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3 津 軽 2 後 期 津 軽 領 』

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︹書 評 と 紹 介 ︺

﹃青 森 県 史 資 料 編 近 世 3 津 軽 2 後 期 津 軽 領 ﹄

野 信 治

青 森 県 関 係 の 近 世 史 料 か ら は 縁 遠 い 仕 事 環 境 に あ る 私 に ' 本 書 の 評 者

が つ と ま る の か 不 安 だ が 、 少 な い 経 験 な が ら も 自 治 体 史 編 纂 に 携 わ り ま

た 本 書 で 扱 わ れ る 藩 政 や 領 域 社 会 の 問 題 に 関 心 を 持 つ 立 場 か ら 感 想 め い

た も の を 述 べ さ せ て い た だ く こ と で ご 海 容 願 い た い 。

本 書 は 青 森 県 史 資 料 編 七 冊 の う ち の 一 冊 で 、 弘 前 藩 の 成 立 か ら 藩 政 確

立 ま で の 動 き を 対 象 と し た 近 世 2 前 期 津 軽 領 の 続 編 に 当 た り 、 前 書 の 四

章 構 成 を 継 い で い る 。 た だ し 前 書 は 、 幕 藩 関 係 や 藩 政 確 立 (第 一 章 )、

津 軽 平 野 の 開 発 と 村 落 (第 二 章 )、 弘 前 城 下 と 湊 町 青 森 (第 三 章 )、 津 軽

九 浦 と 海 運 や 陸 上 交 通 (第 四 章 ) を 扱 っ て い る こ と か ら う か が え る よ う

に 、 ど ち ら か と い え ば 主 題 別 編 成 の 性 格 が 強 い 。 こ れ に 対 し ' 本 書 は

「歴 史 の 流 れ を 読 み 取 る こ と が で き る と い う 性 格 の も の 」 (本 書 「は じ

め に 」) を よ り 目 指 し た と い え 、 編 集 の 苦 労 が し の ば れ る 。 具 体 的 に は 次 の 通 り で あ る 。

「第 五 章 転 換 期 の 藩 政 と 社 会 」 は 、 宝 永 か ら 天 明 期 に い た る 近 世 中

期 の 藩 政 や 社 会 状 況 を 語 る 。 大 坂 へ の 廻 米 を 機 軸 に し た 藩 経 済 の 全 国 市

場 へ の 包 摂 に と も な う 財 政 窮 乏 が 地 域 ・ 民 衆 に 与 え る 影 響 や 領 主 的 対 応

の 限 界 性 が 描 か れ 、 天 明 飢 健 な ど が 天 災 と い う よ り も 人 災 的 性 格 を 色 演

く 持 っ た 様 子 が 知 ら れ る 。 「第 六 章 北 方 問 題 の 展 開 と 藩 政 」 は 、 北 方

問 題 の 発 生 と 寛 政 改 革 、 ま た 蝦 夷 地 直 轄 化 と 弘 前 藩 の 関 与 や 化 政 期 の 状

況 を う か が う 。 ア イ ヌ 民 族 蜂 起 や 異 国 船 来 航 に 対 応 す る た め 寛 政 期 と 文

化 文 政 期 を 中 心 と し た 蝦 夷 地 警 備 や 領 内 沿 岸 警 備 、 ま た こ の 影 響 を う け

た 家 中 在 宅 や 津 軽 家 家 格 上 昇 ・ 黒 石 藩 成 立 な ど の 藩 政 の 動 向 や 領 内 状 況

の 記 録 で あ る 。 「第 七 章 諸 産 業 の 発 達 」 は 諸 産 業 の 有 り 様 を 示 す 。 天

明 飢 健 に 際 す る 農 民 救 済 と し て の 柚 取 や 漆 ・ 椿 の 増 産 計 画 、 幕 府 の 貿 易 お っ ぷ 対 策 も か ら み 銅 生 産 に 方 針 転 換 す る 尾 太 鉱 山 、 藩 献 上 品 や 長 崎 俵 物 の 水

産 物 や 資 源 保 護 な ど 意 識 し た 漁 業 政 策 ' 飯 米 確 保 と 賦 課 金 徴 収 の た め 藩

の 規 制 下 に あ っ た 酒 造 業 な ど の 実 態 に ふ れ 、 幕 藩 権 力 と の 関 係 も み え て

く る 。 「第 八 章 宗 教 の 統 制 と 民 衆 」 は ' 宗 教 と 藩 政 の 関 わ り の な か で

宗 教 者 と 民 衆 と の 関 係 や 新 た な 信 仰 の 発 生 も か い ま 見 せ る 。 真 言 宗 を 中

核 と し た 領 内 寺 院 統 制 や 弘 前 熊 野 宮 と 同 八 幡 宮 の 「両 社 家 頭 」 に よ る 神

堂 ・ 堂 宮 の 統 制 、 キ リ シ タ ン 類 族 、 伊 勢 御 師 や 神 楽 、 信 濃 善 光 寺 と 遊 行

上 人 の 弘 前 廻 国 、 僧 侶 ・ 神 職 の 身 分 や 上 下 支 配 関 係 ま た 救 済 祈 願 な ど 、

民 衆 生 活 と 深 い 関 わ り を 持 つ 宗 教 の 実 態 が 浮 か び 上 が る 。 「第 九 章 天

保 期 の 藩 政 と 社 会 」 は 、 天 保 飢 健 の 状 況 を 民 衆 移 動 な ど 社 会 全 体 と の 結

び つ き の な か で 考 え さ せ る 。 隠 れ 津 出 の 禁 止 、 「松 前 持 」 や 飢 民 の 流 出

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人 な ど に 加 え 、 貯 米 放 出 に と も な う 村 方 騒 動 、 疾 病 、 治 安 悪 化 と 取 締 、 お いに し んり

献 策 な ど 飢 健 の 具 体 的 状 況 が 知 ら れ 、

と 年 貢 米 売 却 に よ る 蝦 夷

地 と の 経 済 関 係 な ど に も 言 及 す る 。

本 書 は 以 上 を 物 語 る 史 料 群 で 各 章 が 編 集 さ れ 、 近 世 後 期 の 弘 前 藩 領 お

よ び 松 前 蝦 夷 地 や 秋 田 藩 領 ・ 南 部 藩 領 な ど の 周 辺 地 域 と の 関 わ り も 周 到

に 視 野 に 入 れ た 、 文 字 通 り の 歴 史 叙 述 が 、 各 章 解 説 と 相 ま っ て 史 料 自 身

に よ っ て 語 ら れ て い る 。 「地 域 か ら の 視 点 と 展 望 に よ っ て 」 「領 域 に お け

る 独 自 の 歴 史 的 枠 組 み 」 と 「他 の 領 域 に み ら れ な い 、 北 奥 地 方 に 普 遍 的

か つ 独 自 の テ ー マ 」 を 、 「歴 史 の 流 れ 」 に 沿 い な が ら 検 証 す る (「 は じ め

に 」) 意 図 が 成 功 し て い る 資 料 編 と い え よ う 。

本 書 か ら 評 者 な り に 注 目 し た い 点 を 、 読 み 応 え あ る 解 説 も 参 考 に し な

が ら 三 点 ほ ど あ げ た い 。 第 一 に い わ ば 「民 衆 」 の 階 層 性 が 浮 き 彫 り に さ

れ て い る こ と で あ る 。 「民 衆 的 船 舶 」 「民 衆 的 な 商 品 取 引 」 (解 説 五 頁 )

な ど の 表 現 に は 、 「米 持 之 族 」 (史 料 m 七 八 。 以 下 七 八 の よ う に 表 記 )、 「在 方 重 立 」 (九 六 )、 「在 々 身 上 者 」 ( 二 二 )、 「五 所 川 原 四 ケ 村 仲 買 之

者 」 (四 六 五 ) な ど の 地 域 社 会 で の 経 済 的 ・ 社 会 的 有 力 者 (評 者 は こ の

よ う な 存 在 を 対 馬 藩 を 素 材 に 「社 会 内 権 力 」 と 呼 称 し た ︹拙 稿 「藩 政 と

地 域 社 会 ‑ 給 人 地 主 制 論 の 観 点 か ら ' 対 馬 藩 を 素 材 に ‑ 」 (﹃ 歴 史 学 研

究 ﹄ 七 三 三 号 、 二 〇 〇 〇 年 ) ︺) や 領 主 権 力 か ら 身 分 的 ・ 政 治 的 特 権 を 与

え ら れ た 階 層 (前 掲 拙 稿 で は 「対 社 会 権 力 」 と 呼 称 ) が 想 定 さ れ て い よ

う が 、 彼 ら を 含 め た 広 い 意 味 で の 民 衆 の 階 層 性 が 、 例 え ば 打 ち こ わ し の

対 象 に な る と い う 局 面 だ け で は な く 、 そ の 威 嚇 に よ る 徒 党 へ の 強 制 参 加

や 救 米 ・ 貯 米 配 分 を め ぐ る 米 の 下 値 買 い 集 め と 高 値 売 り の 風 聞 、 松 前 出 漁 に み ら れ る 特 権 性 な ど 、 権 力 を 介 在 さ せ つ つ う か が え る 。

第 二 に 飢 健 の 実 相 ・ 本 質 を 考 え さ せ ら れ た 。 と く に 「飢 健 移 出 」 と い

う 言 葉 に 象 徴 さ れ る よ う に 、 全 国 市 場 へ 依 存 せ ざ る を 得 な い 財 政 メ カ ニ

ズ ム が 飢 健 を い わ ば 人 災 化 し て い る 。 し か も 救 済 行 為 (と く に 在 方 ) そ

の も の が 窮 民 に よ る 城 下 殺 到 を 防 ぐ 治 安 維 持 を 目 的 と し て い た と い う 描

摘 は (解 説 八 頁 )、 領 主 に よ る 救 済 の 意 味 を 改 め て 考 え さ せ ら れ る 。 ま

た 「丹 後 者 入 込 」 の 調 査 と 「送 返 」 (七 七 ) が ' 岩 木 山 の 御 神 体 が 丹 後

の 者 に 虐 待 さ れ た 「さ ん せ う 太 夫 」 の 安 寿 と い う 民 間 信 仰 に 由 来 す る 事

例 は 興 味 深 い (七 七 。 解 説 七 頁 )。 丹 後 者 に よ る 天 候 不 順 が 信 じ ら れ て

い た と い う が 、 か か る 伝 承 ・ 習 俗 を 領 主 側 は 巧 に 取 り 入 れ て 飢 健 の 本 質

か ら 民 衆 の 眼 を そ ら せ る 意 図 も 内 在 し て い た の で あ ろ う か 。

第 三 に ' 長 谷 川 成 一 氏 の ﹃ 近 世 国 家 と 東 北 大 名 ﹄ を 書 評 (﹃ 日 本 史 研

究 ﹄ 四 五 〇 号 、 二 〇 〇 〇 年 ) さ せ て も ら っ た 際 に も 感 じ た が 、 蝦 夷 地 ・

松 前 と の 関 係 性 が 津 軽 地 域 の 人 々 に と っ て 重 要 で あ っ た こ と を 再 確 認 し

た O 「松 前 持 」 は ' 領 主 側 の 規 制 に も か か わ ら ず 生 き る す べ で あ っ た が 、

逆 に ア イ ヌ 民 族 や ロ シ ア 問 題 な ど に よ る ' 幕 藩 領 主 か ら は い わ ば 外 患 が 、

津 軽 の 人 々 に 重 い 負 担 と も な っ た 。 そ の よ う な 意 味 で 、 蝦 夷 地 は 津 軽 の

人 々 に と っ て 両 義 的 意 味 合 い を も っ て い た の だ ろ う 。

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と こ ろ で 県 か ら 市 町 レ ベ ル の 自 治 体 史 編 纂 に 多 少 な り と も 関 わ っ た 仕

事 か ら 感 じ る こ と は 、 資 料 編 の 組 み 方 の 難 し さ で あ る 。 現 在 評 者 が 取 り

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組 ん で い る 佐 賀 県 と 福 岡 市 に 関 し て い え ば 、 い ず れ も 主 題 別 編 集 の 性 格

が 強 い 。 ﹃ 佐 賀 県 近 世 史 料 ﹄ は 佐 賀 藩 ' 三 支 藩 、 唐 津 藩 、 対 馬 藩 ' 対 外

交 渉 、 地 方 ・ 町 方 、 文 学 ' 宗 教 等 の 全 十 編 、 四 十 巻 構 成 で 刊 行 途 上 に あ

る 。 同 県 の 場 合 ' 四 十 年 程 前 に 編 纂 さ れ た ﹃ 佐 賀 県 史 ﹄ (全 三 冊 ) が あ

る が こ れ は 本 編 の み で あ る O ﹃ 佐 賀 県 近 世 史 料 ﹄ 編 纂 に 関 わ る 立 場 か ら

い え ば ' 史 料 の 断 片 的 採 録 は せ ず 、 し か も 同 一 著 者 や テ ー マ の 関 連 史 料

の 悉 皆 収 集 を 心 が け て い る 。 い わ ば 細 く 長 い 編 纂 事 業 だ か ら こ そ 可 能 な

の で あ ろ う が 、 歴 史 の 動 き は 各 編 の な か で 考 慮 さ れ る も の の 、 各 編 が 総

合 化 さ れ て 歴 史 の 推 移 を 検 証 し た 編 集 に は 必 ず し も な っ て い な い 。

福 岡 市 史 も 四 十 年 程 前 に 編 纂 さ れ て い る が 、 近 代 以 降 が 中 心 で 近 世 な

ど 前 近 代 を 含 め た 編 纂 は 今 回 が 初 め て で あ る O 近 世 で い え ば 福 岡 市 が 旧

城 下 町 で 中 世 か ら の 国 際 都 市 博 多 の 伝 統 も 継 承 し て い る 点 に 鑑 み 、 近 世

都 市 人 や そ れ に 関 わ り を 持 つ 人 々 の 姿 を 描 く こ と を コ ン セ プ ト と し て い

る 。 た だ 四 巻 構 成 の 史 料 編 は 藩 政 、 家 臣 、 町 と 寺 社 ' 村 と 浦 t と い う よ

う に 主 題 別 編 成 の 性 格 が 強 い 。 収 集 資 料 を 決 め る 段 階 に あ る が 、 可 能 な

限 り 抄 録 は 避 け る 予 定 で あ る 。

評 者 が 現 在 取 り 組 ん で い る 以 上 の よ う な 佐 賀 県 ・ 福 岡 市 の 史 料 編 集 の

方 針 と 本 書 は 多 少 相 違 す る 。 本 書 は あ る 意 味 で 大 変 に 読 み や す い 史 料 編

集 で あ る D そ れ は 歴 史 の 流 れ を 史 料 に よ り 語 ら し め る t と い う 前 記 し た

方 針 が 実 現 、 成 功 し て い る か ら だ 。 た だ か か る 評 者 の 立 場 か ら し て 気 に

な る こ と も あ る 。 例 え ば ﹃ 佐 賀 県 近 世 史 料 ﹄ は 、 当 然 の こ と な が ら 伝 本

類 の 調 査 か ら 底 本 決 定 、 異 本 類 情 報 を 初 め と す る 解 題 内 容 の 充 実 を 校 合

と と も に 重 視 し て い る O 福 岡 市 史 も 細 切 れ で は な く 、 独 立 し た 資 料 編 と し て 「役 立 つ 」 こ と を 目 指 す 。

本 書 解 説 の な か に は 、 例 え ば 一 四 一 「寛 政 御 仕 向 之 覚 」 に 関 し 写 本 間

の 異 同 な ど に も 触 れ 、 底 本 の 不 十 分 さ を 抄 録 な が ら 一 四 二 「諸 物 価 引 下

方 一 件 」 で お ぎ な う 場 合 (解 説 一 二 頁 ) 、 ま た 天 保 初 め の 藩 財 政 を 示

す 四 八 三 「大 都 調 」 に 関 す る 異 本 間 の 検 討 も 含 め た 成 立 年 比 定 な ど 、 十

分 な 史 料 検 討 も な さ れ る (解 説 五 九 八 頁 ) 。 し か し 史 料 解 題 ・ 検 討 が な

い も の も 少 な か ら ず あ り 、 四 三 八 「善 光 寺 御 用 日 記 」 に 関 す る 「天 明 二

年 ( 一 七 八 二 ) の 回 国 開 帳 の 際 の 弘 前 藩 御 用 懸 役 人 に よ る 同 元 年 か ら の

御 用 留 」 (解 説 四 九 三 頁 ) の よ う な 簡 潔 な 解 題 が 、 例 え ば ' 二 二 「永 禄

日 記 」 、 七 二 「高 岡 霊 験 記 」 ' 一 七 二 ・ 一 七 三 典 拠 の 「封 内 事 実 秘 苑 」 「要 記 秘 鑑 」 、 四 一 九 〜 四 三 五 な ど の 典 拠 史 料 と し て 散 見 す る 「津 軽 編

覧 日 記 」 な ど に も 欲 し か っ た 。 ま た 五 三 「宝 暦 四 甲 戊 歳 御 改 帳 之 写 」 は

弘 前 藩 の 財 政 帳 簿 の 構 造 の な か で ど の よ う に 位 置 づ け ら れ る の か と い う

説 明 が な い と 本 史 料 の 理 解 も 難 し い 、 と い う よ う な 例 も あ る 。

こ の よ う な 事 情 か ら 、 本 書 は 各 章 の 解 説 説 明 に 史 料 を 落 と し 込 む と い

う 印 象 を う け 、 史 料 抄 録 の 客 観 性 も 保 障 さ れ に く い の で は な か ろ う か 。

し か し 、 繰 り 返 す が 資 料 編 の 編 纂 方 針 は 難 し く ま た 目 指 す 方 向 に よ り 多

様 性 は 認 め ら れ よ う 。 本 書 は 地 域 に 即 し 史 料 に 歴 史 を 語 ら せ る ' そ の 意

味 で 十 分 に 成 功 し て い る 資 料 編 で あ る 。

( A 4 判 、 七 二 〇 頁 、 青 森 県 、 二 〇 〇 六 年 三 月 刊 ' 価 格 五 四 六 〇 円 )

(た か の ・ の ぶ は る 九 州 大 学 比 較 社 会 文 化 研 究 院 教 授 )

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