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「道徳の時間」特設期の議論の特色と課題

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1 はじめに 学制発布以降の近代教育における道徳教育の歴史を教育課程の視点から 大きく分けると①国定教科書による修身科教育の時代②戦後、三教科停止 命令を受け全面主義と社会科による実践を試みた時代③昭和33年からの 「道徳の時間」特設期④「特別の教科 道徳」として教科化された時代(現 在)の4つに区分される。数学や物理学、哲学といった学問体系があって 教科を編成する場合と異なり、道徳は、教育内容も教育課程上の位置づけ も、その名称も変化*1してきたといえる。いわば、揺らいできた分野であ ることが歴史を見れば明らかである。 そこには二つの要因が考えられる。一つはプラトンの時代からの「徳は 教えられるか」という命題に関わり、道徳教育は学校教育で可能なのか、 という課題からきている。「~心」「~愛」というような、経験を通じて自 ずとそう思われてくる心の状態に対して、教育課程が個人の心にどこまで 踏み込めるのか、という問題である。 もう一つは、日本の歴史や日本という国家がもつ独自性に起因してい る。古くは天皇制の確立、儒教、仏教の受容、長い鎖国、そして近代国家 として歩み出した歴史、またそれを生み出した政治や国際情勢、社会状況

「道徳の時間」特設期の議論の特色と課題

菊 地 真貴子

1 1白鷗大学教育学部 e-mail:[email protected] 2020,14(1),161-180

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の影響をこれほど受けてきた教育の分野は他にない。 だからこそ、道徳教育に関する論争はこれまで盛んに交わされてきた。 戦後の教育改革の時期から今日まで、道徳が学校教育に直接関係のない一 般の人々の口の端に上り、新聞各紙にも取り上げられたことが何回かあ る。特に、教室で子どもに向き合う一人ひとりの先生にも影響を及ぼした という観点からみると、次の三つの山が挙げられる。 ①修身科復活と天野貞祐の「国民実践要領」をめぐる論争(昭和21-28年頃) ②特設「道徳の時間」設置を巡る論争(昭和32-34年頃) ③「心のノート」と道徳の教科化をめぐる論争(平成14年-現在) これらのうち② 特設「道徳の時間」の設置を巡る論争はもっとも大き かった。小論は②における一部の議論を取り上げ、その特色を押さえた上 で、今回の教科化を支える論理とのつながりや断絶について検討を試み、 教育課程における道徳教育のはらむ課題について考察していきたい。 なお、この時期に関する研究には船山謙次『戦後道徳教育論史上・下』 (青木書店 1981)、押谷由夫『「道徳の時間」成立過程に関する研究-道 徳教育の新たな展開-』(東洋館出版社 2001)、貝塚茂樹『戦後教育改革 と道徳教育問題』(日本図書センター 2001)などがある。また歴史的資 料については貝塚茂樹監修『戦後道徳文献資料集』(日本図書センター 2003)、『日本道徳教育論争史』(日本図書センター 2015)に依っている。 2  特設「道徳の時間」をめぐる昭和33年前後の議論とその特色 特設「道徳の時間」設置を巡っては、教育雑誌の特集や新聞等で賛否両 論が巻き起こった。小論では、百家争鳴の議論を大まかに四つの立場とし て抽出した。その四つは教育学者の特設反対派と推進派、政治学者の提 言、実践を通じた特設受容派である。 最初に、修身科復活反対論争から一貫して特設に反対した教育学者の主 張を修身科復活反対の言説とともに紹介し、その意図したところを検討す る。次に、文部省の委員や局長など特設を推進した側の主張を検討する。

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三番目に、前の二つの立場と異なる枠組から政治と道徳教育のあり方につ いて提言を行った政治学者の主張を検討する。最後に、道徳教育の実践を 通じ、全面主義から特設派へと独自の変容を遂げた教育学者の主張を検討 する。 (1)教育学者の「特設反対論」 「特設反対」論は、天野貞祐-吉田茂時代に「修身科復活反対」を唱え た論調よりも舌鋒が鋭くなっている。教育三法の制定など、「逆コース」 の既成事実が積み重なったことなどが要因として挙げられる。 長田新(教育学者 1887~1961 広島大学教授)は「修身科特設を批 判す」1957*2において次のように述べている。(以下、下線は筆者) 修身科の授業になると、教師も児童生徒も何ら溌剌たる活気と探究心と学習欲と がなく、あたかもお通夜でもしているような状態だ。修身教授は他のすべての教科 と違って何故かくもお通夜になってしまうのか。それは修身科による道徳教育が不 自然で、作為に堕せざるを得ないからである。道徳教育は教科として成立する根拠 をもたない。ことの根本は、道徳を一個の知的体系の教科として教えるという立 場そのものから必然に出てくる宿命的な悲劇である。だから問題は単に取り上げる 教材の種類や、この教材を学び取らせる方法如何で解決できるものではない。 修身科の特設が、もし憲法の精神に違反してできた破防法、教育三法はもちろ ん、さらに教科書法案、放送法案、学長任命制法案等と一連の関連ある法案となる のであるなら、それは最近発足した憲法調査会とことの根本において同様、結局再 軍備にたいする基礎工作である。 長田のこの主張は特設反対派の危機感を端的に表している。1952年3月 6日には吉田首相が「自衛隊は違憲にあらず」と発言した。警察予備隊が 保安隊に改組され、「我が国軍の土台たれ」と述べられるなど、時代が大き く再軍備へと方向転換しつつあった時期の批判的論考である。(別表参照) 重要な点は、長田が「道徳教育は教科として成立する根拠をもたない」

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と述べていることだ。この点について長田は日本教育学会教育政策特別委 員会「道徳教育に関する問題点」(草案)1957*3において、さらに次のよ うに述べている。 この側面(人間の内面性)だけを取り出し、強調するゆき方は、具体的な生活 事実についての科学に裏付けられた合理的で、発展的な判断の成立を阻止すること になりやすい。内面性をいたずらに強調することが、道徳を現実の政治や経済の動 きの外で考えさせ、人々を政治や経済の動きに無批判に追随させる危険をはらむこ とを十分に警戒しなければならない。 これらの内容(生活習慣、生活信条、労働、社会制度、社会観など)について、 現実の生活を通じて具体的に子どもたちに検討させ、彼の考え方感じ方、そして行 動の仕方を変革的に形成することが道徳教育のねらいだと言えよう。倫理学は学問 の一分科であっても、道徳は生活の一分野、特定の生活形式ではなく、すべての生 活に通ずる生活原理であり、したがって道徳科特設は理論的根拠をもたない。 道徳内容が「主体的論理」やばらばらの抽象的な徳目であったり、あるいは聖 書・論語などを含む道徳的文化財であったりするならば、この教科特設およびそれ が結果する教育課程改変が世界の歴史の流れに逆行し、政治や経済の要求に無批判 に追随する人間の育成をめざすものではないとは言い切れない。 これらの言説から長田の主張は ①道徳教育は教科としての理論的根拠をもたない。 ② 道徳は生活原理であるから、具体的な生活を通じて考えさせる必要が ある。 ③ いたずらな内面化の教育は政治や経済の要求に無批判に追随する人間 の形成につながり、危険である。特設化は再軍備への基礎工作である。 ということになる。 また、天野貞祐の修身科復活宣言に最も反対した学者、梅根悟(教育学 者 1903~1980 東京教育大教授 和光大学初代学長)は「道徳教育の

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原則とその歪曲」*4において次のように述べている。 「『道徳』実施要綱」を本質的に検討すれば、これが新しい社会倫理の志向を欠い たもので、依然として徳目の羅列に陥っており、社会認識に裏付けられない単なる 心情の倫理、内面道徳を強調する~そのため、道徳の時間は社会的解決への意欲を 解毒し去る危険をはらんでいる。 道徳の時間の設置は道徳教育の正しい在り方を歪曲するものである。 と真っ向から反対を唱えている。梅根は天野の「修身科復活宣言」に対し、 かつて次のように糾弾した。*5 「文相の論理の根拠を問う」~「また、今日の社会科だけでは足りない。そこに 古い修身の契機が加えられなければならないと考える場合の修身的契機、即ち、社 会科になくて、修身科にだけあるものは何か。それは結局、『古い修身』-修身の中 でのウルトラ・ナショナリズムや封建的倫理の部分だけではないのか。」 ここでは戦前から終戦までのウルトラ・ナショナリズム復活への危惧が 端的に述べられている。特設化に反対した多くの学者や日教組の主張は、 言葉は多少変わろうと大方はこの梅根の主張と同一路線にある。 さらに、梅根の反対意見の中にある「依然として徳目の羅列に終わって いる」という批判は、1953年に天野が京都学派の弟子高坂正顕、西谷啓 治、鈴木成高の三人に執筆を依頼し一私人として『国民実践要領』を監修 して世に出したが、その内容構成が「『道徳』実施要綱」へと繋がってい る事実と照応している。徳目主義への批判は、道徳が「生活原理」である のにも関わらず内面化の方向を強め、イデオロギーとして集団的な概念へ と包括することへの疑義として出されている。それはまさしく太平洋戦争 での「忠君愛国」や「天皇の赤子」に代表される人間性喪失への忌避感に 裏打ちされたものである。

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(2)文部省内担当者、委員の考え方 次に特設賛成または特設を具現化した人物の主張を見る。内藤譽三郎 (文部省初等中等教育局長 1912~1986 政治家 大妻女子大学長)はこ の時、指導的立場にあり「教育内容改善について」1958*6において次のよ うに述べている。 学校のすべての教育活動を通じて道徳教育を行うといっても、実際にはなかなか その徹底を欠きがちであり、また社会科における道徳教育も、道徳を主として人間 関係の知的理解において指導しておるから、基本的な生活態度、正邪善悪の価値判 断や、内面的心情の習成には困難な実情にある。そこで、現行の学校教育全体で 道徳教育を行うという基本的な立場を取りながら、いっそう道徳教育を充実するた めに、小中学校とも道徳的指導のための時間を特設したならばどうであろうかと考 えている。 この特設時間における指導は、日常生活の基本的な行動様式を理解させて身につ けさせる。個性の伸長を助け生活態度を確立させる。内面的な道徳的心情を高め正 邪善悪を判断する能力を養い、国家社会の成員として必要な道徳的態度と実践的意 欲を高める、などの点を主眼とし、他の時間における指導と相俟って児童生徒の道 徳的理解や判断力の養成、道徳的実践力の涵養を図らなければならない。 これは文部省から出された特設化の根拠の基底的な部分である。その理 由はただひとつ。全面主義と社会科では指導の「徹底を欠きがち」である ことだ。徹底したいものとして ①基本的な生活態度 ②正邪善悪の価値判断 ③内面的心情の習成 の三点を挙げているが、特設時間に何を指導するかというと ①日常生活の基本的な行動様式の理解 ②個性の伸長、生活態度の確立

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③内面的な道徳的心情を高め正邪善悪を判断する能力 ④国家社会の成員として必要な道徳的態度と実践的意欲 の四点となり、微妙に④が追加されている。1957年に文部省から出され た「小学校・中学校『道徳』実施要綱」には、道徳の具体的内容として(1) 基本的行動様式5項目、(2)対人関係における具体的内容10項目、(3) 集団や国家における具体的内容6項目が示された。まさしく教育内容が徳 目として示されたのであった。 稲富栄二郎 (教育学者 1897~1975 上智大学教授「『道徳』実施要綱」 作成のための教材等調査研究会道徳小委員会 小学校部会会長)は、「道 徳の時間設置の意義」*71959の中で次のように述べている。 道徳教育を野放しでやることは誤りである。各教科はそれぞれ目標も内容も異な るのであるから、それらの連絡を考え、総合的に、中心から指導する必要があるの である。そうでなければ単なる知識のモザイクに終わり、道徳教育とはならないの である。 稲富は全面主義と社会科で道徳教育を担うことが「野放しでやる」とい う認識に立っている。「それらの連絡を考え、総合的に、中心から」とい う発想は「補充・深化・統合」という役割を道徳の時間に生み出し、今日 まで連綿と続いている。次項で検討したい。 安藤堯雄(教育学者 1904~1965 東京教育大学教授「『道徳』実施要綱」 作成のための教材等調査研究会道徳小委員会中学校部会会長)は「道徳の 時間の問題点の考察」*81959で次のように述べている。 社会科で理解されるような一般的理解、社会の客観的理解は、道徳的判断の基礎 にはなるが、それらはあくまで一般的・客観的なものであって、われわれの日常生 活における特殊的判断、主体的判断を行うにはさらに特別の工夫が必要である。一 般に社会において、人間はどのように行動すべきであるという特殊的判断、主体的

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判断が生まれるものではない。そのためには特別の教育、道徳的判断力の育成が行 われなければならない。この特殊的・主体的判断力の育成をめざすものが道徳の時 間であると言って良い。 この安藤の主張はその後の道徳の時間の授業としての存在意義を示す有 力な根拠になったといえる。ただし、上田薫がめざした問題解決的学習を 含む社会科の初志をもってすれば、「社会科で理解されるような一般的理 解、社会の客観的理解」の認識そのものに安藤の誤解があるといわざるを 得ない。先ほどの稲富の「単なる知識のモザイクに終わる」という認識と も共通するが、現行の初期・社会科を否定することによって特設「道徳の 時間」の存在意義を見出す論法である。 大島康正(教育学者 1917~1989 筑波大学教授「『道徳』実施要綱」 作成のための教材等調査研究会道徳小委員会 中学校部会委員)は「道徳 の時間の志向するもの」1959*9で次のように述べた。 わたくしたちが民主主義を本当に育てようとする気があるならば、やはり私た ち自身の手で、民主主義の真髄、ささえとなるような道徳観というものを確立させ ていく必要があります。そういうような、つまり社会の公分母を作ること、それも 誰かが一方的に作るのではなくて、いまの子どもたちが、やがて大人になることに は彼らの中から自ずと形成されていくために、せっかくの義務教育9カ年間にせめ て週1時間ぐらいは、お互いに自由に考えあい、素直に意見を述べ合い、討議をし あって共通理解を作っていくような、そういう時間としての道徳の特設時間、すな わち採点もなく入試にも関係ない人間的なまとめの時間というものを設けたいとい うのが、わたしたちの考えてきた特設時間の意義なのです。 安藤と大島に共通するのは、道徳の時間の「徳目主義」という構造には 目をつむり、道徳の時間には児童生徒の主体性があらかじめ担保され、価 値の追求が行われる、という語り口である。懐柔とも言える述べ方になっ

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ている。問題はそれが、上からの命令で、実際の現実や生活に根ざすこと なく「徳目」という分断された概念で順序よく行われていくことであった。 その点はあえて捨象して論を進めている。 文部省側にたち、特設化をめざした人たちの論理には、少なくとも次の ような特色が挙げられる。 ① 道徳が「教科」または「授業」を構成する原理とは何か、についての 回答がないこと ②道徳教育がこれまでは不十分であったという認識 ③徳目主義への批判に対する回答がないこと (3)政治学者の提言 蝋山政道(政治学者 1895~1980 お茶の水女子大学学長 民主社会 主義)は対談「道徳教育を支えるもの」(対談者は蝋山、亀井勝一郎、内 海巌)1957*10において次のように述べている。 政治の立場から道徳を決定しようとすると、政治の優位がすぐ出てくる。その政 治の優位をまず否定しなければならないのじゃないか。ことに民主主義の元におい ては違った政治原理の闘争を事実として認めているのですから、その場合道徳の力 を利用して自己の政治的立場を有利に持って行こうとすると、また違った形で明治 時代の愚を再びおかすことにならないかということになるわけです。 たとえば国家の権威を高める、個人の権利を強調するというような政治的なプリ ンシプルで争っても解決つきっこない。問題は実際問題である。そういう両方のい ずれかを主張する人々にとっても社会生活の最も都合良く、また平和な生活を送っ てゆくにはどうしたらいいかという共通の実際問題がある。プリンシプルとしては なかなか解決しがたい問題でも、実際問題の解決の方法はあると思うのです。そう いう意味でも道徳教育も取り上げてみたらいいのじゃないか。 どういう場合が善いのか悪いのかという具体的な状況判断が大事なことだと思い ます。したがってそれはもっと具体的な問題で、その時に当然そういう環境とか条 件とかいう問題が入ってくる。それを理解し判断することです。つまりそういう場

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合にどう個人が判断するかという判断力の問題である。つまり道徳そのものですね。 要するに徳目的なことを取り上げないで、その条件の問題と、個人の判断、センス の問題、そういうものが教える側にぜひ備わっていないと道徳教育を行っても効果 はないし、逆効果だけでしょう。 この蝋山の主張は普遍的な内容を含んでいると考える。前半は「道徳問 題と政治」の関係性についての明確な批判。蝋山自身も衆議院議員を体験 していくのにも関わらず、である。そして後半は道徳教育のあり方につい ての具体的な提言である。蝋山の提言で重要なのは「具体的な状況判断」、 「条件の問題」を指摘していることだ。これは先に述べた安藤の「一般に 社会において、人間はどのように行動すべきであるという特殊的判断、主 体的判断が生まれるものではない。そのためには特別の教育、道徳的判断 力の育成が行われなければならない。」と視点は同じで正対するのではな いか。実際に道徳的判断を下す際、事実認識に誤りがあれば正しい判断は つきかねる。集団教育の場で道徳的判断力の育成を行うのであれば、事実 認識の共有こそが第一の条件となってくるだろう。教室の中に持ち込まれ た直接的体験であれば「教材」としてのわかりやすさがある。しかし、現 実はもっと複雑であり、環境や条件に左右される。蝋山の指摘は重要であ る。 (4)実践を通じての賛成 平野武夫(教育学者 1906~関西道徳教育学会を主宰)は「現下道徳 教育の問題点-“道徳の時間”の特設を巡って」*111958において次のよう に断言した。 (道徳教育は)「全面か特設か」というような二者択一的立場に立つのではなく、 「全面をふまえた特設」として構想すべきである。特設道徳は過渡的存在であり、や がては「道徳科」(教科)として独立すべきである。 道徳的世界はそれ自身体系を有し、「知見」の開発と「心情」の陶冶とは「特設時

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間」によって指導せらるる時、より一層徹底する。 特設反対派の長田が「道徳は教科としての理論的根拠をもたない」と批 判し、推進派がそれに十分な回答を与えていないことを見てきた。平野は 特設の意義を認めると同時に、道徳的世界がそれ自体体系を有している、 と明快に述べる。平野にとって「道徳的世界の体系」つまり原理とは教条 のように上から与えられ暗誦させられるものではなく、「価値葛藤」を経 験する中で主体的に道徳的判断を下し、倫理観を確立していく過程そのも のであった*12 平野はさらに次のように述べる*13 (道徳が)全面主義の行き詰まりを打開するために特設されたものであるかぎり、 単に児童生徒が直面する日常生活における問題点、すなわち直接経験だけでは、特 設の意義が著しく減殺されてしまうといわねばならない。事実、私どもの道徳的体 験の深化発展のためには、どうしても自己より一段高次の「他者の道徳体験の理解」 を導入することが必要不可欠である。また「道徳の内面化」もしくは「道徳的自覚 の深化」が「自己体験の内省」だけで可能であるならば、必ずしも一定の時間を特 設する必要はないであろう。他者体験という間接経験的資料を導入することが「道 徳性の内面化」に不可欠であるからこそ、道徳時間の特設が必要となったものと私 は考える。 平野がこのように述べるのには問題解決的学習を中心とした社会科の行 き詰まり、平板化があった、と足立は述べている*14 もう一つ重要な点は、実際に道徳の授業を行っていくと、例えば「人間 の気高さ」を教室の中に直接的体験として持ち込むのには児童生徒の生活 経験の限界がある。平野のいう「他者体験という間接経験的資料」を用い た学習が可能であるという点で「道徳の時間」の保障は意味をもつのであ る。平野にとって、保障された時間枠の中での実践理論の確立こそが二元

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的対立を超えた関心事だったのである。 3 教科化への理論との比較 特設道徳への賛成・反対緒論の特徴を見てきた。ここでは33年前後に 使用された理論的枠組みが、今回の「特別の教科 道徳」実現において再 利用されている点を2つ、課題を1つ挙げ、それについてさらに検討した い。 (1)「これまでの道徳教育実践の否定に立つ」という点 前項で確認した特設道徳を提案する文部省の根拠に当たる部分は「こ れまでのやり方や内容では不十分であった」ということだった。再掲す ると、内藤が「学校のすべての教育活動を通じて道徳教育を行うといっ ても、実際にはなかなかその徹底を欠きがちであり、また社会科における 道徳教育も、道徳を主として人間関係の知的理解において指導しておるか ら、基本的な生活態度、正邪善悪の価値判断や、内面的心情の習成には困 難な実情にある。」と述べた件である。 この言い方は今回の第二次安倍内閣の諮問機関である教育再生実行会 議が2013年2月26日、「いじめの問題等への対応について(第一次提言)」 を発表し、いじめの「本質的な問題解決」のために、「道徳教育を新たな 枠組みによって教科化し、人間性に深く迫る教育を行う」とし、現在学校 で行われている道徳教育は、「指導内容や指導方法に関し、学校や教師に よって充実度に差があり、所定の目的が十分に果されていない状況にあ る」、このため、「道徳教育の重要性を改めて認識し、その抜本的な充実を 図るとともに、新たな枠組みによって教科化し、人間の強さ・弱さを見つ めながら、理性によって自らをコントロールし、より良く生きるための基 盤となる力を育てることが求められる」と提言したことと、まったく同一 の根拠を用いている点で特筆に値する。 「そこまでに実践してきた内容・方法の否定」によって道徳教育の枠組 みを変えていく、機能していないから変えるのだという唯一の根拠は60

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年前と変わっていない。 また、これに関して今回、教科化推進派であった貝塚茂樹の次の主張を 検討してみたい。貝塚は「 道徳の『教科化』を提案する-『教科化』論 議は道徳教育活性化の起爆剤となる-」*15で次のように述べ、教育雑誌の 道徳教育特集巻頭言を飾っている。 1958(昭和33)年に設置された「道徳の時間」はすでに半世紀以上を経過した。 しかし、これが形骸化し「思考停止」に陥っていることは火を見るより明らかであ る。そうでないという人は、よほど「お目出度い」、幸せな人である。道徳教育は確 実に機能していない。なぜ、道徳教育は形骸化するのか。どうして、教育現場の荒 廃は日を追って深刻さの度合いを増していくのか。 答えは、至極簡単である。戦後教育が道徳教育と正面から向き合わず、道徳教育 の本質から目を叛けてきたからである。感情的かつ感覚的な「修身科=悪玉論」の 中にどっぷりと浸かって、道徳教育の問題を考えて来なかったからである。現在の 教育現場の深刻な状況は、世代を経た「人倫の喪失」の結果であり、それが再生産 された毒が社会全体に回り始めている。道徳教育と向き合ってこなかったツケを私 たちは払わされているのである。 こうしたカリキュラムにおける「人倫の喪失」はなぜ許されてきたのか。具体的 にいえば、半世紀以上にわたる「道徳の時間」の「未履修問題」がなぜ放置されて きたのか。その一つの大きな要因は道徳の「教科化」が実現されていないからである。 日本の歴史を紐解けばわかるように、近代の学校教育の歴史は教科の体系化と構造 化を図ることに費やされてきた。それによって、教育学としての学問研究も進み発 展してきたのである。 ところが、戦後教育は教科としての修身科を放棄し、それまで積み上げられてき た学問的な蓄積さえも完全に葬り去ってしまった。しかも修身科を「悪玉」に仕立 て上げてしまうことで、過去との歴史を断絶させてしまったのである。それは、今 日の私たちが修身科の実態さえ知らず、それをイメージでしか語れないのを見れば 明らかである。

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道徳の「教科化」によって、教師は必然的にこれまで以上に子どもたちの道徳性 に目を向けざるを得なくなる。そしてそれは、教師が自らの人格や生き方を直視す ることでもある。それで良いではないか。また、道徳の「教科化」は、道徳教育の 内容と方法に止まらず、教育制度、カリキュラム、教育方法と教員養成へと議論を 拡げることになり、道徳教育の活性化のための起爆剤になりうる。 たしかに課題は多い。たとえば評価の問題。しかし、評価の簡単な教科はなく、 このことが「教科化」を否定する根拠にはならない。また、かつて澤柳政太郎が、 修身科の教授は小学校の四年までは 馴染まないと述べたことも重要である。ただ し、こうした議論はすでに修身科の教授論の中で活発に議論されており、そこから 学ぶことは少なくない。タブー視することなく、歴史の所産として謙虚に学べばよ いのである。 ともかくも、今までの政治的なイデオロギー先行の議論に足を掬われることな く、真剣に道徳教育に向き合おうではないか。「修身科=悪玉論」から脱却した冷静 で本質的な議論をしようではないか。 将来の新たな道徳教育の展望と地平を拓くために道徳の「教科化」を強く提案し たい。 この貝塚の巻頭言には筆力があり賛同する人も多い。しかし修身科の蓄 積をゼロにした、と貝塚が述べることと、特設「道徳の時間」におけるさ まざまな実践や指導の工夫についてのこれまでの努力をゼロにして「思考 停止」と述べることとは同じ態度ではないのか。さらに昭和33年前後に 特設化をめざした人たちの論理にあった特色、 ① 道徳が「教科」または「授業」を構成する原理とは何か、についての 回答がないこと ②道徳教育がこれまでは不十分であったという認識 ③徳目主義への批判に対する回答がないこと この3点全てを貝塚の文章はもっているのではないだろうか。 「政治的なイデオロギー先行の議論に足を掬われることなく、真剣に道

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徳教育に向き合おうではないか」と述べるが、向き合うべき方向性や内容 については述べられていない。また、今回の教科化の提案は第1次安倍内 閣の諮問機関である教育再生会議の第二次報告で初めて出されたものであ る*16 【徳育を教科化し、現在の「道徳の時間」よりも指導内容、教材を充実させる】 ○国は、徳育を従来の教科とは異なる新たな教科と位置づけ、充実させる。 また、第三次報告(2007年12月25日)には 社会総がかりで教育再生を ~学校、家庭、地域、企業、団体、メディア、行政が 一体となって、全ての子供のために公教育を再生する~ (1)徳育を「教科」とし、感動を与える教科書を作る ○徳育を「新たな枠組み」により教科化し、授業内容、教材を充実し、授業時間を 確保して、年間を通じて計画的に指導する とある。いわば、安倍政権のマニフェストとして出された内容が具現化さ れたのであり、教育論争としての出発ではなかったのである。蝋山が指摘 したように、むしろ直視すべきは、政治が道徳を利用しようとする時、そ の先にあるものが何なのか、ではないだろうか。 (2)道徳科が他の教科との連携において中心にある、という理論 稲富の主張は教科と道徳との関連を述べ「総合的に、中心から」指導す る必要がある、というものであった。今回、「特別の教科 道徳」実現に あたり、押谷由夫(教育課程部会道徳教育専門部会委員主査)が、第3回 の専門部会*17で次のように述べている。 (1)「各教科」と「特別の教科」との違いをどのように整理するか ・教科の概念はいろいろありますが、人格の形成(教育の目的)を目指して必要な

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知識や技能などが分野ごとにまとめられ専門分化していくものととらえられます。 それに対して道徳は、人格の基盤となるものであり、専門分化したもの全体に関わ り、人格の基盤づくりにつなげていくものととらえられます。したがって、道徳 は、各教科と密接に関わることによって成り立ちます。(各教科での道徳教育がなけ れば成り立たないものなのです)。その意味において、教科の範疇(はんちゅう)に 入れて考える必要があります。それは、本来の教科の概念を超えて成り立つもので すから、特別の教科(スーパー教科)となります。 稲富が「中心から」と述べたことと、押谷が「(スーパー教科」と述べ たことは道徳教育の位置づけとしては一貫している。ただし、上記の押谷 の論の進め方には矛盾がある。道徳が教科と密接に関わることと教科の範 疇に入れて考えることは別な議論にするべきである。 (3)道徳の教科構成の原理がどこにあるのか、という課題 この重厚な課題に対して明解な回答が出されているわけではない。しか し、現実問題として年間35時間以上の実施を法的に義務づけられた「特 別の教科 道徳」をどのように実施していくべきか。既にその存在を否定 しても仕方がない状況の中で、どう考えていくべきなのか。一つの希望は やはり平野武夫が長年にわたり提示し、実践をたゆまず牽引してきた「価 値葛藤論」をもう一度ヒントにしていくことだと考える。特に共同学習の 場として学校教育を考えた場合、彼が述べた「他者体験という間接経験的 な資料の導入」を果たせる授業の展開を工夫していくしかないのではない か。それもあらかじめ提示された事物としての資料のみならず、教室とい う場をもった時間の中で有機的に生み出される他者の経験という「資料」 を大切にしていくということである。 4 おわりに 道徳教育の教育課程上の位相を巡る論争から道徳教育がはらんでいる課 題について概観した。

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一回目の論争、二回目の論争では反対派と推進派との間で「国家観」と いう同一線上での論戦を張っていた。それは教育基本法の前文の草案にあ たって、天野貞祐と務台理作との間に交わされた対話*18からずっと継続さ れ、修身科復活をめぐる論戦へ発展したものである。つまり、教育が「公 のために尽くす人間を形成するもの」なのか、あくまで「個人の人格の完 成を目標として個と集団の関係を考えさせるものなのか」という視座から 議論を展開してきたのである。 しかし、昭和33年の議論と今回との間には1つの断絶がある。「国家 観」を基軸にした議論が平成22年の教育基本法改正以来殆ど見られなく なってしまった。 今後、道徳教育に関する議論に必要なのは、国民教育の枠組みにとらわ れない道徳の教科構成の原理の追求と、それを基にした授業論なのではな いだろうか。 《別表》 1952年から特設「道徳の時間」までの主なできごと 1952 2月28日 日米行政協定 国中にアメリカ軍の基地が設けられる 3月6日 吉田首相、「自衛隊は違憲にあらず」 4月28日 対日平和条約、日米安全保障条約サンフランシスコ両条約発効 5月1日 血のメーデー事件 7月21日 破壊活動防止法 8月1日 警察予備隊が保安隊に改組される。吉田総理大臣、「我が国軍の 土台たれ」 8月16日 第25回総選挙にて自由党の文教政策「道義の高揚愛国心の涵養 の名の下に修身、地理、歴史教育の充実をかかげることにより、 社会科解体、修身科復活の意図を党の政策として明らかにする。」 岡 おか 野の清きよ豪ひで文部大臣「修身科復活」を断言 1953 5月21日 岡野文相、教育課程審議会のメンバーを新たに入れ替え、「社会 科の改善、とくに地理、歴史、道徳教育について」を諮問する。 大達茂雄、文部大臣に就任

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1953 8月7日 教育課程審議会答申「社会科の中で道徳教育を強化していく。基 本的人権の尊重を中心とする民主的道徳教育がめざされるべきで ある。道徳教育は修身科の特設などの方法によるべきではない」 ことを明らかにする。 8月8日 中教審がてこ入れ。「『基本的人権の尊重を中心とする民主的道 徳』とある意味は、民主的道徳の中心は、人格の尊重ひいては、 社会公共への奉仕にあるとの意味に理解すべきである。」との付 帯事項を付け加える。 8月22日 「社会科の改善についての方策」文部省基本的人権にはふれず、 徳目をならべる。「社会科改善についての方策」文部省 「基本的 人権の尊重」が削られ「公共の福祉に奉仕する」と「国を愛する 心情」などにすりかえられる。 海 かい 後ご宗とき臣おみ社会科問題協議会、文部省の方針を批判 10月5日 池田勇人・ロバートソン会談「防衛の任にまずつかねばらなない 青少年日本人はいかなることが起こっても武器を取るべきではな いとの教育を受けている。日本国民の防衛に関する責任感を増大 させるような日本の空気を助長することが最も重要であることに 同意した。日本政府は教育および広報によって、日本に愛国心と 自衛のための自発的精神が成長するような空気を助長することに 第一の責任を持つものである。」 1955 1月 ニクソン副大統領 日米協会にて「日本国憲法はミステークで あった。」と発言 2月22日 安藤文相、記者会見において「天皇のあり方を小学校社会科に盛 り込みたい。」と発言 文部省「社会科改訂に関する第五次中間発表」として「小学校社 会科の目標および学習の領域について」発表。安藤文相自らが加 筆した部分があると伝えられる。「小学校社会科の目標および領 域案」原案には見られなかった「天皇」に関する学習事項が付け 加えられる。「道義的心情、宗教的情操を養い」という項目が安 藤文相の手で書き加えられた。 1955年版社会科に対する批判相次ぐ。 1956 2月 上田薫「動的相対主義」の立場から道徳教育論を展開。清瀬文 相、臨時教育審議会設置法案の審議にあたり、臨教審の審議内容 に「人格の完成、個人の価値、勤労、自主的精神の育成」などの 他に「日本国に対する忠誠」を挙げる。

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1957 教育課程審議会の顔ぶれを一新させる。 教育課程審議会開催。第四部会にて「道徳の特設」が全員一致で 可決される。 道徳教科の独立を言明、理由「社会科では個人道徳は教えられな いから」内藤初等中等局長「新しい国際社会に打って出る人物や 独立国家に即応した人間」を育成するため「民族精神の高揚や国 民的道徳の確立」松永文相「まず修身教育だ。それから先祖の歩 んできた歴史。~これらの教育をもっと濃厚に行い、道義心、民 族精神、さらにいわせてもらうなら愛国心というものを青少年の 頭にたたき込むことが必要だ。」 1958 3月15日 教育課程審議会、道徳教育のための時間特設方針を答申。「現状 を反省し、その欠陥を是正し、すすんでその徹底強化をはかるた めに、新たに道徳教育のための時間を特設する。」「毎学年、毎週 1時間以上とし、従来の意味における教科としては取り扱わない こと」「児童生徒の心身の発達に応じ、日常生活の基本的な行動 様式の理解、道徳的心情と道徳的判断力の育成に努め、道徳的実 践力の涵養を図る」ことを目的とし、道徳教育の具体的な目標と した。 文部省通達「小学校・中学校における『道徳』の実施要項につい て」を出し、道徳時間を特設。学級担任が毎週1時間担当するこ ととした。 学校教育法施行規則を一部改正、9月から道徳の時間が義務づけ られた。 3月18日 文部省『学習指導要領 道徳編』を告示、併せて『小学校道徳指 導書』、『新しい道徳教育のために』を出版(巻頭言 天野貞祐)。 「道徳の時間」特設を巡って激しい議論が展開され、日教組、日 本教育学会が特設への反対の態度を明確にした。 8月28日 道徳教育伝達講習会が5大都市で行われたが、仙台では武力衝突 があり、逮捕者が出た。 *1  澤田俊也「名称『道徳』の成立過程」東京大学大学院教育学研究科紀要 第 55 巻  2015 *2 同上 *3 『教育学研究』 24 巻6号 1957 p. 38-62 *4 『教育評論 特集 / 道徳教育』日本教職員組合発行 1958 15p *5 梅根悟「道徳教育とカリキュラム」『カリキュラム』1951 1月号 14p *6  『日本道徳教育論争史 第 12 巻』 監修 貝塚茂樹 日本図書センター 2015 所収「教

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育研究」1958.1 *7 『新しい道徳教育のために』文部省 東洋館出版社 1959 pp.130-143 *8 同上 196p *9 同上 pp.202-227 *10 『日本道徳教育論争史第 12 巻』 監修貝塚茂樹 日本図書センター 2015 *11 『日本道徳教育論争史第 12 巻』 監修貝塚茂樹 日本図書センター 2015 *12 足立佳奈「平野武夫『価値葛藤論』の『道徳の時間』への接近過程に関する考察」 東北大学大学院教育学研究科研究年報 第 63 集・第2号 2015 *13 『道徳的実践力の育成をめざす 道徳教育は教師中心か生徒中心か-価値葛藤の場 において-』全国道徳教育研究者連盟・関西道徳教育研究会 1985 158p *14 足立佳奈「平野武夫『価値葛藤論』の『道徳の時間』への接近過程に関する考察」 東北大学大学院教育学研究科研究年報 第 63 集・第2号 2015 *15 『現代教育科学』 明治図書 2011 年6月号 1p *16 教育再生会議 第二次報告 2007 年6月1日  「社会総がかりで教育再生を~公 教育再生に向けた更なる一歩と『教育新時代』のための基盤の再構築~提言1 全 ての子供たちに高い規範意識を身につけさせる *17 教育課程部会 道徳教育専門部会(第3回)(平成 26 年4月 25 日 金曜日 13 時~ 15 時 30 分)資料 5-1 委員提出資料(押谷主査) *18 「教育基本法策定のための教育刷新委員会第一特別委員会第5回会議録 1946 10 月 11 日」『戦後道徳文献資料集』第Ⅰ期3巻 貝塚茂樹監修所収

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