• 検索結果がありません。

宗教倫理の実践と受持信行

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "宗教倫理の実践と受持信行"

Copied!
20
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

町 回 是

一 、 宗 教 倫 理 の 意 味 二 、 宗 教 倫 理 と 仏 教 倫 理 三 、 信 心 為 本 の 意 味 四 、 観 心 と 受 持 信 行 五 、 エ ピ ロ ー グ ハ 宗 教 倫 理 の 実 践 と 反 省 ﹀ 宗教倫理の意味 ( 15 ) 筆者がこの小論で用いている﹁禁欲的宗教倫理﹂とか﹁宗教倫理﹂という言葉は、筆者自身が世俗を離れて、西欧 の修道院に於て修道を実践したその過程で、修道院という共同体の内側で培ちかわれ惨み出てくる特異の宗教的艇臨 気 を 指 し て い る 。 筆者は一九七九年初秋の三カ月間、 東 西 宗 教 文 化 の 交 流 、 こ と に 霊 性 ︿ 色 。 の O 詳 問 。

v

w

a

g

﹀ の実践的交流を目的 と し た 企 画 に 参 加 、 特別招聴者の一人として渡欧することが許された。 そして西独の ﹁ 聖 オ ッ テ イ リ エ ン 修 道 院 ﹂

3

2

E

O

E

g

o a R ﹀と、伊国ロ l マ 近 郊 の ﹁ ネ l ミ神言会修道院﹂︵ Z 各 自 由 。 o g E m o V 削

W

R

S

自の♀邑各 1 ︽ ザ y ト ・ ア ル パ γ 修 道 尼 院 V

8

4

﹃ 020 ﹀に於て修道を倶にした。その他西ドイツ圏内有数の修道院を十数カ所を見学研修、女子修道院内で一日 の修道を体験した。以下の小稿は霊性の実践的交流のなかで、殊に日蓮宗の学徒としては最初の修道生活という特異 宗 教 倫 理 の 実 践 と 受 持 信 行 ︵ 町 田 ﹀

(2)

宗 教 倫 理 の 実 践 と 受 持 信 行 ハ 町 田 ﹀ の体験を踏まえて、修道の有つ倫理性と、当宗の行学二道の勧奨とが、どのように融合し合えるか、その可能性を見 い 出 そ う と す る も の で あ る 。 ︽ 四 八 O 頃 t 五 回 − − − V 占 有 ル デ VAV − M L ベネデイクト修道会に所属する修道院に於ては、始祖ベネデイクトウスによって改革樹立された修道戒則の精神 が、歴史的には腐敗・再建・迫害・復興と試行錯誤の試練を経て、現代に継承され道守されている。修道の日課は、 7 ι H A E − ゲ ホ ル ザ A 祈ること・労働すること・学習することであり、その修道を全うするために、禁欲的な倫理徳目である清貧・従順・ 2 イ V 品ハイト a I ダ ア , V セ Y 貞潔・定住などを生涯の哲願としている。こうした修道普願

28Q

g m

o g

z o

v

を全うするためには銀苦を強 い ら れ 、 きわめて禁欲的生活の中に埋没していくのではないかと思われた。 然 る に 修 道 士 ︿ 尼 ﹀ は、底抜けに明る く、喜々として修道日課を実践していた。祈り・働き・学びの修道のなかで、美事に禁欲的宗教倫理が昇華せられ、 その実践によって愛を深め、信仰を強め、謙遜の徳を積み重ね、当に行動する愛の使徒となっていくのである。 ベ ギ I 舟 デ ゲ 品 目 品 九 ト テ イ デ γhy ヤフト 我々の欲望・欲情・煩悩などを抑止するための手段を想起するの 我々は禁欲ハ色。﹀ m W 8 0 ︶ の 意 味 を 問 う と き 、 である。つまり断食行・巡礼行脚・休浴・粗衣粗食・経典読鶏・沈黙行・隠遁生活などの、精神的苛酷の状態、また 肉体的虐使の状態におくことで禁欲生活が持続できるかの様に思っているのである。元々、 ﹁ 禁 欲 ﹂ の 語 源 と さ れ る ギリシア語の﹁

k r ω

間同盟

ω

﹂は訓練とか修行の意であり、それから派生した独逸語の﹁﹀

ω

n o

g

− ﹀

ω

8

8

﹂は修練・精 神・禁欲などと訳出されている。随って語意のうえからも、東洋的苦行︿肉体的虐使・精神的特訓﹀によって、禁欲 倫理の目的が達成できるかの如く思われているのである。 然しながら、禁欲のための禁欲を当為とする行為にあっては、決して禁欲的宗教倫理の理想目的は成就されないの ︽ 院 長 以 下 百 二 十 各 の 大 共 同 体 ︾ である。筆者が修道を倶にした﹁聖オツテイリエン修道院﹂の修道士遠の修道日課は厳しいものである。たとえば泥

(3)

︽ 農 牧 草 地 図 豆 O へ Pタール﹀︽乳牛一一一豆 O 顕・豚ニ玄 O 顕 ︾ と汗にまみれて農耕に従事し、臭気漂う牛や豚の飼育などは、我々からすればその作業から逃避したくなる程の労働 である。所が彼等にとって、その毎日の労働の時が、神とイエズスの召命に叶う歓喜の祈りの時なのである。即ち、 修道士は修道戒則を遵守し実践することで、愛徳を深めて﹁救済への道﹂

2

8

ω又包﹀が聞かれるとしているの で あ る 。 ー す が ト ラ オ 7 1 F ゲ 71 ル ヲ イ デ y h y 晶 子 1 串 Y 我々が自己の存在を意識することの契機は、悲哀・苦悶・慎悩・坤吟といった生の限界状況下に投げ出されたとき ︽ き ん であろう。そして宗教的実存をたしかめる契機は俄侮︵

a o

﹁ 機 げ を す る と き ︾ 悔 の 行 ﹂ 回 E30 ﹀ の と き で は な か ろ う か 。 い う ま で も な く 、 ︵ 同

g

E

E

m

g

ロ 回 ロ 明 。 ﹀ は 、 この自己が罪業の織れにあることを認め、 自己の全てを投棄して忍恕を諦 う行為である。随って俄悔の行は、自己の社会的地位とか名誉、虚飾や騎慢などをかなぐり棄てて、赤裸々な姿とな ( 17 ) ら な け れ ば な ら な い 。 ︽ 一 八 八 五 t 一 九 三 六 ︾ l ︽ 1 v 曽て閏辺元博士は、﹁俄悔とは自己の存在資格を無とすることである﹂と述べておられるが、 お ご 0

2

8

z

w

v

g

﹀ 世 俗 的 名 誉 と か 虚 飾 な ど を 棄 て る こ と 、 こ の 自 己 を ﹁ 無 ﹂ と す る た め に は 、 つまり絶対的な克己心がなければならな し、

此処で禁欲的な修道倫理ハ清貧・従順・貞潔﹀について少し言及しておきたい。第一の﹁清貧﹂ ︿ 色 。 ﹀ 同 日 ロ 件 ﹀ の 修道普願であるが、ひとたび修道士となり﹁清貧﹂の生涯を全うするためには、人生のしがらみから完全に脱却しな ければならない。即ち社会的名誉とか地位、財産はもとより、慈愛の父母・恩愛の師とも今生の訣別、血肉を分けた せ つ な さ 兄弟姉妹とも別れるという働突の悲しみをも克服し、人生の哀感を超えていかなければならない。仏道修行における 棄思入無為・真実報恩者の菩提心とも相い通ずる決定的寄願が要請されるのである。 宗 教 倫 理 の 実 践 と 受 持 信 行 ︵ 町 田 ﹀

(4)

修道士は第二に﹁従順﹂ 宗 教 倫 理 の 実 践 と 受 持 信 行 ハ 町 田 ﹀

2

0

の O H H O H

8

自︶の普願を立てる。自己の全身を神とイエズスに献身する絶対服従の生 活に入るのである。修道日課においては、院長を牧者となし、それに仕える小羊のごとく従順の生活を確立していく ︽ ノ ト ケ ル ・ ポ ル ヲ 師 ︾ のである。聖オッテイリエンの修道院長は、当時若干三十九歳であったが、ドイツ圏内修道会の中心的人物であり、 ︻ 神 学 と 哲 学 の 博 士 号 ・ 六 カ 関 b z 駆 使 す る 英 才 ︾ その篤信と博識を兼備した俊英、指導力と決断力に優れ、共同体全員から偉大な牧者として絶大の信望を得ていた。 さて、修道哲願における﹁従順﹂は、自己を神に奉献する行為ではあるが、それは盲目的追従ではなく、自己の主体 内 印 度 カ ル カ ツ タ に 於 て 貧 民 の 毅 済 に 生 涯 を 婦 げ て い る マ ザ 1 ・ テ レ ザ 修 道 尼 の 療 を 想 起 し て 欲 し い ︾ 性に於て奉献されるものであり、ときには辺境の地に殉教の使徒となることも辞さないのである。

s

s

r

o

m o

v v

a c

の問題がある。我々の日常的な知性とか理性では処置の 第三の宗教倫理の徳目として﹁貞潔﹂ M 7 M V 畠 ν ツ邑ト P1 ベ ゼ VPR − A M 唱 F 且 7 p

I ト できない性愛とか、性欲、性生活といった本能的煩悩の問題が根本となっている。 修道士は性愛をイエズスに奉献 独身の生涯を不変の基盤としていくのである。筆者にとって貞潔の問題は、 内 2 v で、修道院長に対して忌僚のない意見を求めてみた。結論づけて云えば、修道士は貞潔の問題は超越しており、只ひ ︽ 隣 人 震 ・ 袋 徳 ぜ たすらの祈りの生活と、対他実践倫理に生きることに悦びの世界を求めているのである。 し 渡欧する前から関心事であったの 註 ︵ 1 ﹀ 田 辺 元 ﹃ 蛾 悔 道 と し て の 哲 学 ﹄ ハ 現 代 日 本 思 想 大 系 お ・ 田 辺 元 集 二 五 五 頁 ・ 筑 摩 曹 房 ﹀ 。 此 告 は 田 辺 博 士 ご 自 身 の 俄 悔 道 の 告 白 書 と も 云 え る も の で あ る 。 然 し 博 士 の 立 場 は 同 密 の 中 で ﹁ : ・ 俄 悔 道 が 親 鰐 の 教 行 信 証 に 指 導 せ ら れ る に 及 び ・ : 還 相 廻 向 な き 深 き 思 想 に 導 か れ て 特 異 の 宗 教 的 社 会 思 想 を 示 唆 せ ら れ る 。 そ れ は キ リ ス ト 教 的 隣 人 愛 の 平 等 と 異 な る ﹂ ハ 前 掲 書 二 五 八 頁 ︶ と 述 べ ら れ る 如 く 、 敗 戦 直 後 の 博 士 の 晩 年 は 、 絶 対 他 力 弥 陀 の 本 願 に 自 己 を ゆ だ ね る 俄 悔 道 の 哲 学 に 投 入 し て お ら れ た の で あ る 。 ︿ 2 ﹀ 筆 者 は 聖 オ ッ テ イ リ エ γ 修 道 院 長 ハ 司 ユ

B

B

一Z

o

g

w

a

毛 色 。 に 対 し て 、 貞 潔 の あ り 様 に つ い て 尋 ね て み た 。 院 長 は 速 座 に マ タ イ 伝 ・ ル カ 伝 ・ コ リ γ ト 書 な ど 縦 横 に 引 用 さ れ 、 お よ そ 次 の 様 に 応 答 し て く れ た 。 ﹁ ・ : 私 は 神 の 恩 寵 を 享 け て 独 身 生 活 を 選 び ま し た 。 私 を 愛 し て く だ さ る イ エ ズ ス の た め に 生 き た い と 顕 い 、 イ エ ズ ス と 同 じ 生 涯

(5)

で あ り た い と 望 ん で い ま す 。 : : : 神 が 私 を 愛 し て い る こ と を 思 う と き 、 貞 潔 は 可 能 と な り ま す 。 独 身 の 目 的 は 完 全 な 人 間 と な る こ と で は な く 、 神 か ら 愛 さ れ て い る か ら 、 そ の 愛 を 神 へ 返 さ な け れ ば な な ら い の で す : : : ﹂ ご 九 七 九 年 九 月 十 五 日 ・ 町 田 の 研 修 筆 録 ノ l ト よ り 抜 書 ︶ 筆 者 は 当 座 、 院 長 の 応 答 の 内 容 が 理 解 で き な か っ た 。 し か し 修 道 生 活 三 週 間 、 四 週 間 と 経 過 す る に 伴 い 、 筆 者 自 身 が い つ し か 性 欲 煩 悩 か ら 完 全 に 解 放 さ れ て い る こ と を 知 っ た 。 筆 者 は 修 道 院 滞 留 中 、 行 動 の 自 由 が 許 さ れ て お り 一 日 お き に 近 郊 の 市 中 へ 自 学 研 修 に 出 掛 け た が 、 そ の 時 、 妙 齢 な 女 性 遥 か ら 親 愛 の 抱 擁 の 挨 拶 を さ れ 肉 感 的 な 誘 惑 の 場 に 何 度 も 会 っ た 。 し か し 帰 国 す る ま で 異 性 に 対 す る 妄 念 は 脳 裏 か ら 脱 却 し て い た 。 筆 者 は 貞 潔 倫 理 を 修 道 普 願 と す る 意 味 を 、 修 道 の 実 践 を 通 し て 知 る こ と が 出 来 た の で あ っ た 。 宗教倫理と仏教倫理 キリスト教が教示する対社会的の宗教倫理は、所調、山上の説諭とされる﹁マタイ聖福音番﹂をみれば充分である ( 19) う 向内 OM イエズス云い給う﹁殺す勿れ、姦淫する勿れ、盗む勿れ、偽証を立つる勿れ﹂ ﹁父と母とを敬え﹂また﹁己れのごとく汝の隣を愛すベし﹂ こ ζ ゐ ︽ S V イエズス云い給う﹁汝、心を尽し精神を尽し、思を尽して主なる汝の神を愛すベし﹂ 汝の隣を愛し汝の仇を憎むべしと云えることあるを汝等きけり。されど我は汝等に告ぐ、汝らの仇を愛し、汝ら 門 店 v v を寅むる者のために祈れ。 ︽ 仏 放 の 五 戒 に 相 当 ︸ ハ 品 目 OMMg 色肉付

g

o

v

g

a

R

R

m

﹀によれば、社会的世俗倫理を全うして隣人愛に徹 せよと示されている。而して問題となるのは、隣人愛

2

S

Z

R

v

g

g

ロロ$$の意味である。即ち﹁隣人を愛し、 この有名な﹁山上の垂訓﹂ 宗 教 倫 理 の 実 践 と 受 持 信 行 ︿ 町 田 ﹀

(6)

宗 教 倫 理 の 実 践 と 受 持 信 行 ︿ 町 田 ﹀ ︽ 散 ︾ ︽ 迫 密 着 ︾ 敵を憎む﹂という対人関係は至極当りまえの感情であるが、然し﹁仇を愛し、貴むる者のために祈れ﹂との説諭は、 世俗的道義を超えた宗教倫理の強調である。 ﹁仇を愛し・迫害者のために祈れ﹂ということは、崇高なる愛徳︵色。 切 刷 用 BVO 昼間志向。の勧奨であり、無私の愛︿

g

a

問 。

B

P

E

向 島 o F S σ 0 ﹀の実践を勧めてやまない倫理観である。こ 門 g a v の ﹁ 愛 徳 ﹂ を 強 調 す る 精 神 は 、 仏教が強調するところの無縁逆縁者に対しても注がれる慈悲心と融通するものがあ る。筆者が修道共同生活を倶にした﹁聖オッテイリエン﹂に於ては、愛徳の精神はむしろ当然のこととして修道士の 一人一人が享受しており、机上の議論としてではなく、実践倫理として修道日課のなかに生かされていた。 ︽ 智 慈 ︼ ︽ 般 若 ︾ 他 方 、 釈 尊 の 教 え は 洞 見 ︵ 色 。 何 凶 器 問 。

r

C

によって解脱への道を目指すとされている。つまり洞見を体得すること が す で に 救 済 な の で あ る 。 我々の日常的な知識

2

8

4

g

g

︶ の ︽ 観 想 ︾ 概念とは全く次元を異にするのである。釈尊が教示されるのは知識の体系ではなく、その洞見が膜想と深く関わりつ 内 7 v つ ﹁ 救 済 の 道 ﹂

28

a z

u p

e

を命題としていることである。 ︽ 規 剛 志 円 借 釈尊における﹁救済の道﹂という命題は、実践的方法としては﹁八正道﹂として提示されている。八正道とは、正 仰︾︽決意︾︽宮恭︾︽行為︾︽牛活︾︽努力︾︽思惟︾︽沈潜︾ 見・正思・正語・正業・正命・正精進・正念・正定の八種類の実践的生活規純である。そして八正道は実践の方途に しかし、その解脱を目指す智惑の由来と方法は、 則して云えば、次の固形態に要約することが許されよう。すなわち第一は、正業・正精進・正命・正語に於ける正し い 態 度 を 目 指 す る も の で あ っ て 、 所 調 ﹁ 品 性 ﹂ ︿ 品 目 。 伺

S8

︶と表現されるものであり、これは修行に当って自らに課 する戒めであり、七仏通戒備を参倍すれば諸悪莫作・諸善幸行の倫理規範の実践を勧めている。随って仏教の﹁戒﹂

28

g

o

s

・発信仰﹀に相当しよう。第二は、正定・正見など専ら脹想沈潜して心の動揺を静めることを目指すも ので、七仏通戒傷を参倍すれば自浄其意を当てることが出来、仏教の﹁定﹂ハ島 O ︿ o a r w 同

g m

・ 党

g

g

脚 色

E

﹀に相当

(7)

︽ 覚 智 ︾ しよう。第三は、正念・正思など専ら事物や道理を分別判断する心作用であって、 仏 教 の ﹁ 懇 ﹂ ︵ 門 出 。 阿 宮 ω 。 何 回 付 ・ 党 句

g

B

e

に相当しよう。第四は、煩悩的人聞から解放されて救済の道を歩むものである。 さて先の四形態は解脱

S

S

開 ユ 宏

g

悶 ・ 党 自 ロ

w

g

︶ へ至る為の実践的規純であるが、 大事なことは戒︵品性﹀定 ハ隈想︶幾︿覚智﹀の三学は互に相乗的に作用し合って、霊性を高め、解脱に至る契機となっていることである。釈 尊の説く品性・膜想・覚智は、言葉で表現すれば思弁的思惟の形をとってはいるが、しかし思弁的思惟に依って理解 本化律としての戒定慈の三学を夫々に品性・ しではならない。筆者自身の宗教倫理の実践を踏まえて云うならば、 メ デ イ タ チ オ Y ア イ Y ジ ア ヒ 膜想・覚智と置きかえて、文字通り実践倫理と受容することもあながち無理ではない。 ︽ 品 位 ︾ ︽ 際 恕 ︾ 繰り返して云えば、﹁戒﹂は身口意の三業に悪を止め普を勧めて﹁定﹂を扶ける。﹁定﹂は雑念妄念を払拭して安 む き ﹄ ︽ 覚 蜘 n v 定境地に住して﹁懇﹂を発す。そして﹁慈﹂は煩悩を断じて真理を見究めて仏道を証得せしめるのである。即ち品性 ( 21 ) ・限想・覚智と、戒定慈三学は、修道と仏道の倫理的規範として機能し、霊性を高め救済と解脱への道を開くのであ る

註 r

r

r

.

.

f「

*

7 6 5 4 3 長 〉 ) ) 〉 〉 〉 円 前 前 前 マ 。 目 密 書 番 タ 中 こ 5 32 19イ 村 吉 章 章 章 聖 ラE琶・ 43 37 19福

5

・ 節 節 音 • 440 0番 l回 節 目 タ 呈 。 章 マ

S

}!

E副 長日 プ ロ 0 ~ ;s ダ ー 」 Z

S

~、I 『 フE E

3

11 .... 巻

d

• (D°

i

j

ロ 五 日 本

E

ム 8

五 5 頁 九

0 E

8

包 旭 雄 訳 ー守 仏 陀 と 竜 樹 L.. 理 想 社 刊 四 宗 教 倫 理 の 実 践 と 受 持 信 行 ︵ 町 田 ﹀

(8)

宗 教 倫 理 の 実 践 と 受 持 信 行 ハ 町 田 ﹀

信心為本の意味

2

0

吋 の 宮 ロ

σ 0

﹀ の 意 味 を 問 う と き 、 直 に 想 起 す る 語 と し て は 党 語 の ﹁ 肺 門 脚 色 色 宮 ﹂ が 有 る 。 周 知 の よ う 円 借 仰 を 深 め る ζ と ︾ に﹁宵包缶百﹂は、僻怠を除き智懇を磨き行を全うして、悟道を目指すことを勧めている語である。 我 々 が ﹁ 信 ﹂ と こ ろ で 発 語 の ﹁ 船 内 包 島 町

ω

﹂に含まれている実践的信行知の問題については、 たとえば﹃法華玄義﹄の次の一文が 想 起 さ れ る 。 夫 行 名 − − 進 趣 − 非 ν 智不 ν 前 。 智 解 導 レ 行 非 ν 境不レ正。智目行足・到清涼匂 この有名な一文の意は、智に導かれて浬梁の境地に至る所の実践が行であり、智と行との不可分関係を如実に教示 したものである o その出典は﹃大智度論﹄訟恒謙一位号に説かれる所であるが、智嶺においては、智目を教︿理論的 研究﹀となし、行足を観ハ実践修行︶となし、教観を併せ修めることを強調するのである。 ﹃ 法 華 玄 義 ﹄ は 更 に 続 け て 迷 レ 理 故 起 ν o 解 レ 理 故 生 ν 智 。 智 為 − 一 行 本 − 因 = 於 智 目 − 事 長 行 足 − 。 目 足 及 境 三 法 為 ν 乗 。 乗 − − 於 是 乗 − 入 − − 清 涼 u 向 ∼ と説くのである。つまり信仰対象の境、衆生の智慧と、智惑によって生する行、この信行智の三法が具足して解脱 ︽ 修 道 院 生 活 ︾ の道に至るとしている。とくに智嶺は﹁智ハ行ノ本ナリ﹂と示したのであるが、しかし筆者自身の宗教倫理の実践を 通して得たものは、日蓮聖人が﹁信心為本﹂と示し、 ﹁以信代懇﹂と勧説された教えこそ、理の宗教を超えて事の宗 教を関顕されていることであった。 日蓮聖人における信行知を問題とするとき、みずから﹁行学二道ヲ励ミ候ウベシ﹂ ︿態様蒜むと示され、その行

(9)

学の根本に﹁信﹂を据えて﹁信心為本﹂

a m

調 矧 ぜ と 唱 導 さ れ 、 妙法五字を受持する絶対信に住するとき、 その信仰 の帰結として﹃本尊抄﹄において﹁自然譲与﹂ ハ 倒 44 ﹀ の功徳を明らかにされるのである。建治三年四月の﹃四信五 室少 ︵ 諮 獄 純 一 ﹀ の 一 文 中 に ﹁ 以 信 代 慧 ﹂ ・ ﹁ 信 心 為 本 ﹂ の 宗 教 が 強 調 さ れ て い る 。 ・ : 中 略 ・ : 其 中 分 別 功 徳 品 四 信 与 = 五 品 − 修 − 一 行 法 華 − 之 大 要 在 世 減 後 之 亀 鏡 也 。 ・ : 中 略 ・ : 其 中 現 在 四 信 之 初 一 念 信 J ほ う け ふ 解 与 − 一 滅 後 五 品 第 一 初 随 喜 − 此 二 処 一 同 百 界 千 如 一 念 三 千 宝 箆 十 方 三 世 諸 仏 出 門 也 。 ・ : 中 略 : ・ 問 入 = 末 法 − 初 心 − h 丸 ル ヤ J ’ ヤ テ F た り ι h v

,,・

A − F S 内 向 v p h v テ J 行 者 必 具 = 円 三 学 − 不 。 答 日 此 義 為 コ 大 事 − 。 故 勘 = 出 経 文 − 送 − − 付 貴 辺 − 。 所 調 五 品 之 初 二 三 品 仏 正 制 = 止 戒 定 二 法 − へ テ ヲ 一 向 限 − − 慈 一 分 − 。 慧 又 不 ν 堪以レ信代議。信一字為レ詮。不良一閥提誘法ぽ信誌区名字即位均 本書は下総若宮の富木常忍氏から、 日昭弁阿闇梨を介して、身延山の日蓮聖人に対して、 ﹁ 末 法 ノ 初 心 ノ 行 者 ハ 円 ノ三学ヲ具スルヤ否ヤ﹂と、法華経の修行に就ての不審状を塁したのであるが、それに対して末法初心者の法華経修 ( 23 ) 行の方途を明確に答えられたものである。今、前掲の御文書の意を繰り返して述べておけば、 ﹁末代ノ修行法トシテハ法華経迩本二門ノ流通分ノウチ、就中、分別功徳品ノ後半ノ現在ノ四信ハ一念信解・略解 言趣・広為他説・深信観成︶ト滅後ノ五品︵初随喜品・読諦品・説法品・兼行六度品・正行六度品﹀トガ法華経修行 ノ亀鏡デアル。殊ニ四信ノ初ノ一念信解ト五品ノ第一ノ随喜品トガ百界千如一念三千ノ宝ノ箱デアリ、十方三世諸仏 ノ 出 門 デ ア ル ﹂ と法華修行の大要を教示されながら、 ﹃四信五品紗﹄の官頭の問題点である﹁末代初心行者ノ三学具備﹂の問題点 を 再 び 提 示 し つ つ 、 ﹁ 五 品 ノ 初 ・ 二 ・ 三 口 問 ニ ハ 仏 正 シ ク 戒 定 ノ 二 法 ヲ 制 止 シ テ 、 一向ニ懇ノ一分ュ限ル。慧モ又堪へザレパ信ヲ以テ懇 宗 教 倫 理 の 実 践 と 受 持 信 行 ︿ 町 田 ﹀

(10)

宗 教 倫 理 の 実 践 と 受 持 信 行 ハ 町 田 ﹀ −一代ウ。信ノ一字ヲ詮トナス。不信ハ一間提語法ノ困、信ハ慧ノ因、名字即ノ位也﹂ と教示される。つまり末法初心者は三学を具備することがなくとも、懇学だけでも良い事になるが、然し末法初心 劣機は懇学には堪え得ないから、慈の代りに信心を以ってせよと、 ﹁以信代懇﹂の四文字を勧説されるのである。そ して、以信代態を正行とする典拠は、先の﹃四信五口問紗﹄に於ても、法華経の分別功徳ロ聞に説示される一念信解と初 随喜の精神を軌範とすべきことを示される。 ︽

u v

乃 至 、 能 生 − 二 念 信 解 − 、 所 ν 得 功 徳 、 無 レ 有 − 一 限 量 − ︽

m v

又 復 如 来 滅 後 、 若 聞 − − 是 経 − 、 而 不 − − 駿 皆 − 、 起 − − 随 喜 心 − 、 当 ν知己為・深信解相、何況、読詞受持之者

e

一念信解の功徳は﹁得ル所ノ功徳ハ限量アルコト無カラ γ ﹂と示し、五波羅蜜の修行に倍 法 華 経 の 教 説 に よ れ ば 、 すること百千万億となし、その広大無辺の功徳を明かにする。その一念信解によって受持される﹁信﹂は、初随喜の 法悦に結実されるとする。日蓮聖人は一念信解・初随喜の教説を享けて、末法劣機の修行法として以信代慧と示し、 信心為本の教義を根本となし、唱題受持の信行を勧奨するのである。 日蓮聖人が﹁信﹂を勧める背景には、法師口問中に﹁威於仏前、開妙法蓮華経、 A U V 授記、当得阿縛多羅三貌三菩提﹂と教説される、 一偏一旬、乃至一念随喜者、我皆与 ﹁ 一 念 − 一 開 法 随 喜 ス ル コ ト ガ 成 仏 ノ 果 ヲ 得 ル ト 保 証 ス ル ﹂ と な す 、 この教説を信解することは云うまでもない。 若 し ﹃ 法 華 題 目 紗 ﹄ に 依 れ ば 、 品 ヤ A U 何況法華経の題目は八万聖教の肝心一切諸仏の限目なり。汝等此を唱えて悪趣をはなるべからずと疑か。正直捨

’ ’

a W 2 a r

方便の法華経には以 ν信得 ν 入 と 云 、 製 林 最 後 の 浬 撲 経 に は 是 菩 提 困 難 = 復 無 量 − 若 説 = 信 心 − 則 己 摂 尽 等 云 云 。 夫 仏

(11)

道に入る根本は信をもて本とす。五十二位の中には十信を本とす。十信の位には信心初也。たとひさとりなけれ ども信心あらん者は鈍根も正見の者也。たとひさりあれども信心なき者は誹諮問提の者也。 と示され、更に﹃日女御前御返事﹄を併せて讃仰するならば、 此御本尊も只信心の二字にをさまれり。以信得入とは是也。回避が弟子槌那等、正直捨方便不受余経一傷と無二 に信ずる故によて、此御本尊の宝塔の中へ九ぺきなり。たのもし、たのもし 0 ・ 蜘 仲 に も 後 生 を た し な ハ 噌 ﹀ み 給 ふ ベし、たしなみ給ふベし。穴賢。南無妙法蓮華経とばかり唱へて仏になるべき事尤大切也。信心の厚薄によるベ 円 四 ﹀ きなり。仏法の根本は信を以て源とす。 とも示されている。即ち妙法五字の題目は、仏法の肝心眼目であるから、素直に﹁以信得入﹂ ︵ 響 喰 品 ﹀ の 心 を 心 として修することが肝要なりとする。而も﹁信﹂を失った者は誹誇閥提者であるとまで断じ、只ひたすらの法華経の ( 25 ) 信受・題目の信受を勧奨する。末法初心者は只ひたすらに法華経の﹁唯有一乗法・無二亦無三﹂ ︵ 方 便 品 ﹀ の 教 説 を 享受して、妙法五字の信行に徹するとき、本仏の導きにあずかることが出来るとされる。 日蓮聖人が勧奨してやまない﹁以信代懇﹂の教えの﹁慈﹂とは、忍難弘教の道を見極め、教済の道を見究める智慧 の こ と で あ り 、 ﹁信﹂とは忍難の道程を超克せしめる菩提心なのである。この以信代慧の霊性は、夙に世寿舟二歳の 立教審願の初転法輸に於て確固としておられたのである。因に﹃報恩抄﹄・﹃高橋入道殿御返事﹄・﹃関目捗﹄を讃 仰するとき、法華弘通を決意される哲願意識が如実に追懐されている。たとえば﹃関目紗﹄によれば 日本国に此をしれる者但日蓮一人なり o これを一言も夙出すならば父母・兄弟・師匠一国乞王難仏だべし。いわず ば慈悲なきににたりと思惟するに法華経・浬鍵経等に此ニ辺を合見るに、いわずわ今生は事なくとも後生は必無 宗 教 倫 理 の 実 践 と 受 持 信 行 ハ 町 田 ﹀

(12)

宗 教 倫 理 の 実 践 と 受 持 信 行 ︵ 町 田 ﹀ 閑地獄に堕べし。いうならば三障四魔必競起るべしとしりぬ。二辺の中にいうべし。王難等出来の時は退転すペ くは一度に思止ベし。今度強盛の菩提心ををこして退転せじと願しぬ。既に二十余年が間此法門を申す。 と述べられ、立教審願の当にそのときコ玄 γ トスレパ世間オソロシ・止トスレパ仏ノ諌暁ノガレ難シ・進退此ニ谷 ︿ 4 沼地︶という二者択一の岐路に立たれての煩悶・両親恩師との訣別に苦悩する赤裸々な思いが語られてい る。然し断固として﹁我身ハサテオキヌ﹂命時碕鶏一﹀コ一辺ノ中ニイウベシ﹂命鶏︶と忍難弘教の道を普願され たのである。前掲の﹃関目紗﹄のなかで﹁法華経・浬鍵経等ニ此ノ二辺ヲ合セ見ル﹂と摘示する﹃法華経﹄の要文は リ

.

.

.

_

﹁替喰品﹂の﹁若人不信・段詩此経・則断一切・世間仏種﹂の教説を指しており、法華経は﹁信﹂の仏教であること を厳しく制誠されているのである。叉、 ﹃浬襲経﹄の要文は﹁寧礎身命・不匿教者﹂との、滅後に於ける捨身弘法を 勧奨されている有名な教説を指している。 筆者は自らの宗教倫理の実践を踏まえて云うならば、日蓮聖人の信心為本・以信代懇の教えは、素直に信解するよ い の ち り他に途はないのではないか。信心為本の教えは、忍難慈勝の法華行者の生命︵日蓮教学の根本﹀であると只ひたす ら 、 信 受 す べ き で あ ろ う 。 註 ハ 叩 ︶ ハ 日 ﹀ ハ ロ ﹀ ︿ 時 ﹀ ︿ M ﹀ ハ 店 ︶ 四 信 五 品 紗 ・ 真 蹟 ・ 定 造 二 一 九 四

l

一 二 九 六 頁 。 坂 本 ・ 岩 本 訳 注 ﹁ 法 華 経 ﹂ 岩 浪 文 庫 下 巻 四 八 頁 。 前 掲 法 華 経 下 巻 五 八 頁 。 大 正 蔵 経 九 巻 ・ 法 華 経 三

O

頁 。 岩 波 文 庫 中 巻 一 四

O

頁 。 法 華 題 目 紗 ・ 真 蹟 ・ 定 遺 三 九 二 頁 。 日 女 御 前 御 返 事 ・ 定 遺 一 三 七 六 頁 。

(13)

︵M m ︶関目鈴・骨存・定遺五五六|五五七頁。併せて﹁報恩抄﹂ハ定遺一一九八頁︶﹁高橋入道股御返事﹂︵定遺一

O

八 六 頁 ﹀ を 審 照 さ れ た い 。 そ こ に は 立 教 哲 願 時 に お け る ニ 者 択 − 的 な 厳 し い 立 場 が 赤 裸 々 に 追 懐 さ れ て お り 、 法 華 経 色 説 者 の 英 姿 が 語 ら れ て い る 。

観心と受持信行 7YV ヤオ守 γ グ す が た 観心とは、観想の境界に身を置いて、心の動揺を静め、智慧を磨いて諸法の真の形象を見究めることである。従っ メヂイタチオ γ て観法と同じ意味に解することが許されよう。周知のごとく、﹁観﹂は党語の﹁

i

u

m

w

p

E

ロ 仰 ﹂ の 漢 訳 で あ り 、 専 心 に 仏法の理法を観想して、悟道を目標にして努力する意である。換言すれば実銭修行のことである。 此処で日蓮聖人の御文書﹃持妙法華問答抄﹄の一文を拝読してみたい。本書は日持上人代筆允可書と称せられるも ( 27) のであるが’今は筆者の問題把撞の志向に徴して、あえて讃仰するものである。 色も利智精進にして観法修行するのみ法華の機ぞと云て、無智の人を札るは当世の学者の所行也 o 是還て愚療 邪見の至也。一切衆生皆成仏道の教なれば、上根上機は観念観法も然るべし。下根下機は唯信心肝要也。 右の教示のうち﹁上根上機は観念観法も然るベし。下根下機は唯信心肝要也﹂の一文は、古来より慣用されてきた 所である。若し文上の意味をみるならば、上根上機は観念観法を修し、下根下機は信心が肝要なりと受けとられ、機 根 の 上 下 の 別 に 応 じ て 、 観心︵色。﹀

g

n

F

S

E

m

− 室 。 島

S

巴 O ロ ﹀ と 信 心

28

E

5

0

︶ とに区別している様に読み とれるのである。然しながら、前掲文書の前後の条々を吟味して、文脈の文底に流れる意味を汲みとるならば、およ そ 次 の 様 に な る 。 法華経ノ修行ニハ一心三観ト一念三千ノ観心が有ル。而シテ末法ノ機根デアッテモ充分−一観法ノ修行ユ堪エ得ル 宗 教 倫 理 の 実 践 と 受 持 信 行 ハ 町 田 ﹀

(14)

宗 教 倫 理 の 実 践 と 受 持 信 行 ︵ 町 田 ﹀ ノデアル。然シ初心劣機ノ中−一法華経ノ観心行カラ脱落シタ者ガ出タナラパ如何ナル修行ノ方途ガ有ルノデアロ ゥ ヵ 。 と疑問を設定され、それに答える形でもって、 チ カ ゴ ロ 当世ノ学者識者ト称スル者ノ中ニハ、下根無智ノ人々ノ修行ヲ妨害制止スルヨウナ所行ヲ為ス者ガ見ラレルガ、 コレラノ所行ハ選テ愚痴邪見ノ所行ト云ウベキデアル。抑モ法華経ハ皆共成仏道ノ大普デアルカラ、 コ ノ 事 ヲ 充 分 − − 踏 エ テ 、 上 棋 上 機 ハ 己 心 ノ 一 念 ヲ 観 心 シ 、 一念三千ノ諸法ヲ観法シ、下根下機ハ只々ヒタスラニ信心ヲ肝要 ト ス ベ キ デ ア ル 。 と 教 示 さ れ て い る の で あ る 。 結局するところ、末法における妙法五字題目の受持信行について、観念観法と云い、 また信心肝要と教示されるの であるが、さらに﹁観心﹂の意味について少考を加えておきたい。 門 阻 ︾ 文等を参考とされれば十分であるが、筆者は茂岡井論文のごとく、観心の解釈を目的とするのではなく、観心を実践 ﹁観心﹂の解釈に関しては、茂田井教亨先生の論 の意におきかえて題自信行の糧としたいのである。 日蓮聖人は﹃観心本尊抄﹄の巻頭において、 摩 詞 止 観 第 五 丈 夫 一 心 主 − 十 法 田 町 − 。 一 法 界 叉 具 平 法 五 百 法 田 匂 一 界 具 日 一 干 種 世 間 町 − 百 法 界 即 回 出 ニ ニ 千 種 世 間 目 。 , 品 タ テ A F

a ︽

m v

此 三 千 在 三 念 心 − 。 若 無 レ 心 而 己 。 介 爾 有 レ 心 即 具 = 三 千 − 。 乃 至 所 以 称 為 コ 不 可 思 議 境 − 。 意 在 コ 於 此 − 等 一 室 − 開巻官頭に﹃摩詞止観﹄︵第五巻﹀の一文を掲げ、﹁夫レ観心ハ一心−一十法界ヲ具シ﹂﹁=一千ノ世界ニ一念ノ心ニ 三念三千ノ妙境︾ ﹁ 所 以 − 一 称 シ テ 不 可 思 議 境 ト 為 ス ﹂ と 示 さ れ る ご と く 、 不 可 思 議 境 を 修 す る こ と に よ っ て 、 在 リ ﹂ 己 心 に 十 界 互 具 ・

(15)

一念三千が具足していると覚知することとしている。この不可思議境を覚知するとは、摩詞止観に於て円頓止観を修 ︽ 値 臨 鶴 V ︽ 所 総 V する根本とする十乗観法と十境とは、衆生の一念に具足する妙説として享受することである。 こうした天台の教義を享けて、回避聖人は﹃本尊抄﹄の十二番問答と称せられる箇所に於て、次の様に述べられて い る 。 T F 晶 f , f p l v テ 角 , ル , ヲ ヲ ト ハ 町 ︾ 問日出処既聞 ν 。 観 心 之 心 如 何 。 答 日 観 心 者 観 = 我 己 心 − 見 コ 十 法 界 − 。 是 云 = 観 心 − 也 e 観心の意義について考えるとき、 ﹁出処既−一之ヲ閲ク。観心之心如何ン﹂というのであるから、出処が摩詞止観で ある以上、当然その観心の意義も﹁摩詞止観﹂に於ける﹁観心﹂を無視して論ずることはできなかろう。日蓮聖人の 教学の基底に天台の一念三千論が置かれているのであるから、此処で云う一念三千の﹁観心﹂とは、 ﹁ 法 華 玄 義 ﹂ や ﹁ 法 華 文 句 ﹂ 等 に 明 ら か に さ れ る こ と な く 、 ﹁止観﹂第五巻に至って観法を明かす段になって教説されたものである ( 29) から、必然的に﹁観心﹂の義も一念三千の脈絡を継承するかぎり、回避聖人へと連関があると云わねばならない。 は そして十二番問答で、﹁答テ日ク、観心トハ我ガ己心ヲ観ジテ十法界ヲ見ル、是ヲ観心ト云ナリ﹂と示されること ︽ 思 慮 す べ か ら ざ る 位

g

﹁止観﹂の如く不可思議境に立つのではなく、寧ろ﹁十法ヲ見ル﹂の教示を素直に受けとめ、可思議境に立つの であると解すべきである。繰返して云えば、 日 蓮 聖 人 に お け る ﹁ 観 心 ﹂ は 、 己心を観ずる止観の理境である不可思 議 を 超 克 し て 、 か え っ て 不 可 思 議 境 を し て 、 有相可見の十法界という可思議の世界へと導くものである。 日 蓮 聖 人 が ﹃ 本 尊 抄 ﹄ に お い て 、 内 わ が ︾ 自己の生命がそのまま一念三千・妙法五宇が当体なりと覚智して、 ﹁我が己心ヲ観ジテ十法界ヲ見ル﹂というのは、天台のごとく衆生の心を内観するのではな く 妙法五字を受持信行する実践を指すのであ る。つまり、鋭の中に写る自己を見ることによって、写されている自己と、見ている自己との聞に一如の﹁観﹂が成 宗 教 倫 理 の 実 践 と 受 持 信 行 ︵ 町 田 ﹀

(16)

宗 教 倫 理 の 実 践 と 受 持 信 行 ハ 町 田 ﹀ 写 し た と き 、 立するのではないか。許されるならば、この﹁観﹂の理念をもって﹁己心ヲ観ジテ十法界ヲ見ル﹂という理の世界を ﹁十法界ヲ見ル﹂ことに於て、事の観心があるのではなかろうか。観心とは、受持即観心の義を正意と す る こ と に な る 。 本尊抄中の三十三字段と呼称されている一条において、 釈 尊 ぽ 行 果 徳 ご 法 ハ 妙 法 蓮 華 経

E

字 釘 足 が 我 等 受 − − 払 ν 比 五 三 自 然 筑 − ﹄

h

d

因 果 す 徳 一

0

8

い の ち と述べられて、己心に本仏釈尊の生命を観心することの出来る事由として、妙法五字の自然譲与の功徳を教示され るのである。妙法五字を身口意三業に受持することが、そのまま観心となるのである。即ち事具の観心とは、英語な ど で ﹁ 叶

o

o

v

g

司 O O M 1 0 0 ロ 件 。 自 立

ω

g

F

o

g

s

− a

﹂と表現する意味に受けとってはならないのであって、何を観察する のか、何を熟考し熟視するのか、何を膜想するのか、そのするという﹁事﹂に我々は目を向けるべきである。こうし た領解を得たうえで、右の三十三字段の妙味を受持すべきであるう。本仏釈尊の因行果徳の二法は、忍難色読によっ ︽ 受 持 信 行 ︾ て妙法五字の内に祈りこめられているのである。この本仏の生命として妙法五字を事具の己心に観心するとき、本仏 の因行果徳の二法が自然に譲り与えられるとする。 日運聖人における題目受持とは、とりも直さず﹁観心﹂の勧奨であるが、その勧奨の基本理念は信心為本であり、 以 信 代 懇 の ﹁ 信 ﹂ の 強 調 で あ る 。 い う ま で も な く ﹁ 信 心 ﹂ は その人の主観的自己の内心から発動されてくる情動 ︵ 色 。 刷

g o

a o

ロ﹀である。信心は熱し易く冷め易い不確定的な情緒でもある。従って以信代態と教示されたとして も、我々は自己の在り様を見究める智慧は必要欠くことができないのである。日蓮聖人が信心に基く受持を根本とさ れるのは、我々がややもすれば主知主義に堕することを制誠されたからである。日蓮聖人が自ら﹁此事日蓮当身大事

(17)

m v

也﹂と称せられた﹃本尊抄﹄の題号に﹁観心﹂の二文字を冠せられ、また副状に﹁観心ノ法門少々注 ν 一 ﹂ と 示 し て 、 末法時機相応の事の観心を正修とすべきことを教示されたのである。我々が妙法五字を受持するとは、 処に於て受持することである。 一 如 円 満 の 当 従 っ て 妙 法 五 字 の 受 持 は 、 衆生の機根に上下の差別なく、 ︽ 等 し ︿ 放 済 の 傘 中 に あ る ︾ 一 同 に 純 円 で あ る こ と を 教 え ら れ る 。 ﹃ 観 心 本 尊 抄 ﹄ に は 次 の 様 に 教 示 さ れ る 。 テ , A V ハ ヲ 畠 テ ヲ A E F ル ル ヲ ハ テ ヲ h v t F , テ ト テ 以 − − 本 門 − 論 ν 一 向 以 コ 末 法 之 初 − 為 − 一 正 機 一 。 所 調 一 往 見 レ 之 時 以 = 久 種 − 為 = 下 種 − 大 通 ・ 前 四 味 ・ 迩 門 為 レ 熟 至 − − 本 品 千 , 久 子 J t F 門 え ♂ 登 = 等 妙 − 。 再 往 見 レ 之 不 ν コ 迩 門 − 。 本 門 序 正 流 通 倶 以 = 末 法 之 始 − 為 レ 詮 。 在 世 本 門 末 法 之 初 一 同 純 円 也 。 袋 町 砦 也 。 彼 一 一 品 二 半 此 毎 日 空 輸 ︾ この一文は日蓮教学の基本的な宗教理念とされる末法為正と末法正機の論が明確に教示されている要文であり、日 ( 31 ) 蓮聖人独自の法華経観が如実に示された一文とされている。殊に﹁在世ノ本門ト末法ノ初ハ一同−一純円ナリ﹂との教 示は、久遠本時と末法当初とを同体として把握され、法華正法は悉く末法の時・末法の機のためなりとされるのであ る。この一同純円の教えを素直に享受するならば、仏在世の教えも末法当初の教えも、そして時も機も、同体なので ある。たとえ下種結縁から脱漏した無智誘法の者であっても、 ﹁ 本 門 序 正 流 通 倶 − 一 末 法 ノ 始 ヲ 以 テ 詮 ト ナ ス ﹂ と 、 本 仏大慈悲の袋の中に包まれるとするのである。 門 事 の − 念 三 千 ︾ 日蓮聖人は﹃観心本尊抄﹄の結語に於て、観心の行・題目受持の功徳を次の様に述べられている。 ナ 9 ι N

h

h y 天 晴 地 明 。 識 = 法 華 − 者 可 レ 得 = 世 法 − 欺 。 不 レ 識 − 二 念 三 千 − 者 仏 起 = 大 慈 悲 − 五 字 内 装 − − 此 珠 − 令 レ 懸 − − 末 代 幼 稚 頚 − 。 四 舟 セ v s

・ −

h ナ ’ ︽ 剖 ︾ 大 菩 薩 守 − 一 護 此 人 − 大 公 周 公 摂 コ 扶 成 王 一 四 陥 侍 = 奉 恵 帝 − 不 ν 者 也 。 宗 教 倫 理 の 実 践 と 受 持 信 行 ︵ 町 田 ﹀

(18)

宗 教 倫 理 の 実 態 と 受 持 信 行 ︿ 町 田 ︶ 此処で改めて云うまでもないが、 ﹁ 一 念 三 千 ヲ 識 ラ ザ ル 者 − 一 ハ 仏 大 慈 悲 ヲ 起 シ : : : ﹂ の 一 念 三 千 と は 、 法 華 経 究 極 の 観 心 の 法 円 で あ り 、 一切衆生成仏の原理と、その混成が説示される所である。回避聖人はその保証のために、忍難 色読・唱題受持の観心の行によって、十境十乗の観法を法華経本門の心によって開会され、天台大師の理の一念三千 論を超克されたのである。日蓮聖人の観心の出発点は、 ﹁摩詞止観﹂の観不思議境の解明にあったが、無始久遠本仏 の生命たる妙法五字の袋の中に袋まれた十界互具によって、 末法衆生はすべて救済の中に在るという自覚に到達さ れ、そして妙法五字の信行の﹁信﹂の当処に事の一念三千が実現されるとされたのである。 ﹁五字ノ内二此珠ヲ褒ミ末代幼稚ノ頚−一懸サシメタモウ﹂との教示は、題目信受の帰結であり、事の観心・事の一 念三千論の帰結である。末法幼稚の我々は、 ﹁懸サシメタモウ﹂との保証を、素直に享受して﹁一念三千ノ珠ヲ懸ケ テイタダク﹂という信受とこそ大事ではなかろうか。 註ハ時﹀茂田井教亨﹃観心本尊抄研究序説﹄所収論文﹁観心解釈の問題﹂・﹁受持の論理的構造﹂︵山喜房仏密林﹀。また﹃日蓮宗 事 典 ﹄ の ﹁ 観 心 ﹂ の 項 目 で は ︵ 五 三 頁 参 ﹀ 、 日 蓮 宗 学 説 も 紹 介 し つ つ 、 的 確 に 観 心 の 窓 味 を 解 説 さ れ て い る 。 ハ 凶 ︶ 観 心 本 尊 抄 ・ 定 遺 七

O

ニ 頁 。 真 蹟 。 ハ 却 ﹀ 前 掲 ・ 定 遺 七

O

四 頁 。 ︵ 幻 ︶ 前 掲 曾 ・ 定 進 七 一 一 頁 。 ︵ 忽 ﹀ 観 心 本 尊 抄 副 状 ・ 定 道 七 二 一 頁 。 ︿ お ︶ 観 心 本 尊 抄 ・ 定 遺 七 一 五 頁 。 ま た ﹁ 教 行 証 御 密 ﹂ 定 遺 一 四 八 八 頁 併 参 。 ︿

M

C

前 掲 書 ・ 定 遺 七 ニ

O

頁 。 ま た ﹁ 十 章 紗 ﹂ 中 の ﹁ 心 − 一 存 ス ベ キ 事 ハ 一 念 三 千 ノ 観 法 ナ リ o コ レ ハ 智 者 ノ 行 解 ナ リ 。 日 本 国 ノ 在 家 ノ 者 − − ハ 但 一 向 ニ 南 無 妙 法 蓮 華 経 ト 唱 ヘ サ ス ベ シ ﹂ ハ 真 蹟 四 九

O

︶ の 一 文 も 味 読 す べ き で あ る 。

(19)

五 エピローグ

筆者はこの小論を執筆するに当り次の著書から多大の教唆をうけた。浅井円道﹃観心本尊抄﹄ ︵ 仏 典 講 座 お ・ 大 蔵 出 版 ﹀ ・渡辺宝陽﹃日蓮宗信行論の研究﹄ ︵平楽寺番店︶。庵谷行亨﹃日蓮聖人の教学研究﹄ ︿ 山 喜 房 仏 書 林 ﹀ な の である。とくに浅井円道教授の玉稿﹁宗祖における観念論打破の思想﹂ ︵茂田井先生古稀記念論文集所収﹀から稗益 された所は大きかった。今、浅井教授の高説の一部を紹介すれば ﹁:::無量義経の六波羅蜜自然在前の経文は、単に経文の理だけではなく、関目紗・本尊抄に於て、妙者具足・六 者六度万行・諸の菩瑳六度万行を具足するやうをさかんとをもう︵閲目鈴・定遺五七

O

頁﹀と示されて、宗祖が方 便品の﹁欲閲具足道﹂を釈された意味は此処にあり、道場内の修行と社会的実践とを兼ね突えた六波羅蜜の事行を ( 33 ) 超克して理の一乗観法が生れ、理行の十乗観法を超克して再び社会的突践を目指す唱題事行が生れ、ここに観念論 打 破 の 傾 向 を 認 め ら れ る ・ : ・ : ﹂ ︵ 茂 田 井 古 稀 論 文 集 ・ 一 四 九 頁 ﹀ と論じられている。浅井教授に依る唱組事行の勧めと、菩薩行の実践倫理としての六波羅蜜行との関連性を教唆さ れる論説に全く同感である。私は西欧の修道院に於ける禁欲的修道の実践を通して云えることは、日課の厳しい労働 も、智を磨く学習も、すべては﹁信﹂を深めるための修道なのである c その﹁信﹂が深まることによって、修道番願 た め ら い とする禁欲倫理︵清貧・従順・貞潔﹀は何の抵抗もなく修道実践の支柱として機能しているのである。筆者自身、短 期間ながらも修道倫理の実践を踏まえて云うならば、 一日五回の祈りが、充実した祈りであったときは、汗して働き たい、余力があれば読書に没頭したいと、自ずから行動せずにはおれない状態になっていった。若し宗教倫理の実践 宗 教 倫 理 の 実 践 と 受 持 信 行 ハ 町 田 ﹀

(20)

宗 教 倫 理 の 実 践 と 受 持 信 行 ︵ 町 田 ﹀ ︽ 倍 ︾ を、日蓮宗の我々の立場である信行知・受持信行に則して云えば、事の観心に当る﹁祈り﹂ ︽ 怒 ︾ ﹁ 知 ﹂ ハ 膜 想 ・ 観 想 ﹀ に よ っ て ﹁ 行 ﹂ ︵ 労 働 ﹀ が 促 さ れ 、 ハ学習﹀によって信と行が裏付されていくのである。筆者は遠くヨーロッパの空の 下 、 修 道 実 践 の 只 中 で 、 日蓮聖人の忍難慈勝の英姿を偲び、法悦務犯の日々を過ごした。観心としての唱題受持の一 行にこそ、宗徒の在るべき姿を触発されたのである。 ハ 追 記 ﹀ この小論は第三十八四日謹宗教学研究大会︵於身延山短大︶に於て﹁宗教倫理の実践と信行知﹂と題して発表した論稿を 骨 子 と し て い る 。 なお煩蹟までの横文字と片仮名ルピは特に断らないかぎり独逸話を用いた。この種の論文に横文字を付記することは不適 当 で は あ る が 、 使 用 し た 語 句 の 意 味 を 確 認 し た い 為 で あ る 。 ︿ 臼 −

m

m

参照

関連したドキュメント

実習と共に教材教具論のような実践的分野の重要性は高い。教材開発という実践的な形で、教員養

と発話行為(バロール)の関係が,社会構造(システム)とその実践(行

信号を時々無視するとしている。宗教別では,仏教徒がたいてい信号を守 ると答える傾向にあった

レーネンは続ける。オランダにおける沢山の反対論はその宗教的確信に

・ 

都市国家から世界国家へと拡大発展する国家の規 道徳や宗教も必要であるが, より以上に重要なもの