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企業結合規制における市場参入障壁の意義 : ドイツ競争制限禁止法に関する序論的考察(越後和典教授退官記念論文集)

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(1)

企業結合規制1

       こ

一ドイツ競争制限禁止法に関する序論的考察一

おける市場参入障壁の意義

平  川  幸  彦

1.序  企業結合の市場支配力の認定に際し市場参入障壁を考慮すべきか否かにつき 独占禁止法は明文の規定を有していない。市場参入障壁の考慮は,独占禁止法 においては,企業結合を規制する同法第4章の諸規定の解釈に委ねられる。す なわち独占禁止法第4章の諸規定においては,企業結合を実体的に規制する10 条1項(会社の株式保有の制限),13条1項(役員等の兼任の制限),14条1項 (会社以外の株式保有制限),15条1項(会社合併の制限),15条1項を準用す る場合の16条(営業譲受等の制限)に「実質的競争制限」という要件が定めら れており,企業結合の市場支配力の認定に際し市場参入障壁を考慮すべきか否 かは,かかる要件の解釈の問題となるのである。  他方ドイツ競争制限禁止法(Gesetz gegen Wettbewerbsbeschrankungen, 以下,GWB)においては,実体的企業結合規制に関して市場参入障壁を考慮 すべきことが,明記されている。すなわちカルテル庁に企業結合を禁止する権 限を付与するGWB24条2項は,企業結合の違法性判断に際し同条1項前段の 「市場支配的地位の形成あるいは強化」という要件を要求するが,市場支配的 地位の一類型である優越的市場地位を定義する同法22条1項2号は,優越的市 場地位の指標として市場参入障壁を明示しているのである。  では市場参入障壁は,GWB24条1項前段の「市場支配的地位の形成あるい は強化」の要件において,いかなる意義を有しているのか。そもそもこの要件 の指標として適性を有しているのか。これが本稿において検討されるべき課題 である。

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128 越後和典教授退官記念論文集(第273・274号)  考察の出発点は,GWB24条1項の検討の対象となる「競争」の明確化であ り,またその競争と市場参入障壁との関係を明確にすることである。けだしG WBの実体的企業結合規制に関する我が国の研究においては,市場参入障壁の 意義が,同法24条1項の検討の対象となる競争との関係において,いまだ十分        1) に考察されてはいないからである。 II. GWB24条1項の対象となる「競争」  1.潜在的競争の重視  判例は,事業者の市場支配的地位は,当該事業者の行動の余地が競争によっ       2) て十分に制御されていない場合に存在するとしており,学説も事業者の市場支        3) 配的地位について,当該事業者に対する競争の制御機能を強調している。 事業者の行動の余地を制御することの可能な競争として,GWB24条1項の       4) 検討の対象とされるのは,通説によれば殊に潜在的競争である。その理由はま ず第一に同項の構成に係る。同項がいわゆる事前の規制であり,将来の結合後 に存在する事業者の市場支配的地位の形成あるいは強化を,将来結合が行われ る以前の時点で予測し,規制する構成となっていることに着目し,競争の現状 ではなく将来の状況に依存する点において,潜在的競争が考慮される可能性が 1)本稿の作成にあたって参照した最近の邦語文献としては特に次のものが挙げられる。泉 水文雄「企業結合規制における潜在的競争(1),(2)」法学論叢117巻1号,3号(1985)。同  「企業結合規制における潜在的競争(上),(下)」公正取引403号,405号(1984)。服部育 生『企業結合と独禁法』(1990・名古屋大学出版会)。またシュルツエ博士(Dr. J6rg−Martin Schultze)には自らの著書(Marktzutrittsschranken in der Fusionskontrolle, Kdln u. s. 1988)について直接解説していただく機会を得た。ここに厚くお礼申し上げたい。 2) BGH, W u W/E BGH 1536 (,,Erdgas Schwaben“) ; ders. W u WIE BGH 2155 (,,Edelstahlbestecke“) ; vgl. Bundesregierang, S. 21. 3) Emmen’ch, S. 231f.; ders, AG, S. 521; IM, g 22 Rn. 48; Knb’PLfle, S. 37; Mb’schel, JA, S.531;ノ比ん6あ,S.110;Langen,§22 Rn.50;KB,§22, Rn.108;Schultee, S.19 und 24. 4) GK, g 24 Rn. 204; IM, g 22 Rn. 69, g 24 Rn. 71ff. insb. Rn. 73;Jickeli, 108 und 121ff.; Langen, g 24 Rn.19; Mb’schel, Rn.524 und 840; ders., Pressekonzentration, S. 174; Ramrath, S.58f.;Schultze, S.30;s. a.ノ伽g∫’, S.154;Monopolleommission, Rn.492ff. insb. 493 ; vgl. FK, g 24 Rn. 46 ; KG, W u WIE OLG, 1754ff. (,,Sachs“).

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      5) 大きいとするからである。次なる理由は,結合規制という市場構造規制におい て潜在的競争が果す役割に係っている。すなわち潜在的競争は,将来の結合後 において存在する事業者の市場支配的地位の形成あるいは強化に対し,その修       6) 正をもたらす重要な要素と考えられるからである。しかしながらGWB24条1 項において潜在的競争を考慮する態様は,従来の主な見解と最近新たに主張さ れている学説とにおいて異っている。  まず従来の主な見解は,潜在的競争が顕在的競争と強く結びつく場合に潜在        7) 的競争を考慮し,GWB24条1項において重視している。すなわち潜在的競争 が顕在的競争に転化する蓋然性が存在する場合を強調し,この場合,潜在的競        8) 争を同項の予測において重視したのである。  立法理由書は,GWB22条の市場支配的地位の一類型である同条1項2号の 優越的市場地位に関し国内事業者の市場地位を判断するにあたって,輸出入の 可能性を考慮する場合,潜在的競争者が顕在的競争者に転化する高い蓋然性が 存在しなければならないとし,高い蓋然性が存在してはじめて,潜在的競争は 5) GK, g 24 Rn.204;Langen, g 24 Rn.19; A40schel, Rn. 840; ders., Pressekonzentra− tion, S.174;licfeeli, S.123f, und 108ならびにSchult2e, S.28,20 und 30は, GWB24条 1項の予測が将来の一定期間についての予測であることから,同条項における潜在的競争 の考慮の可能性が非常に大きいことを示唆している。なお§241の予測の程度については, 高い蓋然性を要求する見解が極めて多い[s.(⊇K,§24Rn.365;BGH, W u W/E 1507 (,,Kfz−Kupplungen“) ; KG, W u W/E OLG 1754 (,,Sachs“) ; vgl. Schultze, S. 28]. 6) Jickeli, S. 10, 41ff., 108, 121ff. insb. 122; Mb’schel, Rn. 524; ders., Pressekonzentra− tion, S. 174; Ramrath, S. 59; Schultze, S. 18ff., insb. 20f, 28 und 30; s. Langen, S 24 Rn. 19;Monopolkommission, Rn. 492ff.;s. a.ノ伽83彦, S. 154;vgl. FK,§24 Rn. 46;KG, W u W/E OLG 1754ff. (,,Sachs“). 7) Langen, g 22 Rn. 55 und S 24 Rn.19; Ramrath, S. 60;KG, W u WIE OLG 1752 (,,Sachs“) ; s. IM, g 22 Rn. 69 und S 24 Rn. 71 ; KG W u W/E OLG 2239 (,,Blei−und SilberhUtte Braubach“); s. a. Bartholomeyczile,,S. 765ff.; vgl. GK, g 24 Rn. 482ff. insb. 482 und 486; lmmenga, S. 578; JUngst, S. 129 und 154; KB, Rn. 139; v. dnmm,, S. 646 und 657. 8) Langen, g 22 Rn. 55 und S 24 Rn. 19; Ramrath, S. 60; KG, W u W/E OLG 1752 (”Sachs“) ; s. IM, g 22 Rn. 69 und S 24 Rn. 71 ; KG, W u W/E OLG 2239 (,,Blei−und SilberhUtte Braubach“); vgl. GK, g 24 Rn. 482ff. insb. 482 und 486; lmmenga, S. 578; KB, Rn. 139; v. Gamm,, S. 646 und 657.

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130  越後和典教授退官記念論文集(第273・274号)       9) 本法の適用領域内の市場の事象に対し影響を与えることとなるとしている。立 法理由書においては,かかる潜在的競争がGWB24条1項の予測に際し重視さ れるのは,特に次の場合であるとされている。すなわち潜在的競争が,外国か        10) ら本法の適用領域にある市場に対し影響を及す場合である。  従来の学説・判例の多くもまた立法理由書と同じく,潜在的競争が顕在的競 争に転化する蓋然性が存在することを強調し,かかる潜在的競争をGWB24条        11) 1項において重視していた。しかしながら従来の学説においては,立法理由書       12) と異り,蓋然性が必ずしも高い蓋然性と解されていない。また潜在的競争がG WB24条1項の予測に際し特に重視されると立法理由書において述べられてい       13) る場合にも,さほど重きが置かれていない。潜在的競争が外国から本法の適用 領域にある市場に対し影響を及す場合を特に掲げることなく,潜在的競争をよ       14) り一般的に重視するのである。  他方,最:近新たに主張されている学説は,潜在的競争をもはや顕在的競争と        15) の強い結びつきにおいて考慮しない。この学説は,まず潜在的競争について, 従来の見解と異り,潜在的競争が顕在的競争に転化する蓋然性までも要求せず,        16) その可能性の存在で足りるとして,潜在的競争をより広範に捉えている。次に その広範に捉えられた潜在的競争を,GWB24条1項において,次のように重 視するのである。すなわち市場構造規制を目的とする結合規制において潜在的 競争が果す役割を,特に経済理論上の考察から根拠づけ強調することによって,        17) 潜在的競争を重視するのである。詳論すれば,この学説によると市場構造規制 9) Bundesregientng, S, 21. 10) Bundesregierung, S,28f. 11)本稿(註8)参照。 12) IM, g 22 Rn.69 und S 24 Rn. 71; lmmenga, S. 578; Langen, S 22 Rn. 55 und g 24 Rn.  19; vgl. Bartholomayczik, S. 765ff.; Ramratla, S. 60; v. Gamm, S. 657. 13) Langen, g 24 Rn. 19, Ramrath, S. 60 ; s. KG, W u WIE OLG 1752 (,,Sachs“), vgl. IM,  g24 Rn. 72; lmmenga. S. 577f. 14) Ebenda. 15) Jickeli, S. 123f.; s. Schultee, S.20 und S.29f. 16) fickeli, S.123f., Schultze, S.20 und 28. 17) lickeli, S.108 und 121ff.; Schultee, S.20, 28 und 30.

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を目的とするGWB24条1項にとって重要なのは,当該結合によって市場構造 がどのように変化させられるかという予測であるが,潜在的競争は,経済理論 上の考察からも市場構造を変化させる重要なファクターとして根拠づけられる のであるから,同項の予測においては潜在的競争が重視されなければならない       18> とするのである。  上述のように,GWB24条1項の検討の対象とされる競争は,通説によれば 殊に潜在的競争であり,潜在的競争は,従来の主な学説・判例においては顕在 的競争との強い結びつきを契機として重視される。他方,最近の新たな学説は, 特に経済理論上の考察から,結合規制における潜在的競争の役割を強調して, 潜在的競争を重視している。  次に,かかる潜在的競争に対し市場参入障壁がいかなる意義を有するか考察 する。  2.潜在的競争と市場参入障壁  市場参入障壁が潜在的競争の指標としての意義を有することを,学説・判例 は次のように肯定している。すなわち一般的に市場参入障壁が高いならば,潜 在的競争が弱いあるいは存在しないことを前提とし,市場参入障壁が低いある いは欠如しているならば,潜在的競争が存在することを前提としているのであ 19) る。しかしながらGWB24条1項における潜在的競争について,従来の見解が 指標としての意義を認めたのは,上記の内容を持つ一般的な市場参入障壁だけ にとどまらなかった。さらにこれに加えて,市場参入に関し個々の潜在的競争       20) 者が有する具体的事情を考慮することもまた強調されたのである。けだし本章 18) Schult2e, S.18ff., insb.20f, 28 und 30;s, licleeli, S.10, 41ff., 108, 121ff. insb.122;  Immenga, S. 578. 19) BhartA, S. 14 ; BGH, W u W/E BGH 1504 (,,Kfz−Kupplungen“) ; ders., W u WIE  BGH 1621 (,,Revell Plastics“); FK, g 22 Rn. 216; GK, S 24 Rn. 481; IM, g 24 Rn. 71 und 93 ; Jicleeli, S. 130; KG, W u WIE OLG 1752 (,,Sachs“) ; KB, g 22 Rn. 187f. ;  Langen, g 22 Rn. 55 und 66; MonoPolleommission, Tz. 492ff. und 523; Schult2e, S. 21. 20) BhartA, W u W/E BkartA 1579 (,,Kaiser−VAW“) ; dasselbe, W u W/E BkartA 1894  (.IBH−Wibau“);GK, S 24 Rn,483ff.;1dr’ngst, S.130ff,;Langen, S 22 Rn.55;v.  ([inmm, S. 656f. ; s. lickeli, S. 124ff. ; Schultze, S. 25 ; s. a. EG−Kommission, zit. nach /

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132  越後和典教授退官記念論文集(第273・274号) 第1節で見たように,従来の主な見解はGWB24条1項において潜在的競争を 重視するに際し,潜在的競争が顕在的競争と強く結びつく場合を考慮し,潜在 的競争が顕在的競争に転化する蓋然性が存在する場合を強調していたからであ 21) る。この見解によれば,潜在的競争の認定基準として考慮されるのは,市場参 入障壁が低いあるいは欠如していることに加えて,例えば潜在的競争者が市場 参入への意思や能力を有することであり,あるいはまた市場参入への準備を有        22) することであった。  他方,経済理論上の考察から結合規制における潜在的競争の役割を強調する 最近の新たな学説は,本章第1節で見たように,GWB24条1項おいて潜在的 競争を重視するに際し顕在的競争に転化する蓋然性の存在まで要求せず,その       23) 可能性で足りるとして,同項において潜在的競争を従来よりも広範に捉えるが, 市場参入に関し個々の潜在的事業者が有する具体的事情を考慮することに対し て消極的であり,従来よりも広範に捕捉される潜在的競争の指標として上述の 一般的な市場参入障壁を重視している。 例えばGWB24条1項の予測の意義に強く依拠する学説は,まず予測の意義 を,将来の一定期間について当該結合事業者の市場支配的地位をもたらさない ような有効な競争の存否を,その可能性や蓋然性において予測することだとし た上で,市場参入に関し個々の潜在的競争者が有する具体的事情を潜在的競争        24) の指標とすることを,次のように解釈論上,否定する。まず有効な競争の存在 の存否をその’可能性や蓋然性において予測するということは,有効な競争の可 能性や前提条件が存在するか否かを判断することであるとし,結合規制に関し ては,主として,結合後の市場構造が有効な競争をもたらす可能性や前提条件        25) が存在するか否かの判断ということになるとする。次に経済理論上の考察を主 \ Monopolleommission. T2.609 ;vgl. KB,§22 Rn.138;服部,前掲(註1),100頁。  21)本稿(註7)(註8>;BkartA, a. a,0.(Anm.20).  22) BkartA, a. a, O. (Anm. 20); GK, g 24 Rn. 483ff.; /dr’ngst, S. 130ff.  23)本章第1節参照。  24) Schultze, S.28ff.  25) Schultze, S.28.

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な根拠として,潜在的競争は市場構造に対して決定的な影響を与えるとし,結 局,上記の判断は潜在的競争の可能性や前提条件の問題となるとしている。す なわち潜在的競争が有効な競争をもたらすような市場構造を招来せしめるか否 かについて,その可能性や前提条件が存在するか否かを判断することになると      26) するのである。そしてこのように潜在的競争の可能性や前提条件が問題となる 場合,その指標として挙げられるのは上述の一般的な市場参入障壁のみである        27) と結論づけている。またこの学説によれば,市場参入につき個々の潜在的競争 者が有する具体的事情を,潜在的競争の認定において考慮することは,実際上        28) も困難であるということになる。けだし将来の市場参入事業者を認定すること       29> それ自体,客観的に不可能だとするからである。  また同じく経済理論上の考察から,結合規制における潜在的競争の役割を強 調する別の新しい学説は,既存事業者が新規参入事業者と比較して利益を有し, その利益が新規参入者を引きつける点を重視するものの,潜在的競争者の市場        30) 参入への意思や能力を潜在的競争の指標とすることを拒否している。すなわち 前者の市場参入への意思に関しては,それが実質的には市場参入への準備の問 題に帰着することを示唆し,また市場参入への意思が利益を求めての参入の意 思ならば,市場参入障壁が利益との関係において定義されている限り,市場参       31) 入障壁という概念の問題となるとする。また後者の市場参入への能力も市場参 入障壁の概念の問題となるとして,結局,市場参入への意思や能力は潜在的競       32) 争の指標として特に検討する必要はないとするのである。しかしながらこの見 26) S. Schult2e, S.28 und 30. 27)S. ebenda;なおこの学説によれば,市場参入障壁が低い場合,個々の潜在的競争者が参  入能力と参入への準備を有していることを,潜在的競争が存在することの指標に加えたと  しても,その指標は結局のところ必要ないことになる(Schult2e, S.31)。けだし市場参入  障壁が低い場合,合理的に行動する事業者を前提とすれば,個々の潜在的競争者が参入へ  の能力と準備を有することが極めて高い蓋然性をもって予測できるからである(ebenda;  s. Longre’e, S. 70; vgl. Urban, S. 71) 28) Schultze, S.30;vgl.ノ’icleeli, S.124 und 126. 29) Schult2e, S. 30; vgl. Carl, S. 127, 30) Jickeli, S. 125ff. 31) licleeli, S. 125 ; s. lmmenga, S. 578. 32) licleeli, S.125.

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134 越後和典教授退官記念論文集(第273・274号) 解は,潜在的競争者の市場参入への準備については,潜在的競争の指標として     33) 否定しない。けれども潜在的競争者の市場参入への準備を,積極的な意味にお いて潜在的競争の指標として肯定するのではなく,潜在的競争者が市場参入へ の準備を有する通例の場合は,その準備の存在を潜在的競争が存在することの       34) 指標とするか否かについて問題とする必要はないとする。潜在的競争者の参入 の準備の欠如が明確な特別な場合にのみ,その欠如を潜在的競争が存在しない       35) ことの指標と考えるのである。けだし既存事業者が新規参入事業者と比較して 利益を有し,その利益が新規参入者を引きつける点を重視するこの見解におい ては,潜在的競争者が市場参入への準備を有していることは前提になっており, また潜在的競争者が市場参入への準備を有していないことが明確な特別の場合       36) は,潜在的競争の存在に対し通常,疑義があるとするからである。  以上のように,GWB24条1項の検討の対象とされているのは殊に潜在的競 争であり,潜在的競争の指標としての意義が認められるのは,従来の学説・判 例によれば,一般的な市場参入障壁であり,また市場参入に関し個々の潜在的 競争者が有する具体的事情であった。しかし経済理論上の考察から結合規制に おける潜在的競争の役割を強調する最近の新たな学説は,後者に対し消極的で ある。この学説は,例えば既存事業者が新規参入事業者と比較して利益を有し, その利益が新規参入者を引きつける点を重視して,あるいはGWB24条1項の 予測の意義に強く依拠して,前者の一般的な市場参入障壁が潜在的競争の指標 としての意義を有することを重視するのである。  企業結合による事業者の市場支配的地位を規制する同項において潜在的競争 が重視されていることを考慮すれば,市場参入障壁は潜在的競争の指標という 意義を有するばかりではなく,同項の市場支配的地位の指標という意義をも有 しうることになり,前者の意義を重視することは,後者の意義をも重視するこ 33) Jickeli, S.125f, 34)ノickeli, S,126. 35) Ebenda. 36) Ebenda.

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とを意味しうる。市場参入障壁は,そもそもGWB24条1項の市場支配的地位 の指標として適性を有するのか否か,次に検討したい。 III.市場支配的地位の指標としての「市場参入障壁」の適性  市場参入障壁がGWB24条1項の市場支配的地位の指標として適性を有する か否かは,市場支配的地位の一類型である優越的市揚地位を定義する同法22条 1項2号をめぐって,特に議論されている。けだしGWB24条1項の市場支配 的地位を定義するGWB22条1項,2項のうち,現在殊に重要な役割を果して いるのは,1973年にGWB第2次改正で導入された同法22条1項2号であり, また同位においては競争者との関係において定義された優越的市場地位の指標        37) として,市場参入障壁がすでに明記されているからである。  GWB22条1項2号の優越的市場地位の指標として市場参入障壁が適性を有 するか否かについては,従来の学説はこれを部分的に肯定していた。  従来の学説において,市場参入障壁の上記の適性に疑問が提示されていたの は,市場参入障壁が顕在的競争者に一律におよぶ場合であった。かかる市場参 入障壁は,競争者との関係において定義された優越的市場地位の指標として適        38) 性を有しないとの見解が主張されたのである。  例えばある見解は,市場参入障壁が当該市場に対し一律におよぶ場合,市場 参入障壁が存在することによって,潜在的競争から防衛された市場の利益もま たすべての顕在的競争者に対し一律に及ぶとし,競争者との関係における優越        39) 的市場地位は認定されえないとしていた。また別の見解は,市場参入障壁が顕 在的競争者に対して一律におよぶことを前提として,市場参入障壁は当該事業 者の市場力を顕在的競争者に対してではなく,市場の相手方(Marktgegen・ seite)に対して決定するのであるから, GWB22条1項2号に掲げられている 37) Jicleeli, S. 131f. ; Schultze, S. 1 und 23 ; s. BkartA, S. 5 ; BGH, W u W/E BGH 1439  (”Vitamin−B−12“);ルfb−schel, Rn.516. 38)Langen,§22 Rn.66;五eo, S.11;ハleiser, S.131;vgl. IM§22 Rn.68;ルfb’schel, Rn.  523. 39) Leo, S. 11; s. Neiser, S. 131.

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136  越後和典教授退官記念論文集(第273・274号)        40) 優越的市場地位の指標の中で異質であるとしていた。  このように市場参入障壁の優越的市場地位の指標としての適性に疑問を提示 する見解が,市場参入障壁にその適性を認めるのは,次の場合であった。すな わち顕在的競争者に対し一律に及ぶ市場参入障壁が時の経過とともに高くなり 事業者の優越的市場地位が市場占拠率に比例して強化される場合であり,また 市場参入障壁という概念を事業者との係りにおいて理解し,結合事業者が有す        41) る技術上の知識,特許,研究能力などを市場参入障壁に含める場合であった。  これに対して,経済理論上の考察から結合規制における潜在的競争の役割を 強調し,潜在的競争の指標として市場参入障壁を重視する最:近の学説は,市場 参入障壁が顕在的競争者に一律におよぶ場合も,市場参入障壁が優越的市場地        42) 位の指標として適性を有することを強く主張している。この学説は,市場参入 障壁が顕在的競争者に一律におよぶ場合について,従来の学説が提示する疑問       43) に対し,次のような反論を行っている。  第1には,優越的市場地位は全ての市場参加者に対して一律に及ぶ指標によ        44) ってのみ根拠づけられるのではないという反論である。優越的市場地位は,全 ての市場参加者に対して一律に及ぶ指標とともに,各事業者に様々に及ぶ指標        45) によって根拠づけることができるとするのである。第2には,優越的市場地位 の競争者との関係を顕在的競争者との関係だけと理解することは適切ではない        46) という反論である。すなわちGWB22条1項2号の「競争者との関係において」 という要件は,競争心の市場地位と比較して市場支配が相対的に優越していな ければならないことを意味するのであって,かかる競争者が顕在的競争者ばか りではなく潜在的競争者でもありうることは,記号に優越的市場地位の指標と 40) Langen, g 22 Rn. 66; s. Leo, S, l l. 41) Neiser, S. 131f,; s. Bundesregierung, S. 23. 42)ノ’ickeli, S.134;Schultze, S.34f, 43) Schultze, S,34f.; s. /icleeli, S,132f. 44) Jickeli, S. 112ff und S. 132f.; Schultze, S. 34. 45) Ebenda. 46) Schulhee, S.35.

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       47) して市場参入障壁が採用されていることから明白であるとするのである。  この学説は,市場参入障壁が顕在的競争者に一律におよぶ場合について,市 場参入障壁は市場支配的地位の指標として,次のような適性を有しているとし ている。まず市場支配的地位が認定されうるのは,市場参入障壁が最低限度存 在する場合である,あるいは市場支配的地位の認定に関しては市場参入障壁の 存在がほぼ常に要求されるとして,市場参入障壁が存在しない場合あるいは低 く最低限度に達しない場合は,そのこと自体から優越的市場地位の不存在とい       48) う結論を導くことができるとする。けだし上記の場合は,GWB22条1項2号 に掲げられた市場参入障壁以外の指標がたとえ優越していたとしても,当該結 合事業者は有効な潜在的競争にすでにさらされており,あるいは長期的に見て       49) さらされることになり,優越的市場地位は阻止されると考えるからである。こ れに対して,市場参入障壁が高く有効な潜在的競争が存在しないと評価される 場合は,市場参入障壁が高いということだけからは同号の優越的市場地位の存       50) 在を結論づけることはできないとしている。けだしかかる場合においては,事 業者に係る他の指標がその後強化され市場支配場地位が認定されうるとしても, 結局高い市場参入障壁それ自体は各事業者に一律に及び,各事業者間の市場地       51) 位の相違を直接にもたらすものではないと考えるからである。  上述のように,市場参入障壁がGWB24条1項の市場支配下地位の指標とし て適性を有するか否かは,市場支配的地位の一類型である同法22条1項2号の 優越的市場地位をめぐって特に議論されており,従来の学説は,市場参入障壁 が優越的市場地位の指標として適性を有することを部分的に肯定していた。従 来の学説において,市場参入障壁の上記の適性に疑問が提示されていたのは市 場参入障壁が顕在的競争者に一律におよぶ場合であったが,これに対して,経 済理論上の考察から結合規制における潜在的競争の役割を強調し,潜在的競争 47) Schultze, S.34. 48) Schultee, S. 34f.; s. Jickeli, S. 122f. und 133. 49)Schuldee, S.34」励6」ガ, S.115 und 122;本稿, 50) Schultze, S.34. 51) Sclaultze, S.34. (註18)参照。

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138 越後和典教授退官記念論文集(第273・274号) の指標として市場参入障壁を重視する最近の学説は,市場参入障壁が顕在的競 争者に一律におよぶ場合を含めて一般的に,市場参入障壁が同号の優越的市場 地位の指標として,次のような適性を有するとしている。すなわち市場参入障 壁が低く最:低限度に達しない場合あるいは存在しない場合は,そのこと自体か ら二号の優越的市場地位の不存在という結論を導くことができるとするのであ る。従ってこのような最近の学説においては,市場参入障壁が市場支配的地位 の指標として適性を有していることが,従来よりも重視されているのである。  では市場支配的地位の指標としての市場参入障壁の意義は,GWBの実体的 企業結合規制の各条文の中で,特にGWB22条1項2号の要件の中で,具体的 にいかに位置づけられるのか。これが次に探求すべき課題となる。 IV.結びにかえて  GWB24条1項の検討の対象とされているのは,通説によれば殊に潜在的競 争であり,潜在的競争は,従来の主な学説・判例においては顕在的競争との強 い結びつきを契機として重視され,他方,最近新たに主張されている学説は, 特に経済理論上の考察から企業結合規制における潜在的競争の役割を強調して, 潜在的競争を重視している。潜在的競争の指標としての意義が認められるのは, 従来の学説・判例においては,一般的な内容を有する市場参入障壁であり,市 場参入に関し個々の潜在的競争者が有する具体的事情であったが,上記の最近 の学説は前者の市場参入障壁を重視している。企業結合による市場支配的地位 を規制するGWB24条1項において,潜在的競争が重視されていることを考慮 すれば,市場参入障壁は潜在的競争の指標という意義を有するばかりではなく, 同項の市場支配的地位の指標という意義をも有しうることになる。  市場参入障壁がGWB24条1項の市場支配的地位の指標として,そもそも適 性を有するか否かは,市場支配的地位の一類型である同法第22条1項2号の優 越的市場地位をめぐって特に議論されているが,従来の学説は市場参入障壁が 顕在的競争者に様々におよぶ場合にのみ,市場参入障壁の優越的市場地位の指 標としての適性を肯定していた。これに対して,経済理論上の考察から結合規

(13)

制における潜在的競争の役割を強調し,潜在的競争の指標として市場参入障壁 を重視する上記の最近の学説は,市場参入障壁が顕在的競争者に一律におよぶ 場合をも含めて一般的に,市場参入障壁が優越的市場地位の指標として適性を 有するとしている。最近の学説においては,市場参入障壁が市場支配的地位の 指標として適性を有していることが,従来よりも重視されているのである。  市場参入障壁についての上述の議論の展開を勘案すると,我が国独占禁止法 10条1項13条1項,14条1項,15条1項,15条1項を準用する場合の16条の「実 質的競争制限」における市場参入障壁の意義と,GWB24条1項の「市場支配 的地位の形成または強化」における市場参入障壁の意義とを比較するにあたっ ては,まず両法制の実体的結合規制の各条文における潜在的競争の役割が検討       52) され,位置づけられる必要があるように思われる。第2章で見たように,一般的 に潜在的競争と市場参入障壁とは強く結びつくと考えられるものの,企業結合 規制と潜在的競争の関係はそれほど明確ではないのである。       《引用ドイツ語文献》 1 . Bartholomeyczile, Horst : Wann aktualisiert sich der potentielle Wettbewerb fUr die  Rechtsanwendung, W u W 1971, S. 764 2 . Bundeshartellamt : Marktbeherrschung in der Fusionskontrolle, K61n u. a. 1990 3.Bundesregierung:Begr伽dung zu dem Entwurf eines zweiten Gesetzes zur Ande・  rung des GWB, BT−Drucks. VI/2520 4. Carl, Emoin: Die marktbeherrschende Stellung als Eingreifskriterium der  ZusammenschluBkontrolie im Gesetz gegen Wettbewerbsbeschrtinkungen, Frankfurt  u. a. 1978 5. Emmerich, Volfeer : Kartellrecht, Mttnchen 1991 6. Emmen’ch, Volleer : Fusionskentrolle 1989/90, AG 1990, S. 518 7. Frankfurier Komnzentar: zum Gesetz gegen Wettbewerbsbeschrankungen, 2. Aufl.  K6!n 1986f. (zit. ,,FK“) 8 . Gamm, Otto Fn−edn’ch Freiherr von : Potentieller Wettbewerb 一 Substitutionswett−  bewerb in: FS fUr Gerd Pfeiffer, K61n u. a. 1988, S, 643 9. Gemeinschaftskommentar: Gesetz gegen Wettbewerbsbeschrtinkungen und Eu一 52)企業結合規制における潜在的競争を扱う近時の邦語文献として,泉水,上掲,本稿(註1)  の諸論文を参照。

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140 越後和典教授退官記念論文集(第273・274号) 10. 11. 12. 13. 14. 15. 16. 17. 18. コ       コ

OJO1

122

22. リ   サ

3422

25. 26. ropaisches Kartellrecht, Kdln u. a. 1988ff (zit. ,,GK“) Immenga,α沈かNationale Fusionskontrolle, Auslandswettbewerb und die Er・ haltung internationaler Wettbewerbsfahigkeit, RIW 1981, S. 577 1mmenga/Mestmdcker: Gesetz gegen Wettbewerbsbeschrtinkungen, Kommentar, Mifnchen 1981 (zit. ,,IM“) /ickeli, Joachim : Marktzutrittsschranken im Recht der Wettbewerbsbeschrtinkun− gen, Baden−Baden 1990 fdingst, Rainer: Marktbeherrschungsbegriff ,,Uberragende Marktstellung“ (g 221 Nr. 2 GWB) und Divesifikation, Belin 1980 Kleinmann/Bechtold: Kommentar zur Fusionskontrolle, Heidelberg 1989 (zit. .KB“) KnbPfle, Robert : Die Problematik der ZusammenschluBkontrolle nach dem GWB, Heidelberg 1986. Langen/ハJiederleithinger/1∼itte〃Schmidt:Kommentar zum Kartellgesetz,6. AufL, Darmstadt 1982 (zit. ,,Langen“) Leo, Hans−ChristoPh: Zur Reform der MiBbrauchsaufsicht Uber marktbeherrschen− de Unternehmen, WRP 1972, S. 1 Longre’e, Helge−Michael : Marktzutrittsschranken und potentielle Konkurrenz unter wettbewerbspolitischem Aspekt, Diss. Essen 1982 MonoPolkommission : Hauptgutachten III (1978/79), Baden−Baden 1980 Mb’schel, VVernhard : Recht der Wettbewerbsbeschrankungen, K61n u. a. 1983 Mb’schel, VVemhard : Okonomische Kriterien in der Anwendung des Kartellgesetzs, JA 1986, S. 525. Mb’schel, 1>Vernhard : Pressekonzentration und Wettbewerbsgesetz, TUbingen 1978 (zit. ,,Pressekonzentration“) Neiser, Jens : Die Praxis der deutschen Fusionskontrolle, Berlin 1981 Ramrath, StePhan: Die ,,Uberragende Marktstellung“ als Merkmal der Fusions− kontrolle, K61n u. a. 1978 Schultze,ノb”rg−Martin:Marktzutrittsschranken in der Fusionskontrolle, Kδln 1988 Urban, Andreas : Prognoseentscheidungen im Kartellrecht, Diss, Mttnster 1982

参照

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