199 農業情報創成・流通促進戦略
1.は じ め に
2050年には世界人口が 90 億人を超え,世界的な食糧 危機の懸念が指摘されることを踏まえ,農業分野への注 目が高まっている.実際,G8 などの国際的な会合にお いても農業 IT に関する検討が進められるとともに,農 業 IT に関する取組みが急速に増加している.我が国農 業においては,高品質高収量などの高付加価値要因があ ることが国際的にも認知される一方で,狭あいな国土の 影響などによる非効率性や担い手の高年齢化による後継 者不足,あるいは輸出を見据えた国際競争力のさらなる 強化の必要性などが繰り返し指摘され,その対応方策の 一環として,農業 IT への注目が高まり,さまざまな取 組みが進められてきた. 我が国政府全体としての農業 IT に関する取組みは, 農林水産省を主体としてすでに 2000 年前後から進めら れてきたものの,このような世界的な状況変化に対応す るための新たな体制が求められていた. このような状況を踏まえ,2013 年,政府全体の IT 関 連施策の中核である IT 総合戦略会議に農業分科会が設 置された.2013 年には,我が国の政府全体の情報政策 を統括する「政府 CIO(Chief Information Officer)」が初めて設置されており,その基で推進される政府の IT 政策は,一定の方向性と連携・相乗効果をもつものとな る.農業 IT に関しても,従来各省が個別具体的に推進 してきた取組みが連携を前提としたものとなるととも に,情報科学の知見を取り入れ,従来のインフラ敷設型 の施策から,篤農家(熟練農家)のノウハウなどを活用 し,分野全体の競争力強化を目的としたものへと大きな 方向性の転換が行われることとなった.このような方向 性の転換は,農業食料工学会,あるいは日本学術会議な どにおける農業 IT 関連の検討の方向性にも影響を与え, 我が国農業分野における情報科学の必要性が強く認識さ れ,産業界においても農業分野を主体にその傾向が顕著 であるが,本来の情報科学の領域における議論は盛り上 がりに欠けており,参画している研究者数もけっして多 くはない. このような状況を踏まえ,本稿では,このような方向 性の変化が進められてきた背景を踏まえ,政府全体で取 り組まれている農業 IT 政策の全体像,特に今後の方向 性を提示するものとして 2014 年にまとめられた「農業 情報創成・流通促進戦略」を俯瞰し,現状での取組み内 容とその効果についてまとめる.
農業情報創成・流通促進戦略
The Strategy of Agricultural Information Generation and Distribution
Encouragement
神成 淳司
慶應義塾大学環境情報学部,内閣官房情報通信技術(IT)総合戦略室Atsushi Shinjo Faculty of Environment and Information Studies, Keio University. / National Strategy Office of Information and Communications Technology, Cabinet Secretariat.
土井 剛
内閣官房情報通信技術(IT)総合戦略室Takeshi Doi National Strategy Office of Information and Communications Technology, Cabinet Secretariat. [email protected]
竹葉 良太郎
(同 上)Ryotaro Takeba [email protected]
鈴木 和志
(同 上)Kazushi Suzuki [email protected]
田雑 征治
(同 上)Seiji Tazo [email protected]
Keywords:
IT strategy, agri-informatics, government policy. 「人工知能と農業」2.農 業 IT 戦 略
2・1 戦略策定の背景 我が国の IT 戦略は,2000 年に高度情報通信ネット ワーク社会形成基本法(以下,IT 基本法)が制定され たことに起因する.IT 基本法には,「情報通信技術の活 用により世界的規模で生じている急激かつ大幅な社会 経済構造の変化に適確に対応することの緊要性にかんが み,(中略),高度情報通信ネットワーク社会の形成に関 する施策を迅速かつ重点的に推進すること」とされ,そ の推進体制として,本部長を内閣総理大臣,副本部長を 国務大臣,そして本部長と副本部長を除く全国務大臣と 有識者を構成員とする高度情報通信ネットワーク社会推 進戦略本部(以下,IT 総合戦略本部)が設置されている. e-Japan戦略などの過去の我が国の IT 政策の多くが IT 総合戦略本部の基で推進されたもので,全国的な光ファ イバ網の整備や電子政府や電子商取引の推進などの多大 な成果を供出し,我が国の社会システムに多大な影響を 与えた. その一方,2009 年頃より,政府による IT 投資は,各 府省個別に行われる弊害として,重複投資や連携不足な どの問題が指摘され,政府全体の IT 政策の統括者を設 置し,各府省との調整を行える体制構築の必要性が指摘 されてきた. これら指摘を踏まえ,2013 年 6 月に内閣法の一部を 改正する法律(政府 CIO 法)が成立し,政府全体の IT 政策および電子行政の推進の司令塔として,府省横断的 な権限を有する内閣情報通信政策監(以下,政府 CIO) を設置するとともに,政府 CIO を IT 総合戦略本部の本 部員に加え,本部長がその事務の一部を政府 CIO に行 わせることができることなどを法律事項により規定し た.政府 CIO は,内閣官房においては,内閣官房副長 官に次ぐ地位であり,政府全体の IT 政策および電子行 政の推進などの企画立案・総合調整を行う権限(IT の 活用による国民の利便性の向上および行政運営の改善に 関する事務を統括)をもつ.それに伴い,内閣官房にお いて,情報通信技術(IT)担当室と政府情報化統括責任 者(政府 CIO)室を統合し,情報通信技術(IT)総合戦 略室(以下,IT 室)が,政府 CIO を室長として発足した. 図 1 に,政府 CIO の役割と位置付けを,図 2 に IT 総合 戦略本部の体制を示す. IT総合戦略本部には,パーソナルデータやオープン データなどの IT 関連施策の協議推進を担うとともに, IT戦略の具体的な推進を統括する場として新戦略推進 専門調査会が設置され,さらにその下に重点領域の推進 を担う九つの分科会が設置された.前章で述べたように, この分科会の一つとして農業分科会が設置され, ア)戦略の取組み内容の精緻化・補完と今後の展開 イ)関連する IT 以外の施策との連携や規制制度 ウ)工程表該当施策の進捗管理 エ)データ,ノウハウなどの帰属・活用方法やその効果 オ)IT の利活用に係る各種の規格の統一,標準化 の検討を実施することとされた. 分科会には 6 名の構成員と関連省庁(政府 CIO,なら びに IT 室を含む)が参加し,上述の検討項目に基づき, 各省の農業 IT 関連施策や今後の方向性に関する協議が 進められる.農業分科会では,2013 年に決定された IT 戦略「『世界最先端 IT 国家創造』宣言」に基づき 1 年に わたり協議が進められ,この 2014 年 6 月に「農業情報 創成・流通促進戦略」を提示.IT 総合戦略の一環とし て位置付けられ,今後の我が国政府の農業 IT 関連施策 は,この戦略に基づき進められることとなった. 2・2 農業情報創成・流通促進戦略 図 3 に農業情報創成・流通促進戦略の全体像を示す. 戦略の中心となるのが,図 3 の中心に掲げている「農 業の産業競争力向上」,「関連産業の高度化」,「市場開拓・ 販売力強化」の三つの方向性である.これら三つの方向 性に共通するのは,コスト低減ではなく付加価値向上を 推進するために,我が国農業の特徴として従来から指摘 されている,篤農家の知見活用に着眼点を置くことであ る.具体的には本戦略では,AI 農業に着目している. また,戦略を推進する基盤となる取組みとして,「農 業情報の相互運用性・可搬性の確保に資する標準化や情 報の取扱いに関する本戦略に基づくガイドラインなどの 図 2 IT 総合戦略本部の体制 図 1 政府 CIO の役割と位置付け201 農業情報創成・流通促進戦略 策定」,「農地情報の整備と活用」,「本戦略推進のための 体制整備」の 3 点である. 従来,農業 IT に関する代表的な取組みとして取り上 げられてきたものに植物工場がある.植物工場とは,施 設内の温度,光,二酸化炭素,養液などの環境条件を自 動制御装置で最適な状態に保ち,作物の播種,移植,収 穫,出荷調整まで,周年計画的に一貫して行う生産シス テムを指す [農水省 10].安定的な生育環境を栽培施設 内に人工的に構築し,生育状態の誤差を低減させること で,経験が浅い農家でも安定的な作物栽培を可能にする 栽培手法であり,国内外でさまざまな展開が進められて いるものの,高額な環境制御設備のために初期・維持管 理費用が過大となることが多く,大規模施設での有効性 が検証されつつあるものの,我が国農地の大多数を占め る狭あいな農地での活用は難しい. 一方で,前述のように我が国農業の特徴として,長年 の農業経験を有する「篤農家」と称される熟練農家など の知見を活用した高付加価値型農業である点があげられ る.[農水省 09] 実際,日本の農業の生産性はカロリーベー スで米国比 9 倍以上に達し,品質に関しても果樹を中心 とした日本産農産物は,アジアなどの諸外国において高 価格帯で取引され,順調な売上げを示している [農水省 10].また,我が国農業分野の平均所得水準は諸外国や 他産業と比較して低水準に留まることが指摘される一方 で,年収数千万円に達する篤農家も存在し,長野県川上 村のように,農家一世帯当たりの平均年収 2,500 万円超 に達する地域すら存在する.そして,これら篤農家の多 くは,安定生産や高収益性を,植物工場に類する大規模 な設備を用いずに実現している. このような篤農家の暗黙的な農業生産における知見に 着目したのが AI 農業である.AI 農業,あるいは AI シ ステムとは,「今後急速に失われていく可能性のある篤 農家の「匠の技」(暗黙知)を,IT 技術を用いて「形式 知」化し,他の農業者や新規参入者などに継承していく 新しい農業」である [農水省 09, 農水省 14a].我が国に おける AI 農業の推進は,本稿に記載する「農業情報創成・ 流通促進戦略」に加え,「農林水産業・地域の活力創造 プラン」,「科学技術イノベーション総合戦略 2014」,「食 料・農業・農村基本計画」,「新たな農林水産省知的財産 戦略」などの我が国の農林水産分野の高度化に関わる主 要施策に記載され,すでにさまざまな取組みが手がけら れている. 図 4 は,AI 農業においてしばしば用いられる農作業 モデルである.農作業を,状態把握,判断,作業に分割し, 状態把握と判断に着目したことが特徴である.著者らは, この図 4 に基づき,AI 農業(AI システム)を,「農作 業者の「判断」に着目し,データマイニングなどによる 分析を用いて,熟練者のもつ問題発見・問題解決技能を, 非熟練者が早期に継承するためのフィードバックループ を提供する学習基盤」と定義している [神成 13]. § 1 農業の産業競争力向上 図 3 の三つの柱のうち,「農業の産業競争力向上」は, 農業生産現場を対象に,「「AI 農業」など農業情報を活 図 3 農業情報創成・流通促進戦略の全体像 図 4 農作業モデル(AI 農業)
の情報が流通しているが,現状ではその投資価値に見合 う効果が供出されていない.これらデータを集約し,個々 の農家やバイヤー,あるいは小売りへの客観的な評価基 準の導入とその利活用が本柱の主眼である.例えば,天 候不順などの影響により多くの農家が出荷量を減らし, あるいは品質が低下する状況に際し,安定的な出荷や高 品質の維持は高評価指数となり,取引先の拡大や単価の 向上が期待できる.新規参入農家においても,高評価を 獲得することで,属人的な人間関係に頼ることなく,適 正な評価に基づきビジネス展開を図ることが可能とな る.さらには,例えば評価基準の流通によって経営の安 定などといった評価基準が構築されることで,金融業や 保険業などの参入が考えられる.その他にも評価を利活 用した新ビジネスの創出が十分に考えられるところであ る.このほかにも,地域全体での取組みが評価されれば, その地域ブランドの客観的な評価指標につながることも 期待される. 戦略ではこれら 3 柱の取組みの出口指標として,「2020 年に農林水産物・食品の輸出額一兆円を達成」するた めの目標として掲げている(図 5).この目標は,本戦 略独自のものではなく,IT を含めた我が国農業の高付 加価値化,高度化に資する政策全体の目標として政府全 体で位置付けたものであり,農業 IT 独自の成果として 掲げたものではない.我が国の農林水産物・食品の輸出 額は目標額の 50%前後を推移しており,2020 年までに 一兆円を達成するのは非常に困難であることが推察され るが,農林水産分野の多様な取組み(海外への販路開拓 や和食のユネスコ無形文化遺産登録を踏まえた食文化の 発信に代表される輸出戦略の再構築など)と本戦略とが 連携することにより,2020 年までの達成を目的として いる.
3.現 状 の 取 組 み
本章では,農業情報創成・流通促進戦略に基づき, 2014年度に取り組まれている取組みについてまとめる. 用したビジネスモデル構築・知識産業化」を主題とした ものである.篤農家の状態把握能力の記録分析や学習モ デルに関する既存研究成果に基づき,高付加価値型の作 物栽培に関する先駆的な実証やビジネスモデルの創出に 資する取組みを進める.また,図 3 にも記載しているよ うに,具体的なビジネス展開を見据え,コスト低減,生 産予測の精緻化・安定出荷の実現,新規参入・担い手農 家の早期育成などについても前述の我が国農業の特徴強 化につながる付加価値向上(高品質化,収穫量アップな ど)に関する取組みとともに実施していく. § 2 関連産業の高度化 次に,「関連産業の高度化」である.すでに IoT の進 展などにより,農業資材・機械などの農業周辺産業にお いて,データ利活用によるこれら機器の高度化に関する 取組みが進められている.しかし,現状においては,こ れら取組みの多くが,製品を売ることが中心で,そこで 得られた情報の利活用を中心とした取組みに至ってはい ない.また,農業資材・機械それぞれのメーカごとでの 取組み,あるいはほかの分野との連携が図られているも のは少ないのが現状である. これらの産業で,商品に係る情報を収集するだけでな く,それを利活用することにより,複合的な資材・サー ビスの展開を図ることが本取組みの主眼である.この際, 特に,篤農家の知見をサービスの付加価値として活用す ることも主眼としている.篤農家の知見活用とは,例え ば,「栽培環境や作物の生育状態に応じた適切な肥料散 布」や「トラクタなどの農業機械の操作」である.これ ら状況に即した農業資材・機械の利活用は,作物の安定 生産や高付加価値化を実現する要である.圃ほ場へのセン サネットワークの敷設や篤農家のこれら知見のデータマ イニングに基づき,サービスソリューションを展開する. すなわち,肥料を販売するのではなく,「適切な栽培を 支援する肥料散布サービス」を展開し,サービスの一環 として肥料を提供する.すでに多くの産業分野で見られ ているように,資材や機械の販売は価格競争に陥るリス クが存在する.多種多様な農業関連の流通情報・ノウハ ウの利活用によるサービスソリューション展開(流通す る情報・ノウハウを商品とセットで販売するサービスの 展開)へと業態そのものを変革させることが狙いである. また,ものづくりノウハウの活用も掲げている.前述 の植物工場のように,我が国の農業 IT に関する取組み には,効果が見込まれるものの,初期・維持管理費用が 過大であるためにビジネス展開が困難となっているもの が存在する.これら取組みの費用低減とさらなる付加価 値向上にものづくりノウハウを適用することが狙いであ る. § 3 市場開拓・販売力強化 「市場開拓・販売力強化」は,主に農場から食卓まで をデータでつなぐトレーサビリティシステムに関する取 組みである.すでに栽培状況,出荷数量,市場価格など ※財務省貿易統計を基に農林水産省作成 図 5 農林水産物・食品の輸出額の推移203 農業情報創成・流通促進戦略 3・1 「前提となる取組み」 § 1 「農業情報の相互運用性・可搬性の確保に資する 標準化」 現在,「農業情報の相互運用性・可搬性の確保に資す る標準化」に関する調査研究を総務省および農林水産省 とで役割分担して行っている. まず,総務省は「農業情報の相互運用性・可搬性の確 保に資する標準化に関する調査研究」という調査事業に おいて,農業 ICT の普及の鍵を握る農業情報(データ) の相互運用性・可搬性の確保に資する標準化方策に取り 組んでいる.具体的には,①既存の農業 ICT システムで 取り扱われているデータの項目・データ形式・通信方式 を調査し,国内外の標準化の動向ならびに共通性の分析 などの実施.②標準化の必要性に関する調査(ヒアリン グ,とりまとめなど).という 2 点が取組みの中心である. 次に農林水産省は「農林水産分野における IT 利活用 推進調査事業」として,IT システムの導入・利活用に 関する諸課題を抽出するとともに,経営類型ごとに IT システム導入・利活用の具体的効果について定量的に検 証するなど今後の具体的な普及策について調査・検討を 行っている.具体的な調査項目としては,①農業経営体 が導入を検討しやすいように,国内外の農業 IT システ ムを機能・目的などから分類.② IT ベンダーが個別に 定義している語彙,定義,コードの現状を踏まえ,標準 化に向けた課題と今後の検討方法の整理.③ IT 利活用 の背景・要因分析と IT 利活用が経営・生産に及ぼす効 果を定量的に分析.④農業 IT の導入が GAP 認証におい て有効であることを示す.の四つがある. なお,これら二つの調査事業は,2014 年度末にいっ たん成果として取りまとめられ,農業分科会での議論, 学会などへの意見招聘,さらにはパブリックコメントな どを経て,我が国農業全体に関わる標準化ガイドライン となる見込みである.また,2015 年度以降も引き続き 調査事業を継続し,ガイドラインの拡充を図っていく. § 2 農地情報の整備と活用 市町村の農業委員会が世帯状況,就業状況,営農状況 などを記録する農地台帳と,農地地図情報について,「担 い手への農地集積と集約化を支援し,農業の競争力強化 のために不可欠な農業構造の改革とコストの削減を実現 すること」を主な目的とした,農地情報公開システム整 備事業が取り組まれている.平成 26 年 4 月の農地法改 正により,すべての農業委員会などが管内の農地の情報 を記載した農地台帳を整備することが法律で位置付けら れた.平成 27 年 4 月からは農業委員会が農地台帳の公 表可能な情報および農地に関する地図について,イン ターネットその他の方法により公表することが義務付け られている. 本戦略の一環として位置付けられる「農地情報公開シ ステム等整備事業」は,平成 27 年 4 月から農地台帳に 記録された事項および農地に関する地図をインターネッ ト上で公表することを目的とする.また,農業委員会や 農地中間管理機構における業務での利用に対応したデー タ管理が可能となる仕組みの整備も想定している.特に 農地中間管理機構については,農地集積・集約化対策事 業のみならず,農林水産省全体で見ても重要な施策であ る「攻めの農林水産業」,「今後の施策の見直し(四つの 改革)」においても,重要な要素として位置付けられて いる組織である.掛かる状況の中,1 700 を超える農業 委員会で個別に管理されている農地台帳と農地地図情報 について,担い手への農地集積および増加している耕作 放棄地対策として,全国で一元管理され,一気通貫のさ まざまなニーズに応じた検索ができる情報(システム) の提供を目指し,システム開発が進められている. システム開発はすでに始められ,最低限の情報公開を 対象とする平成 27 年 4 月稼働予定のフェーズ 1 と,利 用者ニーズに対応する平成 28 年 4 月稼働予定のフェー ズ 2 の 2 段階でのシステム稼働を予定している.全国の 農業委員会,農地中間管理機構はもちろん,担い手とな る法人経営・大規模族経営・集落営農・企業が必要な情 報を必要な形で利用できることが望まれている. § 3 本戦略推進のための体制整備 これまで述べてきた農業情報創成・流通促進戦略に基 づき各省が連携して農業 IT を推し進めるには,農業分 科会の議論に加え,より具体的に各省の施策について議 論することが重要である.そこで,関係する行政機関が 相互に密接に連携,協力しつつ,戦略に基づいた施策が 適切に推進されることを目的に「農業情報創成・流通促 進戦略会議 関係府省連絡会議」を新たに設置した.これ は,内閣官房,農林水産省,総務省,経済産業省の局長 級をメンバとし,開催するものである.本会議は各省合 意の意思決定機関として機能し,それを補佐する下部組 織として各省の課長級で構成する幹事会,また実務担当 者で構成するワーキンググループ会合がある.農業 IT に関する各省の局長級が集まり,情報の共有や施策の重 複排除を検討する会議は前例がない. 本会議は第 1 回会合が 9 月に,その後 12 月に,並行 してワーキンググループも同時期に開催した.今年度の 各省施策を俯瞰し,施策実施中に得られた知見を共有す ることで,省全体への施策への知見適用が図られるとと もに,次年度の施策についても情報共有を図ることで, 施策の取組み方針にまで影響が及ぶような状況も生じて おり,今後も継続して開催を予定している. 3・2 施策の 3 柱に資する取組み 本戦略の主軸となる 3 柱に資する取組みとしては, 個々の取組みに 3 柱それぞれに関連する研究要素,ある いは連携して取り組むべき点が多く含まれていることな どを踏まえ,各省の施策の中で 3 柱を包含した取組み を進めている.また,これら取組みの推進に際しては, 3・1 節 §1 に示す各省の標準化に関する取組みにおける
議論や成果と連携しており,その具体的な実証の場とし ての役割も担っている. § 1 革新的技術創造促進事業(異分野融合共同研究) 「情報工学との連携による農林水産分野の情報イ ンフラの構築」 本事業は,平成 26 年度からの複数年にわたる研究プ ロジェクトである [農水省 14b].農林水産業の生産現場 や消費者などの多様なニーズなどを踏まえ,特に異分野 との連携によりこれらニーズへの解決が見込まれる研究 を対象としたもので,「医学・栄養学との連携による日 本食の評価」,「情報工学との連携による情報インフラの 構築」,「理学・工学との連携による革新的ウイルス対策 技術」,「工学との連携による農林水産物由来の物質を用 いた高機能性素材などの開発」の 4 領域の一つとして公 募を実施し,ICT 活用農業コンソーシアム(研究代表者: 国立大学法人名古屋大学 松尾清一)による「ICT 活用 農業事業化・普及プロジェクト」研究が中核研究として 採択.現在,初年度の研究プロジェクトを実施中である. この研究の目的としては,農業情報創成・流通促進戦略 を踏まえた情報インフラの構築に資する取組み内容とし て,主に中規模専業農家を対象に,収量増および品質向 上による利益増加,農林水産業生産における作業負担の 削減,新たなサプライチェーン・バリューチェーンの構 築,安全・安心な農林水産物の生産・流通の 4 項目を掲げ, 具体的な研究項目として,センサ実用化試験,情報基盤 プラットフォーム設計開発,ユーザサービスに資するビ ジュアルインタフェースの設計試作,データベース共通 に係る API 設計,病害虫情報のディジタルマッピング などが掲げられている.これら研究項目の取組み状況は, いずれも 3・1 節 §1 に述べた標準化施策などの検討結果 を踏まえた実装を実施することとなる.また,この事業 は,中核研究機関を補完する表 1 に示す八つの研究プロ ジェクトを採択.上述の中核研究と同じく複数年度で研 究を進めている. このように,産学の複数の研究プロジェクトが取組み を並行して実施するとともに,これら各研究プロジェク トの進捗管理を省庁間の連携体制の基で実施している. § 2 ビッグデータ・オープンデータの活用事業 総務省の平成 27 年度の取組みの一つである「ビッグ データ・オープンデータの活用事業」の一環として,本 戦略に基づく実証事業が実施されている.具体的には, ①「ICT を活用した農業生産指導システムの実証に係る 請負」,②「ICT を活用した農作物生産システムの実証 に係る請負」,③「ICT を活用した青果物流通情報シス テムの実証に係る請負」の 3 件であり,それぞれが戦略 の 3 柱である「農業の産業競争力向上」,「関連産業の高 度化」,「市場開拓・販売力強化」に対応している. ①「ICT を活用した農業生産指導システムの実証に係 る請負」は,篤農家の知恵を含む各種データを高度に利 活用する AI 農業の取組みの一環として,圃場に設置し た各種センサデータと,個々の農家が入力による気づき データを蓄積し,生産計画情報および篤農家の農業知識 情報に基づき,多数の生産者に対して必要なときに必要 な指導を提供する「農業生産指導システム」の構築・検証, ならびに実用化・普及展開を図ることを目指す取組みで ある.すでに,国内において柑橘類に関する実証を推進 するとともに,これらノウハウデータの試験的・先駆的 な海外展開事例として,タイ国において柑橘類に関する 実証が進められている. ②「ICT を活用した農作物生産システムの実証に係る 請負」は,ものづくり分野のノウハウを適用した,最小 初期投資・維持管理コストでの農業施設での運用と,篤 農家の知見をこれら栽培施設へ適用することによる付加 価値向上として,農作物の栽培育成の経験が少ない者で も,最適栽培環境下での容易な農作物栽培,機能性作物 の容易な栽培など,温度,照度,二酸化炭素濃度などの フィールド栽培情報について,過去の栽培ノウハウ情報 との照合,統計処理などを行い,農作物の最適な栽培条 件を抽出したうえで,栽培フィールドの栽培条件がその 最適栽培条件となるよう,栽培フィールドに設置された 空調機などの設備を遠隔制御するインテリジェント農作 物生産システムの構築と,その実用化・普及展開を図る ことを目的とする取組みである.すでに,請負事業者の 事業所内において,ICT を活用した農作物生産システム の機能を検証するとともに,国家戦略特区における実証 を含めた複数拠点での試験栽培が取り組まれている. 最後に,③「ICT を活用した青果物流通情報システ ムの実証に係る請負」は,国産青果物の流通において, 表 1 補完研究一覧 試験研究計画書名 研究コンソーシアム,機関代表者名 低層リモートセンシングによる作物モニ タリングを用いた効率的栽培管理システ ムの構築 東京大学 超微量ガス検知技術を用いた果樹の病回 想記発見 / 診断センサの開発 理化学研究所 植物状態と作業行動記録による気づきナ レッジの開発とその現場実証 NECイノベータ株式会社ソリューション 農 業 情 報 標 準 の 相 互 運 用 性 を Web Serviceとして実現する情報プラットフ ォームの開発と実証 東京大学 情報入力・通信環境機能を備えた低価格 センサーシステムの全国圃場への導入と 共通データベース・情報共有システムの 構築による実証試験 鶴岡工業高等 専門学校 整理生態学的分析を可能にする低コスト モバイルセンサと次世代農業ワークベン チの開発 東京大学 中小農家が使いやすい栽培ナレッジ共有 オープンシステム開発と検証 ハンサムガーデン株式会社 生産者と消費者等の双方向の情報流通 野菜・米の総合的品質指標の開発と実装 デザイナーフーズ株式会社
205 農業情報創成・流通促進戦略 ICTを活用した市場関係者をつなぐ情報流通プラットフ ォームを構築し,それらを活用することで,対象作物の 付加価値向上を検証するとともに,事業者間の非効率な 情報伝達を解消することを目的としている.この際,青 果物情報のデータ規格を前述の標準化に係る取組みを踏 まえ定義することで,市場流通のみならず青果流通に関 わる生産から消費までの関係者が広く連携して情報を共 有・活用できる環境を整備することも視野に入れ,青果 物流通事業者と連携して検証を進めている.
4.今後の展開に向けた課題
前章で示したように,今年度は 6 月に農業情報創成・ 流通促進戦略が制定されてから初めての取組みであり, すべての項目を網羅的に実施できてはいない.このうち, 農林水産省の「革新的技術創造促進事業(異分野融合共 同研究)」と総務省の「ビッグデータ・オープンデータ の活用事業」については,情報科学の知見を踏まえ,新 たなビジネスモデルの構築を視野に入れているが,情報 科学分野からの研究者の参加もまだまだ少なく,有用な 知見が十分に適用されているわけではない.農業が世界 共通のテーマとなり得ること,我が国農業の特徴が篤農 家の暗黙的な知見に基づく高付加価値型産業であること などの要素を踏まえると,今後農業は情報科学の主要な テーマとなり得る分野である.ただし,当該分野の研究 に取り組むためには,具体的な検証フィールドとなる農 地が必要とされ,その確保が大きな参入障壁となる.実 際に,これら二つの実証事業においても,情報科学と農 学との連携体制構築に時間を要している.この点につい ては,今後,農業分野の学術組織などとも連携し,具体 的な対応方策を検討していくとともに,その内容を情報 科学側にも共有するための仕組みづくりを進めていく必 要がある. 戦略自体は現状においては,前提となる取組みの一つ として掲げた標準化を最重要施策と位置付けている.す でに国内に展開されている農業 IT ソリューションの網 羅的調査を実施し,今年度中にはいくつか個別ガイドラ インを策定する方向で検討を進めているところである が,残された多くの課題についても引き続き検討を進め る.来年度以降,具体的なロードマップとともにデータ 標準を制定していく. このほかの前章で取り上げた取組み施策については, 随時見直しを進めていく.それぞれの取組みごとに, KPI(Key Performance Indicators:重要業績評価指標) が設定され,評価は次年度以降のプロジェクト内容や予 算規模に一定の影響を与える.農業情報創成・流通促進 戦略全体としての KPI は,農林水産物などの輸出金額, 農業 IT 市場の規模,農業サービス産業の売上げ,個別 ガイドラインの策定状況,パッケージ化された IT 活用 型農業の海外展開状況であり,これらを踏まえ,「2020 年に農林水産物・食品の輸出金額 1 兆円を達成」するた めの,農業 IT の在り方を検討しているところである. このほかの KPI についても引き続き検討を進めている ところであり,情報科学の知見を反映させる要素につい ても引き続き検討を進める.なお,農業を取り巻く状況 変化に伴い,新たな諸課題への対応も随時必要となる. すでにいくつかの課題が指摘されており,農業分科会で の議論などを通じ,今後,戦略の一部改定も検討してい く予定である.5.展 望
我が国農業の高齢化および後継者不足,耕作放棄地の 増大,海外との競争激化などの深刻な課題が山積してい る. 一方,大規模経営体を中心にさまざまな場面で IT 導 入による情報の利活用の取組みが進んできており,農業 をビジネスチャンスと捉え新規参入した農業法人などに おいて,従来の人から人へのノウハウの伝承を代替する, ノウハウの効率的な伝承の手段としても IT,特に情報 科学の知見活用が模索されていることが,総務省・農水 省の調査事業などで再確認されている.黎明期といえる これら IT 導入における情報の可搬性,相互運用性およ びそれらの基盤となる標準化については,整理されてい るといえる状況ではなく,今後ますます整備推進が期待 される. また,IT 導入が期待されるのは生産現場に限らず, 農場から食卓までをデータでつなぐこと,農地情報の整 備公開など広範囲にわたる.さらに,それらデータを活 用することで,安心・安全なジャパンブランドがさらに 強化され,Made in Japan(日本産の農産物)だけでなく, 一つのシステムパッケージとして Made by Japan(日本 式農業で生産された農産物)として国際競争力をさらに 高めていくことを目指す. これらデータ創成・流通促進は,これまでの農業関 係業界(農家,小売り,農業機械・資材メーカ)におい て実践されるだけでなく,農業法人への融資条件の統計 データや農業保険の料率算定活用などとの連携も見込ま れ,さらにデータを利活用した新ビジネスの創出の機会 が大きく期待されるところである. つまり,現状は多くの課題があるものの,それは危機 的状況というだけでなく大きな機会であり,我が国農業 の産業競争力強化を達成するため,農業情報を利活用し ようとする農業者の権利に留意しつつ,農業分野全体に おける広範な情報創成・流通を促進させていくことが, 我が国農業の発展には必須の条件である.情報科学分野 の多くの研究者の参加に期待する.深 謝 農業情報創成・流通促進戦略の立案・推進,ならびに 本稿執筆に際して多大なご尽力をいただいている,農業 分科会澁澤 栄座長,分科会構成員の皆様,遠藤紘一政 府 CIO,内閣官房情報通信技術(IT)総合戦略室の皆様, 農林水産省,総務省,経済産業省,そして各事業に参画 している多くの皆様に感謝します.