博 士 ( 農 学 ) 井 上 靖 彦
学 位 論 文 題 名
地 域 森 林 資 源 の 利 用 に 関 す る 研 究
一 国 有 林 地 帯 に お け る 農 民 的 林 野 利 用 の 展 開 を 中 心 と し て ー
学 位 論 文 内 容 の 要 旨
本論 文は, 環境の 保全, 山村地 域の 活性化 が重要 な今日 的課 題とな ってい るなかで,森林資源 を木材 資源の みな らず土 地資源 ,水資 源, 山菜資 源など 総合的 な地域 資源 として位置づけ,その 適正な 利用と 管理 のあり 方を考 究する こと により ,山村 地域の 発展条 件を 明らかにすることを目 的とし たもの であ る。そ のため に,研 究対 象地と して, 典型的 な国有 林地 帯である山形県小国町 におい て,近 年過 疎化の 著しい 足水川 流域 と地域 住民の 定住化 が図ら れて いる横川流域をとりあ げ ,地 域経 済に連 鎖して いる 農民的 林野利 用と国 有林 経営の 展開過 程を,4期 に区分 して克 明な 分析を 行って いる 。
「緒 言jで は, 本研究 の背景 と目的 ,方法 にっ いて述 べてい る。
第1章は 「森林 資源問 題と 国有林 経営」 と題し て,国 有林 の経済 効率性 を追求 した 画一的 な森 林施業 と用材 生産 に偏奇 した経 営の進 展が ,地域 資源に 立脚し た地場 産業 との矛盾を深めたこと を指摘 し,今 日の 森林資 源問題 の所在 を明 らかに してい る。
第2章は 「調査 地の概 況」 にっい て述べ ている 。同地 域で は稲作 を基幹 作物と した 農業経 営が 行われ ている が, 就業形 態は兼 業化が 進み 恒常的 な賃金 労働が 主体と なっ ているとしている。.
第3章は「 林野 所有の 形成と 農民的 林野利 用の 展開(1873‑‑‑1944年) 」と題 し,戦前期の地域 資源利 用の動 向を 検討し ている 。すな わち ,明治 初期の 地租改 正と土 地官 民有区分により,地元 住民の 生産基 盤た る入会 林野が 収奪さ れ,広大な国家的林野所有が形成されたこと,それにより,
その後 の地域 住民 の多様 な林野 利用に 依拠 した生 産,生 活の発 展条件 が規 制されることになった と指摘 してい る。 一方, 戦前期 の国有 林経 営は, 交通網 や搬出 技術の 未開 発により,用材生産は ほとん ど行わ れず ,地域 への薪 炭材供 給を 主とす るもの であっ たため ,こ の時期の地元住民は,
利用上 の制約 を受 けなが らも安 定的に 薪炭材を確保できたばかりでナょく,国有林野を対象とした 自給的 ・農業 的林 野利用 や山桑 利用の 養蚕 ,製炭 ,ゼン マイ, ナメコ 採取 による小商品生産が発 展 し た と 述 べ て い る 。 ま た , 資 源 利 用 に っ い て は , 集 落 を 単 位 と し た 共 同 体 規制 に 基 づ
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いて資源の枯渇を防ぎ,森林のもつ多様性を活用した環境保全型生産であったと指摘している。
第ユ章は「戦後復興期の森林資源利用の展開(1945〜1957年)」にっいて述べている。この時 期の国有林経営は,戦前期と同様に薪炭材生産を主とするものであったが,交通網の発達や木材 需給の増大を契機として徐々に広葉樹の用材生産が進展し,次期に展開する拡大造林の初期段階 に位置づけられると指摘している。一方,農民的林野利用は,戦後の農地改革によっても直接的 に変化することなく戦前期の利用形態が基本的に継続したとしている。また,国有林経営と農民 的 林野利用との関係は,薪炭 材供給が主要な関係であることに変化はなかったとしている。
第5章は「用材生産の拡大と農民的林野利用の転機(1958〜1974年)iにっいて述べている。
すなわち,この時期の国有林経営は,「高度経済成長」期の画一的な拡大造林政策により広葉樹 天然林のスギ人工林化を促進し,資源利用を一面的な用材生産へと特化していったこと,それに より地元住民の林野利用は一層制限されるとともに,水資源などの環境保全上の問題を顕在化さ せたことを指摘している。一方,農業経営の「近代化」による採草地利用の後退,工ネルギ一革 命による薪炭生産の崩壊,あるいは人工造林の進展による天然資源の減少などによって,伝統的 な農民的林野利用は衰退傾向を示し,共同体規制に基づく資源管理も後退していったとしている。
また,薪炭生産の崩壊と「高度経済成長」期以降の労働力市場の拡大は,過疎化と農民の賃労働 者化をもたらしたとしている。
第6章は「新たな森林資源利用の動向(1975‑‑ ‑1990年)」にっいて述べている。この時期の国 有林経営は,林業の不況と経営基盤の悪化,さらには自然保護運動の高揚などによって事業量を 滅少するとともに,従来の皆伐と新値を基本とした施業から天然林施業へと転換したとしている。
一方,「高度経済成長」期以降,森林資源利用と結びっいた伝統的な定住条件が崩壊し山村の過 疎化が進行するなかで,近年,地域資源を活用して地場産業の振興を図る試みが行われ,成功し つっあることを指摘している。共同の利用と管理による観光ワラビ園,山菜,キノコ栽培,イワ ナ養殖がそれで,横川流域では,それにより,1975年以降過疎化の進行をくいとめることができ たとし,現在でも過疎化,高齢化が著しい足水川流域との地域資源利用をめぐる取り組みの差異 を明らかにしている。すなわち,自主的な地域資源利用に基づく新たナょ生産の試みを,地域住民 による森林資源利用あるいは森林資源管理の新たな動向として注目し,地域が一体となって地域 資源の有機的活用と管理を行うことの重要性を指摘している。
「結言」では,当地域における森林資源利用の展開過程を総括的に考察している。すなわち,
当地域における戦後の森林資源利用は,国有林経営における用材生産を基調とした画一的・一面 的資源利用と,地域住民の生産,生活に根ざした多様な森林資源利用という形で展開したが,地
域住 民の 林野利 用は, 国家的 土地所 有と その資 本主義 的経営 様式 との両 面から制限されてきたと して いる 。また ,国有 林の経 営が資 源収 奪的で あった のに対 して ,地域 住民の森林資源利用は,
持続 的な 生産を 前提と した短 期的, 多面 的な利 用であ り,そ れに 立脚し た複合経営の成立が定住 条件 に結 びっい ていた と指摘 してい る。 そして ,山村 地域の 活性 化を図 るためには,地域住民の 積極 的な 参加を 基礎と して森 林資源 利用 を一面 的なも のから 多面 的なも のへ,個別的な資源管理 から 総合 的な資 源管理 へ転換 するこ とが 必要で あり, そのこ とが 地域資 源の保全を図るうえでも 重要 な条 件とな ると結 論づけ ている 。
以 上のよ うに, 本論文 は, 地域に おける 森林資 源利用 を農 民的林 野利用 と国有林経営との関連 で分 析す ること によっ て,森 林資源 を有 機的連 鎖性を もって 存在 する地 域資源として位置づけ,
経済 効率 性を追 求する 一面的 な生産 が資 源を疲 弊させ るばか りで なく, 正常な地域生産活動の持 続的 な発 展を阻 害する ことを 克明な 歴史 的分析 により 明らか にし ,新し い視点から今後の地域森 林資 源の 利用と 管理の あり方 を提示 した もので あり, その研 究の 成果は ,実践的立場からも高い 評価 が与 えられ る。
学位論文審査の要旨 主査
副査 副査 副査
教授 教授 教授 助教授
和 菱 沼 太 田 原 小 鹿
孝 雄 勇 之 助 高 昭 勝 利
本 論 文は 緒 言 , 本 論6章 ,結 言で構 成され ,図20,表70を 含む総 頁数216頁 からな る和文 論文 で ある。 別に参 考論文6編 が添え られ ている 。.
本 論文は ,環 境の保 全,山 村地域 の活性 化が 重要な 今日的 課題と なっ ているなかで,森林資源 を 木材資 源のみ ナょら ず土 地資源,水資源,山菜資源など総合的な地域資源として位置づけ,その 適 正な利 用と管 理のあ り方 を考究 するこ とによ り, 山村地 域の発 展条件 を明らかにすることを目 的 とした もので ある。 その ために ,研究 対象地 とし て,典 型的な 国有林 地帯である山形県小国町 に おいて ,近年 過疎化 の著 しい足 水川地 域と地 域住 民の定 住化が 図られ ている横川流域をとりあ げ ,地域 経済に 連鎖し てい る農民 的林野 利用と 国有 林経営 の展開 過程を ,4期に区 分して 克明 な
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分 析を行 ってい る。
「 緒言」 では, 本研 究の背 景と目 的,方 法に っいて 述べて いる。
第1章 は「 森林資 源問題 と国有 林経営 」と 題して ,国有 林の経 済効 率性を 追求し た画一 的な森 林 施業と 用材生 産に偏 奇し た経営 の進展 が,地 域資源 に立 脚した 地場産 業との 矛盾を深めたこと を 指摘し ,今日 の森林 資源 問題の 所在を 明らか にして いる 。
第2章 は「調 査地の 概況」 にっ いて述 べてい る。
第3章 は「 林野所 有の形 成と農 民的林 野利 用の展 開(1873〜1944年 )」と 題し, 戦前期 の地 域 資 源利用 の動向 を検討 して いる。 すなわ ち,明 治初期 の地 租改正 と土地 官民有 区分により,地元 住 民の生 産基盤 たる入 会林 野が収 奪され,広大な国家的林野所有が形成されたこと,それにより,
そ の後の 地域住 民の多 様な 林野利 用に依 拠した 生産, 生活 の発展 条件が 規制さ れることになった と 指摘し ている 。一方 ,戦 前期の 国有林 経営Iま, 交通網 や搬出技術の未開発により,用材生産は ほ とんど 行われ ず,地 域へ の薪炭 材供給 を主と するも ので あった ため, この時 期の地元住民は,
利 用上の 制約を 受けな がら も安定 的に薪 炭材を 確保で きた ばかり でなく ,国有 林野を対象とした 自 給的・ 農業的 林野利 用や 山桑利 用の養 蚕,製 炭,ゼ ンマ イ,ナ メコ採 取によ る小商品生産が発 展 したと 述べて いる。 また ,資源 利用に っいて は,集 落を 単位と した共 同体規 制に基づいて資源 の 枯 渇 を 防 ぎ , 森 林 の も つ 多 様 性 を 活 用 し た 環 境 保 全 型 生 産 で あ っ た と 指 摘 し て い る。
第4章 は「戦 後復興 期の森 林資 源利用 の展開 (1945‑‑ 1957年 )」に っいて 述べている。この時 期 の国有 林経営 は,戦 前期 と同様 に薪炭 材生産 を主と する もので あった が,交 通網の発達や木材 需 給の増 大を契 機とし て徐 々に広 葉樹の 用材生 産が進 展し ,次期 に展開 する拡 大造林の初期段階 に 位置づ けられ ると指 摘し ている 。一方 ,農民 的林野 利用 は,戦 後の農 地改革 後も大きな変化は な く戦前 期の形 態が基 本的 に継続 したと してい る。
第5章 は「用 材生産 の拡大 と農 民的林 野利用 の転機 (1958〜 1974年)」にっいて述べている。
す なわち ,この 時期の 国有 林経営 は,「 高度経 済成長 」期 の画一 的な拡 大造林 政策により広葉樹 天 然林の スギ人 工林化 を促 進し, 資源利 用を一 面的な 用材 生産へ と特化 してい ったこと,それに よ り地元 住民の 林野利 用は 一層制 限され るとと もに, 水資 源など の環境 保全上 の問題を顕在化さ せ たこと を指摘 してい る。 一方, 農業経営の「近代化」,工ネルギー革命による薪炭生産の崩壊,
あ るいは 天然資 源の滅 少な どによ って, 農民的 林野利 用は 衰退傾 向を示 し,共 同体規制に基づく 資 源管理 も後退 してい った として いる。
第6章 は「 新たな 森林資 源利用 の動向 (1975‑‑1990年) 」にっ いて述 べてい る。こ の時 期の国 有 林経営 は,林 業の不 況と 経営基 盤の悪 化,さ らには 自然 保護運 動の高 揚など によって事業量を
滅少す るとと もに ,従来 の皆伐 と新植 を基本とした施業から天然林施業へと転換したとしている。
一方, 「高度 経済 成長」 期以降 定住条 件が 崩壊し 山村の 過疎化 が進行 する なかで,近年,地域資 源を活 用して 地場 産業の 振興を 図る試 みが 行われ ,成功 しつっ あるこ とを 指摘している。共同の 利用と 管理に よる 観光ワ ラビ園 ,山菜 ,キ ノコ栽 培,イ ワナ養 殖がそ れで ,横川流域では,それ により ,1975年 以降過 疎化 の進行 をくい とめる ことが でき たとし ,現在 でも過 疎化,高齢化が著 しい足 水川流 域と の地域 的差異 を明ら かに してい る。す なわち ,地域 が一 体となって地域資源の 有機的 活用と 管理 を行う ことの 重要性 を指 摘して いる。
「結 言」で は,当 地域に おける 森林 資源利 用の展 開過程 を総 括的に 考察し ,山村地域の活性化 を図る ために は, 地域住 民の積 極的な 参加 を基礎 として 森林資 源利用 を一 面的なものから多面的 なもの へ,個 別的 な資源 管理か ら総合 的な 資源管 理へ転 換する ことが 必要 であり,そのことが地 域資源 の保全 を図 るうえ でも重 要な条 件と なると 結論づ けてい る。
以上 のよう に,本 論文は ,森林 資源を有機的連鎖性をもって存在する地域資源として位置づけ,
経済効 率性を 追求 する一 面的ナ ょ生産 が資源を疲弊させるばかりでなく,正常な地域生産活動の持 続的発 展を阻 害す ること を克明 な歴史 的分 析によ り明ら かにし ,今後 の地 域森林資源の利用と管 理のあ り方を 提示 したも のであ り,そ の研 究成果 は,実 践的立 場から も高 い評価を与えられる。
よっ て審査 員一同 は,最 終試験 の結 果と合 わせて ,本論 文の 提出者 井上靖 彦は博士(農学)の 学位を うける のに 十分な 資格が あるも のと 認定し た。
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