147
親 鸞
聖 人
の
い
う
『
つ ・し
ん で
遠
ざ
か れ
」
に
つい
て
の
一
考
察
医学博
士
藤 岡 隆
男
序
文
親 鸞 聖 人は
、
心得 ちがい をし て好
んで悪 を な す もの から「
敬シテ遠 ザカ レ」
、すなわ ち 「うや まっ て遠
ざ か れ」
1}と か、 「
つ・
し ん で遠 ざか れ」
2}と仰せ られてい る。 仏の慈 悲は逆 悪の者を
も漏 ら した ま わぬ ものであっ て みれ ば、
その教 を 行 ず る 仏 徒た るもの の言 動と は 受 け と り難
い もの もあ る で あ ろ う゜ 私は この真
意につ い て考察
し、
聖 人の慈 悲 心の万 分の一
にもふれさ して い た t’
き度い と 思 う もので あ る。勿
論 私は真宗 学者
で は な く、
ま た未
熟 未 信の もの であっ て みれ ば、
斯 道に精 進さ れて い ら れ る信心深い 人々 か らみれ ば笑 止の戯 論か も知 れ ない 。 だ からとい っ て、
それに甘
え るつ もり は毛頭
ない 。諸賢
の きびしい ご 叱声
、 ご指 導を伏
して懇願
するもの で あります。
1
善 知 識
に
親 近
せよ
仏
教
で は、 よ く人を
教え導
び く人の こ とを
「善 知 識」
とい っ てい るが、 それ は『
仏説華
手 経』
巻 十.
法 門品 3]に も「
善知 識は能 く人 を して善 法の中に 入 ら しめ、
能 く不 善の法 を障 碍 し、
能 く人 を し て正 法に住せ し め、
常に能 く、 無 理 な く人 を教 化 する」
とあり、 『
諸 法 集 要 経 』 巻 十 41 に も「
自他
対
待し、
す なわ ち互い に無 漏智 を
以て一
切 の煩悩
を破
り治め、相
勉めて諸悪 を
遠 ざ くる に由
っ て、
難に於て能 く救 護 す る もの を善 知 識 とい う」
の だ等々 とある が 如 き で あ る。 さ と り お も む くそしてその理 由 として
、 『
華
厳 経」
入 法 界 品 5) には、 「
善知識は則
ち是れ一
切智
に趣 向 する門 な の り もの り、
我 をして真 実の道に入 るこ とを得 しむるが故に。善
知 識は則 ち是 れ一
切智
に 趣 向 する乗 なり、
我 をして如 来の 地に至 るこ とを
得し む る が故に 。善
知識
は則
ち是 れ一
切智
に趣 向 す る船
な り、
我 を して智の宝 洲に至ること を得 しむ るが故に。 善 知 識は則 ち是 れ一
一
切 智に趣 向す る道 なり、
我を
して ひ ち え 涅 槃の城に 入 るこ とを得 し む る が 故 に。 善知識
は則
ち是れ一
切 智に趣 向 す る炬 な り、 我 を して十 力 の光 を生ずること を得 しむ るが故に 。 善 知 識は則 ち是れ一
切 智に趣 向 する燈 なり、
我 をし て夷険
の 道 を見 るこ と を 得し む るが 故に。 善知識は則
ち是れ.
一
切智
に趣向 す る橋 なり、
我を
して険悪
の処 を か さ 度 るこ とを得 し む る が故に。善
知 識は則
ち是 れ一
切智
に趣 向 する蓋 な り、
我 を し て大 慈の凉 を生 ず るこ とを得 しむる が故に。
善 知 識 は則 ち是 れ一
切 智に趣 向 する眼 なり、
我 をし て法 性の 門 を見 るこ と を得 し む るが 故に。 善知識は則
ち是れ一
切智
に 趣 向す る潮
な り、
我 をし て大
悲の水 を満
足せ しむ さ と り るが故にcl と、
い ろい ろ と相手 に応じて、求
の 所依と なっ て能 く一
切智
に導び く か らで ある とい う。さればま た同 経に は
、
「も し衆 生の身
で あ る なら ば、 能 く菩提
心 を発 すこ と は難 く、
また能 く発 ひ と び とをす く う 心 して衆 生 救 済の 菩 薩の 行 を求
む ること は、更
に更に難 しい こ とで あ る。 さ れば もし.
切 智 を成 就 せ ん と欲す るならば、 応 に意 を決 して真の善知識 を求め よ」
とい い、
またこ の 「善 知 識 に親
近す る こ とが、 仏 智 を具 す る 最初の因 縁で あ る」
とい う。『
本 事 経』
6)に も、
「外の 強 縁 と な る は善知識 にし く は ない
」
と あ り、 『
大 般若 波羅 密 多経』
7)に も、
また『
智度 論 』 8】にも、
「先づ善知識に親148
藤 岡 隆 男 近すべ きi
ことをす・
め るの で あ り ます。
また『
大 乗 起信 論』
91にも、
「諸 仏の 法 は因
縁
具 足し て 成 就 するこ とが で きるの で あっ で、木
は 如何に燃えて火 と なる因 を もっ て も、
その縁が無け れば火 と な ら ない ように、
衆 生 も また同じで、正因薫
習の 力が ある とい っ て も、
も し諸 仏・
菩 薩・
善 知 識 等に遇い 、 これを縁と す るこ となし に、
能 く自 ら煩 悩 を断 ち涅槃
に入 る とい う道理 は ない の で あ る c]
とい う。Rogers
も また、
人 を 導び く入 と な る た め に は、
信 頼で きる監 督 者に よっ て詳 しい 批 評 と評 価を
受 ける十 分な機会
の下
に、
相 談 助 言 を行 う経 験 を積
み 重 ね て ゆ くべ きこと を 強 調 して い るの ですgen
勿 論ひと を教 え導び か ん とする
者
は真
の善 知 識に親 近 して その徳を身
につ け るべ く精 進 努 力 すべ きで は あ るのです が、 『
涅 槃 経』
巻.
二十
五 U)にも、
『
仏 性 論』
巻二 IZIにも、 真の 善知識は仏 世 尊 を除
い てはない と あ り、
さ れば 末 世無 仏の世に生を
う け た わ れわれ は、
浄土に生 ま れて は じ め て善 知 識に親 近 するこ と が許
さ れ るのであ ろ うか。親
鸞
聖人 は『
教行 信 燈』
信 巻 131に『
華
厳 経』
を引
用 し て、
「信 は 道の元で あ り、
功
徳の母であっ て、 能 く必ず
如来
地 に到るこ とを 得し め るの では あ るが、
こ の世で弥 陀 の法・
南 無 阿 弥 陀 仏 を 伝 う る清浄
僧に信奉
すれ ば、
信心退転
せ ずし て、
真の善知識 (阿 弥 陀仏)に親
近 しその徳 を修 習 するこ と になる。 而して またこ の 善知識に親
近す るこ とになれば、
よく広 大の善 を修積
する こと になり、
こ の功 徳によっ て殊 勝 決 定の解 すなわ ち往生 決定の信 心 を得、
同時
に諸 仏に護 念されて能 く菩 提心 を発
すことにな る。 そし てこ の菩
提 心が 仏 功徳 (名 号)を
勤 修 せ し め、
す な わ ち弥 陀の名 号 を勤 修 するこ とによっ て、
よ く生 れて如 来の家、
す なわ ち 必ず
仏となるべ き身 と定 まる位に 在るを得 る。
よく生 れて如 来の家に在るを 得 れば、 善を
し て巧 方 便 (善知識の徳) を
修 行 する こ と が で き る。
か くて念仏の 心不 動となり、
無量 寿 仏の法こそ 不滅 なる真 実で あ るこ とを知 っ て、
碍りなき弁 才 を得、
無 辺の法 す な わ ち一
切 諸 教の究 極た る弥 陀の 法 を開演
し、
能 く慈
愍 して衆 生 を済 度 するこ と になる。 而 して これは弥
陀の誓によ る もの で、
わ が はからい で す るの で はない の で、
自分 がひ とを感 化し教 化で き る と思 うが 如 き有為
の過 ち を 捨て去 り、 僑慢
の 心 や放 逸の心 からつ・
しん で離れ るの で、
か えっ て能 く・
一
切のひ とびとを教化
し、
たとえ如 何 なるこ の世 の障 害にあっ て も、 疲れをおぼ え た り、
厭
う心 をおこし た りす るこ とも な く、衆
生済
度 がで き ることになるcJ とい う。 即 ちこ れを要
す るに、
南 無 阿 弥 陀 仏を
伝う る清 浄 憎に信奉 、
親 近 し、
信心決 定し て念 仏 申 す 身に なれば、
自か ら善知識
の徳
を修 行 するこ とになるとい うので あ る。さ れば
1
歎 異 抄 』 第二章14〕に は、 「
親 臠にお き て はた f 念 仏して弥
陀にた す け られ まい らすべ し と、
よ き人の お おせを
こうむ りて信
ずる ほ か に別の子 細 なきな り。
]
と仰せ ら れ る。 広 瀬 呆は「
善知 識の教え と は、
まさ しく・ 躰 願 念{ムの法 鐓 示 す る もの で あ り・ し たが・ て・
そ瞰 え を まが
し て は、
つ い に本 願念 仏の法 に遇
うこ と は で きない 。 しか しなが ら、
教え は、
“
指 を以て月 を 指え 以 で我 を示教 す”
(化 巻 )る もの で あ る
。
それ ゆ え、
も し教 えに執 して 、 如 実に法 を見 ない な らば、
そ れ は “ 指 を看 視して 目を視ざる”
(
化 巻)ものとい わね ば な らない 。 し か し、
何 故に指が 月を指
す こ とがで きた か と云え ば、
そ れ は 如実に 目を見た か らで あ る。 すなわ ち、 師 こそは 法 に目覚め た覚 者で あり、
その 意味か らす れ ば、
改めて師教の ほか に法 なし というこ とこそ、
的 確 な 表現で あ る とい わねば な らない。
した がっ て“
よきひとの おお せ をこうむ りて信 ずる”
とい う表 自は、
決し て “ よ き ひ と を信 ずる”
の ではない と同 時に、
単 に“
お お せ を信 ずる”
とい うの で もない 。 あえ て 表 現 する な らば、
“
よき ひ との お おせ ” を“
よ き ひ とのおおせ”
におい て聞 信 する とで もい うべ き親鸞聖 人のい う 『つ
・
し ん で遠 ざか れ』につ い て の一
考 察149
事 柄 なの である。]
Is とい っ て い るが、 私 が善
知識 を信ず
る という
の でも
、 またこ の私 が その言葉 を
信 ず
る という
の でも
ない。 よき人・
善 知 識 に親
近しその お お せを聞
く とき は、 わがは からい はな
い の で あ る。 而 してこ の「
た f 念 仏」
す るこ と は 、 その ま ・「
い そぎ 仏に なりて思 うが 如 く衆
生 を利 益 す る」
10tこ とにな るlnのだ、 と仰せ ら れ るの であ る。H
善知識
(
Kaly
加a − mitra
善 き友
)
の
徳
ひ と び と を教え
導
び く巧 方 便 す なわち善
知識
の徳
につ いて、
『何 苦 経』 18}に は
、
善知識は十
五夜
の 月が満つ る が如 くあ らゆる善法 を具足 して い る とい い、
『仏 性 論s 巻二 laに は そ れ を七 に
分類
し、 よ り ど こ ろ しかもよくひ とびとの依 止 となるこ と が説かれてい る。 そ してそ れ は、
能 く施
すこ とで、 能 く施 す が故に他を
し て憐
愛せ しめ、愛
するが故に尊
重 し、 重んず
るが 故 に信 じ合
うことがで き、
信 じ合
う か ら能 く説 くこ と がで き、 能 く説
くが 故 に能 く外
からの難 を
忍 受するこ と が で き、 能 く忍 受 す るが 故に能 く深い道 理 を説い て友 を利 益 する。 また深い 法 を説 くこ と に よ り能 く友 を安 んじ て善 処に置 くこと が で き るの 七徳
である とい う。 而 して こ の七徳は結 局 ま た 三 義に お さま る とい い、 その三 と は、憐
愍、
聡明、
堪 忍で あ るという
。 ま たもし た f憐
愍す る だ け で聡明 なる智
慧を
失っ て い る と、
た と えば父母 が如何
に子の病 を念 じ ている と しても、
能 く救 治 するこ と がで きない で あ ろ うし、
も あ だ や まい し また聡 明 なる智 慧が あっ て慈 悲の心 が 無け れば、 怨を
な す もの の疾
を 治 すること が で き ない で あ ろう
。 ま たもし堪 忍 するこ とが で きな け れば、
す なわち 自 らの行が中途
で挫折
して し まっ て、憐
愍 と聡 明 と も また成 就 しない で あ ろう
。 而 して、
能 く施す と尊 重 する と可 信の三は憐 愍に、
能 く説 く と 深理 を 説 くの 二 は聡 明に、
能 く忍 受 するは堪 忍に属 し、 善 処に安
んず
るは以 上の三 種 に通 ずる 徳で あり、
その聡 明 とは愚 痴を
離れ た るこ とを、 能 く堪 忍 す る と は凡 夫に異 なるこ とを
、 ま た憐
愍 とは 二 乗 (声 聞・縁覚)
に異 なること を意 味 し て お り、
さ ればま たこ の徳
を満 足 す る ものはた・
“
仏 世尊
の み で、 仏 世 尊のみ こそ真
の善 知 識 という
に価 するものであ る とい う。《
能 く施す》
而 して こ
・
で い う 「能 く施 す」の 「施 」につ い て 『蝓
伽 師 地 論』巻二十五 1Stに は、 「
他の 所に於て ねが ぎょう い しょく 常に悲 憐 を起 し、
楽っ てその義 を与 え、
楽っ てその利 を与
え、楽
っ て その楽 を与 え、
楽 っ て猗 触(
こ い こで猗
と は、 やわらか、
す なおなる さ ま で、軽安
と も訳さ れ倶舎
や唯 識で は身
を軽
利 安 適 な らし め 心 を善
事に堪 え し め る 心作
用を
い い、
成 実で は麁重
を除
去 し た時の心 作 用を
い うとい い 、触
と は認 識の 三要
件である根
と境と識の 三事和合
して 生ずるものを
倶舎
、唯識
で は さしてい る という
。 9Sされ ばこ
・
で は、 やさ しい触
れ あい、
と き に所謂
skinship 或 は skin attachmentを意味
し てい よう
)
を与
え、 楽 っ て安 楽 を与 うるこ と で、 か くの如 き を また名づ けて、性
とな り哀 愍 な りと為 す」 とい う。親 驚 聖 人に よ れば、
釈
尊の出 世 本 壊は 「道 教ヲ光 闡シ テ群 萌 を 拯 イ、恵
ム ニ 真 実 ノ利 ヲ以テセ ム ト欲ス ナ リ。 是 ヲ以テ如来ノ本 願ヲ説イテ経 ノ宗 致 トナス。
即 チ 仏 ノ名号 ヲ以テ経 ノ体 トス ル ナ リ・
J2
αで・
すなわち弥 陀の本 願 (義 ) を明 ら か に し、 名 号 (利)
を与えて一
切の衆 生 をす くうにあ っ た とい うの で あ る。然るに 「 成実 論』 巻
一、
具足 品第一
21〕に もい うよ うに、 「た と え ば天の 日 月 はその性 もと明 浄 な るも、 煙・
雲・
塵・
霧 等あ る と き は則 ち見えざる が如 く、邪
論に して正 経 を覆え ば その義は明照な らず」 で あ り ま す。 而 し て こ の義 を明 ら か に して下さ るものが ま た 『称仏 六字』 ではない で あ ろう15
θ 藤 岡 隆 男 か。
即 ちこ の功 徳の うちの 『嘆f
煽 の功
徳に よ る 「身口意の業 清 浄に なる 」 ことに よっ て、 こ の本
願の 義は 明 ら かに なり、
『懺 悔 1 の功 徳に よ っ てこれ が正
しく受 用 さ れ るこ と で あ ろ う。 そして これ が正し く受 用さ れ たもの が名 号 (真実 ノ利)で、
これ は ま た同 時に 『 発 願廻 向」 の功徳、
す な わ ち 「安楽 浄土に生 れ ん と欲 う」繍
寛
と、
「またこ の功 徳 を一
切の衆 生に与う るこ と になる 」(猗 触〕 を 与う るこ とになる で あ ろう。
そ し て こ の こ と が実 存 的 充 足 感 す な わ ち真 実の 「安隠
」 を与
うるこ と になる で あ ろう。 され ば、
名号 を称え、
称 えしむるこ との うちに こ そこ の 「能 く施 す」 が 成就して い たことであり ま しょ う321
こ・
で 「こび)功 徳 を一
切の衆
生 に与 うるこ と にな る」 は、
煩 悩 成 就のわ れわ れ が す るの で はな く、 大 慈 大 悲の如来さ まがし て下さるので ある から 「猗触
」 と な る で あ りま し よう。 また言
桑
1
につ い て は 『 成実 論』 巻一
21)に 「 楽を
ば 名づ け て欲 と為
す 」 とあり、
「教 行 信 證』 信 巻に 「信 楽 は
欲
願 愛 悦の心、
欲 生は願 楽 覚 知の心 で、
と も に大 悲 回 向の心 で あ っ て疑 蓋ま じ搬
二
驫 纛
蠶
鬻
1
姦簾 雛 瓢
鱗
1
ユ
’熱
信楽、
大 悲 廻向の真 実 信心 を その 体とする 「欲 生 心」 をさしてい るものであ ろ う・ 在 俗の身に とっ て は原始
経 典 「スッ タニ パー
一
タ」 や 「相 応 部」の古
い詩 句に もあ るように、
「こ の 願 をお こ して い る ね がい こ と が、
こ よ なき幸せ で あ一
、 たの で あ るt]。
こ の願 楽 を 与 え て一
ドさ るので あ り、
ねがい の 目的 と与 うることに な る使
命が与 え ら れるので あ り、
こ の 目的意 識 と使 命 感が、Frankl
も云っ てい る よ うに、 現 実に於て 実存
的充 足 感 を満 足 す るこ とを得 し め る、
す な わ ち真 実の 「安隠
」を
与う
るこ とにな るの であり、
こ れは 真 実 永 遠 なる もので あ るの で、 さ れば親 鸞 聖人 は 「た ぐ念 仏」する こと を す・
め られ た こ と で あ り ま しょ う夛
聖 入の
息室 .
恵 信 尼の手紙に よ る と、
寛喜
二 年 四 月 十四 日〔聖人
59歳
) よ り風 邪 気 味で・
大 変な 熱に うな さ れ て病 臥 して四 日目の 明 け方、苦
しそ うに 「ま は さてあ らん」 と仰せ られ たので、
恵 信 が尋 ね ると、「病 床に伏し て 二 日
目
か ら、夢
の中
で、
衆 生 利 益 のた め と思っ て一
心 に大経を
続 誦し て いた。
思え ば、
トー
ヒ、 八年
前にも三 部 経 を1
:’
部 続んで衆 生 利 益の た め にし よ うと続みはじ め たこ と があ一
,た が、
名 号 を 自 ら信じ称 え る以 外に何の 不 足が あっ たの だ ろ うかと思 い か え して止め たこ と が あっ た が、
八 間の執心 や自 力の心 は な か な か とれ ない もの だ」 と反省
なさっ たこ と が記 さ れ て い る尹
而し てこ の 手 紙に は 「名 号の
外
には何 事の 不足 に て」 と あ り、
+’
歎 異 抄1 第 四 章には 「念 仏申
す のみ ぞ末
と お りたる大 慈悲
心 」 だ と あ り、
称 名以外に衆生利 益はない とい っ てい るが、
高 熱に う な さ れ て まで衆
生利 益 を夢にまで み られ た という
こ と は、 こ の こ と以外
に聖 人の お考 えは な く、
ま た その こ 生涯 もな かっ た とい うこ とを意味 してい よ う。《
尊 重》
『 涅 槃 経1 巻十九
、
光 明 遍 照 高 貴 徳 王 菩 薩 品二 卜ニ ノー
24〕に、
「
一
切衆 生 悉 く仏 性有 り 」 とあり、
こ れ は 「教 行 信 證』 信 巻 13’ に も引用 され て あ るが、
同 真 仏土巻 25}には、
「衆 生の仏 性は 現 在に無 な りとい え ども無 とい うべ か らず
、
虚 空 の性 は現 在に無 な り とい え ども無 とい うことを得 ざ る が 如 し。 衆 生 未 来に荘 厳清浄の身 を具 足 して仏 性 を見るこ とを得む司と引用 さ れ て あ り、
か る が 故 に尊 重 す べ き で あ り、
さ るべ き で あっ たこ とが うな つ か れ よう。
た と え ば 種 子 の蒔か れた田畑は大切 に され、
や がて秋の稔 り が 待 た れ る であ ろ う。 併 し田畑は種子の 蒔か れ な い 以前か ら既に大切 に手入れ が され るの で あ り、 さ れ るべ きで あ る。 そ れは そうしな け れ ば種 子 を
蒔
い て も発 芽 し難い で あ ろ うか ら親 鸞聖 人の い う 『つ
・
し ん で遠 ざか れ』につ い て の一
考察 で す。 い や種 子 を蒔か るべ き 出畑な るが 故に尊重
され るのであ り、
さるべ きであ るの です。 同 様に一
切の人々 は、
ま さに仏 種 を受け 入れて菩 提 心 を発 芽 すべ き 田畑であ り、大
地で あ り、
母胎
で あっ たの で あり ま す。
さ れば 尊 重 すべ き で あっ たの で あ り ま す。ま た 風 雨に曝されて か
、
い つ し か か たくな に なっ て し まっ た煩 悩の地 表 を破っ て仏 種の萠 芽 をみ る と き、
う まれ出つ る苦痛 を伴 うこ とであ ろ う。 さ れば、
『大宝積
経 』 26} に は、
「諸の来っ て求
む る者
は善知識 なり。
仏道の因 縁に よ るが故にc]
と あ り、
ま た 『菩提
資 糧 論』 巻六 Z71に も 「乞い 求 むる者 はこれ菩薩
の善
知識な り、 す で に菩 提心 を助 持 する が故にc]とあ り、
悩み を持っ て尋 ねて き たもの は、
すでに手 強い 仏 縁 に、 その萠 芽に催
さ れてい るので あ る か ら な お さ らの こ と尊 重 さ るべ き であ り、
すべ き で あ りましょ う。これ は ま た
C
.R .
Rogers
の提
唱 す る非指
示 的カ ウンセ リン グ“
Non −
Directive
Therapy
”
の 相 談 助 言 者の資 質と して挙 げて い る相 手に対 する尊 敬心 に通ず
るもの で あ ろう。 い やその根
底を
な す考え方か も知 れない。
彼はカ ウン セ リングを 行 う際に、
もしも人が自 己 自身 及 び 自 己の 問題 を 多 少なり と洞察
して い る な らば、 恐 らく自 分の選 ぶべ き道の選 定 を賢
明に行 うで あ ろうこ とを信
じ、
彼の選 ん だ道が彼のた めに選ぶべ きFl
標 と異っ てい た とし て も、
そ れ を彼 自身の選 定に まか して い るの で あ るso
)親 鸞聖 人は
、『
歎 異 抄』
第六章
28〕によ る と、 「弥 陀の 御 もよほ し に あつ かっ て念 仏まふ しさ ふ らうひ とを、
わ が弟子 と まふす こ と、 き は め た る荒涼
の こ となり。
J
と仰せ られて おり、 『口伝銑
29〕にも、
「親臠
は弟 子一
人 も もたず
、 何 事 を教へ て弟f
とい うべ きそや, み な如来の御 弟 子 なれば皆 共に同 行 なり.
」と あ り、
みな如 来の御 弟 子と して尊 重してい るの で あ り ま す。ま た 『
華厳
経 』 に 「此 ノ法 ヲ聞テ信心 ヲ歓喜
シテ疑 ナ キ 者ハ 速二 無 上 道 ヲ成ラム、
諸ノ如 来 ト等 シ イ 」 とあるを引用 し て、
念 仏 者 を ば 諸 仏に等しい とか、
如 来 と等 同で あ る と して尊 重 してい るの であります評
31〕ま た聖 人は
、
関 東よ り生 命が けで来 訪 し た門弟
を 前に して、
ただ 念 仏 するこ とを す すめ ら れ るの でありますが、
結 局は 「面々 の おんはか らい なり 」14)と、 その選 定 を彼 ら 臼 身に まか し てい るので すが、
こ れ は次の 信 頼 関 係にも 通ずるであ り ましょ うが、
彼 らに手 強 く働 ら きかけてい て下
さ る弥 陀 大 悲の本
願 を彼 らの上 に み、
そ れ を敬 信せ ら れ た か ら で は あ る まい か。 また後
述 す るが
、 好ん で 悪 を犯 す 者に対し て、
彼 らから遠
ざかれ とはい いながら、
「うや まっ て 」 と か 「つ ・ し ん で 」 と仰
せ り れてい るの であ り ます、《可 信
》
次に 「可信」 すなわち信 頼 関 係につ い て で あ るが
、
「華
厳 経 』 人 法界品 51に、
「善 知 識 は慈 母の 如 く で あ る か ら よ く仏 種 を出 生 し、
慈 父の如 く で あ る からよ く広大
に利 益 し、
乳 母の如 く で あ る からよ く守護
し て悪 を なさ し めず、
ま た良医
の 如 くであるか ら能 く煩 悩の諸 病を
治 し、勇
将の如 くである か ら一
切の怖 畏 を除 き、
船 師の如 く で あ る か ら よ く智 慧の宝 洲に到 らし むe]とあり、
『大 乗 宝 要義論』
巻n
.
32iに も 『 勝生勝 鬘 解 脱 経』 を 引用 して、
「善知識は母の如し」 と も 「父の如 し」とも 「乳 母の如 し」等々 とあ り、
『 雑 阿 含 経』 巻 四十八 33 ) には、
「善知識 に安 ん ずること子が親の懐に臥 する が 如 く、
へだ 傍 人の間つ る ところ と な らず
。]と あ る。 而して 『正 法 念 処 経 』 巻五十五 34〕に は、
「善 知 識に親 近 して 行 ずる ところ、
善知識に薫
ぜ ら れ た功 徳の縁に よっ て、
現 在の世に於てすで に常に 安ら ぎを得 る 」 と あ り、 『
解 脱 道 論』
巻二 35) に は、
「若 し善 知 識 を離 る れば不住分 を成ず。 人 ひ と り遠国
に遊ぶ が151
152
藤岡
隆
男 如 し」 と あっ て
、
これら は善知識との関係は信頼
に よ っ て成り立っ て い るの で、
か れ のあ る とこ ろ 安 ら ぎ が あり、
こ れを失 うとこ ろに不安の つ の る こ とを物 語っ てい よう。 また 勧 ・国1
、は 「親腰
」 とい悟
葉がある よう1
・、
欧米1
・も・P・imi
・・i
・ 「楽 観的 」 とい う諜 がある.−
r
−一
どもに と 。 襯 が 他ノ・と異・ て魅 力があるの は・
その褓1
・対して他の誰 よ り も楽
翻 で あ。 て くれ る か ら で あ る とい う聾
し て・ の楽
観 鵬諏
そ の ものは・
子 ど もの駐 性 齢 酢 於て認
め てい るこ と であろ うが、
実は そ れ以一
ヒに その信 頼 関 係に よ るもの で はない だろ うか。
こ の 信 頼 麟 が あ れば・ そ能 く説 くこ と が で き、
夕儺
を忍受 す る・ とがで きる こ とになる であ ろう・C
.
R .
R
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,,s も 「人間の 行 動の原
型 を研 究 哩 解 する た め1
・は・
過 却 ・職 は極めて鍍 で はあ る が、
し か し治 療鹸
施 するた め に1
蚶 ずしも そ れ 腫 要でな く・ 厳 する糸蚤験 とし て溜
融 人 間 関係
そのもの 瞳 きをお くべ き こ と」 ’°・を強 調 し てい る が・
・ の関 イ系と はす なわ ち信頼
関 係であ ろ う。 最 近 は 「わが子1
:ISE
。 て」 とい , た甘 賭 訪 は危険
だ と鮪 して い る人がい る ようだが滅 る 概 の と お り か も 知 れない.併
し若し世間 暖 け容
れ ら れ な くな・ た 子 を瀬
ま で が信じな くな・ て しま。 た ら、
一
讎
が忍 受 し・ ・麟
麹
て導
び くこ と が で き る のだろ うか・ 世に遠 美 近 醜と か、
「他国蹴
に国 武 士 昆 かい ・ て諌 親 莇 みた・
或は側 近の ものか ら み て の偉
人 はい ない と云わ れてい る。 然 る聴 信賠
彫 第三 」$ ・E
37’ ・よ る と・
常 陸一
陵
の郷 とい うとこ ろ で、 恵 信が夫糲
聖人を賠韈
であ る と夢に み たこと が 記 されて い て・
そa
)t
麦cS
心に粗 末に思 うこ とが で きなか 。 た が、
あな たも そのよ うに心融 さ い と覚 信尼 に書き送・ て い るので あ ります・ こ の 書 簡 膣 人礁 終に侍
。撹 舵
力・
ら、
聖人の御 往生 を伝 え膳 状 を7
・乳 た恵 信 尼が憾
慨 。堪えず、
聖 人 を偲
び、
内室
と して酬裏を
記 し たものである が・
・ の夢に つ い て安井
広 度は・
夢 とい えば、
人 は 「軅 どあて にな らぬ もの は ない 」 とい うで あろ うが・ 精 瀚 析 学的 に い えば・
曽 , て撒
した。と、
心に思。 て い たこ とが、
い ろい ろ組 み合
わ さ れ て あらわ れ るもの で あ る とい い・
夢
。兄る ほ ど おもいつ め罐 信の’
b
力嘲
・皺 れた もの で・
鶇 がこ う・’う巍
み た とい うとこ ろ に深 嗜 嚇 あり、
彼姐崩
・
ら夫糲
囃 部 し嘱 か尊い もの軈
じ て・た か らこ の よ うな夢
を見た の 。縫 な く、 ・ の劇 ・黼
と恵 信・ うるわし ・人と為
り牲 髄 イ思ぶ挑
述べ ひ る・同
じ よ うな。 と は脚 醐
ヒ辮
勲
・漣 長牌 二 肚 腋麟
・
蓮 位力嘲
こ・
聖徹
子 が灘
聖 人歓
慈 阿弥
陀 仏 と礼 し奉
るの をみ た・ とが記さ れ ・ある・ また肩1
觚 段 4°1に淀 禅 齲 が 聖入噂 顔 を拝
し、
瞰 の剃
・弓倉・隙 来の儻
をみ た が・
その1
曽緬像
溶 貌と変るこ とがない と灘
流 し て臘 し た・ と が謎 れて・ る が、
・れなども門 弟の姻
翩 よ じ め とし て多 くの門 弟に・
そ 、 て 門弟 を通 し移 くの搬 庶 民 ・・、
弥 陀 疏 身と仰が れ 慕 わ れて・… 椥 ・沫
だ噸 識 も なか っ た定 禅に まで 、 か
・
る夢 をみせ しめ たこ とで あ ろ う。枇 翫 る と
、
・れ らの灘
み た恵 信や尸r
剃 には・鰍
の睦 さ しは さ む 余地繊
さな 曜 の 信 頼 関 係黻 就し てい た・ とを物
語。 て ・ よ う.
そし て ・ れ は・
聖 人 が門 弟らを弥 陀 如 来 箙軒
と齢 する融 。、
か る うるわLV
信 頼関係が嚇 の もの との間 ・石寉立 さ れてい ・ たこ と曜 左 で あろ う。門 剃 、か くま で慕わ れ顯 されて ・・た が 椥 ・
・
高 田の覚 信 励 下 野 よ吐 洛の途 中で・「ひ とい ち」 とい う と。ろ で難 し た と き、 他の同 彳i
た ちは帰 る ・ とをす 曲 た が」 もし死ぬ ような歙 ら・
帰 , て 疵 ぬ し、
と ・ま。 ても死ぬだろ う.
同 じ ・と な蟶 人 の み も と 仞 二たい 批 糶 し て い る親 鸞聖 人のい う 『つ h しん で遠ざ か れ』に つい ての
一
考察 の で あ る31
〕また.
ド野高
田の慶信
は京
都滞
在中
仕事
に ま ぎ れて、
ゆっ くり と聖 人 と語 ることがで きな かっ たの を歎い て、 帰郷後
、
わ ぎわ ざ でも京都
へ 行っ て、
せ めて五 日 な り と も聖
人の み もと に い な け れば 心 し つ ま ら ない、
と洩ら して い るぽ
2〕また聖人 は、 聖人 と異る邪 義 を唱えて門
弟
を惑わ し た か ど で、 わ が子 善鸞 を
建長 八年
(聖 人84
歳)
に義 絶 した その書 簡の 中に 「三 宝、
神 明に まふ しき りおわ りぬ ] と、
聖 人に し て は珍 らしく、
永 遠 に許
し得 ない とい う憤
りがみ ら れ る の で すが、
聖 人は信 じ た わが子 に叛か れ たばか り か、 そのわが 子さえ許 し得 ず、
救い得 なか っ た 人 間 愛のかな しさ がその胸 臆 を狂お しくせめつ づ けたのでは ある153
まい か。
而 して ま た、
普通 の悲し み は時
が 経つ につ れて薄
らぎ、時
には たの しい想
い出
と さ え な る。 併 し わが子 を勘 当 した親の心 は、時
と と もに その悲 しみ は却っ て深 まりは げしく なるの であろう
か。建
長 七年
聖人83
歳
の とき「
尊
号 真 像銘文
』
(
略
本)
をお 書きになら れ て か ら三年後 、善
鸞 を勘 当 し て か ら二年後
の 正嘉
二年 (
聖人86
歳)
にお書きにな られ た『
尊
号 真像銘文』(
広本)
に は、「唯除
とい ふは たf の ぞ く とい うこと ば也。 五 逆のつ みび と をきらい、
誹 謗の おもき とが をしらせ む と也c]
と あっ て、
さ き に『
略本』
に 「謗 法 」と あっ た ところ が『
広本』
で は 「誹謗
」 と書きあ らた めてあり 勿 論 同 義 語で あ りなが ら、
「ホー
ボー
」 に比 して こ の 「ヒボー
」 の音に きびしい なにもの かを
私 は感 ぜず
に は おれ ないの で あり ます罫
そし てその きびし さ は、 わが子を
義 絶 しな が ら、
何 故か心の どこ か で、
棄 捨 し ようと して し切 れ ない親 馬 鹿 的 な心 が あ り、
そ れに対 し ての もので はなかっ た であ ろう
か。 勿論
その もの も救
わ れ る と して、「こ の ふ たつ の つ みの おも
きこ とを
しめして、 十 方一
切の衆 生み な もれず往生 すべ し と し らせむ と な り。]
と、「唯除
」の説明 を結んでい て 、善
鸞 らを
義 絶 し、遠
ざけ ら れたのも、 その罪
の重 きをし め して、 その もの を も漏 らし た ま わ ぬ如来
の本
願 を知 らし め ん と して f は あっ た ろ うけれ どQまた
『
略 本』
に は、
称 仏 六 字の功
徳中
「発
願 廻 向 」につ い て、
「南
無 阿弥
陀 仏 をとなふ る はす な わ ち安楽
浄土 に往 生せ む と おもふ になる とな り」 婦 と説 明 し なが ら、
善 鸞 堪 当二 年 後の『
広 本』
に は、
さらに 「ま た一
切衆
生に こ の功 徳 をあ た ふ る になる と也 」 45〕と つ け加えられてい るのです。またこ
・
で、
妻子巻
属と か、 門弟
と か、
有縁
の ひ とび と とか云 わ ずに、
「一
切 衆 生に」 と、
その愛着、
愛執
を否 定しなが ら、
善 鸞 義 絶の翌年
の 正嘉 元年 (
聖 人85
歳)
に著わ さ れ た『
正像
末 法和
讃』
草稿本
にも、
ま た正
嘉二年の同
初稿
本に も、
「愛 憎 違 順 するこ と は高 峰岳
山 にこ と ならず
」 46〕と歎い てい るのです。 勿 論こ れ は末
法の 世 情 を歎い て の もの で はあ ろ うが、 私はこれ らの言 葉の上に、 称 名 を 「萎め る花」 とし て聖 人に そ むい た善 鸞や、
遠 ざかっ てい っ た門弟
ら を も憎
み 切 れず、
彼 らへ の功
徳を
も念 じての、 聖 人の親 馬 鹿 的 な感 情 が魅 力 的に偲 ば れてならない の です。《
堪 忍》
次に 「堪 忍」
或
は 「忍 受」 とい うこ とであ るが、
『
華 厳 経』
十 廻 向品 4「には、「善知識は た と え衆
生 が怨 害の心 を起 して も、
慈 眼を
以 っ て視 、
つ い に怒
り をお こ さず、衆
生のた めに正 法を演説
し、 そ れ を修 習せ し め るcj とい う。
ま た 「諭 伽師地論 』 !9)に は、
「罵る と も報い罵 らず
、 瞋る と も報い 瞋ら ず、
打つ とも報い 打たず、
弄ぶとも報い弄 ばず、 よ く耐 え、
諸の暴
力、
脅迫や 恥辱等の衆 苦の中
にあっ て 自ら己が過ちを推 考し、
善 業 を造れば そ れ相応の楽果の 報い あ る教 えをよ り どこ ろとし、
つ い に他に対 し て灘
醗 さず、
ま齦 を懐 きなが噸1
歯撫 理 に お さ えて・ る わ け で も な・. か くの如憾飆
か しめ辱
にあっ て も その 本 性すべ て変わる こ と無 く、
た ・“
常に相手 の た め に利益と な るこ とをね がい、
ま た よく寒 熱、
飢 渇 等にも堪え、
他 に干 犯せ ら れる は げしい 毒 を含んだ言 葉、
わが身に生 ずるはげし154
藤 岡 隆 男 うけ しリユろ くつ よい 苦し み、
切 心奪 命の苦 を も堪 忍 し、
性と為 り堪 忍 し て能 く容 納 する.
1
の で あ る とい う。
また
f
阿毘
達磨
大毘 婆 沙 論』
巻モ1
一
七骸
こは、
『
遺 教 経 』 を引JT
]し て、
「
汝 等比 丘 よ、 も し怨賊 に汝の 身、 或は諸の支 部 を鋸 解さ る る とも、
汝 等は 彼 に於て心変 壞す るこ と勿れ。 また まさ に 口 を 護り て悪 言 を出 すこと勿れ。 もし心変壊 し、 及 び悪 言 を出
さ ば、
自の 所 求に於て深 く障碍 となら んc!
l
とい い 、 こ こ で 「瞋 心 を 名づ けて変壊
となすの で あ る が、
怨と は怨 対.
賊と は劫 盗、身
攴を鋸
解 す い か ると は入出 皆 苦、
こ の極 苦 す ら なお瞋るべ か らず、
い わ ん や軽 苦に於て瞋恨
すべ け ん や 。 自の 所 求 と は善 趣と涅槃
と な り[
1
とい う。ま た 『摂 大 乗 論
釈
149
)には、
忍受の忍につ い て、
「忍 とは即 ち無 分 別 智で あ一
っで、
こ れに は二種 の勝 れ た 能 力があり、
諸 地の障り となっ てい る無明 (愚 痴)
と麁 重 〔惑障と智
障 )の報
い を減
じ、
各々 に勝れ た功
徳 を得し め る↓
とい い、
こ の 「忍 を行 ずる こ とによっ て、
ひと び との 逼害
損悩
の悪
事
に報い ない の で 、 それ らの 疑 を除
き、 心 を安 らげ る」とい う。性 信 坊は親 鸞聖 人の 門 弟になる前は猛 勇の悪 徒であっ た 5D〕 が
、
聖 人に帰し て念 仏す る身になって い た もの を、
母、 姉妹
らにま で 過.
去の こ とをひ っ ば り出
さ れて造 悪 無碍者
と して訴え ら れ、 念 仏停
tl二の理 由と さ れ たので あろ うか。 その性 信 坊に宛て た書状 51】の 中で聖人 は、
「鎌 倉での訴えの様 子 は大 体 聞い てい るが、
これ は御身
ひ と りの こと で は な く て、
すべ て浄一
L
の念 仏 者の こ と である 。 ま たこ の こ と は 故 法然 上人の御と き、
私ど も が や う や うに云わ れ たこ と で、
こ と新ら しい こ と で は な い。
念 仏 者 はみな 同じ心に御 沙 汰 あるべ きである。 念 仏 者の不心得 は 性 信 坊の咎だな どと云 うの は 大変ひ どい 理 不尽であ る。 念仏者
ともあ ろ うもの は性 信 坊の みかたに こそ なっ て あげ るべ き だ。 母、
姉 妹 な どがさまざまに 云 っ て い るこ と ぱ過 去の こ とで、
それ を理由に念 仏 をと ど め ら れ た が、
世に 理不 尽 なるL’
と が起っ たな らば、
それにつ けて も念仏を
ふ か く たの みて、
よ くい の り にこ ころにい れて、
まふ し あ はせた まふべ し とそおぼへ さふ らふ。 詮 ずる とこ ろ念 仏 中 す人々 は、
わ が身
の こ と は考
えずとも、
おおや けのた め、
国 民のた めに念 仏 申し合
う なら ば めでたい こ と で あ り ますLl と、
やさし く労わ り なが ら 「忍 」を
す す め、 そ れが世の安穏
となり、
仏 法の ひ ろまるこ とになれ ばめ で たい こと であると仰せ ら れ てい るの で す。 而して ここ でい う「
い の り1
につ い て、
普 賢大 円 52)も い っ てい る ように、
これ は一
種 の要 期 するところ あ る心 理 と解 すべ き で 、所
謂現 田:祈祷
と は違 うの で あり、衆
生 称 名の功によっ て教 法 を流
布し ようと す るもので はない ことは勿 論で、
その 名 号の 徳に 全托し、
仏 意の ま まに任せ きっ て、
念 仏の教 法の ト分に流
布さ れ ん ことを念 願し、
要 期し て念 仏 す るばかり で あ るこ と はい うまで もない こ とで あ る。
また
『
末 燈 鈔 』二53:1に も、 「こ の 念 仏 する ひ とをに くみ そ し る ひとを も、
に くみそしる こ と あ る べ か ら ず、
, あ は れ みをな し、
かなしむこ こ ろをもっ べ し とこ そ、
聖人は お ぽ せ ご と あ り しかtl とい い、
ま た 『御消
息』
四 M)にも、
「こ の 世の な らひに て、
念 仏 をさ ま た げん 人 は、
その とこ ろの 領 家、
地 頭、
名 主のや う あ るこ とにてこそ さ ふ らはめ、
と か く まふすべ きに あ ら ず。 念 仏せ ん ひ とびと は、
か の さまた げ を なさ ん ひ とをば あ は れ み をなし、
不便 に おもふ て、
念 仏をも ね ん ごろにまふ して、
さ ま たげ を なさんを、 た す け させ た まふ べ しとこ そ、
ふ る き 人 は まふ さ れさ ふ ら ひ しかtl とい うc こ こで こ の 「や うあ るこ と」
とい う意 味は、 理 由の あるこ と、
子 細ある こ と、
とい う意 昧で、
こ の よう な念 仏 を停
止 し、
念 仏の妨げを なす こ とは、
五濁 増 時に は必 ず あ る と、
善 導の 『法 事 讃』
に あ る念 仏 者の未来 記 に す でに予 言 し て あ るこ と を云っ て い る の で、
要す るに善 導の そのよ う な 予 言の 虚 言で ない こ とを再確 認 し てい る の で あ り ます潮
1渕 こ れ は 勿論『
法事 讃 』巻 下に 「UNI
ee
ノ説法、 時親 鸞 聖人の い う 『つ