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(1)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一 考察(3・完) : ドイツにおける事業所協定変更法理 を素材に

著者 篠原 信貴

雑誌名 同志社法學

巻 60

号 2

ページ 247‑321

発行年 2008‑07‑31

権利 同志社法學會

URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000011428

(2)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(

 3二四七同志社法学六〇巻二号・完)

に 益 変 更 る 関 す 不 一 考 利 働 の 件 条 労 く づ 基 に 則 規 業 就 察(

3 ・ 完 )

―ドイツにおける事業所協定変更法理を素材に―

篠 原 信 貴

  (六七一)

第六節  ドイツ法についての検討 一  公正審査の適否についての検討   判例は、事業所協定は裁判所による審査に服するべきであるとする態度を崩していない。近時、公正審査という用語

の使用が避けられ、比例原則と信頼保護が強調される傾向にある。しかし、労使の利益の比較衡量という審査の枠組みそのものに変化がないこと、個別労働者への適用場面では(具体的)公正審査という用語を使用しているところから、

判例はなお公正審査を維持しているといえる。一方、学説は公正審査に反対しつつも、異なった法的構成を用いて、事業所協定に対する一定の審査を認めている。

  以下では、判例と学説の対立点を概観した後、事業所協定に対して行われる審査について検討する。

(3)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(

 3・完)二四八同志社法学六〇巻二号

 

1

事業所協定に対する審査の検討   学説は、事業所協定に対する公正審査を批判しつつ、適法審査を求める見解が通説的地位を占めている一方で、規範審査、内容審査を認める見解もあった。しかし、判例はこれらの用語についてあまり厳密な区別をおこなっていない。

ここで、いったん用語の整理を行っておく。

  まず、内容審査とは、取り決められた事業所協定の内容の正当性に関する審査である。公正審査、BGB三一九条に

基づく審査、労働保護法として事業所協定の内容に介入する審査などは、すべて内容審査と表現される。

  次に、適法審査とは、より高次の法との適合性を問う審査であり、通説は事業所協定はこの適法審査にのみ服すると する。

H oy nin ge n- H ue ne , K re ut z

の主張している審査が、この適法審査であり、近年は判例もこの自らの審査を適法審査と呼ぶ傾向にある。

  この適法審査が、具体的にいかなる基準でなされるべきかについては争いがあるが、

H oy nin ge n- H ue ne

によれば、適法審査は労働協約、法律、法律の代替たる判例法に反するかどうかという審査

K re z ut

比、ばれよに例、にらさ、りあで 1

原則および平等取扱原則がこれに加えられる。このように、適法審査の範疇に比例原則、平等取扱原則を含めるのであれば、適法審査であるといっても、ある程度は柔軟な運用が可能となる。

  また、

F as tr ic h

の主張する規範審査は、当該規範の他人決定的性格から導かれる規範的効力の限界としての、事業所協定の内在的限界に対する審査である。この審査は、実質的には比例原則等の形で発現することとなり、やはりある程

度広い範囲で、事業所パートナーを拘束することになろう。

  以上に対し、裁判所によって行われている公正審査は、公正概念によって行われる内容審査である。上述したように、 裁判所は公正審査と内容審査との用語の使い分けを必ずしも強く意識しているわけではないようである

。しかし、裁判 2)

  (六七二)

(4)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(

 3二四九同志社法学六〇巻二号・完) レ審査のでベル)適処法レ(ルベしの前以査審容内理ううが、しだた。たいてれさな摘る指のとい多がのもなてよ、八 っ、くいて見を例用運のそも比査審正公るいてっ行の所と例よはに解の理法の外以れそい原るあ、則原扱取等平、則釈

七年判決のように、適法審査というより、より介入的な審査がなされているような事例も見受けられる。したがって、裁判所の行っている公正審査には、その実態は形式的審査であって、適法審査と呼び得るものと、より実質的に内容審

査と呼ぶべきものとの両方が混在しているといえる。

 

2

公正審査の法的根拠   事業所協定に対する公正審査の根拠として、裁判所は、協約のように基本法上の保障がなく、争議権がないことによ る事業所委員会の従属性を前提に、信頼保護、BGB三一五条、

B et rV G

七五条一項一文及び同法七六条五項三文、比例原則などを挙げていた。しかし、判例の行っている公正審査は、学説によって、その法的根拠が不十分であると批判

されている。

  学説の批判に対しては、八一年判決

の一うにBGB三五る条が一般的法意よすがい反論を行ってる張。この判決の主 3)

表現だとすれば、公正審査の根拠として一応の説得性は認められる。しかし、BGB三一五条が公正審査の根拠である

との議論が説得力をもつためには、その前提として、事業所委員会に対等性が欠けているとの認識が必要である。なぜなら、BGB三一五条は、当事者の一方がその独占的地位に基づいて給付の確定をなす場合に適用される条文であり、

それが一般的法意の表現だとしても、実質的に当事者の一方が独占的地位についているとみなされ得る場合、すなわち事業所委員会がその対等性を保持していないと考えられる場合でなければ、この条文の適用は実質的に否定され、公正

審査の根拠にはなりえないと考えられるからである。

  (六七三)

(5)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(

 3・完)二五〇同志社法学六〇巻二号

 

B et rV G

七五条が根拠となりうるかどうかという問題も、

B et rV G

七五条から直接的に公正審査は導き出せない以上、 結局はBGB三一五条の解釈にかかることになる

tr ic as F h

法、そ、は護保頼信にのうよういが査とれみ適界がれそ―てしと限での力効的範規審は呼るあで分十不はて。 。う護保頼信、いの例判観たまの審点も、公正査を導き出す根拠とし 4)

ばれる限界と一致しているにせよ―作用するに過ぎない

し則、てっまいあと原の例比は点観の護そ信頼の用作てしと分区権頼待期るよに度強の保信、おての判に例いては特に 然かるあでと考自がのるえでら企ある。さらに業年金法につい 5)

ており、実質的には公正審査の根拠としてではなく、適法審査ともなりうるところの変更利益と労働者集団の受ける不利益との比較衡量に帰着しており、やはり公正審査の根拠としては十分なものではなかった。

  こうしてみると、判例の使っている公正審査という枠組みを肯定するためには、事業所委員会が従属的地位に置かれているという判断は必要不可欠であるといえる。しかし、そのような認識こそ、学説が批判している点であった。

  すなわち、判例と学説の決定的な対立点は、事業所委員会の対等性についての見解の相違であるといえる。  

3

適の査審正公と性等対の会員委所業事否   判例は、労働協約は憲法上の保障及び争議権を持つことから内容審査を免れるとの認識を前提に、事業所協定に対す る対等性に疑問を投げかける

にら争、とこるれえ行考といなり足は議為こがのそがどなとる由いてれらじ禁理 復回。成を護保雇解は員構けの会員委所業事受てなは全完の性属従非でいけだれそ、がる 6)

となっていた。 7

  一方、学説ではこの認識に反対するものが多い。  

H oy nin ge n- H ue ne

はこの点を詳しく論じている。それによると、事業所協定に対し協約が優位な位置を占めているこ

と、事業所委員会の職務範囲が事業所に限られることを考慮し、仮に、使用者に対して、労働組合と比べて事業所委員

  (六七四)

(6)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(

 3二五一同志社法学六〇巻二号・完) 織業所組九法の一、七事委が会員年所業事。いなぎ二に法大同、とこるいてし受享を拡改の項事定決同共りよに正過法 るれれそ、もてしとるいてさ労た立に場立い弱りよが会は働あ規で問るす応対に囲範制び組及囲範務職たっな異と合題

三七条、三八条による保護を受けること、また労働組合の協力を頼り得ること、調停委員会、労働裁判所への訴えによって保護を受け得ること、事業所委員会の構成員が解雇保護を受けていることを考慮すれば、事業所委員会の構成員の

賃金従属性を考慮したとしても、実質的に事業所委員会が劣位にあるとはいえない。さらに、事業所委員会が対等性を持たないとの認識は、使用者と事業所委員会が共通の帰属事項を﹁正しく﹂決定できると仮定して成り立っている共同

決定制度の意義を危うくするものであるから、許容しえない

8)

  この点について、

H oy nin ge n- H ue ne

の主張するように、事業所委員会が対等性をもつとすると、事業所委員会の非対

等状況を根拠にした審査は行えないことになる。そのため、先に検討したようにBGB三一五条の適用は実質的に否定され、事業所協定に対する公正審査は法的根拠を失うことになり、公正審査は否定されることになる。事業所協定に対

する介入として許容され得るのは、事業所委員会に対等性があることを認めた上で行われる審査のみである。

  しかし、事業所協定は集団的な規範であり、それゆえに、裁判所はこの集団的な規範への介入を許容してきた。裁判

所は、一般的労働条件を事業所協定で引き下げる実務上の必要性を認め、そのために、有利原則上の問題を法創造、強

行的共同決定と任意的共同決定の区別、集団的有利原則などを使用して回避しながら、一方で公正審査を認めることで、労働者保護を図ろうとしてきたのである。この公正審査は、七〇年判決では集団的な観点行われるものであると述べら

れており、その後の八一年判決で明らかにされた二段階審査における抽象的公正審査はまさにこの集団的な観点での審査の具体化であるといえる。

  (六七五)

(7)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(

 3・完)二五二同志社法学六〇巻二号

二  事業所協定にはどのような介入がなされるか  

F as tr ic h 1

の内容審査  

H oy nin ge n- H ue ne

は﹁内容審査は本質的に使用者に対する事業所委員会の劣位に根拠付けられる﹂と述べており、事 業所委員会に対等性があることを前提に、内容審査を否定している。

K re ut z

は比例原則及び平等取扱原則が事業所協定に課される事を認めているが、これらは事業所協定に引かれる強行法規による限界付けの一つとしてなされるのであっ て、この点は

H oy nin ge n- H ue ne

と同様の立場であると思われる。   一方、

F as tr ic h

は、労働契約に対する広範な内容審査のシステムを前提に、事業所協定に対する内容審査を肯定する。 確かに、形式的には

F as tr ic h

は、﹁事業所協定に対して開かれた法﹂の不存在によって内容審査を肯定するため、必ずしも事業所委員会の非対等状況を前提としているとはいえない。同時に、次のような難点も抱えている。

  第一に、

F as tr ic h

の前提とする、労働法そのものが内容審査のシステムであるという理解に対しても、労働法が労働契約を修正するという結果が存在することと、労働法が全体として労働契約を修正するシステムであるとすることに は、なお検討の余地があろう。そもそも内容審査は、

H oy nin ge n- H ue ne

の述べているように、契約当事者の非対等状況を前提とするものである。契約法の原則から言えば、本来は契約内容の妥当性は、契約当事者の自己決定によって追求

されるべきであり、その内容は客観的に妥当であることを要求されるものではなく、ただ公序良俗などの強行法規の限界に服するに過ぎないという所に帰着する。しかし、契約当事者が非対等状況に陥っている場合には、契約内容は有利

な一方当事者の意思の反映に過ぎないものに陥ってしまう。労働関係において、このような状況が生まれていることは明らかであり、これを防ぐために、労働法はさまざまな保護を講じている。内容審査はこのような労働者保護の一貫で

あり、その実質的根拠は労働者保護の必要性に求められることになる

F as tr ic h

対で非なうよのこはの域領。法働労、は 9)

  (六七六)

(8)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(

 3二五三同志社法学六〇巻二号・完) 当内囲範の性も妥もそしそはでこで内かとるいてし張主い契なは由自の容約そ。 めり段手るす復回をれこ、あしでのもな的造構は況状等とてるでべきで認ると解するのあ、って、に範広を査審容内あ

  確かに、労働契約においては、広範な制限が加えられることも多い。

F as tr ic h

のいうように、労使関係は、一見すると対等に見える関係であっても実体は異なる場合や、使用者による任意恩恵給付に思われる条件であっても、実際には

労働者に対する反対給付を期待するものであったり、それ自体が労働条件として認められるべきもので、労働者の期待を保護すべきである場合は多い。しかし、同時に労働者が自由意思により使用者と対等に交渉し、契約内容を形成する

こともありうるだろう。このような場合にまで、労働法は、それが労働関係であるということを根拠として、契約自由を制限しえるのか。

  ドイツでは、基本法一二条一項、あるいは基本法二条一項により、労働者と使用者には、労働関係の内容を自ら決定する権利が認められている。この私的自治は、当事者が対等性を持つこと、そのような当事者間の交渉により、契約正

義が実現されることを想定しているものといえる。当然、私的自治による自己決定の範囲は妥当性の範囲内ではなく、国家法及び集団的契約(労働協約・事業所協定)の範囲内のものということになる。したがって、労働法の領域におい

ても、原則として、労働契約の内容を自由に決定する権利がある、言い換えれば契約自由の適用があると考えられてい

る。このような私的自治を原則として捉える限り、内容審査は、非対等状況により私的自治が有効に作用せず、事実上使用者による一方的決定となっている場合に、これに制限を加えることにより、非対等状況から導かれる一方的決定を

排除し、実質的な私的自治を回復するシステムであると捉えることができる。そうだとすると、対等状況があり私的自治が有効に作用している場面では、内容審査はその根拠を失う可能性があり、問題となる契約が労働法の領域にあると

いうだけで、直ちに契約自由を否定し、内容審査を肯定することは困難になる。

  (六七七)

(9)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(

 3・完)二五四同志社法学六〇巻二号

  第二に、

F as tr ic h

の内容審査については、その基準からどのように恣意性を排除するかという問題がある。

F as tr ic h

は、

内容審査も何らかの法的基準による審査であり、法による労働者保護の空白がある場合に行われる法創造の問題と、内容審査の問題を混同してはならないと述べている。しかし、契約自由の認められる妥当性の範囲内がどこまでかという

ことについて、その基準が必ずしも明確であるか、疑問の余地も生じよう。

  最後に、たとえ労働契約に対する内容審査が肯定されたとしても、これがそのまま﹁開かれた法﹂の不存在により事

業所協定に適用されるかどうかについても、やはり検討の余地があろう。

 

F as tr ic h

によれば、労働法の規制手段である内容審査は事業所協定にも及ぶことになる。確かに、労働法そのものを

一つの内容審査のシステムと解すれば、﹁開かれた法﹂が存在しない事業所協定には、形式的にはこのシステム、すなわち内容審査が及ぶように思われる。しかし、内容審査が非対等状況を根拠としてなされる法の審査であるとすると、

労働契約の領域においては、構造的な労働者の従属状況のために、内容審査が認められるとしても、事業所協定は労働者の代表たる事業所委員会と使用者との間で取り決められた協定であって、事業所協定への内容審査の適否について

は、さらに、事業所委員会の対等性の有無を検討しなければならないはずである。

F as tr ic h

は、この問題について、形式面(開かれた法の不存在)から解決策を導くが、事業所委員会への﹁開かれた法﹂の欠如との対比として挙げられて

いる労働協約への﹁開かれた法﹂の存在も、労働組合が対等であることから生じる﹁結果﹂であるに過ぎず、﹁開かれた法﹂の存在が、労働組合の対等性の﹁原因﹂でないならば、やはりなお検討の余地が残ることになる。

 

2

審るれさなもに合場るがあ性等対に会員委所業事査

(一)事業所協定全体への審査

  (六七八)

(10)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(

 3二五五同志社法学六〇巻二号・完)   に審るよ比則原例⑴査

  以上の内容審査に加えて、

F as tr ic h

は、事業所協定に対する規範審査を提唱している。また、

K re ut z

も適法審査を主

張しているが、どちらの審査も比例原則による介入を認めている。

  この両審査には、どのような違いがあるだろうか。  

H oy nin ge n- H ue ne

は、事業所委員会には対等性があることを前提に、事業所協定には適法審査が課されるにすぎないとの立場から、判例は公正審査を用いるべきではなく、有利原則、規制の目的の解釈による権利濫用、及び判例法など による審査に限定すべきであると述べていた

F as tr ic h

格以とのもの前内査審容て、も。し、い、性的定設範規のそく非な係関はと況状等対るてべ述とるあできべる

K z ut re

審はこれを押し進め、適法例査取え加を則原扱等に平と則。比は原 10

からの規範審査を、事業所協定への介入として肯定していた。

 

H oy nin ge n- H ue ne

の主張する適法審査は、伝統的な審査であり、事業所協定にもより高次の法との適合性が求められ

る以上、このような審査がなされるとするのは当然であるといえる。しかし、この審査はあくまでも個別的な観点から課せられる審査であって、裁判所が志向した、集団的労働条件の変更に際しては事業所協定で規制されるのが適切であ

り、そのためには集団性を重視した審査が必要であるとする方向とは一致しない。適法審査には一般条項も含まれるた

め、実際の適用場面においては妥当な結論が得られる可能性は充分にあるが、そのためにはある程度、一般条項を柔軟に適用する必要があるし、このような審査はそもそも裁判所が事業所協定による一般的労働条件の変更を許容した目的

に沿うものではない。

  これに対して、

K re ut z

B et rV G

七五条を用い、基本法の間接適用として、比例原則及び平等取扱原則の適用を主張 する。強行法規による限界付けを否定する趣旨ではなく、これに

B et rV G

七五条をも考慮すべきとする趣旨であるから、

  (六七九)

(11)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(

 3・完)二五六同志社法学六〇巻二号

H oy nin ge n- H ue ne

の適法審査を超えて、更に基本法の視点による規制を加えたものと考えることができる。

K re ut z

の適

法審査のうち、比例原則、すなわち規制目的のために規制が相当であり、必要性があり、手段と目的の均衡が保たれる必要があるとする原則に関しては、結局は判例と同様に、変更の目的の正当性(必要性)と労働者の受ける不利益とい

う労使の利益衡量に帰着する。そして、事業所協定による制限が集団的なものである場合には、その目的も集団的に捉える必要があるから、審査に集団的な観点を加えることができるため、このような審査の枠組みは判例の意図した審査

に近い。また平等取扱原則は、判例のいう具体的公正審査に相当する処理を可能とする。

  一方、

F as tr ic h

の主張する規範審査は、事業所協定の規範設定的性格からの審査である。事業所協定はその他律的決

定としての性格から、一般的な契約自由よりも狭い限界を持たざるをえないのであり、その限界は、比例原則の形で発現するのである。この審査も、比例原則を用いる点からも、また事業所協定の規範的効力の限界の審査という実質的な

意味合いからも、集団的な観点での労使の利益の比較衡量としての審査になりうる。

  以上のように、

K re ut z

の適法審査及び

F as tr ic h

の規範審査は、どちらも比例原則を用いて事業所協定の効力を限界付

けているが、両者の関係はどのように考えるべきであろうか。

  この点は、

F as tr ic h

の主張する規範審査は、規範設定としての観点から、事業所協定に対する審査を述べたものであ るが、

K re ut z

の主張している審査は、基本法の観点から事業所協定に対する審査を述べたものであって、両者は同じ審査を別の角度から眺めたものと考えることができよう。事業所協定に対しては、その規範設定的性格から、一般的な契 約自由よりも狭い限界付けがなされる必要があるが、これを基本法的観点から見れば、

B et rV G

七五条による基本法の間接適用として、憲法上の価値判断が事業所協定に投影されるべきであるということになる。言い換えれば、比例原則

を含めた憲法上の価値判断が

B et rV G

七五条を通じて事業所協定に適用されるべき実質的な理由が、その規範設定的性

  (六八〇)

(12)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(

 3・完)二五七同志社法学六〇巻二号 格である。

  そのように捉えることが可能であれば、この両者の見解は両立し得る見解であり、説明の方法が異なっているに過ぎ ないものといえる

、とら至に論結るな異は例る判、しかし。るれらざをがるはていつに点のこ。あ得も例事るれわ思といな得論結の を等対の会員委所業事ば、れす解理にうよの上性前。の様同と例事のく多例提判りはや、もてしに以 11

K re ut z

及び

F as tr ic h

は充分な検討を行っていない。そこで、

K re ut z

及び

F as tr ic h

の審査が、事業所パートナーの対等性を前提としつつ、比例原則を用いて、その裁量の限界を審査するものであると理解した場合に、どのような審査の基準 になるのかについて検討を加える。⑵  判例の具体的検討

  判例も比較衡量を行っていたが、そのスタンスは事例ごとに違いがあった。八一年(本章第四節二の一)と、八七年(本章第四節二の二)の両判決は、どちらも現在の経営上の危機が主張されなかったにもかかわらず、変更の目的の認

定基準、必要性の判断基準に違いが生じている。

  特に、

F as tr ic h

が実質的には規範審査を行ったものであるとする八一年判決は、変更目的そのものに集団的な利益を

認め、事業所パートナーの裁量権を尊重した結果、形式的な審査をおこなっていたが、八七年判決は、変更目的そのも

のを詳細に検討した結果、変更目的は経営上のものだと判断するなど、より実体的な審査をなしており、事業所委員会の裁量権をより狭く捉えていると考えざるをえないものであった。この違いは、事業所委員会のもつ裁量を、裁判官が

どの程度尊重すべきと考えたのかによって、すなわち事業所委員会の対等性に対する疑念の強さによって、生じてくるものであると考えられる。

  まず、八七年判決は、公正審査を行う際に、変更の目的を経営上の理由であるとして、これに適した介入であるかど

  (六八一)

(13)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(

 3・完)二五八同志社法学六〇巻二号

うかを判断している。変更の目的をこのように経営上の理由であると特定することからは、事業所委員会の同意をあま

り重要視していないことが読み取れよう。判決は、仮に、被告主張の通り労働者側が年金協定の変更を望んでいるのであれば、あらゆる労働者に年金調整金が支給されることになるだろうという。こうした判示は、事業所パートナーの対

等性に強い疑問を持っていることを示していよう。こうした姿勢は学説の提唱する審査の形とは異なり、より介入的な審査であるということができる。

  一方、八一年判決は、事業所委員会の裁量の幅を前提にした判断であり、より学説の提唱する審査の基準に近い。 八一年判決は、﹁どのような年金規制が事業所及び従業員の必要を満たすのかは、事業所パートナーのみが答えうる規 制の問題である﹂とした上で、﹁寄付範囲(

D ot ie ru ng sr ah m en

)が取るに足りない程度しか拡張されなかったとしても、この規制目的には、全従業員の集団的な利益がある﹂と述べて、規制の統一という点を中心にしつつも、変更の目的に

ついて八七年判決のような限定を行なうことなく、変更の必要性を認めている。一方、労働者の受ける不利益についても、集団的な観点を中心にした審査が行われており、結果としてはこれを公正審査に耐えうると判示している。この判

断は、事業所パートナーの裁量の幅を認めており、変更の目的に集団的な利益を認めている点からも、先の八七年判決のような変更の目的を限定的に解している態度と異なり、変更の必要性をゆるやかに解しているものと考えられる。

(二)個別的な審査

  それでは、裁判所の行ってきた二段階審査はどのように考えるべきであろうか。   事業所パートナーは、個々の労働者に対して事業所協定を持って不利益を及ぼすことができる。しかし、その裁量権

の逸脱は比例原則によって審査される必要がある。すなわち、規制の必要性と労働者の不利益は比較衡量されなければ

  (六八二)

(14)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(

 3二五九同志社法学六〇巻二号・完) の裁量権と範囲内はは、の益利不えへ者働労定特な考、ら審の権量裁な的別個、は査正れ公的体具ういの決判よずう逸 のの不るあに外囲範の的目制益規もそもそ、がいならな利にそに、かるあでのいならな象つ対るれさ量衡較比はていら

脱についての審査として肯定しうるものと考える。したがって、個々の労働者の損害が大きいから許容されると解するのではなく、それが通常の損害ではなく、労働者個人の特殊事情による特殊な損害であって、そのような損害が一般的

な規制の目的の範囲外であると考えられるときに、救済されるのである。

  この点、

K re ut z

のように平等取扱原則を適用しても、やはり同様の結論が得られるであろう。しかし、事業所委員会

(および使用者)に裁量権があることを前提に、これの限界が審査されると考えるのであれば、個別具体的な不利益を救済する場合にも、やはりこの裁量権との関係で考える方が自然であり、個別具体的な不利益の救済という場面でも、

比例原則が作用すると考えることで処理しうるのであるから、特に平等取扱原則によることなく、単に裁量権の問題として捉えることも可能であろう。

  具体的公正審査が裁量権の問題であるとすると、経過措置の問題に関しては、どのように考えるべきであろうか。   基本的には、経過措置は労働者グループに対する集団的な不利益として考慮されることになるから、この問題は抽象

的公正審査として審査されることになる。そして規制全体は適切であると考えられるとしてもなお、特定労働者に対す

る関係で規制が無効となるかどうかは、規制の目的の範囲内であるかどうかにかかる。経過措置の欠如によって特定労働者が不利益を被っているとしても、一般的に規制の目的の範囲内で被る不利益については、裁量の範囲内であるため、

通常の審査で適切であると判断されれば、個別的に無効とされる余地はない。特定労働者グループに対する狙い撃ち的な規制などは典型例であって、個別的に無効にされるべきではなく、規制そのものの有効性が問われるべきである。こ

れに対して、経過措置の欠如による特定労働者の不利益が、その個別事情によって拡大されている場合には、そのよう

  (六八三)

(15)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(

 3・完)二六〇同志社法学六〇巻二号

な個別事情を考慮して一般的な規制がなされることは考えにくいから、規制の目的の範囲外と考えられる可能性が高

く、特定労働者に対する関係で規制が無効となる余地がある。八七年判決の事例がこれにあたるものと考えられる。

  結局、経過措置の問題は、本質的には抽象的公正審査の段階で審査されるべき問題であって、これが労働者に対して

均一の効果を持たない場合に、具体的公正審査がなされる余地があるということができよう。

  具体的な適用場面としては、裁判所が八七年判決において、原告労働者を具体的公正審査として救済しうる可能性を

指摘している。

  八七年判決の原告たる労働者は、自身の社会保険年金の不備を補償してくれる年金システムが変更されることによっ

て、大きな損害を被ることになった。それは、そのような損害が規制の目的の範囲内といえるかどうかという観点から審査がなされることになる。本件のような事例では、従来は社会保険年金と一体となってきた企業年金を、分離するこ

とが主要な目的であると考えることができる。

  本件では緩和措置である年金調整金を一定の勤続年数未満の者に支給しなかったために、原告たる労働者は、その個

別事情によって他の労働者と比べて非常に大きな損害を被ることになったのであるが、この損害を規制の目的といえる場合、例えば経営上の危機等の理由により、原告のような労働者に対する不利益を与えることまでがその目的であると

捉えられる場合であれば、この労働者の損害は通常の審査で判断されることになるが、本件においては主要な目的は、事業所年金の社会保険年金との分離にあるということができ、原告労働者の損害は規制の目的の範囲から逸脱するもの

として、個別的に救済すべき事案であると考えられる。

  (六八四)

(16)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(

 3・完)二六一同志社法学六〇巻二号   三日本法への示唆

  最後に、日本法への示唆となる点を挙げる。   日本と同様に、ドイツにおいても、集団的労働条件の硬直化は問題とされており、これを集団的に変更する方法が模索されていたが、そこでは労働者の権利をどのように保護すべきかという問題に直面していた。

  ドイツにおいては、事業所協定が集団的労働条件変更手段として注目されることとなった。この事業所協定は、労働者代表である事業所委員会と使用者とが取り結ぶ協定であり、労働者集団の利益調整を為し得る点では問題はないが、

その対等性については議論されている。

  ドイツの判例は、一般的労働条件を事業所協定で引き下げうるかという問題に対して、集団的有利原則という一応の

結論を示しているが、判例は同時に、公正概念による内容審査である、公正審査によって労働者保護が行われるべきであるとしていた。判例は、公正審査の法的根拠を、事業所委員会の非対等性に求めているが、実際に行っている審査の

中には、事業所委員会の裁量権を重視したものも存在し、その対等性への評価については事例ごとに異なっているようである。一方、学説は、事業所委員会の対等性を認め、公正審査には反対している。しかしながら、適法審査・規範審

査という異なった視角からの審査については肯定していた。

  以上のことから示唆されることは、集団的規範の変更においては、労使間での対等性がない場合、すなわち利益調整が不十分である場合には、内容審査は肯定されるが、利益調整がなされている場合には、裁判所の内容審査は否定され

るということである。しかし、ドイツにおいては、事業所委員会は事業所の全労働者の代表であり、事業所協定は事業所委員会と使用者との共同決定であるが、日本においては、就業規則は使用者の一方的決定であり、これに多数組合が

関与したとしても、組合外労働者にとっては、集団的労働条件設定に自らが関与し得ないのであって、ドイツでの議論

  (六八五)

(17)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(

 3・完)二六二同志社法学六〇巻二号

をそのまま日本法に適用させることはできない。この点については、他律的規範の拘束力について考察した規範審査の

考え方が、特に日本法を検討する上で重要であると考える。

第三章  日本における就業規則の不利益変更   本章では、ドイツ法の検討結果を踏まえて、多数労働者と少数労働者の利益調整という視点から、日本における就業規則の不利益変更問題についての検討を行う。まず、ドイツ法が示唆するところを確認し、ついで就業規則の不利益変

更論について、現在の不利益変更法理における要件論として、多数組合の合意の位置付けと、相対的無効論について論じる。

第一節  ドイツ法が示唆するもの 一  ドイツ法の検討結果   ドイツにおける事業所協定の議論から、次のような点が明らかになった。   第一に、ドイツにおける事業所レベルの労働条件決定手段である事業所協定による集団的労働条件の不利益変更については、集団的な観点が重視されていた。判例が事業所協定に対する、一般的労働条件に関する個別労働者の権利の優

越(有利原則)を全面的に認めることを躊躇し、統一的な変更手段がないのであれば法の欠缺がある(七〇年判決)と述べていることからも、集団的な労働条件に関しては、集団的な変更の手段が不可欠であることが明らかとなった。さ

らに、公正審査の場面でも、こうした集団的な観点は重視され、労働者集団全体にとっての不利益が問題とされていた。

  (六八六)

(18)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(

 3二六三同志社法学六〇巻二号・完) 者数労働との対立とい少数者働労図多に的然必、めうっ式意もるべ呼と意合の真、が合との数多のこ、りおてるなたの   あ事件条働労のルベレ所業る定けおにツイド、に二第決手で所定のと者用使と会員委業段事、は定協所業事るあで協

であるかどうかが議論の焦点となっていた。すなわち、判例が事業所協定に対する公正審査を肯定しているのは、事業所委員会の対等性を疑問視しているからであり、多数労働者の合意を真の合意と理解していないことを意味する。これ

に対し、学説が公正審査を否定しているのは、事業所委員会の対等性を前提としているからであり、多数労働者の合意を真に合意と評価していることを意味する。

  第三に、上記のことと関連し、内容審査は対等決定された労働条件に及ぶものではなく、一方的決定に対して課される審査であることが明らかにされた。

  第四に、学説は公正審査、ないし内容審査を否定しながらも、事業所協定の他者決定性という観点からなされる審査(適法審査・規範審査)を肯定していた。このことから、労使に対等性がない場合に課される審査(公正審査・内容審査)

以外にも、労使に対等性があってもなお事業所協定の性質上、内在的に課される審査(適法審査・規範審査)があることが明らかになった。

  第五に、労使に対等性が認められない場合の審査(公正審査)は、事業所協定の変更が公正概念に照らして妥当であ

るかどうかという審査であり、変更の必要性と労働者の受ける不利益を比較衡量するものであった。しかし、ドイツの判例の中には、事業所委員会の対等性の評価により、比較衡量の基準が異なるものが見受けられた。

  第六に、労使に対等性が認められる場合に課される審査(規範審査・適法審査)も、やはり比例原則に従って、変更の目的と労働者の受ける不利益が釣り合ったものであることを求める審査であった。しかし、労使の対等性を前提とし

た審査である以上、判例の審査とは異なり、そこでの視点は労働者集団の中での利益調整が含まれると考えることがで

  (六八七)

(19)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(

 3・完)二六四同志社法学六〇巻二号

きる。

  最後に、判例は個別労働者の不利益も抽象的公正審査の枠内で判断する一方で、具体的公正審査として、規制の目的の範囲外で生じた不利益に関しては、変更された事業所協定の効力を当該労働者に対してのみ無効とする処理をなして

おり、労使に対等性がある場合に課される審査は、この処理と矛盾するものではなかった。

  これらのことより、次のように言うことができよう。   集団的労働条件の変更に関しては、集団的な観点からの審査が求められる。この集団的労働条件の設定が使用者により一方的になされていると判断される場合には、労使に対等性がないことを前提とする審査(公正審査・内容審査)が

課されることとなる。そこでの審査は、使用者の一方的決定との性格が強ければ強いほど、より介入的なものとなり、その性格が弱ければ弱いほど、その介入の基準はゆるやかなものとなる。

  一方、多数労働者がこれに同意しており、この同意が真の合意と評価できる場合、すなわち規制が対等に決定されたと考えられる場合には、内容審査は否定される。しかしながら、変更に同意していない労働者を拘束するためには、労

使に対等性があってもなお課される審査(規範審査・適法審査)を免れることはできない。

  以上の審査で正当化されるのは、規制の目的の範囲内についてであり、この範囲外に生じる不利益については、別個、

個別的な視点で審査がなされ得る。

二  日本法とドイツ法の異同   ドイツ法から日本法への示唆を得るにあたり、日本はドイツと異なる法制度の下にあり、ドイツでの議論をそのまま

日本法にあてはめることはできない。そこで、事業所レベルにおける集団的労働条件の規制手段に関し、特に就業規則

  (六八八)

(20)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(

 3二六五同志社法学六〇巻二号・完) 本異の法ツ日と法に同てついド確認しておきたいイさ、協の不利益変更と事業所定ての不利益変更を対比せ。

  これまで確認したように、ドイツでの事業所レベルでの規制手段である事業所協定は、使用者と事業所委員会が取り

結ぶものであり、事業所協定による労働条件の変更は、常に多数労働者の同意のあるものといえる。一方、日本においても、就業規則の不利益変更に際して使用者が多数組合と協議し、これに同意している場合には、やはり多数労働者の

合意のある状況といえる。

  しかし、多数労働者の合意といっても、日本とドイツにおけるそれぞれの意味内容は若干異なっている。   ドイツでの事業所委員会は制度的に保障されたものであり、その規範設定にあらゆる労働者が関与しうる一方で、日本においては就業規則の変更に際して労働者代表の意見聴取義務

保方的度制るげ妨を定決的一の者用使、でみのるあが 12

障は存在せず、多数組合も、単にその事業場において多数の労働者が組織しているというにすぎず、これに加入していない労働者は自らが多数組合の意思に関与することができない。したがって、ドイツと異なり日本においては、制度と

しては、少数労働者は、多数組合の合意の有無を問わず、集団的労働条件の変更に関与できない。

  またドイツでは、事業所委員会の対等性について、学説と判例が対立し、これを疑問視する判例が、対等性が存在し

ないことを前提とする公正審査を主張していた。ドイツの議論においては事業所委員会に争議権が存在しないことがそ

の対等性に疑問を抱かせる大きな理由とされていたが、事業所委員会に対等性があるといえるかどうかを別にしても、少なくとも日本の労働組合は憲法上保障され(憲法二八条)、争議権を含めた労働三権を保持しており、その対等性に

ついてはほぼ疑問の余地はない

13

  この点については、次のように整理できよう。すなわち、ドイツにおいては、事業所委員会の対等性には議論の余地

があり、この事業所委員会の対等性に対する評価の程度により、裁判所が事業所委員会の定めた規制にどこまで介入し

  (六八九)

(21)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(

 3・完)二六六同志社法学六〇巻二号

うるかに争いがあった。ここで、事業所委員会の対等性を認めると、事業所委員会は全労働者代表であり、そこでは一

応労働者間の利益調整に対する事業所委員会の裁量があるが、それでもなお、憲法上の比例原則、ないし他者決定性から、これにどこまで介入しうるかが問題となる。ドイツにおいては、学説がこうした立場をとっていた。

  一方、日本においては、多数組合の同意は、組合外労働者との利益調整を意味するものではないために、ドイツと異なって少数労働者の利益は全く考慮されていないが、労働組合の対等性については信頼しうる。日本における多数組合

の合意のある就業規則の不利益変更問題では、労使の対等性(労使の利益調整)が問題になるのではなく、ドイツにおける学説の想定した図式よりもはるかに、労働者集団の間での利益調整が重要になるのである。そこでの審査基準は、

少なくとも労使間での利益調整を疑問視され、当然労働者集団の中での利益調整はほとんど問題とならない公正審査よりも抑制的な審査となろうが、同時にこの双方が満たされていると考えるべき労働協約に対する審査よりも、介入的な

審査となろう。この審査については、ドイツにおける労働者集団の中での利益調整を問題とする学説の審査、ならびに実質的に規範審査であると判断されたドイツの判例の基準(八一年判決)が参考になるものと思われる

14

  また、抽象的公正審査、具体的公正審査という二段階審査についても、ドイツでの議論状況は日本と類似する点が多い。日本では相対的無効として、規制全体が有効であっても個別労働者に対しては無効とする処置の問題として論じら

れ、特に経過措置の問題と関連付けられていた。ドイツにおいても、やはり規制そのものの有効性を前提としつつ、個別労働者に対しては、規制の目的の範囲外に生じた損害について、特定労働者に対してのみ規制の拘束力を否定すると

いう具体的公正審査が行われていた。この具体的公正審査も経過措置がない(不十分な)場合に行われていたが、経過措置そのものの問題は抽象的公正審査の枠内でも審査されているため、経過措置の問題との関連がみられるのは、あく

まで結果として、これが規制の目的外の損害を発生させるものと判断されたからであり、本来経過措置の問題の解決に

  (六九〇)

(22)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(

 3二六七同志社法学六〇巻二号・完) はるえいといなたで査審てあを点焦。

第二節  判例法理の理解 一  集団的性格   日本では、判例が、就業規則の不利益変更を原則として不可能であるとしつつ、変更に合理性がある場合には反対労働者を拘束しうると判示し、これが判例法理として確立してきた

基、に則規業就、は条〇一条九第法約契働労、在現。 15

づく労働条件の変更について定めをおいているが、これは従来の判例法理をほぼそのまま明文化したもので、その内容は判例法理を踏襲したものである

判とは後に加えること検して、以下では討ののてたがって、こ労。働契約法についし 16

例法理についての検討を行うこととする。この判例法理についても批判のあるところではあるが、集団的労働条件を事業場で統一的に変更する手段を提供するものとして、支持されるべきであると考える。個別契約によっては事業場レベ

ルでの労働条件統一手段が乏しく、事業所協定による不利益変更を認めざるを得なかったというドイツの事情は、類似の状況にあった日本の判例法理の結論の妥当性をうかがわせるものである。

  日本の判例法理において問題となる合理性判断は、変更の必要性と、労働者の受ける不利益との比較衡量を中心とし、 代償措置、組合との交渉経過、他の労働組合または他の労働者の対応、同種事項に関する日本社会における一般的状況などを総合勘案するものとされているが

捉を変更の合理性集は団的な観点から、てる、おに断判性理合いれさなでこそ 17

える必要があると指摘されている

18

  就業規則で設定される集団的労働条件は、事業場において統一的、画一的に適用される労働条件であるから、これを

どのように設定するべきかという問題は、事業場の労働者全員に関わる問題となる。そこでは、労働者個々人の視点で

  (六九一)

(23)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(

 3・完)二六八同志社法学六〇巻二号

変更が妥当かどうかというよりも、むしろ労働者集団全体から見て、その変更が妥当かどうかが審査されるべきである。

そもそも、こうした集団的労働条件を事業場において統一的に変更する手段がないからこそ、﹁統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の性質

場のを認めるとするが変判例の基本的な立更益規利もって、就業則﹂による統一的不を 19

であり、そこでは当然に規制全体が合理的かどうかという観点が必要となる。もちろん、個別労働者が受ける不利益を保護する必要はある。しかしながら、ドイツにおいても変更解約告知が個々の労働者にとっての妥当性を中心に考慮す

るもので、事業所レベルでの労働条件統一に適切な手段ではないと判断されたように

いておいては、個々の労働者にとっの理画と更変な的一的妥一統、は性当に法労拘対例者がこれに働束れるとする判さ 利一的画一的に益のため、反、統 20

う利益をも上回るような、個別労働者の不利益があるかどうか、という視点で審査される必要があろう。

  労働者集団全体からみて、規制が合理的であるかどうかを判断するにあたっては、多くの労働者がこれに同意してい るかどうかという点も重要になる。この問題は労使間での利益調整だけでなく、労働者集団間での利益調整が必要とされる問題でもあるから

こにるかどうかが重要なてってくるのである。いえ変考数労働者がこの更、を妥当なものだと多 21

の点については、第一章において検討したように、判例法理を契約説から理解することも、多数労働者の意思を重視するということにつながる。したがって、集団的な労働条件に関しては集団的な合意があるということは、規制の合理性

に強く影響するものと考えられる。

  しかし、多数労働者の合意といっても、使用者が多数労働組合と協議の結果、労働協約を締結して就業規則を改訂す

る場合もあれば、労働組合が組織されていない事業場において、多数の労働者の個別的な同意を得て就業規則を改訂する場合も考えられよう。この場合には、どちらの場合も表面的には多数労働者の合意があるといえる。しかし、この多

数労働者の意思を真の合意と認めるためには、労働者は使用者と対等な関係に立っている必要がある。まさにこの点こ

  (六九二)

(24)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(

 3二六九同志社法学六〇巻二号・完) 立査かという対心の中範でもあった審適規おそ、ドイツにい・て公正審査か法。

  そのため、単に多数の労働者が合意したということと、多数組合が合意したということは、意味合いが大きく異なる

ものと理解すべきである。

二  多数組合の合意  

1

多数組合の合意とはなにか

(一) 労使間での利益調整と、労働者集団の中での利益調整

  ドイツでの議論を踏まえると、多数組合の合意は合理性審査の基準を後退させるものであると考えることができよ

う。

  ドイツにおいて、労使の対等性を認めた学説が、なお裁判所による審査を求めていたように、集団的規範設定におい

ては労使、労働者集団間での利益調整が問題となる。日本における就業規則による労働条件の不利益変更の際に必要となる合理性に関しても、労使間での利益調整がなされているとは期待し得ない、使用者の一方的な決定から労働者を保

護するという側面、また労働者集団の中での利益調整が期待し得ない、多数者の一方的決定から少数者を保護するとい

う側面の二つがあると考えられる。したがって、これを区別して把握する必要がある。

  ドイツの議論によれば、集団的性格を持つ一般的労働条件は、集団的に変更される必要があり、その手段は事業所委

員会と使用者とが締結する事業所協定に求められた。そして、事業所委員会が対等性を持たないとする判例は、事業所協定に対する公正審査を認めてきたが、その公正審査の審査基準は、事業所委員会の対等性の評価により異なるもので

あった。一方で、事業所委員会に対等性を認める学説は、公正審査を否定し、より抑制的な審査(規範審査・適法審査)

  (六九三)

(25)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(

 3・完)二七〇同志社法学六〇巻二号

を認めてきた。ドイツにおいて、事業所委員会は労働者代表で組織されており、労働者集団の中での利益調整は、少な

くとも一定程度は制度的に保障されていたということを考えると、こうしたドイツの議論からは、労使間での利益調整の度合いにより、裁判所が介入しうる基準が変わってくるという結論が導き出される。

  日本においては、事業所レベルでの労働条件統一手段として就業規則の不利益変更が認められてきたが、この就業規則は使用者の一方的決定によるものであり、そこでは労働者集団内部での利益調整はもとより、労使間での利益調整さ

れたものと考えることもできない。判例法理による合理性審査とは、本来、まさに何の利益調整も期待し得ない一方的な決定に対する審査という意味合いで使用されているものと考えられる。しかしながら、仮に事業所レベルでの規制を

使用者が労働者集団と協議し、労使双方が対等な立場で決定した場合であれば、合理性審査は、労使間での利益調整という問題から、労働者集団の中での利益調整という問題に変容することになろう

22

  つまり、労使間に対等性があるかどうかが、合理性審査の性質を定めることとなる。

(二) 多数組合の同意と多数労働者の同意

  ところで、こうした議論においては、多数労働者の合意と、多数組合の合意とを区別すべきである。ここでは、多数

組合の合意とは、その事業場において過半数を組織している労働組合が、使用者との間で新たな労働条件について協議し、労働協約を締結していることを意味すると解すべきである。

  ドイツにおいては、事業所委員会の対等性が議論の中心であった。これに対して、日本における労働組合は、憲法二八条によって争議権を含む労働三権を保障されており、使用者に対して対等性を保持している。したがって、この労働

組合が争議権を背景とした交渉力を持って、労働組合が使用者と交渉し、規範的効力を有する労働協約を持って合意し

  (六九四)

(26)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(

 3二七一同志社法学六〇巻二号・完) しルベレ場業事ろきむ、ずおではとこぶ呼に対い評るあできべるす価とてのもたれさ定決等はと。 使就適てしと更変の則規業をされこ、はに合場ういとた用せをそ者の一方的決定容内のりよはや、もで合場るすとう用

  しかしながら、労働組合の合意ではない、あるいは多数組合が単に異議を示さなかったというだけでは、就業規則の内容に対等に交渉された成果であるという意味での対等性を認めることはできない。個々の労働者は使用者と対等な立

場には立ちえず(労働従属性)、対等な立場に立つためにこそ組合を結成し、集団として使用者に対抗し、初めて対等性が認められるのであるから、変更そのものに対等性を認めるためには、多数の労働者が同意するだけでは足りず、さ

らに多数組合が単に変更に異議を示さなかったというだけでも、やはりその対等性をもって労使の利益の調整を行ったものとはいえない。したがって、変更そのものを対等であると認めるためには、労働協約による合意が必要であると解

されるのである。

  もちろん、集団的労働条件の性質を考慮すれば、多数の労働者が同意を与えていることは望ましい。その意味では、

多数労働者が就業規則の不利益変更に際してどのような態度をとったかということも、合理性判断において審査されるべき事柄となろう。しかし、それは一方的決定という就業規則変更の性質を変更するものとまでは理解できないため、

こうした多数労働者の合意を、﹁多数組合の合意﹂として評価すべきではない。

  また、多数組合は事業場において過半数の労働者により組織されている必要がある。   労働組合は、少数であっても使用者と対等な立場にたち、自ら権限を行使して労働協約を締結することができる。し

かし、就業規則の不利益変更に関しては、全事業場に適用される集団的な労働条件が問題となるのであり、多数組合の合意とは、事業場での多数労働者の利益を代表するものとして取り扱われるのであるから、民主主義原理から、少なく

とも事業場における過半数の労働者によって組織されている必要があろう。これを満たさない労働組合の合意は、やは

  (六九五)

(27)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(

 3・完)二七二同志社法学六〇巻二号

り﹁多数組合の合意﹂としては評価されるべきではない

23

 

2

審査基準の後退   それでは、多数組合の合意と裁判所による合理性審査の基準との関係を、どのように理解すべきだろうか。   ドイツの事業所協定への裁判所の審査をめぐる議論においては、労使間の対等性が問題とされた。この対等性を疑問

視して公正審査を認める判例は、事業所パートナーの裁量権の評価について裁判官ごとに異なった態度を示していた。すなわち、労使間での利益調整について、これを一定程度認めようとする裁判官は、労働者代表たる事業所委員会の規

制権限をある程度認め、介入に抑制的であった

を行るあでのたいてっ 官入介の度強りなか、は判と裁対し、これをほんのど認めない立場のに 24

間すには、学説の主張る場ような、労働者集団合る使れれに対して、労間。の対等性が認めらこ 25

での利益調整を問題とする、より抑制的な基準での審査が認められるに過ぎない。

  しかしながら、日本においては労使間での利益調整が認められても、労働者集団の中で、少数労働者に対する利益調

整は期待し得ない。ドイツの場合と異なり、日本における多数組合は、少数労働者の利益代表ではないため、多数組合は、少数労働者にとって自己を代表するわけではなく、自己の意見・利益を反映させる機会をもつものでもないのであ

る。その合意は、単に事業場において多数を占める組合が合意したという事実にとどまることとなる。

  つまり、多数組合の合意のある就業規則の不利益変更問題においては、労使間については利益調整が認められるが、 労働者集団の間での利益調整が不完全な規範への審査が問題となるのである

26

  この問題を日本において考える上では、

F as tr ic h

の主張する規範審査と、その具体化としてのドイツ判例の考え方が、

参考になるものと思われる。

  (六九六)

(28)

就業規則に基づく労働条件の不利益変更に関する一考察(

 3二七三同志社法学六〇巻二号・完) 着定性にそ目し、人こ決と他ういはるす定決が人他で契完と判裁るす対に範規、てしい全な得し在存は由自約るなと所  

F as tr ic h

見とさ定決等対、は規査審範たるす張主のれ集らのか事当るれさ用適を範規こ団、おなもてっあで範規的者

の一定の審査を認めようとするものである

、使に係関等対と者用はる会員委所業事、りあがでるはてっとに者働労れ、さ用適が定協所業事あ範るれらめ認が意合規 いて事、ばえ言協いつに定所所業業う委表のと者用使と代員者働労。と会事 27

あくまで他人(事業所委員会と使用者)が決めた規範であり、自らが定めた規範ではないのであるから、そこでは契約自由が妥当することなく、裁判所の一定の審査が許容されると考えるのである

のお上法憲、はていにツイド、点のこ。 28

比例原則が、規範審査を事業所協定に適用させる場合の正当化根拠となると考えられる。

  日本における多数組合の合意のある就業規則の不利益変更問題では、この他人決定性は、より鮮明なものとなる。な

ぜなら、この問題では多数組合が関与することによって労使の対等性は保障される一方で、規範設定に関与し得ない組合外労働者にどこまで規範を適用させうるかという点が争われるのであり、他人決定的性格は、ドイツにおける事業所

協定の場合と比べ、より強く意識されなければならないからである

変理るれらめ求に法と例判、は拠根化こと正就益利不の則規業、なは理法例判。る当のるはられわけ査でなく、規範審 おに本日原、んろちてい則は憲法上比例。が求めも 29

更を原則としては認められないとしながらも、集合的処理が求められる就業規則の性質を根拠として、合理的な範囲で

個々の労働者もこれに服するべきであると示しているが、この合理性審査は使用者による一方的決定から労働者を保護するものとしての側面と、多数の決定からの労働者を保護するものとしての側面があり、ここでは後者の側面が、規範

審査の正当化根拠となる。したがって、日本において、規範審査は就業規則の不利益変更問題に妥当し、特に労使間での利益調整がある一方で労働者集団間での利益調整がなされていない場合に、独自の意義をもつことになろう。

  それでは、裁判所はどのように就業規則に介入することとなるであろうか。日本における多数組合の合意のない就業

  (六九七)

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