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理科教育のあり方について

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奈良教育大学学術リポジトリNEAR

理科教育のあり方について

著者 岡崎 良吉

雑誌名 奈良学芸大学教育研究所紀要

巻 1

ページ 56‑62

発行年 1965‑03‑30

URL http://hdl.handle.net/10105/6098

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理科教育のあり 方について

岡 崎 良 吉

ば    し    が

 現場の理科教育研究会では思考カを養う理科というテーマが圧倒的に多い。これは大多数の者 がその必要を認めている証拠である。それにも・拘らず実際の授業では知識偏重詰め込碁授業に陥

り易い。それは入試の為めに仕方がないと弁解する。以上は大体小中学校の現状である。高校で は知識の詰め込在が寧ろ正道であるような感じがする。高校とてそれが良いとは思っていない。

勿論入試の為めと言う。とすれば、太末転倒も甚だしい。このようにして少くも中学3年と高校 3年の極めて大切な2年間を文化の発展には何の役にも立たない受験準備に空費して。いる。入試 に問題があるが、633制が果して良いのか再検討する必要はないのか。中には大学まで知識だけ をどんどλ詰め込んでおいてその後厭究させれば良一いと信じている者がいる。もしそれが正しけ れば、これ程楽な教育技術はない。筆者は理科教育では、科学的知識・能力・態度の三つの面が 調和をとって発達するよう指導することが正しい理科教育のあり方と主張する。以下この3面に ついて検討すると共に、前記の矛盾離間題の打解策の一端を論じたい。

I 科学的知識について

 科学的知識とはここで理科に限って言えば、自然物その事㌧の姿とその姿の変化すなわち自然 現象、例えば空が青いとか一月が円いとか、氷が冷いとか、梅がすっぱいたど五感を通しその物

のありのま㌧の姿として認識されたもので.ある。ところが、青い空が夕方には赤くなる。月が欠 けていく、ラ㎏:とけて水になり熱い湯になることもある。しかもこれら姿の変化にはそれぞれ定 まった法則がある。これを自然法員■」という。自然法則は因果律ともいう。現在では原子の世界で は確率によると考えられているが、これらは全く相反するものではない。今これを論じるのが目 的ではないが、こういうことを自分で経験したり、書物を読んだり、先生から説明して貰ったり して理解して得た概念も科学的知識であるが、前の直観的に認識された知識よりも深い。これら の知識は皆真理である。真理を追求することは誰もが望むところで科学者はより深い科学的真理 を追求して己まない。理科教育では先生が生徒に真理遣求の慾求を充足してやるのである。どう すれば広さにおいても深さ一においても無限の真理を次々と追求できるか。

 アメリカの1P.S.S.O.物理では物理学は既に完成されたものとして与えるのでなく、これら次

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々と物理掌を組立てていく、すなわち、次々と真理を発見していく行き方を習得させるものであ ると述べているが全くその通りである。テキストも基礎的知識に縛り、考え方については案に懇 切丁寧至れり尽せり惜みなく頁を使りた読物といった感じである。現在我国の小中学校の理科で は物理・化学・生物・地学の分野からそれぞれ、あれも必要これも必要と盛り沢山な教材が提出 され、それを指導要項に次に教科書に緩められたもので、恐らく各分野の委貴が競うて自己分野 の強化を主張した緒巣ではないかと思われる。句も知識を軽視する理ではない。ただ基礎的な役 に立つ知識が大切であって、百科辞典式の物識りでは役に立たない。この点から見れば現在の教 科書1は重要な基礎知識の面では決して十分とは言えなしも今のように少い頁に無理をして沢山な 項目を押しこむから結果は概論的になって∴児璽室徒が教科署を読んだだけでは十分納得がいか ない。また納得がいったとしても僕に立たない。興味が起らない。従って研究しようとの意慾は 起きそうもないところか、面白い筈の理科が嫌にたる。理科を嫌にするための教科書と言いたい。

もっと内容を精選し㌧言己述する以上はよく理解でき興味も湧くように、研究意慾を刺戟するよう

にできる筈だ。この点でも互S.S.C.に榮ぶべき点が多い。

 昨年ある教生が音の教材を扱っているのを見た。最初の導入段階で超音波の問題に触れた。そ れはこの教生が卒論に超音波をやっていたからであるが、生徒は全く珍らしい話を聞くようで限 は輝き、質問にも発表にも活気があった。中学生なら超音波の特性やその応用については理解が できる。ただ今の段階では学校で実験して見せるわけにいかないから、せめて写真とか実験デー タを示して趣味的に説明した項・があってもよいと思う。何故前述の基礎的知識と矛盾するような 内容を主張するかといえば、この教生授業の次の段階で音の強弱:高底の察験説明に入った。教 生の慣れないためもあるが、生徒の眼には何の感激も見られない。弦を強くはじけぱ大きい音が 出一る位のことは実験して見るまでもたく分りきったことだ。結果が分っている。警物にもそう警 いてある。これに感激を持てとは無理な注文である。句も教授技術で問題を持たせることはでき

ないでもない。例えばゴムバンドを引っ張ってはじく、強く引っぱって長さを変えた場合に昔の 強弱・高低はどう変るか。その理由はと未知の問題を出せぱその問題の解渕こ努め、それによっ

て興味も起る。

 同じ年暫くして同じ教材で小学校でも研究授業があった。この教生は前の中学g教生からその 教案を借りて大いに参考にしたと聞㌧ゾら遂塑で小中と相手が違うだけで内容は余り変らない。

多分小学絞は定性的、中学校は定量釣と区別するのであろうが、筆者にはそうは見られだかった。

どちらも強くはじけぱ大きい音、弦が短かく強く張られていれば高い音という知識以上のものは

次かっななんとこの附属中学の生徒達は相当粒揃いだのに大切な時間を感激なく、研究意慾な

く、おとなしく実験させられ、口先の説明に満足を1強いられ可愛想なことっ思.っデらコ狐一体数

       _57一

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生の罪か、教員養生大学の罪か、はたまた一。もし中学でも音の強弱を扱うなら、もう少し他の 扱い方があるのではないだろうか。例えば昔の強さではデ㌣ベルは無理であるが、中学生なりに 量的な定め方、これに附随して隔壁透過の問題、騒音防止の問題など基礎知識からは離れた生活 単元式の問題であるが、これをもとにして量的の定め方の必要観を感得させた上で鐙的の測り方 を工夫させたり知らせたりすれ。ば興味と感激を持たせることが容易になるのではなかろうか。

 以上知識の面について要約すれば、ω教材の鐙を精選して基礎的なもりに絞り、精選された

ものについては頁を惜みなく使い懇切に言己述する。12〕日常生活に関係の深いもの、現代発達し た新しい分野のものはよく噛砕いて興味を増すように与える。13j小・中1芦の教材内容が重複 しないように努め、題目が同一のときは発展的に取扱う。

       1I 科学的能力について

(1)理  解

  能力として考えらることはいろ・いろあるが物事が解るということが根太である。この物が解  かるという二とは全く不思議という外たいが、その程度の深浅これ程大きいものはない。私達  は大低何か解ったと思うことが索は太当には解っていない。理科で本当に解せるには実験 観  察によって直接経験させるのであるが、それとても誤解ということがある。彫。㎜運動を見て  も推論が正しくなければ分子運動には結びつかない。物体が水中で軽くなることは観察できて  もアルキメデスの原理を導くまでには程遠い。といって教師の側から説明しても皮相的に一応  おぽえさせたに止まる。そこで多くの角度から発見的実験や検証実験を経て考えさせることが  必要であろ。この1考える能力を養うことは理科教育の極めて大切な 面であるが、それぞれ考  えるカその能力に着のある多人数の生徒を相手に十分な効果を挙げることは容易でない。

  そこで装蟹の工夫が大切欣仕事になってくる。例えば筆著考察の臨。o泣i口g t加θrは等加速  度運動、その他並進運動を明確に言己録し、量的にも確実な知識と理解を得させ更に思考カも発  展きせることのできるものである。また波動実験器では横波・縦波・トロコイド波の定常波・

 進行波の策験、自E自端・固定端での反射・位相関係の実験ができ百I間一見に然かすという二と  ができる。本学物理教室平静民のθ和測定誰は氏の卓越したアイデアによる画期的産物として

 絶讃したい。

  知識の鵜呑みとか機械的略言己では役に立たない。考えに考える。あ一でもないこうでもない

 と考えでいる瀞こ知識は次第に深まって解ったという満足感が来る。更に躍動する歓喜を伴う

 とは岡潔先生の御意見であるが、全くその通りと思う。

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(4)テーマの発見

  学習の場合また研究の場合には一そう問題の核心が明確であることが第一条件である。自分  は一味何を目当に実験するのかが明確でないと、発見発明に発展しない。教師の指導に十分の  考慮が払われていない場合例えば実験の操作だけを機械帥こ授けられるとき生徒は盲目的にぞ  の指示通り行動し何の能力も養われない。自分は今何を調べたいか、この何をの何が分析され  単純化されていないと目的が不明瞭になる。例・えば何かなしに鉱物を集めたり、昆虫を採集し  てもそれは単に蒐集慾を満足させるだけで、厭究にはならない。或る種類の昆虫とその分布と  いうよに研究範囲が絞られているほど研究の意義が増す。これは一連の大研究でも一つ一つの  小研究にα・てもいえることで、この一つ一つの研究テーマの発見能力が養われなければ、科学  は発展しない。

  自ら発見したテーつに対しても、たと一え指導者から与えられたテーマーに対しても、その解決  法・実験法・実験装置の工夫が必要で、これらもまた第二次の小テーマである。ごれこれにつ  いて調べなさい、それにはこうしてしらぺなさい、そしてこのようにレポートを書きなさいと  は多くの察験警の示す方式で生徒は自ら考える問題がたい。ただ熱心な生徒の僅かが実験途中  で何かの問題に遭遇し、これを解決しようと努力する実状である。

  筆者の教え子で医学に進んだのが最近食道の一部を切り取り、そこを人工管で連結する研究  をして学位論文を出した 話を聞いたが、従来連結できるという報告は赤るが長らく生きられる  完全速緒の報はない。これを研究した緒築はやはり接着部が痛くなって命が長く持たないこと  が分った。いはぱ失敗である。然し何故接着部が狭くなるかという原因の解郷こ努めそれを研  究として緩め上げ堂界に大いに認められたというのである。このようにマイナスの結果を研究  としてはブラスに持ってくることもできる。研究テーマはどこにも転がっているといえる。

(3)想像力の養成

  問題を発見するにしても解決法の工夫にしても想像力を持つことが大切である。想像は経験  をもとにしているが、経験そのままでなく経験を越えている。いはぱ夢のようたものである。

 夢はどんなに大きくてもよい。今までの経験から突飛でもよい。理窟は必ずしも一つに限らね  はならない理由はたい。今までの理窟とは別の理窟がないとは言えない。事実過去の発見発明  は皆そうしてなされたものである。ただ想像の基盤に生る知識経験は豊富なのがよい、欣んか  たしに実現できそうな夢が理科では必要であるから。

(→飛  躍

  今までに積りに積った経験をもとにして想像する。然し何物にも報われず自由な気持になっ

 たとき、何程かの自信を伴って突如として心の中に浮ぶものである。これは長い時間を要する

       一5ヨー

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 こともあるが、心に浮ぶ状態としては電光石花心中にひらめく暗示である。決して段階的に理  論をつみ上げ乍ら考えるのでなく、.飛躍的に思いづくものである。理窟は後から考えてくっつ  けるのである。この想像なり夢が実現できるかは実験によって試みる。一回で成功することは  先づたい。失敗の原因・要素を検討すると、大でいはそれが直ぐにわかる。それがわからなか  った前の状態に比へれば一段と経験が増したことになる。この場合失敗の原因が分ったという  消極的た喜びはある。増した経験を考慮に入れて再び考えるから次に出る想像は前よりも優れ  ている場合が多い。これを何度も繰り返す闇に遂には何程かの解決策が発見できるものである。

  心の隅のどこかにないものが想像で生れることはない。進んだ想像を出すには知識経験が豊  富であることが必要である。但し身についた知識、自由な形で引き出せる知識でなくてはたら  なしもこれが深いほど出てくる想像は高くなる6・単な大量の知識の積み重ねによって優れた発  見発明ができるなら年齢によって発見能力が増す箸であるが実際は寧ろ逆である。これは頭脳  の活動力・自由度が重要である証拠である。

  想像から発.見・発明に発展させるにはその基礎となる知識が必要であるから、研究に当って  はそれに関した事項に?き先人の研究を十分調査研究することが大切であると同時に時々これ  から離れ、自由な立場に立ち、何物にも報われない心境で考えないと、先入観が入り却って新  しい発展の邪魔になり、大きい飛躍ができない。

(5)思考力を養うための指導

  例えば/牌校の下級てかけ遊びの項について述べたい。指導要項には、1ア1影踏みや影絵遊  びをして、太陽や電灯などの光を物でさえぎると、光源の反対側こ影ができることに気づく。

  イ〕影のでき方は、ガラスや水のようにすきとおったものではうすく.・木や竹のようにそうで  でないものは濃いことに気づく。㈲影の形・大きさ・濃さは、物と電灯やスクリーンの距離、

 またぽ、物の置き方によって変ることに気づく。

  この1ア)は光の直進{イ)は透明体と不透明体㈲は刷イ)の発展で総括して光学の最初の項であ

 る。

  この項目をうまくやれぱ指導要項の目的は達成できるだろう。問題はこのような光挙をこの

 ようなし方で幼い子供に発見させねばならない^こある。これを学習させて後子供が家で再び

 感激をもって、遊びたいと思うだろうか。更に何か発展的な発見をするカがつくだろうか。筆

 者は光学の数項目を発見させて将来光堂を掌ぶための基礎とせねぱ困るとは思わない。なるぺ

 くかけ絵を面白く考えさせる。テレビのコマーシャルで面白いかげ絵が出てくる。スクリーン

 上にかけ絵をうつし、こんな遊びを守るにはどうすれぱよいか、もっと美しく面白くすること

 はできないかと言って考えさせる。この間に指導要項で示す項目は全部会まれてしまう。遊び

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 の中には圃洋紙の中央部を鳥や蝶の形に切りぬいた切りぬきうつし、これに色セロファンをは  りつけたもの、光源電球を二つ使った場合、一方の電球を色セロファンでおうた場合も加えた  い。これで不透明体と切り抜きうつしの反展思考、色セロファンを追加する添加思考などの思  考形式、工夫索が養われる。これでは勉強をお同すられるのでなく、かげ遊びを一そう美しく  面白くするためと受取らせ物の考え方にいろいろあることを気づかせることができる。

  或る書物で庭に一匹の鶏をおきその周りを縄で囲むと鶏はその外に出ないと書いてあった。

 まさかと恩。て一度試み.たが、やはり何のお構ひもなく外に出てしまった。然し催眠術で2つ  の椅子を1肌以上も離しておき、その上に人を橋渡しすることはできるからこの方面の権威な  ら鶏を縄で囲んで外に出さない位は容易と思う。子供・幼児の精神衛生は将来の方向に決定的  というほど極めて大きい影響力を持つことは、この方面の専門家の等しく認めるところである。

 教科書に極めて狭い範囲の絵だけを.絞って書き、先生がこれを金科玉条として押つけ、○X試  験まですることは鶏を縄で囲む催眠術のようなものでアイデア・センス・創造が大切な理科で  他のこと、新しい物は考えるなという暗示を与えているに外ならない。

  理科では素直さが必要である。もしこのような教科書に素直であつたら直くこの暗示に引っ  かかる。反対に理科には邪魔になる醐清た子だけが勝手にふるまうとしたら一体どうなるのか。

 事実理科の実験授業を見ていると中学生などで横書な子供が勝手な遊びをやっている。それで  も時には面白いことを見つけることもある。この矛盾を解決するには、素直な子が自由にふる  まえる教科書にかきかえるより手がたい。これは小一・一中・高どこにも当てはまる。

(6)数量を重く見る習慣を養うこと、結論を出すこと

 いろいろの学習や研究で、数量は非常に重要である。熱い冷いが温度計を使うて数量で現わ され、これに関連して融点・沸点、この変化などが正確に現わされて熱的現象が明確にたり、

熱掌が藷しく発達した。

 小学校の下級より上級、上級より中掌と学年が進むにつれ一そう定量的に扱うことをもっと

重視し胤 ものである。但しそのため興味をそいでは何にもならない。寧ろ一そう明確な理解が

でき、糞味も増大するように、即ちとの教材のどの都で数量的取扱いをすればよいか十分検討

する必要がある。一般に入試準備の計算悶魑のようたものは理科を嫌にする因子である。また

量を測ることに慣れるよう指導する。より正確に鐙を測るにはどうすれぱよいか、どのような

計器がよいか。場合によってはその計器を工夫することによって思考カが養える。筆者はトー

ション・バランスの容易な作り方を考え、同時にその広い応用のあることを紹介したことがあ

る。蒸発現象の研究などは小学校上級生なら結構できる。これを一部の子供にさせて図表を作

り、一般の学習に利用したらどれ程良い刺戦になるかと思う。単に温度が高く、湿度が豚いぼ

      一61一

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ど蒸発し易いというだけでなく、他の点も見出せる。実験から得たデータをどのように図表に 現わし、それからどのような緒論を引き出すか。目分なりの判断と緒論を出すことが科学では 極めて大切なことである。

      皿 科学的態度について

 想像したことが果して正しいかを検討するには実験に訴えるより手はない。結果は失敗が多い。

再び考えては実験する。何が原因かを明確につき止めるまで、更にその原因を除いて目的を達す るまで考察、実験文献の再調蒼など。を繰り返すためには並々ならぬ努力、根気力が要る。多くは うまくいかないと簡靭こ締めてしまう。

 難儀をする程成功の喜びは大きいOマイナスの発見でも嬉しいOこれが原動力になって遂には

忍耐というような苦しい気持なく楽んで仕事ができるようになる。そうなれ1;鰍究は染み一だけに

なる。

 現在の理科では教材が余りに多く、次々と不消化のまま進まないと、第一は入試に困る。興味 の湧くまでじっくり取り組む余祐は全くない。この打開策は自ら明らかである。

      む     す     ぴ

 以上埋科教育のあり方について知識・一能力・態度の面だけに限って述べた。これは筆者の永い

間の経験をもとにしての考えである。考え方は一つではたい。反対意見は聞かせて頂き度い。た

だ現在の理科教育の実際が最上最良のものでないことは聞違いない。それなら少しでも竿く少し

でも多く進歩させることは我々の大きな務めでかる。

参照

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