NII-Electronic Library Service 『
心
賦
』と
『註
心
賦
』の
諸
本
と
系
統
椎
名
宏
雄
N工 工一Eleotronlo Llbrary Servloe
問 題 点 駒 澤 大 学 図 書 館 の } 般 書 架 中 に、 永 明 延 寿 の
撰
述
に か か る 『 心 賦 』 の 五 山 版 ら し き 小 冊 子 ( 影 印 ) 一 冊 が架
蔵 さ れ て い る の を 見 か け た の は 、今
か ら 数 年 前 の こ と で あ っ た 。 影 印 の 原 本 で あ る実
物 は 、 同 図 書 館 に 貴 重 書 と し て 別置
さ れ て い る が 、 調 べ て み る と、 そ の 所 蔵 は す で に 古 く 昭 和 五 一 年 で あ る こ と を 知 っ た 。 巻 末 に は 元 代 の 跋 と わ が 応 永年
間 の 木 記 が み ら れ る が 、 い わ ゆ る 五 山 の 寺 院 か ら 開 版 さ れ た も の で は な い ら し い 。 五 山 版 の 研 究 で は最
高 の 業 績 で あ る 川 瀬 一 馬氏
の 『 五 山版
の 研 究 』 に は 、 こ の 『 心 賦 』 は 著 録 さ れ て い な い 。 川瀬
氏 は 五 山 版 の 対象
と し て 、 「 五 山 並 び に 禅 宗 関 係 者 に よ っ て、鎌
( 1 ) 倉 。 室 町期
に 刊 行 さ れ た 書 籍 」 と 定 義 し て い る か ら 、 同書
に 未 載 で あ る と 五 山 版 で あ る こ と を い ち お う 疑 い た く な る 。 し 駒 澤 大 學 佛 教 學 部 論 集 第 二 十 八 號 罕 成 九 年 十 月 か し 、 じ つ は 川 瀬 氏 が 著 録 し て い な く て も 、 明 ら か に 五 山 版 〔 2 ) と み ら れ る 禅籍
を 著 者 は ほ か に も 何 点 か を 知 っ て い る か ら 、 未 載 と い う こ と だ け で 五 山 版 を 否 定 す る 理 由 も な い わ け で あ る 。 そ れ で は 、 駒 大 の 該 書 は、 い っ た い い か な る テ キ ス ト な の で あ ろ う か 。 こ ん な 疑 問 を い だ い た ま ま、 い た ず ら に 多 年 が 経 過 し て し ま っ た 。 最 近 に な っ て、 あ ら た め て 当該
の貴
重書
を 閲覧
し 、 ま た そ の 写真
焼付
を し て も ら い 、 そ れ に も と つ く 精 査 検討
を く わ え た と こ ろ 、 意 外 に も驚
く べ き 事 実 が わ か っ て き た 。駒
大 本 一 冊 は 、 五 山版
と し て 包 括 さ れ る諸
版 の 中 で も、室
町期
の 地 方版
と し て 異 彩 を 放 つ 大 内 版 『 蔵 乗 法 数 』 な る 仏 書 の 近 世 初 頭 頃 の覆
刻 版 で あ り、 し か も そ の 一 部 を 改 造 し た 偽 造 本 と 認 め ら れ る に い た っ た か ら で あ る 。 い っ た い 、 『 心 賦 』 一 巻 は智
覚
禅 師 永 明 延 寿 ( 九 〇 四 〜 九 七 五 ) が 学 道 者 の た め に、 → 心 の帰
趣 は 霊 知 心 に あ る こ と を 詠 二 四 一『 心 賦 』 と 『 註 心 賦 』 の 諸 本 と 系 統 ( 椎 名 )
賦
し た 作 品 で あ る 。 ま た 延 寿 が 、 そ の韻
文 の 各 句 一 々 に 対 し て 、 み ず か ら 経 論 や祖
論
な ど に よ る 詳 細 な 注 釈 を く わ え た の が 『 註 心 賦 』 ( ま た は 『 心 賦 註 』 ) 四 巻 で あ る 。 こ れ ら の 両著
は 、 『 宗鏡
録 』 百 巻 が 根 基 と す る 一 心 為 宗 の 宗 旨 を 詠 賦 に よ っ て 端 的 に 説 示 し 、 ま た そ の 帰 趣 を さ ら に 明 確 に 知 ら し め る ( 3 ) た め の 著 作 、 と い わ れ て い る 。 と も あ れ 、 両 著 の う ち で 『 註 心 賦 』 は 古 く か ら 刊 行 さ れ 、 明 末 の 嘉 興蔵
に 入 蔵 し て か ら は、 清朝
の 竜 蔵 や わ が 近 代 の 卍続
蔵
に も 収 め ら れ て 比較
的 重 要 な 禅 籍 の 扱 い と さ れ て い る 。 こ れ に 対 し て 、 『 心賦
』 だ け を 単 行 し た 現 存 書 を筆
者 は 寡 聞 に し て 知 ら な い 。 こ う し た 事 実 は 、 碩 学 に よ る 原 著 と 付 注 木 の 両 者 が あ る 場 合 、 世 の需
め が い ず れ に あ る か を 教 え る 好 例 で あ ろ う 。 と こ ろ で 、延
寿 の 著 述 に つ い て は、知
る と お り 『 智 覚 禅師
( 4 )自
行 録 』 に は 六 → 種 「 八 二 巻 の書
目 が著
録 さ れ て い る 。 し か し 、 そ の 中 で こ ん に ち伝
世 す る も の は 、 『 宗 鏡 録 』 を は じ め と し て 】 一 種 に す ぎ ず 、 そ の ほ か に 『 自 行 録 』 に は 不 載 な が ら伝
存 す る 『 註 心 賦 』 や 『 念 仏 訣 』 な ど を く わ え て も、 合 計 二〇
種 で あ る 。 延 寿 の 中 国 仏 教 史 上 に お け る 地 位 は も と よ り 、 半島
や 本邦
に お よ ぼ し た 大 き な 影響
を 考 え る と 、 右 の 伝存
文 献 の数
は意
外
に 少 い と い え る が 、 そ れ に も か か わ ら ず 、 こ れ ら 伝 存 文献
二 四 二 の 基礎
的
な書
誌
的 研究
は ま だ ほ と ん ど な さ れ て い な い 。 延 寿 の 思想
に 関 す る 総 合的
な 研 究 は 重要
で あ る が 、 そ れ が進
展 し な い 大 き な 要 因 は こ の あ た り に あ る と 思 わ れ る の で あ る 。 筆 者 は 、古
版 禅籍
の文
献 史 的 総 合 研 究 と い う 立 場 か ら で は あ る が 、 延 寿 の 著 作 に つ い て は せ め て 入 蔵 文 献 だ け で も 俎 上 に 乗 せ る 必要
を 感 じ て す で に 久 し い 。 し か し 、 『宗
鏡 録 』 や 『 万善
同 帰集
』 に つ い て は 宋 版 の諸
大 蔵 経 本 が 容 易 に 見 ら れ ぬ こ と 、 『 註 心 賦 』 に つ い て は 北 京 図 書 館 に 所 蔵 さ れ る宋
版 と 元 版 の 閲 覧 機 会 が な い こ と か ら 、 い ず れ も 部 分 的 考察
で あ っ て総
合
的 に は 未 検 討 の ま ま で あ っ た 。 と こ ろ が、 『 註 心 賦 』 に つ い て は ソ ウ ル で 刊 行 さ れ た 『 全 国寺
刹 所 蔵 木 板集
』 に よ っ て 、 こ れ ま で ま っ た く 知 ら れ て い ( 5 ) な い 高麗
版 が 高 麗 大 学 に 所 蔵 さ れ て い る こ と を 知 り 、韓
国 の 畏 友 鄭 性 本 博 士 を わ ず ら わ し て 、該
書 の 写真
版 を 入 手 で き な い か の打
診 を請
め た 。 す る と 予 想 に 反 し て 、 な ん と 当該
テ キ ス ト 全 冊 の コ ピ ー が博
士 か ら送
ら れ て き た の で あ る 。 そ れ は 一 九 九 } 年 の暮
の こ と で あ っ た 。 貴 重 書 の複
写 に 労 苦 を わ ず ら わ さ れ た 博 士 に 対 し て は 、 た だ た だ 心 か ら 深 謝申
し あ げ る し だ い で あ る 。 こ の 高 麗版
は、宋
版 の 面 影 を ま の あ た り に 伝 え る覆
宋
版 の善
本 で あ る 。 か く し て、 未見
の 北 京 図書
館 所 蔵 の 宋 版 は ほ ぼ 推 察 が つ く 。 ま た 元 版 に つ い て も 他 に関
説 す る 資料
を 見 い だNII-Electronic Library Service の 刊
語
は ど う 解読
し て も 不自
然 な 文章
で あ る の は な ぜ か 、 と い う 多 く の 疑 問 が抱
か れ る も の で あ る 。 さ ら に い え ー1
、 刊 語 の 前 に お か れ る 原跋
に は 、 『 心賦
』 を巻
末 に 附 す る と 述 ぺ て い る 。 こ れ は い っ た い 何 を 意 味 す る の か 。 以 上 の 疑 問 点 に よ り、 筆 者 は 「 法 数 」 を 手 が か り に 調 査 し た と こ ろ 、 前 記 『 五 山 版 の 研 究 』 上 巻 に 『 蔵 乗 法 数 』 が 紹 介 さ れ て い る こ と に 気 づ い た 。 す な わ ち、 元 代 可 遂 の 重 修 に か か る 『 蔵 乗 法 数 』 一巻
に は 、 応永
一 七 年刊
の 大 内 版 と そ れ を 寛 永 頃 に覆
刻 し た 覆 刻 版 の 別 が あ り 、 前老
は蓬
左 文 庫 と 国 立 ( 6 ) 国 会 図 書 館 に 所 蔵 さ れ 、 他 は み な覆
刻 版 で あ る と い う 。 そ し て 、 『 五 山版
の 研 究 』 下巻
に は 、 国 会 図書
館 本 『 蔵乗
法
数 』 ( 7 ) の 巻 首 と巻
尾 の 写真
各 冖 葉 つ つ を 掲 載 し て い る 。 こ の巻
尾写
真 を よ く見
る と、駒
大 本 の 木記
で難
解 で あ っ た 部 分 は 「 蔵 口 も ヘ モ 心 賦 」 で は な く、 「 蔵 乗 法数
」 と あ る で は な い か 。装
『哩
国 会 図 書 黼畫
書
蟹
』箜
蒼
も 右 の 『饕
法 数 』 大 内版
の 詳細
な 解 題 と木
記 の 写真
が 掲 載 さ れ て い る 。 さ ら に 、 『 岩 崎 文庫
貴 重 書 書誌
解 題 』1
に よ り 、東
洋 文 庫 に は 三 本 の 『 蔵 乗 法 数 』 が 所蔵
さ れ 、 そ の う ち の 一 本 は 正 真 の 大 ( 9 ) 内 版、 二 本 が 覆 刻版
で あ る こ と や 、 大 内 版 の 解 題 と 巻 首 巻 尾 の 写 真 が あ る こ と な ど を 知 っ た の で あ る 。 と こ ろ が 、 こ れ ら の 解 題 中 に は 、 い ず れ も 『 心 賦 』 に は ふ れ る と こ ろ が な い 。 し た が っ て 、 解 題 の み で は 『 心 賦 』 の存
『 心 賦 』 と 『 註 心 賦 』 の 諸 本 と 系 統 ( 椎 名 ) 否 さ え も未
詳 な の で あ る 。 わ ず か に 、 ( 10 ) 蔵 乗 法 数 一 巻 坿 永 明 寿 禅 師 心 賦 一 巻 東 洋 文庫
の 目 録 中 に と あ る の を 見 出 し て 、 安堵
の 胸 を な で お ろ し た ほ ど で あ る 。 か く し て 、 国 会 図 書 館 本 と 東 洋 文庫
本 ( 覆 刻 本 と も ) を 閲 覧 し た と こ ろ 、 た し か に み な 『 心 賦 』 は附
刻 さ れ て い た 。 と も あ れ 、 大 内版
の 『 心 賦 』 に つ い て は 、 こ れ ま で に い か な る 学 術 的考
察
も 紹 介 も な さ れ て い な い よ う で あ る 。 い ま 、 そ の 基 礎 を な す 書 誌 的 な検
討
を く わ え る 前 に、 ど う し て も前
提
と な る 作 業 は 、 こ の 『 蔵 乗 法 数 』 大 内 版 に 対 す る 理 解 で あ る 。 こ う し た 観 点 か ら 、 ま ず 『 蔵 乗 法 数 』 に 対 す る 先 学 の解
題 を、 も っ と も 要 を え て い る と 思 わ れ る 国 会 図 書 館 本 の そ れ に ょ っ て引
い て お こ う 。 元、 可 遂 重 集 。 応 永 一 七 年 ( 一 四 一 〇 ) 大 内 盛 見 刊 。 大 き さ 二 三 ・ 九 × 一 七 セ ソ チ メ ー ト ル 。 紙 数 五 五 丁 。 匡 郭 左 右 双 辺 。 郭 内 二 〇 ・ 七 x 一 二 ・ 六 セ ソ チ メ ー ト ル 。 有 界 。 二 二 行 二 六 字 。 表 紙 ・ 題 簽 共 に 近 時 の 補 装 で、 灰 褐 色 の 薄 い 布 表 紙、 角 切 れ を 用 い て い る。 現 状 の 遊 び 紙 の 次 に 原 表 紙 と 思 わ れ る も の が あ る が、 厚 手 の 楮 紙 で、 表 面 は こ す れ て 色 は 無 く 、 原 状 を う か が う こ と が 出 来 な い 。 刊 語 ( 木 記、 郭 内 】 二 x 一 〇 ・ 四 セ ン チ メ ー ト ル ) に 日 う、 比 丘 霊 通 修 禅 之 暇 古 教 照 心 甞 患 法 義 有 未 解 了 而 橿 吾 口 者 偶 二 四 五 N工 工一Eleotronlo Llbrary『 心 賦 』 と 『 註 心 賦 』 の 諸 本 と 系 統 ( 椎 名 ) 獲 逐 師 蔵 乗 法 数 若 法 若 義 瞭 然 在 目 乃 欲 流 通 是 書 与 天 下 学 者 共 之 今 周 州 大 先 道 雄 居 士 欣 然 施 財 命 工 以 寿 于 梓 使 覧 者 乃 知 禅 不 異 教 教 不 異 禅 禅 教 双 思 而 超 言 数 之 表 寔 有 補 於 宗 門 者 也 応 永 庚 寅 二 月 比 丘 霊 通 謹 白 。 右 刊 語 の 丁 の 左 方 下 隅 に 「 無 板 賃 」 の 刻 が あ る 。 刊 行 者 大 先 道 雄 居 士 は 大 内 盛 見 で、 義 弘 の 弟 に 当 り、 大 内 版 と し て 知 ら れ る 「 聚 分 韻
NII-Electronic Library Service を 補 欠 修 訂 し て 、 『 蔵 乗 法 数 』 と 名 づ け た 。 そ こ で 無 学 は 何 千 貫 か の 浄 財 に よ っ て こ れ を 刊 行 し た 。
右
の よ う に 、 こ の 二 つ の 序 跋 は 『蔵
乗 法数
』 が 初 刻 さ れ た際
に 撰 述 さ れ た も の で あ る 。 無 学 文 公 は 未 詳 で あ る が 、 注 目 す べ き は 、 跋 を 書 い た 余闕
と 西 菴 の 関 係 で あ る 。 余 闕 ( = 二 〇 三 〜 一 三 五 八 ) は 盧 州 ( 安 徽 省 合 肥 ) の 人 で 、 の ( 14 ) ち に 礼 部 員 外 郎 や淮
南行
省 左 丞 に任
じ て い る 。 こ の 人 の 文章
を集
め た 『青
陽
先 生 文 集 』 に は 、右
の 跋 文 と と も に 「 題永
明 ( 15 ) 智 覚 寿 禅 師 唯 心 訣 後 」 と い う 一 文 が 記 録 さ れ て い る 。 い う ま で も な く、 『 心 賦 』 と 同 じ作
者 で あ る 延 寿 の 『 唯 心 訣 』 一巻
の 跋 で あ る こ と が 注 目 さ れ る の で あ る 。 そ し て 、 文 中 に は 西 菴 可 遂 が 明 教 臺 で 得 た 『 唯 心 訣 』 を、 孫 城 の 祐 上 人 な る 者 が 元 統 二 年 (;
ゴ ニ 四 ) に 刊 行 す る 旨 が の べ ら れ て い る 。 こ の 年 時 は、 『 蔵乗
法
数 』 の序
跋 年 記 と 一 致 し て い る 。 ち な み に 、 こ の 余 闕 が 撰述
し た 『 唯 心訣
』 の 跋文
は 、 筆 者 の 知 る か ぎ り 現 存 す る 同 書 の い ず れ の テ キ ス ト に も み ら れ ぬ も の で あ り 、 か っ て こ の 書 が 元 代 に 刊 行 さ れ た こ と を 示 す貴
重 な 資 料 と み ら れ る 。 こ の よ う に 、 元 の 高官
余 闕 は 西 菴 と 密 接 な関
わ り が あ っ た の で あ る 。 『蔵
乗 法 数 』 の後
序 に よ れ ぽ、 余闕
は 西 菴 か ら 与 え ら れ た 『 景 徳 伝 燈 録 』 の “ 趙 州 転 蔵 経 畢 ” に参
じ て い る 。 伝 記 か ら は 未 詳 な が ら 、 西 菴 に 参 禅 し て い た の か も し れ ぬ 。 『 心 賦 』 と 『 註 心 賦 』 の 諸 本 と 系 統 ( 椎 名 ) で は 、 そ の 西 菴 と は い か な る禅
者 か 。 こ の 人 も 僧 伝 の 上 に は 名 を 出 し て い な い 。 そ こ で 、 わ ず か に 『 蔵 乗 法 数 』 の 末 尾 に ち か く付
さ れ て い る 、 前 揚 一覧
の5
原 跋 に 注 目 し よ う 。 先 師 西 菴 和 尚、 久 参 中 峯 ・ 無 用 諸 尊 宿、 明 華 厳 ・ 円 覚 諸 教 之 大 旨 。 承 旨、 住 持 淮 西 廬 之 明 教 蛋、 長 生 御 講 開 演 之 暇 、 重 修 蔵 乗 法 数 一 巻 。 淮 南 参 政 余 闕、 為 之 序 印 行 。 未 久、 寺 遭 兵 燬 、 而 板 亦 随 燼 。 予 病 斯 文 之 泯 滅、 毎 求 而 未 得。 因 南 游 閾 中、 偶 獲 取 本 。 逐 募 衆 縁、 命 工 繍 梓、 以 広 流 通。 復 刊 寿 禅 師 心 賦 . 附 諸 巻 末 。 庶 観 者、 即 一 心 而 明 万 法、 了 万 法 而 得 一 心 、 心 法 双 忘、 即 理 事 融 通 者 矣 。 青 至 正 庚 子 春 古 巣 山 人 永 如 謹 誌 右 の よ う に 、 駒 大 本 で は無
刻 で あ っ た 四 行 目 の 五文
字
は 、 「 蔵 乗法
数 一 」 で あ っ た 。 そ し て 、 こ の 五 文 字 に よ っ て 、 全 文 の 意 味 が 明瞭
と な る 。 す な わ ち 、 撰 者 永 如 の い う 要 点 は 、 「 か っ て 先 師 の 西菴
和 尚 が重
集 し た 『蔵
乗 法 数 』 一巻
は 余 闕 の 序 を付
し て 刊行
さ れ た が 、 ま も な く 兵 火 で 板木
が 焼 失 し た 。 私 は 閲 の 地 で 同 種 の 本 を 得 、衆
縁 を募
っ て 刊行
す る が 、 こ れ に 『 心 賦 』 を 付 刻 す る 」 と い う も の で あ る 。 つ ま り、 『 蔵乗
法数
』 の 初 刻 本 に は 『 心 賦 』 は含
ま れ ず、 至 正 二〇
年 ( 二 三 ハ ○ ) に 永如
が そ れ を改
版
刊 行 す る に際
し 二 四 七 N工 工一Eleotronlo Llbrary『 心 賦 』 と 『 註 心 賦 』 の 諸 本 と 系 統 ( 椎 名 ) て 、 は じ め て 附 刻 さ れ た の で あ る 。 『 心 賦 』 だ け の
宋
代 刊 行 本 は 未 詳 で あ る か ら 、筆
者 は こ の附
刻 版 を も っ て 前 掲 冖覧
表 のと し た の で あ る 。 た だ し 、 至 正 版 の 『 蔵 乗 法 数 』 も 世 に 伝 本 は な い よ う で 、 記 録 さ え も 知 ら れ て い な い 。 ま た 、
韓
国 に は コ ニ 八 九 年 の刊
行
と さ れ る 高 麗 版 『 蔵 乗 法 数 』 が 二部
現 ( 16 ) 存 し て い る が 、 初刻
版
か ら の 重 刊 で あ る か 至 正 本 か ら の 重 刊 で あ る か は 、 目 下未
詳 で あ る 。 前 者 な ら ば 『 心 賦 』 が 含 ま れ ず、後
者 な ら ば あ る は ず で は あ る が 、 未 詳 の た め に →覧
表 か ら は 省 い て お い た 。 つ ぎ に 、 問 題 の 西 菴 で あ る が 、 永 如 の 刊 語 に よ れ ば 西 菴 は 先 師 で あ り 、 中 峯 や無
用 に 参 じ た 学僧
で 廬 州 の 明 教 臺 に 住 し た 学 僧 で あ っ た こ と が 知 ら れ る 。 ま ず、 中 峯 と無
用 は そ れ ぞ れ 中 峯 明 本 ( 一 二 六 三 〜 一 三 二 三 ) と そ の 嗣 孫 の 無 用 守貴
( 一 二 九 〇 〜 二 三 ハ 一 ) で あ る な ら ば 、 西 菴 は 杭 州 近 辺 で 修 学 し た 人 で あ る 。 の ち に 住 し た 廬 州 明 教 臺 は 難 解 で あ る が 、 『 続 修 廬 州 府志
』 巻 一 九 に よ れ ば 、 合 肥 県 の 明 教 臺 に は 唐 代 創建
の ( 17 ) 古 刹 で あ る 明 教 寺 が あ る か ら 、 あ る い は こ の 寺 に 住 持 し た 人 物 で は な い か と 思 わ れ る 。 嗣 承 関 係 は 未 詳 で あ る が 、 さ き の 余 闕 に 公 案 を 提 示 し て い る こ と か ら 、 臨 済 宗 に 属 す る 禅者
で あ っ た と 考 え ら れ る 。概
し て禅
籍 の 開板
に は 、 僧 伝等
に 名 の 乗 ら ぬ禅
者 の 功 績 が 多 い の で あ る が、 西 菴 ・ 永如
の 師資
の 場 合 も 同 じ で あ る 。 地 二 四 八 味 な 仕 事 に は 、 地味
な 人 び と の 努 力 が 不 可 欠 な こ と 、時
代 や 国境
を こ え て い る 。 大 内 版 の 末 尾 に付
さ れ る6
の 木 記 刊 語 を 書 い た 霊 通 な る禅
者 も 、 ま た 同 じ 傾 向 に あ る 。 文 は 簡 潔 な が ら 西 菴 の序
を ふ ま え 、 要 を 得 る こ と、 な か な か の禅
者 と 思 わ れ る 。 大 内 氏 ゆ か り の 禅 寺 住 僧 で あ っ た の だ ろ う か 。 そ の 調 査 は 今後
に 期 し た い と 思 う 。 さ い ご に、 大 内 版 『 心 賦 』 の 文献
的 な 価 値 に つ い て い え ぽ 、 永 如 が 附 刻 し た 至 正 二 〇 年 ( = 三 ハO
) 当 時 の 文 字 を 遣 存 し て い る か ら に は 、 『 心 賦 』 単 独 の 伝 本 と し て は 現 存最
古 の テ キ ス ト を 提 供 す る 点 に あ る 。 こ れ は 、 前 述 の 高 麗 版 『 註 心 賦 』 ( 二 二 九 七 刊 ) が 南 宋 初 期 の 語句
を 遣 存 す る の に つ い で 古 い 。 し か も 後 に 紹 介 す る よ う に、 大 内 版 に は 他 本 と 異 な る 独 特 の 文 字 が多
く 、 そ の 点 か ら も資
料
的 に は 注 目 す べ き テ キ ス ト と い え る の で あ る 。 つ ぎ に、 大 内 版 の 覆 刻 本に つ い て ふ れ て お こ う 。 本 版 に つ い て は 、 川 瀬 一 馬 氏 が 寛 永 ご ろ に 大 内 版 そ っ く り の
覆
刻 と ( 18 ) ( 19 ) し て い た が、 の ち に は 慶 長 頃 刊 と 自 説 を改
め て い る 。筆
者 は 駒 大 本 の 正 体 を 知 る べ き 必 要 か ら 、 そ の 写真
版 を持
参 し 、 大 内版
『 蔵 乗 法 数 』 の 正 本 と覆
刻 本 と を所
蔵
す る 東 洋 文庫
に お い て 、 こ れ ら 三 本 を 相 互 に 比較
検 討 を し た 結 果 、 興 味 あ る こNII-Electronic Library Service と が 判 明 し た 。 以 下 、 正 本 と
覆
刻 本 、 覆刻
本 と駒
大 本 に つ い て 、 そ れ ぞ れ 書誌
的 に 大 差 の あ る 点 を 対照
し て み よ う 。 行 格 巻 末 木 記 文 字 体 大 内 版 左 右 双 辺 「 無 板 賃 」 筆 勢 鋭 く 勢 あ り 、 迫 力 あ り 精 刻 で 覆 刻 本 覆 刻 本 ( 心 賦 の 部 分 ) 四 周 双 辺 「 無 板 賛 」 丸 み を 帯 び 勢 い 弱 し 、 で 迫 力 を 欠 く 駒大 本 平 凡 原 後 版 跋 序 心 刊 語 丁 数 「 四 十 三 」 〜 「 五 十 五 」 ア リ ( 第 五 十 五 丁 ) ア リ ア リ ナ シ ( 黒 色 ) ナ シ ア リ ( 四 行 目 の 五 字 ナ シ 、 白 色 ) ア リ ( 三 行 目 の 「 蔵 乗 法 数 」 が 「 蔵 口 心 賦 」 ) 右 の 対 比 に よ り 、 も は や 贅 言 は
無
用 で あ ろ う 。 駒 大 本 は覆
刻 本 の 『 心賦
』 以 後 の 部 分 か ら 余 闕 の 後 序 を 省 き 、原
跋
と 刊語
中 に あ る 「 蔵 乗 法 数 」 に 関 わ る文
字 を 削 除 ま た は改
変 し 、 さ ら に 全体
の 丁 数 を 消 し た 。 こ れ で 改 造 本 は で き あ が っ た 。 だ れ が 、 い つ 、 な ん の 目 的 で、 ど の よ う に し て 改 造 を し た の か 。 そ の詮
索 は 小 稿 の 範 囲 を こ え る 。 た だ 、版
心 に 「 法 数 」 『 心 賦 』 と 『 註 心 賦 』 の 諸 本 と 系 統 ( 椎 名 ) の 刻 字 を 遺 し た り 、 文体
を 不 自 然 に し た 操 作 な ど は 、 学 者 の 炯 眼 を 愚 弄 し た 無 眼 子 の遊
戯 と し か 評 し よ う が な い 。 か さ ね て い う が 、 駒 大 本 の 『 心 賦 』 本 文 に は改
変 が な い か ら 、 そ の かぎ
り で は 近 世初
期 の 覆 刻 テ キ ス ト と し て の 価値
は 不変
で あ る 。覆
刻 本 も 刊 記 等 が な く 、 ど こ で い つ 刊 行 さ れ た の か は 未 詳 で あ る が 、元
来 は 良 心 的 な 刊 行 物 で あ っ た こ と を 信 じ た い 。 三 『 心 賦 』 の 諸 本 前 節 で は 、 い わ ゆ る大
内 版 関 係 の テ キ ス ト に つ い て の 検討
を お こ な っ た 。 其 の 他 の 『 心 賦 』 の 諸 本 と し て は 、 前掲
の 一 覧表
の よ う に朝
鮮 本 と 明 版、 お よ び 永 久 本 ・ 御選
本 ・ 心 髄 本 の 合 計 五 本 が あ げ ら れ る 。 前 者 二 本 は 現 存 未 詳 で 記 録 だ け の も の 、後
者 三 本 は 現 存 テ キ ス ト で あ る 。 まず
の 朝 鮮 本 で あ る が 、 こ れ は か っ て 黒 田 亮 氏 が 『 朝鮮
旧書
考 』 の 中 で紹
介 さ れ た も の で 、 「 刊 記附
刻 朝 鮮 仏典
目 録 」 ( 昭 和 一 五 年 五 月 一 〇 日 作 製 ) の う ち に 、 つ ぎ の 著 録 が み え る 。 八 二 智 覚 禅 師 心 賦 ( 20 ) 万 暦 元 年 癸 酉 秋 下 澣 日 山 人 義 仁 謹 跋 た だ こ れ だ け で あ っ て 、 他 に こ れ を 徴 し う る 記 録 や 著 録 、 二 四 九 N工 工一Eleotronlo Llbrary『 心 賦 』 と 『 註 心 賦 』 の 諸 本 と 系 統 ( 椎 名 ) 関 説
記
事 な ど を 知 ら な い 。義
仁
に つ い て も 、 目 下 の と こ ろ 手 が か り 皆 無 で あ る 。 し た が っ て 、 昭 和 → 五 年 ( 一 九 四 〇 ) の 時 点 で半
島 に 万 暦 元 年 ( 一 五 七 三 )跋
刊 の 朝 鮮 本 『 心 賦 』 が 所 在 し た と い う 以 上 の こ と に 言 及 で き な い の は 、 す こ ぶ る遺
憾 で あ る 。 つぎ
に 、 の 明 版 に つ い て は 、 明 末 の 文筆
家 と し て 名 高 い 刑 部 尚書
王 世貞
( 一 五 二 六 〜 一 五 九 〇 ) の 文 集 中 に み い だ せ る 「 心 賦 序 」 の存
在
に よ っ て 、 あ. る い は 当 時 刊 行 さ れ た こ と が 示唆
さ れ る た め 、 あ え て こ こ に 明 版 と し て 掲 げ た も の で あ ( 21 ) る 。 こ の 一 文 は 、 『勅
建
浄 慈 寺志
』 巻 二 八 に も 引 か れ て い る ( 22 ) が 、 世 貞 の 文集
の 冖 つ で あ る 『盒
州 山 人 続 稿 』 二 〇 七 巻 中 、 第 四 二 巻 に収
録 さ れ る も の を つ ぎ に掲
げ て お く 。 な お 、 『 勅 建浄
慈 寺志
』所
収
テ キ ス ト に よ っ て 、 文 字 の 相 違 を 対 校 し て お い た 。 心 賦 序 心 賦 者 何、 永 明 禅 師 寿 老 所 著 也。 梵 語 為 質 多 耶、 又 為 波 茶 。 震 丹 語 為 心。 仏 之 所 謂 覚 、 覚 此 而 巳、 真 心 之 外、 皆 妄 心 也 。 天 竺 古 先 生、 説 法 四 十 九 年、 至 竟 無 一 法 可 説 。 未 覚 則 万 語 不 為 多、 覚 則 一 字 不 為 少 。 鳴 呼、 是 何 寿 老 之 言 之 多 也、 夫 亦 為 学 人 地 也 。 当 四 十 九 年 之 説 法、 一 法 而 諸 経 異 名、 諸 学 人 者、 尋 名 而 徇 之 、 則 益 遠 矣。 寿 老 之 為 此 賦 、 欲 使 古 先 生 之 所 説 無 法 而 非 心 、 学 人 能 覚 此 心 二 五 〇 則 無 心 而 非 法 。 其 采 聞 若 博 、 而 為 辞 若 詳、 然 以 反 説 約 耳 。 文 而 以 韻 者、 何 古 先 生 之 為 教 也 。 多 以 梵 音 作 哀 慈 響、 俾 人 従 聞 根 而 入 道 を ユ ヨ 中 。 国 之 為 学 也、 始 托 文 学 而 伝 焉 。 夫 聞 根 之 易 於 見 根 也 、 寿 老 蓋 知 之 矣 。 故 一 切 而 摂 之 韻、 俾 聴 者、 精 於 入 、 而 誦 者 、 有 味 乎 言 之 也 。 夫 此 賦 伝、 而 学 人 指 妄 為 真 者、 吾 知 免 矣 。 其 以 識 為 覚 者、 則 ら 不 能 無 隠 憂 云、 天 下 求 仏 於 仏 、 而 馬 祖 示 之 日、 即 心 即 仏 。 然 又 不 ハ ロ ア 免 求 仏 於 心、 而 祖 復 破 之 日、 非 心 非 仏 。 夫 非 心 非 仏 之 教 大 行、 而 即 心 即 仏 者 為 真 得 也 。 鳴 呼、 悟 此 而 後、 可 以 読 寿 老 賦 哉 。 苟 悟 此 而、 何 所 読 寿 老 賦 哉 。 昔 宣 律 師 註 楞 厳、 使 那 咤 入 兜 率 印 証 之 慈 氏、 而 後 成 書 。 余 無 可 印 証 者、 証 之 心 而 已 。 1 托 − 託 2 而 − 為 3 蓋 ー 益4
「 於 」 ノ 下 二 「 聞 」 ア リ 57 日 ー 日6
祖i
ナ シ み る と お り 、 こ の 文 に は 刊 行 に関
す る 言 辞 は み あ た ら な い 。 知 る と お り 、 序 跋 と い っ て も さ ま ざ ま な 種 別 が あ り 、 ま し て や 明 代 き っ て の 文 豪 で あ る 世貞
で あ る か ら に は 、 か な ら ず し も 右文
は 刊行
序 で は な い か も し れ な い 。 し か し 反 面 、 刊 行 時 の 序跋
で あ っ て も 、 刊行
に 関 す る 言 辞 が ま っ た く な い も の も 珍 し く は な い 。 こ ん な 理 由 に よ り 、世
貞 の こ ろ に 『 心 賦 』 の 明 版 が 刊 行 さ れ た と い う 記 録 も み い だ さ れ ぬ ま ま 、 あ え て 一分
の 可 能 性 か ら と り あ げ た し だ い で あ る 。 な お 、 こ の 王 世貞
の 「 心 賦 序 」 は、 や が て 万 暦 三 四 年 ( 一 六 〇 六 ) に 成 っ た 『 永 明 道蹟
』 に抄
文
が 引 用 さ れ 、 そ こ か らNII-Electronic Library Service さ ら に 採 録 さ れ て わ が 寛 文
本
『 註 心 賦 』 の巻
頭 を か ざ る な ど 、 の ち の 文献
へ の 影響
は少
な く な い の で あ る 。 こ う し た 事柄
に つ い て は 、 小稿
の 第 五節
で の べ る 。の 永 久 本 と い う の は 、 駒 澤 大 学 図
書
館 の 永 久 文 庫 に 所 蔵 さ れ る筆
写 本 一 冊 で あ る 。筆
写 本 で あ り な が ら あ え て こ こ に く わ え た 理 由 は 、 『 心 賦 』 だ け の筆
写 本 は 非 常 に 珍 し く 、 筆 写 時 期 が 近 世 初 期 頃 と み ら れ る こ と、 お よ び 、 本 書 が 完 全 な 詠賦
の体
裁
に 書 か れ て い る こ と 、 な ど に よ る 。 本書
は 、 半葉
一 二行
一 八 字 詰 に 浄 書 さ れ 、 訓点
と 送 り が な が つ け ら れ て い る 。 識 語 も 旧 蔵印
も な く 、 永 久 俊 雄 氏 以 前 の 伝 承 経 路 は ま っ た く 未 詳 で あ る が 、 文字
は 端 正 な が ら 図 太 く 大 ら か で あ る 。料
紙
の 古 さ や 文字
の 味 わ い 、 訓 点 功 、 送 り が な の つ け 方 な ど か ら 推 し て 、 お そ ら く は 近 世 初 期 を 下 ら な い 時 期 の書
写 と み て よ い で あ ろ う 。 本書
の 巻 頭 に は 、 「 重 刻 永 明 禅 師 心賦
引
」 と し て 、 寛 文 三年
( = ハ 六 三 ) の 年 記 を も つ 連 山交
易 の 序 文 を お き 、 以 下 、 内 題 を 「 永 明 延 寿 智 覚禅
師 心賦
」 と し て 本 文 が 書 写 さ れ 、 尾 題 「 永 明 寿禅
師 心 賦 終 」 で お わ る 。 前 述 の よ う に 、 本 文 は 詠 賦 の ス タ イ ル を も っ て書
か れ 、 対 句 を 揃 え 文字
の 上 げ 下 げ を ほ ど こ し 、 こ こ に 巧 み な 旋 律 が 再 現 さ れ て 、 あ た か も 原 賦 が 生 き 生 き と 詠 ぜ ら れ る か の感
を 抱 か し め る ほ ど で あ る 。 ほ か に 『 心 賦 』 と 『 註 心 賦 』 の 諸 本 と 系 統 ( 椎 名 ) 『 心 賦 』 だ け が こ の よ う な形
式 で 版 刻 さ れ た テ キ ス ト は 皆無
で あ る だ け に 、 本『 心 賦 』 と 『 註 心 賦 』 の 諸 本 と 系 統 ( 椎 名 ) テ キ ス ト で あ る が 、 竜 蔵 に は 別 に 『 註 心 賦 』 四 巻 も 収 録 し て い る の で 、 両
者
を 区 別 し て、 『 心 賦 』 を御
選 本、 『 註 心 賦 』 を 竜 蔵 本 と仮
称
す る 。 竜 蔵 は、 全 蔵 の 末 尾 に ち か い 〔 林 〕字
函 ( 第 七 一 七 号 ) か ら 〔 即 〕字
函 ( 第 七 二 〇 号 ) の 四 函 に 、 『 御選
語 録 』 四 〇 巻 を 収 め る 。 そ の 〔 林 〕 の 第 一 〇 帖 目 が 『 心 賦 』 「帖
で あ る 。 『御
選 語 録 』 は 、清
の 世 宗雍
正帝
が み ず か ら 選 集 し て序
を 付 し 、 雍 正=
年 ( 一 七 三 三 ) に 成 立 し た 。 と こ ろ が 、 の ち の 同 治 六 年 ( } 八 六 七 ) の南
岳 福 厳 寺 刊 行 本 や 光 緒 四 年 ( 一 八 七 八 ) の 金陵
刻 経 処 刊 行 本 は い ず れ も 一 九 巻 か ら 成 り 、 こ こ に は 『 心 賦 』 は 含 ま れ て い な い 。 こ れ に 対 し て 、 竜 蔵 収 録 書 は 全 ( 23 ) 四 〇 巻 と 浩澣
で あ っ て 、 そ の 巻 八 に は 『 心 賦 』 が 入 っ て い る の で あ る 。 な ぜ 、 流布
本
に は な い の で あ ろ う か 。 こ れ は 四 〇 巻 本 と 一 九 巻 本 の 両 者 を 総 合 的 に 考 察 す べ き 問 題 で あ る が 、 い ま 『 心賦
』 の 扱 い の み か ら 判 断 す る と 、御
選
本 の 「妙
円 正 修 智 覚 永 明 寿 禅 師集
」 に 付 せ ら れ た 雍 正 一 一 年 ( 24 ) の 御 製 序 を み る と 、 そ こ に は 『宗
鏡 録 』 な ど と 並 ん で 『 心 賦 』 の名
が み え る 。 し た が っ て 、 竜 蔵 本 の 『 御 選 語 録 』 四 〇 巻 が 本来
の す が た で あ り、 流 布 本 → 九 巻 は そ の 抄 録 本 で は な い か と 思 わ れ る 。 ち な み に 卍 続 蔵 経 へ の 入 蔵 本 『 御 選語
録 』 は 、 さ ら に 一 九 巻 を 大巾
に 抄 録 し た も の で あ り 、 本 来 の テ キ ス ト か ら遠
い こ と は な は だ し い 。 二 五 二 と も あ れ 、御
選 本 は 『 心 賦 』 の み と し て は唯
一無
二 の 入 蔵 テ キ ス ト で あ り、 そ の 意 味 で は 権 威 の あ る禅
籍 と い え る 。 こ の御
選
本 が 底 本 と し た も の に つ い て は 、 第 六 節 で 考 察 す る 。 さ い こ の 心髄
本 と は 、清
末
の 恒 賛達
如
が編
集 し た 『 仏 祖 心髄
』 一 〇 巻 の う ち、 第 六 巻末
尾 に 収録
さ れ て い る 『 心賦
』 を指
す 。 『 仏 祖 心 髄 』 は 光 緒 二 二 年 ( 一 八 八 七 ) に 刊 行 さ れ た も の が、 唯 一 の 通 行 本 の よ う で あ る 。 こ の テ キ ス ト は 、 内 題 の つぎ
の 行 に 示 す 撰 者 名 を 「 杭 州 永 明寺
主 智 覚禅
師延
寿 撰 」 と し 、 本 文 に は 句読
点 「 ・ 」 を付
し て い る 。 本文
の 字 句 は 嘉 興蔵
所 収 本 『 註 心 賦 』 の 「 心 賦 」 部 分 の そ れ と ほ と ん ど 同 一 で あ る 。 以 上 、 『 心 賦 』 の 諸 本 に つ い て 考察
し て き た が 、単
独 に 刊 行 さ れ た テ キ ス ト は 皆 無 で あ り、 永 久 本 は 別 と し て 、現
存
本 は い ず れ も 合 刻 で あ っ た 。 こ れ は 、 『 註 心 賦 』 四巻
が 各 時代
に刊
行
さ れ 、 比較
的 流 布 し た か ら で あ る 。 し た が っ て 、 『 心 賦 』 本 文 の 伝 本 系 統 に つ い て も 、 『 註 心賦
』 の 「 心 賦 」 部分
か ら の貸
借 関係
を 考 慮 し な け れ ば な ぬ こ と は い う ま で も な い 。 こ の 問題
に つ い て は 、小
稿
の さ い ご に ゆ づ り た い 。NII-Electronic Library Service 四 高 麗 版 『 註 心 賦 』 高 麗 大 学 所 蔵 の 古 版 『 註 心
賦
』 四 巻 は 、洪
武 丁 丑 ( 三 〇 年 ・ 一 三 九 七 ) の 刊 語 を も つ テ キ ス ト で あ る 。 と こ ろ が 、 高 麗 国 は 一 三 九 二 年 に 終 熄 し 、 翌 年 か ら 朝鮮
国 は 李朝
の 治 世 と な る 。 し た が っ て 、 右 の 古 版 は 李 朝 五年
目 の 刊 行 で あ る か ら 、 厳 密 に は朝
鮮版
と い う べ き か も し れ な い 。 し か し 、 “ 高 麗 版 ” の呼
称 を 高 麗 国 終 熄 ま で に 限 定 す る と い う 定義
も な い よ う で あ る か ら 、筆
者 は 便 宜的
に 】 四 世紀
中
の 刊 行 書 は ”高
麗 版 ” と 呼 ん で い る 。 当 該 の 『 註 心 賦 』 を 高 麗 版 と し て扱
う の は 、 こ ん な 理 由 か ら で あ る 。 ま た 、 『 註 心 賦 』 の 書名
を “ 心 賦 註 ( 注 ) ” と 呼 称 す る テ キ ス ト が あ る 。 の わ が 卍 続 蔵 木 が そ れ で あ り 、 古 く は 明 末 の ( 25 ) 『 澹 生 堂 蔵 書 目 』 に も 同 じ 著録
が み ら れ る 。 し か し、 続 蔵 本 の 祖 本 と み ら れ る嘉
興 蔵 本 は “ 註 心 賦 ” で あ る か ら、 続 蔵 本 の 呼称
は 編 者 に よ る 改 名 と み ら れ る 。 古書
目 の著
録 に つ い て は 難 解 で あ る が 、 こ こ で は 現存
最古
の 宋 ・ 元版
や 高 麗 版 を は じ め 、 他 の ほ と ん ど の テ キ ス ト に 共 通 す る “ 註 心 賦 ” を も っ て 統 一 的 な 呼 称 と す る 。の
高
麗
版 『 註 心 賦 』 に つ い て は 、 こ れ ま で に く わ し い紹
介 は な さ れ て い な い よ う な の で 、複
写 物 件 と い う 限 定 条 件 の も と で は あ る が 、 判 明 す る 書 誌 的特
徴 を 以 下 に 記 載 し て み よ 『 心 賦 』 と 『 註 心 賦 』 の 諸 本 と 系 統 ( 椎 名 ) う 。 巻 冊四 巻 二 冊
装
訂
線
装
袋 綴 匡 郭 四 周 単 辺 と 左 右 双 辺 が 混 在 ( ミ 」 〜 一 り ゜ 悼 自 ) x ( 一 ρ ゜。 〜 一 ピ トo 昌 ) 、有
界
行格
毎 半 葉 八 行 、 毎 行 二 二 〜 一 六
字
。 注 文 双 行 二 一 字版
心 白 口 、 黒 魚 尾 ( 上 部 の み ) 「 心 賦 ( 巻 数 ) ( 丁 数 ) 」 書 込 あ り ( 天 部 欄 外 に 校 注 ) 付点
あ り 旧 蔵 印
「 普 口
専
門
学 校 図 書 館 」 、 他 に 三 種 あ る も 解 読 未 詳 序 跋あ り ( 別 記 ) 原 刊 語 あ り ( 別 記 ) 刊 語 あ り ( 別 記 ) 以 上 の ほ か 、
摺
刷 は 比較
的 良 好 で あ り 、補
刻 は な い よ う で あ る 。 た だ し 、第
一 冊 に は 二 〇 数 か所
、 第 二 冊 に は 三 〇 数 か 所 の そ れ ぞ れ 無 刻 の 部 分 が み ら れ る 。 こ う し た箇
所 は 最 上 部 や最
下 部、 ま た は と じ し ろ や 版 心 の 近 く に 特 に 多 い 。 こ う し た 特 徴 は、 こ の 高 麗 版 の底
本 テ キ ス ト に す で に 破損
が あ り 、高
麗
版 は 破 損 に よ っ て解
読 不 能 な 箇 所 を 他 本 に よ っ て 補 う こ と な く、 底 本 に 忠 実 に 版 刻 し て い る こ と を 示 唆 す る も の で あ 二 五 三 N工 工一Eleotronlo Llbrary『 心 賦 』 と 『 註 心 賦 』 の 諸 本 と 系 統 ( 椎 名 ) る 。 な お 、 匡 郭 が 定 し て い な い が 、 こ れ は 朝 鮮 開 版 の 典 籍 ( 26 ) に は ご く ふ つ う の 特 色 で あ っ て 、 異 版 や 補 刻 を 知 る 手 が か り に は な ら な い 。 ま た、 内 題 ・ 尾 題 ・ 撰
者
の 肩 書 き な ど は 各 巻 に統
一 を 欠 く 。 こ う し た 不 統 一 さ は し ば し ぼ 古 版 に 特有
な 素朴
さ で あ っ て 、 か え っ て 古 型 の 遺存
を 思 わ し め る 。 つ ぎ に、 本 版 全 体 の 構 成 内 容 を 順 序 に し た が っ て 記 載 す る と 、 つ ぎ の と お り で あ る 。 〔 第 →冊
〕1
寿 禅 師 心
賦
序
開 宝 三
年
、 銭 惟 治 撰2
本 文 ( 巻 一 ・ 巻 二 ) 〔 第 二 冊 〕3456789
右 の と お り で あ る が 、 い か に 本版
が 宋 代 の 原 刻 記 事 を 豊富
に と ど め る貴
重 テ キ ス ト で あ る か が 察 し ら れ る で あ ろ う 。 ま ず ー の 銭 惟 治 が 撰 述 し た 序 文 は、 半葉
七 行 一 一 字 の 大文
本文
( 巻 三 ) 原 刻 記紹 興 三 〇 年、 李 度 記 本
文 ( 巻 四 ) 心 賦 釈 音 原 刊 記
紹 興 三 〇 年 原 刊 語
紹 興 三 〇 年 、 行
洪
題 刊語
洪 武 三 〇 年 、 無 学 自 超 題 こ れ を 一 見 し た だ け で も 、 二 五 四 字 で 印 刻 さ れ 、 こ の 高 麗 版 『 註 心
賦
』 の ほ か に は 、 い ず れ の 『 心 賦 』 と 『 註 心 賦 』 の テ キ ス ト に も 収 め ら れ て い な い 、 き わ め て 珍 し い 一文
で あ る 。 た だ し 、 光 緒 一 四 年 ( 一 八 八 八 ) 刊 行 の 『 勅 建 浄 慈寺
志 』 巻 二 八 の巻
頭 に こ れ が 収 録 さ れ て は い ( 27 ) る が 、 な ぜ か 高 麗 版 と は若
干 の 文字
を 異 に し て い る 。 以 下、 高 麗 版 に よ る 訓読
文
と 、 そ の 原文
を 『浄
慈 寺志
』 所 収 文 に よ り 対 校 し て 掲 げ よ う 。 寿 禅 師 心 賦 の 序 寧 遠 軍 節 度 使 の 銭 惟 治 が 序 す こ こ し 粤 に 戒 定 慧 は、 強 い て 名 つ く れ ば 三 つ を 務 む べ き の 学 に し て、 ナ お さ 釈 道 儒 は 、 一 に 帰 す る の 理 を 総 べ 摂 む 。 達 せ ざ ら ば 則 ち 壁 立 万 刃 ま こ う と く に し て、 或 た 悟 ら ば 則 ち 洞 門 一 開 せ ん 。 故 に 一 宿 あ ら ば 通 じ、 故 ざ ま よ い む し に 累 劫 あ ら ぽ 惑 う 。 飯 色 に 二 な し と 雖 も 、 乃 ろ 相 に 差 あ る を 覩 じ ん る い た つ じ ん ひ る ん 。 生 民 あ り て 以 来、 達 士 な ぎ に 非 ざ る も、 能 く 道 鍵 を 恢 弘 め、 せ ん だ つ た ヨ う 法 門 の 領 袖 た る 者 は、 師 に 非 ず し て 誰 そ 。 新 著 の 『 心 賦 』 は、 玄 お く と ら お し う 枢 を 撮 え 尽 し 、 乃 ち 一 心 を 指 引 る こ と 坦 然 明 白 な り。 予 に 小 序 を よ き ふ で い わ ゆ たい ま つ に つ こ う み ち び 命 ず る に 因 っ て、 抽 毫 を 得 る も 、 所 謂 る 燔 火 を 持 し て 天 光 を 引 く が ご と き の み。 し 庚 午 の 歳 ( 九 七 〇 ) 四 月 八 日 、 爾 か 云 う 。 ユ 寿 禅 師 心 賦 序 寧 遠 軍 節 度 使 銭 惟 治 序 ボ ヨ 粤 戒 定 慧、 強 名 務 三 之 学 、 釈 道 儒、 惣 摂 帰 一 之 理 。 不 達 則 壁 立 万 る ら 刃、 或 悟 則 洞 門 一 開、 故 有 一 宿 而 通 、 故 有 累 劫 而 惑 。 雖 飯 色 無『 心 賦 』 と 『 註 心 賦 』 の 諸 本 と 系 統 ( 椎 名 ) に 対 す る 経 論 祖 語 に よ る
裏
づ け を 急 い だ の で は な か っ た か 。 そ れ は 自撰
の 作 品 に 対 す る 註 釈 で あ る と と も に 、 教 禅 一致
の根
拠 表 明 で も あ っ た 。 『 註 心 賦 』 四巻
は 、 文字
ど お り 博引
傍証
あ ま す と ろ こ が な く 、 前 著 の 『 宗 鏡 録 』 さ え も 引 用 し て い る 。 つ い で に い え ば 、 『 宗鏡
録 』 に 引 か れ る 禅 の 古 資 料 は 近 年来
学 者 の 注 目 す る と こ ろ で あ る が 、 『 註 心 賦 』 に 注 意 す る者
を 知 ら ぬ 。 と こ ろ が 、 こ こ に は 同 様 に 多 く の禅
録 古 資 料 が引
か れ 、 今後
の 研 究 に 大 い に 資 す る の で あ る 。 そ れ で は 、 『 註 心賦
』 の 初 刻 は い つ で あ っ た の だ ろ う か 。 明 確 は 欠 く が 、 次 に 紹 介 す る 南宋
初期
の 紹 興 刊 本 が 重 開 と し て い る と こ ろ か ら 、 北 宋期
で あ っ た こ と は ま ち が い な い 。 あ え て い え ば、 『 宗 鏡 録 』 の 初 刻 が 元 豊 年 問 ( 一 〇 七 八 〜 一 〇 八 五 ) ( 33 ) で あ る か ら 、 『 註 心賦
』 も そ の後
ま も な い こ ろ と 推 定 さ れ る 。延
寿 の寂
後 一 世紀
以 上 を 経 て の 初 刻 と な っ た 理 由 は 、 開 板 事情
も さ る こ と な が ら、 銭 氏 一 族 の 没 落 と 法 眼 宗 の衰
退 と い う 延 寿 の 個 人 的背
景 に も と つ く 変 化 、 と 考 え て よ い で あ ろ う 。 さ て つ ぎ に 、高
麗
版 『 註 心 賦 』 に 刻 記 さ れ て い る 原 刊 記 二 つ に 注 目 し よ う 。 こ れ が 前掲
の構
成 内 容 の4
と7
で あ る 。4
は巻
三 の 巻 末 に 一 行 、7
は 巻 四 末 尾 に お か れ る6
釈音
の つ ぎ に 黒 魚 尾 を 伴 っ て 三 行 が、 そ れ ぞ れ 刻 記 さ れ て い る 。 こ れ を つ ぎ に 掲 げ る 。 紹 興 三 十 年 庚 辰 月 初 十 日 己 丑 畢 工 李 度 雕 二 五 六 ( 巻 三 末 ) 今 将 古 本 逐 一 校 證 並 無 差 誤 重 開 印 行 紹 興 三 十 年 歳 次 庚 辰 仲 夏 円 日 開 畢 銭 塘 鮑 洵 書 李 度 雕 ( 巻 四 末、 釈 音 の 次 ) 右 は 紹 興 三 〇 年 (=
六 〇 ) に 『 註 心 賦 』 が 重 開、 す な わ ち 再 版 さ れ た 南 宋 版 の と き の 原 刊 記 の 遺 存 で あ る 。 こ れ に よ っ て、 高 麗 版 は と し た 紹 興 三 〇年
刊 行 本 を 原 本 と し て い る こ と、 そ の 紹 興 刊 本 も 古 本 に 忠 実 な 再 版 で あ っ た こ と な ど が 知 ら れ る 。 な お 、 版 下 筆 写 子 の 鮑 洵 は 未 詳 で あ る が 、 刻 工 の 李 度 に つ い て は 『 漢書
』 の 南 宋 前 期 両淮
江 東 転 運 司 刊 三史
本 と い わ れ る 宋版
の 現棄
に み ら れ る 刻 工 名辱
」 曙 ・ 時 代 と 地 域 の 一 致 に よ り 、 あ る い は 同 一 人 で は な い か と 思 わ れ る 。 こ の 紹 興 刊 本 に つ い て は、 高麗
版 に は ひ き つ づ い て 行拱
な る 者 の 刊 語 と 、 勧 縁 や 開 版 責 任 者 た ち の 列 名 を 最 大 も ら さず
一 紙 一 八行
に 付 刻 し て い る 。 こ れ が 前 掲 構 成 の8
で あ り 、 以 下 刻 記 形 式 ど お り に 掲 げ て み よ う 。 臨 安 府 北 関 接 待 妙 行 院 比 丘 行 洪 謹 募 士 庶 諸 山 禅 講 衆 力 重 開 智 覚 壽 禅 師 詫 心 賦 一 部 四 冊 蒙 圜 覚 都 僧 録 施 財 成 就 開 第 四 冊 所 貴 流 通 正 教 利 益 人 天 仰 冀 帝 基 永 固 祖 道 重 輝 法 界 含 生 悟 仏 智 見 山 日 紹 興 三 十 年 歳 次 庚 辰 仲 夏 円 日 比 丘 行 拱 謹 題NII-Electronic Library Service 山 門 知 事
行 速 住 持 沙 門
行 全 勧 縁 同 開 宝 蔵 論 慶 恩 院 住 持 沙 門 塩 官 寿 聖 禅 院 住 持 嗣 祖 沙 門 前 住 持 精 進 教 院 伝 賢 首 宗 教 沙 門 勧 縁 宝 蔵 院 住 持 伝 南 山 祖 教 慧 覚 大 師 勧 縁 千 頃 広 化 院 管 内 都 僧 正 慧 覚 総 持 大 師 勧 縁 上 天 竺 霊 感 観 音 院 住 持 伝 天 台 教 観 沙 門 勧 縁 浄 慈 光 孝 禅 寺 住 持 嗣 祖 仏 智 大 師 勧 縁 霊 隠 景 徳 禅 寺 住 持 嗣 祖 沙 門 住 持 天 竺 時 思 薦 福 寺 伝 天 台 教 観 慈 授 法 燈 大 師 惠 初 了 観 校 勘 了 然 同 校 勘 義 彬 子 道 道 若 善 琳 昌 容 訥 彬 都 勧 縁 左 街 僧 録 主 管 教 門 公 事 住 持 圜 覚 報 恩 崇 福 院 妙 慧 辯 才 大 師 思 彦 み る と お り、 こ の 刊 語 と 列 名 ば 、 『 註 心 賦 』 の 紹 興 刊 本 が い か に 大 が か り に 開 版 さ れ た か を 知 る べ き
貴
重 な資
料 で あ る 。 す な わ ち 、 本 版 は 妙 行 院 行 拱 の 募 縁 に よ り 、 土 庶 や 諸 山 の 禅講
、 つ ま り 諸方
の 禅 寺 講 寺 の 衆 力 に よ っ て 成 就 し た の で あ っ た 。 関 係責
任 者 た ち の 列 名 は、 あ た か も 蔵 経 の 訳 場 列 位 に も 似 て も の も の し く 、 校 勘者
も 勧 縁 者 も な ん と 多 彩 な 各 宗 各 派 に お よ ん で い る こ と か 。 い ま、彼
ら に 冠 せ ら れ る 寺 院 名 の 所在
を 『威
淳臨
安
志 』 に よ っ て 順 に さ ぐ る と 、 接 待 妙 行 院 は 太湖
南 の湖
州 、 慶 恩 院 は 臨 安 、 寿 聖禅
院 は銭
塘 江 北 の 塩 官 、 精 進 教 院 以 下 の諸
寺 は 最 『 心 賦 』 と 『 註 心 賦 』 の 諸 本 と 系 統 ( 椎 名 )後
の 崇 福 院 が 未 詳 で あ る の を 除 き、 い ず れ も臨
安
で あ る 。 と り わ け 、 五 代 に 呉 越 王 銭 氏 と の 関 わ り の 深 い 寺 院 が 多 く 、 ま た 上 下 の 天 竺 寺、 浄 慈 ・ 霊 隠 両 禅寺
な ど の 名 刹 が み ら れ 、 両 禅 寺 は 延寿
ゆ か り の 寺 で あ る こ と も 注 目 さ れ る 。 さ ら に 人物
と し て は 、 大 師 号 を も つ 者 五 名 、 善 琳 ・ 慧 光 若 訥 ・ 道 容 ・ 月 ( 35) 堂 道 昌 の よ う に 後 世 名 を の こ す 人 々 も 含 ま れ て い る 。 募 縁 者 行拱
に つ い て は、惜
し む ら く は 未 詳 で あ っ て、 あ る い は 教 家 の 人 で あ る か も し れ な い 。 し か し、 右 の よ う な 関 わ り を み る と 、行
拱 は 臨 安 を 中 心 と し て 延 寿 と 縁 の 深 い 寺 々 や 人 々 に 呼 び か け 、 開 版 を 成就
し た の で あ ろ う 。 し た が っ て 、 こ こ に み ら れ る 列 名 者 の 超 宗 派 的 な多
彩 さ は 、 す で に 入 蔵 と い う 権 威 を も つ 『 宗 鏡録
』 の著
者 で あ り 、 宗 派 を こ え た 延 寿 の仏
法 の 広 さ を 、 ま さ し く 反 映 す る も の と い え る 。 高 麗 版 の さ い ご は 、 無 学 自 超 に よ る 刊 語9
が 以 下 の 六行
に 刻 記 さ れ て い る 。 得 此 本 今 二 十 余 年 矣 恨 無 此 方 銀 梓 伝 遠 所 期 主 上 万 歳 世 子 千 秋 無 辺 含 識 知 心 是 仏 時 洪 武 丁 丑 秋 七 月 日 朝 鮮 国 王 師 妙 厳 尊 者 無 学 題 こ の 刊 語 に よ り 、 木 高麗
版 は 洪 武 丁 丑 ( 三 〇 年二
三 九 七 ) 七 月 に 無 学 が 半 島 で は じ め て 『 註 心賦
』 を 刊 行 し た テ キ ス ト 二 五 七 N工 工一Eleotronlo Llbrary『 心 賦 』 と 『 註 心 賦 』 の 諸 本 と 系 統 ( 椎 名 ) の 嘉
興
蔵 本 は 、 嘉 興蔵
の 本 蔵 部分
で は な く 、 い わ ゆ る 続 蔵 部 分 へ の 入 蔵 で あ っ た 。嘉
興 蔵 全体
の 目 録 で あ る 『 蔵 版 経 直 画 一 目 録 』 に よ る と 、 そ の 第 四 二 函 に 八 種 の 仏 典 が 収 め ら ( 44 ) れ る 中 に 、 「 永 明 心賦
註 一 本 」 の 著 録 が み ら れ る 。 し か し 、 現 物 ( 駒 大 蔵 本 ) は 四 巻 一 冊 本 で 、 内 題 ・ 外 題 と も に 「 註 心賦
」 で統
一 さ れ て い る 。 し た が っ て 、 目 録 の書
名 は 、 編 者 に ょ る編
集
名 な の で あ ろ う 。嘉
興 蔵 本 の テ キ ス ト は 、全
体 的 に つ ぎ の よ う な構
成 と な っ て い る 。12345678
10
9
本 于u
本 干ll
本 干1
] 本 原 刊語
音 刊文
( 巻 】 )記
崇禎
元 年 三 月 文 ( 巻 二 )記
崇 禎 七 年 五 月
文
( 巻 三 )記
崇 禎 七 年 七 月文
( 巻 四 ) 洪 武 一 … 年 、 妙 叶 書 釈 記 崇禎
七 年 三 月 こ れ に よ っ て も 知 ら れ る よ う に 、 本版
は 巻 一 だ け が 崇 禎 元 年 ( 一 六 二 八 ) に 刊行
さ れ た も の の 、 残 る 三 巻 が 上 梓 さ れ た の は 満 六 年後
の 崇 禎 七 年 ( 一 六 三 四 ) の こ と て あ っ た 。 各 巻末
の 二 六 〇 刊 記 に み え る 施 財 者 は い ず れ も 「 丹陽
居 士賀
焜 」 で あ る が 、 全 四 巻 が ス ム ー ス に発
刊 さ れ な か っ た の は 何 ら か の 事 情 が あ っ た こ と を 思 わ し め る 。 と も あ れ 、 以 下 に 巻 四 の巻
末 刊 記 だ け を引
い て お こ う 。 丹 陽 居 士 賀 焜 施 貲 刻 此 註 心 賦 巻 第 四 双 親 冥 福 得 栖 仏 乗 一 切 有 情 共 証 菩 提 計 字 二 万 零 九 百 四 十 五 箇 該 銀 拾 両 零 四 銭 七 分 五 厘 姑 蘇 比 丘 契 機 対 ( 45 ) 崇 禎 七 年 春 三 月 径 山 化 城 寺 識 つ ぎ に 、 こ の嘉
興蔵
本
の 原 本 が何
で あ る か を 知 ら し め る資
料 と し て重
要 な の が 、8
の 妙 叶 に よ る 原 刊 語 の 刻 記 で あ る 。 こ れ は か な り 長 文 で あ る か ら、句
読
点 を 付 し て つ ぎ に 揚げ
よ う 。 宋 杭 州 慧 日 永 明 寺 智 覚 禅 師 心 賦、 集 諸 経 語、 以 自 註 釈 。 廼 実 際 理 地 一 味、 清 浄 心 地 法 門、 貫 一 大 蔵 之 要 旨、 別 三 乗 賢 聖 之 器 根 。 弘 諸 部 之 大 綱 、 聞 単 伝 之 的 旨 、 会 諸 異 解 一 道、 而 起 証 諸 仏 之 心、 了 衆 生 之 妄、 点 衆 生 之 妄 。 即 諸 仏 之 心 、 実 不 可 思 議、 無 礙 解 説、 最 勝 法 門 也 。 昔 既 盛 行、 近 将 堙 没 。 特 発 鄙 志 、 謹 募 衆 縁、 命 工 繍 梓。 冀 垂 之 於 不 朽 。 仰 願、 諸 仏 大 慈、 加 被 俾 此 法 門、 普 遍 三 世 十 方、 尽 虚 空 界、 微 塵 刹 土、 一 切 衆 生 。 依 正 色 心 、 法 界 普 薫、 平 等 解 脱 、 究 竟 成 就 諸 仏 無 上 正 等 菩 提 。 伏 願、『 心 賦 』 と 『 註 心 賦 』 の 諸 本 と 系 統 ( 椎 名 ) と み え 、