早稲田大学大学院 基幹理工学研究科
博 士 論 文 審 査 報 告 書
論 文 題 目
Study of knots using theories of nanowords and Khovanov homology
ナノワードやホバノフホモロジーを用いた 結び目の研究
申 請 者
伊藤 昇 Noboru ITO
数学応用数理専攻 トポロジー研究
2 0 1 0 年 2 月
本論文は2部構成で,第1部では主にナノワードを用いた曲線の研究,第2部
ではKhovanovホモロジーを用いた結び目の研究について論ずる.
ナノワ−ドの理論は Turaev によって導入された.Turaev はトポロジーを応 用し,ワードのなす半群にホモトピーの類似となる関係を入れ,曲線や結び目に対 し普遍的な対象となるナノワードを定義し,その理論を構成した.ナノワードの理 論ではジョーンズ多項式や kei の類似物が構成されている.本論文の最初の章で は平面曲線の分類を考えた.平面曲線には Whitney の回転数による分類がある.
Arnold は結び目における Vassiliev 不変量の考え方と似たアプローチにより,回
転数による平面曲線の類をさらに細かく分類するための3つの基本不変量J+,J−, St を定義し,その理論を構成した.その後,long curve に対する基本不変量は,
Gusein-Zade とNatanzon,または Zhou と Zou,Panにより,また,wave front に対しては ArnoldやAicardi,Polyak 等により構成されているが,ここではこの ような基本不変量をナノワードと双線形写像で書き表し,その一般化を考察した.
A を集合とし,長さ nのワード w を写像 {1,2, . . . , n} → A により定義する.
また,ガウスワードを同じ文字がちょうど2回ずつ w の像に登場するワードのこ ととする.次にαを集合とし,α にはα →α となるinvolutionと集合S ⊂α3 が 固定されているとする.α-アルファベット Aとは各 A∈ Aに対し,|A| ∈α が指 定されている集合のこととし,ナノワードとは α-アルファベット A と A 上のガ ウスワード w の組のこととする.2つのナノワード (A, w1) と(A, w2) が同型で あるとはf w1 =w2 かつ,全てのiについて |w1(i)|=|w2(i)|が成り立つような全 単射 f が存在することである.
今特に αを{−1,1}とする.ガウスワードの文字に重み d(X) を考え,文字を 単に X と書いたときにはd(X)を1 とし,X˙ と書くとき,d( ˙X)を2 とする.G をこのような重みつきガウスワードが生成するQ-線形空間,Wをナノワードが生 成する線形空間とする.G×W→Qなる2つの双線形写像を考える.まず,v と w がガウスワードとして同型のとき (v, w) は ∏
Aはwの文字|A|d(A) とし,その他 の場合は0 とする.次に双線形写像 h ,i を
hv, wi:= ∑
uはwの部分語
(v, u) (1)
により定める.ここでlong curveLにナノワードwLを対応させることを考える.L の向きに沿って出会う交点ごとに文字を付し,その文字を左から並べる.但し,long
curveの交点は横断的に交わる2重点のみとする.交点での2つの接線が平面の向き
と同じ向きを定める場合は対応している文字Aに対し|A|=−1と定め,そうでな いときは|A|= 1と定める.次にf(t1, t2, t3, t4)をht1X˙X˙+t2XXY Y +t3XY Y X+ t4XY XY, wLiとし,LI2(L;s1, s2, s3, s4)をf(s1, s2, s3, s4)−s22f(1,2,2,2)とする.
また,L の基本不変量を J+(L), J−(L), St(L) とする.このとき次が成り立つ.
1
定理 1 J+(L) =LI2(L;−1/2,1,−1,−3), J−(L) =LI2(L;−3/2,1,−1,−3),
St(L) =LI2(L; 1/4,−1/2,1/2,1/2).
これにより,long curveの基本不変量がナノワードにより記述されることがわかった.
さらに,巡回同値を考えると閉曲線の基本不変量が,加えてカスプやcoorientation の情報を扱えるようにすることで,wave front の基本不変量が記述できた.また,
ワードの長さを長くすることにより,これらを体系的に一般化した.
次に,これらの不変量が有限型不変量になることを示した.有限型不変量とは,
結び目に対しVassiliev が導入したもので,3次元多様体や平面曲線にも拡張され ている.一般の曲面上の滑らかな曲線に対して,ここでは以下のように定義する.
定義 1 曲線の特異点は横断的な2重点のみとし,特異曲線というときは曲線に対 し(2)の左辺に登場する3重点と接点を許すものとする.曲線を Γとし,Γの曲面 イソトピー不変量を ϕ とする.ϕ が n 次以下の有限型不変量であるとは,(2) に よって拡張されたときに,3重点と接点を合わせてn+ 1個以上もつ任意の特異曲 線に対して,ϕ の値が消えていることとする.
ϕ ( )
=ϕ ( )
−ϕ ( )
, ϕ
(
¡¡@
@ )
=ϕ (
¡¡@
@ 正
)−ϕ (
¡¡@
@ 負
) .
(2)
但し,(2) に表れる正負は,曲線の向きと任意に基点を取った時に入る3つの枝 の順序による向きを比べた時に,偶数個の枝で向きが一致しているときを正,そう でないときを負とすることにより定める.
次に具体的に有限型不変量を構成する.{−1,1}上のナノワードv の|X|=−1 なる文字をX とし,そうでないときをX と書くこととし,v に対し,1文字ずつ 巡回することで得られる異なるナノワードをすべて足したものを[v]とする.さら に v と w が一致するとき 1,そうでないときは 0 となる双線形写像 (v, w) を考 え,d(A)を常に1として,(1)により,h, iを定める.任意の曲線Γに対して wΓ をlong curve で与えたときと同様の方法で定め,またkを体とし {−1,1} 上の長 さ2nのナノワードの生成する線形空間をWnとする.任意の自然数 nに対し,n 次の signed curve invariantSCIn を次で定義する.
SCIn(Γ)(·) =h[·], wΓi:Wn→k. (3) この SCIn に対し,次が成立する.
定理 2 SCIn は曲面上の曲線に対する n次以下の有限型不変量である.
SCIn はn交点を持つ曲線の空間と{−1,1}上の長さ2nのナノワードが生成する 空間との同型を与え,n が下がるときの情報の減り具合を記述する.
2
第2部ではKhovanovホモロジーの研究について論じた.Khovanovホモロジー Hi,jとは Jones 多項式VL(q)に対し次の関係を持つものである.
(q+q−1)VL(q) =∑
j
qj∑
i
(−1)irankHi,j(L). (4)
最初に Khovanovホモロジー群の Reidemeister 不変性を与えるレトラクションh と鎖ホモトピーρ を明示的に与えた.この写像はViro によるホモロジーの構成を 用い,結び目の正則射影図によって記述される.Viro はReidemeister 変形 Iのみ について不変性を与えたが,ここではII とIII に対応するhとρを与え不変性の証 明を完全なものにした.次にTuraevのナノワードの理論にKhovanov理論を応用 することにより,Turaevのナノワードのホモトピー不変量とは独立な不変量を構成 した.さらに,上記の鎖ホモトピーρ とレトラクション h を普遍的なdifferential δs,t まで拡張した.また,鎖ホモトピー写像 h が3つのReidemeister 移動に関し て興味深い性質を持つことを示した.Jones 多項式は,Reidemeister 変形II とIII で不変なKauffman ブラケットを補正して Reidemeister変形 Iにおいても不変な 量として構成されるが,この時,KauffmanブラケットがReidemeister変形III で 不変であることは Reidemeister移動II で不変であることから導かれる.Jones 多 項式の圏化であるKhovanovホモロジーの持つ類似の性質として,鎖ホモトピーρ やレトラクションh が,3つのReidemeister移動に対応するKhovanov複体上の,
ある reduction mapと可換になることを示した.
結び目 K の colored Jones 多項式 Jn(K) の Khovanov 型ホモロジーは最初 Khovanovにより構成され,Mackaay とTurnerはそれを整理し,次式を与えた.
Jn(K) =∑
i,j,k
(−1)i+jqkdimF2Hni,j,k(K;F2). (5)
論文の最後では,このcolored Jones 多項式に対応する Khovanov complex でbi- complexとなるものが存在することを示した.これはBeliakovaとWehrli の提起 した問題への答えである.これにより,このbicomplexによるスペクトル系列のE2 項がcolored Jones多項式のKhovanov型のホモロジーと対応することがわかった.
以上のように,本研究は曲線や結び目の数学的研究におけるナノワードの理論 の有用性を明らかにするとともに,現在多くの研究者により調べられている結び目
のKhovanovホモロジーの理論においても新たな知見をもたらしており,博士の学
位論文として十分ふさわしいものと認められる.
2010年1月 審査員
(主査)早稲田大学理工学術院教授 理学博士(大阪大学) 村上 順 (副査)早稲田大学理工学術院教授 理学博士(京都大学) 上野喜三雄 (副査)早稲田大学理工学術院教授 D. `es Sci. (Univ. de Paris) 郡 敏昭
3