光ファイバー通信を語る上で,いくつかの大きなエポッ クがある.そのひとつに 1989 年の Er3+添加光ファイバー 増幅器( EDFA: Er3+-doped fiber amplifier )を用いた 212 km 無中継光伝送実験の成功が挙げられ,これを契機に光 通信システムの長スパン化に拍車がかかった.また,複数 の異なる波長に信号を重畳する波長多重( WDM: wave- length-division-multiplexing)技術は光ファイバー 1 芯あた りの情報伝送容量を飛躍的に増大させた.1.6 Tbit/s(=40 Gbit/s×40 波)の 510 km 無中継光伝送システムの実用化 は,EDFA による光ファイバーへの高入力光電力化と光通 信システムの WDM 化が果たした役割の大きさを示すもの といえる.光ファイバーへの平均入力光電力と伝送速度の 間には経験則として,1 mW/Gbit/s の関係がある.これ は 1 Gbit/s の伝送速度に対して 1 mW の平均入力光電力が 必要となることを意味し,100 Gbit/s を超える伝送速度に 対して 0.1 W 以上の平均入力光電力が必要となる.単一 モードファイバーを例に考えると,0.1 W の入力光電力に 対して光電力密度は 100 kW/cm2を超える.光ファイバー 中でさまざまな非線形光学現象が顕著となる要因は,この ような高い入力光電力密度と,光ファイバーの低損失性に よる光と媒質の長い相互作用長である.光通信で非線形光 学効果がクローズアップされる背景は以上の通りである. さて,本書は「光通信を勉強する大学院レベルの読者を 想定」して書かれた「非線形ファイバー光学」のテキスト であり,その章構成は以下の通りである. 第 1 章「光ファイバー通信と非線形現象」は,光ファイ バーの振舞いを理解するための基礎的事項と,光ファイ バー中の非線形光学効果がなぜ問題視されるかの背景が述 べられている. 第 2 章「非線形分極」は,第 3 章以降の非線形光学効果 を理解するための下敷きとして用意されたものであり,光 ファイバー中では三次の非線形分極が重要な役割を果たす ことが述べられている. 第 3 章「四光波混合」と第 4 章「光ファイバーにおける 四光波混合」は,WDM 伝送システムの波長チャネル配置 を議論する上で重要な章である.これは光ファイバー中で 発生する四光波混合によりチャネル間クロストークが生じ るためであるが,著者自身がかつて精力的に研究した内容 を多く含んでおり,実験データも豊富である. 第 5 章「自己位相変調」では,光パルス自身や強度変調 光自身に起因した光強度の時間変化により屈折率が時間に 依存して変化するため,スペクトル広がりを起こる.これ は信号光の波形に影響する. 第 6 章「相互位相変調」は自己位相変調同様,光カー効 果に起因した非線形現象である.ただし,他の波長チャネ ルの光強度変化に起因して信号光波形が影響される. 第 7 章「光パラメトリック増幅」は四光波混合過程を介 して発生した光が成長し,位相整合条件を満足しつつ元の 入射光をも成長させる増幅過程である.光パラメトリック 過程の丁寧な説明に加え,変調不安定性にも触れている. 第 8 章「ラマン散乱」と第 9 章「ブリリュアン散乱」は 光ファイバー中の非線形光散乱現象を扱った章であり,発 生の起源,誘導散乱,増幅過程について述べられている. 特に注目の内容はファイバー・ラマン増幅器である. 第 10 章「周期分極反転デバイス」と第 11 章「半導体光 増幅器の光非線形性」は光ファイバーとは直接関連しない テーマであるが,本書はこれらについても解説している. 本書は著者の研究成果を含み,かつ一人称で語られてい る点に好感が持てる.残念なのは,参考図書はともかく, 本文の内容に関連する先駆的研究に関する参考文献が示さ れていないことである.察するに,「本書一冊で光通信に 関連する非線形ファイバー光学は学べる」との著者の自負 がそこにはあるのかもしれない.閑話休題,光ファイバー 通信の研究開発に携わる技術者や大学院生に薦めたい一冊 である. (日本大学工学部 柴田 宣) 594(36) 光 学
「ファイバー通信のための非線形光学」井上 恭 著
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