株式慣格と経螢償値
木村重
曲我
筆者は昭和十一年二月︑本誌上に﹁決算報告書の綜合的観察法﹂として︑主として工業會肚の経螢批判の目
的に適ふ軍一指数を算出する方法を述べた︒維螢分析の結果を輩一計激に綜合することが理論上可能であるか
といふことさへ未解決の問題とされてゐるし︑且斯る軍↓指数の方法としても︑筆者の提案は随分大謄なそし
で勿論完全なものであるとは決して言ひ得ない方法なるにも拘らす﹂それに封して未だ直接批評の言を聞かな
いことは全く無理からぬ事である︒薪式の器械が設計されても︑實地試験に於て未だその効果が示されない間
は誰も之を批評できない︒設計者と雌もその間は眞に有力なる自己推薦をなし得ない︒輕螢指激に就いて他の
畢者の實験を待つてゐることは思ひ寄らぬ所なので︑筆者は既に自ちの方法の可能性を自ら展開することを後
日に約しておいた︒本稿の目的は即ちその實地試験の一部たるζとである︒
株式儂絡と経螢儂値(木村)六一
六二
從つて︑本稿に於では﹁経菅指数﹂なるものに就いて若干論じ︑叉それを實験の材料に供するが︑それは株
式會砒の決算報告書から一定の方法によつて算出される具艦的の計数である︒それに關しての詳細はさきに述
べた拙稿に就いて見られたいのであるが︑こ玉にこの維螢指激算出方法の大要を言へば次の如くである︒先づ
牛年毎の決算報告書から百分比貸借封照表を作成し︑これに封経螢資金牧入率を副へる︒次にその百分比貸借
封照表中の佛込資本金額を三分の一倍︑積立金額及び牧入額夫々の一倍及び利釜金額の十倍を合計した計激か
ら︑固定資産額の三分の一倍と短期員債・受取勘定及びその他夫麦の一倍との合計を差引く︒この計数が経螢
指数である︒
本稿に於ては︑ζの輕螢指激を以て経螢債値を表はすものとし︑それを株式債格と比較することにょつて︑
経螢指歎の表現能力が實験されるものとした︒そして経螢債値と株式債格との關係の困難なる︑然しながら興
味深き理論は全般的に且詳細に考察されすとも︑ただこの爾者聞に密接なる關聯の存在する筈であることが明
らかとなるならば︑この實験は可能であると考へた︒この實験のために株式債格の代りに株式利廻を用ふるこ
とも有効であるが︑株式債格と株式利廻とを比較すると前者の方が基礎的計数であり︑後者は前者と配當高と
の綜合的計数であるから︑こ玉では前者を用ひた︒株式利廻と経螢指数との比較は別の機會に譲る︒
ゴ
株式を費買する者は投資の目的からすると投機の目的からするとに拘らナ︑この株式から得られる將來の牧
入すなはち將來の配當の多寡を豫測せすしては合理的にこれをなすを得ない︒ただ投資者は將來の配當を牧得
するために買ひ或ひは將來の配當に望を置き得ざるために費るのであるが︑投機者の方は株式市場に於ける右
の如き投資者の費買行爲及び他の投機者の行爲の結果として株式の債格が騰落することを豫測し︑その差金を
適當な時期の費買により牧得せんとするのである︒もし市場に一人の投資者も存しなかつたならば投機者ばか
サでは長く市場を保つて行くことはできないであらう︒配當牧得を目的として費買する者は豫測する配當と現
在の株式の債格とを樹照もて︑その債格が高いか安いかを判断する︒現實の株式市場︑殊に清算市場に於て
は︑か玉る投資者の判断は債格成立について全然表面に出ない隠されたる基礎であるかもしれないが︑然も市
場機構の基礎たることは事實であつて︑投資者の斯くの如き判噺なくしては株式の債格も有り得ない︒勿論投
資者と投機者とは概念の匿別であつて︑現實には如何なる人も投資者であり同時に投機者であるか︑或ひは少
くともその可能性を有する︒投資者と投機者とには事實問題として絶樹の琶別はないけれども︑株式償格の標
準は會肚の將來の配當の多寡に依つて動くことも否定できない︒たとへ實際清算市場で費買をする人の大部分
が投機者であつても︑叉從つて株式債格の現實の動きの大部分は投機者の賢買から生するものであつても︑こ
のことに攣りはない︒
投資者的な考へ方からすれば︑彼が今買ふべきであると判断した株式の債格は漸次騰貴し行き︑遽にそれを
橡式債格と経螢債値(米村)六三
六四
買ぶζ乏の理由が見出し得ざる債格にまで至るといふ將來を有すべきものであり︑彼が費るべきであると判噺
した株式の便格は逆に少しづ曳低落して︑この上費る飴地のない債格にまで至るべきである︒投資者から見れ
ば買ふべき株式とはその株式が現在の市場に於てその眞實の便値より低く評便されてゐるものであり︑費るべ
きものとは高すぎる評債をされてゐるものなのである︒もしこの投資者が完全に或株式に封する配當の未來を
豫測し得たとするならば︑現實の株式債格が軍に市場の不合理な人氣叉は投機的仕手の操作から大きな動揺を
しても︑彼は現實の債格の根抵に横はる株式の﹁實債﹂を心の裡に描いて居ればよいのである︒
然らばこの實債とは如何なる数値を言ふのであらうか︒それは將來受取るであらうすべての配當金の現債で
ユあるべきである︒現在丁度配當金の佛渡の濟んだ後とし︑次回の一株に野する豫測配當がD︑その次の豫測配征把23珈珈珈當がD︑.その次がD⁝⁝︑今からn年後に受取る豫測配當がD︑その次がD︑その次がD⁝⁝初年後の豫測配
凱當がD⁝:・であるとし︑今より第n年までの金利牛年に就き.z︑それから第彫年までの金利が牛年に就き〆⁝
・:⁝とすれば︑
︑粛斗蹄癩11U遠+U箋+︼)弩・︒+⁝⁝g馬+曳§9こ(U§+炉§題+U量題・9+⁝⁝+∪嶋§㌔︒・.‑にS暮さ十⁝⁝
・︹嘗﹂押脇舞罫論︺
故に配當及び金利が攣化するものとすれば︑株式の實債も時の経過と共に攣化する︒
bかし如何なる人も或特定の株式會杜の未來の配當を完全に豫測することはできない︒近い將來の豫測すら
禿分になし得ないし.叉實に歎年間よりも長きに亙つては何人も豫測し得べき筈のものではないのである︒こ
の近き將來についても株式の實債を噺定せんとすれば將來の株式配當を決定する材料に就いて見なければなら
ない︒此の將來の株式配當を決定する材料は即ち株式の實慣を決定するものであるが︑凸その諸要素を畢げると
dA経螢内部の問顕に關聯して
経螢の物的要素弓経螢資金の源泉及び用途の構成及び経螢成果︑・
経螢の人的要素‑維螢者の能力︑経螢政策の性向
B経螢外部ρ問題に關聯して
経螢に封する特殊的影響の要素卜‑維螢給付の探算及び需給
維螢に封する一般的影響の要素ー景氣の諸事象
此庭に維螢内部の問題と外部の問題とを分つたのは︑経螢にとつて能動的なる事象と受動的なる事象とを別
にしたのである︒これは維螢自身の能力の如何に依るか否か︑維螢自身の責任であるか否かを標準としたが︑
あらゆる経螢経濟的問題についてこの匠別はもとより常に戴然としてはゐない︒殊に或一経螢に封する外界よ
りの特殊の影響として維螢給付の探算歌態及び需給歌態の攣化をあげたが︑これは輕螢にとつては與件たる性
質の問題であると同時にまた経螢自盟の能力の問題である方面をも有する︒更に此塵に特殊的影響と一般的影
響とを分つたけれどもこれも相封的な匠別である︒例へば布地の探算及び需給は繊維工業全罷の問題であり寧
株式債格と経螢債値(木村)山ハ五
六六
ろ一般的景氣の問題であるが︑綿布の採算及び需給は綿紡綿織布業の問題であり︑特種の綿布の探算及び需給は
主として其を製造してゐる者のみの問題である︒斯くの如く右の分類は一懸の匠分を示すのみのものである︒
此等諸要素の現在を観察し再それを基礎に將來を豫測すれば︑その會肚の將來の配當が豫測され︑これを特
定の金利で割引いて實債が決定されるのである︒この故に株式實債の決定要素は評債封象たる配當金の多寡を
左右する諸要素の外に評債標準たる金利を加へなければならない︒この場合の金利としては銀行が預金に封し
て附する利率を用ふるを適當とする︒配當金に攣化なければ︑金利が上るときには株式の實債は低下し︑金利
が下るときには實債は高昇する︒金利が上るときには所有株式を費つても預金をなすといふ傾向叉は貸入金を
以て株式を購入することをひかへるといふ傾向が生じ︑そのために株債は下降の傾向を有し︑金利が下るとき
にはその反封の傾向になることは當然である︒しかし乍ら金利の攣化は評債標準の憂化であるばかりでなく︑
経螢の物的要素に封しても維螢資金源泉構成の攣化の原因ともなり︑叉直接に経螢成果に影響し︑更に景氣事
象の重要な一環でもあつて︑斯ぐして叉評債封象の側の攣化であることは注意を要する︒故に金利の攣化とい
ふ一現象は評債の封象と標準との爾側から二重に株式の實債の決定に影響する︒
此等諸要素に就いて長い未來の豫測ができないので株式の實債も豫測できない︒近い將來の配當と金利とは
その豫測は比較的容易であるが︑實便の決定に當つては近い將來の配當と金利との方が遠い未來のそれよりも
比較的重要であるかち︑殊に多激の投資者が競つて株式實債を正確に算定せんとするとき︑その結果が非常に
▼不正確であるとも考へられない︒それ故現實の株式便格の中には株式實償が或程度に表現されてゐると考へ得
られる︒
現實の株式債格が株式の實債をどの程度に表現してゐるかは興味ある問題であるが︑これを詳論することは
本稿の目的外にある︒とにかく現實の株式市場債格は毎日攣化し或ひは一日に数回攣化するけれども︑且その
攣動の幅は決して小さくないが︑之がすべて實債の攣動であり︑叉はそれを反映してゐるとも考へられない︒
本稿の課題とする所は経螢債値を表はすものとしての維螢指数と株式債格とを比較するに在るが︑この場合の
株式債格は市場に於ける投資者の株式實債評債の結果の表現であるから︑現實の株式債格から斯るものを抽出
しなければならない︒これは嚴密には不可能と思はれることであるが︑實際手段として︑一定期間の株便の干
均を探る外手段はない︒
幽昌・
経螢指歎の目的は経螢の全般について︑期間比較及び個艘比較を爲すにある︒但し︑維螢の全般を覗野に入
れてゐると言つても︑覗野の廣さと適確さとは︑勿論︑脛螢指歎の唯一の材料である決算報告書︑殊に貸借封
照表に全然依存してゐるのである︒それ故何はともあれ︑決算報告書が正しく作成されてゐなければそれを材
料として算出された経螢指歎は無意味である︒然るに遺憾ながら多数の人々‑は株式會就が公表する決算報告書
橡式偵絡と経螢債値(木村)六七