修士論文要旨
(2008
年度)ワイドギャップ化合物半導体の 2 次非線形光学定数精密測定
Accurate measurements of second-order nonlinear-optical coefficients of widegap semiconductors
電気電子情報通信工学専攻 佐藤 弘章
Hiroaki SATO
1. 緒言
レーザの動作波長域を拡大するために,非線形光学効 果を用いたレーザ光の波長変換は今や必須の技術となっ ている.適切なレーザ材料が存在せず直接レーザ光を得 ることができない波長に対して,波長変換というのは極め て有効な手段である.例えば,緑色ではレーザ光を直接得 ることができないため,基本波波長
1064 nm
を波長変換 し,この半分の波長である第2高調波532 nm
を得るとい う2
次の非線形光学効果を用いている.具体例として,波 長変換材料に定比組成LiTaO
3(熱伝導率 8.8 W/mK [1],
d
33=13.8 pm/V [2])
を用いた20.8 W
の高出力緑色光発 生が挙げられる[3].
波長変換材料を選択するうえで重要なことは,その材 料が波長変換を行う波長で透明であるか,熱伝導率や光 損傷閾値が高いかどうか,さらに,2次非線形光学定数
d
の値がいくらであるかということであろう。特に,2次非 線形光学定数は波長変換の効率を決定付ける物理量であ り,波長変換デバイスを設計するうえでも,また,作製 したデバイスの性能を評価するうえでも,その正確な値 を用いることが必須である.我々は,現在ワイドギャップ化合物半導体の中でも
SiC
に注目している.SiCは熱伝導率がSi
の3
倍,絶縁破壊 電圧がSi
の10
倍という大きな値を持ち,次世代のパワー デバイス用半導体材料として有望である.実は,SiCの もつこれらの特性は,高出力光デバイスとしても極めて 望ましい.さらに,バンドギャップエネルギーが3.2 eV
であるので可視光全域で透明であり,2次の非線形光学効 果に対して活性であるのでレーザ光の波長変換が可能で ある.したがって,次世代の高出力可視光発生用波長変 換材料としても非常に有望である.しかしながら,波長表
1:
過去に報告された6H-SiC
の2
次非線形光学定数 報告者d
31(pm/V) d
33(pm/V) S. Singh et al. [4] 8.1 -13.5 P. M. Lundquist et al. [5] 5.0 -50
S. Niedermeier et al. [6] 4.0 -24
変換の効率を決定付ける
2
次非線形光学定数の値は,SiC についてこれまでにいくつか報告されているが(表 1),測
定者ごとのばらつきが大きく,また,測定に用いられた 試料の質,測定精度の点から見てもら信頼できる値が無 いのが現状である.以上のことから,高品質なSiC
バル ク単結晶に対して精密な測定を行い,2次非線形光学定数 を正確に決定することを本研究の目的とした.2. 2 次非線形光学定数の測定法
2
次非線形光学定数の測定法として最も代表的なもの に,回転型Maker
フリンジ法とウェッジ法がある.両者 とも,試料に基本波を入射した際に発生する第2
高調波 パワーを測定することで,その2
次非線形光学定数を決 定する方法である.ウェッジ法とは,入射端面と出射端面 が一定の角度をなすような楔形の試料に基本波を垂直入 射し,光路に対して試料を垂直(テーパー方向)に移動 させ,発生する第2
高調波パワーの試料厚さ依存性を測 定する方法である.一方,回転型メーカーフリンジ法は,平行平板試料を入射端面に平行で光路に垂直な試料内の 軸で回転させ,発生する第
2
高調波パワーの基本波入射 角依存性を測定する方法である.どちらの場合でも,試料 内部における基本波および第2
高調波の多重反射干渉の 影響が測定データに顕著に現れるため,その効果を厳密 に考慮した理論解析を行うことが,2次非線形光学定数を 正確に決定するためには不可欠である.ウェッジ法では,試料内で多重反射したビームが完全にオーバーラップし 干渉が生じるという多重反射効果が起こる条件下で測定 を行うので,理論解析が比較的容易であるが,薄くかつ ウェッジ角の小さい試料を作製することが難しい.一方,
回転型
Maker
フリンジ法は,平行平板試料を作製するのは比較的容易であるが,試料内部で多重反射を繰り返す ビームのオーバーラップの度合いが入射角に応じて変化 するため,理論解析が複雑になってしまう。したがって,
本研究では互いの欠点を補うため,回転型
Maker
フリン ジ法とウェッジ法の双方を用いて,2次非線形光学定数の 精密測定を行った.3. SiC の 2 次非線形光学定数の測定
3.1
非線形光学材料としてのSiC
SiC
は積み重なり方向(c
軸方向)に対して多様な積層構 造をとる結晶多形(ポリタイプ)現象を示す。今回,比較 的大型で他のポリタイプの混入のない高品質なバルク単結 晶を入手できる,積層方向の一周期中に含まれるSi-C
原 子単位層の数が4
ないし6
の4H-SiC
および6H-SiC(と
もに六方晶)を測定した. 4Hおよび6H-SiC
は点群6mm
に属するので,3
つの独立なd
テンソル成分d
15,d31,d
33を持つ.
3.2
回転型Maker
フリンジ法による測定SiXON
製(0001)基板 6H-SiC(6 × 6 × 0.4 mm)と SiXON
製(0001)
基板6H-SiC(6 × 6 × 0.4 mm)
の2
種を回転型Maker
フリンジ法を用いて測定を行った.今回用いた測定系を図
1
に示す.測定光源として,波長1.064 µm
のQ
スイッチNd:YAG
レーザー(パルス幅100ns,繰り返
し周波数5 kHz,パルスエネルギー 40 µJ)を用い,ビー
ム半径655 µm
の平行光として試料に入射した.試料を0.05
◦ずつ回転させながら,試料から発生する第2
高調波 を光電子増倍管(PMT:Photo multiplier tube)
により検 出した.Boxcar-Integratorを用いて1
測定点あたりあた り1000
パルス分平均化した.レーザの揺らぎを補正する ために基本波からのビームを2
つに分け,一方を有機の 非線形光学材料の粉末であるPNP
に入射させ,PNPか ら発生する第2
高調波パワーにより,試料からの第2
高 調波パワーの測定値を規格化した.すでに正確な値が決 まっている水晶(d11= 0.30 pm/V [7–9])の第2高調波
パワーと比較することによって,間接的にSiC
の2次非 線形光学定数を求める相対測定を実施した.(0001)
基板6H-SiC
を用いた回転型Maker
フリンジ法 による測定では,基本波s
偏光,第2
高調波p
偏光(s - p)
の偏光配置でd
31を決定でき,基本波45
◦偏光,第2
高調 波s
偏光(45
◦- s)
の偏光配置でd
15を決定できる.さらに,基本波
p
偏光,第2
高調波p
偏光(p - p)
の偏光配置では,出射する第
2
高調波にはd
15, d
31, d
33の3
つの成分の寄与Nd: YAG
Laser PMT
DMM ConverterI-V Boxcar
Integrator Boxcar
Integrator ConverterI-V
PC Half-mirror
IR-cut FilterPNP
λ/2 Plate
Polarizer
IR-Pass Filter
Analyzer
IR-cut Filter Harmonic Separater Sample
PMT DMM
図
1:
回転型Maker
フリンジ法で用いた測定系.0 10 20
0.05 0.1 0.15
20 30 40
0 0.05 0.1 0.15
40 50 60
0 0.05 0.1 0.15
Incident Angle (degree)
SH Power (a. u.)
図
2: (0001)
基板6H-SiC
でのd31測定結果.白丸が実験値,黒 の実線が解析手法[11]
によるフィッティングを表す.(s
偏光基 本波入射,p
偏光第2
高調波出射).40 50 60
0 0.5 1 1.5
20 30 40
0 0.5 1 1.5
0 10 20
0.5 1 1.5
Incident Angle (degree)
SH Power (a. u.)
図
3: (11¯ 20)
基板6H-SiC
でのd33測定結果.白丸が実験値,黒 の実線が解析手法[11]
によるフィッティングを表す.(s
偏光基 本波入射,s
偏光第2
高調波出射).が含まれているので,d15と
d
31をあらかじめ決定してお く必要がある.一方,(11¯ 20)
基板6H-SiC
を用いた測定で は,基本波p
偏光,第2
高調波s
偏光(p - s)
の偏光配置でd
31を,基本波s
偏光,第2
高調波s
偏光(s - s)
の偏光配 置でd
33を,基本波45
◦偏光,第2
高調波p
偏光(45
◦- p)
の偏光配置でd
15を測定することができ,3つの成分すべ て独立に決定できる.例として,(0001)基板6H-SiC
に対 して基本波s
偏光,第2
高調波p
偏光の偏光配置で測定 を行った結果(d31の測定結果)を図2
に,また,(11¯20)
基板6H-SiC
に対して基本波s
偏光,第2
高調波s
偏光の 偏光配置で測定を行った結果(d33の測定結果)を図3
に それぞれ示す.大きなフリンジの周期に多重反射の干渉 による細かい振動が重なっているのが非常によくわかり,均質性が良好で平行度が高く,屈折率の大きな材料
(SiC
は2.6
程度)に対して極めて精密な測定が行われていると いうことを示している.これは,試料内部での基本波・第 2高調波双方の多重反射による干渉効果の影響で,2次非 線形光学定数を正確に決定するためには,この多重反射 干渉効果を考慮した解析が必須である.さらに,SiCのよ うな高屈折率材料に対して回転型メーカーフリンジ法で測定を行うと,試料内部で反射を繰り返す基本波ビーム および第
2
高調波ビームどうしが互いに部分的に重なっ た状態になる.従来の解析手法[10]
では,このビームが 部分的に重なることによる多重反射干渉効果の変化の影 響を考慮できず,正確な値を測定することができなかっ た.しかしながら,我々は,試料内部における多重反射 干渉効果とビームの部分的な重なりによる影響を考慮に 入れた新たな理論解析手法を確立した[11].この手法に
より解析を行った結果,(0001)基板6H-SiC
を用いた測 定では,d31= 6.7 ± 0.3 pm/V,d
15= 6.4 ± 0.3 pm/V,
d
33= 9.7 ± 8.0 pm/V
となった.一方,(11¯20)
基板6H- SiC
を用いた測定では,d31= 7.0 ± 0.4 pm/V,d
15= 6.6 ± 0.3 pm/V,d
33= 12.2 ± 0.6 pm/V
となった.しか し,(0001)基板6H-SiC
を用いたd
33の測定では,出射 する第2
高調波パワーへのd
33成分の寄与があまりに小 さいため,本質的に誤差が大きくなり,一番大きいであ ろうd
33の値の比較を行うことができなかった.したがっ て,d33の値を含めて,さらに比較を行うためにウェッジ 法による測定が必要であるという認識に至った.3.3
ウェッジ法による測定ウェッジ法による測定では,同じ面方位でメーカーが異 なる
6H-SiC
試料2種と,ポリタイプのことなる4H-SiC
試料用いて測定を行うことにより,回転型Maker
フリン ジ法における(0001)
基板6H-SiC
を用いた測定で問題と なったd
33の値を含め,測定で得られた値を比較するこ とにより,SiCの2
次非線形光学定数の値を確かなもの にすることができるであろう.ウェッジ法では,3つの成分すべてを測定するためには
(11¯ 20)
面に対して測定を行う必要がある.しかし,(11¯ 20)
基板を商業的に得ることができないため,安定した高品 質な結晶を得られる(0001)
基板から切断加工を施した試 料を用いて測定を行った.今回,Intrinsic Semiconductor 製とSiXON
製の6H-SiC 2
種と,Cree製の4H-SiC 1
種 の計3
つの(0001)
基板(8 x 8 mm,
厚さ0.4 mm)
を準備 した。そこから,[11¯20]
軸と垂直な側面((11¯20)
面)を0.4 x 8 mm
のサイズで切り出し,これを厚さ〜100µm,
ウェッジ角〜0.15◦に研磨加工した.表
2
に示すように,3
表
2:
ウェッジ法により測定した試料製造元
Polytipe
面方位 厚さ[µm]
ウェッジ角SiXON 6H (11¯ 20) 95 - 115 0.15
◦I.S.
a6H (11¯ 20) 95 - 115 0.15
◦Cree 4H (11¯ 20) 95 - 115 0.15
◦a Intrinsic Semiconductor
1.5 1.0 0.5 0.0
SH Power (a.u.)
114 112
110 108
106 Sample Thickness (mm)
図
4: (11¯ 20)
面SiXON
製6H-SiC
ウェッジ試料のd33に対する 第2
高調波の試料厚さ依存性.
白丸が測定値を実線が理論解析 手法[2]
によるフィッティングを示す.
0.2
0.1
0.0
SH Power (a.u.)
114 112
110 108
106 104
Sample Thickness (mm)
図
5: (11¯ 20)
面Intrinsic Semiconductor
製6H-SiC
ウェッジ試 料のd31に対する第2
高調波の試料厚さ依存性.
白丸が測定値 を実線が理論解析手法[2]
によるフィッティングを示す.
0.4 0.3 0.2 0.1 0.0
SH Power (a.u.)
114 112
110 108
106 104
Sample Thickness (mm)
図
6: (11¯ 20)
面Cree
製4H-SiC
ウェッジ試料のd15に対する第2
高調波の試料厚さ依存性.
白丸が測定値を実線が理論解析手 法[2]
によるフィッティングを示す.
つの試料すべてに同じ加工を施した.これらの試料では,
試料内で多重反射を繰り返すビーム同士がほぼ重なると いう条件を満たし,ウェッジ法における多重反射干渉効果 を完全に考慮した解析
[2, 12]
により,正確な値を求める ことができる.ウェッジ法では,回転型
Maker
フリンジ法と同様の測定系(図
1)を用いた.ただし,試料の入射端面のサイ
ズ
0.4 x 8 mm
に十分収まるように,基本波をレンズで37 µm
に集光して,試料に対して垂直に入射した.基本 波と第2
高調波の偏光方向をともに[0001]
軸と平行にす るとd
33が測定でき,基本波の偏光方向を[0001]
軸と垂 直,第2
高調波の偏光方向を[0001]
軸と平行にするとd
31が測定できる.さらに,基本波の偏光方向を
[0001]
軸か ら45
◦傾け,第2
高調波の偏光方向を[0001]
軸と垂直に するとd
15が測定できる.このように,基本波と第2
高調波の偏光配置を変えることにより,3つの成分すべてを 独立に測定することができる.
例として,図
4
にSiXON
製6H-SiC
のd
33測定結果を,図
5
にIntrinsic Semiconductor
製6H-SiC
のd
31測定結 果を,さらに,図6
にCree
製4H-SiC
のd
15測定結果を それぞれ示す.図3-5
からわかるようにMaker
フリンジ に,多重反射干渉効果特有の細かい振動か重なった様子 がはっきりとわかり,測定範囲全体において均質で高品質 な結晶でかつ精密な測定が行われたといえる.また,実 験値と理論曲線が非常によく一致していることもわかる.コングルエント
LiNbO
3(d33= 25.2 pm/V [2])との相
対測定の結果,非線形光学定数は表3
のようになった.表
3:
ウェッジ法により測定した4H
と6H-SiC
の2
次非線形光 学定数(カッコ内は誤差)試料
d
31[pm/V] d
15[pm/V] d
33[pm/V]
6H (SiXON) 6.5 ( ± 0.3) 6.3 ( ± 0.3) 12.3 ( ± 0.6) 6H (I.S.) 6.5 ( ± 0.3) 6.6 ( ± 0.3) 12.9 ( ± 0.6) 4H (Cree) 6.5 ( ± 0.3) 6.7 ( ± 0.3) 11.7 ( ± 0.6)
3.4 SiC
の2
次非線形光学定数の決定回転型
Maker
フリンジ法を用いて,面方位が異なるSiXON
製(0001)
基板6H-SiC
およびSiXON
製(11¯ 20)
基板
6H-SiC
を測定した結果,本質的に誤差が大きくなってしまう
(0001)
基板d
33の測定を除くd
15,d31におい て誤差の範囲で値が一致した.さらに,ウェッジ法を用 いて,製造元の異なるSiXON
製(11¯ 20)
面6H-SiC
およ び,Intrinsic Semiconductor製(11¯ 20)
面6H-SiC
を測定 した結果,d15,d31,d33のすべての成分において誤差の 範囲で値が一致した.さらに,回転型Maker
フリンジ法 の(0001)
基板d
33測定を除き,両測定法間においてすべ ての成分でそれぞれ誤差の範囲で値が一致した.以上の ことから,6H-SiCの2
次非線形光学定数をそれぞれd
31=6.7 pm/V, d
15=6.5 pm/V, d
33=12.5 pm/V
と決定した.また,ウェッジ法にて同様に測定を行った
4H-SiC
についても精密な測定が行われているといえる。したがって
4H-SiC
の2
次非線形光学定数をそれぞれd
31=6.5 pm/V, d
15=6.7 pm/V, d
33=11.7 pm/V
と決定した.
4. 結論
複数の高純度試料に対して,ウェッジ法および回転型
Maker
フリンジ法による精密測定を行い,多重反射を厳密に考慮したデータ解析により
4H-SiC
および6H-SiC
の2
次非線形光学定数の正確な値を明らかにした.現在,本研究での一連の測定法を用いて,GaNの
2
次 非線形光学定数測定を行っている.GaNにおいても同様 に,2次非線形光学定数の正確な値を明らかにできるであ ろう.さらに今後,AlNの2
次非線形光学定数の測定を 行う予定である.ともにワイドギャップ化合物半導体であ るGaN
やAlN
は,紫外域で透明で,水晶に比べて2
次 非線形光学定数がはるかに大きい可能性があるので,高 効率な紫外光発生用波長変換材料となりうることが期待 される.謝辞
本研究に取り込むにあたり,多くの御指導と御助言を 戴いた庄司一郎准教授に深く感謝いたします.また,共 同研究者の近藤高志准教授(東京大学),須田淳准教授
(京都大学),阿部真(東京大学)の各氏に深く感謝いた します.
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