冠動脈病変の非侵襲的診断法に関するガイドライン
Guidelines for Noninvasive Diagnosis of Coronary Artery Lesions(JCS 2009)
目 次
合同研究班参加学会:日本循環器学会,日本医学放射線学会,日本核医学会,日本画像医学会,日本冠疾患学会, 日本心血管画像動態学会,日本心臓核医学会,日本心臓病学会,日本心電学会, 日本超音波医学会,日本動脈硬化学会,日本脈管学会 班 長 山 科 章 東京医科大学第二内科 班 員 上 嶋 健 治 京都大学大学院医学研究科EBM研 究センター 木 村 一 雄 横浜市立大学附属市民総合医療セン ター心臓血管センター 栗 林 幸 夫 慶應義塾大学放射線診断科 佐久間 肇 三重大学医学部附属病院中央放射線部 玉 木 長 良 北海道大学大学院医学研究科病態情報学 講座核医学分野 吉 田 清 川崎医科大学循環器内科 協力員 北 川 覚 也 三重大学医学部附属病院中央放射線部 小 菅 雅 美 横浜市立大学附属市民総合医療セン ター心臓血管センター 協力員 陣 崎 雅 弘 慶應義塾大学放射線診断科 近 森 大志郎 東京医科大学第二内科 寺 岡 邦 彦 東京医科大学八王子医療センター循 環器内科 林 田 晃 寛 川崎医科大学循環器内科 原 田 昌 樹 原田医院 吉 岡 邦 浩 岩手医科大学付属循環器医療センタ ー放射線科 吉 永 恵一郎 北海道大学大学院医学研究科分子イ メージング講座 渡 邉 望 川崎医科大学循環器内科 外部評価委員 尾 辻 豊 産業医科大学第2内科学 木 原 康 樹 広島大学大学院医歯薬学総合研究科循 環器内科学 西 村 重 敬 埼玉医科大学国際医療センター心臓内科 水 野 杏 一 日本医科大学付属病院内科学第一 吉 野 秀 朗 杏林大学第二内科 (構成員の所属は2009年6月現在) Ⅰ.ガイドライン作成にあたり………1020 1.ガイドライン作成の背景 ………1020 2.ガイドライン作成の基本方針と構成 ………1020 3.ガイドラインの構成 ………1021 4.本ガイドラインで使用した略語 ………1021 Ⅱ.検査総論:冠動脈病変の診断における各検査法の意義 …1022 1.安静時心電図 ………1022 2.運動負荷心電図 ………1022 3.心エコー図法 ………1025 4.心臓核医学検査 ………1027 5.冠動脈CT ………1028 6.心臓MRI ………1032 Ⅲ.病態各論:虚血性心疾患における病態に基づいた冠動脈病 変の非侵襲的診断法………1034 1.狭心症 ………1034 2.急性冠症候群 ………1044 3.陳旧性心筋梗塞 ………1052 4.PCIおよびCABG術後の評価およびフォローアップ …1055 5.その他の冠動脈疾患 ………1060 6.無症状の症例 ………1062 Appendix ………1065 1.胸痛患者における検査前有病率の推定 ………1065 2.日本人における心血管リスク予想 ………1065 文献………1068 (無断転載を禁ずる)ものである.したがって,本ガイドラインも冠動脈病変 の診断に限らず,冠動脈疾患管理のゴールを見据えた上 での検査と位置づけ,関連する主な非侵襲的診断法を含 めて検討した.一部の画像診断検査については,既に日 本循環器学会のガイドラインに,詳細に記載されている ものもあるが,本ガイドラインでは,それらについても 検査総論として概要を記すことによって自己完結するよ うに配慮した.特に最近,冠動脈の非侵襲的イメージン グとして急速に普及している冠動脈
CT
については詳し く記述した,また,病態各論においては日常の循環器の 臨床で遭遇する頻度が高く,かつ,各検査における科学 的報告がなされているものを中心に取り上げた.内容的 には,これまで発表された虚血性心疾患における非侵襲 的診断法およびその関連項目について記載された日本循 環器学会ガイドラインとの整合性を保ちつつ,新たな知 見も加えて虚血性心疾患の診断に関する項目を中心に取 り上げた.これまで虚血性心疾患における非侵襲的診断 法およびその関連項目について記載された日本循環器学 会ガイドラインには,慢性虚血性心疾患の診断と病態把 握のための検査法の選択基準に関するガイドライン (2005
年改訂版)4),急性冠症候群の診療に関するガイド ライン(2007
年改訂版)5),冠攣縮性狭心症の診断と治 療に関するガイドライン(2008
年)6),循環器超音波検 査の適応と判読ガイドライン(2005
年)7),心臓核医学 検査ガイドライン(2005
年)8),循環器診療における放 射線被ばくに関するガイドライン(2006
年)9),などあり, 本ガイドラインではそれらとの整合性を保ちつつ,新た な知見も加えて虚血性心疾患の診断に関する項目を中心 に取り上げることとした. なお,我が国であまり実施されておらずエビデンスの ないもの,あるいは我が国では未承認の検査法で,海外 では有効性,有用性について十分なエビデンスがあるか, 専門家の見解が広く一致しているものについても,適宜 記載した.また我が国の保険診療で認められていない適 応となっていない検査,薬剤についても必要に応じ言及 した. なお,本ガイドライン作成にあたっては,各診断法の 適応に関する推奨基準として,原則的にACC/AHA
のガ イドラインに準拠したクラス分類およびエビデンスレベ ルを用いた. クラス分類 クラスⅠ:その検査法が有効,有用であるというエビ デンスがあるか,あるいは見解が広く一致 している. クラスⅡ:その検査法が有効,有用であるというエビⅠ
ガイドライン作成にあたり
1
ガイドライン作成の背景
近年の画像診断の進歩によって,循環器疾患の非侵襲 的診断法の重要性は著しく向上し,多くの疾患や病態に おいて画像診断法は大切な役割を果たしている.我が国 で2004
年から開始された日本循環器学会循環器疾患診 療実態調査1)の3
年間の推移をみても,侵襲的冠動脈造 影検査数は頭打ちであるのに対して,非侵襲的画像診断 の検査数は増加し続けている.中でも,非侵襲的に侵襲 的冠動脈造影に匹敵する画像を提供できるようになった 冠動脈CT
は3
年間に約5
倍と急上昇しており,冠動脈 疾患あるいはそれが疑われる患者の管理において重要な 位置を占めるようになっている.一方で,こうした非侵 襲的画像診断法の普及によって発見された病変に対し て,臨床症状あるいは虚血(機能的狭窄)の有無に関係 なく,血行再建治療が実施されるという状況が生じてい るのも事実である.医療の進歩がさらなる医療費の押し 上げへと導いているといわれるゆえんでもある2). 新しい診断技術が日常臨床に組み込まれるためには, その新検査法が以前のものに勝り,かつ,費用対効果に も優れていることを,科学的エビデンスをもって示す必 要がある3).画像診断の役割として重視されるべきこと は,治療方針の決定および予後に対するインパクトであ り,診断精度の僅かな改善や画像の与える印象ではない. このことを明快にするためには数多くの大規模臨床試験 が必要であることに論を待たないが,現時点で十分なエ ビデンスが蓄積されていないのもまた事実である.以上 を考慮の上,循環器疾患の中で最も頻度の高い虚血性心 疾患,特に冠動脈病変の非侵襲的診断をどのように実施 するのが望ましいか,を現時点での入手可能なエビデン スと我が国の医療の現状を基にしてガイドラインとして まとめた.2
ガイドライン作成の
基本方針と構成
冠動脈疾患の治療の目標は,患者のQOL
と予後の改 善であり,冠動脈病変の診断も単独に行うべきものでは なく,虚血性心疾患の診断・管理の流れの中で行うべきデンスあるいは見解が一致していない. Ⅱ
a
:エビデンス,見解から有用である可能性 が高い. Ⅱb
:エビデンス,見解から有用性,有効性が それほど確立されていない. クラスⅢ:その検査法が有効,有用でなく,時に有害 であるとのエビデンスがあるか,あるいは そのような否定的見解が広く一致してい る. エビデンスレベル レベルA
:複数の無作為介入試験または,メタ解析で 実証されたもの. レベルB
:単一の無作為介入臨床試験または,大規模 な無作為介入でない臨床試験で実証された もの. レベルC
:専門家および/
または,小規模臨床試験(後 ろ向き試験および登録を含む)で意見が一 致したもの. なお,今日の日常臨床における基本的診断プロセスと みなされており,介入試験の実施が非現実的あるいは 非倫理的とみなされるものは,レベルを記載せず,取 り上げた.3
ガイドラインの構成
本ガイドラインは総論と各論の二部に分けて作成し た. Ⅱ.検査総論では,「冠動脈病変の診断における各検 査法の意義」として,虚血性心疾患診断に用いられる主 な非侵襲的検査法,すなわち,1
.安静時心電図2
.運動負荷心電図3
.心エコー図法4
.心臓核医学検査5
.冠動脈CT
6
.心臓MRI
について,それぞれの概要,虚血性心疾患診断における 特徴と問題点,その有用性を活かせる病態を解説した. Ⅲ.病態各論では,「虚血性心疾患における病態に基 づいた冠動脈病変の非侵襲的診断法」として,日常の循 環器の臨床で遭遇する頻度が高い以下の病態,1
.狭心症1
狭心症ないし臨床像から虚血性心疾患が疑われる 症例 2冠攣縮性狭心症2
.急性冠症候群 1不安定狭心症/
非ST
上昇型急性心筋梗塞 2ST
上昇型急性心筋梗塞3
.陳旧性心筋梗塞 1心筋バイアビリティの診断 2心不全の原因としての冠動脈病変の検索4
.PCI
およびCABG
術後の評価およびフォローアップ5
.その他の冠動脈疾患 1MCLS
(川崎病)2
先天性冠動脈奇形6
.無症候の症例 1無症状の高リスク症例2
健診でのスクリーニング検査 について,それぞれの検査法の有用性,問題点をあげ, 診断の進め方について記載した.4
本ガイドラインで使用した
略語
本文中に用いられる略語は以下の通りである.ACS
(acute coronary syndrome
)急性冠症候群ATP
(adenosine triphosphate
)アデノシン三燐酸BMS
(bare metal stent
)ベアメタルステントCABG
(coronary artery bypass grafting
)冠動脈バイパ ス術CFVR
(coronary flow velocity reserve
)冠血流速予備能DSVR
(diastolic-to-systolic velocity ratio
)拡張期対収縮 期冠血流速度比EBCT
(electron beam CT
)電子ビームCT
eGFR
(estimated glomerular filtration ratio
)推定糸球体 濾過率HU
(Hounsfield unit
)ハンスフィールド値(CT
値)ICD
(implantable cardiverterdefibrillator
)植込み型除細 動器123
I-BMIPP
(123I-beta
(β)-methyl-p-iodophenyl-pentade-canoic acid
)123I-
βメチル-p-
ヨードフェニルペンタデカ ン酸J-ACCESS
(Japanese Assessment of Cardiac Event and
Survival Study by Quantitative Gated SPECT
)LGE
(late gadolinium enhancement
)遅延造影MRI
LVEF
(left ventricular ejection fraction
)左室駆出率MDCT
(multidetector-row CT
)多列検出器型CT
99m
Tc-MIBI
(99mTc-methoxy-isobutyl isonitrile
)99mTc-
ミト キシ・イソブチルイソニトリルMRI
(magnetic resonance imaging
)MR
(磁気共鳴)画像MRA
(magnetic resonance angiography
)MR
(磁気共鳴) 血管造影NPV
(negative predictive value
)陰性適中率NSF
(nephrogenic systemic fibrosis
)腎性全身性線維症PCI
(percutaneous coronary intervention
)経皮的冠イン ターベンションp-FAST
(perfusion and function assesment by myocardial
SPECT
)PPV
(positive predictive value
)陽性適中率QGS
(quantitative gated SPCET
)STEMI
(ST-elevation myocardial infarction
)ST
上 昇 型 心筋梗塞SPECT
(single-photon emission CT
)シングルフォトン 断層撮影TID
(transient ischemic dilation
)一過性心拡大DES
(drug eluting stent
)薬剤溶出性ステントPET
(positron emission tomography
)陽電子放出型断層 撮影Ⅱ
検査総論:冠動脈病変の診断
における各検査法の意義
1
安静時心電図
心電図は心臓の電気現象を体表面から記録した電気生 理学的検査の代表的なものである.12
誘導心電図は冠 動脈病変の診断で最初に行われる基本となる検査法であ り,日常診療で広く利用されている.虚血性心疾患の診 断において心筋虚血や梗塞の部位や程度を評価するのに 有用である.心筋虚血の診断には主にST
部分の変化(上 昇,下降)が用いられるが,T
波の変化(増高尖鋭化, 平低化,陰転化),QRS
波の変化(R
波の増高・減高,QRS
幅の変化),U
波の変化(陽性・陰性U
波),各種 不整脈の出現も診断的価値を持つ.また異常Q
波は梗塞 の診断に役立つ.心電図はほとんどの医療施設で施行可 能な安価な検査法であり,簡便かつ繰り返し記録するこ とが可能である.急性冠症候群の分類・診断においては 心電図が中心的役割を果たし,リスク評価や治療効果の 判定に重要である.また経時的に心電図を記録すること で臨床的意義は向上することが多い.しかし,心電図も 万能ではなく狭心症患者では非発作時には心電図変化を 認めないことも多い.また,心電図波形には患者の体型・ 胸郭の相違なども影響し,さらに二次性のST-T
変化を 呈する脚ブロックや心肥大合併例,WPW
症候群,心室 ぺーシング例,ジギタリス服用例などでは偽陽性所見を 呈することも多く,心電図の診断意義は低い. 心電図を記録する方法(誘導法)としては標準12
誘 導法が広く用いられている.12
誘導は双極誘導と単極 誘導に分けられ,前者には標準肢誘導(Ⅰ,Ⅱ,Ⅲ誘導), 後者には単極肢誘導(aV
R,aV
L,aV
F誘導)および単 極胸部誘導(V
1-6誘導)が用いられる.標準12
誘導法 では右室側や左室後壁の情報が得られないという欠点が あり,右側胸部誘導(V
3R-6R誘導:V
3-6誘導と左右対 称的な誘導)や背側部誘導(V
7-9誘導:V
7-9誘導はV
4 誘導と同じ高さで,V
7誘導は後腋下線との交点,V
8誘 導は左肩甲骨中線との交点,V
9誘導は脊椎左縁との交 点に付ける)を付加的に記録することにより詳細な電気 的診断が可能となる10(図1).) 図 1 背側部誘導(V7-9誘導)文献 10 より改変引用2
運動負荷心電図
運動負荷心電図検査の目的のうち,最も重要なものは 冠動脈疾患の存在診断である.心電図検査は心筋(細胞) の電気活動を評価するものであり,心筋の虚血を反映す るとされていることから,運動負荷により心電図に(虚 血性)変化がみられるかどうかを評価する.心筋が虚血 に陥るかどうか,すなわち冠動脈に機能的狭窄があるか どうかを判定するものであり,冠動脈狭窄の形態的評価 である冠動脈造影とは相補的な意義を持つ.本検査は冠 動脈疾患の存在診断以外には冠血行再建後のフォローア ップ,冠動脈疾患患者における非心臓手術の術前検査, 心臓リハビリテーションや生活習慣病に対する運動処方 などにも用いられる.1
感度と特異度
運動負荷心電図検査によって冠動脈狭窄を検索する際 の感度,特異度はそれぞれおおよそ70
%,75
%前後と されているが11)−15),検査対象者による検査前確率(pre-test probability
)についても念頭におく必要がある11).2
運動負荷心電図検査の実際
①適応と禁忌
虚血性心疾患が疑われる症例での確定診断はもとよ り,ハイリスク患者のスクリーニングや,冠血行再建後 あるいは薬物治療中の虚血性心疾患患者のフォローアッ プ,などが運動負荷心電図の適応になるが,それぞれに 関しては各論で詳述する. 本検査の禁忌については,急性心筋梗塞や重症弁膜症 など運動負荷が病態を悪化させる場合である(表1). 不安定狭心症については,近年American Heart
Associa-tion
(AHA
)のガイドラインにおいて同症が疑われる症 例でも検査前の評価によってリスクが低いと考えられる 場合は適応とする見解が示されている16).WPW
症候群 や左脚ブロック症例のように二次性ST
変化を認める場 合には心電図変化のみでは虚血性心疾患の診断は不可能 であり,運動負荷心エコーや運動負荷心筋シンチグラフ ィなどイメージング検査の併用が有用な場合がある17).②検査の安全性と事前のチェック項目
運動負荷心電図検査は一般に安全に行われるが18),負 荷検査である以上心筋虚血が誘発される可能性があり, 場合によっては心事故につながることを前提として施行 されねばならない19).したがって,一定の確率で心筋梗 塞,あるいは突然死も招来し得ることを検査前に被検者 に説明しなければならない.また,同意書に署名をして もらう必要がある.さらに,緊急事態に備えて検査室に は緊急薬品や点滴セット,挿管チューブなどを揃えた救 急カートおよび除細動器を常備し,緊急治療室への移動 経路についても確認しておかねばならない. 検査は十分経験を積んだ医師と検査技師あるいは看護 師など複数の医療スタッフのもとに,症状,心電図,心 拍数,血圧などを監視しながら施行する.症状出現時の 心電図変化を評価するのみならず,無症候性の虚血性心 電図変化や不整脈,血圧の変化を見逃さないように細心 の注意を払う必要がある.③プロトコール
運動負荷の方法には,古典的なマスター法,トレッド ミル法,エルゴメーター法がある.マスター二段階負荷 法は手技が比較的簡便であり,専用の負荷機器が必要で ないことから,従来より広く行われてきた運動負荷法で あるが18),負荷量のコントロールができないこと,予後 指標として重要である運動耐容能を評価できないこと, 負荷中の心電図変化を捉えられないことから,トレッド ミル法あるいはエルゴメーター法で行う方が望ましく, 特にハイリスク例ではマスター法は避けるべきである. トレッドミル法では,歩行速度と傾斜角度の増加方法 において標準的なBruce
法が広く用いられる(表2).検 査前の問診で日常の運動能が高い被検者では負荷量の少 ないステージの時間を短縮してもよい.逆に運動能の低 い被検者,狭心痛閾値の低い患者,高齢者では初段階負 荷量をさらに細かく分けて段階的に増加させる場合もあ る.運動中止基準(表3)を参考に症候限界性負荷をか けるのが原則であり,この際自覚症状の指標としてBorg
指数(表4)が有用である.心電図は四肢の電極の 貼付位置を両肩と両側の腸骨付近で代用するMason-Liker 12
誘導を装着し,検査中は血圧と併せて連続して 心電図が観察されるモニターで監視する20).虚血性変化 がみられなかった場合でも目標心拍数[予測最大心拍数 (220
−年齢/
分)の85
〜90
%の心拍数]に達しなかっ た場合は負荷不十分にて判定不能とする. 表 1 運動負荷試験の禁忌 絶対禁忌 急性心筋梗塞発症早期(2日以内) 不安定狭心症(高リスク症例) コントロール不良の不整脈 高度の狭窄性弁膜症 急性あるいは重症心不全 急性肺塞栓または肺梗塞 急性心筋炎または心膜炎 大動脈解離などの重篤な血管病変 相対禁忌 左冠動脈主幹部狭窄 中等度以上の狭窄性弁膜症 高度の電解質異常 重症高血圧 頻脈性または徐脈性不整脈 閉塞性肥大型心筋症などの流出路狭窄 運動負荷が行えない精神的・身体的障害 高度房室ブロック 表 2 Bruce 法 ステージ (各 3分) mile/h(km/h)速度 (%)傾斜 METs予測 1 1.7 (2.7) 10 4.8 2 2.5 (4.0) 12 6.8 3 3.4 (5.5) 14 9.6 4 4.2 (6.9) 16 13.2 5 5.0 (8.0) 18 16.6 6 5.5 (8.8) 20 20.0 7 6.0 (9.6) 22 ─エルゴメーター法は,負荷を無段階的に増加させるこ とが可能な点がトレッドミル法との大きな違いである が,通常は
8
〜12
分程度で最大負荷になるように,毎 分の負荷増加量を10W
〜20W
前後の間で調整する21). 欠点として,不慣れな被検者では大腿四頭筋の疲労のた めに目標心拍数に達する前に負荷終了になることがあげ られる.④運動負荷試験における虚血性心疾患評価のため
の指標
(表5) 1)ST 下降 トレッドミル法における心筋虚血の判定基準としても っとも一般的に用いられるのは,J
点から0.06
〜0.08
秒 後のST
部分の基線(PQ
接合部)からの下降度である(表 6)11).0.1mV
以上の下降があり,かつST
部分の傾きが 水平型(horizontal
)あるいは下降型(sagging
)の場合 に陽性と判定する11).安静時心電図にてST
下降が存在 する場合は,安静時のST
レベルからさらに0.2mV
の下 降が判定基準として用いられる11),22).運動中に上行型 (upsloping
)のST
下降があり運動終了後に徐々に水平 型ないし下降型に変わりT
波逆転を伴って長く持続する ものは偽陽性を示唆する23). 虚血性心疾患では冠動脈狭窄枝が多いほどST
下降が 高率に出現することが知られている24).予後不良の指標 として,0.2mV
以上のST
下降,低運動量でのST
下降, 血圧の上昇不良,低運動耐容能などが参考になる25)−30). 最近の自動解析装置では運動負荷中の心拍数の変化とST
下降の関係からHR-ST
ループやST/HR
スロープが解 析される.ST
下降が有意でもST/HR
スロープが小さい と偽陽性の確率が高くなる31).また,HR-ST
ループの 回転が反時計方向の場合も偽陽性の確率が高いとされて いる32). 2)ST 上昇ST
上昇は負荷前のST
レベルからの計測で評価する.aV
RおよびV
1誘導以外のST
上昇は貫壁性の虚血を示唆 する可能性が高い.心筋梗塞の既往があって異常Q
波の 表 3 運動中止基準 自覚症状 被検者の中止要請 ST下降を伴う軽度の胸痛 ST下降を伴わない中等度の胸痛 呼吸困難,下肢疲労,全身疲労[旧 Borg指数17(かなり きつい)相当] 他覚所見 ふらつき ろうばい 運動失調 蒼白 チアノーゼ 嘔気 欠伸その他の末梢循環不全症状 ST変化 ST下降(水平型,下降型で0.1mV以上) ST上昇(0.1mV以上) 不整脈 心室頻拍 R on T現象 連続する心室期外収縮 2段脈,3段脈 30%以上の心室期外収縮 持続する上室頻拍や心房細動の出現 2度,3度の房室ブロック 脚ブロックの出現 血圧反応 過 度 の 血 圧 上 昇( 収 縮 期 250mmHg以 上, 拡 張 期120 mmHg以上) 血圧の低下(運動中 10mmHg以上の低下,あるいは上昇 しない場合) 心拍反応 予測最大心拍数の 85~90% 異常な徐脈 その他 心電図モニターや血圧モニターが正常に作動しないとき 表 5 運動負荷試験における虚血性心疾患評価のための指標 狭心症状の出現 低運動耐容能 血圧増加反応の不良 心拍数上昇不良 心電図 ST下降 ST上昇 U波の陰転(または陽転) ST/HRスロープの大きな傾き 時計回りの HR-STループ ST下降の時間経過 表 4 Borg 指数 旧 新(修正) 20 もうだめ 10 非常にきつい 19 非常にきつい 9 18 8 17 かなりきつい 7 かなりきつい 16 6 15 きつい 5 きつい 14 13 ややきつい 4 ややきつい 12 3 楽ではない 11 楽である 2 楽である 10 9 かなり楽である 1 かなり楽である 8 7 非常に楽である 0.5 非常に楽である 6 安静 0 安静見られる誘導での
ST
上昇については,梗塞部心筋の虚 血以外に壁運動異常あるいは他部位の虚血の相反性変化 などを機序とする可能性も報告されている33)−35). 3)他の指標 前胸部誘導におけるU
波の陰転化は虚血性変化を示 唆する36).運動負荷中は基線の揺れがあって評価が困難 なため,特に負荷終了直後の基線の安定した状態でのチ ェックが必要である.陰性U
波の出現は,感度は高くな いが特異度が高く,左前下行枝の中枢側病変を示唆する とされていて37),予後不良の指標となることも報告され ている.また,運動負荷で見られる右側胸部誘導の陽性U
波は後下壁虚血を反映し,左回旋枝の病変あるいは右 冠動脈の病変を示唆するとの報告もある.R
波の高 さ38),39)やQ
波の深さ40),41)については虚血性心疾患の診 断に有用であるとの報告があるが特異性は低いといわれ ている. なお,左脚ブロック42),WPW
症候群11),ジギタリス 服用例43)におけるST
下降は虚血性心疾患の判定基準に ならない.右脚ブロックではV
5,
6などの左側前胸部誘 導のST
下降は参考になるとされている44).3
心エコー図法
心臓超音波検査(心エコー図検査)は,簡便かつ非侵 襲的画像診断法であり,何度でも反復可能である利点が あるため,虚血性心疾患のみならず循環器疾患全般の診 断において不可欠な検査法である.また,他の画像診断 法と比較し低コストで検査できるため,診断の初期段階 での検査法として有用である.欠点としては,体格など の条件により撮像条件が悪く診断に十分な画像が得られ ない場合があること,壁運動異常など術者の主観的要素 が入り込む余地があり,熟練度・経験に依存することが あげられる. 虚血性心疾患を心エコー図法にて診断するには,虚血 の結果としての心筋壁運動異常を検出する方法,冠動脈 を直接描出し血流情報から冠動脈狭窄を診断する方法が 代表的である.また,心エコー図法は,虚血性心疾患を 診断するだけでなく,心機能,弁膜症,心膜液貯留など の治療と予後に影響を与える情報を知ることができ,虚 血性心疾患と鑑別すべき大動脈解離,肺血栓塞栓症など の疾患との鑑別にも非常に有用である. 近年普及しつつある携帯型心エコー装置を用いた検査 は,短時間にどこでも施行できることより,スクリーニ ング検査として使用に適しているため,その適応の制限 は原則としてないと考えられる.本ガイドラインでは, 標準以上の装備を備えた心エコー装置で行われる検査を 想定して,適応と判読について記載した.またspeckle
tracking
や組織ドプラによるストレイン心エコー法,3
次元心エコー法,自動計測等の特殊技術については,そ の普及・確立度は未だ十分ではないと考えられ,記載し ていない. 虚血性心疾患の診断における心エコー図法の役割には 以下のものがある.1
収縮期壁運動異常の検出
①安静心エコー図
不安定狭心症の一部と急性心筋梗塞では,冠動脈病変 部位に一致した壁運動異常を認める.心筋虚血や梗塞後 の複雑な局所壁運動をより客観的,定量的に表現するた めに,左室をいくつかの分節に分け,それぞれの壁運動 の評価を総計して評価する方法が提唱されている(図 2).アメリカ心エコー図学会(ASE
)では,左室を16
分割して壁運動を正常(normokinesis
)=1
点,低収縮 (hypokinesis
)=2
点,無収縮(akinesis
)=3
点,奇異収 縮(dyskinesis
)=4
点,心室瘤(aneurysm
)=5
点に分 類して,各領域の半定量評価の合計値を16
で割った値 をwall motion score index
と称して,壁運動のパラメー タとしている45),46).この値が高いほど壁運動異常が高 度である. 壁運動の評価は,心内膜の運動によって判定する方法 と,収縮期壁厚変化をみる方法がある.心内膜の運動を みるのが簡単な方法であるが,左脚ブロックや心臓術後 などでは,心臓全体の動きに影響されることがあり,ま た隣接する非虚血部分の影響を受けやすく注意が必要で 表 6 運動負荷心電図の虚血判定基準 確定基準 ST下降 水平型ないし下降型で 0.1mV以上 (J点から0.06~0.08秒後で測定する) ST上昇 0.1mV以上 安静時 ST下降がある場合 水平型ないし下降型でさらに 0.2mV以上のST下降 参考所見 前胸部誘導での陰性 U波の出現 偽陽性を示唆する所見 HR-STループが反時計方向回転 運動中の上行型 ST下降が運動終了後徐々に水平型・下降 型に変わり長く続く場合(late recovery pattern) 左室肥大に合併する ST変化ある.収縮期壁厚変化の方がより正確に心筋虚血の存在 とその程度を診断できるが,心外膜と内膜の辺縁が十分 に描出されていることが条件となる.
②負荷心エコー図法
心筋壁運動異常を検出する方法では,断層法による安 静時の評価を行うが,冠動脈狭窄や閉塞があっても,側 副血行路が発達している場合など,収縮期の壁運動に異 常を認めない場合がある.また,労作性狭心症では通常 安静時壁運動は異常を認めない.そのため,虚血性心疾 患診断の感度を上げるために,薬物負荷や運動負荷を行 って心筋虚血を誘発し,収縮期壁運動の評価を行う方法 が用いられる.冠動脈病変の診断率は8
割以上とされ, 核医学検査に匹敵し,しかも装置がより簡便で安価であ る利点を有する46)−50).2
冠動脈血流の直接描出
(ドプラ心エコー図法)
超音波ドプラ法の進歩により従来超音波では困難とさ れていた冠動脈への直接アプローチが可能となり,冠予 備能評価や狭窄血流の描出による冠動脈病変の非侵襲的 診断が行われるようになった.カラードプラ法で冠動脈 血流を描出し,パルスドプラ法で血流速度プロファイル を記録する51(図3).カラードプラ法では血流の方向お) よび速度の定性評価が可能であり,パルスドプラで記録 した血流速度より,安静時冠血流速度・血流パターンの 観察および薬物負荷による冠予備能評価を行い,冠動脈 病変の有無につき診断を行う.断層心エコー図による冠 動脈狭窄の描出は,冠動脈起始部については経食道心エ コー図により可能であり52),経胸壁断層心エコー図によ る冠動脈壁・内腔の観察も部分的には可能であるがCT
,MRI
などのように冠血管を連続してスキャンすること は困難である.しかし,ドプラ法により冠血流プロファ イルの解析が可能であるため,他のモダリティと異なり, 生理的な冠血流評価が可能であるという利点もある. 冠動脈を描出する方法では,左前下行枝は描出できる 確率が高いが,右冠動脈や左回旋枝などは,体表のプロ ーブから遠い位置にあるため,ドプラ信号を十分に捉え られない場合がある.スクリーニング的に用いるには, 主要3
枝すべての評価が理想的であるが,実際には3
枝 すべての評価が可能な率は現時点では70
%以下にとど まる.3
心筋バイアビリティの診断
心筋バイアビリティの診断のためには,低用量ドブタ ミン負荷法を行う.無収縮,または高度の低収縮の部分 での壁運動が改善された時バイアビリティありと判定す る.さらにドブタミンの投与量を増やして再び同部位の 壁運動が低下する現象が観察される場合,冠動脈高度狭 窄病変を90%以上の確率で予測可能である53).低用量 ドブタミン負荷心エコー図法による心筋バイアビリティ の 検 出 の 感 度, 特 異 度 は80〜90 % と 報 告 さ れ て い る54)−58). 負荷心エコー図法による心筋バイアビリティ診断に関 して,前向き調査・無作為割付デザインを用いた予後評 価を行った臨床研究は存在しないが,いくつかの観察研 究で心筋バイアビリティが検出された症例が血行再建術 を受けることによって予後改善がはかられることが示さ れている59)−63).慢性期の心筋梗塞でみられる壁菲薄化, エコー輝度の増加や左室瘤形成は高度の心筋線維化の結 果であり,心筋バイアビリティは乏しいと考えられる. なお,心筋バイアビリティについては陳旧性心筋梗塞 の項で詳述する(p1052
〜1054
). 図 3 経胸壁心エコー図法による左前下行枝血流速評価 図 2 冠動脈の支配領域と心エコー図との関係4
虚血性心疾患と関連した情報を知る
①心筋梗塞の合併症
血行動態の変化や身体所見上の変化がある場合,心タ ンポナーデ,急性僧帽弁逆流,心室中隔穿孔,自由壁破 裂を疑うことが重要である.心エコー図法により,これ ら緊急に治療を要する疾患を診断することができる.②心機能
安静時左室駆出率は左室機能の評価のために最もよく 用いられており,予後との関連性が強く,治療方針の決 定に欠かせない指標である.すなわち,壁運動スコアが 高いほど64),65),梗塞サイズが大きいことを示し,予後 不良を示唆する66).左室収縮末期容量や拡張末期容量も 大きくなるほど死亡率が増加することから,最近では予 後規定因子とみなされている67)−70).また,左室機能の 低下の有無とその程度は外科的治療が可能であるか,内 科的治療にとどめるべきか個々の症例における適切な治 療法を判断する上で重要な情報を提供する.4
心臓核医学検査
虚血性心疾患診療における心臓核医学検査は非侵襲的 な生理的画像診断法であり,診断・重症度評価・治療方 針の決定や予後評価に広く用いられている.心臓核医学 検査では運動負荷・薬剤負荷の心筋血流評価が容易に実 施できる.特に運動負荷検査と組み合わせることで心筋 虚血の診断が可能なことが大きな特徴である.また運動 負荷検査が不可能あるいは禁忌である場合においても血 管拡張薬を用いた負荷により安全に虚血性心疾患の診断 およびリスク評価が可能である.虚血性心疾患の診断に おいてはシングルフォトン断層撮影(singlephoton
emis-sion CT
:SPECT
)による負荷・安静心筋血流SPECT
検 査が1970
年代から今日に至るまで広く日常臨床に利用 されている.欧米・我が国を含め,数千例の患者数を対 象とした予後の検討が行われてきており,診断,予後評 価における有用性について豊富なエビデンスの蓄積がな されていることも大きな特徴である. 核医学検査の特徴は造影剤を使用することなく,微量 の放射性医薬品で非侵襲的な生理的情報を得ることがで きる点にある.放射性医薬品による被ばく線量に関して は,心筋血流SPECT
へ半減期の短い99mTc
標識製剤の導 入で大幅な軽減が図られている.一方,心臓核医学検査 は他の画像診断と比較をすると形態学的情報を得ること には弱点がある.この点を考慮し,他の形態画像を病態 に応じ適宜組み合わせ,総合的に病態を判断することが 今後必要となると考えられる.近年,核医学検査と形態 画像を重ね合わせた融合画像の有用性が示されてきてい るが,こちらに関しては,エビデンスの蓄積が十分では なく,今回のガイドライン改訂では言及しない. 現在臨床に広く用いられ,エビデンスの確立している 心臓核医学検査は心筋血流検査および心筋バイアビリテ ィ検出である.1
安静・負荷心筋血流検査
虚血性心疾患の診断・治療指針の決定として最も汎用 されている心臓核医学検査が負荷・安静心筋血流検査SPECT
である(図4).放射性医薬品は201Tl
,や半減期 が 短 く 画 質 良 好 な99mTc-methoxy-isobutyl isonitrile
(MIBI
),99mTc-tetrofosmin
心筋血流SPECT
が我が国に おいても普及しつつある.負荷方法は運動が可能な場合 は運動負荷(トレッドミルまたは自転車エルゴメータ ー),不可能あるいは禁忌の場合は血管拡張薬(アデノ シン,ATP
,ジピリダモール,注記:ATP
,ジピリダモ ールは心筋負荷血流SPECT
検査用医薬品としては我が 国において保険収載されていない)が用いられる71).我 が国ではアデノシンが負荷検査用医薬品として保険承認 されている.冠動脈疾患の診断精度は4,480
名のプール ドデータから感度87
%,特異度73
%と報告されている 72).また心電図同期収集も近年普及するようになり,心 筋血流と心機能の両者の解析が可能となっている. 中等度の冠動脈疾患リスク患者で心筋血流SPECT
は 予後予測価値が示されている.一般的に年間の心臓死1
%未満が低リスク,3
%以上が高リスクとされている. 回旋枝領域の冠動脈疾患の症例.運動負荷時に側壁領域に血流 低下を認め,安静時に改善していることから回旋枝領域の心筋 虚血の所見である. 図 4 運動負荷 Tc-99m 心筋血流イメージング 負荷時画像 安静時画像21,000
例の検討では負荷血流SPECT
所見で正常範囲内 であった場合の心臓死・非致死性心筋梗塞の発生率は2
年間で0.7
%/
年であり,かつ心事故発生率はSPECT
画 像より半定量的に算出した負荷時の血流欠損スコアに比 例して増加することから予後予測としての有用性が示さ れている72(図5).) 図 5 予後評価に用いられる左室 17 領域分画および 5 段階の半 定量評価法2
心臓核医学検査の被ばく
心臓核医学検査においても冠動脈疾患診断に対する有 用性と放射線被ばくによるリスクを考慮し検査手法,検 査プロトコールを最適なものにする必要がある.201Tl
は 物理的半減期が72.9
時間と長いため被ばく線量が高い (111MBq
を投与した場合の全身被ばく線量は18.8 mSv
となる)73).これに対し99mTc
標識心筋血流放射性医薬品 は半減期が6
時間と短いためにシンチグラフィにおける 被ばく線量を低下させることが可能である.我が国で一 般的に使用されている740MBq
から1110MBq
の投与負 荷・安静プロトコールにおける全身の被ばく線量は6
〜9mSv
である73).被ばく線量を低減させる観点からは 99mTc
標識心筋血流放射性医薬品の使用が推奨される. ただし,以前の99mTc
標識心筋血流検査で腸管への集積 が高度であった場合は201Tl
検査が推奨される.また撮 像終了後の水分摂取により尿中からの排泄を促進するこ とも被ばく線量低減に有用である74).5
冠動脈 CT
心臓血管疾患の多く,特に冠動脈疾患においては,従 来,カテーテルによる血管心臓造影法が最終診断法とさ れてきた.しかしながら,近年における非侵襲的画像診 断法の進歩は著しく,心臓血管の内腔のみでなく壁に関 する情報を含めて,今までにはない有用な情報を提供す る診断法として注目を集めている. これらの画像診断法の中でCT
の有する特徴は,わず かなX
線吸収の差を識別できるコントラスト分解能に 優れること,空間分解能に優れること,画像以外にもCT
値として物質の数値情報を提供できること,さらに デジタル情報であることからデータ収集後の画像処理が 可能なことである.これらは元来CT
の有する原理的な 特徴であるが,心臓血管疾患への応用が本格的になった のは,高速・広範囲の撮影を可能にしたMDCT
(multi-detector-row CT
)の登場である.1
心臓領域における MDCT の進歩
MDCT
による心臓・冠動脈の画像化が現実のものと なり臨床に広く応用されるようになったのには,(1
)検 出器の多列化と空間分解能の向上,(2
)ガントリ回転速 度の高速化による時間分解能の向上,(3
)画像再構成法 の進歩,の3
つの要因が貢献している.①検出器の多列化と空間分解能の向上
MDCT
が開発された当初は,4
列の検出器列であった が,この後短期間に検出器列の多列化が急速に進み,開 発から4
年後の2002
年には16
列,さらに2
年後の2004
年には64
列の検出器を有する機器が開発され,さらに 現在では,256
例あるいは320
列CT
が実用化されてい る(図6). 空間分解能に関しては,最近の機種では体軸方向に0.5
〜0.6 mm
の分解能が達成されており,XY
方向の分 解能と合わせていわゆる等方性ボクセルが得られてい る.このことは,MDCT
のデータから再構成されるす べての断面で1 mm
以下の高分解能が実現されることを 意味しており,心臓領域では特に冠動脈の診断において 威力を発揮する.現在では,さらに空間分解能を向上さ 図 6 MDCT の進歩せた機器が開発されている(図6). 検出器の多列化と空間分解能の向上があいまって,薄 いスライス厚で広範囲の撮影が可能となり,現在の
64
列MDCT
では,全冠動脈を5
〜6
秒で撮影することが可 能となっている.②ガントリ回転速度の高速化と画像再構成法の進歩
心臓領域では,動いている対象臓器を動きのアーチフ ァクトのない静止画像として描出しなければならず,時 間分解能の向上が画質の向上に直結する.MDCT
にお ける時間分解能を規定するのは,X
線管球と検出器が一 対となるガントリの回転速度と画像再構成の方法であ る.心電図と同期させて情報を収集する心臓CT
におい ては,時間分解能は,ガントリ回転速度,心拍数,画像 再構成法が複雑に絡み合って決定される. ガントリ回転速度は,ヘリカルCT
の時代には1
秒で あったものが,MDCT
が登場した1998
年には0.8
秒, さらに2001
年には0.5
秒,最近では0.27
秒の回転速度が 得られている.また,画像再構成法では,ガントリ1/2
回転分の情報から画像を作るハーフ再構成に加えて,連 続する2
〜4
心拍から同じ時相のデータを抽出し,これ らを組み合わせることで画像を作成するマルチセクタ再 構成という手法が考案された.これらの工夫により,現 在では最短で60 msec
前後の時間分解能を得ることがで きるようになっている.また,2
個のX
線管球と検出器 を備えたdual-source CT
も開発されており(図6),この 装置ではハーフ再構成で常時83 msec
の時間分解能を達 成している. 冠動脈を対象としたCT
では,心臓が比較的静止する 拡張期の時間を長くするために心拍数を低減し,相対的 な時間分解能を向上して画質の改善を図ることがあり, この目的のためにβ遮断薬を前投薬として使用すること がある.2
冠動脈疾患への応用
冠動脈の画像診断法としては,従来では選択的カテー テル挿入による冠動脈造影が形態情報に関する唯一の最 終診断法であったが,MDCT
の進歩によって非侵襲的 にこれに近似する形態情報が得られるようになった.ま た,従来の冠動脈造影で得られる情報は血管内腔の投影 像のみであったが,MDCT
では冠動脈内腔の情報ばか りでなくプラークの存在や性状を含めた壁の状態を画像 化できる利点がある75),76(図7).) 冠動脈狭窄の診断精度に関する16
列MDCT
を用いた 報告では,陰性適中率(negative predictive value: NPV
) が97
〜99
%と高く77)−81),非定型的な胸痛,運動負荷試 験の結果が不確定な場合などのスクリーニングとして用 いられることが多かった.64
列MDCT
では,前述した ように撮影中の心拍数安定や時間分解能の向上に伴っ て,評価不能の要因の1
つであったmotion artifact
が減 少して画質が改善し,診断精度が向上しており,単一施 設からの成績の集計では,有意狭窄の検出に関する診断 精度は,感度89
%,特異度96
%,陽性適中率78
%,陰 性適中率98
%と報告されている82)−85(表7).最近報告) された多施設研究でも,有病率の差による成績の違いは あるものの,ほぼ同様の高い診断精度が報告されている 図 7 冠動脈造影と MDCT による冠動脈イメージング Gold standard Invasive Projection MDCT CAG Non-invasive 3D data86),87).このように,冠動脈
CT
の診断精度は高く,特にNPV
が極めて高いことから,CT
で有意狭窄が認められ なかった場合は,冠動脈狭窄はほぼ否定される.3
単純 CT による冠動脈石灰化重症度
の評価法
冠動脈石灰化の原因の多くは動脈硬化であり,石灰化 の有無およびその量は冠動脈硬化の重症度と相関がある ことが知られている88).冠動脈石灰化を定量評価するこ との目的は冠動脈の動脈硬化の存在とその程度を知るこ とにある. 冠動脈石灰化を評価するのにはCT
を用いるが,それ に最も適しているのは,スキャン時間が0.1
秒と超高速 で の 撮 影 が 可 能 な 電 子 ビ ー ムCT
(electron beam CT:
EBCT
)である89).また,最近の進歩によってMDCT
で もEBCT
と同等の精度で評価が可能となったが,その場 合の必要条件として,(1
)4
列以上の検出器を有する装 置であること,(2
)心電図同期ができること,(3
)被ば くを減らすためにprospective gating
法を用いること,(4
) ガントリの回転速度は少なくとも0.5
秒であること,(5
) 症状の無い人を撮影する場合には被ばくを減らすため に,再構成スライス厚は2.5
〜3 mm
を用いること,(6
) 拡張早期から中期を撮影することの6
点が示されてい る90). 一般的な撮影方法は次のようである.すなわち,pro-spective
な心電図同期撮影法を用いて,心基部から心尖 部に向かってコンベンショナル(非ヘリカル)スキャン でスライス厚3
(2.5
)mm
,スライス間隔3
(2.5
)mm
の20
〜30
スライスの連続撮影を1
回の呼吸停止下に行 う. 石灰化の定量評価はAgatston
らによって提唱された 方法91)を用いるのが一般的である.それは,各スライス でCT
値が130HU
以上で,かつ2
ピクセル以上の面積を 有する部分を有意な石灰化とし,さらにその石灰化部分 の最高のCT
値によって重み付け(130
〜199HU
=1
,200
〜299
=2
,300
〜399
=3
,400
以 上 =4
) を 行 い, 石灰化の面積に重み付けを乗じた数字を算出する.これ をすべての石灰化,すべてのスライスで行い,その総和 を石灰化スコアとする(図8).これらの作業はCT
装置 本体,もしくは画像処理用のコンピュータ(ワークステ ーション)にインストールされた専用のソフトを用いて 半自動的に行われる.石灰化スコアは,カルシウムスコ ア,石灰化指数とも呼ばれる. CoronaryCalciumScreeningReportScan Date: Friday, January xx, 2008 Scan Number: xxxx Patient D.O.B: xxx-xxx
Coronary Artery [Agatston] Calcium Score Calcium Volume Score Left Main 0.00 0.00
LAD 546.23 418.47 LCX 64.78 42.47 RCA 628.48 464.14 (Other) 0.00 0.01 Total [plaque burden] 1239.49 925.09
図 8 代表的な冠動脈石灰化スクリーニングのレポート
4
心臓 CT の被ばくについて
心臓CT
検査はX
線を使う検査であるので,被ばくを 伴う.このため,CT
の被ばくのリスクや,冠動脈造影 と比べた線量の多寡の知識も必要である.以下に,被ば くに関する基本的知識と心臓CT
の被ばくの現状を記載 する.①放射線管理と防護
放射線管理と防護に関する基本原則では,放射線被ば くを伴う行為は便益が大きい場合にのみ正当化され(行 為の正当化),設備や撮影条件が最適化されているとい 表 7 冠動脈の有意狭窄(> 50%)の検出に関する 64 列 CT および dual-sourceCT の診断精度 Per-segment N Sensitivity (%) Specificity(%) (%)PPV (%)NPV Leschka et al 67 94 97 87 99 Leber et al 55 76 97 75 97 Raff et al 70 86 95 66 98 Mollet et al 51 99 95 76 99 Ropers et al 81 93 97 56 100 Schuijf et al 60 85 98 82 99 Ong et al 134 82 96 79 96 Ehara et al 69 90 94 89 95 Nikolaou et al 72 82 95 69 97 Weustink et al 77 95 95 75 99 Leber et al 88 94 99 81 99 Total 824 89 96 76 98う前提(防護の最適化)のもとに行われるため,医療被 ばくに線量限度は定められていない92).このため,
CT
検査にかかわるものは便益がどの程度あるのかを鑑み て,線量の最適化に努め,可能な限り被ばく減少を試み なければいけない.②被ばく線量の単位と評価法
放射線被ばくの問題は,吸収線量と実効線量の2
つの 単位で論じられる.吸収線量は,体に吸収される線量で 単位はGy
である.線量計を使って実測するべきもので あるが現実的に困難である.このため,簡単に吸収線量 を推測できるものとしてCTDI vol
*1やDLP
*2などの指 標が考案された93).これらはCT
独自の指標で,CT
の 撮影法を比較するときなどに使われる.CTDI vol
は管 球1
回転あたりの積分線量を表した数値である(単位はmGy
).DLP
は,CTDI vol
にスキャンの距離を乗じたも ので,検査全体の被ばく線量の指標となる(単位はmGy
・cm
).いずれもCT
装置に表示されていることが多 い. 一方,実効線量は,吸収された線量が体に及ぼす影響 (放射線感受性)を組織ごとに求めておいて(組織荷重 係数),DLP
に撮影部位に応じた荷重係数を掛けたもの である.被ばくのリスクを比較するための指標で,単位 はSv
である.CT
と他の検査(冠動脈造影)を比較する ときには実効線量が用いられる.③ CT の被ばくに伴うリスク
放射線被ばくによる障害には,様々なものが知られて いるが,通常の心臓CT
の被ばく線量で最も重要なリス クは発がんと考えてよい.人で癌発生率の増加が観察さ れたのは100 mGy
以上といわれており,これより低い 線量で発がんが起こるかどうかはわからない.ただ,被 ばくのリスクを過小評価しないために,どんなに少ない 線量でも発がんのリスクはあるとする立場がとられてお り,被ばく線量が10 mSv
で,1/2,000
の発がんのリスク があると考えられている.ちなみに,最近の疫学的研究 では発がんの最低線量を急性被ばくで10
〜50 mSv
,遷 延被ばくで50
〜100 mSv
と推定するものもある94).④被ばく線量に影響する因子
線量は,装置側の撮影条件,撮影プロトコール,患者 の体格や解剖学的部位,さらに画質との関連によって決 まる.*1 CTDI vol:CT dose index volume *2 DLP:dose length product
1)撮影条件 管電圧,管電流,ガントリの回転速度,ピッチなどの 要因がある.このうち,管電圧は通常
120kV
を用いて いるが,80kV
に低減する方法もあり,小児では推奨さ れている.管電流は最も調整しやすい因子で,患者の体 格や部位に応じて可変するべきである.特に,管電流と ガントリの回転速度の積であるmAs
は線量を管理する 最も重要な因子で,撮影条件を決める際に線量の目安は この値を参考にしている.また,ピッチは数値が小さい ほど重なりが多く吸収線量が増加することになる. 2)撮影プロトコール 多相撮影をするかどうかが一番大きな要因になる.動 脈相の後にさらに遅延相を撮る場合には,それだけ線量 が増えることになる. 3)患者の体格や解剖学的部位 照射された臓器の平均線量は患者の体格に依存する. 大きな体格の人は単位組織あたりの線量は小さくなる. 4)画質との関連 被ばく線量と画質は密接な関係にあり,線量が低下す ると画質が低下し,逆に画質が低下する要因があると線 量を増大させる必要がある.したがって,いかに画質低 下が著明にならいように線量を低減化していくかが重要 になる. 5)心臓 CT の被ばく線量と被ばく低減の工夫 心臓CT
は,過去の報告をまとめてみると大体8
〜15
mSv
程度である.これまで述べてきたように線量は撮 影条件により変わってくるので,数値に開きがあるが, 心臓CT
は,冠動脈造影(3
〜6 mSv
)より多い傾向に あるが,線量を低減するために様々な工夫がなされてき ている.代表的なものに,ノイズ低減フィルタ(管球側 にフィルタを用いて低エネルギーX
線を除去し,被ばく 低減を図る),管電流自動制御(患者の体格や撮影部位 により管電流を変化させる),ECG mA modulation
,step & shoot
な ど が 試 み ら れ て い る.ECG mA
modulation
は 収 縮 期 の 線 量 を 低 減 す る 方 法,step &
shoot
はアキシャルスキャンとprospective ECG gating
に より拡張期のみ曝射(収縮期の線量なし)する方法であ る.これらの被ばく低減技術を併用した報告では3
〜8
mSv
程度の報告になっており,冠動脈造影と変わらな い程度になってきている.5
造影剤の副作用
ヨード造影剤の副作用の頻度は,軽症は3
%,重症は0.04
%程度とされる.致死的副作用は17
万人に1
人とい われている95).重篤な副作用の発現頻度と関連するリスク因子としては,アレルギー歴(アトピー,食物アレル ギーなど)が約
2
倍,気管支喘息の既往があると約10
倍, 過去に中等度以上の造影剤反応歴があると4
〜5
倍,重 篤な心疾患があると約3
倍といわれている.したがって, これらについての問診は必ず投与前に行う必要がある. アレルギー歴のある患者には慎重投与,気管支喘息や中 等度以上の造影剤反応歴,重篤な心疾患のある患者には 投与は原則禁忌である. また,ビグアナイド系糖尿病用薬では相互作用により, 乳酸アシドーシスが現れることがあるので,造影剤使用 の前後に投与を48
時間中止することが一般的である. 腎機能障害のある患者では,ヨード造影剤による急性 腎不全(造影剤腎症)が起こりやすい.造影剤腎症の定義 はいくつかあるが,ESUR
(European Society of Urogenital
Radiology
)のガイドラインでは造影剤投与後72
時間以 内に,クレアチニン値が25
%以上もしくは0.5mg/dL
以 上上昇するものとされている96).既存の腎障害について は,クレアチニン値1.5
〜2.0mg/dL
未満が造影を行う上 限と考えられており2.0mg/dL
を超えると造影剤腎症の 発現率が高くなる95).最近では,推定糸球体濾過値 (eGFR
)を用いて腎機能を評価することが推奨されてお り,60mL/min/1.73m
2が基準値になっている.既存の腎 障害の他にも,脱水状態,糖尿病,高齢者,うっ血性心 不全などがあると,造影剤腎症を起こしやすい.造影剤 腎症になると,冠動脈疾患の再発を含めてその後の死亡 率が上昇することが臨床研究で証明されており,造影剤 腎症を予防することは極めて重要な課題である97),98). また,心臓CT
ではβ遮断薬を投与することがあるが, β遮断薬投与患者群ではヨード造影剤の副作用が重篤化 もしくは発生頻度の増加が報告されている99),100).しか し,これらの報告でのβ遮断薬投与群は,心障害のある 患者と思われ,通常の心臓CT
の行われる患者でβ遮断 薬投与がヨード造影剤のリスクを高くするかどうかは今 後の検討が必要である.ちなみに,β遮断薬服用中の患 者におけるアナフィラキシー反応は,通常用量のエピネ フィリンによる治療に抵抗することがあり,グルカゴン 投与が奨められている.6
心臓 MRI
心臓MRI
では最近撮影法の進歩と,診断・治療方針 決定における有用性を示すエビデンス集積が急速に進ん でいる.遅延造影MRI
は心筋梗塞患者における心筋バ イアビリティ診断,右室梗塞の検出101)や無症候の心内 膜下梗塞・小梗塞の検出102)に有効である.負荷心筋パ ーフュージョンMRI
は空間解像度が高く,心内膜下虚 血も明瞭に描出され,最近の多施設研究では冠動脈多枝 病変において負荷心筋SPECT
よりも有意に高い診断能 が示されている103).また,冠動脈疾患患者の予後評価 における遅延造影MRI
104),105)や負荷心筋パーフュージョ ンMRI
106)−108)の有用性も明らかになっている.心臓MRI
の問題点として,他の部位のMRI
検査と比較して 検査時間が長いこと,検査方法や撮影方法に関する知識 や技術の不足から十分な画質や診断能が得られてない場 合があることがあげられる. 心疾患患者では冠動脈ステントが留置されていること が多く,様々なデバイス留置後に心臓MRI
検査を行っ てよいか迷う場合がある.2007
年にACC/AHA
などの 委員会が示した指針によると109),冠動脈薬物溶出(DES
) ステントに関しては留置術直後から1.5
テスラや3
テス ラのMRI
検査を実施しても安全性に問題はなく,DES
以外の冠動脈ステントに関しても問題があるとの事例は 報告されていない.また,人工弁に関しても術後にMRI
を行って問題はない.一方,ペースメーカやICD
に関しては原則禁忌であるので十分に注意する. 心臓MRI
検査では造影剤が用いられることが多いが, 最近ガドリニウム造影剤による副作用として腎性全身性 線維症(nephrogenic systematic fibrosis: NSF
)が注目さ れている.NSF
とは腎不全患者,特に透析患者において, 皮膚の腫脹や硬化,疼痛などで比較的急性に発症し,進 行すると四肢関節の拘縮を生ずる疾患である.金属ガド リニウムはそのままでは毒性が強いため,MR
用造影剤 ではガドリニウムをDTPA
などのキレート剤と結合さ せ,静脈投与後は腎臓の糸球体で濾過され,速やかに体 外に排泄されるように工夫されている.しかし,腎不全 患者ではガドリニウム造影剤は体内に長時間残留し,キ レートから遊離した金属ガドリニウムが皮膚などに沈着 し,線維化を来たすと考えられている.MR
造影剤の種 類によって,ガドリニウムとキレートの結合安定性には 差が認められ,これまでの報告によるとNSF
は透析患 者にキレート安定性の低い製剤が投与された場合に発生 する頻度が高く,2007
年のESUR
(欧州泌尿生殖器放射 線学会)のガイドラインによると(http://www.esur.org
) キレート安定性の低いガドリニウム製剤を使用する際に は腎機能のスクリーニングを必ず行い,重症腎不全患者 (eGFR
<30mL/min
)や肝移植患者,新生児に投与して はならない.腎機能障害がある場合は,ガドリニウムキ レート安定性の高い造影剤を臨床上必要な場合に最小限 の投与量で使用するよう勧告している110),111).なお,腎 機能正常患者ではいずれのMR
造影剤によってもNSF
を発症した例はない. 代表的な心臓