サ ー ・ ト マ ス ・ マ ロ リ ー ︵ Sir T hom as M alor y︶ は ﹃ ア ー サ ー の死 ﹄ ︵ Mor te D ar thúr 、 一四八五年 刊 ︶ において 、 栄華を誇っ たアーサー王の円卓がさまざまな要因が重なり瓦解していく様 を見事に描 いている 。 中世以来 、 ﹁ アーサーの死 ﹂ と題した作 品が数多く生まれていることからも、アーサー王文学において ﹁ い かにしてアーサー王は死に至るのか 、 どのように円卓の騎 士団が崩壊していくのか﹂ というテ ーマがいかに高い関心を集 めていたかが伺えるであろう。マロリーの作品で円卓崩壊の過 程がとりわけ鮮明に描かれているのはカクストン版の二十巻と 二十一巻にあたる結末部 分 だ が、 この箇所に “unhapp y” という 表現が頻出する 。 本稿ではまず 、 中英語で は 単 に ﹁ 不 幸 な ﹂ と いう意味に限らないこの言葉をマロリーがどのように用いてい るのかを典拠との比較を通じて分析する。その上で、これまで マロリーの典拠としてほとんど言及されることのなかったジョ ン ・ リドゲイト ︵ John L ydgate ︶ の 作 品 、 と りわけ ﹃ 王侯の没 落﹄ ︵ T h eF a llo fP rin ce s, 1432 − 38 年︶ と ﹃ トロイの書﹄ ︵ Tr oy Book , 1412 − 20 年 ︶ が何らかの形でマロリ ーの執筆過程に影響を与え た可能性があることを示唆したい。 1 マロリーの作品では三十一箇所で unhapp y という表 現が用い られているが、最初の事例はベイリンとベイラン兄弟の逸話に みられる。ベイリンが城の騎士と戦わねばならない慣わしに対 して ﹁ unhapp y な習慣だ﹂ と 述べているが 、 フランス版では un-happ y に該当する 箇 所 に “malv aise” や “vilainne” 、 つまり ﹁ 不 運 な ﹂ や ﹁ 邪な ﹂ という意味の言 葉が用いられている 。 2 中英語 辞典 ︵ 以 下 ME D と省略 ︶ によれば 、 unhapp y が ﹁ 習慣 ﹂ の語と 結びつくと ﹁ 邪 な ﹂ の意味になることから 、 この箇所に 限 れ ば 、
偶然
の
悲劇
ト
マ
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死﹄
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単純にフランス語 の置き換えと理解できるかもしれない 。 3 だが次の用例では異なる解釈が必要となる。 ﹁ みんな城にいた不吉な騎士がやったことだ 。 私に盾 を 置 いていくように仕向け、我々二人が滅ぶことになってしまっ た。もし命存えるのならあのような悪習を持つ城なぞ、たた き壊してやるものを。 ﹂ 4 通常、盾の紋章によって互いを認識し戦いを避けることがで きたはずでありながら、ベイリンは城の騎士の勧めで別の盾を 携えた結果、兄弟相打ちという悲劇にいたる。盾を取り替える ようにと助 言 し た 騎 士 が unhapp y knight で あ る 。 ヴ ィ ナ ー ヴァーは ﹁ この表現はこの騎士の状況 、 性 格 、 感 情 を説明し ているのではなく、この騎士の行為が招いたさまざまな結果を 指 し示している ﹂ ︵ 1321 ︶ と注を付している 。 つまり 、 unhapp y は形容する個人、事物の一過性の事象を形容するだけではなく、 その人、事物の行為がきっかけとなり、さらに深刻な事態を引 き起こす一連の流れを示す 言葉として理解できる 。 こ の ﹁ 不幸 な騎士﹂ が盾を交換するように勧め たのは故意の悪意によるも のではなく、その騎士が、またベイリン自身も予想しなかった 兄弟殺しという結果になる。さらにベイリンがベイランを死に 至らしめる一撃を与えた剣を ﹁ 不吉な剣 ﹂ ︵ unhapp y sw o rd ,9 4︶ と呼んでおり 、 これは ME D によれば 、 ﹁ 禍や不運をもた ら す 、 災難をもたらすような、破滅を 招 く ﹂ と定義されていることか らも、 unhapp y には現代英語 で考える以上に強い意味含まれて い ることになる 。 ベイリンが振るう刀は兄弟を殺めるという ﹁ 破滅的 ﹂ 結果を招くが 、 さ ら に注目したいのは二人が息を引 き取ったあと、マーリンが現れ、刀の柄に次のような碑文を刻 むエピソードが添えられている点である。 ﹁ こ の世で最も優れた騎士でないとこの剣は扱えないのだ 。 それはサー・ラーンスロットか、または息子のガラハッドの ことだ。そしてラーンスロットはこの剣で最愛の男を殺すこ とになるであろう 。 それは 、 サ ー ・ ガ ウェインだ 。 ﹂ そして こうしたすべてを剣の柄に記させた。 ︵ 96 − 97 頁 ;9 1︶ 5 この剣によってランスロットがガウェインの死を招くのは円 卓の崩壊が決定的な場面であることは周知のとおりである。こ の碑文によって 、 unhapp y な刀が兄弟 殺しのみならず 、 ア ー サー王の円卓の崩壊という、より大きな破壊に関連づけられて いることがわかる 。 ﹁ 不運 な 剣 ﹂ は当初の予想をはるかに凌ぐ 深刻な事態を招くことをマロリーは unhapp y という語 によって 示唆しているようだ 。 ちなみ に 、 マロリーの典拠に unhapp y sw o rd はない 。 つまり 、 この場面で unhapp y という語 を選択し たのはマロリー自身である可能性が高いといえるであろう。 unhapp y の語はランスロッ トが結婚観を語る場面でも何度か 用いられている。結婚は騎士としての務めを全うできなくなる ので自分は結婚しない。愛人を持つことも避ける。というのも 愛人を持つことは戦いにおいて happ y ではありえな い、と 述 べ るくだりで、ランスロットはさらにことばを続ける。 偶然の悲劇
そうなれば、戦いに際して運に見放され、惨めな状態にな るであろう。あるいは自分よりも卑しい騎士に負かされたり、 そうでなければ自分の邪悪さによって不運にも自分よりも立 派な騎士を殺してしまうだろう。だから愛人を持つ者は誰で も不幸になるし 、 万事うま くいかなくなるのだ 。 ︵ 260 − 261 頁 ; 270 − 271. ︶ 6 ランスロット が示したこの定義に従えば 、 unhapp y とは自分 より弱い騎士に戦いでなぜか負けてしまったり、自分より強い 騎士を偶然打ち負かしてしまうことである。すなわち、通常の 戦いであれば起こりえない、あるいは起こってはならないよう な事態が引き起こされた際に unhapp y という表現をあ てはめて いることに気づく 。 ﹁ ランスロットのエピソードの中で マ ロ リーが行った最も重要な追 加﹂ と評されている場面で 、 つまり 、 マロリーの独自性が読み取れる箇所に unhapp y と い う 語が頻出 していることがわかる。 7 同じ用法がガレスの逸話でも多用されている。ガレスが台所 の 小間使いとして次々と騎士を倒すと 、 その都度リネットが ﹁ 不 運 な 小 間 使 い め ﹂ ︵ unhapp y kna ve︶ と 罵 り 、 unhappines s に よって unhappily に倒したのだ 、 と断じる 。 こ の文脈において も、まさに前の引用で触れたランスロットの unhapp y の定義と 見事に合致しているといえるだろう。すなわち、ガレスの本当 の血筋を知らないリネットにとって、台所で働く小間使いが身 分違いの相手を倒 す の は 、 不運な偶然 ︵ unhappines s ︶ を利用し ているとしか考 えられない 。 ランスロットが定義した unhapp y knight に期せずしてガレスは該当す ることになる 。 この偶然に よって相手を倒し、倒されるという図式は、アーサー王の宮廷 の時間では遥か先に、またはるかに悲劇性を加味して再現され ることとなる。 円卓の瓦解に加速がつく事件、すなわちランスロットがギネ ヴィアを火刑から救い出す際に誤ってガレスとガヘリスを殺め てしまう 、 その状況は次のように報告されている 、 ﹁ ガレ ス と ガヘリスの二人は鎧をつけておらず、ランスロットが二人であ るとは知らずに撃ってしまったので 、 二人は不運 に も ︵ unhap-pely ︶ 殺されてしまっ たのです ﹂ 、 と 。 8 さらに 、 ランスロッ ト自身が 、 ﹁ ガレスとは知らずに殺害してしまった 、 鎧 も つ け ずにいたとは なんと不運な日だ ﹂ と嘆く箇所にも unhapp y の語 が 重ねて用いられている 。 unhappily は ME D に ﹁ 間違って ﹂ と いう意味もあるので 、 ﹁ 誤 って殺してしまった ﹂ とすることも もちろん可能だが 、 むしろ ME D の最初に 挙げられている ﹁ 不 運にも﹂ 殺してしまったという意味で解釈することで、 unhapp y の原義との連想から、以降の不運の連鎖を示唆する意味合いを 共鳴させているように思われる。 このように、中英語 “unhapp y” の語は現 代英語の意味をはる かに超えて多様な意味を包含している。人に対して用いられる 場合 、 単 に ﹁ 不幸な ﹂ という意味のほか 、 他者に ﹁ 災難を 引 き 起こす ﹂ 意味合いがある 。 事物や場所 、 行為と 結びつくと ﹁ 破
壊を引き起こす﹂ ﹁不 運 な ﹂ といった意味があり 、 ﹁ 不運 、 不 幸 な出来事 、 不運な偶発 ﹂ の unhap や mish ap などの語と密 接 に 関連していることがわかる。現代の用法の表層からみえない語 義 、 ﹁ 偶 然 、 偶 発 ﹂ に よ っ て招かれる事態を総称する言葉とし ての意味合いが強いと推察できるのではないだろうか。 ﹁ 偶然性 ﹂ をあらわす 典型的なエピソードとして 、 アーサー とモードレッドが最後の戦いを回避すべく休戦調停をした直後 蛇が現れる場面が想起されるであろう。蛇を殺そうと抜いた刃 が誤解を招き、双方の意に反して一気に王国破壊の戦いへ向か う 。 この挿話は ﹃ 八行連詩アーサー の 死 ﹄ ︵ Stanzaic Mo rte A r-thur ︶ からマロリーが援用したと考えられ て い る 。 ﹃ 八行連詩 アーサーの死﹄ では ﹁休戦協定が結ばれるはずであったときに﹂ 、 と仮定法が用いられており、その仮定を崩すように蛇が突然現 れる 。 9 そこには ﹁ もし休戦が成立していれば 最後の決戦は行 われなかった 、 円卓の崩壊は免れた ﹂ といういわば ﹁ 歴 史 の 中 の If ﹂ が存在する。お そらくマロリーはこの文意を汲み取り 、 仮 定 法 で は な く 、 休 戦 協 定は ﹁ 同意して ﹂ ︵ agree ︶ と ﹁ 合意し た﹂ ︵ accord ︶ と言葉を重ね 、 ﹁ 完全に ﹂ ︵ thor ow ly ︶ と いう言葉 まで加え、協定がいったん結ばれたことを強調している。さら に休戦合意の証としてワインを酌み交わしたとまで記されてい ることから、これでランスロットの援軍を待てば、アーサー王 は最悪の事態も免れることができたはずと誰もが予想する。マ ロリーがこのように状況を描きこんでいるがゆえに、休戦が合 意されたにもかかわらず、なぜ蛇が現れ、最後の戦いになだれ 込んでしまったのか、という思いが読者には強く残るのである。 ﹃ 八行連詩 ﹄ には蛇のエピ ソードがあるが 、 その後アーサーと モ ードレッドの両軍に別れ戦闘になだれ込む際 、 マロリーの アーサーが上げる悲痛な叫び 、 ﹁ ああ 、 な んという不運な日 だ﹂ ︵ Alas ,t his unhapp y d ay! ︶ は、ない。 10 それではマロリーの別の典拠フランス版 ﹃ ア ーサーの死 ﹄ ︵ Mort Artu ︶ では蛇が現れ るのであろうか 。 フランス版に見ら れる蛇への言及はモードレッドの謀反を知って叫ぶアーサーの 言葉 、 ﹁ ああ 、 モードレッド 、 おまえこそはかつて余 の腹より 出て余の領土を焼き、余に立ち向かってきた蛇であることを、 お前は余に知らせてく れるのだな ﹂ にみられる 。 11 この叫びに 蛇への言及がありはするが、和平交渉のエピソードそのものが フランス版にはなく、ゆえに、交渉の決裂が突発的な蛇の出現 によってもたらされるという筋立てにはなっていない。フラン ス版ではアーサー王と姉の近親相姦の結果生まれたモードレッ ドを、体内から出現した蛇に同一視することによって、近親相 姦の代価として、いわば因果応報としてモードレッドの反乱を 受けとめている 。 このような王国崩落の原因に対 し て 、 マ ロ リーは明らかに異な る展開を選択している 。 ﹃ 八行連詩 ﹄ の 展 開に準拠しなが ら も 、 unhapp y という嘆きのことばをアーサー に与え、さらに unhapp y という語を円卓崩壊の場面場 面でたた みかけるのである。 偶然の悲劇
死体が累々と連なる戦場でモードレッドがひとりたたずむ姿 をみつけ 、 アーサー王が ﹁ こ の ような機会はまたとない ﹂ と ルーカンに槍を渡せと迫る 場面がある 。 ルーカンは ﹁ 今は見逃 したほうがよい、なぜなら彼は “unhapp y” だから﹂ とアーサー を諌めるが、これはひとりである相手を討ち取るのではモード レッドが惨めだというのではなく、アーサーの王国にこのよう な悲劇をもたらし 、 ﹁ 災難 破滅を引き起こす忌むべき存在 ﹂ で あ るから 、 こ の ﹁ 惨禍をもたらす運命の日 ﹂ ︵ unhapp y d ay ︶ に は彼を避けよ、と解釈できる。 12 結果的にアーサーの円卓崩壊 は 、 蛇が騎士の足を咬 むという ﹁ 不幸な偶然 ﹂ ︵ unhap ︶ が引き 金と な り 、 unhapp y d ay となってしまった戦いの日に unhapp y knight であるモー ドレッドによって 、 アーサーが unhapp y を理 解せずルーカンの警告を無視したアーサーの判断によって最終 的にもたらされることになる。あるいは、モードレッドは近親 相姦によって生まれたがゆえに unhapp y であり、これ は中英語 で 定 義される “Ill − Fa te d ” ﹁ 災難を引き起こす運命 ﹂ の刻印を押 されていると考えられるかもしれない。とはいえ、モードレッ ド ひとりによって円卓が崩壊するわけではなく 、 マロリーは unhap の 連 続として王国が崩壊していく状況を unhapp y という 表現に込めたのではないだろうか。 ﹃八行連詩﹄ は ﹁ 必然の成り 行きの悲劇﹂ と評されているの で、 マロリーは結末に向かって なだれ込む緊迫感を ﹃八行連詩﹄ に依拠しているともいえる。 13 ただし ﹃ 八行連詩 ﹄ に unhapp y の語はな い 。 unhapp y と は、単 なる不運によって引き起こされた状態を称するのではなく、時 には人間の意志では抗しがたい事態を招く存在・人物を評して 用いる表現のようにも思える。これが作品後半に登場する事は マロリーの ﹁ 悲劇観 ﹂ を理解する鍵となるのではないだろう か 。 unhapp y という語はマロリ ーが典拠としたフランス本には不 運を示す表現はある も の の 、 ﹁ 偶 発 性 ﹂ を示すような表現はほ とんどない。またマロリーの結末部分の典拠と考えられている ﹃ 八行連詩アーサーの死 ﹄ に も unhapp y という表現がないこ と は指摘したとおりである。それではマロリーはどこからこの表 現をえたのだろうか。もちろん、直接の典拠を探す作業は不毛 に終わる可能性もある。マロリーが生きた十五世紀のことば文 化の中で使用されていた不特定多数の語彙のひとつであると捉 えることも可能であろう 。 14 その前提を考慮しながらも な お ME D に引用されている例から判断する と 、 ジ ョ ン ・ リドゲイ トの ﹃王侯の没落﹄ と ﹃ トロイの書﹄ からの用例が多いことに注 目したい。 ﹃ トロイの書 ﹄ は一国 の滅亡記で 、 英雄の活躍と破滅を描い ている。リドゲイトは往々にして陳腐、冗長、亜流などのレッ テルが貼られがちではあるが、ピアソルも認めているように、 ﹃ トロイの書 ﹄ は作品の最 後に近づくにつれ 、 すなわち栄華を 極めた古のトロイの国が、プリアモス王、ヘクトル、パリスな ど錚々たる勇士たちが一人ずつ倒れ、滅びゆく局面になると、 リドゲイトが得意とする栄枯盛衰、盛者必衰のむなしさが力強
い 文 体 とともに 、 読む者に訴えかける 。 15 ﹃ 王侯の没落 ﹄ は 栄 華を誇ったものでさえ滅びるのだという人の世の移ろいやすさ に重みをおく場合が 多いのに対して 、 ﹃ トロイの書 ﹄ ではトロ イの滅亡をいとおしむ気持ち 、 ﹁ なぜ 、 この場面でプリア モ ス 王はギリシア軍と戦おうなどと決断したのだろうか、なぜ、ヘ クトルは盾を身から離したのであろうか ﹂ な ど 、 歴 史 上 の ﹁ も し ﹂ 、 これがなければ世の流れは変わっていたのではない か 、 という自問に近い、失われたトロイの人々への惜別の念が込め られ、それゆえに読む者の心にもより強く響きかけるように思 える 。 unhapp y という語はまさ にこのような ﹁ な ぜ 、 このとき に このようなことが起こるのか ﹂ 、 という気持ちを吐露する際 にリドゲイトが用いている。 たとえば、プリアモス王がギリシアとの開戦を決意するに場 面では、決断に至る経緯を議会形式で語らせることによって、 漸層的な効果が生まれている。まず騎士道の華と称されるヘク トルは反対を表明し、それに対しパリスは自分が見た夢をもと にギリシア出兵を主張する。次に、ギリシアへ出陣するとトロ イは滅亡するという託宣をもとにヘレヌスが警告し、いったん 開戦回避の方向に論が傾く。にもかかわらず、トロイラスの開 戦論によって突如、開戦が決定する。右往左往した議論が、そ れまでの妥当な意見とは相反する方向の結論に向かってしまう とき、最後の結末を知る読者にとっては開戦の決断はトロイの 終焉を意味するだけに、カッサンドラの予言とともに暗澹たる 印 象が残る 。 プリアモスが戦を決意する場面をリドゲイトは ﹁ 物 事の順序は運命と固く結びつけられているので 、 事態の発 生を妨げようとしても発生を防ぐことは不可避である。パリス が出発すると無分別にも決めてしまい、不幸にも事態が動き出 す流れに身を任せてしまっ た の だ ﹂ と 語 る。 この説明の意味す るところは次に続く ﹁不運にも偶発 的な出来事に巻き込まれた のだ﹂ ︵ vnhapp yly w ith hap thei w er e en voluyd, Book II, 3223 行︶ という言葉でさらに 深められている 。 hap は語彙解説によると 、 ﹁ もろもろの 出来事の原因や方向を決するようなきっかけや 運﹂ 16 であり 、 大きな破滅へ向かう流れの中 で 、 ﹁ 偶発的出来 事﹂ ︵ hap ︶ に ﹁ 不運にも ﹂ ︵ unhappily ︶ が結び付け ら れ 、 解 き 放 つことができない、つまり、破滅に至る方向性を変更できない と解することができるだろう。言い換えれば、滅亡そのものを 避けることができない、という決定に関する単一性の事項では なく、滅亡に向かう一連の行為に歯止めをかけることができな い、という意味合いではないかと思われる。 トロイの民が unhapp y な決断をし たことにより 、 ﹁ 運命の女 神が引き起こす災いの連鎖の勢いによって、不安定な運命の車 輪は一気に回転し 、 トロイの民を混乱 ・ 破滅へと早 めたので あった﹂ ︵ Book II, 3286 − 3291 行︶ と述べる。さらに、リドゲイ トの嘆きは続き、トロイの人々がヘクトル、ヘレヌス、ペンテ ウスやカッサンドラの警告に耳を傾ければ、トロイも破滅から 守れたのにと破滅を食い止められなかった口惜しさを吐露する。 偶然の悲劇
取り返しがつかないことへの無念さ、無常さはマロリーの最後 の章にも通底しているといえる。そしてその無念さをあらわす 表現として ﹁ 不 運なきっかけ ﹂ ︵ unhapp y chance ︶ ということば が登場しているのである 。 リドゲイトにお い て 、 ﹁ 不 運 、 不 幸 な﹂ ︵ unhapp y︶ という意味の言葉と ﹁偶然、きっ か け ﹂ ︵ chance ︶ という語が組み 合わされることによって 、 またさらに unhapp y の 語 自 体に含まれる運不運も F o rtune によって左右されるとい う ﹁ 運﹂ ﹁偶然性﹂ の意味合いが重層化され、マロリーの作品の 悲劇性を増幅させる効果が unhapp y の用法に踏襲され ているの ではないか。 円卓の崩壊の場合もそうであるように、トロイの滅亡の原因 もさまざまな要因が絡まり、出来事の岐路に unhapp y の語が現 れる。リドゲイトの嘆きが大きいのは運命の女へレナとパリス の出会い、ヘクトルの死、トロイの城壁にギリシア軍から、い わゆるトロイの木馬が運び込まれることを許したこと、トロイ 軍の中から裏切り者が出たこと、トロイの守護像が盗まれたこ と、アキレスがヘクトルとトロイラスを殺害したこと、などが 挙げられる。偶然にもヘレナがパリスのいる神殿に出かけ、二 人が出会った様をリドゲイトは ﹁不運な偶然﹂ ︵ unhapp y chance ︶ と呼び、その結果この運命的な出会いがギリシア軍、トロイ軍 双方になんと甚大な被害を与えたことか、と嘆いている。さら に 、 そのような破滅を引き起こしたヘレナを ﹁ 不幸をよ ぶ 女 ﹂ ︵ unhapp y w om an ︶ とリドゲイトが評するのは、マロリーがモー ドレッドを ﹁不幸をおこす騎士﹂ ︵ unhapp y knight ︶ と呼ぶ用法 と同義といえる。ヘクトルが戦死する場面にいたる描写も対応 関係を認めることができる 。 ちょうど円卓最後の決戦前 夜 、 アーサー王が不吉な夢をみた直後、ガウェインの亡霊が現れ警 告したように、ヘクトルの妻も不吉な夢におびえ、今日ばかり は戦ってくれるな、と懇願する。にもかかわらず、ヘクトルを とめることは不可能である。 リドゲイトは語る、 ﹁彼の不運 ︵ un-hap ︶ は途絶えることのない破滅となった。 ﹂ ︵ His vnhap w er e en-deles ruyne, B ook III, 5099 行。 ︶ヘクトルの死をめぐる状況も偶 然が取り巻いている。ヘクトルは ﹁運か、偶然か﹂ ︵ 5333 行︶ 立 派な武具を身に着けたギリシア軍の王に出会い、まぶしく輝く 宝石に目を奪われ、そのギリシア軍王を殺害し、宝石を奪おう とする。騎士道の鏡であるヘクトルがなんという恥知らずなこ とをするのか、物欲は身の破滅なり、とリドゲイトが嘆くよう に、貪欲に目が眩み、身を守るはずの盾を身体から離した瞬間 にアキレスの投げた槍がヘクトルの心臓を射抜き、突然、予想 もしない死を与える。 先に言及した ﹁彼 の unhap は途絶えることのない破滅となっ た﹂ という言葉通り、トロイ随一の 騎士を失うことによってト ロイは確実に、終わりなき破滅の道を辿ることになる。二ヶ月 間の停戦の後、第二のヘクトルと称えられたトロイラスも復讐 心の強いアキレスによって殺害される。さらに、身内の離反、 裏切り、内紛によって弱体 化していたトロイに木馬が 、 17 城壁
内へ運び込まれる場面も unhapp y chaunce と いう句が用いられ ている。不落の城であったトロイを自らの手によって城壁を壊 すことに加え、ギリシア軍の計略に乗せられ馬を無防備な砦の 中に招き入れた結果、最終的にトロイ人の滅亡が引き起こされ ることになる。このように、十五世紀に unhapp y と い う語が孕 んであろう響きを読み込むことによって生まれる作品の重層性 が、結末へ収斂する緊迫感を際立たせているように思われる。 アーサー王 の円卓の栄枯盛衰を描いたマロリーにとって un-happ y ということばはそのよ うな緊迫感を語るために十分訴え かける力のある言葉であったのではないか。 リ ドゲイトの作品は 、 フランスの ﹃ アーサーの死 ﹄ や ﹃ 頭 韻 詩アーサーの死﹄ 、 ﹃ 八行 連詩アーサーの死 ﹄ のように 、 物語の 具体的な挿話、表現などに直接影響関係を見て取れるような典 拠の類ではない。しかし、先に指摘したように、作品の流れ上、 重要な局面で発せられる unhapp y という語の用法は、 リドゲイ トとマロリーの使い方においてきわめて近似している。それで はマロリーがリドゲイトの作品にふれた可能性を示す外的な論 拠はあるのだろうか。マロリーは作品を執筆したといわれる一 四 六九年に 、 ニューゲイトの監獄にいたことが検証されてい る。 1拘8 束状態にあったこの時期に閲覧可能であった文献の候 補として、ニューゲイトの近くにあったグレイ・フライアーズ 修道院の蔵書が挙げられる。蔵書目録によれば、一四四〇年に 捕虜となっていたシャルル ・ ドレアンが ﹃ 王侯の没 落 ﹄ の 写 本 を 借りたという 。 19 マロリーが拘束されていた間にリドゲイト の作品を手にした可能性もありうるが、これは推定の域を出ま い。だが仮にこの時期に接していなかったとしても、マロリー が執筆以前に ﹃ 王侯の没落 ﹄ を手にしていた可能性はきわめ て 高 い 、 と す る 論 が あ る 。 ジ ョ ン ・ ウ ィ ズ リ ン グ ト ン の 論 で ある。 20 ウィズリングトンはマロリーの作品最後に記されたアーサー 王の墓碑文である ﹁かつての王 で あ り、 未来の王でもあるアー サー王﹂ という表現を比較検討 し、 いくつかの異文が十五世紀 ま でには広く口承でも流布していたが 、 もし文字媒体でマロ リーが目にしたとすれば、それは写本に記された文言と完全に 一致するリドゲイトの ﹃ 王侯の没落 ﹄ を通してでは な い か 、 と 結論している 。 この論が即マロリーが ﹃ 王侯の没落 ﹄ を 読 ん だ ことを証左するものではないかもしれないが、両者の影響関係 の可能性を濃厚に示唆する指摘であるといえる。 ﹃王侯の没落﹄ は ﹁ 中世後期のイングランドにおいてきわめて 重要かつ影響力のあった作品でありながら、これほど正当に評 価されていない作品はな い﹂ といわれている 。 21 この作品を含 む写本は七十以上も現存することから、十五世紀においてきわ めて広範囲の読者を得た作品であったことは間違いなく、その 広範な読者の一人がマロリーであったとしてもおかしくはない。 しかしながらリドゲイトの作品とマロリーとの影響関係に言及 偶然の悲劇
した論考はきわめて稀で、リドゲイト研究の先達デレック・ピ アソルやラウイス ・ A ・ エイビンらもその著書においてマロリー への影響を論述していない。両者の関係を論じた数少ない論考 にはウィズリントンのもののほかに、マロリーがリドゲイトの 詩作品に触れた痕跡を指摘する論がある。 22 リドゲイトの短詩 ﹁この世のならわし﹂ “The Dys pos icion o f the W o rld” では夏から 冬への季節の移り変わりを人情の移ろいやすさに重ね合わせて いるが 、 これはマロリーが ﹃ アーサーの死 ﹄ の十八巻二 十 五 章 で 人の情のはかなさを述べるくだりに呼応する 。 ﹁ 冬の身を切 るような冷たさ ︵ rasu re ︶ がいつも緑の夏を削ぎ取り消 し去って しまうように、男女の愛もまた変わりやすい﹂ ︵四五五頁改訳︶ と 、 リドゲイトの詩行 ﹁ 冬の身を切るよう な冷たさ ︵ rasu re ︶ が 、 喜ばしい様子で花咲く夏の心地よい居場所をすべて消し去って しまう/この世のあらゆるものは突然過ぎ行き、この世に終の 住処はない﹂ は表現も主題もきわ めて近いことは明白である 。 さらに ﹁ 冬の身を切るような冷たさ ﹂“rasure” はこの箇所以外 で マ ロリーに用例がないことも特筆すべきであろう 。 2マロリー3 が必ずしもアーサー王物語とは限らない文献からも表現や発想 を得ていたことが推定できる。 それではアーサー王物語ではない ﹃ トロイの書 ﹄ をマロ リ ー が参照した外的論拠はあるのだろうか。ただひとつ確実なこと は、トロイの没落譚の主題をアーサー王物語の枠組みにしよう という着想は当時、十分理解できる文学的な飛躍であったこと である。そもそもブリテン島はトロイの末裔ブルータスが到来 して創建したという始祖伝説が根強く存在している。マロリー が典拠とした ﹃頭韻詩﹄ や ﹃ 八行連詩﹄ のアーサー王作品にもト ロイへの言及があり 、 とりわけ ﹃ 頭韻詩 ﹄ ではヘクトル へ も 何 度か言及し、アーサー王はプリアムス王の息子ヘクトルの血の 流れを汲む者と作品の最後で語っている 。 ま た ﹃ トロイ の 書 ﹄ の執筆を依頼したヘンリー五世は、自分が王位を継ぐことが明 らかになった時点でリドゲイトに執筆を依頼したといわれてい る。 24 つまりトロイからの歴史を語る こ と が 、 アーサー王の ﹁ 歴 史 ﹂ を語ることと同じ く 、 当時の王位継承権の正当性を主 張するひとつの準備であり、道具としてみなされていたのであ る。リドゲイトに先駆けてトロイ関連の英訳が二作品残存して おり 、 さらにリドゲイト以降ではマロリーの ﹃ アーサー の 死 ﹄ を手がけたカクストンが一四七四年頃にフランスのトロイ本を 翻訳印刷している。十五世紀は一種のトロイ・ブームであった といってよい。 25 マロリーは書き始めからかなりの知識を持っていたと考えら れ、 26 ケネディの指摘のようにマロリーがアーサーの王国の栄 華と没落を描く構想を当初から 抱いていたとすると ﹃ トロイの 書﹄ こそ、その着想をあたえるのに ふさわしい文献ではなかっ たか。ヘレン・クーパーによれば、十五世紀に韻文ではなく散 文 を選択することは結末が惨禍となるジャンル 、 ﹁ 災難に終わ
る騎士道物語 ﹂ ︵ d isaste r ro man ces ︶ ﹂ とクーパーが 呼ぶ範疇を 選択することを意味したという。 27 そうだとすれば、マロリー はアーサーの円卓の崩壊という災難を視野に入れつつ作品を創 作したこと に な る。 そうであればなおさら 、 unhapp y という語 によって ﹁ 偶然の出来事の連鎖 ﹂ が最終的な悲劇にいたるで あ ろ うことを暗示できたのではないか 。 ﹁ 些細なことが大事を引 き起こす ﹂ 過程を念入りに描いたのはリドゲイトが ﹃ トロイ の 書﹄ で採用した手法である。 28 ﹃ アーサーの死 ﹄ に お い て 、 作中人物や読み手をも突き動か しているのは神なのか、運命なのか明らかではない。運命を異 教的な存在と捉えることは 可能であろう 。 中世において ﹃ 王 侯 の没落﹄ は運命の女神への言及が頻 繁に見られる書としてよく 知られていた。異教の偉人たちがどのように繁栄の極みから没 落へ至ったのかという 、 あくまで ﹁ 異教の時代 ﹂ に重点 を お い ているために、運命の女神が人の幸不幸を牛耳る設定に違和感 を持たずに済んだのであろう。しかし中世キリスト教において は、なにより全知全能の神が存在する以上、人の運命を操る別 の存在があることは居心地 が 悪 い。 中世キリスト教教会は ﹁ 運 命の女神﹂ の領分を制限してい く作業になる 。 中世キリスト教 父たちの解釈によれば、運命は神に従属する存在であり、かつ また神意を実現させる代理人としての役割を付与される。 29 しかしマロリーの作品では人間の行為と行為が招く結果を全 能の神が支配しているという考えだけでは説明できない不透明 領域が存在する。諸々の偶然の出来事が物語の動きを支配し、 偶然の出来事によって突き動かされる状況は悲劇の序奏から明 らかに見て取れるのであ る 。 unhapp y の語のみならず 、 unhap の類似語である mish ap や m is for tune, b ef all などの表現が最後に 向かってより多く用いられている 。 毒リンゴが ﹁ た ま た ま ﹂ ギ ネ ヴ ィ アが催した宴で供され円卓内の陰謀が明らかになり 、 ボーズ卿がランスロットのわき 腹を槍で突き刺したのも ﹁ 不 運 な偶然﹂ であり、さらにランスロッ トが女猟師に馬に坐れなく なるような身体部位に ﹁ 不運にも ﹂ 矢を射られ 、 この世 で 最 も ﹁不幸せな﹂ 男だと嘆き、最高の栄誉を得ようという時に ﹁予期 しない不幸﹂ が降りかかる。 この際に用いられる表現は unhapp y である。たまたまの行為がさらに新たな状況を作り上げるのは リドゲイトの ﹃トロイの書﹄ によくみられる手法である。 ﹃王侯 の 没 落 ﹄ の 原 典 と し て 遡 及 で き る ボ ッ カ チ オ の De Casib u s V ior um Illus tr ium が ﹁ 悲劇﹂ を語ることばを与えたとするなら、 De Casib u s の伝統を受け継ぐリドゲイトへと悲劇の語りが継承 されているとも考えられる。 30 マロリーの結末について、異教 とキリスト教的なものの並存によってさらに悲壮感が膨らんで いるとの指摘もあるが、 31 偶然の悲劇を異教的なものと呼ぶの であれば本論の意図するところと一致するといえるかもしれな い。あるいは、この悲劇の語りをマロリーはリドゲイトから得 たのではないか。とすれば、トロイという一国の栄華とその崩 壊を描いた ﹃ トロイの書 ﹄ に負う所は単に字句の影響関係以 上 偶然の悲劇
に大きいことを示す証左に他ならないと思えるのである。 アーサー文学の長年の吸引力 のひとつが ﹁ いかにアーサーの 死を描くか﹂ という視点であり、こ の点をどのように敷衍され るかが読者にとって重要であり、かつ関心が高かったといって よい。これはいかにアーサーの死を招く事態が引き起こされた のか、という問いに換言することもできる。この問いに答える べく、アーサーの近親相姦とモードレッドの誕生、あるいは王 妃ギネヴィアとランスロットの不義、あるいはこれに端を発し て円卓の騎士内の不和、ガウェイン一族とランスロット一族の 確執と決裂が生んだ内紛、弟を殺害されたガウェインの復讐心、 これらはすべて個々人の責任と咎が円卓崩壊の原因を作ってい ると考えられだろう。確かにヴィナーヴァはフランスの原典と 比較すると格段に運命の支配力が低く、マロリーは人間悲劇の ドラマに仕立て上げたと述べている。 32 しかし、王国の崩壊が 決 定的となっていく過程に介在するのは 、 人間が抗しがたい ﹁ 運命の気紛れ ﹂ に近い ﹁ 偶 然 ﹂ である 。 人 間の力を超えた ﹁ 偶 然﹂ の存在によって否応ない没落と 破壊へ向かわざるを得ない 状況を加味することによって、ない交ぜとなって蠢く人間の最 期を描き、重層的な結末を描いたといえる。人間の運命を操る と考えられた運命の女神にどの程度人間が抗えるのか、という 人間と運命のせめぎ合いを追及した中世の先人としてジョン・ リドゲイトがいる。リドゲイトの ﹃王侯の没落﹄ 、とりわけ ﹃ト ロイの書﹄ がマロリーの作品に流れ る思潮を支えているとした ら、マロリーのアーサー王はギリシャ・ローマの時代から中世 イングランド王まで王権の盛衰を描いた ﹁ 滅び行く王者 ﹂ の ひ とりであり、 ﹃アーサー の 死 ﹄ は ﹃ トロイの書 ﹄ に連なる一王国 の滅亡譚であったといえるであろう。 * 本稿は第七十六回日本 英文学会 ︵ 二〇〇四年 ︶ で口頭発表し た原稿をもとに加筆した。 1 リドゲイトのテキストは以下を使用した。 L ydgate ’s F all o f P rin ces , ed. He nry B er ge n(1924; London: EETS, 1967). E S 121, 122, 123,124. L ydgate ’s Tr o y B ook , A .D. 1412 − 2 0 , ed . H en ry Ber-ge n (London: EETS, 1906). E S 97, 126. 2 Fred eric Go d efro y, Dic tionnair e de L ’Anc ie nne Langue F ranç aise et d e to u s ses d ia lectes d u IX e au XV e siècle (P aris: L ibrairie des Sc ie nc es et de s A rts, 1938). 3 Middle E nglis h D ictionar y (Ann Arbor: U ni ve rsity of Mic h i-ga n P re ss, [c 1952] − 1997). 4 ‘A llas!’ saide Balyn, ‘all that maade an unhappy knyght in the ca ste l, for he ca u se d m e to le ve m yn ow ne she lde to our bothe de -struc tion. And y f I myght lyv e I w old de stro y e tha t ca ste l for ylle
cu stome s.’ (90) マロリーのテキストは以下の版による。 The W o rk s o f S ir Thomas Malory , ed. Eugè ne V ina ve r, re v. P. J. C. Fie ld (Oxford : Cla re ndon Pre ss, 1990). マロリーの引用は以下の翻訳 にほぼ依拠するが、解釈の異なる 箇所は適宜改訳した 。 中 島 邦男 ・ 小川睦子 ・ 遠藤幸子訳 ﹃ 完 訳 アーサー王物語 ﹄ ︵ 青山 社 、 一九九五年 ︶ 、 九五頁 。 本 書は城の 騎士がベイリンとベ イランを殺害するために故意に盾を変 更させたと解釈してい るが、 “to our bothe de struc tion” の箇所は目的ではなく結果を 示す文型として解釈すべきと考 え、 改訳した 。 以降本文の引 用は邦訳と原文のページ数を括弧で併記する。 5 “the re sha ll n ev er ma n h andyll thys swe rde bu t the be ste kyght of the w orlde, and that shall be sir L auncelot othir ellis Galahad, hys sonne .And La unc elot with [t]hys swe rde sha ll sle the m an in the w orlde that he lo vith beste : that shall be sir Ga w ayne. ” (W o rks, 91 ). 6 “f or tha n the y be na t ha pp y nothe r fortuna te unto the we rrys; for othe r the y sha ll be ov erc om with a symple r kn yght tha n the y be he mse lf, othe r ellys the y sha ll sle by unhappe an d h ir cu rsed ne sse bettir men than the y b e hemself. A nd so who that u syth paramours shall b e unhappy , an d all thynge unhappy tha t is aboute the m. ” (270 − 271) 7 “T h e d amsel’ s sp eech an d L an celo t’s rep ly are amo ng M ’s m o st importa nt additions to the L an ce lot story .” (1420) 8 “A n d as th ey were u n armed , h e smo te th em an d w y st n at wh o m th at h e smo te, an d so unhappely the y we re sla yne .” (1183) ラン スロットが嘆く箇所は以下の通り。 ”I sle w e ne ver sir G areth n o -the r hys brothe r be m y w yllynge , but ala s tha t ev er the y we re un-ar me d tha t unhappy day! ” (1199) 9 King Arthur’ s De ath: The M iddl e E nglish S tanzaic M orte Arthur and Alliter ative M orte Arthur e , ed. La rry D. Be nson (1974; Ex ete r: Uni ve rsity of Ex ete r Pre ss, 1986), l. 3340. 10 And kynge Arthur tok e hys horse an d se yde , “Ala s, this unhappy day! ” and so rode to hys pa rty , an d sir Mordre d in lyk e w yse . (1235) 11 ﹃フランス中世文学集4 奇跡と愛と﹄ 新倉俊一 神 沢栄一 天沢退二郎訳 ︵白水社、 1996 ︶ 二〇六頁 12 “S ir , la tte hym be ,” se yde sir L uc an , “for he y s unhappy .A nd yf ye pa sse this unhappy day y[e ] sha ll b e ryght we ll re ve nge d. ” (1236). 13 Richard A . W ertime, “The T heme and S tructure of the S tanzaic Morte A rthur” P MLA 87(5) (1972): 1075. 14 たとえば 、 ジョン ・ ガウアーも unha pp y という語を使用し ているが決して数は多くない。 A C onc or danc e to John Gowe r’ s Confe ssio A mantis ,e d. J.D. Pic kle s and J.L. Da wson(Ca mbridge : D . S. Bre w er , c 1987). ちなみに unha pp y が Ca xton の語彙ではな いことは Prose の例に一例も含まれていないことからも明ら かである。 A C onc or danc e to C ax ton’ s O wn Pr ose , ed . K iy o k azu Miz oba ta (T ok yo: Shoha kusha ,1990). 15 De re k Pearsall, John L ydgate (Charlottesville: T he Uni versity 偶然の悲劇
Pre ss o f V ir ginia ,1970), pp. 140 − 143. 1MED6 h ap = ch an ce o r fo rtu n e co n sid ered as th e cau se o r d etermin er of ev en ts 17 リドゲイトは木馬ではなく、 ﹁真鍮の馬﹂ となっている。 p.746. 18 Ann F. S utton, “M alory in N ew ga te :A Ne w D oc ume n t,” Libr ary : the Tr ansac tions of the B iblio gr aphic al Soc ie ty (Oxford), S ev en Se -rie s, 1 : 3 (2000), 243 − 62. この論文の存在をご教示いただいた 宮利行教授に感謝いたします。ニュー ゲイトの監獄の記録に マロリーの名はあるが、一時的な立会 人として記録された可 能性もあるとのご指摘をピーター・フ ィールド教授から頂い た。 19 Wo rk s, xxvi. 20 John W ithrington, ”T he Arthuria n E pita ph in Ma lory’ s Morte D ar-thur” A rthurian L iter a tur e VII (1987), 103 − 144. マロリーの作品 に引用されているアーサー王の墓碑は以下の通り。 ”Hic jacet Arthurus, re x quonda m re xque futurus. ” 21 A.S.G. Edw ards, ”T he Influe nc e of L ydga te ’s F a ll of Princes ,c . 1440 − 1559. ” Me diae va l S tudie s (T oronto) 39 (1977): 424 − 439. マロリーとの影響関係は論じていない。 22 Ea rl R.Ande rson, “M alory’ s ‘F air Ma id of Asc ola t’” , Neuphilolo-gisc he Mittelung en 87(1986): 237 − 254. 23 The M inor P oe m s of John L ydgate , ed . H en ry No bl e M acCrack en an d te x t re − re ad by Me rria m She rw ood, P art II (London: EETS, c.1961), p. 733: 267 − 79. マロリーが無意識あるいは意識的にリ ドゲイトから表現上の恩恵を受けて いた可能性は Snell も指 摘している。 W illiam S nell, “A note o n M alory and the ‘lusty mone th of Ma y’” ﹃大東学園専門学校紀要﹄ 第2号 ︵昭和六十 一年三月 ︶ 、 八 〇︱九 〇 頁 。 ヴィナーヴァーは rasure を忘却 の意味でとっているが、リドゲイトの 原詩と比較し原詩の意 味を反映させるなら ME D にある ﹁かみそりのよう﹂ に身を突 き刺す冷たさの意味で解釈すべきであろう。 24 Pe ar sa ll, p. 125. ﹃トロイの書﹄ は精巧な彩画や家紋が刻まれ た 写本が多く 、 ﹃ トロイの書 ﹄ を所有することが家柄を誇示 することになったという。 Lesle y La wton, ”The Illustration o f Late Medie val Secular T ex ts, ” in Manusc ripts and re ade rs in fif-teen th − ce ntury England (Ca m bridge : D .S. B re we r, 1983), p . 53, an dp .6 5 . 25 W illiam C axton, The R ecuyell of the Historyes of Tr oye w ritten in F renc h by Raoul Lefe vr e. Tr ansla ted and printed b y W illam C axton, c. 1474 . P ea rsa ll, pp. 126 − 127. 26 Edw ard D K enne dy , ”Ma lory an d h is English S ourc es ,” in As -pe cts o f M alory , ed. T oshiyuki T aka miya and De re k B re we r (Ca m-brdige : D .S. B re we r, 1981), p . 30. 27 He le n C oope r, “C ounte r Roma nc es ,” in The L ong F ifteenth Cen-tury , ed. He le n C oope r and Sa lly Ma pstone (Oxford: Cla re ndon Pre ss, 1997), p. 145. 28 Pe ar sa ll, p. 132. 29 運命の女神に関する考察 は Ho w ard P atch, 黒瀬保が詳しい 。
Ho w ard R. P atch, The G odde ss F o rtuna in Me diae va l L ite ra tur e (1927;Ne w Y ork, 1974). 黒瀬保 ﹃運命の女神 中世及びエリザベ ス朝文芸におけるその寓意研究﹄ ︵南雲堂、一九七〇年︶ 。 T amotsu K urose, Godde ss F o rtune in John L ydgate ’s W ork s (T o kyo: Sa nse ido, 1980). 30 W illard F arnham, The M ed ie va l H er ita ge of Elizabe than Tr ag edy (Oxford: Ba sil B la ck we ll, 1956), p .110 − passim. 31 Ja ne Bliss, “P rophe cy in the Morte D arthur ,” Arthuriana 13 (1) (2003), 1− 16. 32 Wo rk s, 1649. 偶然の悲劇