HbA1cと糖尿病診療
日常診療におけるHbA1c測定・標準化の意義
HbA1cと糖尿病診療
日常診療におけるHbA1c測定・標準化の意義
東京大学大学院医学系研究科 糖尿病・代謝内科
植木浩二郎
東京大学大学院医学系研究科 糖尿病・代謝内科
植木浩二郎
平成24年9月1日 2012年度日本臨床検査標準協議会(JCCLS)
学術集会
平成24年9月1日 2012年度日本臨床検査標準協議会(JCCLS)
学術集会
激増する日本人糖尿病
激増する日本人糖尿病
糖尿病の可能性が否定できない人( HbA1c 6.0∼6.4) 糖尿病が強く疑われる人( HbA1c 6.5%以上) 1997年 2,500 1,000 500 1,500 0 (万人) 680万人 690万人 2002年1,370万人
880万人 740万人1,620万人
2007年 890万人2,210万人
1,320万人 厚生労働省:平成19年国民健康・栄養調査 2,000+50
+150
+200
+440
糖 尿 病
糖 尿 病
インスリン作用不足
による慢性高血糖を主徴
とする代謝疾患群
インスリン作用不足
による慢性高血糖を主徴
とする代謝疾患群
高血糖の評価
高血糖の評価
1.空腹時血糖
2.随時血糖
3.75g経口ブドウ糖負荷試験(OGTT)
4.HbA1c
5.典型的な糖尿病の症状
6.糖尿病に特有の合併症(網膜症)
慢性的な高血糖を表す
糖尿病の臨床診断(2010年以前)
糖尿病の臨床診断(2010年以前)
1.空腹時血糖値≧126mg/dl、75gOGTT2時間値
≧200mg/dl、随時血糖値≧200mg/dlのいずれ
かが、別の日に行った検査で
2回以上確認
できれ
ば糖尿病と診断してよい(血糖値がこれらの基準
値を超えてている場合を
糖尿病型
と呼ぶ)。
2.糖尿病型を示し、かつ次のいずれかの条件がみた
された場合は、1回だけの検査でも糖尿病と診断
できる。
①糖尿病の典型的症状(口渇、多飲、多尿、体重減少)の存在
②HbA1c(JDS)≧6.5% (HbA1c(NGSP) ≧6.9%)
③確実な糖尿病網膜症の存在
以前の糖尿病診断基準の問題点
以前の糖尿病診断基準の問題点
診断には、基本的に別の日に2回の血糖検査を必要とし
たが、自覚症状がないため、2回目の検査が行われず、
「糖尿病の気がある」
等の認識で放置されていることが多
かった。
糖尿病とその合併症の増加の一因
糖尿病とその合併症の増加の一因
HbA1c
は、過去1,2ヶ月間の血糖値の平
均を反映する
これを活用することで、1回の検査で
糖尿病を診断することはできないか
これを活用することで、1回の検査で
糖尿病を診断することはできないか
空腹時血糖値とHbA1cとの関連 OGTT2時間値とHbA1cとの関連
参考:「HbA1cと空腹時血糖値・OGTT2時間値との関連」に関する引用文献の原図
HbA1c(JDS値)(%) 空腹時血糖値(mg/dl) 6.1 126Ito, C., et al;Diabetes Res Clin Pract, 2000. 50: 225.
空腹時血糖値・OGTT2時間値から見たHbA1c(JDS)
HbA1c(JDS値)(%) OGTT2時間値(mg/dl)
6.0 200
HbA1cと空腹時血糖値との関連 HbA1cとOGTT2時間値との関連
参考:「HbA1cと空腹時血糖値・OGTT2時間値との関連」に関する引用文献の原図
HbA1c(JDS)から見た空腹時血糖値・OGTT2時間値
HbA1c(JDS値)(%) 空腹時血糖値(mg/dl) OGTT2時間値(mg/dl)
6.1 124.4 199.3
(%) 3 2.5 2 1.5 1 0.5 0 ー4.5 4.5ー5.0 5.1-5.5 5.6-6.0 6.1-6.5 6.6-7.0 7.1-7.5 7.6-8.0 8.1-9.0 9.1-HbA1c(JDS値)(%)
HbA1c(JDS値)別にみた
明らかな糖尿病網膜症の頻度
(伊藤千賀子)HbA1c(NGSP)≧6.5%(HbA1c(JDS)≧6.1%)の場合
HbA1c(NGSP)≧6.5%(HbA1c(JDS)≧6.1%)の場合
も糖尿病型とみなす
正常域
糖尿病域
空腹時値
<110 (6.1)
≧126
(7.0)
75gOGTT 2時間値
<140 (7.8)
≧200
(11.1)
75gOGTTの判定
両者をみたすものを
いずれかをみたすもの
正常型とする.
を糖尿病型とする.
正常型にも糖尿病型にも属さないものを
境界型とする.
空腹時血糖値、75g糖負荷試験(OGTT)
2
時間値およびHbA1cの判定基準
空腹時血糖値、75g糖負荷試験(OGTT)
2
時間値およびHbA1cの判定基準
随時血糖値≧
200mg
/dl
血糖値とHbA1c
ともに糖尿病型
血糖値のみ
糖尿病型
HbA1cのみ
糖尿病型
・糖尿病の典型的症状 ・確実な糖尿病網膜症のいずれか 糖 尿 病有り
無し
再検査
再検査
(血糖検査は必須)
血糖値とHbA1c ともに糖尿病型 血糖値のみ 糖尿病型 HbA1cのみ 糖尿病型 いずれも 糖尿病型でない 血糖値とHbA1c ともに糖尿病型 血糖値のみ 糖尿病型 HbA1cのみ 糖尿病型 いずれも 糖尿病型でない なるべく 1ヶ月以内に 糖 尿 病糖尿病疑い
糖 尿 病糖尿病疑い
3∼6ヶ月以内に血糖値・HbA1cを再検査
3∼6ヶ月以内に血糖値・HbA1cを再検査
早期診断・早期介入 を促進するため, HbA1cと血糖値の同 時測定を推奨 HbA1cのみ反復陽性 では糖尿病と診断 できない 糖尿病型;血糖値(空腹時≧126mg/dl,OGTT2時間≧ 200mg/dl ,随時≧ 200mg/dlのいずれか) HbA1c(NGSP)≧6.5% [HbA1c(JDS)≧6.1%]糖尿病の臨床診断のフローチャート
糖尿病の臨床診断のフローチャート
HbA1c(JDS値)(%)
75g
OGTTの判定区分別にみたHbA1c(JDS)の分布
75g
OGTTの判定区分別にみたHbA1c(JDS)の分布
血糖コントロール指標・治療のターゲット
としてのHbA1c
血糖コントロール指標・治療のターゲット
としてのHbA1c
健康な人と変わらない日常生活の質(QOL)の維持、
健康な人と変わらない寿命の確保
糖尿病細小血管合併症
(網膜症、腎症、神経障害)
および
動脈硬化性疾患
(虚血性心疾患、脳血管障害、閉塞性動脈硬化症)
の
発症、進展の阻止
血糖、体重、血圧、血清脂質の
良好なコントロール状態の維持
糖尿病治療の目標
∼日本糖尿病学会編:糖尿病治療ガイド2012∼
糖尿病治療の目標
∼日本糖尿病学会編:糖尿病治療ガイド2012∼
メタボリックシンドローム
内臓脂肪型肥満 +脂質異常 +高血圧 +高血糖糖尿病
(890万人)
糖尿病へ移行 大血管障害糖尿病の細小血管障害
腎不全(人工透析)
(年間新規導入 16,000人)失明・視力障害
(年間3000人)
動脈硬化症:心筋梗塞、脳卒中、閉塞性動脈硬化症など下肢切断
(年間:3,000人以上) 生命の危険性腎症
網膜症
神経障害
肥満
(約87万人) (約137万人)我が国における糖尿病と合併症発症の病態と実態
我が国における糖尿病と合併症発症の病態と実態
①1971∼1980 ②1981∼1990 ③1991∼2000 ②の①に比べての 年齢差 ③の②に比べての 年齢差 男 女 男 女 男 女 男 女 男 女 A 日本人一般 (平均寿命) 73.4歳 78.8歳 75.9歳 81.9歳 77.6歳 84.6歳 +2.5歳 +3.1歳 +1.7歳 +2.7歳 B 糖尿病患者 (平均死亡時年齢) 63.1 64.9 66.5 68.4 68.0 71.6 +3.4 +3.5 +1.5 +3.2 BのAに比べての年齢差 ―10.3 ―13.9 ―9.4 ―13.5 ―9.6 ―13.0
日本人糖尿病患者の平均死亡時年齢と日本人一般の平均寿命
60 62 64 66 68 70 72 74 男 女 63.1 66.5 68.0 64.9 68.4 71.6 ③1991∼2000 ②1981∼1990 ①1971∼1980 (歳) 日本人糖尿病患者の平均死亡時年齢癌死 血管病死 癌死 血管病死
糖尿病と生存年数の関連
糖尿病と生存年数の関連
糖尿病により短縮した生存年数
Age (yr) 短縮し た 生存年数 Age (yr) 7 6 5 3 2 0 90 80 70 60 50 40 0 1 4 7 6 5 3 2 0 90 80 70 60 50 40 0 1 4 男性 女性 原因不明の死 非癌、非血管病死癌死
血管病死
N Engl J Med 2011;364:829-41.HbA1c(NG SP値) <5% 5~5.4% 5.5~5.9 % 6~6.4% 6.5~6.9% ≧7% 男性 心血管障害 1 1.23 1.56 1.79
3.03
5.01
総死亡 1 1.25 1.57 1.803.49
3.38
女性 心血管障害 1 0.89 0.98 1.633.03
7.96
総死亡 1 1.02 1.28 1.611.70
6.91
年齢補正した相対危険度Epic-Norfolk study:45~79才のイギリス人10,232名を対象にHbA1cと
心血管障害の関連を追跡。平均観察期間は6年。
HbA1cと心血管障害のリスク
HbA1cと心血管障害のリスク
11 10 9 8 7 6 5 0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10
DCCT(1型糖尿病の介入試験)
(Diabetes Control and Complications Trial)
DCCT(1型糖尿病の介入試験)
(Diabetes Control and Complications Trial)
HbA1cの経過 従来療法群
H
bA
1c
(%
)
年
強化療法群厳格な血糖コントロールは、1型糖尿病の
細小血管症を抑制する(DCCT)
厳格な血糖コントロールは、1型糖尿病の
細小血管症を抑制する(DCCT)
網膜症の発症進展
一次介入コホート
二次介入コホート
従来療法群
従来療法群
累積進展率
年 年強化療法群
P<0.001強化療法群
P<0.001累積進展率
0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 N Engl J Med 1993 60 50 40 30 20 10 0 60 50 40 30 20 10 0Kumamoto Study(2型糖尿病の介入試験)
における血糖コントロール
Kumamoto Study(2型糖尿病の介入試験)
における血糖コントロール
空腹時血糖値とHbA1cの推移
空腹時血糖
値
H
b
A
1
c
(mg/dl) (%)年
年
250 200 150 100 50 12 10 8 6 5 0 1 2 3 4 5 6 7 8 0 1 2 3 4 5 6 7 8 CIT群 MIT群 CIT群 MIT群Kumamoto Studyにおける血糖コントロールと
細小血管症の関係
Kumamoto Studyにおける血糖コントロールと
細小血管症の関係
100人/年あたり 100人/年あたり 空腹時血糖値 HbA1c(%) 食後2時間血糖値 空腹時血糖値 食後2時間血糖値 網 膜 症の 累積悪 化 率 腎 症 の累 積悪化 率 HbA1c(%) 16 14 8 4 0 16 14 8 4 0 5 7 9 11 80 120 160 200 140 180 220 260 300 5 7 9 11 80 120 160 200 140 180 220 260 300UKPDS33と80
UKPDS33と80
早期の積極的な血糖コントロールが合併症抑制につながる
Legacy effect(遺産効果)
強化療法群におけるリスク軽減(vs.従来療法群)
全死亡
細小血管合併症の
進展
脳卒中
心筋梗塞
UK Prospective Diabetes Study Group, UKPDS33 Lancet 352:837,1998 Rury R. Holman, UKPDS80, N Engl J Med 359:1577,2008
20 0 10 -10 -20 -30 (%) リ ス ク 低下率 p=0.44 p=0.052
-15
p=0.01 p=0.52 p=0.0099 1997 2007 1997 2007 1997 2007 1997 2007 (年)-16
-6
p=0.007-13
11
-25
p=0.39-9
p=0.001-24
血糖コントロール指標と評価
血糖コントロール指標と評価
不可
可
良
優
160以上
130∼160未満
110∼
130未満
80∼
110未満
220以上
180∼220未満
140∼
180未満
80∼
140未満
指 標
空腹時血糖値
(mg/dl)
不十分
不良
コントロールの評価とその範囲
日本糖尿病学会:科学的根拠に基づく糖尿病診療ガイドライン
(2004)
HbA1c(NGSP)%
HbA1c(JDS)%
5.8%未満食後2時間血糖値
(mg/dl)
6.2%未満 5.8~6.5% 6.2~6.9% 6.5~7.0% 6.9~7.4% 7.0~8.0% 7.4~8.4% 8.0%以上 8.4%以上 日本糖尿病学会編 糖尿病治療ガイド20126.5%
JDS
(日本)値
6.5%
6.5%
6.1%
我が国以外の国では、NGSP値が用いられている
HbA1c(NGSP)≒HbA1c(JDS)+0.4%
NGSP値
NGSP値
NGSP
(米国)値
HbA1cの国際標準化
HbA1cの国際標準化
異なるHbA1cを用いていることによる障害
異なるHbA1cを用いていることによる障害
コントロール目標
ADA
A1C 7.0%
JDS
HbA1c6.5%
米国のコントロール目標
は緩い?
治療が下手?
診断基準
ADA
A1C 6.5%
JDS
HbA1c6.1%
同じ病気であるのに診
断基準が異なる?
1.平成24年4月1日以降,検査機器等では、NGSP値が
測定されるようになる ⇒ 「
HbA1c(NGSP)
」と表記
2.当面、換算式で計算されたJDS値も併記される
⇒ 「
HbA1c(JDS)
」と表記
3.
特定健診・特定保健指導
においては、
平成24年度ま
では、JDS値のみ
が使用され、受診者が受け取る結果も
単に「HbA1c」と表記されており、注意を要する
3.医療従事者、患者さん、特定健診の受診者などに対し
て、ホームページ、出版物、ポスター・リーフレットなどの
啓発資料などにより、周知している
HbA1cの運用について
HbA1cの運用について
HbA1cをターゲットにした治療の問題点
HbA1cをターゲットにした治療の問題点
強化療法の死亡に対する影響
(メタ解析)
強化療法の死亡に対する影響
(メタ解析)
Hemmingsen B et al. BMJ 2011;343:bmj.d6898
強化療法の非致死性心筋梗塞に対する影響
(メタ解析)
強化療法の非致死性心筋梗塞に対する影響
(メタ解析)
Hemmingsen B et al. BMJ 2011;343:bmj.d6898
強化療法の網膜症に対する影響
(メタ解析)
強化療法の網膜症に対する影響
(メタ解析)
Hemmingsen B et al. BMJ 2011;343:bmj.d6898
強化療法の重症低血糖に対する影響
(メタ解析)
強化療法の重症低血糖に対する影響
(メタ解析)
血糖値
6時
12時
18時
HbA1cは単に血糖の平均を反映する数値
ー治療の質を保証しないー
HbA1cは単に血糖の平均を反映する数値
ー治療の質を保証しないー
100
200
治療目標 強化療法群 (n=1,271) 従来治療群(n=1,271) 血糖 HbA1c(NGSP)<6.2% (TZD誘導体ベース) HbA1c(NGSP)<6.9% 血圧 <120 / 75mmHg (ARB/ACEIベース) <130 / 80mmHg 脂質 LDL-C <80mg/dL (*LDL-C <70mg/dL) (ストロングスタチンベース) LDL-C <120mg/dL (*LDL-C <100mg/dL) *CHDの既往 対 象 高血圧または脂質代謝異常のある2型糖尿病(45∼69歳) HbA1c≧6.9% (n=2,542 初発予防89%、再発予防11%) 1次エンドポイント 死亡、心筋梗塞,、脳卒中、冠動脈血行再建術、脳動脈血 行再建術 2次エンドポイント 腎症の発症・増悪、下肢切断、網膜症の発症・増悪 試験実施期間 登録期間2.5年、追跡期間は登録終了後4年