Society for the Study of Pali and Buddhist Culture
NII-Electronic Library Service
Soolety for the Study of Pall and Buddhlst Culture
南 方
上座
部
仏
教
にお
け
る修 行
の理
論
と
実 践
タイ と ミ ャ ン マ ー の現
地調査に基づ い て 金宰
晟 (正 圓)
1
. 調査の 目的周知の ように,
A
.D
.5
世紀 のBuddhaghosa
の 著 作 であ る 『清 浄 道 論 』 (VtSuddhimagga
, 以 ドVism )は, 理論 と実 践 との 両 面におい て南 方 上 座部 仏 教で最 も重要視されて きた書 物で ある。 このVism
とい う文献を 中心 と し て南方上座 部仏教の修 行 道 を研 究してい る筆者は, 現地調査に基づ い た実際 の 南 方lt
座部仏教の現 状 を理 解 する こ と に よっ て文献研 究 を補 うこ と を試み た。 その 結果の 部 分 を纏めたの が, まず タイ とミャ ン マ ーで の修行道場 に 関 する調 査の報 告であるω 。 タ イ とミャ ン マ ーの 主な修行道場 に対 する現 地 調 査に基づ い て,現 在の 南 方上座部 仏 教に お け る修行の 実態を その 理 論と実 践の 面 か ら考 察 して , (1)現 在の 南方上座 部 仏教に対する理解を求め る こ と, (2)南方上 座部仏 教 におい て 伝統 的 な修 行の 理論と実践と現在の そ れとの 関係 を理解する こ と, (3)多様な 修行法を調 査 しそ れ らの差異点を探る こ と, (4洛 修行法の特 性 を把 握 する こ と, 等が本 調査 研究の 目的で あっ た。2
。 調査に用 い た資料 と調 査の眼 界 2.1 調査に用 い た資料 今 回の 調査 研 究には, 次の 三つ の 資 料が非常に参考になっ た。(1> Bill Weir , A
guide
teBuddhist
monasteries and meditation centersin
Thailand
,Bangkok
:WorldFellowship
ofBuddhism
.1991,3rd
. edition .38 /i・一リ学:{ム教 文イ匕己茎
(211
Jack
Kornfield
, LivingDhamma
:Teachings
of「
rwelve
Buddhist
Adiasters’. Boston & London :
Shambhala
Publications
.1996
.(1st
editionas
Living
Buddhist
masters . SantaCruz
,
Calif
.:Unity
Press, 1977丿〔3)
Ke
WimaEawansa
, 「 上座 仏 教三国に お ける瞑想の 調 査 報 告タイ ・ ミャ ン マ ー ・ス リラ ン カー 一」 (『パ ー リ学仏 教文 化 学」 第
8
号,1995
) pp.83
−97
. タ イ で の 調 査の 際には , 主 に(D
を参照 し, (3)と(2)を補 助 資 料 と し て利 用 し なが ら調 査 する こ とが出来た。 ミャ ン マ ーで の 調査の 際には, (2)と(3
)を中心 と し, 現 地で得た情 報 を加 え なが ら調査する こ とが 出来た。U
>に は, 寺院と 修行セ ン ターの 住 所や具体 的な情 報が示さ れ大い に参考に なっ た。 従っ て, 調 査対象の 羽浣や修行セ ン ターを選ぶ時に も常に上 の 三つ の資料を参照 しな が ら現地 での 情報も利用 した。 2.2 調査の限界 今 回の 調査の 限 界につ い て簡単に述べ て 置 きたい 。 2.2.1 言葉の 問題 タイ と ミャ ンマ ーを現 地調査の 対象に し な が ら本調査担当者は タ イ語 とミ ャ ンマ ー語 が 出来な か っ た こ とが もっ とも大 き な問題であっ た。 が, 英語 を コ ミュ ニ ケー シ ョ ン の手段 と したの が今 回の調 査を 可能に し た。 タ イで は, 英語 が 通 じな かっ た寺 院 もあっ たが,Dhammakaya
Foundation
の僧侶達の 協 力を得て調査が出 来た。 ミ ャ ン マ ーでは ,1
,2
個 所を除い て英 語が 通 じ 無事に調 査を行 うこ とが 出来た。2
.2
.2
調査対 象の限定の 問 題 時間 と予算の 聞題で, 調 査が 出来な か っ た重要な寺院 と修行セ ン タ ー も多 か っ た 。 特に, タ イの 東北 地 方の 調 査の 際に は ,Alahn
Mun
の 修行伝統が 現在 活発に行わ れ てい る Udon Thani 等の 地域を調査する こ と がで きな か っ た。 ミ ャ ンマ ーで は , 様々 な修 行セ ン ター が首 都ヤ ン ゴ ン にあっ たの で, 計 画に従っ て調査 するこ とが 出 来 た が, ヤ ン ゴ ン以外の 地域で の修 行の 実 態Society for the Study of Pali and Buddhist Culture
NII-Electronic Library Service
Soolety for the Study of Pall and Buddhlst Culture
南方上 座部仏教にお け る修 行の理論と実 践 を調べ る必 要性が あ るこ とも確かである こ と はい うまで もなかろ う 。 39
3
、 調 査経過 3.1 タ イ 調査 期 間 1995 年12 月9
日〜1995
年12
月25
日タイは地域 的に大 き 〈
1
几[つ に区分されて い る。 東北 地域 ・北部地 域 ・南 部 地 域 ・バ ン コ ク を含む中部 地 域が その四つ の 地域で あるe こ れ らの 地 域に よ っ て 修 行の 伝統に も各々 特性が見られ る 。 各地 域 を中心に主 に実 践 され て い る修 行法を調 査 した。3
.f
.1
タ イ東北 地域 で の調 査
Ubon Ratchathani を中心と して一 一..
こ の地域 は, Alahn
Mun
(1870
−1949
)(2) に よっ て復 活 され た 森の 修行 伝統 (
Forest
practice
tradition,dhutartga
) (3)が 強 く残 さ れ
, 今で も多 くの寺
院で こ の修 行伝統が脈々 と実践 さ れ てい る。 タ イ東 北 地 域で は
Ajahn
Mun
の 森の 修 行伝統の 流 れの 中で Ajahn
Chah
の 教え が実践 さ れ てい る UbonRatchathani
を中心 として 調 査が行わ れ た。 東 北 地域 で, 今 回の 調 査が 及 ばなか っ た重 要 な寺院の 一 つ は
,
Ajahn
Mun
の直弟 子 で あ るAjahn
Maha
Boowa (
1914
−)が活 動 してい るUdorn
Thani
の Wat
Pah
Ban
Thad
であっ た。
Udorn
以 外に もLoei
,Nakhon
Phanom ,Sakon
Nakhon
,Nongkhai
等の 地域で もAjahn
Mun
の修 行 伝 統は強 く行わ れて い る。 ま さ に タ イの 東北 地 域 は,
Ajahn
Mun
の 修行 伝 統が どこで も見られる地 域である。 今回調査 した
Ubon
Ratchathani は,1992
年亡くなっ たAjahn
Chah
の 教 えの 影響力が強く残さ れ て い る地域で あっ た。 調 査 した修行セ ン ターや寺院は次の よ
うで ある。
3
、1.1.1Wat
Pah
Nanacha
(lnternationalForest
Monastery )Ajahn
Chah
(1918−1992
)に よっ て1975
年 度設立さ れ た外 国 入 (主に西洋 人)の ため の 修 行セ ン ター。 よ く整えら れ た環境の 中で 森の 修行の ため に は 最適な寺 院の …つ で あるこ とがす ぐ目に 入 る風 景で あっ た。Ajahn
Chah
の 最初の西洋人の 弟 子(ヰ〉であ るア メ リカ出 身のAjahn
Sumedho
(1934−)(s)が 初 代 院長 を務め ,現 在の 院長 は, カ ナ ダ 出身の AjahnPasanno
(1950−)で N工 工一Eleotronlo Llbrary4〔} ノN’一リ莓自イム教文
i
曁堂 ある。 ここ で筆者は ,森の 中の電気 も ない 小屋 (kuti)で 一夜 を過ご して , 翌 ロの 午前, 院 長 とのinterview
の 機 会 を得 た。 修 行 法と して は,Ajahn
Chah
の 教 えを中心 に, 『出 入息念経 』 (A
.napanasati −sutta )(6)に説か れ てい る 出入 息 念 (anapanasati)が 主 に用い ら れてい る とい う。3
.1
.1
.2
Wat
Nong Pah Pong1954
年, AjahnChah
に よっ て設立 され た寺 院。 Ajahn Mun の 教えに従っ て , 森の 修 行 を行 う良い 環 境 を備 えて い る。
1992
年,Ajahn
Chah
が 入 滅した後, 数少ない 僧侶が住ん で い る。 筆者が訪 問 した
1995
年12
月14
日には,タイの僧侶
20
名が住んでい た。 雨安居には, 約100
人程 度の 僧侶が修 行 を行っ てい る とい う。 こ の 寺 院には外国人 はい ない 。 外国人が来れ ば, Wat
・Pah
Nanacha を紹介する と今の 院長
Ajahn
Lecam
はい う。 この 寺院の 分 院は,タ イ国内で
115
個 所, 海外に10
個所が ある。Ajahn
Chah
記念博物 館や 舎利塔がある。 修 行 法は
Wat
Pah
Nanacha
と同 じであ る とい う。3
.1
.1
.3
Wat
Pah
Wana
Potiyan
Wat Non 瑟Pah Pong の 分 院。 Ajahn
Chah
が 生前に よ く過 ご し た小屋 がある。 総 面 積 若千 acre の 広い 寺 院。
25
個 所の小 屋が広い 森の 中に所々 散 在して い る。 しか し, 現在は
6
人の比 匠 と1
人の沙 弥 しか住 ん で ない 。 修 行 法は
Wat
Pah
Nanacha
と 同 じ。 案内 した /人の 比丘 (Kittiyahno Bhikkhu 当時
22
才)は,1
日 に1
,2
時間の 坐禅を行い 主 に出入息 念 を修め て い る という。 修行法は
Wat
Pah
・Nanacha
と同 じである。3
.1.2
タ イ北 部地域で の調 査一
Chiang
Mai
を中心 と してChiang
Mai
を中心 と してい る タ イ北 部地域で は, 東北 地域と は異なっ て,Mahas
{Sayadaw
の vipassana 修行法を中心 に して ミャ ン マ ーの修行法が多 くの 寺院や 修 行セ ン ターで行わ れ てい るこ とが特色であ っ た。Wat
U
Mong
の よ うに タイ南 部の
Suan
Mokkh
のAjahn
Buddhadasa
の 教 えを主に実践して い る寺 院 もある。
3
.1.2
.1Wat
Ram
Poeng
Northern
Vipassana
Meditation
Center
Society for the Study of Pali and Buddhist Culture
NII-Electronic Library Service
Sooiety for the Study of Pali and Buddhist Culture
」塹方 ヒ座部 仏 教1量i按旦 る修行の 理 論 と実蝶 4ユ
Wat
Ram
Poeng
Northern
VipassanaMeditation
Center
を訪 問。 約7
年間,こ こで修 行 して い る韓 国の 僧 侶 (眞 用 師
, 36 才)に会い , 韓国 語で こ のセ ン
ターで の 修 行 法や指導法等に関 し て詳 し く説 明 を聞い た。 修 行 法は, ミ ャ ン マ ーの
Mahasi
Sayadaw
のvipassana 修 行法で ある。 こ の 寺 院で の vipassana修行の 指導は, 若い と き, ミャ ンマ
ーの
Mahasi
Meditation
Center
で
2
年余の 間修行 を し た
Ajahn
Tong
(Phrasupromayana
Thera,
1924
−)に よ
っ て
1975年 に始め ら れ, 今日に至る まで
20
余年続 け られてい る とい う。 この 修行セ ン ターは外国人に よ く知られて い るか ら, こ こで は多 くの 外 国 人 とタイ 人
が共に修行を行っ て い る。 現在,
Ajahn
Tong
はChiang
Mai
か ら約60
キ ロ離れ て い る
C
れomThong
のWat
PhraTat
Chom
Thong
で 事多行を指導 して い る と聞 き, 翌 日,Wat
Phra
Tat
Chom
Thong を言方問 し た 。3
.1.2
.2WatPhra
Tat
Chom
ThongChiang
Mai
か ら約60
キ ロ 離 れ て い るChom
Thong
のWat
Phra
Tat
Chom
Thong
を訪問 してAjahn
Tong
に面 会。 修行 法 に関 す る 説明 は,Alahn
Kittiyano
(約60才)か ら聞 くこ とが 出 来 た。 修行 法 は,
Wat
Ram
Poeng と同様の Mahasi 式 vipassana である とい い な が ら, 特に 四念処 を強
調 しこ の 修行 法は長部 『.大念処経
』 に基づ い て い る とい う。
3
.1
.2
.3
Wat ThamTong
Meditation
Center
:次に訪 問 した修行セ ン ターは , Chiang
Mai
か ら南西方面 に86
キ ロ 離れて い るWat
ThamTong
Meditation
Center
で あっ た。 この 修行セ ン ターは山の谷 間に位 置 してい て よい 環 境 を備えて い るが,英 語が通 じ ない ため外 国人
は当時
1
人 もい な かっ た。 AjahnVimalo
(1940−)が修行を指導 して い る 。Ajahn
Vimalo は , バ ン コ ク のWat
Maha
That
で vipassan5 を教 えたAjahn
Rajsiddhimuni
か ら修行の 指導を受けた とい う。 修行 法は Wat
Ram
Poeng
と同様に ミャ ンマ ーのMahasi
Sayadaw
の vipassana 修 行 法で あ る。3
.1.2.4Wat
U
Mong
Chiang
Mai
の 市 内 に位 置 し たWat
U Mong を訪問 し PhraSomjade
Anupatto (
37
才) とPhra
Nattapollntawong
(34
才) との2
人 の 僧 侶 か ら42 パ ー一リ学 仏 教文化 学
Wat
U Mong で の 生活や修行法に関 する説明を聞い た。 こ の お 芋はChiang
Mai
で一番 歴 史が古い 寺 院の 一つ で ある が, 1948年 以 来復 旧さ れ, 1949年,
南 部 タ イの
Suan
Mokkh
とい う 寺院で, 新 しい 仏 教 運 動 を し て い るBuddhadfisa
Thera (1906−1993
) を院 長 と して 招 待 し た が,Buddhadasa
Thera
は代わ りに弟子を送 り, 今のWat
U
Mong
を誕生 させ た。 従っ て ,Wat
U
Mong
で は ,Buddhadasa
Thera
の 教 え に 従 っ て 出 入 息 念(anapanasati)を中心 とした修 行 を行っ て い る。 しか し, こ こ で 住ん で い る 僧 侶の 中には ,
Mahasi
式の vipassana を修 め て い る方 もい る とい い , 修 行 法に関して は厳 しい 制 限は ない こ と を知っ た。 僧 侶 達は , 自由に自分の性 向 に合 う修 行 法 を選ん で修行する こ とがで きる とい う 。3
.1
.3
タ イ南部とマ レー シア の ペ ナ ン 島での調査 タ イ南部の 修 行セ ン ター は少ない 。Weir
(1991
)に も3個 所 しか見 られ ない 。 タ イ 南部で の 代表的な寺 院 と し て はSuan
Mokkh
が有 名で ある。Pha
−Ngan 島にあるWat
Kow
Tham
lnternational
Meditation
Center
で1
ま,
Mahas
童式の vipassana が修 行法 と して 用 い ら れ て い る と報 告 され て い る が , 今回の 調 査は時間の 都 合で 出来 なか っ た。 3.1.3
,1Suan
Mokkh
Chiang
Mai
か らバ ン コ ク戻 り , 再 びバ ン コ ク を 出 発 して 南 部 タ イのSurat
Thani
のChaiya
に位置す る Suan Mokkh を1
人で 訪問。 こ こ で は5
年間
Suan
Mokkh
で 修行し な が ら暮 ら してい る オース トラ リア の 在 家 青 年Nick
Nahlous
(30
才)に 案 内 して もら っ た。 こ こ はAjahn
Buddhadasa
(1906−1993)(9)が1932年に創立 し , 新 しい 仏 教 運 動 (最 初期 仏 教 の 理 念に忠 実に従い なが ら修 行生活を営む事を筋 とする運 動)を始め た寺 院と し て有 名 である。 修行法 (1°1は出入息念 (anapanasati)を中心 と し(11) , 無我 説 と か十 二縁起等の 仏 教 教 理に閧する理解 も重視 してい る。
3
.1.3
.2Malaysian Buddhist
Meditation
Center
(MBMC
)マ レーシア の ペ ナ ン 島で は, マ レ
ー シ ア の在 家信 者
Yoo
Ching
Kett
氏のSociety for the Study of Pali and Buddhist Culture
NII-Electronic Library Service
Soolety for the Study of Pall and Buddhlst Culture
一適方上座部 仏 教に お塗る修 行の理 論 と実 蹉 43 っ て , 宗教 文化 も多様である。 イス ラム教, キ リス ト教, 道教, 大乗 仏教 仲 国系), −
L
座 部 仏 教 (ス リラ ン カ, タイ, ミャ ンマ ー) 等が よ く共 存して い る と聞 く。 今 回の 調 査は, 南方上座部仏教の 修行の 実 態であっ たの で,修 行 セ ン タ… を中心 に して 行わ れ た。 仏 教 寺院 は多い の で あるが, 修 行 を専門に 指 導してい る とこ ろ は少な くて,MBMC
の 一.一個 所 だ け が 調査の 対象になっ た。Malaysian
BuddhistMeditation
Center
(MBMC
) で は, ミ ャ ン マ
ー の
Mahasi
Sayadaw
の vipassana 修 行 法が行 われ て い る。 こ こ で 常住 し なが ら修 行 を指 導 して い る僧 侶 は,
5
年 前, 私 と共 に ヤ ン ゴ ン のParpditarama
Meditation
Center
で 修行を したマ レー シ ア 人のURatha
Bhikkhu
で あった。 彼の 話 に 依 れ ば , こ の セ ン タ ー で の 修 行 の 指 導は , Pa
寧
qitarama
Meditation
Center
の 院 長で あるSayadaw
U
Papdita
の 教 えに従っ て い る と
い っ。
Sayadaw
U Paロ
qita
は, 今年 (1995
)も12
月 1 日か ら15日まで の2
週間の 集中修 行 を指導 した とい う
。 こ の セ ン ター は, こ の よ うに
Sayadaw
UPaロ¢
ita
の 教 えに従っ てMahasi
Sayadaw
の vipassana 修 行 法が行わ れ ている。
3
.1
.4
バ ン コ ク と中部地域 での調 査ペ ナ ン 島か らバ ン コ ク に戻 り,バ ンコ ク とバ ン コ ク周 辺の 中部地域での 調 査を行っ た。 バ ン コ ク で は
2
個 所の 修行セ ン ターを調 査 し , バ ン コ ク周辺 の 中部 地 域で は,4
個 所の 修行セ ン ター を調査 し た。3.1、4.
1
Wat
Maha
That
,Section
s WatMaha
That
は,
18
世紀 に創立 さ れ た以 来, タ イ仏教の重 要なセ ン ターと して機 能 して い る寺院で ある。 こ の 寺院で修 行を教えてい る とこ ろ は
,
Section
5
で ある。 調査 に協力 した僧 侶 は ,外 国人 に修 行を指導 して い るPhra Dit (
32
才) で あ っ た。 こ こ で の 修行 法 は, ミ ャ ン マ ー のMahasi
Sayadaw
の vipassana 修 行法である。 こ の 修行 法は,8
年前 , 亡 く な っ た AjahnRajsiddhimuni
(1918
−1988
)(12)に よっ て 教 えら れ , 今は彼の 弟 子 に よ っ て 受け継が れ て い る とい う。Ajahn
Rajsiddhimuni
は , ミャ ン マ ーの N工 工一Eleotronlo Llbrary44 パ ーリ学 仏 教 文 化 学
Mahasi
MeditationCenter
で修 行 して か ら タ イ に戻 り,Wat
Maha
That
,Section
5
で 初め て ミャ ン マ ー式の vipassana を40
年近 く指 導し た とい う。今 もバ ン コ ク市 内で ミャ ンマ ー式の vipassana 修行を実 践 しよ うとする人々
が修行を行っ て い る。
3
.1.4.2
Wat
Pak
Namこ の寺院 も修 行 専 門の寺 院では な く, 日課の 中で定め られた時 間 (午前と
午後)に特定な場所で瞑 想 を行っ て い る。 こ こ に住んで い る僧 侶は
200
名 ぐらい で , 教 理 研 究,瞑想等を 自 由に行っ て い る とい う。 朝と夕方に僧侶 と在
家信 者が集 まっ て , 同 じ場 所で坐 禅を行 う。 修 行 法は, 前の こ の 寺院の 院長
だ っ た
Phra
Mongkol
Thepmuni
(1884
−1959
)(13) の 教え に従
っ て , 光 明 遍 (aloka−
kasina
)を 主 と して 仏 随念 (Buddhanussati
)等をイ廖行 法と して用 い て い る。 光明遍 と し て は無色 透 明 な水 晶を精神集 中の 対 象 (nimitta ) と して用い てい る こ とが特色で ある。 この 瞑 想法は, Dhammakaya
Foundation
で も用い られて い る。
3
.1.4.3Dhammakdya
Foundation
(WatPhra
Dhammakaya
)バ ン コ ク か ら北方の
40
キロ に位 置して い る寺院。 .正式な名称はWat
Phra
Dhammakaya
で あ る。 WatPak
Nam
の 前院 長 で あ っ たPhra
Mongkol
Thepmuni
の 瞑想 法 を 広 め る た め に 1970 年, 現 在 の 院 長 で あ る PhraDhammajayo
Bhikkhu
(1944−)が 中 心 に な っ て 新 しい 寺 院を創立 し た。Phra
Dhammajayo
Bhikkhu
は ,Ajahn
Candra
(1908−)か ら瞑想の 指 導を
受けた。
Phra
Mongkol
Thepmuni の 瞑 想法は, 最 初の 段 階で は水晶を精神集 中の 対象 (nimitta )と して い る点で特色がある。 光 明 遍 (aloka−
kasina
)とい う瞑想法は 『清浄道 論』 で も 説 明 さ れ て い る が (14),
Phra
Mongkol
Thepmuni
の教えと は内容の 相 違が ある。Phra
Mongkol
Thepmuni
の 瞑想法で は ,光明 遍 の 瞑想 法が四念 処 と結び付 き, 修行の 向上に従っ て 内面 的 な
体 験が Dhammakaya と して形象化 さ れ て現れる とい う独 特 な瞑想法 と し
Society for the Study of Pali and Buddhist Culture
NII-Electronic Library Service
Sooiety for the Study of Pali and Buddhist Culture
一噴方.
tt
,.)y.部f
壁 匁こお け蚤修:1
:の 理 論と寒聡. 453
.1
.4
,4
・ Wat Asokaramバ ン コ クか ら南方の
32
キ ロ に位置 して い る寺 院で , 】955
年, AjahnMun
の 弟 子であ っ たAjahn
Lcc
Dhammadharo (1906−1961 )に よっ て 創立 さ れ た。 こ こ での 調 査は , ドイッ 出身の 僧侶Ingo
Bh 童kkhu
(51
才)が協力 した 。修 行 法は,
Ajahn
Mun
の 伝 統を修め たAjahn
Lee
Dhammadharo
の 修 行法cl6)と して 出入 息 念 (
anapanag
.ati) と仏随念 (
BuddhElnussati
) が主 に用いら れ て い る とい う。 毎 日夕方に は在 家信 者達 が集ま
っ て 瞑想を行っ て い る。
3
.1
.4
.5
WiwekAsom
Vipassana
Meditation
Center
バ ン コ ク か ら南方 に あ る
Chenburi
に位置 して い る ミ ャ ン マ ー式 のvipassana 修行セ ン タ…一、。 こ こ で は院 長である
Ajahn
Asabha
に会い ,直接イ ン タ ビ ュ ーす る こ とが 出 来 た
。 タイ政 府が ミ ャ ン マ ー政府に公 式 的 に
vipassana を指導する先生 を要請 し た1953年,
Mahasi
Sayadaw
の 弟 子で あっ た Ajahn
Asabha
(1910
−)が 派 遣 さ れた。 そ れ 以 来,
Ajahn
Asabha
はこ こで 約
le
万 人 に修 行 を教 えた とい う。 Ajahn
Asabha
はChiang
Mai のAjahn
Tong , バ ン コ クの WatMaha
That のAjahn
Rajsiddhimuni に修行を指導 した とい う。 タイで
Mahasi
Sayadaw
の vipassana を広め た人は , まさ に
Ajahn
Asabha
で ある。Ajahn
Asabha の 活 動に よっ て, タイで タイ 以外の 国 の 修 行 法 と して 一・・番知 ら れ て い る修 行 法 は,
Mahasi
Sayudaw の vipassana 修 行法になっ た と言 っ て も過 言で はない 。Ajahn
Asabha は タ イ に来て まもない 頃 には, ミャ ンマ ー 語 しか 出来な か っ たの で通訳 を使っ て修 行を教 え た とい う。 その 後, タ イ語を学び, タイ 人 は直接 指 導 して 来た,, し か し, 英 語が 出 来ない ため に, 外国人 に は, 通 訳の 人 が付い て い る。 今は, 英 語が 出来る僧 侶が指導を担当して い る。3
.t
.4.6
Wat
Sai
NgamWat
Sai
Ngam
は , バ ン コ ク か ら北 西方 向110キ ロ に位 置 して い る。 1970
年代に
Ajahn
Dhammadharo (1914
−)に よ っ て創立 され た vipassana 修 行セ ン ター。 こ こ で は, 英 語が 出来る
Ajahn
PayomYanarakkhidho
(60
才)の協力で調査が行わ れ た。 タ イで行わ れてい る vipassana 修 行は殆 どミャ ン
46 /xv・一リ学イム教 文 イ匕‘学 マ ー式で ある が ,
Ajahn
Dhammadharo は, 自分の 修行 体験 に基づ い て新 しい vipassana 修 行 法 を創 案 しq7),1954
年以来独特の 修 行 法 を教えて い る。 現在は, 15人の 弟 子が交代 に説 法 を しな が ら修 行 を指 導 して い る。Ajahn
Dhammadharo
の 修 行法は, 長部の 『大念処経 』 の 身念 処 に説か れて い る 正知 (sampajafifia , clear colnprehension )を強調 して
い る こ とが特徴で あ る。
3
.2
ミャ ンマ ー :調査 期 問 :1995 年12
月26
日〜1996
年 1 月9
日 ミャ ンマ ーq81で の 調 査 は, 英 語が大体通 じたの で 1 入で 修行セ ン ター を 訪 問 しなが ら行っ た。 ミャ ン マ ー では, 最 初の1
週 聞は,瞑 想の 実践 を行い , その 後の1
週 間ヤ ン ゴ ン を 中心に調査を行っ た。 ミャ ン マ ーで の 調査は , 首 都ヤ ン ゴ ン を中心と してMahasi
Sayadaw
系統の 修 行セ ン ター一とそれ 以外の 修行セ ン タ… に分 けて調 査 を行っ た。3
.2
.1
Mahasi
系統の修 行セ ン ターヤ ン ゴ ン 市内にある
Mahasi
系 統の 修 行セ ン ターは, 大 き く分 けて 二 つ の 種 類が ある。一 つ は Mahasi
Sasana
YeikthaMeditation
Center
の 直接の管理 の 下 に あ る も の と, も う
一.一つ は Mahasi
Sasana
Yciktha
MeditationCentcr
か ら独立 して運 営 してい るもの で ある。 次の四つ の 修行セ ン タ ーは , ヤ ン ゴ ン 市内にある Mahasi 系統のli
多行セ ン ターの 中で もっ ともよ く知られ て い る修 行 セ ン ターで ある。 こ れ らの 修行セ ン タ ー で の 修 行 法は同 じ くMahasi
式 vipassana で あるが, 院 長の 指導法に よ っ て 少々 の差が見 られる。3
.2
.1
.1 MahasiSasana
Yeiktha
MeditationCenter
略 称で Mahasi
Meditation
Center
と もい う。1947
年, UThwin
を初代会長 として Buddha
Sasana
NuggahaOrganization
が創 立 さ れ, 1949年 には ,修 行の 指 導 者 とし て
Mahasi
Sayadaw
(1904
−1982
)(19)が招 聘 され, 初めてMahasi
Sasana
Yciktha
MeditationCenter
が 誕 生 して vipassana 修行法が僧侶 達には勿論一般の 在 家 信 者, そ して 欧米 にまで広が る契機に なっ た。 い わ
ゆ る
Mahasi
式 vipassana 修行 法は こ のMahasi
Sasana
Yeiktha
Meditation
Society for the Study of Pali and Buddhist Culture
NII-Electronic Library Service
Soolety for the Study of Pall and Buddhlst Culture
」圭12LI:座部仏 教」溢旦亜修彳∫1¢壅覧血虹莖墜 47 教 国 家 及び欧米に広 まっ たの である。 Mahasi 式 vipassana {1多彳∫法v.o)の 特 徴 は, 坐禅の 時, 呼吸 に伴 う腹 部の 上下 の 動きが 一次的な観察の 対象になる こ と で ある。
1950
年代 後 半に は, ス リラ ン カ で, こ の 修 行法に 対して伝 統 的な 修 行法で はない とい う批 判があっ たが , こ の修 行 法は, 『大念 処 経 』 と 『清1
争道論} の 中でPLi
界差 別 (catudhatuvavatth 且na )(21)と して提 示さ れ てい る 修行 法である と説明 さ れてい る (2?) 。 こ の 修 行法の もう一つ の 特 色は ,修 行 者を徹 底 的に指導する こ とで ある、、その 方法は, 毎臼, あるい は隔H
に修行 者は修行 指導先生 に自分の体 験 を報 告 し て点検を受け な け れ ばな らない こ と である。 修行者1
人1
人に対 する厳 しい 指導は , 他の 修行 法では例 を見る こ とが出来ない の である。 こ の修 行 法に よっ て,vipassana 修行法が ミャ ンマ ー を中心と して南方上座 部仏教 国家や欧米に爆 発 的に普及され た。今回の 調 査 に は, Buddha
Sasana
Nuggaha
Organization
の 会 長で あるU
H 弖aKyaing か ら色々 聞か せて もらっ た。 現 在 こ の セ ン ター ..で は , 修行の 指 導者は
11
人で あり, すべ ての 指導 者はMahasi
Sayadaw の 直弟1
・で ある とい う。 修 行の 指導者 (karnmantthanacariya
)1
こなる資格は ,3
年聞の 修 行 と 3 級以 上の 国家パ ー リ試験 (ミャ ンマ ーで の 国家パ ー リ試験 は 4 級ま で ある) 合 格が必 要 条件であ る とい う 。 現在, 支 部 として ヤ ン ゴ ン市内に12
個 所, ミ ャ ン マ ー全 国に327
個所が あ る 。 私が訪問 した時 に僧俗の 修行 者 を合わ せ て 400入 以 上が修 行 を してい た。 ミャ ンマ ー最 大 規 模の 修 行セ ン ターであ る こ とが支 部と修 行者の 数か ら推 測 さ れる。3.2.1.
2
ChanmyayYeiktha
Meditation Center1975
年,現 在の 院長に よっ て 創設 さ れ たMahasi
系統の 修行セ ン ターの 一 つ 。 院長 はSayadaw
U Janakabhivamsa (1928−)c23・ )で ある 。 私が訪 問 した 時は, 院長は海外で の修行 指 導の た め にい なか っ た ため に , ここで修 行 して い る韓 国人修 行 者Khema
尼か らこ の セ ン ターの 事情 につ い て 聞い た。 修 行法は,
Mahasi
Meditation
Center
と同じだ が, U
Janakabhivamsa
は特に 日常 的な動 きの 観察とその報告を 強調 して教 えて い る こ とが特徴である とい
う。 訪問 当時,約100人の修 行 者が修行 してい た 。
48 パ ・一.リ学 仏 教 文化 学.
3
.2
.i
.3
Saddhammaransi
Meditation
Center1978
年, 現 在 の 院 長Sayadaw
UKundalabhivamsa
(1921
−)が創立 した
Mahasi
系統の 修 行セ ン ターの 一一つ 。 修 行 法 はMahasi
MeditationCenter
と同 じ。 しか し, 外 国人修行 者に対 する修行
の 点検が非定期 的である こ と と
1993 年に録 音 さ れ た説法が繰 り返 して 聞か れて 入るこ とが特色で ある。 こ こ
で も約1
0
人の 修行者が修行 し て い た。3
.2
.1.4 PanditaramaShwe
TaunGon
Sasana
Yeiktha
MeditationCenter
略 し て ,
P
鋤4itarama
MeditationCenter
と もい う。
1990
年, 現 在の 院 長Sayadaw
U
Parpditabhivamsa
(1921
−)(25)が創立 したMahasi
系 統の 修行セン タ ー の 一.・つ 。 修 行法 は
Mahasi
MeditationCenter
と 同 じSayadaw
U
Papdita
は MahasiSayadaw
が 1982 年 入 滅 し た 後, MahasiMeditation
Center
の 院 長 にな り, 1990年,Pap4itarama
Meditation
Center を創立 するまで修 行を指導 した。 こ の セ ン タ ーの 特色は , 実践 (
patipatti
) と共に教 法 (pariyatti
)が教えら れ てい る点で あ る。 院長が認め る段 階まで修行が向 上 す れ ば, 教学を教える。 現 在 には ,12
人 の 尼 僧 (8
戒 女 ;thilasin)達が 国 家パ ー リ試験の た め に教 学 を学ん で い る。3
.2
、2
Ledi
Sayadaw
系統の修行セ ン タ ー3
、2
.2
.1 SunlunguBuddhlst
Meditation
Center
1951年 創立 され た修行セ ン ター。 ヤ ン ゴン には
Sunlun
meditation centerの 支部が 四つ ある。 こ の セ ン ター は そ の 中の
一一つ で
,
Sunlun
meditationcenter の 本 部 は 中部 ミ ャ ン マ ー の
Myingyan
に ある。Sunlun
meditationcenter での 修 行 法 は,
Sunlun
Sayadaw
(1878−1952)(26) に よっ て 創案 された修行法で , 独特の 呼 吸 法に よ る 出 入息念 (anapanasati )と vipassana を 同時 に行う。 独特の 呼吸法と は, 激 しく音 を立て なが ら出息と 人息を繰 り返すこ とで , こ の 出息 と入息の 際に鼻の 先で衝 突 する空気に よ る感 覚を観察した後 (
45
分 間), 合 図に従っ て激 し い 呼吸 を止め ,体 全体におい て 発生する感 覚 (痛 み)を観察する (45
分 間)。 こ の ような坐 禅 を1
日4
回行っ て い る。 こ の修Society for the Study of Pali and Buddhist Culture
NII-Electronic Library Service
Sooiety for the Study of Pali and Buddhist Culture
南 方 上 座部仏教に お ける修 行の 理論と実践 49
Sayadaw
の 教 えの 申で , 出入息 念 (anapanasati)とい う修 行 法が ある とい う話だけを聞い た後, 誰の指導 も受 け ない で1
人で創案 した修行法で ある。Myingyan
を中心 と して ミャ ン マ ー国 内に限っ て10
郷 所の 支部が あ るが, 海外には教えて い る とこ ろ も先生 もない とい う。 修 行 法 自体が激しい か ら体 力的な闇題な どが あっ て ,今まで外 国 人修行者で長 く修行 した 人はい な か っ た と聞い た。 しか し, ミャ ン マ ー入は , 多くの 人が こ の 修行法を行っ て い る。 私が訪 問 した 日に は,270
人の 修行者が こ の セ ン ターで 修行してい た。3.2.
2
、2
Sunlun
Buddhist MeditationCenter
(KabaAye
)ヤ ン ゴ ン にある 四つ の
Sunlun
meditation centcr の 支 部の一 つSunlungu
Buddhist
Meditation
Center
を 訪 問 し た 後, 再 び , も う 一 つ の
Sunlun
meditation center を 調 査 し よ うと思 っ た理 由は , こ の セ ン タ ー に は ,Sunlun
修 行 法 に 関 す る本 (The Yogi &Vipassana
−Buddhist
Meditation
:The
Sunlun
Way
)を書い たSayadaw
U
Vinaya
(1913
−)が修 行 を指導し てい る と聞い た か らで あっ た。 こ こで
Sayadaw
U
Vinaya は, 英語でSunlun
修行 法と
Sunlun
Sayadaw
に 関して 説 明を して . ドさっ た。 私は,Sunlun
修 行 法に よっ て阿羅 漢に なっ た修行者 は何 人 あっ たの か を聞い た ら ,2
人の 阿 羅 漢がい た と答えた。1
人はSun
}unSayadaw
で あっ て, もう1 人は , 既 に 亡 くなっ た, 教学に勝 れた弟子Nyaunglun
Sayadaw
だ とい う 。3
.2
.2
.3
1nternationalMeditation
Center
1952
年, かの 有名な在 家修行の 大 家UBa
Khin
(1899
−1971)が創立 した 修行セ ン ター。 こ の セ ン タ ー で は ,現 在, 修 行 を指 導 して い る UTintYee
(1922−)と イン タビュ ーする こ と が出 来た 。 修行 法は, 出入 息 念 (anapanasati) を基礎と し た vipassana である。 こ の セ ン タ ーで の 修 行法の 始ま りは,Ledi
Sayadaw
(1846
−1923) ま で遡 る とい う。 こ の セ ン タ ーの 創 立者で あ る U8a
Khin
の 修 行 指 導 者は,Ledi
Sayudaw
か ら教 え を受 けた 在家 信 者 UPoThet で あ っ た。
U
Ba
Khin がUPo
Thet か ら学んだ修行 法は (27),1952
年,Intcmational
Med 重tationCenter
の創立 と共に, 在家信 者の 中で 広 く受け 入ら れ た。 この セ ン ターの 一つ の特徴 は ,在 家 信 者だ け が修 行を行 う点と修行
50 パ ーリ学仏 教 文 化 学 コ ー ス が10H と して 定め られ て い る点である。 訳 を聞い た ら, 在 家身分で 僧 侶に修 行を教 えるこ とは出 来ない か ら在家の 修行 者 しか修 行 して ない し,在 家の 修行者に適 当な期 間と し て
10H
とい うコ ー スが 主な修 行コ ース とし て用 い ら れ て い る とい う。 10日の 中で最 初の 3ti 間は, 出 人 息 念 (anapanasati) を用い て, 心 を静 め る。 心が 静 まっ た後, 体の 感覚を観 察 する vipassana を 行うとい う。 こ の セ ン タ ーの 国 内 支部は な く , イ ギ リス を本部 と して欧 米を 中心と した15個 所の セ ン ターが運営 されて い る (28; 。 しか し,UBa
Khin に よっ て 始 め ら れ た 在 家 修 行セ ン ター は, 彼の 印 度 人弟 .子S
.N
.Goenka
(1924
−)によ っ て世界に広まっ て い る。3
、2
.2
.4
Dhammaloti
VipassanaCepter
Gocnka
VipassafiaCenter
の 最初の ミャ ン マ ー支 部 と して 1993 年に創立 され た。 ミ ャ ン マ
ー胎 生の 印 度人
S
.N
.Goenka
(29} は 1955年 UBa Khin に会い 」
4
年 間,UBa
Khin
の 下 で修行を した後,1969
年,U
Ba
1〈hin か ら印 度 で vipassanfi を教 える こ と を勧め られ ,1969
年か ら印 度で vipassana を教 え 始め た。 現在は 世界 各地 域 に数 十 個 所の 支 部 c30)を持つ よ うに な り , 彼が vipassana 修 行 を 学 ん だ ミ ャ ン マ ー に も 支 部が 誕 生 し た の が こ のDhammajoti
Vipassana
Center
で ある。 この セ ン ター で は
, 現在
Goenka
の 下で 14,
5
年間修行を行っ た印 度入M
.M
.Khandhar
(1949−)が彼の 夫入 と共 に修 行 を指 導し て い る。 修行中だっ た た め に, 短い 時間で あっ た が
M
.MKhandhar
氏 と修 行 法を 中 心 と して イン タビュ ーす る こ とが 出来た。こ この修 行 法は international
Meditation
Center と大 同小 異で ある。ち なみ に, 世 界 各地 で現在 活動中の Goenka Vipassana
Ccntcr
の 修行 指導者 (assistant teachers )は
250
人 に達 して い る とい う。3
.2
.2
、5
Mogok
Medltation
Center
1962
年, MogokSayadaw
(1899
−
1962
)(31) の 教 え を実 践 する た め に創立 され た 修 行 セ ン タ ー。 正 式 な 名 称 は, The
Socicty
for
thePropagatien
ofVipassana
(MogokSayadaw
’s way )。 こ の セ ン タ
ーで は
,
7
人の 委員会 (す べ て在 家 信 者 )の1
人で あ るUSaw
Hlaing 〈1932
−一)とイ ン タ ビュ ーするSociety for the Study of Pali and Buddhist Culture
NII-Electronic Library Service
Soolety for the Study of Pall and Buddhlst Culture
南方上座 部 仏 教 にお ける修 行の理論と実践 51
こ とが 出 来た。
Mogok
Sayadaw
は, 北 ミャ ン マーの Amarapura
で 活動 し
て そ こ で 人滅 し た とい うnMogok
Sayadaw
は LediSayadaw
の 伝 統 を受 け継 げ, 十二縁 起 を中心と したア ビ ダル マ 的な教理 の解 釈 を 一. 層 発 展 させ た 、、 修行 法は, −
k
に出入息 念 (anapanasati ) と vipassana を用い てい るが, 特色 は , 卜 二縁起を中心 と した ア ビ ダル マ 的な教理 が 重 要視 され , ある程 度の 教 理 的な 理解が修行の 前提条件に なっ てい る点で ある。 修 行に 入 る前に は, い つ もMogok
Sayadaw
の ア ビダル マ 的な教理 に関する説法を1
時間聞 く 。 修 行指 導の 対象は ミ ャ ン マ ー 人 なの で外 国 入は 1人 もい ない 。 支部も国 内に は 228澗所 あ る が, 海 外に は つ も ない とい う。 難 しい ア ビ ダル マ 教理 と実 践 的修行を共に行う点が余他の修 行セ ン ター とは異な る特徴で ある。こ れ らの 修 行セ ン ターの 外, ミャ ン マ ー人に よ く知ら れ て い る Mingun
TOya
VipaSSana
Center
と MOhninMeditatiOn
Center
を訪 問した が, 修行を指 導 する様 子 は見 られ な く, 英語が通 じな か っ た た め に詳しい 情報は得る こ とが 出 来 なかっ た。 以
F
.が約30 日間の タ イ と ミャ ンマ ーでの 修 行セ ン ター に関 す る研 究 調 査の 簡一単な報告で ある。4
、 修 行 法の 分類以一ヒの 調脊か らタイ と ミャ ン マ ーの 一ヒ座部仏教で用い られて い る修行法は 次の よ うに大 き く分けて ;つ に分類さ れ る 。 4.rt 出入息念 (anapanasati ) を基 礎と してい る修行法
こ の 修 行 法に は, タ イ東 北 地 域の Ajahn
Mun
の 修 行 伝 統タ イ南部の
Ajahn
Buddhadasa
の修 行 法が あり, ミャ ンマ ーの 出 入息 念 (anEpanasati) を基 礎 と して い る修 行 法 と して は,Ledi
Sayadaw
が そ の 源で あるUBa
Khin
の 修 行 法,S
.N
.Goenka
の 修 行 法, MogokSayadaw
の 修 行 法,Sunlun
Sayadaw
の 修行法が 全 てそ うで ある。 この 修行 法の 共 通 点は, 基本的に心 を 出 人息念に よっ て 浄化 して か ら vipassana に進ん で い くこ とで あ
52 パ ーソ学 仏 教 文 化 学
る。
しか し, 出 人息念 (aRapanasati)を 基礎 と して も各々 の 修 行 法 に は特 性
が ある。 Ajahn Mun の 修 行 伝 統で は, 出入息 念 と共に buddhanussati や体
の
32
部 分 を 念ず る 身 念 処 あ る い は 白 骨 観 (32)も行 わ れ て い る 。Ajahn
Buddhadasa の 場 合は, 出 入 息念 (anapanasati )か ら始 まっ て 修 行の 進行を 4 段階16
階層(331と して説明 し な が ら 四念 処 を修め る 過程の修行 法を 『出 入息 念経』 に従っ て説 明 す る ,, ミ ャ ン マ ーの 場 合, Ledi Sayadaw にその 源を探 して い る修行 法で あっ ても,
UBa
Khin
の 修 行 法とS
.N
.Goenka
の 修行 法との 類 似 性 (10
日間の修 行 コ ース とコ ー ス の問に用い られる修 行法の類 似 性 ) を除い て , 各修 行 法 の 差異は分 明に 見 える。
Sunlun
Sayadaw
の 激 しい 出入息念 とそ れ に共 な う体の 苦 痛に対す る観 察法や 出 入息 念 と観 察を 1 回の 坐禅 時 間に順 次 的に用い
る こ と が特 徴で ある、,
Mogok
Sayadaw
の 修 行1
去も出入息 念か ら始 まるが,縁 起 法に関する理 解の 強 調 などで特 徴 が 見 られ る。
4.2 四念処 (cataro satipatthana )を基礎 と した vipassana 修 行法
こ の 修 行 法 と して 代表的なの は
Mahasi
式の vipassana 修行法である。 タイの 独 特 な修 行 法と して は,
Wat
Sai
Ngam
のAjahn
Dhammadharo
に よっ て創案さ れ た vipassa 舶 修行 法があるv 前 者に属 する修 行セ ン ター は ミャ
ン マ …国内で は も ちろ ん, タイの 北 部地 域や 中央 地 域に多 く存 在 する
(34) 。
四 念処 を 基礎 と し た vipassana 修 行 法 を観 行 vipassanayana ある い は, 純
(乾)観行 suddha (sukkha )vipassanayana とい う1:35)
。 四念 処 を基 礎 として
も身念 処の 最 初 に提 示 さ れ て い る 出人息念 (anapanasati)を修 行 法 と して
用い る場 合は,
4
,1
で 述べ た修 行 法 に近づ い て, 止 行 者 (samathay5nika )に なる可 能 性 が ある。 従 っ て,
Mahasi
式の vipassana 修 行 法で は, 四界差別 (catudhatuvavatthana ) と十二処 を主な修行の 対 象 と しなが ら修 行 を進
める し,
Alahn
Dhammadharo
の vipassana 修 行 法で は, 身念 処 に説かれて い る 」ii
知 (sampajafifia ) 部 分 を 取 り上 げ 修 行 の 対 象 に す る。 MahasiSociety for the Study of Pali and Buddhist Culture
NII-Electronic Library Service
Soolety for the Study of Pall and Buddhlst Culture
南.方上座部仏 教に おける修 行の理 論 と 実践 53
vipassana 修 行 法は,
『清 浄 道 論
』 の 智の 展 開(36)に忠 実 に従い な が ら説 明 さ
れ て い る。 Mahasi 式 の vipassana 修 行 法 と
Ajahn
Dhammadharo
のvipassana 修行 法と は同じ経 典 を根 拠 に して も採択 した修 行 の対 象に よっ て
修 行 法が異なっ てい る こ とが分かる、)
4
.3
Dhammakaya
瞑 想 法
E
記の 二 つ の修行法 とは別の 修行法と してWat
Pak
Nam
の前院長であった
Phra
MongkolThepmuni
の 瞑 想 法が ある。 この 瞑想 法をDhammakaya
瞑 想 伝 統 (Dhamrnakaya tradition of meditation )と呼ぶ〔37}。 簡単に瞑 想法
に対し て 説明すれ ば 以 下の ようである。 まず, 水 晶を用い た光明 遍 (
aloka
−kasina
) とい う瞑想法か ら修行に入 り, <samma araham >とい う mantra を
心の 中で 唱 えな が らt 腹 部の 中にある体の 中心に心 を集 中させ る。 最初にこ
の 体の 中心 か ら丸い 光 が 爆 発 す る よ うに 生 じて 消滅 し た後 (pathama
magga ;
The
first
step ), 腹部の 中に ある体の 中 心 か ら徐々 に18段階の 身体(kaya )(3s)が 現 れる
。 こ の 18の 身体を観 察し な が ら vipassana を修習 して 最
後に阿 羅 漢 になる とい う。 こ の瞑想 法は基 本 的に samatha と vipassana を
共に重視 して い る。 光 明遍 (aloka−
kasina
) によ っ て禅定を得て, vipassana へ の修 習に入 るの である。 しか し, こ の 瞑想 法は次の よ うな独特性におい て
類例が ない 。 (1)水晶を用い た光明 遍 (aloka−kasina)を用い てい る こ と, (2)
腹 部の 中にあ る体の 中心 に心を集 中させ る こ と, そ して, (
3
)18段 階として現れ る身体 説 等 は,
Phra
Mongkol
Thepmuni の {固人 的 な体 験か ら創案さ れ たもの である。
Phra Mongkol
Thepmuni
は,相 応 部 経 典 と長 部 経 典 を引用L39.]し な が らDhamma
はTathagata
で あ り, Tathagata はDhammakaya
で あ る か らDhamma は内面的な
Dhamma
で あ り, そ れ が まさ に Dhammakaya であ ると い う 結 論 を 出 し て い る。 こ の Dhammakaya 瞑 想 法 で 語 っ て い る
Dhammakaya
が大 乗 仏 教の 如来 蔵 と か大 乗 仏教 の 法 身, 仏 性 などの 概念と如何 なる意 味 上の 類 似点があるか は問 題 に残 したい (4°)。
Dhammakaya
瞑想54 パ ーリ学仏教 文化 学
法は
1970
年に創立され た新 しい 寺院,
Dhammak
盃ya
Foundation
(Wat
Phra
Dhammakaya ) とその分院で活発に教 えられて い る。
5
. 結 び1956年の Buddha
Jayanti
2500
年を は さ んで い る1950年代は , 南 方上座 部 仏教の 歴 史の 中で重 要 な時期で あっ た とい え よう。 この 時期を前 後に して南 ノ∫上座 部 仏 教 圏で は, 様々 な修 行法が盛ん に行わ れて 来た。 本稿で は, 多様 な修行 法 に対 する現 地 調査を通 じて現在の 南方上座部仏 教の もっ とも重 要 な ・面 を理解 しようした 。 言 語 と調 査 領域の限 界はあっ た が, タイ とミャ ンマ …に おい て の 主な修行法に関 して少しで あるが 理 解 を得 る こ とが出 来た と思 う。 こ れ らの 修 行法の 中 に は, 初 期 経 典や 『清 浄道論 』 等の 南方上座 部仏教の 註釈 文献 に 忠 実 に従 っ た の も あ る し (Ajahn
Mun
O)伝 統 ・Mahasi
l
ayadaw 伝 統 ・Ledi
Sayadaw
伝 統 の 中でUBa
Khin ,S
. N .Goenka
,Mokok
Sayadaw
の伝 統 ), 初期経典 と註釈 文 献 との 中で 意 見の 差 異が あるこ と を解 明し て 註 釈 文 献の解釈に批 判的 な立 場 に 立っ た の もある (Ajahn
Buddhadasa )。 中に は, 個人の 体験が新 しい 修行法の 源泉になっ て い るの も
あ る (
Ledi
Sayadaw
伝 統 の 中 でSunlun
Sayadaw
の 修 行 法 とPhra
Mongkol
Thepmuni の Dhammak 且ya
瞑想法)。これ らの すべ て の 修 行法 は, 基 本 的に煩 悩 を完全 に消 滅 した聖者阿羅 漢に な るこ とを 最終 的な 目的と してい る。 こ の 目的に到 達 するため の 方 法が多様 で ある こ と は, 仏教の 歴史か ら見て当 然の こ とである。 南方
k
座 部仏 教 の寺 院と修行セ ン ター を調査 して 感 じた一つ の 事実は,Theravada
仏 教の 大 乗精 神であっ た。 人 々 を熱心に教 えて い る修 行指 導 者は大 乗 仏 教の 理想か ら見れ ば菩薩に他な ら ない だろ う。 苦 しみ をな くす 方法 を効 果 的に提 示 してい るか らである。 注 〔1) 今回の 調査は, 1995 年度, 東 京大 挙大 学院 人 文 社 会系研 究 科の布施 基 金学 術 奨 励Society for the Study of Pali and Buddhist Culture
NII-Electronic Library Service
Sooiety for the Study of Pali and Buddhist Culture
南 方 ヒ座部仏教に おける修 行の 理 論と実 践 55
費 (若手研 究 者研 究 費)の 支援に よっ て行われ た。
〔2〕 Alahn Mun に関する伝記 と して Maha Boowa [1982]が詳しい 。 この本に よれば, Ajahn Mun は最 初に “Buddho ”を念じ なが ら修 行 をした とい う (p.2)。 そ し て,
外面的に は森で の dhutafigaの 実 践と内面 的に は主に身念 処 を中心 と して vipassana の 修 行を 行 っ た (pp,3−6)。 Ajahn Mun を 中 心 とした東 北タ イ仏 教に 対 す る 人類
学 的 な研 究と して は,Tambiah [ユ984], Taylor [1993] 等がある。 Ajahn Mun の 説法が小冊と して まと め ら れてい る書物が (Ajahn)Mun [1988]で ある,,
〔3)Ajahn Mun が復 活 させ た森の 修 行伝統に関する研 究と して は, Tambiah [1984]
と
Taylor
[1993] を参 照 され たい 。 Taylor [1993:318−320]に は
東北 地域に おい
て の Alahn Mun の弟 子の 寺 院や系譜が提示 さ れて い る。
Ajahn Chah に は多くの西 洋 人弟 子があっ た。 彼らに よる本に は次の ものが ある
Seeing the Way ’Buddhist Reflections on Spirituat Life:An anthoiogy of teachingS
by Engtish−.vpeaking disciples of A/ahn Chah. Hertfordshire: Amaravati
publicatjons, 1991.(for frcc distribution)
(5) Ajahn Sじmcdho は現 在 ,英国 を 巾心 と して欧米で 活躍 して い る。 か れ は正984年 に英国の Hertfordshire に Amaravati Buddhist Monastery を設立 して 西洋人 を 中
心 とするサ ン ガを構成 し伝統 的 な Theravada 仏 教を教 えて い る。 数 多 くの 箸作が
あるが,最 近の もの として は The Mind and the Way:Buddhist Reflections on 乙
舜 (Beston:Wisdom Publications.1995 )が ある。
〔6jl MN II亙,78 −・
88
(sutta・No .118) (7) DN II ,29 一315 (sutta No .22) 〔8) Weir [1991:79].〔9) Ajahn Buddhadasa は 多 くの 著 作 を 残 し, 彼 に 対 す る 研 究 も多い 。 Ajahn
Buddhadasa の 著 作は参考文 献を参 照され た い。 Ajahn Buddhad5sa の思想 を よく
纏め た書物 と し て は 次の もの がある。 Donald K. Swearcr [1991].
働 Ajahn Buddhadasa の {修行の 方 針 は [1990b]The style of practice at Suan
Mokkh (part 1)に簡 単かつ 明確に説 明 され てい る。 特に注
H
すべ きとこ ろ は,Visuddhimaggaの禅 定に関 す る解 釈に対する批判 (p .25, n.3)で あっ て, 彼の南
方 ヒ座 部仏教 よ り初 期 仏教の精 神に忠 実に しよ うと す る 面 が見られ る。 彼は次の よ
つに瓜 つ。
Principles of practice to be used in this center have beon gathered directly from
thc original Pali sources and commentaries . Each person may choose directly as bcSt suits him.〈中 略>Thus , our line of practice can ’t be
caUed the Burmese
way , thc Sri Lankan way , or the Thai way ;the way of this monastery , that
monastery , or whatever monastery ;the way of this teacher or that teacher . One