︹書 評 と 紹 介 ︺
﹃ 青 森 県 史 資 料 編 近 世
2津 軽
‑前 期 津 軽 領 ﹄
岡 崎 寛 徳
待 望 の 刊 行 物 を 手 に し た 。 ﹃ 青 森 県 史 資 料 編 近 世 2 津 軽
1前期 津 軽 領 ﹄ で あ る (以 下 、 ﹃ 近 世 2 ﹄ と 略 記 )。 約 五 十 巻 を 予 定 し て い る
﹃ 青 森 県 史 ﹄ は 、 平 成 十 三 年 (二 〇 〇 二 よ り 刊 行 が 開 始 さ れ た が ' こ
れ は か つ て の ﹃ 青 森 解 史 ﹄ 以 来 七 十 五 年 振 り と な る 。
こ の 内 、 近 世 編 の ﹃ 資 料 編 ﹄ は 九 巻 の 構 成 と な っ て お り 、 平 成 十 五 午
七 月 現 在 、 す で に 三 巻 を 入 手 す る こ と が で き る O ﹃ 近 世
1近 世 北 奥 の
成 立 と 北 方 世 界 ﹄ に 続 き 、 ﹃ 近 世 2 ﹄ 、 そ し て ﹃ 近 世 4
南部1盛岡藩領 ﹄ の 三 巻 で あ る 。 ま た 、 「後 期 津 軽 領 」 「八 戸 藩 領 」 「学 芸 」 「半 島 と
海 」 「北 奥 の 生 産 と 生 活 」 「幕 末 維 新 」 の 六 巻 が 続 刊 と し て 予 定 さ れ て い
る (﹃ 近 世
1﹄ 「は じ め に 」 )。 す な わ ち 、 青 森 県 全 域 や そ れ を 越 え た 広 域
を 一 つ の テ ー マ か ら と ら え た も の と 、 ﹃ 近 世 2 ﹄ を 含 め 領 域 (藩 領 域 )
別 に と ら え た も の と に 大 別 す る こ と が で き る 。 分 量 も 、 内 容 も 、 ﹃ 青 森
蛎 史 ﹄ と は 比 較 に な ら な い ほ ど の 充 実 度 で あ る O
さ て 、 ﹃ 近 世 2 ﹄ は 以 下 の 構 成 と な っ て い る (項 目 省 略 )。
第 一 章 藩 政 確 立 期 の 情 勢
解説
第 二 即 幕 藩 関 係 の 展 開
第二節第 三 節
第 四 節
第 二 章
解説
第 二 即
第 二 節
第 三 章
解説
第 一 節
第二節
第 四 章
解説
第一節
第二節
第三節
各 章 ご と に 確 立 期 領 内 の 諸 相
津 軽 黒 石 領 の 成 立
家 臣 団 統 制
津 軽 平 野 の 開 発 と 村 落
近 世 前 期 の 村 落 と 開 発 の 諸 相
貞 享 の 統 一 検 地 と 元 禄 期 の 村 落
弘 前 城 下 と 青 森
城 下 町 弘 前 の 展 開
湊 町 青 森 の 展 開
津 軽 九 浦 の 展 開 と 交 通 ・ 運 輸 の 発 達
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九 浦 制 と 流 通 統 制
海運
陸 上 交 通 「藩 政 」 「村 落 」 「町 」 「流 通 ・ 交 通 」 と 、 テ ー マ が 分 け ら
れ て い る 。 そ の 他 、 巻 頭 に 口 絵 、 巻 末 に 「掲 載 史 料 ・ 所 蔵 先 ・ 略 記 1
覧 」 を 付 し 、 ま た 、 貞 享 二 年 ( 1 六 八 五 ) の 「弘 前 井 近 郷 之 御 絵 図 」 を
別 冊 と し て 収 録 し て い る 。
次 に 、 本 書 の 内 容 を 各 章 ご と に 簡 単 に 紹 介 す る 。 た だ し 、 分 量 の 多 い
史 料 集 で あ る た め 、 筆 者 が 個 人 的 に 関 心 の あ る 第 一 章 を 中 心 に 、 特 筆 す
べ き 点 に 絞 っ て 記 す こ と と す る 。
第 一 章 で は 、 津 軽 土 佐 守 信 義 ・ 越 中 守 信 政 時 代 の 藩 政 史 料 を 中 心 に 渇
載 し て い る o そ の 特 徴 は 主 に 三 つ あ る .
ま ず 一 つ に は 、 既 刊 ﹃ 近 世 1 ﹄ の ス タ イ ル を 受 け て 、 第 一 節 が 正 保 元
年 ( 一 六 四 四 ) か ら の 編 年 配 列 を 行 っ て い る 点 で あ る 。 ﹃ 近 世 1 ﹄ 第 ‑
部 は 天 正 十 五 年 ( 一 五 八 七 ) 〜 寛 永 二 十 年 ( 一 六 四 三 ) ま で の 編 年 史 料
集 で 、 ﹃ 近 世 1 ﹄ と ﹃ 近 世 2 ﹄ を 通 観 す る こ と に よ り 、 近 世 初 頭 か ら 中
期 に か け て の 津 軽 氏 ・ 弘 前 藩 の 動 向 を 、 歴 史 的 流 れ の 中 で 知 る こ と が で
き る 。
二 つ 目 は 、 第 二 節 で 弘 前 市 立 図 書 館 所 蔵 の 「弘 前 藩 庁 日 記 (御 国 日
記 ) 」 を 、 寛 文 元 年 ( 一 六 六 一 ) か ら 同 七 年 ま で 一 括 掲 載 し て い る こ と
で あ る (四 六 〜 二 一 七 頁 )。 他 の 史 料 が 二 段 組 で 掲 載 さ れ て い る の に 対
し 、 こ の 部 分 は 三 段 組 と な っ て い る 。 そ れ で も 、 全 体 の 二 割 以 上 の 分 量
を 占 め て お り 、 最 重 点 の 置 か れ た 史 料 で あ る こ と が わ か る 。
勿 論 、 多 く の 頁 数 を 割 き な が ら も 掲 載 し た の に は 、 そ れ な り の 意 図 が
あ る 。 こ の 日 記 は 弘 前 藩 政 ば か り で は な く 北 奥 地 域 の 当 時 の 状 況 を 知 る
上 で 基 本 的 か つ 有 効 な 史 料 で あ り 、 そ の た め 各 自 治 体 史 で も 掲 載 さ れ て
き た が 、 従 来 は 部 分 的 ・ 限 定 的 な 掲 載 で あ っ た
。そ れ に 対 し て 、 「総 体
的 に 把 握 」 し 、 「ト ー タ ル な 理 解 に い た る 」 た め に 、 こ こ で は 一 括 の 掲
載 ス タ イ ル が と ら れ た (第 一 章 解 説 参 照
)。我 々 利 用 者 ・ 研 究 者 に と っ
て は 非 常 に 有 益 で あ る 。 使 用 頻 度 が 高 く な る で あ ろ う 。
三 つ 目 は 、 第 E ]節 の 弘 前 藩 重 臣 杉 山 家 伝 来 知 行 宛 行 状 で 、 こ れ も 1 括
掲 載 さ れ て い る (二 四 九 〜 二 五 五 頁 )。 こ の 文 書 は 、 「県 史 近 世 部 会 の 調
査 の 過 程 で 発 見 し た 新 出 史 料 で あ り 、 初 め て 公 開 す る 文 書 」 (第 一 章 解
説)で 、 口 絵 に も 四 点 が 載 せ ら れ て い る 。 藩 主 と 重 臣 の 関 係 を 研 究 す る
上 で 重 要 な 史 料 で あ る 。 こ う し た 新 出 史 料 の 発 見 は 、 編 纂 事 業 の 大 き な
成 果 で あ る D 今 後 も ﹃ 青 森 県 史 ﹄ 刊 行 に 伴 い 、 史 料 が 新 た に 表 出 し て く
る こ と を 期 待 し た い 。
第 二 章 は 、 耕 地 開 発 が 主 題 で あ る 。 第 一 節 で は 「開 発 と 知 行 宛 行 」 「開 発 の 進 展 」 「前 期 の 村 落 と 農 政 」 の 三 項 を 立 て 、 土 豪 的 存 在 で あ る 「小 知 行 ( こ ち ぎ ょ う ) 」 の 動 き や 、 新 耕 地 の 開 発 者 が 藩 士 と し て 取 り
立 て ら れ た 状 況 な ど を 知 り 得 る 史 料 が 掲 げ ら れ て い る 。 第 二 節 は 「天 和
の 書 上 と 村 絵 図 」 「貞 享 の 統 一 検 地 」 「元 禄 期 の 村 落 と 農 政 」 と い う 三 項
で 、 天 和 ・ 貞 享 二 刀 禄 期 に お け る 開 発 の 様 相 に 関 す る 史 料 を 取 り 上 げ て
い る 。 弘 前 藩 お よ び 領 民 に と っ て 重 要 課 題 で あ っ た 、 元 禄 八 年 ( 一 六 九
五 ) の 飢 僅 関 係 史 料 も 掲 載 し て い る 。
第 三 章 は 、 城 下 町 弘 前 と 湊 町 青 森 と い う 二 つ の 町 を 取 り 上 げ 、 前 者 は 「城 下 の 支 配 と 構 造 」 「町 方 の 負 担 」 「商 い と 諸 稼 ぎ 」 「都 市 民 の 生 活 」、
後 者 は 「町 の 支 配 と 構 造 」 「町 方 の 負 担 」 「商 い と 諸 稼 ぎ 」 「青 森 湊 と 廻
船 問 屋 」 と 、 そ れ ぞ れ 四 項 を 立 て て 関 係 史 料 を 構 成 し て い る 。 ま た 、 前
章 の 元 禄 八 年 飢 健 は 、 本 章 第 一 節 に も 密 接 な 関 連 性 を 持 つ 。 飢 健 に よ る
財 政 難 か ら 、 藩 は 大 量 の 家 臣 団 を 召 し 放 ち 、 藩 士 の 屋 敷 菅 や 郡 外 移 転 を
行 っ て い る 。 そ う し た 実 情 を 掲 載 史 料 か ら 見 る こ と が で き る 。 一 方 、 吹
の 第 四 章 と も 関 連 す る 第 二 節 で は 、 第 一 節 ま で 頻 繁 に 掲 載 さ れ て い た 藩
政 史 料 ば か り で は な く 、 青 森 県 立 図 書 館 所 蔵 の 滝 屋 伊 東 家 文 書 な ど も 多
用 さ れ て い る 。 こ の 文 書 群 が あ る こ と に よ っ て 、 藩 政 史 料 の み で 描 か れ
が ち な 本 書 が 幅 の 広 い も の と な っ て い る の で あ る 。
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第四章では'「既に活字化され'比較的入手しやすい史料集などに渇
載されているものについては'行論上不可欠なものを除いて'掲載しな
かった」ということである。しかしその分量から、それでも多くの関係
史料がいまだ活字化されていなかったことがわかる。六湊(青森・鯵ヶ
沢・深浦・十三・蟹田・今別)と三関所(碇ヶ関・大間越・野内)から
なる津軽九浦について'第一節の「九浦制の成立と各浦の機能」「流通
機構の変動と九浦制の動揺」で扱い'第二二二節では'それぞれ「日本
海海運と西浜諸湊」「太平洋海運と青森湊」および「交通・運輸政策の
展開」「領内をめぐる主要道」の項目から、海運・陸運に関する史料を
掲載している。また、全節にわたり'幕末に至るまでの史料も多く取り
上げていることも'本章の特徴である。
ここで史料構成などを細かく記すことができないが'いずれにしても'
﹃近世
2
﹄は質・量ともにすぐれた史料集である。しかし'自治体史宿纂に関わった経験者として'また今後扱う利用者として'少々残念に感
じた点を述べることとしたい。
まず思ったことは'使いづらさである。それは本書を通じて言えるこ
とであるが'史料が探しうらい点に集約される。
目次は巻頭に付されているが'細目次ではないために'目的の史料へ
辿り着くのに時間がかかる。何年何月の史料が見たい、何家の文書を調
べたいtと思っても'その都度解説の一読や数頁あるいは数十頁捲るこ
となど、一手間二手間が必要となる。例えば、本書最大のメリットでも
ある'一括掲載の「弘前藩庁日記(御国日記)」は何頁から始まってい
るのか'目次から探すことができない。これは巻末の「掲載史料・所蔵 先・略記一覧」にも相当することで'この表から本文中の史料番号およ
び頁数を割り出せないのである。
資料編の良いところは'最初から最後まで順番に読まなくとも'興咲
のある史料から読めることで'それは今後の通史編にも当てはまる。ダ
イレクトに辿り着くためには細目次が不可欠であろう。本書は内容が非
常にすぐれたものであるだけに'その点が残念に思えて仕方がない。
史料の本文については'全く注記がない点が気になった。事前に知識
があれば'その人物が幕臣であるか大名であるか、津軽家当主か家老か'
またどのような役職に就いている藩士であるかtといったことはわかる
が'注記がないためにへ初見の人物が出てくる度に別の書物で調べる必
要が生じる。全てとは言わないまでも、せめて幕臣・諸大名と津軽家当
主・家老・用人クラスについては'﹃近世
2
﹄一冊内で情報を得たいものである。編集作業は手間のかかるものではあるが'索引は別巻として
刊行される予定で'それもしばらく先のことであるからこそ、必要では
ないかと田・jう0
また'各章の冒頭に付されている解説についてであるが'史料の内容
だけではなく'編集意図なども記されていて興味深い。ただ'掲載史料
の一点一点についても'ごく簡潔な解説文があっても良かったのではな
いだろうか。人名や地名の注記とともに、利用者は非常に史料が読み鰭
きやすくなるであろう。
資料編という性質上、評するのは難しく'内容よりも些末な点を批評
する形となってしまった。しかし、非常に興味深い史料が多く掲載され
ているので、求められることを是非にもお薦めしたい。
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限られた紙幅を考慮しながら、多数の掲載候補史料から何を取捨選択
するか、これは編集上の最大の問題である。編者の姿勢が問われるとこ
ろでもある。その意味で'「弘前藩庁日記(御国日記)」一括掲載'新出
史料の杉山家伝来知行宛行状の掲載など、刊行の意義は大きい。一方で、「近衛家雑事日記」など、捨象せざるを得なかった史料も多数あること
だろう。この一冊で近世前期の津軽領を語り尽くすことができるわけで
はない。そうした点は、調査・研究成果の集大成となる﹃通史編﹄でカ
バーされることになろう。「後期津軽領」を主題とする﹃近世
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﹄とともに'その刊行を強く期待している。利用しやすい﹃索引編﹄の刊行も
切に願う。
(A4判、七四八頁'青森県、二
〇 〇
二年三月刊、七五六〇
円)(おかざき・ひろのり日本学術振興会特別研究員)75