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マルティン・ブーバーの教育思想に関する研究-対話的関係を中心に-

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Academic year: 2021

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(1)平 成20年. 度. 学位 論 文. マ ル テ ィ ン ・ブ ー バ ー の 教 育 思 想 に 関 す る 研 究 − 対 話 的 関 係 を 中 心 に−. 兵庫 教 育大 学 大 学 院 学 校 教 育学 専攻. 学 校 教 育 研 究科. 教 育 コ ミュニ ケー シ ョン コー ス. MO7001J今. 北裕人.

(2) 目次. 序. 章. 本研究の 目的. 先行研究の検討 と本研究の特色. 第三節. 論文構成. 第一章. 3. 第二節. 1. 問題の所在. 1. 第一節. ブー バ ーの教 育思想 の成 立 6. 第 二節. シ オ ニ ズ ム とハ シ デ ィズ ム. 第三節. ブ ー バ ー の 教 育観. 4 1. ブ ーバー の生涯 0 1. 第一節. 第二章. ブ ー バ ー の 教 育 的 関係 論 8 1. 二 つの根源 語. 第 二節. 永遠 の汝. 第三節. 抱擁. 2 2. 第一節. ブ ー バ ー の対 話 論 に お け る両 義 性 一 ヤ ス パ ー ス との 対 比 か ら一. 第二節. ブ ー バ ー の 対 話 とヤ スパ ー ス の 実 存 的 コ ミュ ニ ケ ー シ ョン. 第三節. ヤ ス パ ー ス の 教 育 論 か ら見 た ブ ー バ ー の 対 話 論 の 問 題 点. ブ ー バ ー の 教 育 思想 の 現 代 的 意 義. 5 4. 章. 7 3. 自由をめ ぐる思想 の異 同. 4 3. 第一節. 1 3. 終. 5 2. 第三章.

(3) 序章 第一節. 本 研 究 の 目的 問題 の所在. 従 来 の 教 育 学 で は 、 教 育 が 知 識 ・技 能 の 伝 達 に 見 ら れ る よ う な 、 教 師 か ら生 徒 へ の 一 方 的 な働 きか け に す ぎ な い の で は な く、相 互 作 用 に よ っ て 成 立 す る こ とが 主 張 され て きた 。 しか し、 教 師 と生 徒 の教 育 的 関係 を対 等 な コ ミ ュニ ケ ー シ ョ ン に置 き換 え る こ と は そ も そ も 可 能 な の か 、 と い う疑 念 が 存 在 して き た の も 事 実 で あ る 。実 際 、対 等 で は あ り え な い 「教 え る 一 学 ぶ 」 関 係 を対 等 な 関係 に 置 き換 え る こ とは 、 か え っ て 現 存 す る教 育 的 意 図 の 独 善 性 や 操 作 性 の 問 題 を見 え に く く して い るの で あ る。 しか し、 「 教 え る 一 学 ぶ 」 関 係 は 、教 師 の と る 態 度 に よ っ て 、 対 等 に も非 対 等 に も な るの で は な い か。 す な わ ち 、 他 者 と して の 子 ど も と の 人 格 的 関 係 に お い て の み 、 対 等 な 関 係 と な る の で は な い だ ろ うか 。 こ の よ う な 問 題 関 心 か ら 、本 研 究 で はMブ. ー バ ー(Buber,M.,1878・1965)の. り上 げ る 。 ブ ー バ ー は 、 現 代 に お い て 人 間 関 係 の 根 本 に. 教育 思想 を取. 「 我 一汝 」 の 関係 を 据 え 、 対 話 原. 理 に よ る 思 惟 の 重 要 性 を 力 強 く説 い た こ と で 知 られ て い る 。 彼 は 、 ドイ ツ に あ っ て カ リ ス マ 的 な 霊 的 指 導 者 と 言 わ れ た よ うに 、 青 少 年 の 精 神 に 大 き な 影 響 力 を 与 え た 教 育 的 人 物 で あ っ た 。 特 に ワ イ マ ー ル 期 か らナ チ ス 時 代 に か け て は ユ ダ ヤ 人 の 成 人 教 育 や 青 少 年 指 導 の 面 で 中 心 的 な 役 割 を 果 た し、 エ ル サ レム に移 っ て か らは イ ス ラ エ ル 人 とア ラ ブ人 と の 対 立 抗 争 が 激 し く な っ て い く中 、 ユ ダ ヤ 人 の共 同 社 会 を平 和 裡 に 形 成 す る た め に 、 真 の 対 話 的 共 存 へ の 道 を 説 い た 人 で あ る 。 彼 の 影 響 は 、 ユ ダ ヤ 人 の 世 界 に 限 られ る の で は な く 、 人 種 や 宗 教 を 超 え て 、 現 代 の 哲 学 ・社 会 思 想 ・教 育 、 ま た 精 神 病 理 学 や そ の 他 の 広 範 な 領 域 に 及 んで い る。 そ こ で 本 研 究 は 、 ブ ー バ ー の 主 著 『我 と汝 ・対 話 』 に お け る 対 話 的 関 係 に 注 目 し て 、 実 存 的 人 間 が 運 命 的 な 出 会 い を 通 して 人 格 に 目覚 め 成 長 し て ゆ く プ ロ セ ス の 解 明 を 目指 す 。 そ の 際 に 、 ブ ー バ ー の 対 話 とKヤ. ス パ ー ス(Jaspers,K,1883-1969)の. 実 存 的 コ ミュ ニ ケ ー. シ ョ ン に 関 し て の 異 同 を 探 り、 両 者 の 教 育 思 想 を 対 比 す る こ と に よ っ て 、 ブ ー バ ー の 教 育 思 想 や 対 話 論 を特 徴 づ け る こ とに す る 。. 第 二節. 先 行研 究 の検 討 と本研究 の特色. ブ ーバ ー は. 「 性 格 教 育 」 の 中 で 、生 徒 の 全 体 性 に影 響 を及 ぼ す の は 、 教 師 の 全 体 性 の み. で あ り、 教 師 の 作 為 の な い 実 存 の 全 体 で あ る と い う。 教 師 は 性 格 教 育 を 施 す た め に 倫 理 的 天 才 で あ る 必 要 は 全 く な い が 、 教 師 は 自分 と 同 じ人 間 に 胸 襟 を 開 い て 意 見 を 共 に 分 ち 合 う. 1.

(4) 生 き た 全 人 で な け れ ば な ら な い と い う。 そ して 、 教 師 が こ う し て 澄 刺 と生 き て い る こ とが 生 徒 に 放 射 し ま す 。 さ らに 、 生 徒 に 影 響 力 を行 使 して や ろ う と全 く考 え な い 場 合 に こそ 、 最 も 強 烈 か つ 純 粋 な 影 響 を 与 え る の で あ る と い うの で あ る 。 こ れ は ブ ー バ ー が 、 現 実 社 会 に お け る 教 師 と 生 徒 と い う役 割 区 分 を 肯 定 し な が ら も 、 教 師 一 生 徒 の 対 話 的 関 係 、 即 ち対 話 の 下 の対 等 を 導 き 出 し、 教 師 に して 学 ぶ 人 間 、 生 徒 に し て 教 え る 存 在 と い う教 育 に お け る 対 話 原 理 が 有 す る 両 側 面 を 示 唆 し て い る 。 齊 藤(2004)に. よ る と、 教 育 で 大 事 な の は 、 教 師 が す べ て の 子 ど もに 内在 して い る 力 を解. 放 させ 、 制 作 へ の意 欲 を単 に 孤 独 な 物 づ く りに 終 わ ら な い よ う、共 同 で これ に 携 わ り、互 い に 理 解 し 合 え る よ う助 成 す る こ と で あ る と い う。 そ の た め に 教 師 に 求 め ら れ る も の は 、 価 値 伝 達 的 な 権 力 意 志 をで き る限 り禁 欲 して 、 託 され て い る 子 ど も の 生 に 責任 を持 つ こ と で あ る。 な ぜ な ら、 子 ど もは 物 を作 る こ とに よ っ て 、 観 察 で は 経 験 で きな い 方 法 、 作 る こ と の 可 能 性 、 物 の 成 り立 ち と構 造 の 関 係 を 学 ぶ が 、 こ の 物 づ く り を 通 して 子 ど も た ち 相 互 の 人 間 的 理 解 、 即 ち 人 間 が 他 者 と の 関 係 で 自 分 の 生 を 実 現 し て い く 「結 び つ き 」 へ の 思 い を 知 る の で あ る 。 齋 藤(2004)に. よ る と 、 こ れ は 子 ど も が 制 作 を 通 し て 知 る 「人 生 の 旅 費 」. で あ り 、 子 ど も は こ れ に よ っ て 互 い に 人 間 と し て 生 き て い る の を 実 感 す る と い う。 ブ ー バ ー が 、 他 者 との 関 係 が 人 格 的 で あ る こ と を 「 抱 擁 」(Umfassung)と. 名 づ け 、 これ を体 験 す. る 両 者 の 関 係 を 対 話 的 関係 とい い 、 さ らに 教 育 的 関 係 は 純 粋 に 対 話 的 関 係 で あ る とい う と こ ろ に ブ ー バ ー の 教 育 に対 す る基 本 的 原 理 が集 約 され て い る 。 一方. 、 関 川(1994)も. 同 じ よ うに 、 教 師 と子 ど も の 教 育 的 関 係 を 、 学 校 教 育 に お け る 教 育. 者 と 被 教 育 者 の 特 殊 な 関 係 の 枠 か ら 、 少 し超 え て 、 身 近 な 、 懐 の 深 い 人 間 関 係 を 表 現 す る 語 と し て 「抱 擁 」 を 挙 げ て い る 。 ブ ー バ ー は 、 「 抱 擁 」 と い う教 育 的 行 為 の 重 要 な 一 要 素 と して 、 絶 え ざ る反 復 、持 続 性 を 挙 げ る。 ブ ー バ ー は 、 権 力 意 志 や エ ロ ス とい っ た 衝 動 の 浄 化 が そ の 認 識 と共 に 始 ま る包 擁 の 要 素 は 、 教 育 関係 を構 成 す る も の と同 じ も の で あ る と い う の で あ る 。 こ こ で い う衝 動 の 浄 化 ・転 化 と は 、 衝 動 に よ る 他 者 と の. 「 結 び つ き」 へ の 移. 行 を 意 味 す る 。 そ し て 、 他 者 と積 極 的 に 結 び つ き 、 他 者 と の 現 実 存 在 を リ ア ル に 承 認 し 、 他者 を. 「向 か い 合 う側 」 か ら 純 粋 に 体 験 し 、 他 者 成 長 を 願 う の が. 「抱 擁 」 と い う こ と に な. る の で あ る 。 こ う し た 「抱 擁 」 に お け る 両 者 の 関 係 は 、 ま さ し く 教 育 者 と 生 徒 の 間 で 呼 び か け と 応 答 を 繰 り返 す 対 話 を 基 調 とす る 教 育 的 関 係 そ の も の で あ る と考 え る 。 そ こ で 本 研 究 は 、 齋 藤(1993、2004)、. 関 川(1985、1994、1996)の. ブ ーバー解 釈 に依拠 し. つ つ 、「抱 擁i」と い う 対 話 的 関 係 に 注 目 し て 理 想 的 な 教 育 的 関 係 の 構 築 を 目 指 す こ と に す る 。. 2.

(5) 本 研 究 の 特 色 と して 、 ブ ー バ ー の 対 話論 で は汲 み き れ な い 教 育 的 要 素 に つ い て 、 ヤ ス パ ー ス の 教 育 論 と対 比 を行 い な が ら考 察 す る。 ブ ー バ ー の 主 張 す る教 育 的 関係 とは 、 真 な る 対 話 的 関 係 で あ る 。 そ こ に は 、 「永 遠 の 汝 」 と い う神 へ の 導 き が 必 須 と な る 。 しか し 、 そ れ で は や は り、 抽 象 性 が 残 る。 そ こで 、 ヤ ス パ ー ス の教 育 論 で 主 張 され る 、 過 去 にお い て 実 在 し た 確 固 た る 精 神 的 実 体 を 明 確 に 把 握 し伝 達 す る と い う具 体 性 を 考 察 す る 。 最 後 に 、 こ れ ま で 述 べ た こ と を 踏 ま え 、 ブ ー バ ー の教 育 思 想 の 現 代 的 意 義 を探 る。. 第三節 序. 論文構成 章. 第一 節. 問題 の所在. 第 二節. 先 行研 究 の検 討 と本 研究の特 色. 第 三節. 論 文構 成. 第一 章. ブ ー バ ー の 教 育 思 想 の成 立. 第 一節. ブー バー の生涯. 第 二節. シ オ ニ ズ ム とハ シ デ ィ ズ ム. 第 三節. ブ ー バ ー の 教 育観. 第二章. ブー バ ー の教 育的 関係 論. 第 一節. 二つ の根源語. 第二 節. 永遠 の汝. 第三 節. 抱擁. 第三章. 終. 本研 究 の 目的. ブ ー バ ー の 対 話 論 に お け る 両 義 性 一 ヤ ス パ ー ス と の 対 比 か ら一. 第一 節. 自 由 を め ぐる 思想 の異 同. 第二 節. ブ ー バ ー の 対 話 とヤ ス パ ー ス の 実 存 的 コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン. 第 三節. ヤ ス パ ー ス の 教 育 論 か ら見 た ブ ー バ ー の対 話 論 の 問題 点. 章. ブーバ ー の教育 思想 の現代 的意義. 第 一 章 で は 、 ブ ー バ ー の教 育 思 想 の 成 立 を歴 史 的 に 見 て い く こ と に よ り、彼 の 思 想 的 背 景 を 明 ら か に す る 。 ブ ー バ ー は 、 ドイ ツ 系 ユ ダ ヤ 人 の 過 酷 な 宿 命 を 背 負 っ た 人 で あ り な が ら 、 時 代 の 波 に の ま れ る こ と な く 、 ユ ダ ヤ 人 が 正 々 堂 々 と生 き る 道 を 探 し続 け た 。 そ の 背 景 に な っ た の が 、 ま だ ブ ー バ ー が幼 い 頃 に 両親 の離 婚 の結 果 、 父 側 の祖 父 母 の 下 に 、 幼 少. 3.

(6) 時 代 を 暮 ら し た こ と で あ る の は 否 め な い で あ ろ う。 そ し て 、 そ の 幼 少 時 代 か ら 接 し て い た の が ユ ダ ヤ 教 で あ る が 、 そ の 中 で も 触 れ な け れ ば な らな か っ た の が シ オ ニ ズ ム とハ シ デ ィ ズ ム で あ る 。 シ オ ニ ズ ム と は 、 シ オ ン と い うエ ル サ レ ム の 南 東 部 の 丘 の こ と で あ っ た こ と か ら、 ユ ダ ヤ 人 の 祖 国 再 建 の た め の 運 動 を指 す よ うにな っ た 。 ハ シ デ ィ ズ ム と は 、 主 に ユ ダ ヤ 教 の 敬 度 主 義 的 な 宗 教 運 動 を 指 す 。 そ うい っ た 背 景 を 踏 ま た 上 で 、 ブ ー バ ー の 対 話 論 の 中 で の ブ ー バ ー の 教 育 観 の 位 置 を 述 べ る 。 そ こ で は や は り、 神 、 即 ち 「永 遠 の 汝 」 と い う言 葉 か ら宗 教 性 を 外 す こ と は で き な い で あ ろ う。 第 二 章 で は 、 ま ず ブ ー バ ー の 教 育 思 想 の 根 本 的 要 素 に な る 「我 一 そ れ 」 「我 一 汝 」 の 根 源 語 を 考 察 し る 。 こ こ で は 、 ブ ー バ ー が 人 間 と世 界 との 関 係 を 示 した 二 つ の 関 係 、 即 ち 沈 黙 す る 世 界 と孤 立 した 人 間 との分 離 した 「 我 一 そ れ 」 関 係 と 、 人 格 相 互 の 呼 び か け と応 答 との 対 話 的 関係 を 示 す. 「我 一 汝 」 関 係 を 考 察 す る 。 さ ら に 、 ブ ー バ ー の い う 「我 一 汝 」 関. 係 の 対 話 的 関 係 が 何 を 求 め て い る の か と い う こ と を 明 ら か に し た 。 ま た 、 「永 遠 の 汝 」、 即 ち ハ シ デ ィ ズ ム の 神 に つ い て 考 察 し、 「 我 」 と 「永 遠 の 汝 」 と の 関 係 を 述 べ る 。 さ ら に 、 ブ ー バ ー に お け る 「抱 擁i」に つ い て 述 べ る. 。 「抱 擁i」を 構 成 す る 要 素 か ら規 定 さ れ る 二 人 格 間. の 関係 を もっ て 対 話 的 関 係 とい うこ とか ら、 教 育 的 関 係 は 純 粋 に 対 話 的 関 係 で あ る とブ ー バ ー が 述 べ る に 至 る ま で を考 察す る。 第 三 章 で は 、 ヤ ス パ ー ス の 思 想 と対 比 す る こ と に よ っ て 、 ブ ー バ ー の 対 話 論 に お け る 問 題 点 を 見 る 。 こ こ で は ま ず 、 自 由 を め ぐ る 思 想 に 関 して の 両 者 の 共 通 点 や 相 違 点 を ま と め る 。 そ れ は 、 ブ ー バ ー に お け る 「永 遠 の 汝 」 と ヤ ス パ ー ス に お け る 「 超 越 者 」 に 関 す る違 い か ら の 出 発 に な る 。 次 に 、 ブ ー バ ー に お け る 対 話 とヤ ス パ ー ス に お け る 実 存 的 コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン を 対 比 し た 。 ブ ー バ ー に お け る 対 話 の 成 立 と は 、 「我 一 汝 」 の 関 係 に お い て の み で あ り 、ヤ ス パ ー ス に お け る コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン の 成 立 と は 、「愛 し な が ら の 闘 い 」で あ る 。 そ こ で は 、 両 論 と も 自 己 と他 者 と の 関 わ り合 い に よ っ て 、 お 互 い の 実 存 が 開 明 され る か ど う か 、 あ る い は そ の よ うな 関 わ り合 い を 持 と う と し て い る か ど うか が 問 わ れ て い る の で あ る 。 ま た 、 対 話 に して も 実 存 的 コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン に し て も 言 葉 の 形 態 を と る こ と に 違 い は な い 。 最 後 に 、 ヤ ス パ ー ス の 「伝 統 の 伝 達 」 と 「自 己 存 在 の 生 成 を 可 能 に す る も の 」 と の 統 一 に よ る 教 育 論 を 探 求 し、 ブ ー バ ー の 対 話 論 に お け る 「 永遠 の汝 」の絶 対性 に関す る 危 険 性 を 明 らか にす る。 終 章 で は 、 以 上 の 考 察 を 踏 ま え 、 ブ ー バ ー の 教 育 思 想 に お け る 現 代 的 意 義 を 探 る。 以 上 の よ う な 観 点 か ら 、 ま ず ブ ー バ ー と い う人 物 と 思 想 を 理 解 す る た め に 、 彼 の 生 涯 の. 4.

(7) 叙 述 か ら出 発 す る 。. 5.

(8) 第一 章. ブ ー バ ー の 教 育 思 想 の成 立. 第一節. ブー バー の生涯. ブー バ ー は 、 オ ー ス トリア の ウ ィ ー ンで 生 まれ 、 三 歳 の 時 に 両 親 の離 婚 の 結 果 、 父側 の 祖 父 母 に 引 き 取 られ る 。 祖 父 は 、 独 学 な が ら聖 書 や 立 法 の 注 解 書 な ど を 含 む ユ ダ ヤ 教 の 熱 心 な 研 究 家 で あ り 、 祖 母 は ゲ ー テ や シ ラ ー を 読 む 才 女 で あ っ た 。 ブ ー バ ー は こ の よ うな 祖 父 母 の も と で 幼 少 時 代 を 過 ご した 。 青 年 期 に 入 っ た ブ ー バ ー は 、 西 欧 文 化 の 虜 と な り、 ウ ィ ー ン 大 学 、 ドイ ツ の ラ イ プ ツ ィ ヒ 、 ス イ ス の チ ュ ー リ ヒ な ど の 諸 大 学 で 学 ぶ 。 一 九 〇 四 年. 、. ブ ー. バ. ー. は 、N.ク. (Bohme,J.,1575・1624)に. ザ. ー ヌ. ス(Cusanus,N.,1401・1464)か. らJ.べ. 一. メ. 至 る 宗 教 改 革 期 の ドイ ツ 神 秘 主 義 の 研 究 に よ り 、 ウ ィ ー ン 大 学 か. ら 哲 学 博 士 の 学 位 を 授 与 さ れ る(平 石 善 司2004、11・12頁)。. この よ うに 、 ブ ー バ ー は そ の 青 年 期 を恵 まれ た環 境 の な か で過 ご して き た が 、 こ こに 留 意 す べ き こ と は 、 彼 自身 、 ユ ダ ヤ 人 の 家 系 に 生 ま れ た と い う こ と で あ る。 彼 も ま た 、 ユ ダ ヤ人 の 一 人 と して 、 過 去 のす べ て の ユ ダ ヤ 人 が 直 面 して き た過 酷 な運 命 を担 っ て い た。 そ の 上 、 彼 自 身 も ナ チ ス に よ る ユ ダ ヤ 人 の 大 虐 殺 を 身 を も っ て 体 験 し て き た の で あ る。 こ の よ うな ユ ダ ヤ 人 に 課 せ られ て き た 厳 し い 現 実 の な か に あ っ て 、 ブ ー バ ー が 真 剣 に 問 い 続 け て き た 問 題 は 次 の よ う な も の だ っ た の で は な か ろ うか 。 「ユ ダ ヤ 人 問 題 の 本 質 と は 何 か 」、 「 独 断 と 偏 見 か ら他 民 族 を 差 別 し 、 迫 害 す る の は な ぜ か 」、 「 人 間 に は 他 者 と相 互 に 共 存 す る 道 は 閉 ざ され て い る の か 」。 これ ら の 問 題 は 、 「ユ ダ ヤ 人 問 題 」 に 限 定 さ れ た 特 殊 な も の で は な く、 ま た 同 時 に 民族 や 国 家 を越 え て 現 代 の す べ て の 人 間 に 共 通 す る普 遍 的 課 題 で あ る と考 え る。 と こ ろ で 、 平 石(1991)に. よ る と 、 ブ ー バ ー の 生 涯 を 象 徴 す る 「ハ ス カ ラ 」(東 ヨ ー ロ ッパ. の ユ ダ ヤ 人 の 間 に 起 こ っ た 啓 蒙 運 動)、 「シ オ ニ ズ ム 」(ユ ダ ヤ 人 の 祖 国 再 建 運 動)、 「ナ チ ス の ユ ダ ヤ 人 虐 殺 」、 「イ ス ラ エ ル 共 和 国 の 成 立 」 な ど の 一 連 の 歴 史 的 事 象 の な か で 、 ブ ー バ ー の 生 ま れ た 当 時 の 東 ヨ ー ロ ッパ の ユ ダ ヤ 人 の 精 神 的 状 況 を も っ と も よ く 表 し て い る も の が 「 ハ ス カ ラ 」 の 運 動 で あ る と い う。 一 般 に 、 「ハ ス カ ラ 」 と は 、 十 九 世 紀 の 後 半 、東 ヨ ー ロ ッ パ の ユ ダ ヤ 人 の 間 に 起 こ っ た 一 種 の 啓 蒙 運 動 を 指 す の で あ る 。 そ の 目的 は 、 彼 ら ユ ダ ヤ 人 が 旧 来 の 閉 鎖 的 な 無 知 蒙 昧 の 状 態 か ら脱 却 し、 ヨ ー ロ ッパ の 近 代 文 化 に 適 応 す る 新 し い 生 活 態 度 を確 率 す る こ とで あ っ た。 周 知 の よ うに 、 ヨー ロ ッパ の ユ ダ ヤ 人 は 、す で に ロ ー マ 時 代 か ら宗 教 的. 、 お よ び 経 済 的 理 由 の た め に 、 他 の ヨー ロ ッ パ 人 か ら不 当 な 差 別 や 残. 酷 な迫 害 を 受 け て き た の で あ る が 、 生 活 面 に お い て は彼 ら と共 通 の 地盤 に立 っ て い た の で. 6.

(9) あ る 。 と こ ろ が 、 ル ネ サ ン ス 以 降 、 彼 ら 両 者 の 間 に は 、 生 活 面 に お い て も深 い 断 層 が 現 れ て き た の で あ る 。 即 ち 、 ヨー ロ ッパ 全 体 が 、 「個 」 の 目 覚 め と 共 に 、急 速 に 近 代 化 の 方 向 へ 進 み 、い わ ゆ る 身 分 社 会 か ら 契 約 社 会 へ と移 行 し 、 「個 」が 新 し い 社 会 の 基 本 的 単 位 と し て 自 覚 さ れ つ つ あ っ た の に 対 して 、 ユ ダ ヤ 人 は 依 然 と し て 保 守 的 な 封 建 生 活 の 枠 の 中 に 取 り 残 され て い た の で あ る。 しか し、彼 らのみ 、 い つ ま で も周 囲 の社 会 と没 交 渉 に 、 自 己 の 閉 鎖 的 世 界 に と どま る こ とが許 され な か った こ と は い うま で も な い 。 従 っ て 、 ユ ダ ヤ 人 自身 の 側 に お い て も 、 旧 来 の 伝 統 的 生 活 の 壁 を そ の 内 部 か ら う ち 破 り 、 「個 」 の 自覚 を 高 め る と 共 に 、 彼 らが 居 住 す る国 家 の 文 化 と生 活 に で き る限 り同 化 す る よ うに 、生 活 態 度 そ れ 自体 を 革 新 す る 、 新 し い 精 神 的 啓 蒙 運 動 の 必 要 に 迫 ら れ た の で あ る(平 石1991、9頁)。 ユ ダ ヤ 人 の 啓 蒙 運 動 は 西 ヨ ー ロ ッ パ で は す で に 早 く か らM.メ (Mendelssohn.M.,1729-1786)な. ンデ ル ス ゾー ン. ど に よ っ て 推 進 さ れ て き た が 、東 ヨ ー ロ ッ パ で は そ れ よ り. 約 一 世 紀 近 く 遅 れ 、 ク ロ ク マ ー ル や ラ ラ ポ ボ ル トな ど に よ っ て 始 め ら れ た の で あ る 。 総 じ て 、 西 ヨ ー ロ ッ パ の 啓 蒙 運 動 が ヨ ー ロ ッパ 文 化 と同 化 す る た め に 、 か え っ て ユ ダ ヤ 的 伝 統 の 否 定 の 方 向 へ 進 ん だ の に 対 して 、 東 ヨー ロ ッパ の そ れ は 、 む しろ そ の反 対 に 、 ユ ダ ヤ 精 神 の ル ネ サ ン ス を伴 っ た 点 に そ の 特 質 が あ った の で あ る。 しか しな が ら、 そ の反 面 、 こ の よ う な 啓 蒙 運 動 に 対 し て 、 真 の ユ ダ ヤ 精 神 の 自 由 化 ・世 俗 化 を は か る も の と して 、 正 統 派 の ユ ダ ヤ 教 徒 の 側 か ら、 激 しい反 対 運 動 が 起 こ され た こ と も看 過 す る こ と は で き な い 。 け れ ど も 、 ユ ダ ヤ 人 の 解 放 を 目指 す こ の 運 動 は 、 も は や そ れ に よ っ て 抑 圧 す る こ と の で き な い ほ ど 、彼 ら 自 身 の 必 然 的 な 内 的 要 求 と して 広 ま り つ つ あ っ た 。ブ ー バ ー の 祖 父 ソ ロ モ ン ・ ブ ー バ ー は 、 ポ ー ラ ン ドの ガ リチ ア 地 方 に お け る 「ハ ス カ ラ 」 の 有 力 な 指 導 者 で あ っ た と い わ れ て い る。 従 っ て 、 幼 時 か ら こ の よ うな祖 父 に養 育 され た ブ ー バ ー に 、 祖 父 の影 響 が な い こ と は な い で あ ろ う。 こ の よ う に し て 、 ブ ー バ ー の 精 神 生 活 の 二 つ の 重 要 な 支 柱 で あ る ヨー ロ ッ パ 文 化 に 対 す る 深 い 認 識 と伝 統 的 な ユ ダ ヤ 精 神 の 自 覚 は 、 す で に 早 くか ら 彼 の 魂 の 中 に 培 わ れ つ つ あ っ た と い え る で あ ろ う(齋藤1993、10頁)。 平 石(1991)に. よ る と、 ブ ー バ ・ 一 一 ・ は 九 歳 の こ ろ 毎 夏 父 親 の 家 で 過 ごす 習 慣 で あ っ た が 、 十. 四 歳 に な っ て祖 父 の 家 を完 全 に 引 き 上 げ 、 父 親 の元 へ 帰 っ て お り、 ブ ー バ ー の 精 神 的 成 長 に 与 え た 父 親 の 影 響 は 、 祖 父 母 の そ れ と は ま っ た く 異 な っ た も の で あ っ た と い う。 彼 の 父 親 は 、 祖 父 母 の よ うに 決 して 精神 的 とい え る 人 柄 で は な か っ た よ うで あ る が 、 家 畜 や 穀 物 に 対 し て は 、 単 に 愛 情 以 上 の深 い 人 格 的 態 度 で 望 む 優 しい 精 神 の所 有 者 で もあ っ た よ うで あ る 。 平 石(1991)に. よ る と、 ブ ー バ ー の 父 親 は 、 晩 年 レム ベ ル ク の ユ ダ ヤ 人 社 会 の食 糧 委. 7.

(10) 員 に 選 ば れ た 時 に は 、 貧 困 者 や 彼 ら の 要 求 を 探 し求 め て 、 家 々 を 訪 問 し た と い う。 こ の よ う に 、 彼 は 真 の 交 わ り の 精 神 に よ る も の か ら で あ ろ う行 為 を うか が う こ と が で き る 。 さ ら に ブ ー バ ー は 、 母 親 に つ い て 、 自分 の 思 索 の あ り方 と 方 向 に 決 定 的 影 響 を 及 ぼ し た 契 機 の 一 つ と し て 語 っ て い る 。 彼 が 四 歳 の 頃 、 祖 父 が 子 守 り に 頼 ん だ 近 所 の 年 上 の 娘 と祖 父 の 屋 敷 に 面 し た バ ル コ ニ ー の 手 す り に も た れ て い た 時 に 、 そ の 「年 上 の 少 女 が 私 に 「い い え、 あ ん た の お 母 さん は 決 して 帰 っ て き は しない の よ」 と言 っ た の を 、 私 は今 で も耳 に 聞 く思 い が す る 」1と 述 べ て い る。 こ の 言 葉 は 、 年 を 経 る に し た が っ て 、 ブ ・ 一 一 一 一 バ ー の心 に深 く刻 ま れ て い っ た よ うで あ る 。 し か し 、 彼 は そ の 十 年 後 、 こ の 言 葉 は 、 た だ 自 分 の み に 関 わ る 問 題 で は な く 、 人 間 の 関 わ る も の と し て 感 じ始 め た の で あ る 。 そ の 後 、 彼 は 、 人 と 人 の 問 の 現 実 の 出 会 い の あ や ま ち を 示 す 意 味 で 、 「す れ 違 い 」 と い う言 葉 を つ く る 。 さ ら に 、 二 十 年 後 、 彼 の 母 親 が 遠 方 か ら彼 と彼 の 妻 子 を 訪 ね て き た 時 、 今 な お 変 わ ら ぬ 美 し い 母 親 の 目 を 見 つ め る と 、「 す れ 違 い 」 とい う言 葉 を 彼 自 身 の み に 語 られ た 言 葉 と し て 受 け と る 以 外 の 術 は な か っ た と い う。 ブ ー バ ー が そ の 生 涯 を 通 し て 、 「出 会 い 」 と い う こ と に つ い て 経 験 した す べ て の こ と は 、バ ル コニ ー の この 瞬 間 に 始 ま る と考 え て い る ほ ど、 こ の バ ル コニ ー の 事 件 は 彼 の 人 生 に とっ て 決 定 的 意 味 を も っ た の で あ る。 そ の 後 、 ブ ー バ ー が 十 七 歳 の 時 、 ニ ー チ ェ の 『ツ ァ ラ ト ゥ ス トラ か く語 り き 』 に よ っ て 心 を 奪 わ れ る 。ブ ー バ ー は 、「著 者 に よ っ て 人 類 に こ れ ま で な さ れ た 最 大 の 贈 り物 で あ る と 記 さ れ て い る こ の 書 物 は 、 私 に と っ て は 贈 り物 とい っ た も の で は な く 、 不 意 に お そ い か か り 自 由 を 強 奪 す る と い う よ う に 作 用 し た 」2と い う。 さ ら に 、 ニ ー チ ェ が こ の 書 の 根 本 概 念 と し て 時 間 を 「同 一 者 の 永 遠 回 帰 」と解 釈 し よ う と し た こ と は 、彼 に 感 銘 を 与 え た とい う。 平 石(1991)に. よ る と、 ブ ー バ ー が こ こ に 問題 と した 時 間 と は 、 人 間 が そ の 中 に生 き る世 界. の 実 在 と し て の 根 源 的 時 間 で あ り、 そ れ 自体 不 条 理 で 無 気 味 な 様 相 を も つ も の と 思 わ れ 、 通 常 の 対 象 化 され た 数 学 的 、物 理 的 時 間概 念 を もっ て して は 如 何 と も処 理 しえ な い もの で あ っ た と い う。 し か し 、 ニ ー チ ェ の. 「同 一 者 の 永 遠 回 帰 」 と し て の 時 間 概 念 は 、 脱 忘 我 的. 神 秘 体 験 の 可 能 性 を 示 す も の と して 、 よ り深 く 時 間 問 題 の 核 心 に 迫 る も の と い え る で あ ろ う。 平 石(1991)に. よ る と、 ブ ー バ ー は ウ ィー ン 大 学 で 学 ぶ た め に 、一 九 〇 四 年 、 生 誕 の 地 ウ. ィ ー ン に 戻 り、 一 般 の ユ ダ ヤ 人 学 生 の 多 く が そ うで あ っ た よ うに 、 西 欧 文 化 の 魅 力 の 虜 と な り 、 そ の 吸 収 に 努 め た と い う。 彼 は 、 そ こ の 文 化 的 雰 囲 気 の 中 で 、 哲 学 、 芸 術 史 、 ま た 文 学 な ど の 勉 学 に 精 進 した よ う で あ る が 、 そ れ ら か ら得 る も の は な か っ た よ う で あ る 。 し. 8.

(11) か し 彼 は 、 演 習 そ の も の 、 教 師 と学 生 と の 自 由 な 交 流 と 教 師 の 謙 虚 さ も 加 わ っ た 問 い と答 え の 応 酬 か ら 、 「「間 柄 」(Zwischen)と. し て の 精 神 も ち 、 独 自 な 事 実 を解 き 明 か し た の で あ. る 」3と い う 。 し か し な が ら ブ ー バ ー は 、 そ の よ う な 演 習 よ り も 、 ウ ィ ー ン で 最 も 影 響 さ れ た の は 、 ウ ィ ー ン 国 立 ブ ル ク 劇 場4で. あ っ た と い う。 そ こ の 観 劇 を 、天 井 桟 敷 の 四 階 で 見 る. た め に 、 数 時 間 も 並 ん だ と い う。 そ し て 、 彼 は 舞 台 で の 正 し い 台 詞 の や り と り を 通 して 、 言 葉 の 問 題 に つ い て 深 く 考 え る 機 会 が 与 え ら れ た よ う で あ る(M.ブ 166頁)。. そ の 後 、 平 石(1991)に. ー バ ー(山 本 誠 作 訳)1968、. よ る と、 ブ ー バ ー は これ と 同様 な経 験 を フ ィ レン ツ ェ の劇. 場 で も も っ た と述 べ て お り 、 こ の こ と は こ の 頃 か ら. 「我 一 汝 」 の 対 話 の 問 題 が 、 彼 の 心 の. 中 に 芽 生 え つ つ あ っ た と い う こ と を 物 語 っ て い る と い う。. 一 八 九 九年. 、 ブ ー バ ー はベ ル リン に 留 ま り、神 秘 主 義 の研 究 に力 を注 い だ 。 特 に 注 目 し. て 研 究 し た の が 、J.べ. 一 メ で あ っ た 。 既 に 上 記 した が 、 こ の 研 究 で ウ ィ ー ン 大 学 か ら哲 学. 博 士 の 学 位 を 授 与 され た 。 こ の 時 代 の 神 秘 主 義 研 究 は 、 そ の 後 、 彼 を ユ ダ ヤ 的 神 秘 説. 「カ. バ ラ ー 」 の 研 究 へ と 導 く 導 火 線 と な っ た の で あ る が 、 こ の こ と も べ 一 メ と 「カ バ ラ ー 」 と の 密 接 な 思 想 的 関 連 を 思 え ば 、 偶 然 で は な さ そ うで あ る 。 一 九三 三年. 、 ナ チ ス 政 権 の 誕 生 と と も に 、 ブ ー バ ー は 大 学 に お け る 一 切 の 職 員 か ら追 放. さ れ 、 ハ イ デ ル ベ ル ク 近 郊 の ヘ ッペ ン ハ イ ム に 住 居 を 移 さ ざ る を え な か っ た よ うで あ る 。 し か し な が ら彼 は 、 ドイ ツ の 教 育 機 関 か ら 追 放 さ れ た ユ ダ ヤ 人 の た め に 造 られ た 機 関. 「 ユ. ダヤ 人 成 人 教 育 」 の 中 央 事 務 局 の 幹 事 と して 献 身 し、辛 い 状 況 で あ るユ ダ ヤ 人 を慰 め励 ま し た の で あ る(平 石2004、20頁)。. ブ ー バ ー に 励 ま され た 多 く の ユ ダ ヤ 人 は 、 現 実 の 厳 しい 運. 命 か ら逃 れ え な か っ た と し て も 、 精 神 的 な 救 い と ユ ダ ヤ 人 と し て の 真 の 自 覚 を も っ て 、 恐 れ る こ と な く死 の 道 に つ い た とい わ れ て い る 。 一 九三 人年. 、 ブ ー バ ー が 六 〇 歳 の 時 、 ヘ ブル 大 学 の 社 会 哲 学 の 教 授 に招 か れ 、 パ レス チ. ナ に移 住 す る。 そ こ で彼 は 、人 間 学 や 社 会 思 想 、 「 ハ シデ ィズ ム 」や ヘ ブル 思 想 の研 究 に従 事 す る 。 し か し な が ら、こ の よ うな 研 究 生 活 を 長 く 続 け る こ と は 許 さ れ な か っ た 。そ れ は 、 再 び パ レ ス チ ナ を 取 り巻 く 現 実 的 問 題 の 渦 中 に 投 げ 込 ま れ る こ と に な る の で あ る 。 彼 は 、 パ レ ス チ ナ に お け るユ ダ ヤ 人 とア ラ ブ 人 との 共 同 的 二 重 国 家 の建 設 を提 唱 した た め 、政 治 的 シ オ ニ ス ト側 と ア ラ ブ 側 と の 両 方 か ら、 非 現 実 的 空 想 と し て 、 激 し い 批 判 を 受 け た の で あ る 。 周 知 の よ うに 、 第 二 次 世 界 大 戦 終 結 後 、 一 九 四 七 年 に 国 連 は パ レ ス チ ナ 分 割 案 を 可 決 、つ い で 一 九 四 八 年 に は す べ て の ユ ダ ヤ 人 が 待 望 し て い た 独 立 国 家 「イ ス ラ エ ル 共 和 国 」 が 成 立 した の で あ る 。しか し 、そ の 後 引 き 続 い て 起 こ っ た ユ ダ ヤ 人 と ア ラ ブ 人 と の 紛 争 は 、. 9.

(12) 過 去 二 つ の 琶 界 大 戦 以 上 に ブ ー バ ー を 悲 し ま せ 、 彼 が 心 か ら念 願 し た 、 こ の 二 っ の 民 族 が 協 力 して 新 し い 国 土 の 完 成 は 未 だ に 達 成 さ れ て は い な い(平 石1991、30・33頁)。 以 上 の よ うに 、 ユ ダ ヤ 人 の パ レス チ ナ帰 還 の願 い は 、 彼 ら の 宗 教 的 使 命 感 を 離 れ て 考 え る こ と は 不 可 能 で あ ろ う。 ブ ー バ ー は 、 対 外 的 に ユ ダ ヤ 人 と ア ラ ブ 人 と の 共 存 的 二 重 国 家 の 建 設 を 提 唱 し た よ う に 、対 内 的 に も 新 し い 人 間 の 共 同 社 会 の 建 設 を 目指 した 。そ の 際 に 、 彼 は 来 る べ き 社 会 の 根 本 原 理 と して 、 個 人 主 義 か 集 団 主 義 か と い う二 者 択 一 を破 棄 す べ き こ と を 勧 め て い る 。 そ の こ と に 関 して 吉 田(2007)は. 、 個 と し て の 全 体 性 で も集 団 と し て の. 全 体 性 で もな く 、 第 三 の 全 体 性 に つ い て 考 察 す る。 彼 に よ る と 、 ブ ー バ ー が使 っ た ず っ 存 在 」 と い う一 対 一 で. 「二 人 」 が 向 か い 合 っ て い る 場 が. 「 二人. 「 人 間 の 全 体 性 」 で あ り、 こ. の 「二 人 性 」 を 強 調 す べ き だ と い う。 ブ ー バ ー に と っ て 、 こ の よ う な 真 の 共 同 体 を 可 能 と す る 地 盤 は 、 交 わ り の 生 活 へ と導 く 宗 教 的 な る も の 以 外 他 の 何 も の に も 求 め られ な い の で あ る 。 こ の よ う な ブ ー バ ー の 主 張 は 、 後 に 詳 し く述 べ る 。 プ ー バ ー は 、 一 九 五 三 年 か ら五 四 年 に か け て 、 ス イ ス や ドイ ツ の 諸 大 学 で 講 演 し、 オ ラ ン ダ で は ユ リ ア ナ 女 王 か ら招 待 され て い る 。こ うい っ た 講 演 で は 、哲 学 や 神 学 だ け で な く 、 教 育 学 や 心 理 学 、 ま た 精 神 病 理 学 な ど の広 範 な 領 域 に わ た っ て 影 響 を 与 え た 。 そ の 後 、 晩 年 の 彼 は 、 一 九 六 〇 年 イ ス ラ エ ル 国 立 科 学 ア カ デ ミー の 初 代 総 裁 に 選 ば れ た 上 に 、 一 九 六 三 年 オ ラ ン ダ か らエ ラ ス ム 賞 が 贈 ら れ て い る。 し か し 、 海 外 電 報 に よ る と 、 ブ ー バ ー は 一 九 六 五 年 に 受 け た 骨 折 の手 術 の 経 過 が 思 わ しく な く、 同 年 六 月 十 三 目エ ル サ レム の 自宅 で 八 七 年 の 生 涯 を 終 え た の で あ る(平石1991、38・39頁)。 し か し 、 ブ ー バ ー が 求 め て き た 神 と 人 間 、 信 仰 と生 活 と の 真 の 対 話 を も た らす 新 し い 生 活 様 式 の確 立 は 、 ユ ダヤ 人 の み の 問 題 で は な く 、既 に 上 記 した 通 り、 世 界 全 人 類 の 共 通 課 題 で あ る と い え よ う。 こ う した ブ ー バ ー の 使 命 を 、 今 後 と も 終 わ らせ る べ き も の で は な い で あ ろ う。. 第 二飾. シ オ ニ ズ ム とハ シデ ィ ズ ム. こ こ で は 、 ブ ー バ ー の 教 育 思 想 の 成 立 の 背 景 に あ る シ オ ニ ズ ム とハ シ デ ィ ズ ム に っ い て 述 べ る。 青 年 ブ ー バ ー が 、 そ の一 生 の転 機 とな っ た シ オ ニ ズ ム運 動 との 出会 い は 、 ウ ィー ン で あ っ た 。 シ オ ニ ズ ム 運 動 と は 、 ユ ダ ヤ 民 族 が そ の 祖 国 パ レス チ ナ に 帰 還 す る た め に 起 こ さ れ た 運 動 を指 して い る。 元 来 、 シ オ ン とはエ ル サ レム の 南 東 部 に あ る丘 の こ とで あ るが 、 ソ. 10.

(13) ロ モ ン が モ リ ヤ の 山 に 神 殿 を 建 て て か ら、 シ オ ン は そ れ を 含 む 名 称 と し て 使 用 さ れ る よ う に な っ た 。 こ の 意 味 で は シ オ ン は 全 ユ ダ ヤ 人 の精 神 的 故 郷 を指 し、 離 散 の ユ ダ ヤ 人 は 絶 え ず そ こ に 帰 る こ と を 念 願 して い た。 こ こか らシ オ ニ ズ ム とは ユ ダ ヤ 人 の祖 国 再 建 の た め の 運 動 を指 して い る こ とに な っ た。 学 生 ブ ー バ ー は 、 この ユ ダ ヤ 民 主 主 義 の 情 熱 に と ら え ら れ 、 積 極 的 な メ ンバ ー と して この 運 動 に参 加 して い く。 一 八 九 六 年 、 ユ ダ ヤ 系 の オ ー ス ト リア 人 、T.ヘ ル ツ ル(Herzl,T.,1860-1904)に. よ っ て 始 め られ た こ の シ オ ニ ズ ム 運 動 は 、若 き. ブ ー バ ー に 深 い 感 銘 を 与 え た 。ヘ ル ツ ル は 、一 八 六 〇 年 ハ ン ガ リ ー の ブ ダ ペ ス トに 生 ま れ 、 一 八 七 八 ∼ 八 四 年 ま で ウ ィー ン大 学 で法 学 を学 び 一八 九一 ∼ 九五 年 に かけて. 、卒 業 後 は 文 芸 作 家 と し て 生 活 し て い た 。. 、 ウ ィー ン の新 聞 の 特 派 員 と して パ リに 駐 在 し、 そ こで ドレ フ. ェ ス 事 件5に 遭 遇 し 、ユ ダ ヤ 人 に 対 す る 人 種 的 差 別 の 根 深 さ を 体 験 す る 。 ウ ィ ー ン に 戻 っ た 彼 は 、 新 聞 社 の 編 集 者 に な り 、 こ の 体 験 か らパ レ ス チ ナ に ユ ダ ヤ 国 家 を 再 建 す る こ と を 掲 げ る(小 林1978、19頁)。. こ う し て 、 シ オ ニ ズ ム 運 動 の 中 心 人 物 と な っ て い く。 一 人 九 七 年 、. バ ー ゼ ル に お い て 第 一 回 の 世 界 シ オ ニ ス ト会 議 を 開 き 、 シ オ ニ ズ ム が 世 界 的 な 支 援 の も と に あ る 政 治 運 動 で あ る こ と を 宣 言 す る こ と に 成 功 し、ヘ ル ツ ル 自 身 が 初 代 会 長 に 選 ば れ る。 引 き 続 い て 、 毎 年 一 回 ず つ 世 界 シ オ ニ ス ト会 議 を 開 催 し 続 け 、 ユ ダ ヤ 国 家 の 国 土 獲 得 に 精 力 的 な 政 治 活 動 を 続 け た 。 しか し 、 ユ ダ ヤ 国 家 再 建 と い う 目 的 を 達 成 す る こ と な く 、 一 九 〇 四 年 に オ ー ス トリア で 没 す る。 ブ ー バ ー は 、 ヘ ル ツル に よ る ウ ィ ー ンや バ ー ゼ ル で の シ オ ニ ズ ム 運 動 に 共 鳴 す る。 彼 は 、バ ー ゼ ル で 開 かれ た 第 三 回 シ オ ニ ズ ム大 会 に 学 生 代 表 の 一 人 と して 参 加 して い る. 。 こ こで ブ ー バ ー は 、 シ オ ニ ズ ム は 党 派 の 問題 で は な くて 、一 つ. の 世 界 観 で あ り 、 こ れ を 作 り あ げ て い く こ と は 、 内 面 的 な 政 治 運 動 の 義 務 で あ る と い う。 さ ら に ブ ー バ ー は 、 外 的 な 政 治 運 動 で 獲i得 さ れ た 人 々 は 、 保 守 的 、 革 新 的 シ オ ニ ス トで は な く 、 人 間 、 芸 術 家 と し て の シ オ ニ ス トで あ る べ き だ と い う。 最 後 に 、 こ れ は 、 内 面 的 な 政 治 運 動 、 ユ ダ ヤ 文 化 の 育 成 、 国 民 教 育 に よ っ て 成 就 さ れ る べ き で あ る と い う。 つ ま り ブ ーバ ー は. 、 ユ ダ ヤ 人 の精 神 の 統 一 的 全 体 像 を据 え る とい う文 化 的 教 育 的 努 力 を 主 張 した の. で あ る 。 こ の よ う に 、 青 年 ブ ー バ ー に と っ て 、 シ オ ニ ズ ム の 目標 は ユ ダ ヤ 国 家 の 実 現 で あ る と い う点 で は 、 ヘ ル ツル と 同 じで も 、 そ の 実 現 の 具 体 的 な 方 法 が ヘ ル ツ ル の 政 治 的 駆 け 引 き に よ る 早 急 な 国 土 獲 得 と い う方 法 と は 大 き く違 っ て い た の で あ る(小 林1978、18-21 頁)。 ブ ー バ ー に よ れ ば 、 自然 の 事 柄 と い う概 念 で 国 民 性 を 規 定 す る こ と は で き ず 、 国 民 性 と 国 民 は 全 く 違 っ た 概 念 で あ り 、 国 民 は 国 家 の 創 り 出 した も の で あ る が 、 国 民 性 は 歴 史 的 現. 11.

(14) 実 で あ り 、同 時 に 道 徳 的 課 題 を 担 う も の で あ る 。確 か に 国 民 性 も 自 然 に 根 源 を も っ て い る。 しか し そ れ は 、 ま る で 人 間 が 人 間 で あ る こ と が 自然 に 根 源 を も っ て い る の が 事 実 で も 、 人 間 が 人 間 で あ る こ と の意 義 が 、 こ の 自然 的 限 界 の 中 で 解 明 され な い の と同 じで あ る。 全 て の も の の 根 源 が 自 然 の 事 柄 の 中 に あ る と し て も 、 ど こ か ら ど こ へ 、 根 源 か ら 目標 を 、 そ し て 今 後 ど う な る の か 等 を 洞 察 す る 場 合 、 自然 的 な 事 柄 だ け で は 解 明 で き る も の で は な い 。 自然 に 対 し て 、 精 神 の 意 味 が 示 さ れ る 歴 史 的 範 疇 の 事 と し て は じめ て そ れ が 具 体 的 に 解 明 さ れ る の で あ る 。 こ の よ うに 、 歴 史 に お け る 精 神 と エ ー トス の 現 実 が 国 民 性 で あ る 。 そ し て 、歴 史 的 経 過 の 中 で 様 々 に 変 化 し な が ら 持 続 して い く理 念 を 担 い 、な お か つ こ れ に 仕 え 、 具 体 化 し よ う とす る の が 国 民 性 と い う も の で あ る。 理 念 は 民 族 で あ る こ と が 実 現 さ れ る の に 応 じ て 実 現 さ れ る も の で あ る(齋 藤1993、119頁)。. 以 上 の よ うに ブ ー バ ー が 、 国 民 性 を. 位 置 づ け る の は 、 ドイ ツ 文 化 に 同 化 しつ つ も 、 シ オ ン 志 向 が あ る か ら で あ ろ う。 ユ ダ ヤ 人 は 、宗 教 的 目標 を 民 族 的 目標 と結 び つ け て 歴 史 の 中 に 生 き て き た 、「 族 長 アブ ラハ ムに神 ヤ ハ ウ ェ は イ ス ラ エ ル の 地 を 永 遠 の 遺 産 と して 与 え る こ と を 約 束 し た そ して 終 末 の 時 に メ シ ア が 現 れ 、そ の 救 い の 日 に ユ ダ ヤ 民 族 は シ オ ン に 向 か わ な け れ ば な ら な い 」6と い うユ ダ ヤ 教 信 仰 の 約 束 さ れ た 大 地 へ の 愛 が あ り 、 そ の 大 地 の 子 が シ オ ニ ス トで あ る 。 こ の よ う に シ オ ニ ズ ム は 、 宗 教 性 を ユ ダ ヤ 教 の 中 核 に お く。 ブ ー バ ー は 、 パ レ ス チ ナ を ユ ダ ヤ の た め だ け で な く 、 人 類 の た め に 欲 す る こ と、 ユ ダ ヤ 教 の真 精 神 を実 現 す るた め に欲 す る こ と で あ る と 強 調 す る(同 上 、120・121)。 ブ ー バ ー の 研 究 家 と して 著 名 なM,フ. リー ドマ ン(Friedman.M,,1900-1984)に. よ れ ば 、以. 上 の よ う な 初 期 の シ オ ニ ズ ム へ の ブ ー バ ー の 貢 献 は 重 要 で あ る が 、 ブ ー バ ー 自身 の 人 生 と 思 想 の 歩 み か ら 見 れ ば 、 そ れ は 時 代 の 無 目的 性 か ら 自 分 を 解 放 す る た め の 最 初 の 一 歩 を 意 味 し た に 過 ぎ な い と い う。 そ し て 平 石(1991)は. 、 ブ ー バ ー の 思 想 の 根 本 的 基 調 とな っ た も. の は 、 ハ シ デ ィ ズ ム で あ る と い う。 一 般 に ハ シ デ ィ ズ ム と は 、 語 源 的 に は 「敬 度 者 」 を 意 味 す るヘ ブ ル 語 の. 「ハ シ ド」 に 由 来 す る と い わ れ て い る 。 ブ ー バ ー の ハ シ デ ィ ズ ム と の 出. 会 い つ い て 、 フ リー ドマ ン は 「飛 躍 も し く は 回 心 一 も し こ の 言 葉 を 盲 信 と い う意 味 で は な く 、人 が そ の 生 き 方 を 根 底 か ら 変 え る と い う聖 書 的 な 意 味 で 使 う な ら 一 と 言 う ほ か は な い 」 7と い う。 ブ ー バ ー は 、 個 人 的 な 仕 事 の た め や 文 学 的 な 試 み と し て 、 『ラ ビ ・ナ フ マ ン の 物 語 』 と 『バ ア ル ・シ ェ ム の 伝 説 』 で ハ シ デ ィ ズ ム を 取 り上 げ た の で は な く 、 フ リー ドマ ン に よ る と、 自分 を一 っ の 道 具 と して 、 ハ シデ ィ ズ ム の 中 に 隠 され て い る も の を世 界 に紹 介 す るた. 12.

(15) め で あ っ た と い う 。 フ リー ドマ ン に よ る と 、『ラ ビ ・ナ フ マ ン の 物 語 』 は 「ユ ダ ヤ 神 秘 主 義 」 と題 す る 評 論 で 始 ま り、 ブ ー バ ー の ハ シ デ ィ ズ ム 解 釈 と 彼 自 身 の 哲 学 の 中 核 を な す こ と に な るた く さん の 主題 に 触 れ て い る。 例 え ば 、 内 的 志 向 の 強 さ、 専 心 が 欠 く こ との で き な い 重 要 な も の で あ る こ と 、 どれ ほ ど 慎 ま し い も の で あ ろ う と 、 献 身 的 な 行 為 は す べ て 神 を 理 解 す る こ と に つ な が る とい うこ と、 人 間 の衝 動 は悪 し き も の で あ る ど こ ろ か 、 ま さ に偉 大 さ を 可 能 に す る も の で あ る こ と な ど で あ る(Mフ. リー ドマ ン(黒沼凱 夫 ・河 合 一 充訳)2000、102・103. 頁)。 フ リ ー ドマ ン は 、 ナ フ マ ン に と っ て 、 他 者 と と も に 生 き る こ と は 、 意 志 疎 通 の 神 秘 性 と対 話 の 相 互 性 を 力 説 す る こ と を 意 味 し た とい い 、 「 真 実 の 言 葉 は 、聞 く者 を 目 覚 め さ せ る の で 、 今 度 は 聞 い た 者 が 語 る 者 と な り、 究 極 の 言 葉 を 語 る 。 世 界 は た だ 選 び と選 ぶ 者 の た め に の み つ く ら れ た 。 とい うの は 、 人 間 に は 自 由 に 選 ぶ こ と の で き る 能 力 が 与 え ら れ て い る か らで あ る。 人 間 の 向 上 に は い か な る限 界 もな く、 最 高 の 高 み は 各 人 に 対 して 開 か れ て い る 」8と い う。 こ れ に 対 し て 、 フ リ ー ドマ ン に よ る と 、 『バ ア ル ・シ ェ ム の 伝 説 』 の 序 文 で 、 ブーバ ー は 、 「 我 一 汝 」 関 係 の 相 互 性 に つ い て 語 り、 「純 粋 な 神 話 」 と 「 伝 説 」 を 区別 し て い る と い う。 「 伝 説 」は 話 」には. 「 召 命 す る 者 と 召 命 さ れ る者 」、 「 我 と汝 」 が 出 て く る が 、 「 神. 「 我 」に相 対す る 「 汝 」 は 出 て こ な い と い うの で あ る 。 こ の こ と に つ い て 、 『我 と. 汝 ・対 話 』 の 第 三 部 で. 「 我」 と 「 永 遠 の 汝 」 の 対 話 を 説 明 す る が 、 フ リー ドマ ン は 、 こ の. 思 想 の 根 源 が バ ア ル ・シ ェ ム で あ る と い う。 そ し て フ リ ー ドマ ン に よ る と 、 ブ ー バ ー に と っ て 、バ ア ル ・シ ェ ム は ブ ー バ ー 自身 が ハ シ デ ィ ズ ム と の 関 係 に お い て そ う で あ る よ う に 、 召 命 さ れ 、 派 遣 さ れ た 者 な の で あ る と い う。 こ う し た ハ シ デ ィ ズ ム 研 究 は 、 ブ ー バ ー が パ レ ス チ ナ へ 移 住 し た 後 も続 け られ た 。こ の よ うな ブ ー バ ー の ハ シ デ ィ ズ ム 研 究 が 、「 ハ シ ド」 の 伝 記 や 説 話 の 収 集 か ら始 め られ た こ と は 決 し て 偶 然 で は な い よ うで あ る 。 な ぜ な ら 、 ハ シデ ィ ズ ム は 単 な る 教 えや 指 針 で は な く、 全 存 在 を も っ て 神 との 交 わ りに生 き た 人 間 の真 実 さが 我 々 の 中 の 真 実 さを 呼 び 起 こ し、 ま た そ の よ うな 生 活 を送 れ る よ うに す る 人 間 の 現 実 的 生 に 対 す る 助 け で あ り、 こ の よ う な こ と は. 「ハ シ ド」 の 言 行 録 を 学 ぶ こ と の み 可 能 と. な る か らで あ る 。 と こ ろ で 、 以 上 の よ うな 感 性 的 な ハ シ デ ィ ズ ム と第 一 節 で 述 べ た 理 性 的 な. 「 ハ ス カ ラ」. は 、 し ば し ば 悲 劇 的 に 対 立 した 。 「ハ ス カ ラ 」は 近 代 ヨ ー ロ ッ パ の 精 神 科 学 の 影 響 を 受 け た 合 理 性 を も っ て い る た め 、 ハ シ デ ィ ズ ム を 反 啓 蒙 、 熱 狂 、 迷 信 等 と痛 烈 な 風 刺 を 交 え て 批 評 し た 。 ハ シ デ ィ ズ ム も ま た 、 懐 疑 的 で 知 性 的 な 「ハ ス カ ラ 」 の 中 に 手 強 い 論 敵 を 見 出 し た 。 ハ シ デ ィ ズ ム と 「ハ ス カ ラ 」 は 、 東 ヨ ー ロ ッ パ 圏 と 西 ヨ ー ロ ッパ 圏 か ら 放 射 的 に 自 己. 13.

(16) を 主 張 し 、 そ の 思 想 的 ・信 条 的 な 対 立 を 通 して 、 期 せ ず し て ユ ダ ヤ 教 の 奥 に あ る も の を 再 認 識 さ せ る 記 録 を 作 っ た の で あ る 。 両 者 は ユ ダ ヤ ・ル ネ サ ン ス を 作 る 道 具 と し て 拮 抗 しつ っ 、 新 し い 何 か を 生 み 出 す の で は な く 、 長 い 受 難 の 歴 史 の 中 で 衰 弱 して い た 民 族 固 有 の 偉 大 な も の を 更 新 した の で あ る。 両 者 は対 立 関係 に あ るが 、 正 統 主 義 批 判 の 点 で は 、 共 通 す る。 両 者 は 方 向 を異 にす るが 、 出 発 点 で は 全 て の 面 で 時 代 に合 わ な い 判 断 が で き な く な っ て い る 古 い 正 統 思 想 と闘 っ た の で あ る 。 こ う し て 、 ハ シ デ ィ ズ ム は 律 法 の 古 い 形 式 を 否 定 せ ず に そ の 中 へ 新 しい 意 味 を実 践 して これ を解 放 し、 感 情 の 中 に信 仰 の 意 味 を見 出 し、感 情 の 中 に 再 生 す る ユ ダ ヤ 人 を 創 り あ げ た(齋藤1993、230・231頁)。. 以上 にお いて、ユ ダヤ民. 族 の 近 代 史 に お け る ハ シ デ ィ ズ ム と 「ハ ス カ ラ 」 の 成 立 事 情 と 両 者 の 相 違 、 そ れ に よ る ユ ダ ヤ ・ル ネ サ ン ス の 生 起 に っ い て 概 観 し た 。 最 後 に 、 ブ ー バ ー が ハ シデ ィズ ム を どの よ うに理 解 し、 自 ら の 思 想 と して構 成 した か に つ い て 述 べ る。 現 実 に お け るハ シデ ィズ ム の究 極 の 努 力 は 、 一 七世 紀 の ル タ ー 派 に根 源 す る 敬 度 主 義 と類 を 異 に す る 上 、 宗 教 的 生 活 を 今 こ こ に 現 実 的 に 成 就 す る こ と で あ る 。 つ ま り ブ ー バ ー に よ る と 、 神 が 現 に い る と い う人 間 の 内 な る 体 験 と 目 常 の 活 動 の 全 て を 通 し て 「 聖 な る 火 花 」 で あ る 神 の 現 存 在 を 実 現 さ せ る こ と で あ る と い う。 彼 に よ る と、 人 生 の あ ら ゆ る 状 況 で 我 々 は 神 と 出 会 う。 ハ シ デ ィ ズ ム は 、 現 世 を 肯 定 し 、 そ の 中 で 人 間 の あ り 方 を 求 め る 。 と い う こ と は 、 人 間 が 同 じ神 の 非 造 物 で あ る 仲 間 と 共 存 す る と い う こ と を 通 し て 、 人 間 と 神 と の 関 わ りが 具 体 化 さ れ る の を 意 味 す る 。 人 間 は 各 自 そ の 行 為 を 通 し て 、 各 人 に 委 ね られ て い る 部 分 に 責 任 を 果 た す こ と に よ っ て 、 神 に 仕 え る の で あ る(齋 藤1993、 238・239)。. 第 三葡. ブ ーバ ー の教 育観. ブ ー バ ー は 、 一 九 五 三 年 に 『教 育 講 演 集 』 を 公 刊 し た 。 こ の 中 に は 、 一 九 二 六 年 の 「教 育 論 」、三 五 年 の 「 教 育 と 世 界 観 」、三 九 年 の 「 性 格 教 育 論 」の 三 編 が 含 ま れ て い る(齋藤2004、 153頁)。. 齋 藤(1993)に. よ る と 、 ブ ー バL・ ・ 一 ・ が. 「 教 育 論 」 で 展 開 した 子 ど も の 教 育 に っ い て の. 見 解 に は 単 に 子 ど も に 限 定 さ れ な い 、 成 人 教 育 論 と も 関 係 が あ り、 両 者 に 共 通 し た 側 面 が あ る 。 つ ま り、 彼 の 教 育 論 に は あ る 一 定 の 原 理 が あ る と い う こ と で あ る 。 こ の 原 理 か ら 現 実 状 況 の 課 題 に 応 じて 、一 方 で は成 人 の教 育 、 他 方 で は 子 ど も の教 育 とな っ て展 開 しつ つ も 、 全 体 と し て 統 合 した 一 っ の 理 論 が 成 立 す る の で あ る 。 確 か に ブ ー バ ー の 基 本 的 関 心 は成 人 教 育 で あ る 。 考 え る こ と と学 ぶ こ とが 能 動 と受 動 の. 14.

(17) 態 度 の よ うに 相 対 立 して い るの で は な くて 、 対 峙 性 の過 程 で 関 わ りを もつ とい うこ とは 、 成 人 教 育 の 現 実 で 明 確 に 読 み と られ る も の で あ る 。 こ れ に よ っ て 「教 師 一 生 徒 」 関 係 が 高 め ら れ る か ど う か と い う基 本 的 な 前 提 が 形 づ く られ る 。 ブ ー バ ー の 教 育 原 理 が 成 人 教 育 の 面 か ら み て も 対 話 の 哲 学 に あ る こ と を 強 調 し て い る 。 しか し 、 こ れ は 一 般 的 解 釈 の 基 準 を 示 し て い る も の で あ ろ う。 そ こ で 齋 藤(1993)は. 、 ブ ー バ ー の 教 育 思想 を 対 話 的 原 理 で の み. 解 釈 す る の は 、必 ず し も 妥 当 な 解 釈 と は 考 え られ な い と い う。 そ れ は ブ ー バ ー の 「 我 一汝 」 の 対 話 思 想 の 成 立 根 拠 を み な い の と 同 じで あ る 。 っ ま り 、 「 教 育 論 」の 背 後 に あ る思 想 を把 握 し な け れ ば な ら な い の で あ る 。 こ れ に つ い て 齋 藤i(1993)は 、 「シ ェ ー ダ ー が 一 九 五 七 年 刊 の 『我 と汝 』の 新 版 に 付 さ れ た 蹟 文 の うち 『教 育 論 』に つ い て の 回 顧 的 意 味 づ け に 注 目 し 、 教 育 的 相 互 関 係 の 制 約 を 指 摘 し な が ら も 、そ の 対 話 的 人 間 関 係 が 独 自 の 信 仰 体 験 に 基 づ き 、 ハ シ ド的 人 間 の 理 想 像 に 結 び つ く も の で あ る こ と を 予 示 し て い る 」9。 こ れ に 対 し て 、 齋 藤 (1993)に. よ る と 、 グ リ ュ ン フ ェ ル トは さ ら に は っ き り と ブ ー バ ー の 教 育 学 が ギ リ シ ア に そ. の 根 拠 を 求 め ず 、 ヘ ブ ル 聖 書 とハ シ デ ィ ズ ム に 基 づ く も の で あ る こ と を 確 信 し た 上 で 、 ブ ー バ ー に と っ て は 人 間 存 在 の 生 成 原 理 は 明 らか に. 「 真 の 出 会 い 」 と結 び つ い て い る と 述 べ. る。 さ らに 、 教 育 科 学 に対 す る ブ ー バ ー の 特 別 な意 義 を理 解 す るた め に は ブ ー バ ー の 会 い 」 の 概 念 を 解 明 し な け れ ば な ら な い と述 べ た と い う。齋 藤(1993)は. 「出. さ ら に 、ヘ ル マ ン ・. レー ル ス が ブ ー バ ー の教 育 につ い て の 基本 的 思 想 を理 解 す る た め に は 、 実 存 教 育 の 経 験 領 域 と の 関 連 で ブ ー バ ー の 宗 教 に つ い て の 根 本 見 解 を 質 し、 そ の 上 で 対 話 的 原 理 と そ れ に よ る独 自の 教 育 思 想 を 解 明す る こ とで あ る が 、 そ の 際 厳 密 な 意 味 で の 教 育 とい うも の の 基 本 的 見 解 を 把 握 す る こ と が 必 要 で あ る と 言 っ て い る と い う。 要 す る に 、 ブ ー バ ー の 思 想 は 幼 少 期 の ハ シ デ ィ ズ ム 経 験 に 結 び つ く ユ ダ ヤ 教 信 仰 に 基 づ く も の で あ り、 宗 教 の 問 題 は 教 育 の 問 題 提 起 とな る の で あ る。 従 っ て 、 逆 に 対 話 的 原 理 は教 育 的 ま た 宗 教 的 に基 礎 づ け られ る とい え る 、 そ して 醒 、 開 発 して. 「 教 育 的 な る も の 」 の 課 題 は 人 間 の 対 話 を 準 備 しか つ 対 話 の 能 力 を 覚. 「出 会 い 」 と 「関 係 」 を 開 示 す る こ と に な る 。 レ ー ル ス の こ の 見 解 は グ リ ュ. ン フ ェ ル ト同 じ く ブ ー バ ー の 教 育 思 想 の 核 心 へ 向 か わ せ る も の で あ る 。 こ れ ら は 、 確 か に ブ ー バ ー の 『教 育 論 』 が 『我 と汝 ・対 話 』 の 延 長 上 に あ る と し て い る 点 で 共 通 で あ り、 ハ シ デ ィ ズ ム の 根 幹 は ヘ ブ ル 聖 書 で あ る 。 彼 の 思 想 は 全 て こ こ に 帰 着 す る と 言 え る か も しれ な い が 、 そ れ ら は み な 原 理 論 で あ る こ と を 免 れ な い 。 齋 藤(1993)に. よ る と、 レー ル ス が や. や 示 唆 は し て い る が 、 一 般 的 に は そ こ か ら 教 育 の 志 向 す る 目的 に つ い て は 述 べ ら れ て い な い と い う。教 育 は 何 の た め に と い う 目 的 が 一 般 教 育 の 原 理 と し て 明 示 さ れ て い な い な ら ば 、. 15.

(18) 根 拠 の 追 求 は 無 駄 な 論 議 に な りか ね な い の で あ る 。 さ て ブ ー バ ー は 、 現 代 社 会 で は ど の よ う に 教 育 を 定 義 し、 ど の よ うに 扱 っ て い る か に 注 目 し、 そ こ か ら あ るべ き教 育 の形 を求 め て い る。 従 っ て 、 そ の 概 要 を 見 る こ とにす る。 教 育 を支 配 す る現 代 の 原 理 的 概 念 に よれ ば 、 教 育 とは 一 世 代 か ら次 の 世 代 へ. 「価 値 」 を 伝 達. す る こ と で あ る 。 こ の よ う な 教 育 の 概 念 は 現 在 の 社 会 、 機 能 、 制 度 な どで 普 及 し て い く。 こ れ は 一 般 的 に 承 認 され る 基 礎 的 概 念 で あ ろ うが 、 こ れ を 社 会 、 機 能 、 制 度 を 動 か す 政 治 の 概 念 か ら み た ら ど う で あ ろ うか 、 ま た 政 治 的 概 念 に お け る 人 間 が 人 間 に 対 す る 基 本 的 関 係 は ど う な る の で あ ろ うか 。 ブ ー バ ー に よ れ ば 、 こ の 関 係 に あ る と 、 教 育 的 概 念 の 場 合 と は 異 な り、 人 間 は 自 分 の 周 囲 に い る 他 者 な る 人 間 を 、 彼 ら の そ れ ぞ れ の 純 粋 な 能 力 に 応 じ て これ を 自分 の た め に利 用 して 差 し支 え な い 生 産 力 と見 て し ま い 、 ま た ま る で 自分 が 経 験 で き 、 自 由 に 動 か し 、 管 理 し 、 使 い こ な せ る私 有 財 の よ う に 見 て し ま う こ と に な る 。 こ う し て こ の 関 係 に あ っ て 、 人 間 は 相 互 に 彼 で あ り彼 女 で あ り 、 今 後 も こ の よ う に 功 利 主 義 の 目標 と し て い る も の に 利 用 さ れ る 可 能 性 を 自 ら の 中 に も っ て い く の で あ る 。 現 代 社 会 の 公 共 生 活 は こ の よ う な 基 本 関 係 に よ り国 民 の 中 や 間 に 行 わ れ て い る の で あ り、 個 人 生 活 も 例 外 で は な く な っ て い る 。 人 は 時 に よ り友 情 と か 愛 と か 同 志 と か 感 じ合 う こ と が あ っ て 瞬 間 的 に 「汝 」を か い ま 見 、上 の よ う な 人 間 関 係 が 取 り払 わ れ る よ う に 思 わ れ る こ と も あ る が 、 そ れ は 瞬 時 の こ と で 、 何 の 変 化 もな く も との ま ま の 生 活 を続 け て い る の が 世 の 常 で あ る。 そ して この よ うな 人 間 関係 に あ る 現 実 社 会 の 中 で の 子 ど もや 青 年 の成 長 との 関 わ りを み る な ら今 日 一 般 に 教 育 と 呼 ば れ て い る も の が 何 で あ る か が 明 ら か に な る で あ ろ う。 ブ ー バ ー は こ こ で 現 代 の 一 般 に 承 認 さ れ て い る 教 育 概 念 と か け 離 れ て い る 現 実 を 批 判 して 課 題 を 設 定 す る(齋藤1993、346'347頁)。 ブ ー バ ー は 、 現 実 世 界 の 人 間 関係 の 基 本 構 造 を イ デ オ ロ ギ ー に捉 わ れ な い 彼 独 自の 思 惟 形 式 か ら洞 察 し っ つ 、 教 育 の 問 題 に 迫 っ て い く。 現 代 は 人 間 が 相 互 に 物 化 し 、 利 用 し あ う 世 界 を 現 出 さ せ て い る た め に 救 い が な い よ う な 悲 劇 が 起 こ っ て い る 。 そ こ に は 、 も う救 い は な い の で あ ろ う か 。 ブ ー バ ー に よ れ ば 、 も し人 が 自 覚 的 に こ れ に 苦 悩 し 、 問 題 に し 、 抵 抗 す る な ら ば 、 救 い を 与 え る 一 っ の 言 葉 が 生 ず る の で あ る と い う。 そ れ は 、 人 間 を 物 化 し 利 用 の た め に 対 象 化 し た 「そ れ 」 で は な く 、 人 格 化 す る 「 汝 」 で あ る。 そ れ は 、 人 間 に と っ て 本 質 的 な も の で あ る(齋藤1993、347・348頁)。. ブ ー バ ー は 、 「汝 」 と は 行 動 を 開 始 し 、 世. 界 を 救 うた め に 与 え られ た も の で あ る と い う。そ れ は 人 間 各 自 に 与 え ら れ た 可 能 性 で あ る 。 従 っ て 、 こ れ を 役 に 立 つ か ら と利 用 し よ う とす る な ら 、 世 界 を 救 う と い う可 能 性 を 破 滅 さ. 16.

(19) せ て し ま う の で あ る 。 教 育 と は 、 こ の 「汝 」 の 可 能 性 を 正 し く 開 く た め に あ る も の で あ ろ う。 教 育 は 現 実 社 会 の 批 判 を 通 し て 真 実 の あ り方 を 得 る 。 ブ ー バ ー の 場 合 、 教 育 の 課 題 を 政 治 的 概 念 に よ る人 間 疎 外 の 現 実 か ら人 間 性 の 回 復 を 人 間 固 有 の. 「 汝 」 を定 立 して い る。 し. か も 、 こ れ は 人 間 対 人 間 の こ と に 尽 き る の で は な く 、 そ の 延 長 上 で 神 に 至 る も の で あ る。 人 間 の 教 育 は こ の 神 に 導 く こ と で な け れ ば な ら な い 。 そ の た め に 、 「宗 教 的 」 と い う意 味 が 重 い 。 こ う し て 教 育 の 課 題 は 、『我 と汝 ・対 話 』 の 予 示 で あ る と と も に 、 ブ ー バ ー の 教 育 観 の方 向 を示 唆 して い るの で あ る。. 註 1M .ブ ー バ ー(佐 藤 吉 昭 ・佐 藤 令 子 訳)『 ブ ー バ ー 著 作 集2対. 話 的 原 理 ∬ 』 み す ず 書 房 、1968年. 、146. 頁 。 2同 上 3同 上. 、163頁. 。. 、166頁. 。. 4ブ ル ク 劇 場 は. 、 再 建 さ れ た オ ー ス ト リア 連 邦 ウ ィ ー ン 劇 場 で あ り、 一 八 八 八 年 に 建 て られ た が 、 一 九 四. 四 年 空 襲 で 全 焼 に な り 、 再 建 され た 。 51894年12月. 、 軍 法 会 議 が ア ル フ レ ッ ド ・ ド レ フ ェ ス 大 尉(1859・1935)を. 洩 罪 で 告 発 い た 売 渡. し た こ と か ら 始 ま り 、 パ. ド イ ツ 武 官 シ ュ ワ ル ツ コ ッ ペ ン が 所 持. し 機 密 の 明 細 書 の 文 字 が 、 筆 跡 鑑 定 で. 有 罪 の 根 拠 で あ っ た 。 ル. リ駐 在. 軍 事 機 密 漏 し て. ド レ フ ェ ス の も の と 判 定 さ れ た の が 、. ド レ フ ェ ス 事 件 は 、 オ ー ス. ト リ ア に 住 む ユ ダ ヤ 人 青 年 テ オ. ドー. ・ヘ ル ツ ェ ル に 衝 撃 を 与 え 、 そ れ ま で の 彼 は 、 ユ ダ ヤ 人 が 異 邦 人 社 会 に 同 化 す れ ば. 反 ユ ダ ヤ 主 義 が な く な る だ ろ う と 考 え て い た が 、 ユ ダ ヤ 民 族 の 国 を 建 設 す る 必 要 性 が あ る と い 6齊 藤i昭 7Mフ. う 論 を 展 開 す る 。 彼 が 、 近 代 シ オ ニ ズ ム 運 動 の 父 と な っ て い く 。. 『ブ ー バ ー 教 育 思 想 の 研 究 』 風 間 書 房. 、120頁. 。. リ ー ドマ ン(黒 沼 凱 夫 ・河 合 一 充 訳)「 評 伝 マ ル テ ィ ン ・ブ ー バ ー. ル ト ス 、2000年 8同 上 、103頁 9齊 藤 昭. 、1993年. 、95頁. 。. 。. 『ブ ー バ ー 教 育 思 想 の 研 究 』 風 間 書 房. 、1993年. 17. 、345頁. 。. 狭 い 尾根 で の 出会 い. 〈上 〉」 ミ.

(20) 第二 章. ブー バ ー の教育 的 関係. 第一 節. 二つ の根源 語. 第 一 章 で も 参 考 に した フ リー ドマ ン が 、 ブ ー バ ー の 生 涯 を. 「対 話 的 生 」 と し て 規 定 す る. の は 、 当 を 得 た 見 解 と い う べ き で あ ろ う(モ ー リ ス ・フ リー ドマ ン(黒 沼 凱 夫 ・河 合 一 充 訳)2000、 11頁)。. な ぜ な ら 、 こ の こ とは 、ブ ー バ ー の 著 作 の 多 く が 最 初 か ら体 系 的 叙 述 を 意 図 し た と. い う よ り も 、 む しろ彼 が 直 面 した そ の時 々 の 状 況 に即 して 、 そ こ に 起 こ る い ろい ろ な 問 題 との. 「対 話 」 を 通 し 、 正 し い 解 決 の 方 向 を 見 い だ そ う と す る 努 力 の 結 晶 で あ る こ と に よ っ. て も 明 ら か で あ ろ う。 で は 、 ブ ー バ ー の ろ う か 。 キ リ ス ト教 神 学 者 で あ るE.ブ (Gogarten.E,1887・1967)た 神. と 人 間. と の. (Ebner,E,1882-1931)や. 「対 話 的 生 」 と は ど の よ う な も の で あ っ た の で あ. ル ン ナ ー(Brunner.E,,1889-1966)やEゴ. ー ガル デ ン. ち は 、個 々 の 人 間 に 相 互 の 呼 応 的 責 任 の 能 力 が あ る こ と を 認 め 、. 「結 合 点 」 を 求 め よ う と し て い た の に 対 ブーバ ーの. し て 、F.エ. 「我 と 汝 」 の 哲 学 の な か に 、 は じ め て. ー ブ ナ ー. 「神 と 人 間 と の. 対 話 」 へ の 道 を ひ ら く真 の 具 体 的 な 接 点 が 求 め られ る と考 え た の で あ る 。 以 上 は 、 キ リ ス ト教 か ら み た ブ ー バ ー 観 で あ る が 、 「永 遠 の 汝 」 で あ る 神 と 人 間 の な. 「我 」 と の 問 に は 直 接 的. 「対 話 的 関 係 」 が 成 立 す る と 考 え ら れ て い た か ら で あ る(平 石2004、18頁)。. の よ うな. 以 下では 、こ. 「対 話 的 関 係 」 を ブ ー バ ー に 依 拠 し な が ら 述 べ る 。. ブ ー バ ー は 、 人 間 と世 界 との 関 係 を 二 つ に分 け る。 一 つ 目は 、沈 黙 す る世 界 と孤 立 した 人 間 と の 分 離 し た 関 係 、「我 一 そ れ 」(lch-Es)の. 根 源 語 に お い て 示 され る。これ に 対 して 、. 二 つ 目に ブ ー バ ー が か か げ るの が 、 人 格 相 互 の 呼 び か け と応 答 との 対 話 的 関係 を示 す 一 汝 」(lch-Du)の. 根源 語 で あ る. 「 我. 。 人 間 が 世 界 の うち に在 る とい う こ とは 、 人 間 が 二 つ の. 根 源 語 の うち い ず れ か を語 っ て い る とい う こ と な の で あ る。 ブ ー バ ー は 、 す べ て の 基 礎 に こ の 根 源 語 を 定 立 し て い る 。 た だ し 、人 間 の と る 態 度 と し て の 根 源 語 で あ る 。 つ ま り 、 「 我 一 汝 」 「我 一 そ れ 」 の よ う に 二 つ の 語 が 一 対 に な っ た も の で あ り. 、二 つ の もの の 関 係 を語 る. 語 で あ る。 根 源 語 は 、 人 間や 世 界 を 単 独 で 存 在 す る 自己 完 結 した 実 体 と して で は な く 、他 と の 関 わ り に お い て 在 る 関 係 存 在 と し て 捉 え る 思 想 的 態 度 を 示 し て い る の で あ る(M.ブ ー バ ー(植 田重 雄)2007 、7・8頁)。 こ の よ うに 未 完 結 な 存 在 で あ る人 間 が 、 現 に こ こ に存 在 す る とい うこ とは 、 人 間 が この 世 界 の う ち で 、 他 と の 関 係 に お い て 自 己 自 身 と成 る と い う仕 方 で 存 在 す る と い う こ と に 他 な ら な い 。 人 は 関 係 に お い て は じ め て 自 己 と な る。 ブ ー バ ー は こ の と き 、 人 間 が 自 己 の 存 在 を も っ て こ っ の 根 源 語 の う ち い ず れ か を 語 る と い う。ブ ー バ ー に お い て 、『我 と 汝 ・対 話 』. 18.

(21) で は 、根 源 語 を 語 る と い う こ と に っ い て 、 「 我 が 存 在 す る こ と と 、我 が 語 る と い う こ と と は 同 じ で あ る 。 我 が 語 る こ と と 、根 源 語 の い ず れ か を 語 る こ と い う こ と と は 同 じ で あ る 」1と い う。 人 間 が. 「 我 一汝 」 の 根 源 語 を語 る とい うこ とは 、 人 間 が. 「 我 一汝 」 の 関 係 に お け る. 「 我 」 と し て 在 り 、向 か い 合 う相 手 に 対 し 「 汝 」 と語 り か け る と い う こ と で あ る 。つ ま り、 「「な ん じ 」 を 語 る ひ と は 、(中 略)、 否 、全 然 な に も の を も 、 も た な い 。 そ うで は な く て 「な ん じ」 を 語 る ひ と は 、 関 係 の 中 に 生 き る の で あ る 」2。 ブ ー バV-一 一 ・ は、 「 汝 」 に 語 りか け る こ の 「我 」 と 、 根 源 語. 「我 一 そ れ 」 の. 「 我 」 と は 異 な っ て い る と い う。 自 己 の 存 在 そ の も の. で も っ て 根 源 語 を語 る とい う こ とは 、 自己 自身 が そ の つ ど 「 我 一 汝 」 の 「我jと 「 我 一そ れ 」 の. な るか 、. 「 我 」 とな るか が 決 断 され る とい う こ とで あ る。 根 源 語 を 語 る とい うこ と. は 、 自 己 の 存 在 を 「我 一 汝 」 あ る い は 「 我 一そ れ 」 の 関 係 の うち に 置 き入 れ る と い うこ と な の で あ る 。 そ れ は 同 時 に 、 こ の 「我 」 と 関 わ り あ う相 手 の あ り方 も 「 汝 」 あ る い は 「そ れ 」 と して そ の つ ど決 定 され て い く ご とで も あ る。 根 源 語 を語 る とい うこ とは 、 こ の よ う に そ の つ ど 関 係 の う ち に 歩 み 入 り な が ら 、 人 間 と世 界 が 相 互 に そ の 在 り方 を 関 係 の う ち で 決 定 し、 決 定 され る とい う こ とで あ る。 そ う い っ た す べ て の 関 係 を 成 立 さ せ る た め に は 、 咄 会 い 」 が 必 要 で あ る。 「出 会 い 」 と い う語 は 世 界 の た く さ ん の 人 が 使 っ て い る 。 し か し ブ ー バ ー に お け る 「出 会 い 」 と は 、 「あ ら ゆ る 真 に 生 き ら れ る 現 実 は 出 会 い で あ る 」3と い う よ う に 、 深 い 概 念 と し て 捉 え て い る 。 さ ら に 、人 生 の 物 語 の 筋 書 き に は な か っ た 予 想 外 の 出 来 事 で あ り、 そ の 瞬 間 に は 、 「こ の 安 定 し た 、 便 利 な 年 代 記 の な か に 、 汝 の 瞬 間 は 不 思 議 な 叙 情 的 ・劇 的 エ ピ ソー ド と し て 出 現 し 、 誘 惑 的 な 魔 力 を も っ て は た ら き か け な が ら 、 しか し 危 険 に も ひ と を 極 端 へ 拉 し 、 試 験 ず み の 生 活 連 関 を 揺 る が し て 、 満 足 よ り も む し ろ 問 い を あ と に 残 し、 安 穏 を 揺 す ぶ り動 か し て し ま う。 い か に も 不 気 味 な 、 し か も 決 し て 欠 か し得 ぬ 」4も の な の で あ る 。 こ こ で い う 年 代 記 と は 、 こ れ ま で に 起 こ っ た 、 ま た こ れ か ら起 こ る で あ ろ う出 来 事 を 時 系 列 に 整 理 し て ま と め た も の 、 つ ま り人 生 の 筋 書 き で あ る。 物 語 と は 、 世 界 や 人 生 の 成 り立 ち や 展 開 を 時 間 軸 に 従 っ て 分 節 し 、 様 々 な 出 来 事 を 筋 立 て て 一 貫 した 意 味 の ま と ま り を 与 え た も の だ と 定 義 し て お く。 こ の 世 界 は ど の よ う に 始 ま り 、 ど の よ う に 終 わ る の か 。 こ の 私 は ど こ か ら 来 て 、 ど こ か ら 来 て 、 何 を し て 、 ど こ に 行 こ う と し て い る の か 。 そ れ を 、 自分 に 語 っ て 聞 か せ る 物 語 が ア イ デ ン テ ィ テ ィ だ とす る 場 合 、 物 語 世 界 が 確 固 と し て あ る 限 り、 ア イ デ ン テ ィ テ ィ=自. 己 物 語 も ま た 揺 ら が な い の で あ る 。 そ して 、 あ る物 語 が 人 々 の 間 で 共 有 さ. れ て い る 限 り、物 語 を 通 し て 秩 序 づ け られ た 世 界 の 中 に 、人 は 安 心 し て 住 む こ と が で き る 。. 19.

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