 表3 他の教師との情報交換等 米 国,(全体) 日 本(全体) まったくt!zS: たまに よくおこなう まL,,たくt!iS: たまに よくおこなう 2 他の人からのサポート 授業でコンピュータを活用しようとする際に,コンピュ ータの取り扱い方に関して,他の人のサポートが必要と なることは十分に考えられる.その体制が整っていれば, 新しい道具としてのコンピュータはより一層普段の授業 に浸透していくと考えられる. 調査ではこの点について「授業でコンピュータを使う とき,他の人に手伝ってもらえますか.」と問うている. なお,米国版では,サポートする人として,具体的に, (1) 5.1% 76.5% 18.4% 2.1% 50.0% 45.8% (2) 19.4 60.2 20.4 5.2 55.2 38.5 (3)10.2 73◆5 16.3 19.8 57.3 21.9 表3は,日米の結果を学校段階の区別をせずに全体的 傾向で示したものである.これを見ると,全体的に日本 の方が「よく行う」の数値が高い.だが,これはコンピュ ータに固有のことではないように思われる.すなわち, 一般的に日本の方が同僚の教師と情報交換等をよく行う のではないだろうか.実際,Stiglerは,日米及び台湾を比較して,日本の教師は同僚と情報交換等をよく行う と述べ,その理由として,「職員室」の存在や授業内容 が「学習指導要領」に基づいて共通である点を挙げてい る(Stigler,1991). 表5 ソフトの利用順位(日本)
小学校
中学校
高等学校
3 ソフトの利用状況 ソフトの利用状況について,「あなたは,学校でどの ようなソフトを使いましたか」と問い,15の選択肢を挙 げた.回答の仕方は日本版では各ソフトに対して,はい・ いいえのどちらかを選ぶ形式であり,米国版は最もよく 使うソフトを3つ選択する形式であった. このように日米で回答形式が異なるので,パーセント の数値自体の比較ではなく,順位に着眼していく.表4・ 表5は日米で多く利用されているソフト上位5位を並べ て整理したものである.(実際のパーセントの数値は資 料表1・資料表2を参照のこと)これらの表から日米の 各特徴を考察し,次に両者を比較検討してみよう. 1)米国の特徴 表4からわかるように,米国の結果を概観すると,学 校間での差異は見出せない.実際,次の4つのソフト: 「ドリル・問題練習」「教育用ゲーム」「プログラミング」 「チュートリアル」は何れの学校段階においても上位5 位の中にある.たとえば,「ドリル・問題練習」は小学 校で第1位,中学校で第2位,高等学校で第3位である. ソフトの具体的内容は学校段階によって異なるであろう が,小中高を通じて「ドリル・問題練習」のソフトが良 く利用されているのである.但し,米国の高校段階では 「数学的グラフィックス」が第1位であり,特徴的であ る.1 ドリル
2チn一トリアル3 CAI用の教材
4描画・作画
5採点処理
シュミレーションム採点処理
文章作成
表計算
カグラミング採点処理
数学的グカック文章作成
表4 ソフトの利用順位(米国)小学校
中学校
高等学校
教育用ケLム ドリル チュートリ}り} fuグラミング文章作成
CAI用の教材表計算
1 2 34
5 ドリル 教育用脳ム カグラミング チュートリア)P文章作成
数学的グラ7’pク チュートリアル ドリル ブログラミング 教育用脳ム 2)日本の特徴 学校段階に共通してよく用いられるソフトとして「採 点処理・成績処理」(小5位,中2位,高2位),「文章 作成・卓上印刷」(小6位,中3位,高4位)が見出せ るが,全体を概観すると,むしろ学校段階で用いられる ソフトが異なる傾向がある.この点が米国と異なる点で ある. たとえば,小学校で上位を占める「ドリル・問題練習」 「チュートリァル(個別指導)」「CAI用の教材作成」は, 中学校・高等学校段階へと進むにつれて順位が下がる. 中学校では,第1位が「シミュレーション」であり, 特徴的である. 高等学校では,小学校・中学校ではいずれも下位だっ た「プログラミング」「数学的グラフィックス」がそれ ぞれ第1位・3位に浮上し,特徴的である. 3)日米比較 各学校段階に共通してよく用いられるソフトが見出せ るが,その内容・種類は日米で異なるといえる. 学校段階別に考察すると,小学校では両国とも「ドリ ル・問題練習」「チュートリァル」が上位を占め,高等 学校では,両国とも「プログラミング」「数学的グラフィ ックス」が上位を占めており,これらの点では類似して いる. 一方,日本で比較的上位を占める「採点処理・成績処 理」は,米国では比較的下位であり,他方,「教育用ゲー ム」は日本では下位だが,米国では上位である. 4)考察 以上のように,日米間でソフトの利用状況に類似点・ 相違点が見出せる.日本の小学校で「ドリル・問題練習」 「チュートリアル」がよく用いられるのは,個別学習を 中心とし,基礎的知識・技能の習熟が意図されているた めであろう.米国では中・高でも同様の傾向が維持され る.これらのソフトが米国の中学校・高等学校で実際に どのように用いられているかを明らかにする必要があろ う. 米国でよく用いられ,日本ではそうではないソフトに 「教育用ゲーム」「プログラミング」がある.「教育用ゲーム」は米国版ではEducational Gamesとなってい
る.この用語から連想されるソフトの実態を日米双方で 吟味する必要があろう.また,「プログラミング」は,米国版ではPrograming Languages(e. g. LOGO, BASIC, Pascal)であり,括弧内の説明は日本版には ない.恐らく米国の教師はLOGOを念頭に置いて回答し たものと思われる. 表8 よくできる児童生徒をさらによくするため
米国(全体) 日本(全体)
鋏く酵 蹴 よく功う 詮く酵蹴 よく功う 4 自作プログラムと市販プログラムの利用 授業を展開していく中で,必要に応じて自作のプログ ラムを作ることもあろう.この点について日米の教師に 問うと,日本の方が自作プログラムを作ることが多いよ うだ.(表6参照)一方,市販プログラムの利用は米国 の方が多いようである.(表7参照) bl“ 22.4% 57.1% 16.3% 74.0% 17.7% 4.2% ,jy}}E 7.1 64.3 中学25.0 52.5 高校28.9 52.6 28.6 22.5 7.9 67.9 17◆9 14.3 77.1 16.7 0.0 75.0 20.0 0.0 表9 学級の他の児童生徒に追いつかせるために 表6 自作プログラムの利用米国(全体) 日本(全体)
詮く酵 蹴 よく功5 ま丈く瞳ぱ よく功5 米国(全体) 日本(全体) 銚 24.5% 49.0% 23.5% 60.4% 30.2%全く使わない
年に1∼2回
年に数回
それ以上使う 52.O% 24.5 12.2 9.2 26.O% 30.2 28.1 13.5 ,」寸¥t 21.4 50.0 中学 22.5 50.0 高校28.9 52.6 28.6 64.3 21◆4 27.5 54◆2 39.6 10.5 70◆0 20.0 5.2% 14.3 0.0 5.0 しますか」と問い,「1全くつかわない, 3よく使う」の選択肢を挙げている. 2たまに使う, 表7 市販プログラムの利用 米国(全体) 日本(全体)全く使わない
年に1∼2回
年に数回
それ以上使う 3.1% 7.1 35.7 53、1 29.2% 14.6 26.0 27.1 調査では,自作・市販の他に「本や雑誌にのっている プログラム」「学校で作成したり,研究会や他の学校と 交換したプログラム」を挙げたが,これらの項目に関し ては日米の差はあまりない.なお,「自作プログラム」 の解釈が日本の場合,米国に比べてやや曖昧であること も考えられる.実際,日本の場合,著作権等が米国程厳 しくなく,市販プログラム等を修正したものを「自作プ ログラム」と考える可能性があるからである. 5 授業でのコンピュータの利用の仕方・役割 数学的問題解決能力の育成におけるコンピュータの役 割を考察する前に,算数・数学の授業一般におけるコン ピュータの利用状況をみておこう.(表8・表9) 調査では,「あなたは算数・数学の授業の際,下記の (1)∼(6)の方法で,どの程度コンピュ 一一タを利用 (1)児童生徒がコンピュータを使って学習する. (2)コンピュータで何かを演示して授業をする. (3)コンピュータで児童生徒に試験をする. (4)よくできる児童生徒をさらによくするためにコン ピュータを使う (5)学級の他の児童生徒に追いっかせるために特定の 児童生徒にコンピュ・一一タによる指導を行う. (6)児童生徒がコンピュータをワープP,表計算,デー タベース利用などの道具として使う. これらの項目の内,(1)(2)(6)は日米であまり 差異はない.(3)は日米ともに低く,試験にコンピュー タを利用することはあまり行われていないようだ.日米 間の差異が見られたのは(4)(5)である.これらの 項目は個に応じたコンピュータの利用,すなわち,達成 度別にコンピュータを利用するという考えであり,この 考えは日本よりも米国に多く取り入れられているようだ. 日本では,全体のためという考え方が一般に強く,この 調査結果は,従来から指摘されている日本の教育現場の 傾向と整合的である. 6 数学的問題解決能力の育成におけるコンピュータの役割
調査では,算数・数学の授業での問題解決に関連したコンピュータ利用について次の6つの項目が設定され, それぞれの項目に対して「1はい」「2どちらともいえ ない」「3いいえ」を選択する形式がとられた. ①コンピュータを使うことによって,算数・数学の基礎 的な知識や技能を習得することができる.(知) ②コンピュータを使うことによって,児童・生徒の直観 力が養われる.(直) ③コンピュ・一一タを使った問題解決の授業によって,児童 生徒の論理的な思考力を伸ばすことができる.(論) ④コンピュータを使うことによって,児童・生徒がこれ まで解くことができなかった問題を解くことができる ようになる.(解く) ⑤コンピュータの導入によって,算数・数学で取り扱う ことのできる問題の内容が変わってくる.(内) ⑥コンピュータを使うことによって,児童・生徒の問題 解決の能力を伸ばすことができる.(問) なお,②は,本来③とペァにして設定された項目だが 米国版では残念なことに「直観intuition」が「指導 instruction」と誤記されたために,米国版の②は ②’コンピュータを使うことによって,児童・生徒へ の指導が促進される.(指) となる.従って,日米間での比較においてはこの項目を 除外して考察する. 1)分析結果の概観 日米のデータをそれぞれの国内でユーザー・ノンユー ザーを視点として比較してみる.図1は横軸にユーザー, ノンユーザー ◆指 問内 0 20 40 60 80 100 ユーザー 図1 日米全体:ユーザー・ノンユーザー比較 日・ 米◆ 縦軸にノンユーザーの反応率(%)〔「1はい」を選択し た反応率〕をとり,日米のデータを重ねたものである. ここでは,傾向を概観するために学校段階は区別してお らず,各学校段階の平均反応率がプロットされている. 上の散布図から以下のことが分かる. ア)反応率の高低 米国のデータの方が右上に位置しており,米国の方が 「はい」を選択した反応率が相対的に高いことがわかる. (平均では日本42%,米国69%) イ)ユーザー・ノンユーザー比較 日本の場合は,ユーザー・ノンユーザー間の反応に異 なる傾向が見えるが,米国の場合,日本ほどの差異は見 られない.日本の場合は,コンピュータを実際に使用し たかどうかがコンピュータに対する考え方に違いを産み 出しているようだ. なお,散布図は省略するが,同様の手続きで,日米両 国のデータ全体をユーザー同士で比べて見ると,データ の散布図が拡散しており,日本のユーザーと米国のユー ザーは異なる考え方を持っていることが分かる.このこ とはノンユーザー同士にも言える. 2)米国の特徴 図1の米国のデータにおいて,横軸と縦軸の数値が両 方とも大きい項目は「論理的思考力」(論)であり,特 徴的である.これはユーザー(横軸),ノンユーザー (縦軸)ともに,この項目に高い反応率を示したことを 意味している. 図1と同様の手続きで学校段階別に散布図を作ってみ ると,先ず,ユーザーの場合,米国の小学校,中学校で は何れも「論理的思考力」に対する反応率は第1位と高 い.(小100%,中90%)高等学校では第2位とやはり高 い反応率(89.5%)である.ノンユーザーの場合も,小 学校では第2位で75.0%,中学校では第1位で72.7%, 高等学校では第2位で72.7%と高い.(図省略) 一方,反応率の低い項目は,ユーザーの場合「解決の 可能性の拡大」(解く)と「基礎的な知識・技能の習得」 (知)である.実際,米国では小学校・中学校・高等学 校共に,これらの項目の反応率は最下位あるいは2番目 に低い.ノンユーザーの場合もほぼ同様の傾向が見られる. 3)日本の特徴 ユーザーを見ると,小学校・中学校では「基礎的な知 識・技能の習得」(知)の反応率が第1位で高く,特徴 的である.なお,高等学校ではこの項目はほぼ平均の値 である. また,「直観力の養成」(知)も小学校から順に3位, 2位,1位となっており,どの学校段階でも比較的高い 反応率を示す.
一方,日本において低い反応率を示す項目は,小・中 では「解決の可能性の拡大」(解く)である.中・高で は共通して「論理的思考力」が低い反応率を示している. 日本のノンユーザーを見ると,小・中・高ともに第1 位は「内容の変化」(内)であり,特徴的である.コン ピュータを使用していない教師は,コンピュータが導入 されると,算数・数学でとり扱うことのできる問題の内 容が変わってくると考えているようだ. ユーザーとノンユーザーの違いが見られる項目に, 「問題解決能力の伸長」(問)がある.ユーザーは相対的 に高い反応を示すが,ノンユーザーは低い反応を示す. 実際,小・中ではこの傾向が強く,中学校の場合,ユー ザー58.3%,ノンユーザー一一16.7%である. 4)日米比較 両国のデータをユーザー同士,ノンユーザー同士で比 較してみよう.ここでは中学校のデータを取り上げる. 図2・図3は,それぞれ中学校数学教師のユーザーとノ ンユーザーに対して,日米の反応率を示した散布図であ る.横軸を米国,縦軸を日本としている. 図2・図3の表内に垂直方向に引いた直線は米国の平 均,水平方向の直線は日本の平均を表している.これら を仮に座標軸とすると,第1象限に分布している項目は, 日米ともに高い反応を示していることになる.一方,第 3象限は,逆に,双方とも低い反応率であることになる. 第2・第4象限は日米の反応が食い違っている項目であ る. 日米の相違が見られる第2・第4象限のデータに着眼 すると,第4象限には「論理的思考力」(論)があり, 米国では高い反応率だが,日本では低いことがわかる. 逆に,第2象限には「基礎的な知識・技能の習得」(知) 日 s/%「 o 20 40 60 ㌫ 1°°米 図2 中学校:ユーザー・日米比較 日oo 80 60 内 40 知 口 /% o 解く o ⊇ム 20 日冊 問 0 O 20 40 0 80 100 58% 米 図3 中学校:ノンユーザー・日米比較 があり,米国では低い反応率だが,日本では高いことが わかる. 5)考察 ア)「論理的思考力」にっいて 米国の教師が,コンピュータを使うことによって,児 童・生徒の論理的思考力を伸ばすことができると考える のは何故だろうか. 先ず,「論理的思考力」という言葉の意味するところ が日米で「同じ」と仮定してみよう.すると,日米の相 違はコンピュータに対する考え方の相違から生じたと考 えられる.では,具体的にどのように異なるのか.本調 査で得られたデータ内で考察すると,米国で使用されて いるソフトとの関連が手掛かりとなる.米国では,プロ グラミングが小・中・高とどの学校段階でも高い使用頻 度を示していた.プログラミングの内容は,小学校段階 では恐らくLOGOであろうと推測されるが,何れにせよ, このソフトの利用状況と「論理的思考力」に対する高い 反応率とは整合的であると予想される.しかしながら, この予想に反して,「論理的思考力」を支持した教師の 「プログラミング」に対する反応率はそれほど高くはな いのである.実際,米国では,全体で38.2%,中学校の 教師で13.9%に過ぎない.むしろ日本の教師の方が,こ の数値は高く,全体で44.4%,中学校の教師で57.9%と なっている.米国側研究協力者J.ベッカー教授(南イ リノイ大学)は,米国の教師は算数・数学と「論理的思 考力」を極めて自然に結びつけると述べている.我が国 の場合,「論理的思考力」というとやや狭く,たとえば, 中学校数学の論証指導が連想される.すなわち,「論理 的思考力」の意味が日米で「同じ」という仮定は問題が あるようだ.
そこで,「論理的思考力」の意味が異なるという視点 から再度調査結果を吟味してみよう.すると,米国のデー タでは「論理的思考力」と「問題解決能力の伸長」が類 似の傾向を示しているが,日本ではそのような傾向は見 られないことがわかる.数学学習一般と共に,問題解決 との関連でも「論理的思考力:Logical thinking」の 意味を日米で吟味・分析してみる必要があろう. イ)「基礎的な知識・技能の習得」(知)について 一方,日本で高い反応であっても,米国で低いものに 「基礎的な知識・技能の習得」がある.この項目は日本 では特にユーザーの場合,ノ」・学校・中学校で第1位であっ たが,米国では小中高共に最下位に近い.我が国の場合, 「基礎的な知識・技能の習得」は,数学教育において重 要な目標となっている.このことがコンピュータを使用 している教師の考えにも反映していると考えられる.一 方,米国の教師は,コンピュータの導入によって,「基 礎的な知識・技能の習得」を図ろうとはしないようだ. 上記のことは,しかしながら,ソフトの利用状況との 関連で考察すると,日米共に整合性を欠くことになる. すなわち,日本では「ドリル・問題練習」のソフトの使 用頻度が中高で下がる傾向があり,一方,米国ではそれ が小中高を通して高いのである.日本の場合,基礎的知 識・技能の習熟が中学校・高等学校において軽視されて いるわけではないので,これらの学校段階の教師が, 「ドリル・問題練習」とコンピュータとの関連をどのよ うに考えているかを調査する必要があろう. ウ)ユーザー・ノンユーザー比較 図2と図3を比較して,コンピュータを使用していな いノンユーザーがユーザーに転じた場合,コンピュータ に対する考え方にどのような変化が見られるかを考察し てみよう.調査対象者が同一ではないので個人内の「変 化」ではないが,およその傾向は把握できると思われる. 図4は,図2と図3の散布図を平均の軸を一致させて重 ねたものである. 図4を見ると矢印が上下に動き,日本側に変化が見ら れ,米国側に変化が少ないことが分かる. また,「基礎的な知識・技能の習得」(知)と「論理的 思考力」(論)は第2・第4象限に位置し日米の相違が 増大することを示している.(先に述べたように,これ らの語句の意味するところが日米で異なるにせよ)これ らの項目に対する日米の反応はノンユーザーからユーザー に転じると益々広がることが示唆されるのである. 「問題解決能力の伸長」(問)は第1象限へと上昇し 日米共に反応率が伸びる傾向を示す.このことは,コン ピュータを使用していない教師がユーザーに転じると, 「コンピュータを使うことによって,児童・生徒の問題 日 00 8σ θO 60 知 内 60 40 知 問 一 5ノ汐 S0 〆’ Q0
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内∼論 解く問論
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図4 日米中学校教師:ノンユーザーからユーザーへの 変化 ノンユーザー(■),ユーザー(□) の能力を伸ばすことができる」と考えるようになる可能 性があることを示唆している. 一方,「内容の変化」(内)は日本のユーザーの反応率 が低いために右下がりに下降する.このことからノンユー ザーからユーザーに転じた教師は,「コンピュータの導 入によって,算数・数学で取り扱うことのできる問題の 内容が変わってくる」とは考えなくなると推測されるの である. IV おわりに 調査結果を概観すると,本研究で見出された日米間の 相違は単にコンピュータに対する教師の考えの差異が反 映されているのではなく,教育観・授業観そのものに対 する考えの差異が反映されていると思われる.我が国の 場合,これまでの教育・授業が前提となり,それをより よく展開するためにコンピュータをどう導入するかが問 題とされているように思う.換言すれば,日本の教師は 今の教育・授業がコンピュータの導入によって根底から 質的変容を遂げるとは考えていないのである.このこと は現在の教育実践でプライオリティの高い基礎的知識・ 技能の習得に日本の教師が高い反応率を示していること に表れている.実際,ソフトの利用では小学校で「ドリ ル・問題練習」が第一位であり,数学的問題解決能力の 育成におけるコンピュータの役割では小学校・中学校で 「基礎的知識・技能の育成」が第一位である. 一方,米国の場合,教師の考え方は日本よりフレキシ ブルであるように思う.コンピュータに対する期待も大 きく,また,既存の教育・授業を必ずしも前提としていない発想の豊かさが感じられる.このことは,調査項目 全般に日本よりもかなり高い反応率を示す実態として表 れている. 各調査項目の中から得られた主な知見は以下のとおり である. (1)ソフトの利用状況を学校段階別に比較すると,米 国では学校段階の差異はないが,日本ではその差がみら れ,小学校・中学校・高等学校で異なる種類のソフトが 利用されている. (2)算数・数学の授業での問題解決に関連したコンピュ ータの利用について教師の考えを日米間で比較すると, 「論理的思考力」に関しては米国で高い反応率を示すが 日本では低く,逆に,「基礎的な知識・技能の習得」は 米国では低い反応率だが,日本では高い傾向が見出され た.また,この実情と「プ1コグラミング」等のソフトの 利用実態とはあまり関連性がないことが判明した. (3)ユーザーの傾向とノンユーザーの傾向を比較する と,日本の場合は,ユーザー・ノンユーザー間の反応に 異なる傾向が見えるが,米国の場合,日本ほどの差異は 見られない. なお,質問紙調査の限界・問題点は,質問紙に記され た語句に対して回答者の経験の総体が異なることから, 得られた「回答」が「同一対象」に対する回答者の考え の「差異」を反映したものには必ずしもならない点であ る.本調査においても「論理的思考力」等においてこの ことが問題となった.しかし,このことは全てネガティ ブに捉える必要はなく,比較文化的研究においては,む しろ双方の相違点を顕在化させる手掛かりが見出せたと 考えることができよう.