口頭弁論終結後における「承継の要件」に関する一 試論 : 既判力の拡張根拠との結合を目的として
著者 池田 愛
雑誌名 同志社法學
巻 66
号 5
ページ 1417‑1521
発行年 2015‑01‑31
権利 同志社法學會
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000015221
( )口頭弁論終結後における﹁承継の要件﹂に関する一試論同志社法学 六六巻五号一二九一四一七
口 頭 弁 論 終 結 後 に お け る 「 承 継 の 要 件 」 に 関 す る 一 試 論
――既判力の拡張根拠との結合を目的として――
池 田 愛
︻目次︼第一章 はじめに︱︱問題の所在︱︱第二章 学説の紹介と検討 第一節 考察の視角 第二節 学説の概観 第三節 各学説の整理・検討第三章 判例の紹介と検討 第一節 考察の視角 第二節 判例の紹介 第三節 判例の考察第四章 おわりに
( )同志社法学 六六巻五号一三〇口頭弁論終結後における﹁承継の要件﹂に関する一試論一四一八 第一節 本稿のまとめ 第二節 既判力の拡張根拠に関する試論 第三節 今後の課題
第一章 はじめに――問題の所在―― 民事訴訟法一一五条一項三号において、既判力の拡張を受ける者として規定されている﹁口頭弁論終結後の承継人﹂とは、当事者から何を承継した者のことをいうのかについては、これまで様々な議論が行われてきた。学説上は、主として、当事者と第三者との間に﹁実体法上の依存関係﹂が存在することでもって承継を認める説(依存関係説)、第三者への﹁当事者適格﹂の移転でもって承継を認める説(適格承継説)、第三者への﹁紛争の主体たる地位﹂の移転でもって承継を認める説(紛争の主体たる地位説)が主張されており、未だ混迷を極めている状況にある。この問題は、換言すれば、何をもって一一五条一項三号における﹁承継﹂を認めることができるのかという、いわゆる﹁承継の要件﹂ )1
(
をめぐる議論である。本稿では、ドイツにおける議論の紹介と分析を通じて行った前稿 )2
(における考察を基礎として、日本法における議論の紹介とその検討を行うものである。
具体的には、例えば、XがYに対して提起した建物収去土地明渡請求訴訟において、その事実審の口頭弁論終結後に、Yが当該土地もしくは土地上の建物をZに譲渡した場合、Zは何を承継したことによって﹁口頭弁論終結後の承継人﹂と認められることになるのかという問題である。この問題に関する学説の傾向としては、単に﹁当該土地もしくは建物の譲り受け﹂の一事でもって承継を認めるわけではないという点では一致しているように思われる。議論の対立がある
( )口頭弁論終結後における﹁承継の要件﹂に関する一試論同志社法学 六六巻五号一三一一四一九 のは、これを契機としてさらに何を承継している場合に︱︱Yの実体法的地位(前例では明渡義務)か、当事者適格か、紛争の主体たる地位か︱︱、Zを承継人と認めることができるのかという点であろう。
本稿もこの点に関する議論を主題とし、承継の要件の探究を目的とするものであるが、より具体的には、承継人に対する既判力の拡張根拠を反映した承継の要件の構築を目指すものである。すなわち、承継人に対して既判力の拡張が許されるのは、それを正当化する根拠が充足される場合であると考え、各事例におけるその根拠の充足の有無を判断することにより既判力の拡張の可否を決定すべきであるということを前提に、既判力の拡張根拠を検討し、そこから承継の要件を導き出すことを主たる目的とする。
このように、既判力の拡張根拠と承継の要件の結合を必要とする理由については、以下のことが挙げられる。 第一に、承継人に対する既判力の拡張は、承継人の﹁裁判を受ける権利﹂を侵害しかねない重大な事態であるということである。それゆえに、承継が認められるか否かの判断にあたって、何故承継人に既判力が拡張されることになるのかということが当然に考慮されるべきであると考える。
第二に、もし仮に、承継の要件を考えるにあたって、既判力の拡張が問題となる事例において既判力を拡張すべきかどうかにつき、既判力の拡張根拠を考慮せずその基準も明らかにしないまま、既判力拡張の必要性の観点を強調して既判力を拡張すべきという結論を導き出し、さらにこの結論を適切に説明するために、後から承継の要件を設定するという理論構成をとるとした場合を想定する。この場合には、﹁承継﹂は、既判力の拡張根拠もその基準も不透明なままに導き出された結論(すなわち、既判力を拡張するということ)を説明づけるもの以上の意義を有しないことになるので、必要に応じて承継の要件を設定することが可能となり、﹁承継﹂は既判力の主観的範囲を画する基準とはなりえなくなるということである。このような事態を回避し、承継に与えられた﹁既判力の拡張の判断基準﹂という本来の役割を発
( )同志社法学 六六巻五号一三二口頭弁論終結後における﹁承継の要件﹂に関する一試論一四二〇
揮させるためにも、その理論構成を改めて見直す必要があると思われる。
第三に、前述のように、既判力の拡張根拠もその基準も不透明なままに導き出された結論から承継の要件を設定し、この結論と承継の要件を正当化するために既判力の拡張根拠を後から考えるという理論構成をとる場合には、既判力の拡張根拠は、結論とそこから導かれる要件を後付け的に許容する以上の意義を有しないことになる。そのため、既判力の拡張根拠に、既判力の拡張範囲が広範になり過ぎることを抑制するという機能を期待することができなくなり、安易に既判力の拡張が肯定されることになる可能性があるということである。このような事態を防ぐためにも、まずは既判力の拡張根拠を検討し、そこから承継の要件を導き出すべきであると考える。
承継の要件についてはかなり古くから活発に議論がなされているが、口頭弁論終結後の承継人に対する既判力の拡張根拠を承継の要件に反映させることについては、必ずしも十分な議論がなされているわけではないように思われる
)3
(。そこで、このような問題意識から、口頭弁論終結後の承継人に対する既判力の拡張根拠と承継の要件との関係を改めて問い直し、既判力の拡張根拠を反映させた承継の要件の再構築を志向してみることとした。本稿は、その準備作業として、はじめに学説の紹介と検討をし(第二章)、次いで判例の紹介と検討をした後に(第三章)、今後の展望のための試論及び課題の提示(第四章)を行うことを予定している。
第二章 学説の紹介と検討 第一節 考察の視角 本章では、学説の紹介と検討を行う。従来なされてきた学説の紹介といえば、承継の要件をどのように捉えるのかと
( )口頭弁論終結後における﹁承継の要件﹂に関する一試論同志社法学 六六巻五号一三三一四二一 いうことに力点が置かれており、また、各学説に対する評価は、﹁承継﹂を適切に表現することができるか否かという観点からなされることが多かったように思われる。
これに対して本章では、各学説が承継の要件をどのように捉えているのかに加えて、既判力の拡張根拠は何に求められているのか、そして既判力の拡張根拠と承継の要件はどのような関係にあるのかという視点から考察する。特に、各論者がどのような理論構成によって承継の要件を導き出しているのか、換言すれば、そのような承継の要件を設定することとなった背景や理由は何かという点に着目したいと考える。
なお、学説の紹介にあたっては、旧依存関係説、新依存関係説、﹁当事者適格﹂を基準とする説、紛争の主体たる地位説に分類し、右類型ごとに順次取り上げることとした。したがって、その紹介においては、論説の発表された順序に沿えていないことを予めお断りしておきたい。
第二節 学説の概観 ((
(
第一款 旧依存関係説――雉本説 )(
(――
雉本説は、旧々民訴法上、既判力の主観的範囲に関する規定が存在せず )6
(、また、判例 )7
(が、確定判決の既判力は訴訟当事者及びその一般承継人に限り及ぶとして特定承継人には及ばずと判断していた時期に、特定承継人に対しても、訴訟当事者と第三者との間に﹁実体私法上の従属的関係﹂がある場合には既判力の拡張を認めるべきであると説いた )8
(。雉本説が承継の要件として﹁実体私法上の従属的関係﹂を設定した理由は、確定判決をもって存在または不存在が確定された法律関係を、判決の確定後に訴訟の当事者であった者より承継した者は、﹁私法上被承継人が有したると同一(
id en tis ch
)の権利を有するに過ぎざるが故に﹂、被承継人の相手方であった者もしくはその承継人との間においては( )同志社法学 六六巻五号一三四口頭弁論終結後における﹁承継の要件﹂に関する一試論一四二二
訴訟法上においても当該確定判決の既判力を自己の利益に援用しまたは不利益に対抗されることから免れないと考えることにあるものと解される )9
(。したがって、雉本説では、既判力の拡張根拠と承継の要件は、当然に結び付くものとして考えられていたといえる。
なお、ここにいう﹁実体私法上の従属的関係﹂がある場合とは、具体的には、﹁判決の確定後に該判決を以て裁判せられたる法律関係(即ち訴訟物たりし法律関係)又は当事者が該法律関係に付き有したる処分権能を一般承継又は特別承継に依り承継した﹂場合とされる )₁₀
(。このことから、雉本説は、まず権利に関する特定承継人に対しても既判力の拡張が認められるとした後に、債務もしくは義務の承継人に対しても既判力が拡張されるかを検討する。
債務承継に関しては、まず一般承継の場合、﹁一般承継人は訴訟の当事者たる債務者の全財産又は特別財産を法律上一体をなすものとして包括的に承継するものなるが故に﹂、確定判決をもって訴訟の当事者が債務を負うことが確定された場合には、﹁一般承継人は該債務を包含する財産若くは之を負担する財産を承継したるものなるが故に﹂、該債務の存在を法律上有効に争うことができないと解すべきであるとして、既判力の拡張を肯定する )₁₁
(。
続いて、特定承継の場合であっても、義務もしくは債務が一定の財産に附着すると見るべき場合、換言すれば、①一定の財産の所有権または占有を取得した者が、所有者または占有者たる資格において当然義務もしくは債務を負担する場合 )₁₂
(と、②他人の債務を承継する場合 )₁₃
(は、既判力の拡張を認めるべきであるとする )₁₄
(。
このような雉本説に対しては、以下の二点の問題点が指摘されている。 第一に、﹁実体私法上の従属的関係(いわゆる実体法上の依存関係と同義であると思われる)﹂を基準とした場合の、その射程範囲についてである。これを基準とした場合、訴訟物たる権利または義務自体を取得した者が承継人に該当することは説明できるが、訴訟物そのものを譲り受けたわけではない者については、その説明に難儀するという問題であ
( )口頭弁論終結後における﹁承継の要件﹂に関する一試論同志社法学 六六巻五号一三五一四二三 る。例えば、建物収去土地明渡判決後に、土地または建物を譲り受けた場合、前訴の訴訟物は建物収去土地明渡請求権(あるいは建物収去土地明渡義務)であるが、承継人が取得するのは、土地または建物の所有権もしくは占有権であるため、狭義の意味での﹁実体法上の依存関係﹂を見ることが困難であるといわれる )₁₅
(。
そこで、これを解決するために、雉本説は、占有者が物的請求権に対して義務を負担する場合、その財産に対する占有の承継に伴って、物的請求権に対する義務も移転するとの実体法上の解釈を用いる。しかし、この点については、さらに、かかる実体法上の解釈が多くの賛同を得るものではないとの指摘がなされている。なぜなら、実体法上、占有承継人は明渡義務を承継するわけではなく、被承継人とは別個に明渡義務を負うという解釈が一般的であるとされるからである。また、この説は、前提とする実体法解釈の説得力に依存するため、かかる実体法上の解釈が受け入れられないと、この説自体も説得力を失ってしまうことになるという弱さを抱えている )₁₆
(。
第二に、﹁実体法上の依存関係があること﹂と﹁訴訟法上の効力としての既判力が及ぶこと﹂の関係をどのように説明づけるのかという問題である。換言すれば、何故実体法上の依存関係があれば、訴訟法上の効力である既判力が拡張されることになるのかという説明が不十分であるという問題である )₁₇
((以下では、これを、既判力の本質論で説かれるところの訴訟法説を前提として既判力を訴訟法上の効力とみることと、既判力の拡張要件として実体法上の依存関係を想定することとの整合性の問題という意味で、﹁訴訟法説と依存関係説の結合の問題﹂と称する)。この問題を説明できない限り、既判力の拡張根拠と承継の要件の結合が十分に果たされているとはいえないであろう。
第二款 新依存関係説
以上のような問題点を受けて、後に、占有承継の場合をより容易に説明するために適格承継説が登場し通説を形成す
( )同志社法学 六六巻五号一三六口頭弁論終結後における﹁承継の要件﹂に関する一試論一四二四
る一方で、これらの問題点を克服する形で、特に第二の問題点にも配慮した依存関係説が登場するようになる。そこで、本稿では、既判力の主観的範囲に関する規定が導入されることになった旧民訴法以降のもので、かつ、承継の要件を実体法的観点に求めている見解を総称して新依存関係説と呼ぶこととした。
⑴ 鈴木説 鈴木説は、承継の要件を﹁実体法上の従属関係﹂に求めることから、自説を従属関係説と呼称する。ただ、鈴木説によると、﹁実体法上の従属関係﹂は、﹁訴訟当事者間で訴訟物たる権利関係を判決の内容どおり実体法上も処分したと仮定し、そのさい、当該の第三者が実体法上その処分の効果に服すべき地位にあるか否か﹂を基準に判断するとされていることから )₁₈
(、その意味するところは﹁実体法上の依存関係﹂と同一であるように思われる。
鈴木説は、ドイツで展開されてきた﹁実体法上の従属関係﹂を判決効拡張の尺度としている見解を、わが国の解釈論の形で展開させたものである )₁₉
(。したがって、第三者に対する既判力の拡張を論じるにあたっての理論構成の仕方については、ドイツと日本とで傾向が異なるように思われるが、鈴木説はドイツにおける理論構成と同一の傾向にあるといえる。この理論構成の違いについて若干の補足をすると、日本では、﹁承継﹂がある場合に既判力の拡張が認められるというテーゼを前提に、まずは﹁承継﹂がいかなる場合に認められるのかを議論し、これを要件として既判力の拡張を認める傾向にある。このような理論構成によれば、﹁承継﹂の枠内だけで既判力の拡張の可否を検討することになり、承継の枠を超えた付従性や先決性が存在する事例に関しては、既判力の拡張が否定されやすくなる。これに対して、ドイツでは、承継人に対して既判力が拡張されるのは明文上当然のこととして、何故既判力が第三者に拡張されるのかという既判力の拡張根拠と、いかなる場合に既判力の拡張を認めるべきかという既判力の拡張要件を模索することに主眼を
( )口頭弁論終結後における﹁承継の要件﹂に関する一試論同志社法学 六六巻五号一三七一四二五 置く傾向にある。ドイツ流の理論構成においては、承継事例は既判力の拡張根拠と既判力の拡張要件を満たす一事例に過ぎないと位置づけられており、それゆえに承継事例だけではなくて、承継の範囲を超えた付従性や先決性が存在する事例にも広く既判力の拡張を認めていく契機を包含しているといえる )₂₀
(。
このようなドイツにおける傾向と同じく、鈴木説は、判決の効力の主観的範囲を考えるにあたっては﹁実体法上の従属関係﹂の存在を基準とし、現行法が判決の効力を拡張する旨の規定を欠いているかどうかにはこだわらないとする )₂₁
(。
鈴木説が承継の要件(ひいては既判力の拡張要件)として﹁実体法上の従属関係﹂を設定するのは、雉本説と同様、そこに既判力の拡張根拠があることを理由とするものと解される。鈴木説では、承継人に対する既判力の拡張根拠は、承継人が、﹁承継前に前主のした実体法上の処分の効果を全面的に、つまり利益にも不利益にも継承﹂し、﹁このことが訴訟法上にも投影され、彼は前主のうけた判決の効力を有利(
fü r
)不利(ge ge n
)ともに、つまり勝訴判決敗訴判決のいかんを問わず、拡張されることになる﹂ためであると説明される )₂₂(。
なお、鈴木説は、訴訟法説と依存関係説の結合の問題に対して、訴訟法説の立場に立つ者でも従属関係説を支持している事実を指摘して、訴訟法説と従属関係説は完全にフレムトな関係とはいえないと応える )₂₃
(。その根拠について詳細な論述はないが、訴訟追行及び判決が実体法上の処分に準ずることに言及されている )₂₄
(。
⑵ 吉村説 吉村説は、既判力の拡張根拠による既判力拡張の限界づけを、従来の見解よりもより意識的に論じたものであるといえる。まず、吉村説は、既判力の拡張の可否を論ずる際の基本的な視点は、一方において、その実質的な根拠を制度の本質及び種々の利益衡量によって探ることであり、他方において、この実質的根拠によって要請される既判力拡張を現
( )同志社法学 六六巻五号一三八口頭弁論終結後における﹁承継の要件﹂に関する一試論一四二六
行訴訟法解釈上の法律構成として、いかに論理的に整序するかということの二つに要約できるとする。そして、この二重の規制概念によって初めて既判力拡張の限界を定めることができるとする )₂₅
(。
既判力の拡張根拠に関しては、既判力拡張のためには相対効の原則を破るだけの根拠が必要となるが、その根拠を考えるにあたっては、各利害関係人の利害が最も適切に調整されかつその判断基準が客観性を持ち得ることが重要であるとの視点から、﹁私法上の依存関係﹂を基準とすることが最も適切であるとする。ここでの﹁私法上の依存関係﹂とは、﹁第三者は実体法上、当事者間の係争権利関係につき判決内容の如き処分がなされれば、これを承認せざるを得ない権利関係をもつということ﹂を意味する。そしてこの基準は、①弁論主義といい、処分権主義といっても、私法上の処分行為と類似した面が大きい点、②実体法上の規定が基準となるのであれば、単なる利益衡量よりもその判断基準に客観性を保ち得る点を理由に、是認されるとする )₂₆
(。
次に、吉村説は、訴訟法説と依存関係説の結合の問題があることを自覚し、これを説明するために、その媒介項として﹁訴訟法上の適格の依存性﹂なる概念を設定する。この﹁訴訟法上の適格の依存性﹂とは、ドイツで主張されている
L eg iti m us C on tr ad ic to r
)₂₇(に対応するものであり、﹁実体法上の依存関係に対応する訴訟法上の概念﹂とされる )₂₈
(。
このように、吉村説は、既判力を拡張するために、実体法上の依存関係に加えて訴訟法説と依存関係説を結合させる媒介項として﹁訴訟法上の適格の依存性﹂を要求することで、訴訟法説と依存関係説の関係をより理論的に説明しようとするものである。この点で、この問題を単に訴訟追行と実体法上の処分の類似によってしか説明してこなかった従来の依存関係説からは、大きな発展があるといえよう。
しかしながら、﹁訴訟法上の適格の依存性﹂の概念が、真に訴訟法的な観点を考慮に含んだ訴訟法上の根拠であるといえるのかについては疑問がある。この点につき、吉村説は、﹁訴訟法上の適格の依存性﹂なる概念が実体法上の依存
( )口頭弁論終結後における﹁承継の要件﹂に関する一試論同志社法学 六六巻五号一三九一四二七 関係と異なる点は、﹁訴訟上の請求について問題となること﹂であるとする。具体的には、﹁適格の対象となる請求は主たる権利に関する請求だが、従たる適格はこの主たる権利に依存する権利(義務)の主体たる地位に由来する。かくて、主たる権利に関して生じた訴訟法上の効果にはすべて拘束されるという地位である。﹂と説明される )₂₉
(。また、別の論文では、小山説が口頭弁論終結後の承継人を適格承継人とするのに賛成するとしながらも、ただし適格承継人とは承継人の現存の請求権の存否、いわゆる﹁被告の地位﹂を争いうる資格を承継した者であると述べる。そして、その要件は﹁請求の法的視点たる権利関係の実体法上の承継﹂︱すなわち、請求の法的観点の間に実体法上の依存関係が存在することであるとする )₃₀
(。
これらのことからすると、﹁訴訟法上の適格の依存性﹂は、定義の上では実体法上の依存関係とは異なる概念であるとしても、結局その有無の判断は、実体法的観点(実体法上の依存関係)のみを基準とするものであり、実際には、訴訟法的な観点を考慮に含まない概念なのではないかと解される )₃₁
(。
そうであるとするならば、これは単に、実体法上の依存関係が存することを﹁訴訟法上の適格の依存性﹂が存すると言い換えただけに過ぎないことになりはしないだろうか。あるいはそうではなくて、﹁実体法上の依存関係﹂と﹁訴訟法上の適格の依存性﹂とで何らかの違いがあるとしても、表面上は訴訟法的に評価されうるとしながらも、実質的には訴訟法的な評価を含まない概念が、はたして訴訟法説と依存関係説を架橋する概念として十分であるのかは疑問である )₃₃
)(₃₂
(。
⑶ 上田説 上田説もまた、既判力の根拠によって既判力の客観的範囲・主観的範囲を規制することを前提とするものである。そ
( )同志社法学 六六巻五号一四〇口頭弁論終結後における﹁承継の要件﹂に関する一試論一四二八
して、既判力は、法的安定要求と手続保障要求の両者によって基礎づけられるということから、判決効の主観的範囲の拡張とは、第三者に既判力を及ぼすことを必要とする﹁法的安定要求﹂と、既判力が拡張される第三者の﹁手続保障要求﹂の緊張関係の中で、調和点をどこに求めるかの問題に他ならないと主張する )₃₄
(。
したがって、どのような態様の手続保障が第三者に認められれば、法的安定要求実現のために、判決効の拡張が認められることとなるのかが問題になるとし、まずその基準として、﹁当事者権保障(抽象的手続保障)﹂ )₃₅
(は機能しないが、一方で、既判力は制度的効力であるため、具体的手続保障(例えば、前訴手続過程での前主の訴訟追行の形態や、承継人の知・不知)を基準とすることもできないとする )₃₆
(。そこで、この場合の基準としては、当事者である前主と承継人間の客観的で予見可能な﹁実体法上の地位の依存関係﹂が合理的であるとして、実体法上の依存関係があれば、承継人に必要とされる手続保障が充足したと見ることができる(実体関係的手続保障)と説く。
上田説の特徴は、このように﹁実体法上の依存関係﹂が、﹁代替的手続保障充足の範囲決定の基準﹂ )₃₇
(として用いられているところにある。依存関係説では、﹁実体法上の依存関係﹂が既判力の拡張根拠であるとして、これを基準に既判力の拡張の可否を検討するのが一般的であるが、上田説では、実体法上の依存関係そのものを既判力の拡張根拠とするのではなく、既判力の拡張根拠はまず法的安定要求と手続保障要求の調和点にあるとして、この調和点を定める基準として、具体的には手続保障要求が充足されるか否かの判断基準として、実体法上の依存関係を用いるのである。
ただ、上田説は、このような代替的手続保障は常に既判力を第三者に拡張するに足りるだけの完全性を持たないと説く。そしてこれを補うために、第三者のための直接的手続保障(例えば、詐害再審や、目的物につき取引関係に入る第三者に訴訟係属を公示する制度の充実)を必要とする )₃₈
(。
したがって、上田説において承継人に対する既判力の拡張が認められる場合とは、﹁実体法上の依存関係﹂が存在し、
( )口頭弁論終結後における﹁承継の要件﹂に関する一試論同志社法学 六六巻五号一四一一四二九 それゆえに代替的手続保障が充足されたとみることができる場合で、さらにこの実体法上の依存関係による代替的手続保障の不完全性が、詐害再審や訴訟係属の公示制度の充実等といった直接的手続保障により補われている場合といえよう。 なお、訴訟法説と依存関係説の結合の問題があることについては上田説も認めるところであるが、私法上の私的自治に基づく管理処分行為と、当事者主義の訴訟構造を前提とする手続保障要求・当事者平等原則の下での当事者の自由な訴訟追行には対応関係が認められることを理由に、﹁実体法上の依存関係﹂は、代替的手続保障充足の範囲決定の基準足りうると述べる )₃₉
(。
最後に、上田説における、第三者への既判力拡張論と、承継人への既判力拡張論の位置づけについて付言しておきたい。前述のごとく、上田説は、判決効の主観的範囲の拡張の問題を総体的に﹁法的安定要求﹂と﹁手続保障要求﹂の調和の問題であると捉え、承継人に対する既判力の拡張についてはその一場合として検討する。承継の要件の理解に囚われることなく承継人への既判力の拡張の可否を判断する点で、既判力の拡張根拠の充足の有無により既判力の拡張の可否を論じるドイツ流の理論構成と同一傾向にあるものといえるだろう。すなわち、上田説は、承継の有無ではなく手続保障の充足の有無により既判力の拡張の可否を判断するため、承継の事例以外にも手続保障を充足する場合であれば、既判力の拡張を認めていく可能性を秘めるものと解される )₄₀
(。
⑷ 上野説 上野説は、まず、承継人への既判力の拡張は、一方で従来の訴訟の結果の維持についての当事者の利益あるいは訴訟経済上の要請をいう﹁必要性の観点﹂と、他方で既判力・執行力の拡張をうける第三者︱彼はこれまで訴訟になんら関
( )同志社法学 六六巻五号一四二口頭弁論終結後における﹁承継の要件﹂に関する一試論一四三〇
与していなかった︱の利益をいう﹁許容性の観点﹂から基礎づけられると説く )₄₁
(。その際に問題となるのは﹁許容性の観点﹂であるが、前主の訴訟追行の結果である判決効を口頭弁論終結後の承継人に拡張することの許容性は、前主の訴訟追行に求めざるを得ないため、その結果、少なくとも承継人が﹁前主の訴訟追行権能を基礎づけていた法的地位﹂を承継した場合にのみ、このような許容性が充足されるとする )₄₂
(。
上野説もまた、承継人に対する既判力の拡張根拠とされる﹁必要性の観点﹂と﹁許容性の観点﹂を充足することにより既判力の拡張を認めるものであり、したがって既判力の拡張根拠を既判力の拡張要件としてそのまま妥当させるものといえる。ここにいう﹁必要性の観点﹂とは、訴訟経済や紛争の一回的解決等訴訟法的な要請を意味するものであり、いうなれば上田説における﹁法的安定要求﹂に類似するものといえる。そして、﹁許容性の観点﹂は、手続関与の機会が与えられなかった承継人に対して既判力の拡張が許される根拠のことを指し、それは前主の訴訟追行権能を基礎づけていた法的地位の承継の有無︱︱すなわち実体法的な観点︱︱で決定される。こちらの点は、上田説が既判力の拡張根拠ないし要件の一つとして﹁手続保障要求﹂を挙げ、実体法上の依存関係を基準にその充足を判断するのと類似する。
このように上野説の理論構成をみてみると、上田説と近似性が強いものと評価しうるが、両説には承継人に対する手続保障の取扱いの点で違いがある。上田説は、既判力を拡張するために、承継人に対してどのような手続保障が必要かを考えた結果、既判力の制度的効力との兼ね合いで具体的手続保障までは要求できないために、手続保障の充足を判断する基準として実体法上の依存関係を持ち出し、さらに仮に実体法上の依存関係が存在し代替的手続保障があるとしても、それを補う直接的手続保障がないと既判力の拡張は認められないとする。つまり、上田説は、承継人に対する手続保障を既判力の拡張要件の問題に取り込むものであるといえる。これに対して上野説は、初めから承継人には手続関与の機会が与えられないことを前提にその根拠を模索し、その根拠として﹁前主の訴訟追行権能を基礎づけていた法的地
( )口頭弁論終結後における﹁承継の要件﹂に関する一試論同志社法学 六六巻五号一四三一四三一 位の承継﹂を挙げるため、承継人に対する手続保障を既判力の拡張要件の問題とは見ていないものと思われる。これはおそらく、承継人に対する手続保障を、既判力の拡張要件の問題としてではなく、承継人への既判力の及び方の問題として考慮するためであろう。すなわち、承継人とされた者については、いわゆる形式説により固有の抗弁を提出する機会を与えることでその手続保障を図る趣旨であると思われる。
それでは、上野説において訴訟法説と依存関係説の結合が成功しているのかを検討してみたい。この見解では、承継の有無の判断は、具体的には﹁前主の訴訟追行権能を基礎づけていた法的地位﹂を基準になされるため、この承継が何故に訴訟法上の効力である既判力の拡張を基礎づけるのかを説明しなければならなくなる。
しかしながら、必要性の観点からではこれを十分に説明することができないものと考える。なぜなら、必要性の観点は、単に既判力の拡張をする必要があることを述べるだけであって、具体的にはどのような場合に既判力の拡張が必要であるのかを識別する機能は有しないといえるからである。このような機能を有しないということは、逆をいえば、必要性の観点はいかなる場合であっても用いることが可能であるものといえるため、﹁前主の訴訟追行権能を基礎づけていた法的地位の承継がある場合﹂に、既判力の拡張が許される理由としては不十分であると思われる。
それでは、許容性の観点はどうであろうか。﹁前主の訴訟追行権能を基礎づけていた法的地位の承継がある場合﹂に、既判力の拡張が﹁訴訟法上﹂許容されるためであると解するのであれば、訴訟法説との関係もうまく説明できるであろう。しかし、許容性の判断は、そもそも実体法的な観点を基準になされるものであり、そこに訴訟法的な要素は含まれていない。これでは、実体法的な関係の存在を訴訟法的に言い換えただけに過ぎないこととなる。すでに吉村説に対して指摘したのと同様に、実際には訴訟法的な要素を含まないものが訴訟法説との関係を十分に説明できるかについては疑問がある。
( )同志社法学 六六巻五号一四四口頭弁論終結後における﹁承継の要件﹂に関する一試論一四三二
⑸ 伊藤説 まず、伊藤説は、承継の対象の法律上の性質については、それが訴訟法上の地位を意味するのか、それとも実体法上の権利関係を意味するのかが問題となるが、後者の考え方をとるとする )₄₃
(。その際に、承継の要件に関する学説のうち、何れが正当かを決するにあたっては、承継人に対する既判力拡張の趣旨を考慮する必要があるとして )₄₄
(、既判力の拡張根拠を検討し、その帰結から承継の要件に関する結論を導き出している。そのため、伊藤説もまた、既判力の拡張根拠とその要件の結合を意識したものと評価できよう。
そして、既判力の拡張根拠に関しては、当事者適格や紛争の主体たる地位の移転の基礎となっている実体法上の権利関係の承継そのものに着目し、それが口頭弁論終結後に行われていることをもって、立法者が法的安定の要請及び当事者と第三者の公平を考慮して既判力の拡張を認めたと解するのが正当であると説く。
具体的には、承継人の場合には次のような考慮があるという。既判力が第三者の有利に拡張されるときには、すでにその法的地位について攻撃防御方法を尽くした相手方当事者よりも、既判力によって確定された法的地位やそれに関連する権利関係を承継した第三者を保護すべきであるとの立法者の判断がある。また、既判力が第三者の不利に拡張されるときには、弁論終結後に当事者の法的地位に依存する地位を得た第三者よりも、その法的地位について既判力ある判断を得た前訴当事者を保護すべきであるという立法者の判断がある )₄₅
(。
他の依存関係説と比べると、伊藤説の最大の特徴は、既判力の拡張根拠として実体法上の依存関係を挙げた上で、さらにそれを﹁立法者の判断﹂であると説く点にあるものと思われる )₄₆
(。さらに、具体的な考慮として、第三者に有利な場合と不利な場合に分け、第三者と第三者の相手方の利益衡量をする点、及び利益衡量をするにあたって(特に第三者に不利な場合には)、実体法上の依存関係を重要な要素と位置付けているように解される点も注目される )₄₇
(。
( )口頭弁論終結後における﹁承継の要件﹂に関する一試論同志社法学 六六巻五号一四五一四三三 ⑹ 三ケ月説 まず、三ケ月説は、口頭弁論終結後の承継人に関して、﹁どのような者に対して裁判の効力を及ぼすべきかの訴訟法上の考慮から、どのような者をここにいう承継人としてとらえるかが定まるという面がある﹂ )₄₈
(とした上で、承継人にあたるか否かは、その者の法的地位が﹁当事者と依存関係にあるとみられるかの利益考量によって決せられる﹂とする )₄₉
(。承継の要件を依存関係に求めているという点では、新依存関係説に分類することができるであろう。
しかしながら、三ケ月説は、承継の要件を導き出す理論構成に関しては他の依存関係説と異なるものといえる。すなわち、他の依存関係説は、実体法上の依存関係を既判力の拡張根拠として、これをそのまま承継の要件とするのに対して、三ケ月説は、訴訟制度の目的から誰が承継人であるべきかという視点から、承継の要件として実体法上の依存関係を想定する。そして、既判力の拡張根拠を、実体法上の依存関係ではなく、当事者に対するのと同様にその者に対する関係でも既判力を及ぼすのでなければ、裁判による紛争の一回的かつ実質的な解決をはかりえない場合がある )₅₀
(からという、紛争解決の一回性に求めているところにも、他説とは異なる特徴がある。
さらに、三ケ月説の特徴的な点として、次の二点がある。 第一に、実体法上の請求権の法的性質(物権的請求権か、債権的請求権か)によって、既判力の拡張に関する取扱いを異にするか否かという問題を、新訴訟物論の立場から、﹁取戻請求権﹂と﹁交付請求権﹂という新たな概念を用いて解決しようとしている点である。
三ケ月説は、まず、新訴訟物論によると、前訴の請求権の実体法的性質を問わず既判力の拡張を肯定する結論を導き出すことができるので、物権的請求権と債権的請求権が競合する場合の取扱いを論じる限りでは有効であるとする。しかし、債権的請求権のみが認められる場合においては、結論としては既判力の拡張を否定すべきであるにもかかわらず、
( )同志社法学 六六巻五号一四六口頭弁論終結後における﹁承継の要件﹂に関する一試論一四三四
新訴訟物論ではその結論を当然には導き出すことができないことを理由に、物権的請求権か債権的請求権かという観点以外からの処理方法を提案する。
そこで、三ケ月説が新たに提示したのが、﹁取戻﹂請求権 )₅₁
(と﹁交付﹂請求権の区別である。すなわち、債権的請求と総称されるものの中にも、
H er au sg ab ea ns pr uc h
(物権を背後に控えた﹁取戻﹂請求)とV er sc ha ffu ng sa ns pr uc h
(相手方の背後に物権が控えているものであることを承認しつつ、その﹁交付﹂を求める請求)という性質上の区別があるとする。そして、H er au sg ab ea ns pr uc h
の場合は、債権に基づいて認容されていたとしても、物権的請求権を認めた場合と同列に扱ってよい反面、単なるV er sc ha ffu ng sa ns pr uc h
に基づいて物の引渡しを命じたにすぎない場合にはもはや占有の承継人に既判力を及ぼすべきではないことになるとされる )₅₂(。
第二に、承継概念の二義性を提唱している点である。例えば、占有承継の場合、一方では占有の外見的な伝来があったという外形をとらえて﹁承継人である﹂として訴訟法上捉えていく必要がある反面(承継の形式的概念)、他方では、形の上では占有の移動があったとしても実体法上の権限としては全く独立の地位を新たに取得したがゆえに﹁承継人ではない﹂として、訴訟法上も前主との関連を切断せねばならぬ場合(承継の実質的概念)があるとする。そして、﹁既判力とくに執行力﹂の拡張の場面では、承継の形式的概念に従って、占有の移転の事実のみをもって承継人とみて新占有者に対して承継執行文を発し、執行文が発せられた者が実質的にみて自己は承継人ではないと主張しようと思うならば、執行文付与に対する異議の訴えにより開始される判決手続で主張すればよいとする )₅₃
(。
三ケ月説は、既判力と執行力の拡張を一括して承継概念の二義性を論じているが、これは主として執行力の拡張を念頭においたものであると評価できる。というのも、執行力の拡張においては、承継の有無が問題になる場面として、執行文付与の場面︱︱承継の形式的概念が問題となる場面︱︱と、執行文付与がなされた後の場面(執行文付与に対する
( )口頭弁論終結後における﹁承継の要件﹂に関する一試論同志社法学 六六巻五号一四七一四三五 異議の訴え)︱︱承継の実質的概念が問題となる場面︱︱という二つの場面があるのに比べて、既判力の拡張の可否(すなわち承継の有無)が問題となるのは、常に承継人と相手方間の後訴においてのみであり、承継概念の二義性を想定する余地はないと思われるからである。それゆえに、既判力の拡張の場面では承継の形式的概念は問題とはならず、既判力の拡張要件としての承継の要件は、承継の実質的概念とされる実体法上の依存関係のみが問題となるものと思われる。 ⑺ 松本説
松本説は、承継の要件を﹁主張された当事者の実体適格(
Sa ch le git im at io n
)﹂に求める。この実体適格とは、主張された訴訟の対象となっている権利義務の帰属主体性を示す概念であり、訴訟追行権とは明確に区別されるものであるとされる。そしてそれは、﹁提起された請求権が実体法上原告または訴訟担当の場合には被担当者に帰属し(積極的実体適格)、または被告に対して向けられていること(消極的実体適格)を意味し、請求の理由具備要件に属する﹂という )₅₄(。
例えば、所有権に基づく建物収去土地明渡請求訴訟の確定判決の既判力の標準時後に、当該訴訟の被告から当該建物の所有権を取得し、その引渡しを受けることで当該土地を占有することになった占有承継人は、﹁係争物の権利承継人となり、これに伴い建物収去土地明渡請求の消極的実体適格を基礎づける事由である土地の占有﹂を取得することによって、﹁建物収去土地明渡請求訴訟の係争権利関係についての消極的実体適格(
P as siv le git im at io n
)﹂を承継するとされる )₅₅(。
このように松本説は、承継の要件を実体法的な観点に求めるという点で新依存関係説に分類することができるであろう。そこで次に、松本説における承継の要件と既判力の拡張根拠との関係を考察するために、松本説が既判力の拡張根拠をどのように理解しているのかをみてみたい。
( )同志社法学 六六巻五号一四八口頭弁論終結後における﹁承継の要件﹂に関する一試論一四三六
これに関して、まずは、実体適格の承継人に既判力が拡張されないと、﹁当事者間の判決が全く無駄になり訴訟制度の存在理由が否定される場合に、これを阻止するため﹂とあることから )₅₆
(、法的安定要求に求めるものであるといえる。
また、﹁口頭弁論終結後の承継人への既判力の拡張は実体適格の承継であるとみることこそ正しい﹂とする理由については、﹁給付訴訟の訴訟追行権(通説が﹁当事者適格﹂と呼んでいるもの)は、訴訟担当の場合を除くと、自分に権利が帰属すると主張する者とその相手方とされる者にあり、実際に権利がその者に、その相手方に対して帰属しているかどうかは問われないのであるが、既判力の拡張を受ける承継人はその承継を基礎づける実体関係の存在を必要とするのであり、それはもはや訴訟追行権の意味での適格の承継ではないから﹂ )₅₇
(であると説明される。既判力の拡張根拠と承継の要件との関係からすると、何故松本説が、承継の要件として﹁その承継を基礎づける実体関係の存在を必要﹂であると判断したのかが重要になると思われる。しかし、これ以上の言及がなされていないため、他の依存関係説のように、実体関係の存在を既判力の拡張根拠であるとして、これをそのまま承継の要件としたものであるのか、それとも三ケ月説のように、誰が承継人であるべきかという視点から導き出されたものであるのかは定かではない。
ただ、既判力の拡張根拠と承継の要件の関係の理解については、訴訟承継に関する論文における﹁権利承継人は権利承継の時点において存在するままの権利、したがって訴訟係属が生じたものとして権利が置かれている訴訟上の発展段階にある権利について実体適格を前主から承継し、免責的債務引受人は同じように訴訟の発展段階にある債務について実体適格を前主から承継する﹂ )₅₈
(、そして﹁実体適格の承継人は前主に生じた拘束的な訴訟関係を承継するので前主ができなくなった訴訟行為はもはやすることができない﹂ )₅₉
(という記述も参考となろう。これを既判力の拡張場面に置き換えると、おそらく、﹁既判力﹂が生じた権利・債務についての実体適格の承継により、拘束的な訴訟関係を承継することになるので、承継人はもはや前主が争えないことを争えなくなる(すなわち既判力が拡張される)と説明されることに
( )口頭弁論終結後における﹁承継の要件﹂に関する一試論同志社法学 六六巻五号一四九一四三七 なるのではないかと推測される。そうだとすると、松本説も、既判力の拡張根拠と承継の要件を結びつけるものであるといえるであろう。
⑻ 丹野説 新依存関係説に分類した前記の見解は、実体法上の依存関係を基準としつつも、訴訟物そのものを承継した場合に限定することなく既判力の拡張を認める傾向にあるが、このような傾向に反して、実体法上の依存関係の意味を狭く解する見解があるので、最後に紹介しておきたい。
まず、丹野説も、既判力の拡張根拠が既判力の拡張の可否の判断基準となることを当然のものとする。そして、依存関係説を支持する理由については、﹁訴訟物たる権利自体の承継︱︱一般承継はもちろんのことであるが、特定承継であっても︱︱が行われると、それは既判力を取得した権利の承継が行われたことになるから、その承継人のために又は対して既判力を及ぼすことの有理性は容易に承認しうる﹂ )₆₀
(と述べられている。
次に、訴訟法説と依存関係説の結合の問題に対しては、﹁たしかに実体関係と訴訟関係とは別個のものである。しかし、訴訟は、それによって当事者間の実体上の紛争を解決する手段であるから、その判決の判断に既判力を生じ、当事者間にその権利の存否について争いえないものとすることは、当然の結果であるし、民事訴訟制度設営の前提である。⋮紛争が実体関係上の権利の存否の争いである以上、これを離れて判決の効力を論ずることはできない。﹂と応えて、﹁実体関係上の依存関係が最大限度の基準となり、基準とすべきもの﹂であるとする )₆₁
(。
丹野説が想定する実体関係上の依存関係については、前述のごとく他の依存関係説とは異なり、﹁前訴判決の訴訟物たる権利が後訴の訴訟物たる権利の発生原因となる要件事実の一を構成すること﹂と定義づけられている )₆₂
(。より具体的
( )同志社法学 六六巻五号一五〇口頭弁論終結後における﹁承継の要件﹂に関する一試論一四三八
には、前訴における訴訟物たる権利そのものを承継した場合は、前訴の訴訟物が後訴の請求原因の一つを占めることになるので、依存関係があるとされて既判力が拡張されることになる )₆₃
(。しかし、訴訟物そのものを承継したのではない場合、例えば、AがBに対して建物収去土地明渡請求訴訟を提起して勝訴した後に、Bから建物を譲り受けた者や、Aから土地所有権を譲り受けた者、AがBに対して売買契約に基づく所有権移転登記手続請求訴訟において勝訴した後、判決による所有権移転登記完了前に、Bから所有権移転登記を経由した者に対しては、前訴の訴訟物が後訴の請求原因となることがないため、後訴の訴訟物は前訴に対して実体上の依存関係はないということになり、既判力は拡張されないことになるとされる )₆₄
(。したがって、丹野説では、前訴判決の既判力を後訴において発揮させるためには、第三者が前訴の訴訟物たる権利自体を承継することが必要となる。
このように解すると、承継関係において前訴判決の既判力が拡張される場合がかなり限定され、判決の効力が空洞化する恐れが生じるが、論者自身は、既判力の主観的範囲を広く捉えたところで、実質的にはそれほどの実効性は期待できないことを理由に、承継の要件を狭く捉えても構わないとする )₆₅
(。
このように、丹野説が実体法上の依存関係を狭く解するのは、承継人に対して既判力が拡張されるということは実際的には何を意味するのかに関する理解と深く関係しているのではないかと思われる。というのも、丹野説が依存関係を狭く解するに至った経緯をみてみると、まず承継人に対する既判力の拡張の実際的な意味に関する個別具体的な検討から、前訴判決の既判力が後訴判決に影響するのは、前訴の訴訟物たる権利自体が後訴における請求原因の一つとなる場合においてのみであり、それ以外の場合は影響することがないという考察結果を導き出した上で、このような結果ゆえに、前訴の訴訟物たる権利自体を承継した場合にのみ既判力の拡張(ないしその要件たる実体法上の依存関係の存在)を肯定し、かつそれで足りるとするからである )₆₆
(。