博 士 ( 行 動 科 学 ) 川 端 康 弘
学 位 論 文 題 名
視 覚 系 の 時 空 間 統 合 特 性 に 関 す る 心 理 物 理 学 的 研 究
学 位 論 文 内 容 の 要 旨
本 論 文 は 全 部 で16章 か ら な り 、 そ れ ら が3部 に 分 か れ て 構 成 さ れ て い る 。 第I部「本研究の背景と問題」では本論文の基礎をなす視覚系の時空間統合特性に ついてのこれまでの知見、特に輝度システムと色システムにおけるそれらの知見につ いて詳細な吟味がなされている。第1章でこれまでなされて来た検出閥における主な 知見が紹介されている。第2章では閾値決定における色システムの関与に関してのこ れまでの知見が吟味されている。予想されるように、これまでの研究では色刺激が用 いられる場合でもそれはもっぱら輝度システムを介して閾値決定がなされるケースが 主であって色システムの関与は間接的なものに過ぎなかったことが指摘されている。
第3章では論文の後半の諸実験の結果にもっとも密接に関わる色システムと輝度シス テムの分離を試みた過去の研究が紹介されている。さらに正常の色覚において3原色 性と反対色システムとがどのように関連しあっているかについてのこれまでの学説を 論じている。第4章では色システムと輝度システムの並列処理に関するこれまでの神 経生理学的研究について解説している。著者はごく最近の文献にいたるまでよく総覧 し、これらの諸研究と自分の研究との対応づけについても考察している。第5章はパ タン情報の処理に色システムがどのように関わっているかの考察であって、一部の学 者が主張するように色システムはこれに全く関与していなぃか、していたとして、そ の役割は2次的なものに過ぎないという考え方に著者はっよく反発し、生態学的にみ てもこのようなことはあり得なぃとしている。また色情報によるパタン処理は中・低 空間周波数で主として行われることを指摘している。第6章は後半部の実験において 実際に行われた色覚異常者の色覚についての研究が色覚理論に対し持つ意義について 論じている。第7章はこの第I部の総括ともいえるもので、視覚の時空間統合におけ る色システムの役割を再び論じている。本論文の研究ではこの分野で今まであまりと りあげられたことのなぃ色順応の影響が扱われているがその意義についてここで論じ られている。さらに色システムを扱う際、これまでの視覚科学者が軽んじてきた表面 色 の3属 性 、 色 相 ・ 明 度 ・ 飽 和 度 も 考 慮 に入 れ な け れば なら ないと して いる 。 第n部「時空間統合現象に関する心理物理学的研究」ではこの論文の根幹をなす心 理物理学的諸実験の成果が述べられている。実験は全部で7種類のものが行われてお り、 それ らは 第8章 から 第15章に わた り順次説明されている。そのうち第8章から 10章までの実験は、基本的にはそれはマクスウェル視光学系と呼ばれる装置により 行われた。それにより実現されたのは以下のような刺激布置であり、それを用いて主 な実験が行われた。すなわち視角7゜の背景光の中央部にそれにかぶせて視角1.4゜ のテスト光が提示される。このテスト光は2っの成分からなり、一つの実験(第8章
実 験1) で は そ れ は640 nmの赤 色 光 と502nmの緑 色 光と で あ り、 他 の実 験 ( 第9 章 実 験2) で は46 3nmの 青 色光 と577nmの 黄 色光 で あっ た 。 この2っ の 成分 か ら なるテスト光は、種々の割合で混合されている。さらにこのテスト光はその持続時間 が段階的に変化された。一方背景光(これはこれらの実験では白色であった)もその 強度が段階的に変化された。このような条件下で被験者に求められたことはテスト光 がちょうど見える強度にそれを調整することであった。一般にこのような実験事態で tよ臨界 持続時間tcが得られ るが、そのtcは上にのべたテスト光の2っの成分光の割 合によ って著し く異なる ことが見いだされた。青色光と黄色光を用いた第10章実験 2では、 条件によ っては、 赤色光と緑色光を用いた実験1と同様の明瞭な差が得られ なかった。著者はこれは黄色光がすでに輝度システムの要素を多分に持っているため だ と解 釈して いる。第10章実験3では2色型色覚 異常者で 上に述べ たのと同 様の実 験を行っている。当然のことであるが、これらの色覚異常者では緑と赤のスペクトル 範囲内では色システムが全く機能していなぃために、赤色光と緑色光の混合比を変化 させても何等の変化も起こらなかった。一方青色光のスペクトルの範囲では正常の色 システムが機能すると考えられ、事実青色光と黄色光の混合条件では正常色覚者と全 く同様 の結果が 得られた 。第11章で は上の実験 結果をAbneyの輝度の加算性との関 連で検証している。予想どおり、閥値は物理和から予想される値から逸脱し、そこに 相互抑 制の働い ているこ とが証明 された。第12章実験4の 実験方法はこれまで説明 しlたものとやや異なり、テスト光は単一の色光からなる。しかし臨界持続時間の測定 法・背景光条件などは以前のものと同様である。この実験での特記すべき点は、テス 卜光の輪郭が第3の刺激であるマスク光によって隠蔽されているということである。
このマスク光の効果はテスト光から空間周波数における高調波成分を取り除き、色シ ステムに有利な低空間周波数が優先的に働く条件を作り出すことにある。このような 条件で 臨界持続 時間tcは通 常のテスト光を用いた場合より長くなった。これはこの ような手順が色システムの特性を選択的にとらえることを可能にしたためだと著者は 解 釈す る 。 第13章実 験5お よ び第15章 実 験7は これ ま での 実 験 とは 異なり、 コン ピュータにより制御されたカラー・ディスプレイが用いられている。これらの実験で は、背景光およびテスト光に入れ替わるテスト光と同じ大きさの背景光の領域は常に 等輝度 を保って いる。こ れらの実 験のうち、 実験5では 時間統合特性が測定された が、ここでは臨界持続時間を推定するために、データの示す曲線の形状から時間反応 関数を決定する、という手法を用いた。その結果から推定される臨界持続時間はテス 卜光ならびに背景光の飽和度に逆比例することが見出された。実験7は同様のことを 空間的加重について行ったものである。ここでもテスト光ならびに背景光の飽和度は 臨 界空 間 加 重面 積 と逆 比 例 の関 係 にあっ た。第14章 実験6は実 験1のテス 卜光の2 成分混合を背景光について行ったもので、やはり反対色システムにおける相反性がこ こ で も 見 ら れ た 。 他 の 色 同 士 の 混 合 で は こ の よ う な 現 象 は 起 ら な か っ た 。 第m部「 まとめ」 この部分 は第16章を なす。ここ では他の研究者たちがこれま でに行っている諸研究と著者自身のそれとを比較検討し自分の研究の位置づけを試み ている。また既知の神経生理学的事実をふまえて著者はひとつのモデルを提唱してい る。それは網膜内の単純反対色細胞そして視覚皮質における二重反対色細胞の特性を も取り入れた階層的モデルであって、本論文の実験の結果を包括的にまとめ得るもの であると著者は述べている。
学位論文審査の要旨
学 位 論 文 題 名
視覚系の 時空間 統合特性に関する心理物理学的研究
本 論 文 は 全 部 で16章 か ら な り こ れ が3部 に 分 か れ 、 本 文317ペ ー ジ (40 0字 詰 め 原 稿 用 紙 711枚 に 相 当 ) 、 図 87、 表 3で 構 成 さ れ て い る 。 第I部 「 本 研究 の背 景と問題 」では本 論文の基 礎をなす 視覚系の 時空間統合 特 性につ いてのこ れまでの 知見、特 に輝度シ ステムと色 システム におけるそれらの 知 見に つ い て詳 細 な吟味が なされて いる。第1章でこれ までなさ れて来た検 出閾 におけ る主な知 見が紹介 さ れて いる。第2章では閾値決定における色システムの 関 与に 関 し ての こ れまでの 知見が吟 味されて いる。第3章では反 対色システ ムに つ いて ふ れ 、正 常 の色覚に おいて3原 色性と反 対色シス テムとが どのように 関連 し あっ て い るか に ついての これまで の学説を 論じてい る。第4章 では色シス テム と輝度 システム の並列処 理に関す るこれま での神経生 理学的研 究について解説し ている 。第5章fま パタン情 報の処理 に色シス テムがどの ように関 わっているかの 考 察で あ る 。第6章 は後半部 の実験に おいて実 際に行わ れた色覚 異常者の色 覚に つ いて の 研 究の 持 つ意 義 に つい て 論じ て い る。 第7章は この第I部 の総括とも い え るも の で 、視 覚 の時 空 間 統合 に おけ る 色 シス テムの 役割を再 び論じてい る。
第u部 「 時 空間 統合 現象に関 する心理 物理学的 研究」で はこの論 文の根幹を な す 心理 物 理 学的 諸 実験 の 成 果が 述 べら れ て いる 。 そ のう ち 第8章か ら10章 ま で の 実験 は 光 学装 置 により実 現される 刺激布置 、すなわ ち視角7゜ の背景光の 中央 部 にそ れ に かぶ せ て視角1.4°のテス ト光が提 示され、 このテス ト光は2っの 成 分 から な り 、一 つ の実 験 ( 第8章実 験1) では そ れは赤色 光と緑色 光とであり 、 他 の実 験 ( 第9章実 験2) では 青 色 光と 黄 包光 で あ った 。 この2っ の 成 分か ら な るテス ト光は、 その成分 の割合を 種々の割 合で混合さ れていた 。さらにこのテス ト光は その持続 時間が変 化され、 一方背景 光はその強 度が段階 的に変化された。
このよ うな条件 下で被験 者に求め られたこ とはテスト 光の強度 を閾値に調整する
覚 明
夫 一
宏 鉄
純
場
田
谷
部
相 岡
三 阿
授 授
授 授
教
教 教
教 助
査 査
査 査
主 副
副 副
ことであった。一般にこのような実験条件によってテスト光の視覚系に対する臨 界持続時間が測定出来る。この臨界持続時間は上に述べたテスト光の2っの成分 光の割合によって著しく異なることが見いだされた。著者はこれは色システムの 臨界持続時間の特性であると結論している。青色光と黄色光を用いた実験2では 明瞭な差が得られなかった。著者はこれは黄色光がすでに輝度システムの要素を 多分に持っ ているため だと解釈し ている。第10章実験3では2色型色覚異常者 で上にのべたのと同様の実験を行っている。第11章では上の実験結果をAbney の輝度の加算性の観点から検証している。第12章実験4の実験方法はこれまで 説明したものとやや異なり、テスト光は単一の色光からなる。この実験での特記 すべき点は、テスト光の輪郭が第3の刺激であるマスク光によって隠蔽されてい るということである。これによって低空間周波数が優先的に働く条件を作り出す ことになる.。このような条件で臨界持続時間は通常のテスト光を用いた場合より 長くなった。このような手順が色システムの特性を選択的にとらえることを可能 にし た ため だ と著 者 は解 釈する。第13章実験5および第15章 実験7は これま での実験とは異なり、コンピュータにより制御されたカラー・ディスプレイが用 いられている。これらの実験で閾値として用いられた測度はテスト光が背景から
,区別されるための一番小さな純度差である。実験5では、臨界持続時間を推定す るために時間反応関数を決定する、という手法を用いた。その結果から推定され る臨界持続時間はテスト光ならびに背景光の飽和度に逆比例することが見出され た。実験7では再び実験5に類似した方法および分析が用いられ、その結果テス ト光ならびに背景光の飽和度は臨界空間加重面積と逆比例の関係にあることが見 いだされた 。第14章実験6は実験1のテ スト光の2成分混合 を背景光について 行っ た もの で やは り 反対 色システム における相 反性がここ でも見られ た。
第m部「まとめ」 この部分は第16章をなす。ここでは他の研究者たちがこ れまでに行っている諸研究と著者自身のそれとを比較検討し自分の研究の位置づ けを試みている。また既知の神経生理学的事実をふまえて著者はひとつのモデル を提唱している。
1.第I部のこれまでの関連領域の総覧はごく最近のものまでふくめて徹底的に 行っており、その部分だけでもReview論文として十分価値のあるものである。
2.第H部の実験は単に技術的に高い水準にあるばかりでなく多くの独創的発想 を含んでおり、またその大部分はすでに専門の国際誌に発表されていることから その価値は世界的にも認められていると判断出来る。
3.第m部ではかなり大規模なまとめを行っている。それには神経生理学の最近 の知見をふんだんに取り入れている。そのようにして作られたモデルを理論的構 成 物 と し て 見 た と き 、 そ れ は 一 応 の 説 明 カ を も っ と 評 価 さ れ る 。 4.全体としてこの論文は当該学間領域に対するひとつの大きな寄与とみなすこ とが出来る。著者の独創性と研究の将来の発展性を評価して、審査委員会は一致 して同氏が博士の学位を授与されるのに十分の資格があるとの結論に達した。