書 評
『津軽学』頌
*弘前大学人文学部 書 評
石 堂 哲 也
*「津軽に学ぶ会」が発行する『津軽学』が快調である。
0年0月日に創刊号が出た。私が買い求めた1冊は同年月0日発行で既に3刷であった。これは 驚いてよい。弘前市内の大手書店のベスト・セラー・リストにも載った。0年月には2号が出て、こ のたび待望の3号が出た、と今朝の新聞(「東奥日報」0年1月日朝刊)で読んだ。
1号、2号とも0頁。(3号はまだ手もとにない。)津軽の自然、歴史、祭り、生活、町並み、人物 群像が溢れるばかりに盛り込まれている。論文あり、随筆あり、インタビューあり、シンポジウムあり。
泰西名画(かつて、こんな言葉があった)に、「豊穣の角」(
cornucopia
またはhorn of plenty
)とい うのがあって、花、果物、穀物が盛られた角(つの)から溢れこぼれているさまを描くことをよくした。それを想起する。近頃はやりの表現で言えば、津軽の「てんこもり」。
それが乱雑にならずに、みごとにまとめているところが企画・編集の冴えである。各号に副題がつい ていて、1号は「津軽定点観測/岩木山・岩木川」、2号は[強烈な脱出と回帰の願望/津軽の人生]。
(3号は「場のちから 地の記憶」。)
折にふれ何度か読んでみて思う事を以下に述べる。
この本は、(イ)ずっと津軽に棲んでいた人と、(ロ)津軽に産まれ育ち、出て行き、そして戻って来 た人と、(ハ)外からやって来た人、の合作である。
何処の地域でも構成要素はこの3種類であろうが、ほとんどが外からやって来た人たちで出来上がっ ている東京(周辺)や、京都のように(ホントかどうか知らないが、そういうことになっている)昔か らそこに棲んでいる人以外は相手にしてもらえない所もあるらしい。その点、本書のブレンドは絶妙で ある。
ともあれ、地域の特質は、異なる環境で育った外から来た人には眼につきやすい。それを整理、分析 して焦点を絞り込むレンズとして社会学、民俗学、歴史学などの視点、方法、知識が大活躍している。
出稼ぎ、人口移動についての調査・考察や、西目屋「砂子瀬」古老の記憶の記述等の注目すべき記述は、
(イ)の人々の存在と(ハ)の視点によって可能になった。そもそも、この企画は赤坂憲雄氏からの呼 びかけがあって(創刊号、
p.
)始まっているという。それに終始すればこの本は調査報告書に近いものになったであろう。しかし、そこにとどまらず、こ の本を誰が読んでもおもしろいものにしているのが、それを大きく包み込んでいる(ロ)の人々の、津 軽に寄せる熱い思いである。
2号の副題にあるように、出て行った人が回帰する思いの深さにおいて津軽は特異なのではないだろ うか。菊池正浩氏の「津軽観音巡礼の旅」を読んで、私は太宰の『津軽』や、長部日出雄氏の『津軽
書 評
じょんから節』、『津軽世去れ節』が成立する経緯をふと思った。
本書の紹介のために具体的な発言、記述を引用したいのであるが、これを始めると際限がなくなる。
一読、忘れることができない鎌田慧氏の「シンポジウム」(この企画での呼称では「語り合い」)での発 言を引用しておく。―「たしかに、津軽からは、総理大臣も大蔵大臣も日銀総裁も出ていない・・・日 本の歴史に対して罪を犯していないと思います。出したのは相撲取り、流行歌手、売れない物書きなど でしかない、ということは自信を持っていいんじゃないかと思います。」(2号、p. )
第3号が楽しみです。
付記
1号、2号とも、所収の写真がよい。ひとつひとつの写真が いいだけではない。配列の妙と言うか、たとえば、奈良美智氏 の人形の写真の2頁あとに川倉地蔵を配している(2号、p.
とpp.-)。これには驚いた。
〔津軽に学ぶ会 本体1,429円〕