はじめに
文学作品は読むことによって現象する。当たり前のことだが、読 者の読書行為がなければ、 文学作品も作品としては意味がない。 〈近 代小説〉を研究対象として論じる時、如何なる角度から論じようと しても、作品の〈読み〉をベースにしなければならないと筆者は考 え る。 さ ら に〈近 代 小 説〉 を 読 む た め に は、 〈近 代 小 説〉 の 神 髄 と は 何 か、 そ れ を 如 何 に 読 み 取 る こ と が で き る か を 説 明 す る〈読 み〉 の 原 理 論 と 方 法 論 が 必 要 だ と 考 え る。 〈読 み〉 の 方 法 論 と 原 理 論 は 〈読み〉の準拠枠であるが、 〈読み〉の準拠枠とは、唯一の正解へと 導くためのものではなく、その逆、自分の読みを相対化させ続ける ことによって、 常により深い 〈読み〉 を目指させるものだと考える。 本論は、近代文学研究者田中実が提起した〈第三項〉論がそのよう な〈読 み〉 の 準 拠 枠 を 提 供 し て い る こ と を、 『高 瀬 舟』 の 研 究 史 分 析 を 通 し て 検 討 し て み た い。 果 た し て、 〈第 三 項〉 論 が〈読 み〉 の 原 理 論・ 方 法 論 足 り 得 る の か、 で あ る。 本 論 を 通 し て、 〈読 み〉 の 原理論と方法論が如何に読みの深浅を左右するかが見えてくる筈で ある。 田中は 〈近代小説〉 の 「本流」 と 〈近代小説〉 の 「神髄」 を分け、 前者がリアリズムの枠組みの中にあり、後者がリアリズムを踏まえ つ つ、 〈了 解 不 能〉 の 領 域 と 対 峙 し て い る と 論 じ る 。 田 中 の 考 え る
(1)『高瀬舟』研究史批判 ─ 〈近代小説〉の神髄を読むために ─
A C rit icis m o f t he H isto ry o f T ak as eb un e St ud ies : Re ad ing t he Q uin tess en ce o f M od ern N ov els
周 非
ZH O U F ei
〈近 代 小 説〉 の「神 髄」 を 読 み 取 る た め の 原 理 は、 読 書 主 体 と 客 体 の文学作品の二項の相関で作品を読むのではない。読書主体と客体 の文章との相関関係の二元論ではなく、客体の文章のコンテクスト そのものは永遠に捉えられないとするのである。田中は、この客体 そ の も の =〈第 三 項〉 と い う 概 念 を〈第 三 項〉 と 呼 び、 〈第 三 項〉 を〈読み〉原理としている。そこで本論を通して、永遠に捉えられ ないものを何故概念化する必要があり、文学研究において何故その 概念が必要であるかを論じてみたい。以下、本論は、田中の『高瀬 舟』論分析、田中論と〈第三項〉論における相関の分析、田中論以 外の三種類の『高瀬舟』論分析と考察を進めていく。
一、 『高瀬舟』のプロット/『高瀬舟縁起』の捉え方
田中は森鷗外の 『高瀬舟』 について、 『高瀬舟』 の話のストーリー を 構 成 す る プ ロ ッ ト だ け を 読 ん で も、 『高 瀬 舟』 の 向 か お う と す る 核心は掴めないと指摘する。 では、 『高瀬舟』 のストーリー・プロッ トの下に何が隠されているか、それを如何に読み取ることができる かを見るために、まずそのプロットがいかなるものかを押さえてお こう。 本 作 品 は 三 人 称 の〈語 り 手〉 に よ っ て 語 ら れ、 罫 線 で 四 つ の ブ ロックに分けられている。 ブロック①はお話が始まる前の物語背景の紹介である。 〈語り手〉 は、 「高 瀬 舟」 の 役 割 が 徳 川 時 代 に 遠 島 へ 送 ら れ る 京 都 の 罪 人 を 乗 せるためであること、 「高瀬舟」 に乗せられる 「罪人」 の過半が 「獰 猛 な 人 物」 で は な く、 「心 得 違 い の た め に、 想 わ ぬ 科 を 犯 し た 人 で あつた」 ことを紹介し、 同心たちが 「高瀬舟」 で聞かされる 「罪人」 と親族の夜通しの悲しい会話が「所詮町奉行の白洲で、表向きの口 供を聞いたり、役所の机の上で、口書を読んだりする役人の夢にも 窺うことのできぬ境遇である」と語っている。 ブロック②から本筋に入り、同心庄兵衛は、護送される三十歳く らいになる罪人喜助が今まで見てきた罪人の「目も当てられぬ気の 毒 な 様 子」 と は ま っ た く 違 っ て、 「い か に も 楽 し そ う」 で あ る こ と を、不思議に思う様子が語られる。 ブロック③では、喜助の様子を見て、庄兵衛は「島へ往くのを苦 にしてはゐないやうだ。一体お前はどう思つてゐるのだい」と喜助 に尋ねる。喜助は「世間で楽をしてゐた人」にとっては島に行くの が悲しいことであろうが、自分が京都で今まで体験した苦しみはど こへ行ってもないだろうと言い、牢に入ってから仕事をせずに食べ させてもらい、その上、牢を出る時にお上から二百文を戴いた。お 金を自分の物として持つことは、生まれて初めてだと語る。喜助の 話を聞いた庄兵衛は自分の身の上と比較し、家族七人の生活で精一 杯の自分が喜助と「いかに桁を違えて見ても、ここに彼と我との間 に、大いなる懸隔のあることを知つた」のである。庄兵衛にとって 「不 思 議 な の は 喜 助 の 慾 の な い こ と、 足 る こ と を 知 つ て ゐ る こ と」 であった。庄兵衛は「喜助の頭から毫光がさすやうに思つた」 。 ブ ロ ッ ク ④ で は、 庄 兵 衛 か ら 弟 を 殺 し た わ け を 聞 か れ た 喜 助 が、 直接話法で、自分と弟の生い立ちや弟を殺した経緯を語る。庄兵衛 は喜助の話を聞いて、重い病気の弟が、少しでも兄を楽にさせたい と思って自殺を図るが、死にきれずに苦しんでいる。その弟を「苦 から救つて遣らうと思つて命を絶つた」ことが「罪」であるかとい
う 疑 い が 生 じ る。 「オ オ ト リ テ エ に 従 ふ 外 な い と 云 ふ 念 が 生 じ た」 が、庄兵衛は「腑に落ちぬものが残つてゐるので」 、「奉行様に聞い て 見 た く て な ら な か つ た」 。 そ し て「沈 黙 の 人 二 人 を 載 せ た 高 瀬 舟 は、黒い水の面をすべつて行つた」という最後の一行で、物語は閉 じられる。
本 作 品 に は、 『高 瀬 舟 縁 起』 が 付 さ れ て お り、 鷗 外 は 作 品 の 種 本 と な る『翁 草』 の 中 の「流 人 の 話」 を 紹 介 し て い る。 そ れ は、 「或 るとき此舟に載せられた兄弟殺しの科を犯した男が、少しも悲しが つてゐなかつた。其仔細を尋ねると、これまで食を得ることに困つ てゐたのに、遠島を言ひ渡された時、銅銭二百文を貰つたが、銭を 使はずに持つてゐるのは始だと答へた。又人殺しの科はどうして犯 したかと問へば、兄弟は西陣に傭はれて、空引と云ふことをしてゐ たが、給料が少なくて暮らしが立ち兼ねた、其内同胞が自殺を謀つ たが、死に切れなかつた、そこで同胞が所詮助からぬから殺してく れと頼むので、殺して遣つたと云つた」という話である。 鷗 外 は こ の 話 を 読 ん で、 「其 中 に 二 つ の 大 き い 問 題 が 含 ま れ て い る」 、「一つは財産と云う観念のもの」であり、もう一つは「ユウタ ナジイ」 と述べ、 この二つの問題が 「面白い」 とおもって、 『高瀬舟』 を書いたと語っている。 『縁起』 で書かれた 「二つの大きい問題」 は、 後世の作品研究に大きく影響を与えている。三好行雄の論文に書い てあるように 、それまでの研究史での「主要な論点は⑴ふたつの主 題が分裂しているか否か、⑵分裂しているとして、両者のいずれに 比重がおかれているか、⑶ふたつのテーマを統一する主題は果して 発見できないのかといった点に集中している」のである。このよう な、 『縁起』 で書かれた 「二つの大きい問題」 をそのまま作品のテー マだと考える傾向が現在まで続いている。例えば、光村図書から出 版されている指導書には、作品の主題に関して次のように書いてい る。
「高 瀬 舟」 が 江 戸 時 代 の 随 筆 集「翁 草」 か ら 想 を 得 て 書 か れ た 小 説 で あ る こ と は、 「附 高 瀬 舟 縁 起」 に 述 べ ら れ て い る。 こ の 中で鷗外は、 「財産というものの観念」と「ユウタナジイ」 (安 楽死)とを「二つの大きい問題」と書いている。つまり「高瀬 舟」は知足(自らの分をわきまえて、それ以上のものを求めな いこと。 )と安楽死を主題とした作品といえる。
結論から言えば、 『高瀬舟縁起』に書かれた「二つの大きい問題」 が作家の執筆契機に過ぎず、作品のテーマではないのである。この ことが多くの先行研究に理解されないのは、 〈近代小説〉の〈語り〉 の構造自体が理解されていないことを証明していると考える。では 次 に、 〈第 三 項〉 論 に よ る 田 中 の『高 瀬 舟』 論 と そ れ 以 外 の 先 行 研 究を具体的に比較してみたい。
二、田中実の『高瀬舟』論
①田中論について
田中実は 『高瀬舟』 について、 今まで三つの論文を発表している。 一つ目は一九七九年の「 『高瀬舟』私考」 (『日本文学』 一九七九年 四月) 、 二つ目は二〇一五年の 「三好 「作品論」 との決別、 『高瀬舟』
( 2)再私考」 (『都留文科大学研究紀要』第82集 二〇一五年一〇月) 、 三 つ 目 は 二 〇 一 六 年 の「 〈自 己 倒 壊〉 と〈主 体〉 の 再 構 築 ― 『美 神』 ・「第 一 夜」 ・『高 瀬 舟』 の 多 次 元 世 界 と『羅 生 門』 の こ と ― 」 (『日 本 文 学』 二 〇 一 六 年 八 月) で あ る。 こ の 三 つ の 論 文 以 外 に、 最近、氏のブログで『高瀬舟』について複数の文章を掲載した。こ れらの田中論は基本的な論旨が変わっていないが、深化し続けてい ると考える。これらの氏の言説を引用しながら、田中の〈読み〉を 見ていきたい。 田中論のアウトラインとは以下の通りである。語られた出来事の 中に、視点人物同心の羽田庄兵衛、庄兵衛を支配する奉行、視点人 物の捉える対象人物喜助がいて、これは〈語り手〉の意図のもとに 構 成 さ れ て い る の で あ る。 視 点 人 物 の ま な ざ し で 物 語 は 進 行 す る が、対象人物の喜助はその視点を完璧に遮る、直接話法で肝心かな めのところは語っているし、第一ブロックは第二ブロックを裏切る ように話が仕組まれている。つまり、田中はこうした〈語り―語ら れ る〉 仕 組 み で、 『高 瀬 舟』 を 捉 え る の で あ る。 田 中 実 の 論 の 中 身 を見ていこう。 視 点 人 物 の 庄 兵 衛 が 捉 え た 喜 助 は、 「足 る を 知 る」 人 で あ り、 弟 を「苦 か ら 救 つ て 遣 ら う と 思 つ て 命 を 絶 つ た」 。 し か し 田 中 は 喜 助 が 弟 を「安 楽 死」 さ せ た の で は な く、 「過 失 致 死」 さ せ た と 論 じ て おり、その論拠は以下の通りである。
「わ た く し は 剃 刀 を 抜 く 時、 手 早 く 抜 か う、 真 直 に 抜 か う と 云 ふだけの用心 はいたしましたが、どうも抜いた時の手応は、今 まで 切れてゐなかった所を切ったやうに思はれました 。刃が外 の 方 へ 向 い て ゐ ま し た か ら、 外 の 方 が 切 れ た の で ご ざ い ま せ う」と三つの傍線部の箇所で喜助の殺意がないことは確か、あ るのは喜助の意識、 「切ったやうに思はれ」 、それが「外のほう が切れた」 、すなわち、誤って「切れた」 、それで弟は絶命した のです。すなわち、これは安楽死でなく、誤って殺した過失致 死・ 未 必 の 殺 人 で す。 (「 〈自 己 倒 壊〉 と〈主 体〉 の 再 構 築 ― 『美 神』 ・「第 一 夜」 ・『高 瀬 舟』 の 多 次 元 世 界 と『羅 生 門』 の こ と ― 」 『日本文学』 二〇一六・八) (田中がこの問題を初め て論じたのは、一九七九年の前掲論文である。 )
田中が指摘した傍線部の三か所を見ると、喜助が剃刀を抜く時に は、弟の代わりに「今まで切れてゐなかつた所」を切ろうとしたの ではなく、 そこを切らないように 「真直に抜かうと云ふだけの用心」 をしたことが分かる。だから、剃刀を抜いた時の喜助の意識は、弟 をもっと早く楽に死なせようとしているのではなく、ただ、弟の首 に刺さっている剃刀を抜いてやろうとして、誤って殺してしまった のである。 故に、 氏の論じた通り、 喜助が弟を殺してしまったのは、 喜助の過失だと考える。 田 中 は、 奉 行 の 判 断 は 喜 助 の 叙 述 と 一 致 し て お り、 「心 得 違 い」 のための殺人だと判決を下しているが、喜助は奉行の判決を「いさ さ か の わ だ か ま り も な く 受 け 止 め て」 い る と 論 じ る。 こ の こ と は、 第一ブロックに 「高瀬舟に乗る罪人の過半は、 所謂心得違のために、 想はぬ科を犯した人であつた」と書かれており、喜助が庄兵衛に弟 を 殺 し た 経 緯 を 話 し た 時 に、 「ど う も 飛 ん だ 心 得 違 で、 恐 ろ し い 事 をいたしまして」と語る部分から分かるのである。
しかし、この話を直接本人から聴いた護送の役人の羽田庄兵衛は 喜 助 の 行 為 を「過 失 致 死」 で は な く、 「安 楽 死」 だ と 捉 え て い る。 庄兵衛がそう捉える理由について、田中は庄兵衛が喜助を知足の人 だ と「偶 像 視」 し て い る か ら だ と 考 え て い る。 「庄 兵 衛 は 一 方 的 に 勝 手 に 喜 助 を 偶 像 視 し、 感 服 し て い た」 、 そ れ が「庄 兵 衛 に 殺 し の 動機を「安楽死」と妄想させた所以です。喜助の意識の底にこれが な け れ ば 辻 褄 が 合 わ な い、 と 庄 兵 衛 は 因 果 の 合 理 性 を 作 り 上 げ て」 いたと氏は論じている 。 田中のこの論述については、庄兵衛が喜助の叙述を聞く前と聞い ていた時の反応から分かると考える。庄兵衛は喜助に弟を殺した経 緯 を 聞 く 前 に、 喜 助 が 知 足 の 人 だ と 思 い、 「此 時 庄 兵 衛 は 空 を 仰 い てゐる喜助の頭から亳光がさすやうに思つた」のであり、思わず罪 人の喜助を「喜助さん」と呼んだ。そこで、庄兵衛は喜助に弟を殺 し た わ け を 聞 い た が、 喜 助 の 話 を 聞 く 前 に、 既 に 喜 助 を「偶 像 視」 し て い る の で あ る。 さ ら に、 喜 助 の 話 を「半 分 聞 い た 時 か ら」 、 そ れが「人殺し」なのかという疑いが庄兵衛の中に起こってきた。こ こからも、庄兵衛が喜助の話に即してではなく、彼自身の思いから 「因果の合理性を作り上げて」いたと分かるであろう。 庄兵衛が喜助から捉えた「知足」の観念について、田中は喜助の 内面とは「似て非なるもの」だと指摘する。
すなわち、世間の人が貧しくとも日々の変わらぬ暮らしを生き て き た の に、 喜 助 兄 弟 は 日 常 性 そ れ 自 体 を 欠 落 さ せ て い ま す。 喜 助 は い わ ば〈秩 序 外 存 在〉 、 そ れ が 庄 兵 衛 に は 全 く 見 え な い がゆえに、 「知足の喜び」という自身の枠で捉えているのです。 罰として科されている入牢も、死罪の次に厳しい重罪島送りも 喜助には恩恵、感謝に逆転し、当時の幕藩体制下の刑罰の処断 を 福 利 厚 生 の 事 業 に 文 字 通 り 転 換 さ せ て い ま す。 (二 〇 一 六 年 の前掲田中論文) このような「 〈秩序外存在〉 」である喜助にはそもそも「庄兵衛の 感服する『財産といふものの観念』の土台がなかった 」と田中は論 じる。 田中のこの論述については、筆者は以下のように考える。庄兵衛 が 喜 助 を 知 足 の 人 だ と 捉 え た の は、 「喜 助 の 身 の 上 を わ が 身 の 上 に 引き比べて見た」結果である。しかし、田中が論じたように、喜助 は「刑罰の処断を福利厚生の事業に文字通り転換させ」た、世の一 般である秩序社会の枠組みに入っていない「 〈秩序外存在〉 」とも言 え る の で あ る。 そ の よ う な 境 遇 に い る 喜 助 は そ も そ も、 「秩 序」 の 中にいて、 世間一般の暮しをする庄兵衛の 「身の上」 と 「引き比べ」 る「土台」がないのである。だから、田中が論じるように、庄兵衛 が喜助を「足ることを知つてゐる」者とみなすことは、短絡的であ る。 以上、田中は喜助と弟の兄弟関係の特殊性を指摘し、問題の核心 がどこにあるのかと問題提起をする。喜助の叙述には、自分と弟の 二人兄弟は幼くして両親を喪い、町内の人に助けられて育っていた が、 「次 第 に 大 き く な り ま し て 職 を 捜 し ま す に も、 な る た け 二 人 が 離 れ な い や う に い た し て、 一 し よ に ゐ て、 助 け 合 つ て 働 き ま し た」 と 語 っ て い る。 弟 が 病 気 に か か り、 「ど う せ 治 り そ う も な い 病 気 だ から、早く死んで少しでも兄きに楽がさせたい」ために自殺を図っ
(3) (4)た。田中はこのような喜助兄弟を「比喩」ではなく、文字通り「二 人で一人 」だと言及する。そこで、その片割れの弟を間違って殺し てしまった喜助が「どんなに自分を責め、嘆き悲しみ、自分の人生 を恨んでも恨みきれないところなのに、どうして喜助はその逆、真 実、晴れやかなのでしょうか。庄兵衛にすれば、喜助の弟殺しは弟 を楽にするためのもの、護送される喜助が晴れやかであるのは自然 で辻褄が合うのですが、安楽死ではないのですから、喜助の晴れや かさは不都合です」と論及し、殺す意図がなくて「結果殺したこと がその後の喜助をいかなる存在にしたのか、これが『高瀬舟』の物 語中、最も問われている」 (二〇一六年の前掲田中論文)と論じる。 氏の解釈は以下の通りである。
喜助にとって確かなことは、自分のために自殺しようとして い る〈分 身〉 を 自 身 が 殺 し て し ま っ た 手 応 え で す。 (中 略) 喜 助と弟とは、二人で一人なのです。その分身である相手を殺す 手応えによって喜助に何が起こるか、それはただ一つ、自身の 内界が死ぬのです。しかし、肉体は生きている。護送の役人に 喜助が毫光がさすように見えるのは、もはやこれまでの主体の 位相に喜助はいないからです。いわば、喜助は庄兵衛と物理的 には同じ空間に存在しながら、その生の座標軸は転換している のです。 喜助は弟を殺して罪悪感を感じるのとは逆、 何故なら、 はるかに弟が自分の中に生き生きと生きているから、生きてい た時よりも深く、弟が自分に生きているから、二人は共にある 位相にあるから、輝いているのです 。 で は ま ず、 田 中 論 に お け る、 喜 助 の 兄 弟 関 係 に 注 目 し て み た い。 喜助の叙述に従って考えれば、田中が論じるように、 「二人で一人」 だと言えるだろう。一方、先行研究の中では、喜助の叙述はそのま ま信じることができないという論が あるが、それらの論考が何故首 肯しがたいかは後述の 「語りの構造」 に関する説明の部分で論じる。 喜助の晴れやかさの理由については、田中論に相反する滝藤満義な どの論がある。滝藤も喜助が弟を殺したのが過失だと考えるが、喜 助 は 自 分 の 過 失 の た め に 弟 に 対 し て 罪 意 識 を 持 っ て お り、 「島 流 し と い う 罰 を 与 え ら れ る こ と に よ っ て、 か え っ て 気 持 ち の 整 理 も つ き、将来に向けて生きる希望がようやく湧いてきたせい」だと論じ ている 。しかし、もし喜助が幼い時からずっと寄り添って生きてき た弟に対して 「罪意識」 を持っていたなら、 その 「罪意識」 は 「罰」 を 受 け る こ と で 消 え る の だ ろ う か。 む し ろ「罰」 を 受 け る な か で、 一層自分の 「罪」 と向き合わされることになるのではないだろうか。 例えその「罪意識」が薄れていくとしても、喜助は弟の死を悲しむ 筈 で あ り、 「い か に も 楽 し さ う で、 若 し 役 人 に 対 す る 気 兼 が な か つ たら、口笛を吹きはじめるとか、鼻歌を歌ひ出すとかしさう」な晴 れ や か な 表 情 に な る の は 不 思 議 で あ る。 「其 額 は 晴 や か で 目 に は 微 かなかがやきがある」 という 〈語り手〉 の描写からも分かるように、 喜助の表情の晴れやかさは心の底から溢れ出ているものであり、い ささかなる屈折もないのだ。故に本論は、喜助の晴れやかさは、滝 藤のいう「罪」と「罰」というリアリズムの次元で説明できる問題 ではないと考える。この滝藤論に対して、前田角藏が賛意を示して いるが 、両氏の論の根源的な問題がどこにあるかについては、後述 する先行研究史分析の中で、詳しく論じる。特殊な生活状況がもた
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ら し た 喜 助 と 弟 の 特 殊 な 兄 弟 関 係 を 前 提 に 考 え る と、 喜 助 に と っ て、弟を殺すことは自分をも同時に殺すことになるだろう。喜助の 晴れやかさを、喜助の内面が弟と共に死んだ後の状態であると捉え るなら、田中の論じるように、ここでは別の「生の座標軸」を持っ てくる必要があるのであり、死んだ弟と共に別次元で生きている喜 助の内面を捉える必要があると考えなければいけないのである。こ のような喜助は、庄兵衛には「毫光がさすように」見えるが、庄兵 衛 は 己 と 違 う 位 相 に い る 喜 助 の 内 面 を 捉 え る こ と が で き な い。 「毫 光 が さ す よ う に」 見 え る 喜 助 の 所 以 を、 「知 足」 や「安 楽 死」 と い う庄兵衛自身のいる位相のこととして、解釈しているのである。 喜助の晴れやかさの理由について、山崎一頴も田中と同じ認識を 示している。山崎は「 「『高瀬舟』を読むポイント」 (『森鷗外論攷 続』 お う ふ う 二 〇 一 七 年 九 月) の 中 で、 喜 助 兄 弟 が 幼 い 頃 か ら 二人で助け合ってギリギリ生きてきた「最下層の民」であると言及 し、 こ の 喜 助 兄 弟 が 置 か れ た 特 殊 状 況 を 踏 ま え て、 「二 人 は 二 身 に して一身同体、或は双生児と見てよい。喜助にとって、今や弟は常 に己れの内に居る。死してなお強く意識される。その二人一緒の喜 び や 安 堵 感 が、 「額 は 晴 や か で 目 に は 微 か な か が や き が あ る」 所 以 である。喜助にとって島で生きることは、一人で生きることではな い。常に弟と一緒に共に生きていくと意識されている」と的確に論 じている。但し、氏はこのような喜助の内面を喜助の「知足のここ ろが生まれた根源」 だと考え、 作品の 「主題」 を 「喜助の知足の心」 だと論じる。この点に関しては、前述したように、喜助には「知足 のこころ」を持つ「土台」がそもそも欠落している。では、喜助の この内面世界は、作品全体の〈語り〉とどのようにつながっている のだろうか。この問題を論じる際、田中は〈語り手〉のパースペク ティブを強調している。 田中は、問題の核心である喜助の内面世界は、 「喜助の意識の底、 識閾下である内奥 」の出来事だと言い、登場人物のメタレベルから 語っている〈語り手〉のパースペクティブからしか見えないと論じ る。 〈語 り 手〉 の パ ー ス ペ ク テ ィ ブ に つ い て 論 じ る 時 に、 氏 は 作 中 のある仕掛けについて以下のように明言する。 第一段落では、 〈語り手〉 が 「奉行の取り調べは実は、 『表向き』 」、 高瀬舟の中では「罪人当人の秘められた心の内は奉行所では明かさ れ な い、 『役 人 の 夢 に も 窺 ふ こ と の 出 来 ぬ 境 遇』 に 罪 人 た ち は あ る こ と を」 明 ら か に し て い る が、 「そ こ で 当 然、 第 二 段 落 以 降 は、 奉 行所では明かされなかった喜助の心の内が庄兵衛に明かされると読 者は期待します。ところが、喜助が庄兵衛に語ったことは、繰り言 や 恨 み 言 で は な く、 「好 く 条 理 が 立 つ て ゐ る」 、「町 奉 行 所 で 調 べ ら れる其度毎に、注意に注意を加へて浚つて見させられた」ものでし た。 つまり、 喜助が事件を語る言葉と奉行の言葉が一つになった 「表 向き」と同じもの」であり、第一段落と第二段落以降が「相反」し て い る と 氏 は 指 摘 し、 そ の 相 反 す る と こ ろ に こ そ「 〈語 り 手〉 の 意 図 が 隠 れ て い る」 、「小 説 の 中 の 物 語 は 第 一 段 落 か ら 始 ま る の で な く、第二段落から始まり、第一段落はそれを相対化するための極め て戦略的な付置だった」と論じ、以下のように結論づける 。
「表 向 き」 も〈裏 向 き〉 も な い、 そ の 奥 が あ っ た の で す。 奉 行 の捉える過失致死という「表向き」も、庄兵衛の捉える安楽死 という〈裏向き〉も、いずれも時代の枠内で捉えたものに過ぎ
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ません。しかし、喜助としては、剃刀を抜いたのは最愛の弟を 苦しみから救いたい、弟の願いに応えたいという一心からのこ と で、 そ の 弟 を 失 っ た 今、 過 失 致 死 だ ろ う が 安 楽 死 だ ろ う が、 そんなことは意識には上りません。意識ではお奉行に従うのみ です。/(中略)この境地(喜助が死んだ弟と共に生きる境地 筆者注)は庄兵衛にも奉行にも到底理解できないことなので す。 / 〈語り手〉 が真に読者に伝えたいのはこのこと、 〈語り手〉 か ら 見 れ ば、 奉 行 と 庄 兵 衛 は フ ィ フ テ ィ ー フ ィ フ テ ィ ー、 (中 略) 〈語 り 手〉 が 語 ろ う と し て い る こ と は 作 中 人 物 た ち の 思 考 や感性による意識、時代がもたらす、ものの捉え方、ロジック を越えて、弟殺しの喜助の意識の底、無意識の持つ普遍性へ向 かうことだったのです 。
この小説は、江戸時代の寛政の頃の話を物語の舞台としてナ レーターは語りながら、実は、その背後にある明治・大正の時 代 の 現 代 の 官 僚 機 構 を 相 対 化 し、 時 代 の 枠 組 み を 超 え て 生 き る、隠れた人間の内面の姿、官僚機構の「オオトリテエ」を超 える問題を提起しているのです。/時代を超えて生きる者の尊 さ、これを語っているのです 。
田中のこの結論は登場人物をメタレベルから相対化させる〈語り 手〉 が語ろうとすることに関する分析である。 喜助の 「生の座標軸」 の「転換」は、視点人物の庄兵衛だけではなく、喜助自身にも意識 上では理解できない。しかし、喜助がそれを生きているからこそ晴 れやかな表情になっているのである。喜助の内面の秘密が表してい る、時代を超越する生の輝きは、 「表向き」の話に対する「裏向き」 の話ではなく、表と裏の双方を超越する別次元の話なのである。だ か ら こ そ、 〈語 り 手〉 が 物 語 の 始 ま る 前 に、 第 一 ブ ロ ッ ク を 語 り、 表裏の相関関係を相対化したのであろう。このように、お話を語っ ている〈語り手〉の意図がプロット設定において表れていると考え る。それのみならず、作品の最後では、わざと「オオトリテエ」と い う フ ラ ン ス 語 を 使 っ て、 語 ら れ て い る お 話 の 背 後 に 語 っ て い る 〈語 り 手〉 が 存 在 す る こ と を 露 わ に し、 語 ら れ た お 話 と 権 力・ 権 威 の 相 関 に 読 み 手 の 注 意 を 促 し て い る の で あ る。 だ か ら、 『高 瀬 舟』 を読む時は、田中論のように、 〈語り手〉の意志を読み取り、 「表向 き」 と「裏 向 き」 の 話 の 双 方 を 相 対 化 さ せ る 話 と「オ オ ト リ テ エ」 との相関を読み取らなければならないのである。
田中の『高瀬舟』論は田中の〈第三項〉論に基づいており、氏が 考える〈近代小説〉の神髄を語る語りの構造を作品の〈読み〉を通 して説明しているのである。このことについては、次に氏の『高瀬 舟』 論 と 氏 が 提 起 す る〈第 三 項〉 論 と を 併 せ な が ら 分 析 し て い く。 そ の 前 に、 一 つ 押 さ え て お き た い こ と が あ る。 〈第 三 項〉 論 の キ ー ワ ー ド は「自 己 倒 壊」 で あ る。 「自 己 倒 壊」 と は 自 分 自 身 の 思 考 の 枠組みを瓦解させることであり、己の〈読み〉を自己相対化し続け ることが要求されるのである。本稿は田中論を正解として支持して いるのではなく、氏の〈読み〉は、まさに読み手を「自己倒壊」に 導く〈読み〉の根拠を示していると考える。氏のような〈読み〉は プロセスとしてのみ存在すると考える。このことについても次の部 分で論じる
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②田中論から〈第三項〉論を考えるA〈第三項〉論のポイント
田 中 は「 〈近 代 小 説〉 の 神 髄 は 不 条 理、 概 念 と し て の〈第 三 項〉 がこれを拓く ― 鷗外初期三部作を例として ― 」( 『日本文学』二 〇一八年八月)の中で、氏が提起した「第三項」論の根拠を改めて 論じている。以下はこの論文の中の論述を引用しながら、 〈第三項〉 論のポイントをまとめていく。氏は「人類が有史以来客観的現実と 信じ込んできた世界は、実は、人類が概念を媒体にしてそのあり様 を 制 作 し た 領 域 に 過 ぎ な か っ た」 と い う 考 え を 前 提 に、 「我 々 に 捉 えられる客体の対象の世界とは我々の主体に応じて現れ」るのであ り、 「主 体 と 客 体 と は 同 時 に」 あ る と い う 主 客 相 関 に 対 す る 認 識 を 明示した。この主客相関に対する認識が、氏が提起する第三項論の 出発点でもある。
と 言 っ て そ の 際 の 肝 心 な こ と は 主 体 と 客 体 の 相 関 の 二 元 論 で は、実は、十全には世界は捉えられないことです。そこにはそ う主体に捉えさせる、抜き差しならぬ必然性、その根拠である 客体そのものが隠れていて、それが主体にその現象を起こさせ ているからです。この客体そのものとは未来永劫、主体には直 接 捉 え ら れ な い、 永 遠 に 沈 黙 す る 了 解 不 能 の《他 者》 で あ り、 これをわたくしは〈第三項〉と名付けてきました。これは図ら ず も ウ ィ ト ゲ ン シ ュ タ イ ン の 周 知 の テ ー ゼ、 「語 り え ぬ も の は 沈黙しなければならない」の「語りえぬもの」でもあります。
図
の実
中
田
1階 リビング
地下1階 無意識
地下2階
(語り手〉
地下 1階
パラレルワールド
2階 個室
2階
個室 C
1階 リビング
地下 1階
1階
リビング
地下
1階
2階 個室
B A
1階 リビング
地下2階 了解不能・言語以前
〈第三項〉の領域 図 1
1
実 の 図
中田
1階
リビング
地下1階 無意識
地下2階
(語り手〉
地下
1階
パラレルワールド
2階
個室 2階
個室 C
1階
リビング
地下
1階
1階 リビング
地下 1階
2階
個室
B A
1階
リビング
地下2階 了解不能・言語以前
〈第三項〉の領域
図 2