【同志社大学労働法研究会】会社分割時の労働契約 承継における事前協議の意義と課題 : 日本アイ・
ビー・エム事件
著者 溝杭 佑也, 土田 道夫
雑誌名 同志社法學
巻 65
号 1
ページ 205‑245
発行年 2013‑05‑31
権利 同志社法學會
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000014545
( )会社分割時の労働契約承継における事前協議の意義と課題同志社法学 六五巻一号二〇五 ◆同志社大学労働法研究会◆
会 社 分 割 時 の 労 働 契 約 承 継 に お け る 事 前 協 議 の 意 義 と 課 題
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日本アイ・ビー・エム事件― ―
平成二二年七月一二日最高裁第二小法廷判決、平成二〇年(受)第一七〇四号、地位確認請求上告棄却、民集六四巻五号一三三三頁、労働判例一〇一〇号五頁
溝 杭 佑 也
土 田 道 夫
【事実の概要】一 被告Yは、コンピューター製造・販売、システム開発等を目的とする株式会社であり、米国法人IBMコーポレーション(以下﹁IBM﹂とする。)の完全小会社である。原告Xらは、被告との間で労働契約を締結し、被告のハードディスク(以下﹁HDD﹂とする。)事業部門に従事していた。また、原告らは、全日本金属情報機器労働組合(以下﹁本
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( )同志社法学 六五巻一号二〇六会社分割時の労働契約承継における事前協議の意義と課題
件組合﹂とする。)の日本アイ・ビー・エム支部(以下﹁本件組合支部﹂とする。)の組合員である。二 平成一四年四月頃、IBMは、株式会社日立製作所(以下﹁日立﹂とする。)との間で、HDD事業に特化した合弁会社を設立する旨の合意をし、その後、当該合意に基づく事業再編の一環として、Yが新設分割の方法により、そのHDD事業部門につき会社の分割(以下﹁本件会社分割﹂とする。)をし、これによって設立されるストレージテクノロジー株式会社(以下﹁ST社﹂とする。)を上記合弁契約の子会社とする一方で、日立もまた、吸収分割の方法により、そのHDD事業部門につき会社の分割をし、これをST社に承継させることとした。そして、本件会社分割に伴い、YのHDD事業部門の従業員との間の労働契約もST社に承継させる方針が定められた。三 平成一四年九月三日、Yは、イントラネット上で、HDD事業部門に関連する従業員向けに本件会社分割の内容及び雇用関係等に係る情報提供を開始するとともに、質問受付窓口を開設し、主な質問とそれに対する回答を記載するなどした。また、Yは、その事業場に労働者の過半数で組織する労働組合がなかったことから、会社分割に伴う労働契約の承継に関する法律(平成一七年法律八七号による改正前のもの。以下﹁承継法﹂とする。)七条に定める労働者の理解と協力を得るよう努める措置(以下﹁七条措置﹂とする。)を行うため、各事業場ごとに従業員代表者を選出させ、当該代表者七〇人を四グループに分けて、同月二七日以降、各グループに対して本件会社分割の背景と目的、ST社の事業の概要、承継対象となる部署と今後の日程、承継される従業員のST社における処遇、承継させる営業に主として従事する労働者か否かの判断基準、労使間で問題が生じた場合の問題解決の方法について説明し、ST社の債務の履行の見込みに係る質問への回答も行った。そして、Yは、各種資料をまとめたデータベースをイントラネット上に設置して、従業員代表者がこれを閲覧できるようにした。 さらに、Yは、ST社の中核となることが予想される藤沢事業所の従業員代表者との間で、個別的にも協議を行い、 二〇六
( )会社分割時の労働契約承継における事前協議の意義と課題同志社法学 六五巻一号二〇七 同年一一月中旬までに、同代表者から三回にわたり出された要望書に対し、回答書を送付するなどした。当該協議の際、上記事業所の従業員代表者からは、ST社設立後の経営見通し、ST社への在籍出向によることの可否、承継後の労働条件等についての質問が出され、Yは、ST社が承継する資産等を含む経営見通しに関係する事情を説明したほか、在籍出向は考えていないこと、労働条件はそのまま維持することなどを回答した。四 平成一四年一〇月一日、Yは、HDD事業部門のライン専門職に対し、商法等の一部を改正する法律(平成一二年法律第九〇号。平成一七年法律第八七号による改正前のもの。以下﹁商法等改正法﹂とする。)附則五条一項に定める労働契約の承継に関する労働者との協議(以下﹁五条協議﹂とする。)のための資料として、ST社の就業規則案や上記従業員代表者への説明時に使用した説明資料を送付した。その上で、同月四日、Yは、ライン専門職に対し、五条協議として、同月三〇日までにライン従業員にこれらの資料を示すなどして説明した上で労働契約の承継に関する意向を確認すること、承継に納得しない従業員に対しては最低三回の協議を行うこと、各従業員の状況をYに報告することを指示した。ライン専門職は、この指示に従って説明会を開き、多くの従業員はこれに納得した。 他方、Xらは、いずれもYのHDD事業部門に主として従事していた者であるところ、その所属する労働組合の支部(以下﹁支部﹂とする。)を代理人として五条協議をすることとし、その結果支部とYとの間で七回にわたり協議がされるとともに、三回にわたる書面のやり取りがされた。この協議の中で、Yは、支部に対し、ST社の事業の概要にかかわる事情やXらが承継される営業に主として従事しているとの判断結果等について説明した。もっとも、Yは、一部の事項につき、支部の求めていた形では回答せず、ST社の経営の見通しについては、これに係る数値等は経営に係る機密事項であるから答えられないが、現状では同業他社と同様にHDD事業部門の売上げは低迷しているものの合併の強みを生かすことでメリットが得られるなどとし、ST社における将来の労働条件については、労働者保護法理の適用が
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( )同志社法学 六五巻一号二〇八会社分割時の労働契約承継における事前協議の意義と課題
ある中でST社が判断することであるなどと回答した。また、Yは、Xらを在籍出向又はY内での配置転換にしてほしいとの支部の求めには応じられないとした。五 平成一四年一一月一一日、Xらは、Yに対し、十分な説明がされず、協議も不十分であるなどして、Xらに係る労働契約の承継につき異議を申し立てる書面を提出した。六 平成一四年一一月二七日、Xらは、本件会社分割に係る分割計画書を本店に備え置いた。これに添付された書面には、Xらの雇用契約も承継される旨記載されており、また、債務の履行の見込みがあることに関しては、ST社が承継する資産と負債の簿価がそれぞれ一一四億八五〇〇万円と三億九〇〇〇万円であるとの旨の記載がされていた。そして、同年一二月二五日に会社分割の登記がなされ、ST社が資本金五〇億円で設立された。 これに対し、Xらは、労働契約の承継効力の無効を主張し、Yとの間にて労働契約関係上の地位があることの確認を求めた。一審 )1
(はこの請求を棄却し、続く控訴審 )2
(も控訴を棄却したため、Xらは上告した。
[争点]① 会社分割無効の訴えによらず、Xらが労働契約承継の効力を争うことが可能か。② 七条措置に違反する場合は承継効力を否定する原因となりうるか。③ 五条協議に違反する場合は承継効力を否定する原因となりうるか。 二〇八
( )会社分割時の労働契約承継における事前協議の意義と課題同志社法学 六五巻一号二〇九 【判旨】上告棄却一 会社分割時の労働契約承継の効力
﹁新設分割の方法による会社の分割は、会社がその営業の全部又は一部を設立する会社に承継させるものである(商法三七三条。以下会社の分割を行う会社を﹁分割会社﹂、新設分割によって設立される会社を﹁設立会社﹂とする。)。これは、営業を単位として行われる設立会社への権利義務の包括承継であるが、個々の労働者の労働契約の承継については、分割会社が作成する分割契約書への記載の有無によって基本的に定められる(商法三七四条)。そして、承継対象となる営業に主として従事する労働者が上記記載をされたときは当然に労働契約承継の効力が生じ(承継法三条)、当該労働者が上記記載をされないときには異議を申し出ることによって労働契約承継の効力が生じる(承継法四条)。また、上記営業に主として従事する労働者以外の労働者が上記記載をされたときには、異議を申し出ることによって労働契約の承継から、免れるものとされている(承継法五条)。﹂
二 五条協議の内容と効果
﹁法は、労働契約の承継につき以上のように定める一方で、五条協議として、会社分割に伴う労働契約の承継に関し、分割計画書等を本店に備え置くべき日までに労働者と協議することを分割会社に求めている(商法等改正法附則五条一項)。これは、上記労働契約の承継のいかんが労働者の地位に重大な変更をもたらし得るものであることから、分割会社が分割計画書を作成して個々の労働者の労働契約の承継について決定するのに先立ち、承継される営業に従事する
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( )同志社法学 六五巻一号二一〇会社分割時の労働契約承継における事前協議の意義と課題
個々の労働者との間で協議を行わせ、当該労働者の希望等を踏まえつつ分割会社に承継の判断をさせることによって、労働者の保護を図ろうとする趣旨に出たものと解される。﹂ ﹁ところで、承継法三条所定の場合には労働者はその労働契約の承継に係る分割会社の決定に対して異議を申し出ることができない立場にあるが、上記のような五条協議の趣旨からすると、承継法三条は適正に五条協議が行われ当該労働者の保護が図られていることを当然の前提としているものと解される。この点に照らすと、上記立場にある特定の労働者との関係において五条協議が全く行われなかったときには、当該労働者は承継法三条の定める労働契約承継の効力を争うことができるというべきである。﹂ ﹁また、五条協議が行われた場合であっても、その際の分割会社からの説明や協議の内容が著しく不十分であるため、法が五条協議を求めた趣旨に反することが明らかな場合には、分割会社に五条協議義務の違反があったと評価してよく、当該労働者は承継法三条の定める労働契約承継の効力を争うことができるというべきである。﹂
三 七条措置の内容と効果
﹁他方、分割会社は、七条措置として、会社の分割に当たり、その雇用する労働者の理解と協力を得るよう努めるものとされているが(承継法七条)、これは分割会社に対して努力義務を課したものと解され、これに違反したこと自体は労働契約承継の効力を左右する事由になるものではない。七条措置において十分な情報提供等がなされなかったがために五条協議がその実質を欠くことになったといった特段の事情がある場合に、五条協議義務違反の有無を判断する一事情として七条措置のいかんが問題になるにとどまるものというべきである。﹂ 二一〇
( )会社分割時の労働契約承継における事前協議の意義と課題同志社法学 六五巻一号二一一 四 指針の理解
﹁七条措置や五条協議において分割会社が説明等をすべき内容等については、﹁分割会社及び承継会社等が講ずべき当該分割会社が締結している労働契約及び労働協約の承継に関する措置の適切な実施を図るための指針﹂(平成一二年労働省告示第一二七号。平成一八年厚生労働省告示第三四三号による改正前のもの。なお、同改正前の表題は﹁分割会社及び設立会社等が講ずべき当該分割会社が締結している労働契約及び労働協約の承継に関する措置の適切な実施を図るための指針﹂。以下﹁指針﹂とする。)が定められている。指針は、七条措置において労働者の理解と協力を得るべき事項として、会社の分割の背景及び理由並びに労働者が承継される営業に主として従事するか否かの判断基準を挙げ、また五条協議においては、承継される営業に従事する労働者に対して、当該分割後に当該労働社が勤務する会社の概要や当該労働社が上記営業に主として従事する労働社に該当するか否かを説明し、その希望を聴取した上で、当該労働者に係る労働契約の承継の有無や就業形態等につき協議すべきものと定めているが、その定めるところは、以上説示したところに照らして基本的に合理性を有するものであり、個別の事案において行われた七条措置や五条協議が法の求める趣旨を満たすか否かを判断するに当たっては、それが指針に沿って行われたものであるか否かも十分に考慮されるべきである。﹂
五 本件について
﹁前記事実関係によれば、Yは、七条措置として、前記のとおり本件会社分割の目的と背景及び承継される労働契約
二一一
( )同志社法学 六五巻一号二一二会社分割時の労働契約承継における事前協議の意義と課題
の判断基準等について従業員代表者に説明等を行い、情報共有のためのデータベース等をイントラネット上に設置したほか、ST社の中核となることが予想される藤沢事業所の従業員代表者と別途協議を行い、その要望書に対して書面での回答もしたものというである。これは、七条措置の対象事項を前記のとおり挙げた指針の趣旨にもかなうものというべきであり、Yが行った七条措置が不十分であったとはいえない。﹂ ﹁次に五条協議についてみると、前記事実関係によれば、Yは、従業員代表者への上記説明に用いた資料等を使って、ライン専門職に各ライン従業員への説明や承継に納得しない従業員に対しての最低三回の協議を行わせ、多くの従業員が承継に同意する意向を示したのであり、また、Yは、Xらに対する関係では、これを代理する支部との間で七回にわたり協議を持つとともに書面のやり取りも行うなどし、ST社の概要やXらの労働契約が承継されるとの判別結果を伝え、在籍出向などの要求には応じられないと回答したというのである。﹂ ﹁そこでは、前記のとおり、分割後に勤務するST社の概要やXらが承継営業に主として従事する者に該当することが説明されているが、これは五条協議における説明事項を前記のとおり定めた指針の趣旨にかなうものというべきであり、他にYの説明が不十分であったがためにXらに適切に意向を述べることができなかったような事情もうかがわれない。なお、Yは、ST社の経営見通しなどにつきXらの求めた形での回答には応じず、Xらを在籍出向にしてほしいという要求にも応じていないが、Yが上記回答に応じなかったのはST社の将来の経営判断に係る事情等であるからであり、また、在籍出向等の要求に応じなかったことについては、本件会社分割の目的が合弁事業実施の一環として新設分割を行うことにあり、分割計画がこれを前提に従業員の労働契約をST社に承継させるというものであったことや、前記の本件会社分割にか係るその他の諸事情にも照らすと、相応の理由があったと言うべきである。そうすると、本件における五条協議に際してのYからの説明や協議の内容が著しく不十分であったため、法が五条協議を求めた趣旨に反す 二一二
( )会社分割時の労働契約承継における事前協議の意義と課題同志社法学 六五巻一号二一三 ることが明らかであるとはいえない。﹂ ﹁以上によれば、Yの五条協議が不十分であるとはいえず、XらのST社への労働契約承継の効力が生じないということはできない。﹂
【検討】判旨、結論ともに疑問。
一 本判決の意義と検討
国内外での企業間競争が激化してゆく中で、買収や合併等が活発となり、組織変動が著しいものとなっている我が国の企業社会では、さらなる経営の効率化と迅速円滑な手段による組織の編成が喫緊の課題とされた。そして、二〇〇〇年の商法改正において、企業の組織再編の迅速性をより高めるため、新たな手段として会社分割が導入され、これに伴い同年に承継法(会社分割に伴う労働契約の承継等に関する法律)が制定されるに至った。 会社分割では、会社が営業の全部または一部を他の会社に包括的に承継させ、承継する会社は分割会社またはその株主に対して自社株を割り当てるのが通常であり )3
(、分割によって新たに会社を設立して承継の相手方とするものを新設分割(会社法二条三〇号)、他方、既に存在する会社に対して承継を行うものを吸収分割(会社法二条二九号)という。また、組織再編における労働者の承継については、会社合併が包括承継、事業譲渡が個別承継であるのに対して、会社分割では部分的包括承継であるという特徴を有している。部分的包括承継では、承継事業に従事していた労働者が承継の対象として分割計画書に記載されると、本人の意に反して承継会社に承継がなされることになりうる(承継される不利益)とし、他方で承継事業に従事していた労働者が分割計画書に記載されずに承継から排除されうる(承継されない
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( )同志社法学 六五巻一号二一四会社分割時の労働契約承継における事前協議の意義と課題
不利益)という問題があるが、このような部分的包括承継ルールについて承継法は、一定の制限を定めることで労働者を保護している。 本件は、同業他社との共同新設分割の手法によってHDD事業を分離した際に、新設会社に承継された一部労働者が、承継における手続の瑕疵を理由に労働契約承継の無効を争った事例であり、本判決では、これまで学説等で争われていた承継法の論点についても触れ、明確な判断を下している。とりわけ、会社分割の無効を主張する際に、会社分割無効の訴え(会社法八二八条)によらず、承継の無効を認めるか否か、また、承継法の定める七条措置や商法改正附則の定める五条協議のあり方についても要件と効力につき具体的に言及している点は実務的にも意義が大きいと評価できる。 もっとも、本判決にて説示された承継法の捉え方が現実の会社分割における労働者承継に対して妥当であるかというと必ずしもそうとは言えないのが現状である。会社分割では、長期的なプロセスの下、数多ある利害関係人との交渉手続が必要とされているため、その利益バランスの調整はかなり複雑なものとなる。実際のところ、七条措置に関しては一審の判断がおおよそ維持されているものの、五条協議のあり方については、一審及び控訴審、上告審それぞれ異なる解釈をしており、解釈の苦心が伺える。また、最高裁判決を以てしても未だに不鮮明な点がいくつか存在しており、問題が残る形となっている。 そこで、本稿は、承継法という法律が設立経緯から見て会社分割における会社間での人事異動を迅速にすることに寄与していること、また他方で、承継法は承継される労働者の観点から一定の保護を求めている(承継法一条)ということに留意しつつ、本件での争点については適宜、一審及び控訴審との判断を踏まえ、本判決を考察し、検討を加えることを目的とする。 二一四
( )会社分割時の労働契約承継における事前協議の意義と課題同志社法学 六五巻一号二一五 二 会社分割無効の訴えによらず、Xらが労働契約承継の効力を争うことは可能か(争点①) (一) 承継効力発生の絶対的構成と相対的構成 会社分割の無効を提起する場合、会社法による無効の訴えを行うにはかなり厳格な規制が課される。すなわち、会社法八二八条一項は、出訴期間を会社分割の効力発生日から六个月以内に限定し(九号一〇号)、同条二項は、原告を株主、取締役、破産管財人、分割について承認しなかった債権者等に限定している(一〇号一一号)。また、無効原因に関しても、法律上明記されていないが、契約の不備、分割承認決議の瑕疵、手続違反につき重大なものに限られるというのが通説であり )4
(、よって、会社分割無効を争えるケースは狭く解釈される。 このように、会社分割の無効が厳格に解されている理由としては、会社分割の法的性質が挙げられる。会社分割は、多数の権利関係の形成をもたらすものである。すると、その無効は対世的無効として、これまで築いてきた複雑な権利関係を侵害してしまうことになりかねない。そこで、会社法は、上記のように無効とできる条件を狭めることで、早期の法律関係の画一的処理を図り、容易に無効主張がなされないようにしているのである。 こうして、会社分割の無効を主張するためには会社法上の厳格な無効原因が必要とする考え方を訴え提起時における絶対的構成というが、この絶対的構成と対照的な考え方として相対的構成がある。相対的構成によれば、会社分割の無効を主張する際には、会社法の定める無効の訴え以外に争える余地を認めることになる。つまり、後に述べることになる五条協議において、指針(第二の四(一)へ)は、五条協議で義務づけられた協議を全く行わなかった場合又は実質的にこれと同視し得る場合は会社分割の無効原因になると留意しているが、相対的構成では、その違反を以て会社分割自体を無効とするのではなく、協議義務を果たしたとは言えない労働者との間のみで分割の効果(労働契約の承継・非
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( )同志社法学 六五巻一号二一六会社分割時の労働契約承継における事前協議の意義と課題
承継)が生じ得ないと考えるのである。 そうすると、労働者が承継事業に主として従事しており、承継法上はその意思に関わらず承継先に労働契約が承継されることになっていたとしても、五条協議がなされていない労働者については分割という会社法上の効果が及ばず、労働契約承継の効果も発生しないか、または、民法六二五条一項の一身専属性の原則に立ち返り、各労働者の個別的同意が必要と解される
)5
(。この点、学説では、承継法設立の当初からこのような相対的構成による承継効力の不発生の訴えを認めることを支持しており )6
(、現在においても通説的見解となっている )7
(。 以上のように、相対的構成で会社分割による承継効力の不発生を争えることの利点は、会社分割の手続に柔軟な解決を導ける点にある。これにより、まず労働者としては、会社法の定める厳格な要件以外にも五条協議義務違反を理由に個別的に承継の効力を争うことができるようになり、その要件についても、個別的であるが故に絶対的構成よりも緩和された内容で解釈できる余地がある点が挙げられる。また、分割会社としても、絶対的構成によれば少数労働者での五条協議義務違反によって会社分割全体が無効とされかねないが、相対的構成によれば、会社分割自体を有効としつつ、個別的な労働者との間でのみ承継を争えるので、分割無効により多大な損害を負うという危険性を回避できる点で有益である。以上を踏まえると、会社分割無効の訴えに関しては相対的構成を採るのが妥当といえる )8
(。
(二) 判旨の検討 会社分割の効力発生の有無における絶対的構成か相対的構成かについて、本件では一審から立場を変えることなく、相対的構成が維持されている。一審では、﹁商法等改正附則五条で義務付けられた協議を全く行わなかった場合又は実質的にこれと同視し得る場合における会社分割については、会社分割の無効原因となりうるとされていることに照らす 二一六
( )会社分割時の労働契約承継における事前協議の意義と課題同志社法学 六五巻一号二一七 と、五条協議の不履行等を理由とする会社分割の無効原因を主張して設立会社との間に労働契約が承継されない旨を主張することは許されると解するべきであ(る)﹂とし、続く控訴審も﹁五条協議義務違反があった場合には、一定の要件の下に、労働契約の承継に異議のある労働者について、分割会社との間で労働契約の承継の効力を争うことができるようにして個別の解決が図られるべきものである﹂としている。 そして、上告審においても、承継法三条が適正な五条協議の下で成り立つものと解した上で、特定労働者との関係において五条協議に違反があった場合には、﹁労働者は承継法三条の定める労働契約承継の効力を争うことができるというべきである。﹂と結論付けている。このように、判旨はこれまで述べた有力説の意見に沿うものとして妥当な判断と評価することができ、納得のいく見解であるところから、学説でも支持されている )9
(。
三 七条措置に違反する場合は承継効力を否定する原因となりうるか(争点②)
(一) 事前協議の意義 承継法は、会社分割によって労働契約が承継されるにつき、承継法三条の承継ルールによって、当該労働者が承継事業に主として従事しているか否かという客観的基準に基づいて承継の有無を判断する。会社分割では、事業に含まれる大量の労働者を承継会社に移さなければならないことから、承継手続の処理の迅速性が求められるため、このような機械的手順によって画一的な承継がなされることが正当化できると考えられるが、これだけでは手続があまりに硬直的過ぎ、労働者個人の利害を軽視するものとなろう。 ここでは、客観的基準による承継プロセスについて、個々の労働者が分割会社と承継会社のどちらと労働契約関係を
二一七
( )同志社法学 六五巻一号二一八会社分割時の労働契約承継における事前協議の意義と課題
結ぶのかについて基本的にどのように考えているかという主観的要素を加える必要がある。そこで、事前協議は、第一に、労働者と協議を行い、その客観的な基準に公平性をもたらすことで承継手続の適正性を確保する点、第二に、労働者への情報提供を行い、その情報に基づいた労働者の意見を汲み取ることで、単なる基準の当てはめに制限されない柔軟な承継の解決を導ける点で有意義と言える。 そこで、七条措置と五条協議のあり方 )₁₀
(が問題となるが、これら事前協議は、条文の文言及びその指針を以てしても、その具体的な内容や効果については明確性に欠け、曖昧であることから議論の余地が大きい。したがって、ここでは、事前協議が承継手続にどのように関わることを趣旨としているかを確認した上、各協議がいかなる内容であるか、また、その効果として協議内容に反する場合にどのような影響を与えるのかそれぞれ検討する。
(二) 七条措置の内容 七条措置とは、承継法七条に基づく事前の協議説明義務であり、後述の五条協議と並んで、適正な承継手続を確保するのが狙いである。同条は、﹁会社分割は、当該分割に当たり、厚生労働大臣の定めるところにより、その雇用する労働者の理解と協力を得るよう努めるものとする﹂と定め、指針では協議の対象相手を過半数労働組合があれば、その労働組合、また、それがなければ過半数代表者としている )₁₁
(。 七条措置は、その会社分割を行なうことの背景事情や、会社を分割することそれ自体への理解などについて話し合い、それによって理解を得て円滑に会社分割を行なうことを主な目的としており、個別的観点からは労働者全体を通じての各労働者への周知性を求め、少なくとも協議事項に関する必要な情報については周知が徹底されること、また、集団的観点からは、当該労働者全体についての集団的な利害調整が必要と解される )₁₂
(。 二一八
( )会社分割時の労働契約承継における事前協議の意義と課題同志社法学 六五巻一号二一九 (三) 七条措置の効果 承継法七条は、﹁労働者の理解と協力を得るよう努めること﹂としか規定せず、この協議につき瑕疵があった場合の具体的な効果は指針も定めていない。これについては、文言上﹁努めること﹂としており、あくまで努力義務にすぎない点、また、五条協議に関しては、指針により﹁全く行われなかった場合又は実質的にこれと同視しうる場合﹂については会社分割の無効原因となり得ると説示されている一方で、七条措置にはそのような効果の言及がなされていない点を踏まえると、協議につき瑕疵があったとしても、それだけを理由に分割無効原因のような強い効力を主張することは困難であると解すのが妥当であろう )₁₃
(。 他方で、七条措置は五条協議の開始までに行われ(指針第二の四(二)ニ)、そこでは個別的協議の前提となる情報を提供し、部分的包括承継ルールの主たる従事への基準に集団的意見を反映させるという役割があることを考えると、この協議のもつ実質的な意義は極めて大きく、軽視できないことは明らかである )₁₄
(。学説では、七条措置の瑕疵だけで直接的に承継効力を争うことには消極的ではあるものの、七条措置の瑕疵を考慮要素として、間接的に影響を与えるものと解釈する考え方が見られる )₁₅
(。
(四) 判旨の検討(七条措置の解釈) まず、一審の判旨では、七条措置の趣旨について﹁労働契約の承継に関して対象労働者の意向を汲むという趣旨のものというよりは、分割をめぐる労働関係上の問題について、労働者集団の意思を反映させることが目的とされている﹂とし、効果については﹁仮に七条措置の不履行が分割の無効原因になり得るとしても、分割会社が、この努力を全く行わなかった場合又は実質的にこれと同視しうる場合に限られる﹂として、七条措置に重大な違反があった場合にのみ分
二一九
( )同志社法学 六五巻一号二二〇会社分割時の労働契約承継における事前協議の意義と課題
割無効の効力を認めている。これは、指針による五条協議の効果(指針第二の四(一)へ)に類似している。 控訴審では、﹁仮に七条措置が十分に行われなかったとしても、そのことから、当然に会社分割無効に影響を及ぼすことがあったとしても、せいぜい五条協議が不十分であることを事実上推認させるに止まるものというべきである。﹂として、努力義務であることから直接的な分割無効への影響を否定し、代わって五条協議の内容に影響を及ぼすとしている。 そして、本判決も、協議を努力義務とした上で、﹁七条措置において十分な情報提供等がなされなかったために五条協議がその実質を欠くことになったといった特段の事情がある場合に、五条協議義務違反の有無を判断する一事情として七条措置のいかんが問題になるにとどまるものというべき﹂とし、おおむね控訴審と同様の判旨として、七条措置の違反が五条協議義務の瑕疵に影響を与えるものと解している。 以上から、七条措置の解釈は一審から上告審まで大きく変動することなく、協議の瑕疵に対する効果についても一貫して消極的立場を示しながらも、七条措置の瑕疵が重大な場合には無効原因となり得ることを示唆している。強いて言うならば、一審では七条措置の重大な違反は直接的に会社分割無効原因となりうるとしているのに対し、控訴審及び上告審ではその違反が仮に重大であったとしても直接的に無効原因になるのではなく、あくまで五条協議の瑕疵を経由して会社分割無効原因になりうると解釈している点で異なるといえる。 いずれの考え方に従っても結果に差異は生じないだろうが、理論的には、一審では七条措置が努力義務であるにも関わらず、なぜ五条協議の指針の解釈(指針第二の四(一)へ)と類似して直接的効力をもつと判断しているのか不明である点が挙げられ、控訴審及び上告審の捉えるように七条措置違反が五条協議義務に影響を与え、結果として五条協議指針のような無効事由に該当させるという考えの方が迂遠ではあるが妥当であろう )₁₆
(。 二二〇
( )会社分割時の労働契約承継における事前協議の意義と課題同志社法学 六五巻一号二二一 また、ここでは七条措置の瑕疵が五条協議に影響をもたらすと考えた場合に、七条措置の瑕疵がどの程度五条協議違反に影響を及ぼすかという問題があり、判例ではこの点についてはあまり明確な説示がなされていない。ただ、七条措置が多岐に渡る協議事項を求めている点、五条協議が個別的協議としてその違反についても個別的に争える(相対的構成)である点を考慮すれば、七条措置のいずれかが実施されないことを理由として五条協議義務違反を主張するというよりは、七条措置の違反も五条協議で個別的に解決をすればよいので、違反の程度についても個々の労働者との間で相対的に判断するのが適切と言える。
(五) 七条措置の評価 以上までの理解を前提に、本件の被告Y社が原告Xらに対して行なった協議が各協議の求める内容に則したものであるか検討する。 七条措置については、Y社には過半数労働者で組織する労働組合がないため、従業員から各ブロックで従業員代表者七〇人を選出させ、それを四グループに分けた後に四日間にわたる代表者会議にてHDD事業部門の状況、会社分割の背景・目的、STの概要、移籍対象となる部署と今後の日程、移籍する従業員のSTにおける処遇、承継事業に主として従事する労働者か否かの判断基準、労使間で問題が生じた場合の問題解決の方法等について説明している。また、代表会議とは別にイントラネット上にて、質問受付窓口を設けてFAQとして主とした質問に回答を記載し、HDD事業部門の従業員向けに、上記従業員がST社へ移籍し、そこでの処遇が承継法により現在と同等の水準が維持されることを通知した。 さらに、ST社の中核となることが予定される藤沢事務所の従業員代表者との間でも個別協議を行い、三回にわたっ
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( )同志社法学 六五巻一号二二二会社分割時の労働契約承継における事前協議の意義と課題
て提出された要望書に回答を送付しており、協議ではST社設立後の経営の見通し、ST社への在籍出向によることの可否、承継後の労働条件等について質問が提出され、Y社は経営の見通しに関する事情を説明し、在籍出向は考えていないこと、労働条件はそのまま維持されることを回答したという事実認定の下で、これらの対応が七条措置の指針の趣旨にかなうべきものと評価し、不十分ではなかったと結論付けている。 七条措置は、労働者全体に周知を行い、承継手続へ労働者の意思を反映させることで労働者の理解と協力を求めるという趣旨から、今回のY社の行動は指針の挙げた協議対象事項も満たしており、おおむね妥当な評価といえる。ただ、在籍出向の要求につき考えていないとの回答に止まることについては適当とは言えない。労働者の﹁理解と協力﹂を求める趣旨である以上、使用者はどう考えているかを一方的に示すだけでなく、なぜそのような結論に至ったか等合理的な根拠を提示する必要性があるといえる。もっとも、七条措置は努力義務に止まると考えられることから、上記のような疑問は残るものの、判旨のとおり少なくとも不十分であったとまでは言い難いだろう。
四 五条協議に違反する場合は承継効力を否定する原因となりうるか(争点③)
(一) 五条協議の意義 五条協議とは、改正商法等附則五条一項にて規定される労働者との協議であり、会社分割計画等を通知する日までに承継される事業に従事している労働者に対して行なう )₁₇
(。五条協議の協議事項は七条措置よりも具体的である )₁₈
(ことから、労働者個人への説明義務を設け、より精緻な意見を承継手続に反映させることを可能とする。 なお、前述のとおり五条協議は議員立法として承継法の政府案を修正して盛り込まれたものである )₁₉
(。そこでは、承継 二二二
( )会社分割時の労働契約承継における事前協議の意義と課題同志社法学 六五巻一号二二三 法ルールが民法六二五条一項の定める一身専属性の原則により個別的合意が必要とする規定を排除し、その分、五条協議が代替措置として一身専属性の原則を補完するものであることが確認されている )₂₀
(。このような趣旨であることを考えれば、五条協議は民法六二五条一項の求める個別的合意と同等の水準の説明協議義務が要される。学説では、この五条協議の具体的な内容を誠実協議義務として、合意を目指して労働者に対して積極的に働きかけると同時に、労働者側からの疑義・反対意見については、具体的資料に基づく合理的根拠や対案を示して対応する義務を最低限の内容とするもの )₂₁
(、整理解雇の四要素の一つである労働者・労働組合との説明・協議義務に類似し、使用者(分割会社)は信義則上、指針に即した入念な手続(協議)を求められると解釈するもの )₂₂
(がある。
(二) 指針による無効原因の絶対的構成 五条協議の効果として、協議に瑕疵があった場合に会社分割にどのような影響を与えるかという問題については争いの大きいところである。まず、指針(第二の四(一)へ)では、﹁協議を全く行なわれなかった場合又は実質的にこれと同視し得る場合における会社の分割については、分割無効の原因となり得る﹂として、五条協議違反の効果を厳格に解釈しており、承継法の立法担当者もこの立場を採っている )₂₃
(。 このように、指針が五条協議義務違反について極めて厳格な要件を掲げるのは、前述したとおり、会社分割というものが多数の権利関係によって成り立っているため、容易に無効を認めてしまうと、それまで形成されてきた権利関係を対世的無効によって侵害してしまうからである。たしかに、会社分割の無効訴えによって会社分割全体が侵害されてしまうならば、その無効については当然厳格に判断するべきであろう。しかし、それはあくまで分割の無効が会社分割全体を無効にするという絶対的構成を前提にして考える場合である。
二二三
( )同志社法学 六五巻一号二二四会社分割時の労働契約承継における事前協議の意義と課題
指針は、五条協議違反の範囲をかなり狭めて解しているが、それは事例判断における行為準則にすぎず、指針の示す要件のみに拘泥される必要はない。指針における五条協議に関する部分は承継法実施にあたっての実務的解説の域を出ないこと、指針が承継法とほぼ同時にできたもので試行的かつ総則的な色彩が強いこと )₂₄
(から、指針だけに依拠した杓子定規な判断では複雑な法律関係が成り立つ事案にあっては当事者の個別的事由が看過されかねない。したがって、ここでの指針はガイドラインとして個々の事例を検討する上でのあくまで中心的な基盤として捉えるのが適切であり、その基準を絶対視するのではなく、状況に則して規範を柔軟に形成するべきであろう。そこで、絶対的構成による会社分割それ自体の無効ではなく、相対的構成によって個々の労働者との間でのみ承継効力を争える状況に際しては指針の説示は適当ではなく、新たに相対的構成での承継効力の否定原因を再検討する必要がある。
(三) 相対的構成による承継効否定原因 相対的構成によって承継効発生の有無を考えると以下のとおりになる。すなわち、相対的構成では、労働者個人が承継効の不存在を主張できることになる。すると、効力の不発生が仮に認められても、それは直ちに会社分割全体を無効とするのではなく、会社と個人労働者との間で労働契約の承継のみが無効となる。したがって、承継効不発生の訴えによって会社分割全体を否定されるという危険性はなくなるのであるから、絶対的構成のような無効事由を厳格に解釈する必要性が失われ、結果として、その原因は緩やかに解釈できる余地が生じるのである。 このような考え方を承継効の相対的構成といい、この考え方を敷衍すると、不発生原因を争うについて、①対象者の範囲、②違反の程度が変動する。要するに、承継効の不発生を個人が主張できるのであるから、それを争う際にその無効原因の焦点となる当事者の関係は分割会社と労働者全体ではなく、分割会社と労働者個人となり、より各労働者の実 二二四
( )会社分割時の労働契約承継における事前協議の意義と課題同志社法学 六五巻一号二二五 態に着目して効力の不発生原因を検討することが出来るようになる。また、違反の程度についても、絶対的無効では承継手続の著しい瑕疵に限定されるのに対し、相対的構成では個人的な瑕疵でも主張ができるようになり、比較的軽度の瑕疵であっても効力不発生の主張が可能となる。通常、労働契約承継を争う労働者が望んでいるのは、分割会社への残留であって、分割の効力の否定ではない )₂₅
(以上、当事者の意思から乖離した絶対的構成をとる必要性はなく、相対的構成が適切といえよう。 承継効不発生の相対的構成は、同時にその原因の相対的構成に連携しており、より個別的かつ柔軟な承継手続の処理を可能とするものとして、労働者の保護を高める一方、分割会社にとっても、会社分割で求められる迅速で安定性のある分割手続を侵害されないことから硬直的で不安定な絶対的構成に比べて優れているといえる。学説でも承継法設立の当初から絶対的構成を批判し、相対的構成の立場を採るものが多く、通説的見解といえる )₂₆
(。
(四) 判旨の検討 一審、控訴審、及び本判決は無効訴えについて一貫して相対的構成を採用していたにも関わらず、その原因についてはそれぞれ独自の見解を示していることが特徴的である。一審では、五条協議の指針と同旨で﹁五条協議を全く行なわなかった場合又は実質的にこれと同視しうる場合には会社分割の無効の原因となり得る﹂と解し、これはいわゆる絶対的構成に立つものである。しかし、前述のとおり、承継効について相対的構成を採る一方で、無効原因については絶対的構成を採るという点には疑問が残る。相対的構成を採用することは個別的に承継効力を争えることを可能にすると同時に、瑕疵の程度についても緩和した内容で争えることも可能にさせることができるのであるから、個別的解決を認容している以上、その原因も厳格に解釈する必要は失われているので、一審の判断は本来相対的構成がもつメリットを減
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( )同志社法学 六五巻一号二二六会社分割時の労働契約承継における事前協議の意義と課題
殺しているものといえる。この点、学説も同様に、一審の判断を批判する )₂₇
(。 続く控訴審では、一審での批判を受けてか無効原因について、﹁分割会社が、五条協議を全く行なわなかった場合若しくは実質的にこれと同視し得る場合、または、五条協議の態様、内容がこれを義務付けた上記規定の趣旨を没却するものであり、そのため、当該労働者が会社分割により通常生じると想定される事態がもたらす可能性のある不利益を超える著しい不利益を被ることとなる場合に限って、当該労働者に係る労働契約を承継対象として分割計画書に記載する要件が欠けていることを主張して、分割会社との関係で、労働契約の承継の効果を争うことができる﹂として、絶対的構成から相対的構成に変更し、著しい不利益を被るという考慮要素を加えている。したがって、無効原因は一審に比べて緩和されたといえる。しかし、これに対しては、第一に、相対的構成であれば、個別的解決によるので判旨での早期確定と安定の要請は求める必要がないこと、第二に、五条協議が民法六二五条一項の代替的手段であることを考慮すれば判旨はなお厳格すぎること、第三に、通常生じ得る不利益を超える著しい不利益を被ることを要件に組み込み、実体的不利益を重視している点については、五条協議が手続要件であることに反しており実体的不利益の有無を問題とすることは適切で無いとの批判がある )₂₈
(。 そして、本判決では、﹁五条協議が行なわれた場合であっても、その際の分割会社からの説明や協議の内容が著しく不十分であるため、法が五条協議を求めた趣旨に反することが明らかな場合には、分割会社に五条協議義務の違反があったと評価してよく、当該労働者は承継法三条の定める労働契約承継の効力を争うことができるというべきである。﹂とし、控訴審の示す原因の範囲を更に修正している。判例の解釈を俯瞰してみると、控訴審と本判決いずれも学説に沿った解釈へと修正しており、一審から徐徐に無効原因が緩和されている。 まず、判旨では、五条協議が不十分であることが法の趣旨に反していれば承継効が生じないと説示している。このよ 二二六
( )会社分割時の労働契約承継における事前協議の意義と課題同志社法学 六五巻一号二二七 うな見解は、一審及び控訴審に比べても効力否定原因を緩やかに解しており、個別的解決がよく図られやすくしている点はこれまでの相対的構成の立場に最も適うものであり適切と言える。本判決の解釈については、学説上でも大きく反対するところがなく妥当な見解と評価されている。ただし、学説によれば、判旨での﹁著しく不十分﹂との限定が必要か疑問であること )₂₉
(、また、承継法三条が適正な五条協議の上に成り立つことから、五条協議義務違反が承継法三条の承継ルールに影響を与えるという点につき、なぜ五条協議が承継法三条の前提になるのか根拠が不明確である )₃₀
(と指摘している。 まず、判旨にて説示された五条協議の﹁著しく不十分﹂を効力否定原因としていることについては、たしかにその原因について限定的に解していると見ることができ、相対的構成の立場としては更なる無効原因の制限緩和が可能かもしれない。また、五条協議が三条の前提になることへの理由について学説は、承継法三条の当然承継ルールが民法六二五条一項の例外であり、その例外に代わって設定された手続要件が五条協議であるので、その懈怠は当然承継法三条に影響を与えると解しており )₃₁
(、立法の経緯 )₃₂
(から考えれば妥当といえよう。ただ、このように﹁五条協議が当然承継ルールの前提である﹂と解すると五条協議のみが当然承継ルールを肯定しているのだと捉えることができ、ややミスリーディングである。労働者を個別的同意なく承継させる承継法ルールの前提は、五条協議だけによって築かれているのではなく、承継法制度が保障する七条措置や労働条件の維持の原則等によって構成されている )₃₃
(ものであることに留意する必要があるだろう。 なお、本判決が説示する五条協議義務の要件には疑問があるが、それについては後述することにする。
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( )同志社法学 六五巻一号二二八会社分割時の労働契約承継における事前協議の意義と課題
(五) 五条協議の評価 Y社は、HDD事業に従事するライン専門職に対して、ST社の就業規則等案及び代表者協議で使用した従業員代表用の説明資料を送付し、約一个月の期間を設定して上記各資料に基づき、各ライン従業員に会社分割による移籍等について説明し、納得のいかない従業員については最低三回の協議を行なうよう指示した。これを受けてHDD事業部門のライン専門職が、自分のラインの従業員全員を集めて説明会を開き、上記従業員代表用の説明資料を示す等の方法で移籍に同意するか否か及び本件会社分割についてのコメントを聞く等して各従業員の状況を人事に報告した。このように説明協議を実施する一方、HDD事業部門の従業員八〇〇人中七七人の回答するアンケートでは、﹁分割後の事業内容、就業場所については質問をしても分からないことが多かった﹂、﹁同意をとるような話はなく、一方的に決定されたことを伝えられた感じ﹂、﹁最初に新会社の説明がありマネージャーに配られたパッケージを使って課員に説明し最後に新会社に行くか行かないかのサインを促され、個人的に行かないときは会社を辞めるしかないと思いサインした﹂等の回答が寄せられている。 この事実認定について、控訴審では、マネージャーの説明協議にはばらつきがあると評価するが、五条協議が個別面談の方法によらなければならないものではないとして、ライン専門職を通じた協議が五条協議の趣旨に違反するとはいえないとしている。しかし、このような評価は、マネージャーの説明が不適切であることを問題としているのに、それを理由にマネージャーを通じた協議が認められることを肯定しているものであって、不当な評価である。たしかにマネージャーを通じた協議であっても、個別協議が別途予定されていることから直ちに五条協議に違反があるとは言えないが、そのマネージャーの説明がアンケートで示されるような一方的に移籍を強いるような説明であったり、移籍と辞職の二者択一を迫るような内容であってならば、五条協議の個別的合意の代償措置として誠実な協議を要求する趣旨とは 二二八
( )会社分割時の労働契約承継における事前協議の意義と課題同志社法学 六五巻一号二二九 大きくかけ離れるものとなるだろう。 また、本件組合支部との協議については、七回にわたって協議を行い、三回にわたる書面のやり取りを交わしている。この協議の中で、Y社は組合支部に対してST社の事業概要やXらが承継事業に主として従事していることの判断結果等について説明した。もっとも、ST社の経営の見通しについては、Y社は組合支部の求める形では回答をせず、経営に関わる機密情報として避け、分割後の労働条件についても労働者保護法理の適用のある中でST社が判断すると回答し、在籍出向や配置転換についての求めにも応じないとした。上記の事実認定の下、本判決は、Y社の五条協議が不十分とは言えず、XらのST社への承継効力が生じないとはいうことは出来ないと結論付けた。 この判断にも疑問が残る。まず、ST社設立後の経営見通しにつきY社がXらの求める形で回答をしなかったことにST社の経営判断に係る事情として相当の理由があったとした点については、新設会社の経営判断であるとしても、それが承継労働者の労働条件に関わる以上、それはかなり限定したものである必要がある。分割後の労働条件は承継労働者にとって最も関心のある事項であるから、説明を求められた場合は客観的な資料等を用いた誠実な交渉義務が発生し、新設会社の経営判断に丸投げするような説明協議は許されない )₃₄
(。 また、在籍出向等の求めに応じなかった点について、本判決は、当会社分割が合弁事業実施の一環としての新設分割を行なうことにあり、分割計画がこれを前提に従業員をST社に承継させることから相応の理由があるとしているが、従事する全労働者につき承継させる必要があったのか、在籍出向で対応できる可能性について深く検討されていたか疑問である。これは、本判決が指針に忠実に沿って解していることに起因していると思われるが、指針については前述した通り、それを絶対視するのではなく、個々の事例を検討する際の基礎として捉えるのが妥当であって、その規範は柔軟に解釈されるべきである。したがって、本件においても指針を厳格に解釈する必要性はない。
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