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〔潮
脚
篶46鐵鰐.欝
β時 昭和25年12月9日 (土) 午後2時
揚所.東京女子医大臨床出山
1.「ツベルゾン」使用による鶴緩癌の臨床倒
i. tft登喜子 加賀谷這子
土量正子 安『延.宮子
藤屋スエ(演)寺西千鶴
三三の化学療法ほstreptniycinの発見により目覚ま
しい進歩を来したが,更に合成剤による結核化学療法は
重一ロッ刈こ於て大きな.発展を示して来た。即ちスエL.
デソのLehmannによeJ P.. A. S.が発見ざれ次いで
融逸のB・y・「.会社のD・m・gk激授シこよりで・T・・B・L
.がi累告ざれた。BayUにてはConteben,アメリカでは
t{biopなる商晶名で登録されてみる本藥品は, 日本に
於ても本年初頭より雑誌等に紹介ざれ,そrp後,日本産
のものを見るに及鍔嗜の緯・実験・臨床例等が臨
きれてるるが,その使用成績は相当の効果が認められ
てみる。
本院に於ても,三共製製剤Tuberzonの提供を得た
ので,三内科,外科等で使用し,使用期間2∼4ケ月を
経遍したので,こxに享内科の分をとりまとめ,成績を
蓮べる。
その結果は肺結核症1例を除き,腸結核症4例,肺結
核2例,気管支結核エ例に於て著効を認められた。
2. クロロマイ駝チン治療に辿る腸チフスの臨床倒
小 山 千 代
藤2・ス・エ(演)
腸チブスは相当に重症の疾患で凌,り,降乗之に有効癒
化学療法剤はなかr?た。ス〉レプ〉マイシンの本症に対
する効果は一時問題となづたが,結局予想さ「れた程の効
果はなく,.オ ’一レオマイ.シソほ効く事はあっても,それ
程著明でなく,症例に依っては全く無効の事さへあると
云ふ。之に対しクロロマイセチレ〆は本症に対しかなり著
効を発揮し今日の所クロロマイセチンの第一適応症は
実に本症なりと予言せるも敢て過言ではないと患はれ
る。1948年Wood・ward及其協同研究者のマレイ牟
島に於ける実瞼を最初とし,其後各地に於ける研究者に
依り腸チフスに対する治濠経験が後まれ,その効,果は確
実に承認され相次いでその臨床報告例がある。之等の成
績を総括すれば,早きは投与開始後13時間,おそくも
3乃至5日で解熟し一農状態も急激に好轄すると云ふ。
而し再発も.ヌ・多く認められ之に関してをま・設与章・.投与
間隔,般与凝閥が関係し,倫今後幾多の検討すべき余地
があると思はれる。之ほクロUマイセチシの作.用脚序を
考究する上に今手飼された興味ある点で麦〉らうと愚はれ
る。醗って本邦に於ける文献を見るに叢近内山博士に依
る約20例の臨床報告例あり,ヌ桑甘博士ほ只1相なる
も,その治療的効果ほ劇的にして,掻めて貴重な乙甲的.
の例症として報告されてるる。私共は臨床上及二丁学的
に腸チフスと診響された3症例に本剤を使用し,.1例に
於ては使用量不充分の爲再発を見たるも,喜使用に依り
全治し,他の2例ほ.1可れも翼好なる経過をとり治.癒せる
を以て,ここに三管する次第である。
3.ジャクソン氏礪摺患老に射て轟懸り酌黙態
(Orakelhafter Znstand)を墨L驚一早業
菌 沢 茂.樹
ジャクソン旋癩痛発作を有する33歳の男性に於て,
最邉まで宗教には関心なく,神佛を信,//rpすると云った事
&宝認められ「なカ・つたが,昭和25年11.月より0τ貧kd・
haftな状態となり,「自分の病気ほ今日ですつかり治り,
明日より音樂家としてたてる様になったと云う神のお
つげがあった。」.と云ったり,その卸礼にと云って旧る
事が多くなり,叉自分の行動も一々三三のおつげをまつ.
て後行ふと云ったOrake1haftな状態を呈した事を蓮
べ,且,このOrakelhaftな状態が,癒究111の代理症と
しての変調気分か,癩瘤性格ξ)あらわれとしての異常反
応と見倣す覇拙来るか環題とな翻{,この一思こ於
ては躇波の所見にほ前者と考へられるものほなく,且其
後の経過を観察するに・か玉うOrεke互haftな麗筆は一
定期固続いた後漕罷するが,些細な事1字でヌ飛び溝標の
状態となっては一定期間つ黛いた後戸馴するE..云った
事を繰返してみる事より,La“a geが「精神的な規野が
次鰍こ旧くなって行き,自分砺罷の弟・考一,絡には・.
宗敬的世界のみとごく利己的な面で捜触がある。」と蓮
べてるる様に発展し,面定して行く癒痛性絡のその発展
の契機を知らしめる反応形式と見倣し得るものと思ほ
れ甚だ注目に疸する過程である事を蓮べた。
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