総
説
聖マリアンナ医科大学雑誌Vol. 48, pp. 177–182, 2021 聖マリアンナ医科大学 リハビリテーション医学急性期脳卒中における反復性経頭蓋磁気刺激
(
rTMS)
の有効性と役割
佐
さ々
さ木
き信
のぶ幸
ゆき (受付:令和2年12月11日) 抄 録 非侵襲的に脳神経活動性を変化させる反復性経頭蓋磁気刺激 (rTMS) は,脳卒中症状のより 本質的な改善を目指す新たなリハビリテーション治療的技術として,近年著しい発展を遂げて いる。慢性期においては,半球間抑制のバランスを正常化させるニューロモジュレーションを 行うことで上肢麻痺が改善することが知られているが,急性期においては,それに加えて病巣 の進展自体を妨げるニューロプロテクション効果があることも示されている。 特に急性期では下肢機能の改善に対する需要が高い。下肢は同側性支配率の高い近位帯が機 能において重要な役割を果たすため,両側の下肢運動野を共に賦活するような手法も有効であ る。またリハビリテーション治療自体への参加が不良な自発性低下を示すような場合には,内 側前頭前皮質から背側前帯状回を賦活するrTMSが有効である。急性期脳卒中に対するrTMS は,改善にかかる時間を短縮するというよりも,最終的な改善度自体を高める可能性が示され ている。安全かつ有効な補助的治療手段と考えられる。 索引用語 反復性経頭蓋磁気刺激,rTMS,脳卒中,リハビリテーション,急性期 はじめに 脳卒中リハビリテーションでは,利き手が麻痺に なれば利き手交換,下肢機能改善が不十分であれば 装具療法といったように,残存機能の最大限利用や 機能代償に重きが置かれることも少なくない。過去 には中枢神経は可塑性のない組織と考えられていた ため,この考え方は極めて妥当と言えよう。しかし 我々はより本質的な改善を諦めてはならない。1990 年代後半に脳の可塑性の存在が証明され1),近年では 新たな治療的アプローチ,様々なニューロリハビリ テーション治療が発展している。本著で示す反復性 経 頭 蓋 磁 気 刺 激 (repetitive transcranial magnetic stimulation:rTMS) は,その中でも特に期待されてい る治療的技術の1つである。 rTMSの原理 磁気はMRIでも用いられているように容易に人 体を通過する。頭表上に設置した閉鎖回路 (コイル) に電流を瞬間的に流すとコイルに直交する磁束が発 生し,それが頭蓋骨を貫くと,脳内において磁束と 直交かつ閉鎖回路と逆向きの局所電場 (渦電流) を生 成する (ファラデーの電磁誘導,フーコーの渦電流)。 rTMSではこの局所電場を用いて目的の神経細胞を 刺激する (図1)。脳を外的に刺激する方法には1930 年代から精神科領域で用いられている電気痙攣療法(electroconvulsivetherapy:ECT) がある。しかし骨 は電気抵抗が高いため,それを貫いて脳内を刺激す るには非常に強い通電が不可欠であり,そのため
୍ຜએ ఏभ౼ઋ৽ ଂਚਗ਼ৃ უਗ਼ ਞ ॥ॖঝ ୍ 䝁䜲䝹 ่⃭⨨ 図 1 rTMS の様子とその仕組み 頭表に設置したコイルから照射される磁気に直交する局所電場が 脳内に生成され,目的の脳神経が刺激される。非侵襲性だが軽度 の刺激痛は感じる。 ૉ೪,+, ୰༰ ୰ ୰༰ ୰༰ ୰ ୰ ୰༰ડপ౼भણਙৣ ୰༰ડڀశ୰༰ડभ,+,ൠ ૌણ శ୰༰ડপ౼भણਙᕓਤ శ୰༰ડڀ୰༰ડभ,+,ᕓਤ శ୰༰ડপ౼॑ ᄄ২/)U706द೪ ୰༰ડপ౼॑ ৈᄄ২+)U706दሤણ ૌऩ೪ऩऩ ਫଞऩংছথ५ 図 2 脳卒中後の半球間抑制の変化と 2 種の rTMS 可能である。一方,磁気を用いるこのrTMSでは最 小の刺激により,ほとんど痛みを感じさせることな く局所刺激が可能である。 この技術は1985年に初めて人体に適用されてか ら2) 最近まで,脳のどこで何をしているかといった 局所機能を調べる検査技術であった。しかし研究の 過程で,繰り返す刺激によって神経の活動性が変化 する性質が明らかになった。すなわち,5Hz以上の 高頻度で刺激すれば (high-frequency rTMS: HF-rTMS) 被刺激部位脳活動は賦活されるのに対し,1 Hz以下の低頻度で刺激すれば (low-frequencyrTMS: LF-rTMS) 抑制される3)。この “変化” を治療に応用 できないかと,様々な脳由来症状に対する研究が進 められるようになり,現在に至っている。うつ病に 対してはFDAに続き本邦でも保険適用が認められ た他,特に慢性期脳卒中の上肢麻痺に対する有効性 には数多くのエビデンスが蓄積されている。 慢性期脳卒中上肢麻痺に対する rTMSと半球間抑制 左右大脳半球間には最大の抑制系である大脳半球 間抑制 (interhemisphericinhibition:IHI) が存在する。 ここで片側大脳に脳卒中が生じると,病巣側大脳の 活動性低下とともに病巣側から非病巣側を抑制する IHIも減弱する。すると非病巣側の活動性は亢進す るため,病巣側は病巣自体によるダメージに加え非 病巣側からの過剰な抑制を受けることになる4)。よっ て病巣側をHF-rTMSで賦活,もしくは非病巣側を LF-rTMSで抑制すれば,IHIのバランスは正常に近 づき,病巣側は回復しやすくなると考えられる (図 2)。 しかし病巣側へのHF-rTMSには,損傷大脳皮質 を強制的に賦活することによるてんかん発作誘発リ スクが危惧されるし,そもそも病巣側への刺激で麻 痺肢運動を誘発すること自体が困難であるため,刺
ৡभ৲भ୷ 図 4 急性期脳卒中上肢麻痺に対する rTMS の有効性 急性期において 5 日間連続して rTMS を施行した際 の麻痺側握力の変化量を測定した。rTMS を施行し た群の握力変化量は sham (偽刺激) 群に比し大き く,特に HF-rTMS 施行群で有意であった。文献 8 より引用改変。 図 3 脳卒中麻痺の回復三段階 文献 6 より引用。 激部位の同定が難しくなる。そのため上肢麻痺に対 するrTMSとしては,非病巣側上肢運動野に対する LF-rTMSが最も一般的に行われている5)。 慢性期と急性期の違い 1) ニューロモジュレーションとニューロプロテク ション 脳卒中麻痺の回復段階は大きく3つに分かれる。 急性期には残存している皮質脊髄路の興奮性が回復 し,次に数週から数ヵ月かけて皮質間ネットワーク の興奮性が変化する。そしてそれと同時に新たなネッ トワークにおけるシナプスの伝達効率が徐々に向上 し,およそ6ヵ月かけてプラトーに達する (図3)6)。 つまり慢性期におけるrTMSに期待される作用は, 既に安定したネットワークにおける効率改善,すな わちニューロモジュレーションである。 それに対し急性期では,本来活動性が低下してい るはずの神経成長因子が再賦活され7),脳はまさに “変化” しようとしている。この変化を望ましい方向 に誘導するために,急性期から障害された神経回路 を頻回に強制発火させ,Hebb仮説における神経活 動性賦活を行い,神経死を最小限に抑えることこそ が急性期リハビリテーションの意義である。筆者は まさにその強制発火にrTMSが利用できるのではな いかと考えた。そこで急性期脳卒中の上肢麻痺に対 し , 病 巣 側 へ の HF-rTMSと 非 病 巣 側 へ の LF-rTMS,そして対照として音のみ聞かせる偽刺激 (sham) の3群間ランダム化比較試験を施行したとこ ろ,shamに対し有意に有効性が確認されたのは直 接的に障害された皮質脊髄路を賦活するHF-rTMS であった (図4)8)。 同様に急性期のHF-rTMSとLF-rTMSの効果を比 較した動物実験においては,HF-rTMSを行った場 合に有意にDNA断片化が少なく,神経細胞生存率 が高く,病巣サイズも小さくなることが確認されて いる9)。つまり,急性期におけるHF-rTMSには ニューロプロテクション効果が期待できるといえる。 2) 急性期から回復期における運動学習 次に,運動学習の観点から考えてみる。急性期か ら回復期にかけては新たな運動ネットワーク構築の タイミングであり,中枢神経可塑性の発見はまさに この分野から始まった。Nudoらはリス猿の手指運 動野の一部を破壊し,その後何もしなければ手指運 動野は縮小するのに対し,リハビリテーションを行
U706ණ ஂো S ඵౕVKDPණ ஂো $ % ৣ࿔ঈঝথ५ॺটش५ॸش४भ৲ ౝ 図 5 急性期脳卒中下肢麻痺に対する rTMS A コイルを両下肢運動野にまたがるように設置する。 B 急性期において 5 日間連続して rTMS を施行した際の下肢ブルンスト ロームステージの変化を測定した。急性期であるため偽刺激 (sham) 群 でも改善傾向を認めるが,rTMS 群では有意に大きく改善した。 文献 14 より引用改変。 うと肘や肩の領域まで手指運動野が拡大することを 報告した10)。これは運動野のいわゆるペンフィール ドの小人が,脳卒中後のリハビリテーションによっ て変化することを示している。近年では,ダメージ を与えていない健常脳においても,運動野皮質の神 経ネットワークが変化することで運動学習がなされ ることが確認されている11)。一方,急性期脳卒中に
おけるrTMSの効果をfunctionalMRI(fMRI) の活動 性で検証した研究では,非病巣側へのLF-rTMSよ りも,病巣側をHF-rTMSで直接賦活した方が皮質 活動性上昇に寄与することが報告されている12)。運 動学習の観点からも,急性期〜回復期にはHF-rTMS の方が理にかなっていると思われる。 ただし二種のrTMSのどちらが適切かといった判 断は,病期のみならず実際の皮質活動性・IHIなど を評価して行うべきであろう。しかし実臨床におい て大脳の活動性をfMRIで測定するなどは非現実的 であるため,筆者はその解決策として,病巣側への HF-rTMS・非病巣側へのLF-rTMSを同時に適用す る手法,bilateral rTMS(BL-rTMS)を考案した13)。 このBL-rTMSならば,病期や大脳活動性バランス によらず高い効果が期待できる。 急性期脳卒中下肢麻痺に対するrTMS 急性期において患者がまず改善を希望するのは上 肢・下肢のどちらであろうか。下肢機能は,立位歩 行にとってはもちろんのこと,座位の安定や車いす・ トイレ移乗といった基本動作にも大きく関わるため, リハビリテーションを効率的に進める上でも最優先 で改善を目指すべき課題である。したがって,筆者 は急性期では基本的に下肢麻痺に対するrTMSを優 先している。 下肢運動野は大脳縦列内で左右が近接しており, 手指運動野に対するrTMSのようにHF-rTMSと LF-rTMSを打ち分けることは困難である。そのため 筆者は,左右下肢運動野にまたがるように正中にコ イルを設置し,HF-rTMSで両側運動野とも賦活し ている (図5A)。上肢に要求される動作には遠位の手 指巧緻性が不可欠であり,この遠位帯は100%交叉 性支配であるのに対し,下肢に要求される動作で最 重要なのは同側性支配率の高い近位帯である。よっ て,両側下肢運動野とも賦活することが理にかなっ ていると考える。急性期においてshamに比し有意 に下肢麻痺の改善が得られることが確認された (図 5B)14)。下肢麻痺に対するrTMSの効果は病期によら ず高いことがメタアナリシスでも示されている15)。 アパシーに対するrTMS 急性期脳卒中では,そもそも積極的にリハビリテー ションに参加できない患者もしばしば経験される。 これは脳幹腹側被蓋野から前頭葉内側面を上行する ドパミン系,A10神経の不調により生じるアパシー
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PrePre Pre Post 4wk 1wk P<0.05 U706ණ ඵౕණ ųŠœőœŕ ॔ঃ३ش५ॣشঝఒ২ $ % ॔ঃ३ش५ॣشঝभ৲ 図 6 アパシーに対する rTMS の有効性 A 慢性期脳卒中におけるアパシースケール改善度の差。rTMS 群では偽刺 激群に比し有意に改善度が大きかった。文献 17 より引用改変。 B 発症後 4 週にわたり重度アパシーのままであった連続症例に対し 1 週間 の rTMS を施行したところ有意にアパシースケールが改善した。文献 18 より引用改変。 として知られ16),二次性に脳卒中後うつにも発展し やすいため早期から適切な対応が望まれる。しかし, アパシーに対する治療は確立していない。 筆者は,下肢麻痺に対するHF-rTMSを施行した 患者に「元気になった」と訴える患者が多いことに 気づき,下肢運動野に焦点を向けた磁束がより前方 の前頭葉内側面にまで影響した可能性を推察した。 そこで,アパシーに最も関わる内側前頭前皮質から 背側前帯状回に対しHF-rTMSを施行したところ, 慢性期 (図6A)17)・急性期 (図6B)18)ともにその有効性 が確認された。リハビリテーション治療に参加不良, もしくは開眼はしているが無動無言症様の患者に対 しては,上肢・下肢麻痺に対するアプローチより先 行して,このrTMSを行っている。 おわりに 急性期脳卒中に対するrTMSは,最終到達点は同 じだが改善にかかる時間を短縮させるだけなのであ ろうか,それとも最終到達点自体を押し上げるので あろうか。こういった長期的視野からの研究報告は まだ少ないものの,少なくとも上肢麻痺については 1年後の最終到達点が上昇することが示されてい る19)。 非侵襲性かつ痛みも最小限で,てんかん発作など の有害事象の発生は極めて稀なこのrTMSは,脳卒 中リハビリテーションにおける安全かつ有効な補助 的治療手段として今後のますますの発展が期待され る。 利益相反 開示すべき利益相反はない。 引用文献
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