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雑誌名 東アジア仏教学術論集 = Proceedings of the

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中国初期天台における仏性論の展開 : 智?の仏性論 について (第1回学術大会テーマ 東アジアにおける 仏性・如来蔵思想の受容と変容)

著者 張 風雷

雑誌名 東アジア仏教学術論集 = Proceedings of the

International Conference on East Asian Buddism : 韓・中・日国際仏教学術大会論文集

号 1

ページ 101‑118

発行年 2013‑03

URL http://doi.org/10.34428/00007378

Creative Commons : 表示 ‑ 非営利 ‑ 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by‑nc‑nd/3.0/deed.ja

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張風雷氏の発表論文に対するコメント

崔箕杓

(韓国 金剛大学校)

仏教の教学の中で、「すべての衆生に仏性がある(一切衆生悉有仏性)」という思想 は、仏性という概念の理解が極めて困難ではあっても重要な意味を持っている。ブッ ダの一切智、すなわち神だけの領域と考えられた全知(omniscience)の能力を得るこ とのできる根拠がここに準備されただけでなく、この根拠が、地を這い回る虫たち含 め、識を持つ一切の衆生に普遍的に適用されるという画期的な意味を備えているから である。『涅槃経』が翻訳されて以降、「仏性論は南北朝時代の各学派が注目する中心 的な問題となったが、隋唐佛教においては、それだけでなく、諸宗派の教理の主要な 部分を占めるようになった」という発表者の指摘は、この重要性と関連するものであ る。

『法華経』には「仏性」という用語は一度も出てこないが、「すべての衆生が成 仏できる」ということは、「一大事因縁」と「会三帰一」を通して既に十分に解明 されていた。天台大師は、このような『法華経』の記述と、『涅槃経』で明かされ た「仏性」の概念を総合して三因仏性論、十界互具、性具善悪説などの独特かつ緻 密な学説を展開した。これまで韓国の研究者たちは、これらのテーマのそれぞれに ついて梗概を明らかにし、哲学的、倫理的な意味など、様々な観点から分析を行っ てきた。

仏性論という点では、2010 年に発表された「天台智顗の仏性論」という論文がある が、これは三因仏性論のみに焦点を当てたものであった。また評者も、「十界互具の 思想は「悉有仏性」と「普門示現」とを可能にする具体的な論理」であると指摘した ことがあるが(「天台の一念三千説の研究」**)、天台大師の仏性論を総合的に考察し た事例はなかったように思われる。それゆえ、三因仏性、五仏性、三軌、性具善悪な

최기표(チェ・ギピョ)。金剛大学校仏教学部教授。

**「天台‘一念三千說’의 硏究 」(東国大学校博士論文、1996)。

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どを一つに体系化し、天台大師の仏性論を幅広く考察した本論文には画期的な意義が あると見ることができる。

本発表は、智顗の生没年代などの点で、評者にとって啓発される点の多いものであ った。ただ、次に掲げるいくつかの点については、口頭の説明、あるいは雑誌論文等 によって補足説明をしていただければ、他の研究者たちにとって裨益する点が多い であろう。

まず第一に、冒頭で「ある仏教学者は、仏性を果として、他の仏教学者は仏性を因 として解釈……」と言い、仏性について始有説と本有説があると述べておられるが、

これらを代表する学者がいかなる人々なのかについて簡単に説明していただけると、

思想史的な面で益するところが多いと思う。

第二に、『観音玄義』を引用する注釈(注11)の本文には、「『涅槃経』に「非因非 果を仏性という」と言うのは、……また、「是因非果を仏性という」と言うのは、…

…また「是果非因を仏性という」と言うのは」とある。『涅槃経』にはこれと正確に 一致する文章は見出せないが、天台大師はこれによって何を表現しようとしたのかを 明らかにしてもらえると助かる。

第三に、発表者は注3に該当する本文で、「智顗は『法華経』が仏出世の本懐を説 いたところに諸経に勝る重要な意義があると考えた」と述べているが、これには明確 な根拠があるのであろうか?

智顗は『法華経』が「妙である」とは述べているが、「他経に勝る」とは言ってい ない。また「仏の出世の本懐を説く唯一の「純円」の教え」であるために『法華経』

が他経に勝っているとも述べてはいない。「円教」とは、「円妙」「円満」「円足」「円 頓」というように、「欠けることがなく、すべてを備えた」という意味である。出世 の本懐を明かすということは、究極の目的まで明らかにしようとしたということであ り、円教の一つの特徴に過ぎない。

また、智顗を「法華経至上主義者」であるとか、「円教至上主義者」であるとか 評するのは、『法華経』と天台教判の真意を誤解したためではないかと評者は考え る。

声聞乗と縁覚乗は「方便」であり、これらはすべて一仏乗であるという『法華経』

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の言明は、すべての教えが成仏の道に通ずる、つまり、意味あるものであることを明 かすものであり、天台大師の蔵・通・別・円の化法四教判は、様々な教法がそれなり に価値と効能とを持つことを明かすところに本意が存するのである。円教が最高で、

残りは低劣なものだというわけでないのは、総合栄養剤が最高で、ビタミン剤、カル シウム剤などが低劣なものでないのと同様である。

(翻訳担当:佐藤厚)

参照

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