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音楽を合わせるとは:合奏についての哲学研究 A Philosophical View of Instrumental Ensemble

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修士論文

音楽を合わせるとは:合奏についての哲学研究 A Philosophical View of Instrumental Ensemble

指導教員 : 今田 匡彦 教授

国立大学法人 弘前大学大学院 教育学研究科

教科教育専攻 音楽教育専修 音楽科教育分野

13GP215 熊谷 敬太

Keita KUMAGAI

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1 要 旨

合奏において音楽を「合わせる」と表現するとき,この動詞は具体的に何をどうするこ とを意味するのか。この動詞はしばしば音程や出だし,リズム等の目的語を伴って用いら れるが,この目的語が指し示しているのは音楽そのものではなく,音楽の要素あるいは「部 分」である。要素の集合によって全体を作り上げようとする合奏法は今や当たり前のよう に見られるが,身体運動を例に考えてみると,事象全体は要素の集合によっては保証され ないことがわかる。よって,音楽という音事象を生みだすべく行われる合奏が,要素や部 分を集合させる方法で行われていることは不可解であり,非常に問題ですらある。

これらのことから,本論文は西洋音楽の合奏を想定しつつも,非西洋での音楽活動や我 が国の芸能の伝承,スポーツの指導等,これらについての文献の記述に基づいて広い視点 から合奏について切り込み,音楽を合わせるとは如何にして成され得るか哲学的に検証を 行なっている。具体的には第一章では人間と音楽の関係性について,第二章では身体の「撓 み」と「間」について,第三章では「わざ」の指導について検証し,その結果として「① 元来音楽とは『体験』であり,人間は音楽との関係性において『音楽になる』/②人間の ある『状態』 (Achievement)への到達は,部分や Task の集合及び訓練によってではなく,

Achievement の『方向性』を意識化することによって成される」という発見が得られた。

合奏の方法論を提唱することは,方法それ自体が Task として目的化及び手段化されてし まう危険性を考慮したために叶わなかったが,本論文によって「音楽を合わせる」とは音 楽の方向性を感じ,演奏者の身体の動きに還元することだという結論を導いた。また,こ の実現のためにはあらゆる感覚に鋭敏になることが必須であることから,逆説的に今後の 音楽教育の役割と必要性を打ち出した。

キーワード:合わせる,体験,方向性,Achievement

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2 目 次

序 章 ・・・・・3

第一章 「音楽になる」こと, 「音楽をする」こと 1. 芸術の「体験性」 ・・・・・14

2. 音と人間の関係性について ・・・・・18

3. 音楽になる人間 ・・・・・22

4. 音楽になる人間 ・・・・・25

5. 演奏家の技術と「する」音楽 ・・・・・30

6. 「音楽をする」ことの問題点(第一章を通して) ・・・・・34

第二章 音楽の「方向性」について 1. 音楽と身体の「撓み」 ・・・・・39

2. 動きの分節化と分節の型 ・・・・・45

3. 山伏神楽の口唱歌 ・・・・・50

4. 「撓み」と「方向性」 ・・・・・54

5. 演奏する音楽と「方向性」 (第二章を通して) ・・・・・60

第三章 音楽の指導について 1. 何かを教える,学ぶとは ・・・・・ 65

2. 指揮者の役割について ・・・・・70

3. 指揮者と演奏者 ・・・・・73

4. 「わざ言語」について ・・・・・78

5. 合奏指導のあり方とは(第三章を通して) ・・・・・83

終章 Conclusion ・・・・・88

巻末資料 ・・・・・93

謝 辞 ・・・・・97

参考・引用文献/譜例出典 ・・・・・98

(4)

3 序 章

合奏によって音楽をつくろうとする際, 「合わせる」という動詞が頻繁に用いられている。

例えば,鈴木(2004)は「アジアの音楽学習」をテーマとして自ら実施した授業(2002 年

5 月~7 月 愛知県岡崎市立本宿小学校 第 6 学年 2 組 32 名)の指導案における代替楽器に

よって雅楽の合奏を体験させる場面で「歌と楽器を合わせる」という文言を使用している。

また,その練習場面では児童 A が「ねえ。そろそろ合わせてみようか。」とグループのメン

バーに合奏することを提案している様子が紹介されている。この例では,別々のものを一

緒にする,という意味合いで「合わせる」が用いられていると考えられる。一方,サンバ

の様式を体験することを目指す桝田(2006)の指導案では,サンバの速さをキープするた

めの支援として「スルドの音に合わせる」ことと「ステップを合わせる」ことが提示され

ている。また,この授業について枡田(2006 p.35)は「 (中略),実は拍感が合うことから

本場っぽさが出て来るんです」と述べる。この例の用法では,何かを一緒にすることに留

まらず,別々のものを一致させる,という意味合いも含まれているように見える。筆者が

これまでに経験したオーケストラ,吹奏楽,室内楽等の器楽アンサンブル,器楽合奏でも

「音程を合わせる(=複数音の振動数を一致させる)」や「縦を合わせる(=複数音の音波

の立ち上がりを時間軸上で一致させる)」という文言をよく耳にしてきた。これらもまた,

枡田の例における用法に一致する。元々アンサンブル Ensemble という語には「一緒に」

(5)

4

という意味が含まれている(出典: 『ニューグローヴ音楽大辞典』)ことから,鈴木の例に

みる用法は極めて妥当である。しかし,何かを一致させるという意味合いで「合わせる」

というとき,この語の内容は十分に吟味されているのだろうか。音程を合わせる,縦を合

わせる,拍感を合わせる・・・・・・,これらは合奏場面におけるクリシェと化してしまっては

いないだろうか。何かを一致させるということは,理想的な何か(基準,尺度,イメージ)

が何等かの形で存在し,我々はそれを志向して行為するということだが,以下の例から考

えると合奏のクリシェは奇妙に映る。以下は運動技能の指導における,言語による指導の

難解さに関する例である(永山 2011 p.67)。

「歩くこと」は,私たちにとって身近な動作の一つであるが,歩くことを正確に説明し

ようとするとこれがなかなか難しい。たとえ,自分では歩く動作について説明できたと

思っていても,その説明を聞いた他者に説明通りに歩いてもらうと不自然な動作になっ

てしまわないだろうか。

これは熟達者にとって,運動技能について深く理解していることと,それを人に上手く

伝えることは別次元の問題であることを示す例として挙げられたものである。永山はこれ

を受けて,運動技能習得のためには第一に自らの動作についての「動感への気づき」が重

要であるとし,その時点で感覚を感じ取ることができていなくても,感覚に意識を向け続

(6)

5

けることが動作の不感状態を解消することにつながると述べる。しかし,これは裏を返せ

ば,説明通りに「歩けない」ことは,「歩く」という動感に気づいていない(気づけていな

い) 「状態」であることを示している。 「状態」とは物事のありさま,即ち,そうであると

いうことを意味する。 「足を交互に前に踏み出すと歩けますよ」と説明しても歩けるように

なると限らないのは,この説明は「状態」そのものではないからである。歩いている人は

確かに足を交互に踏み出し,前進して「歩行」を実現していることから,これが疑いよう

のない事実であることは間違いない。しかし,どれほど上手に説明しても「状態」そのも

のにはなり得ない。「状態」は他の何かに置き換えることができないのである。故に,理解

の深さと伝達のスキルは別問題なのである。

「状態」についての考え方は合奏にも適用可能である。演奏者が音楽を「合わせる」た

めに志向しているのは,音楽が合っている「状態」である。したがって,音楽についても

例外なく,この「状態」を説明することは容易ではないし,その説明によって人が音楽を

合わせることができるとは限らない。故に,この説明を聞いた演奏者に説明通りに歩いて

もらっても不自然な演奏になり,音楽は合わないだろう。(西洋音楽に関して)音楽が合っ

ているという「状態」は,確かに音程やアインザッツが合ったものかもしれない。しかし,

音楽を合わせることを目的に「音程やアインザッツを合わせなさい」と説明することと,

音楽が合っている「状態」とはあくまでも無関係である。

このことは,運動の例を参照すると周知の事柄として映るが,実際の合奏の場面ではな

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6

ぜか状態についての「説明」と音楽の「状態」 ,これらの差異は混同されてしまっているよ

うに見える。日本でさかんな器楽合奏の例として,特に学校の課外活動として意欲的に取

り組まれている吹奏楽を挙げることができる。日本の吹奏楽は既知の通り,幕末維新期に

移入,編成された軍楽隊に端を発するものであり,その歴史の中でこれまでに多くの教本

や指導書が出版され,発展を遂げてきた。その中でも近年出版された吹奏楽教本として,

1970 年から毎年 5 月にヤマハリゾート合歓の郷(三重県志摩市。現在,合歓の郷ホテル&

リゾートに名称変更。2005 年以降はアクトシティ浜松で開催されている)で行われている

日本吹奏楽指導者クリニックの内容をまとめた『ネム バンドメソード』 がある(初版は 1991

年,現在はバンド活動を取り巻く環境の変化に対応し『JBC バンドスタディ』が新たに発

刊されている)。現在は絶版となっているが,日本のバンドの実情に合わせて作られ,2005

年の『JBC バンドスタディ』発刊まで多くの学校に採用されてきたこの教本は,吹奏楽へ

の取り組みの背景を知る手掛かりとして示唆に富む。

表 1 はバンド指導の基礎と展開がカリキュラムとして表化されたものである。縦軸左(バ

ンドトレーニング)のトレーニングⅠ~Ⅳは教本の章立てと対応しており,これら 4 つの

段階を反復,並行しつつ習得していくことが,アマチュア・バンドの質的向上にとって不

可欠であることが言及されている。まずここからわかるのは,反復かつ並行することが求

められてはいる一方で,トレーニングⅠ(基礎知識と基礎練習)が最も基礎となる内容,

トレーニングⅣ(音楽づくり)が最も発展的な内容として,段階的に掲げられていること

(8)

7

である。音楽の「状態」を志向するのであるから,音楽づくりが最も上位に位置づけられ

ていることには何も不思議はない。しかし,縦軸を見ると,各段階の内容が項目として並

べられていることがわかる。これらの項目は良い音楽が持つ重要な特徴であることは確か

であるが,これらは音楽そのものではないにも関わらず,音づくりや音楽づくりの要素,

最悪の場合,合奏の本質のように捉えられてしまう危険性がある。音づくりの集大成に位

置づけられている<デイリー・トレーニング>では,全体が 1) ユニゾン,2) スケール,

3) アルペッジョ,4) ハーモニー,5) アルペッジョとハーモニー,6) リップスラーの 6

つのセクションに分けられているが,セクション毎に練習の目的とすべき事柄(ピッチ,

アインザッツ,アタック,バランス等々)が細かく指示されている。これはあくまで「基

礎練習」であり,その練習の目的が明確に与えられていることは重要ではあるが,しばし

ばこの目的が過度に誇張されることにより,「状態」としての音楽をつくるという最大の目

的が見失われてしまう。

このような傾向は吹奏楽だけに言えることではない。佐藤(2012 p.82)は音楽合奏を協

同活動として捉え,その有り様について以下のように述べる。

ジャンルを問わず音楽合奏を支えているのはリズムであり,ハーモニーの調整である。

ジャズの場合は,リズムラインに支えられて,そこから幾分ずれていくことによって即

興が生まれ,この意外性が演奏の妙味とグルーヴ感を出している。クラシック音楽の場

(9)

8

合は各演奏パートが相互調整しながらいくつもの音を重ねていくことでハーモニーを作

り出していく。それが大編成のオーケストラになると,相互調整はそれぞれの演奏者同

士だけでは不可能になる。同時にたくさんの音を組み合わせなければならないオーケス

トラの場合は,指揮者の存在が不可欠になる。音楽表現と解釈の統一,そして演奏の相

互調整の要として指揮する者が生まれた。

ここで言われていることは先に示した表 1 の内容とほとんど変わりはない。合奏の内容

としてリズム,ハーモニーが項目として挙げられ,その指導者,監督者として指揮者が位

置づけられているのである。佐藤(2012 p.61)は音楽合奏の被検体として学生オーケスト

ラを観察対象に設定しているのだが,あらかじめ「音楽演奏,特に合奏の場合は,音のハ

ーモニーがとれていることが絶対条件である」と明言していることから,アマチュアのオ

ーケストラでピッチやハーモニー等の項目が強調的に捉えられている様子を伺うことがで

きる。しかし,合奏においてピッチやハーモニー等を音楽の絶対条件とするこの考え方は

音楽合奏の方法として妥当だとは思えない。

現在,東京フィルハーモニー交響楽団首席ヴィオラ奏者の須藤(2013)は自身の留学経

験を基に,日本とドイツのオーケストラの違いについて以下のように語っている。

-日本との違いは。

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9

曲へのアプローチも違う。ドイツのオーケストラは最初練習すると,演奏者同士が主張

し合ってめちゃめちゃ。それを指揮者が削って,みんなが聴き合って,音楽ができてい

く。ところが日本では最初の練習からぴたっと合う。音楽として成立している。でも表

現がない。そこから指揮者が表現を引き出していく。 (中略)ドイツでは 1 足す 1 が 100

になる感じ,日本では足してもこぢんまりと縮まってしまう。

これはプロの世界の描写であり,先の学生オーケストラのようなアマチュアとは少なか

らず事情は異なっているだろうが,ここでは日本人の演奏に「最初の練習からぴたっと合

う」ほどに,機械のような正確さがあると消極的に語られている。日本の小中学校の吹奏

楽のレヴェルが高いとはよく耳にする話しだが,もしこの正確さが日本のアマチュアとプ

ロ,両者に共通して言えることであるならば,この現象は日本で見られる特徴的な傾向で

あり,項目,いわば音楽の「部分」を強調し, 「部分」を正確に構成できるよう昔から演奏

者に訓練させてきた日本の合奏指導のあり方にまで遡り得る。日本に根付いた指導体制の

ために,音楽の「状態」に対するベクトルは「部分」を正確に仕上げるという目的にすり

替わってしまうことで安易に見落とされ,最終的には音楽を萎縮させてしれないことに,

我々は気付くことができなくなってしまっているのかもしれない。

「部分」を強調するやり方は音楽をつくるための方法としては不適切と言わざるを得な

い。芸術作品の「様式」とは分泌されるもの,全体としてののっぴきならなさであるが,

(11)

10

部分の強調的な必然性や意図的に構成された様式による芸術は「様式化」である(ソンタ

グ 1996)。様式化された芸術は極端な芸術である(ガウディやギマール,ティファニーな

どの芸術家は何かはっきりしたやり方で様式を研ぎ澄ますのに対し,マニエリスムの絵画

やアール・ヌーヴォーにおける様式の過剰な発達は,世界をひとつの審美的な現象として

経験するために誇張された形式である)ために調和を欠き,最大の芸術となりえないのは

明らかである(ソンタグ 1996)。最大の芸術となりえない,即ち,良い音楽になることの

ない合奏方法が行われていることをこのまま放置し,音楽が萎縮していく状況をただ見て

いて良いはずはない。

また,以下の物語の内容は, 「部分」を強調し, 「部分」に翻弄されている合奏の在り様

と重なり,この問題点をさらに浮き彫りにする。

ある,とんでもない医者が,ひとりの全く健康な人に「風邪をひかせてやろう」と思っ

たとしよう。彼はこう答えた。 「風邪」というのは,①熱があり,②頭痛がし,③からだ

がだるい,という三つの特徴がある。したがって,この三つの特徴をもたせれば,この

「風邪ひかせ」という人類の最大のねがい,前人未到の偉業をなしとげられるものであ

ろう,と考えた。そこでまず,医者はその患者(となるべき人物)に「熱」をもたせる

ために,あらゆることを試みたが,くりかえし失敗した末,ついに発見したのは,イン

ド直輸入の純粋なカレー粉に,日本古来の伝統的「ワサビ」をまぜあわせ,それを患者

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(となるべき人)の全身にぬりたくることであり,これによって「四十度の熱」を発生

させることに成功した。頭痛をもたせるのにはそれほどの苦労はなかった。彼は「自分

の豊富な経験」に照らし,これならばまちがいない,と確信した一つの方法,頭を一パ

ツ,ガンとぶちかますこと,を実行したにすぎない。「だるさ」の問題も簡単にかたずい

た。からだじゅうにナマリの板をしばりつけて一万メートルほど走らせればよかった。

医者は患者(となったハズの人)に「感想」を求めた。 「熱はありますか。 」「ハイ,あり

ます。」 「頭は痛くないですか。」 「たまらなく痛いです。」 「からだはだるくないですか。」

「とても立っていられないほどだるいです。」ついに医者は成功したのである。(佐伯

1975 pp.98-99)

これは佐伯が考案した「風邪ひかせの医者」の物語であるが,この内容に対して,なん

と馬鹿げた話だろうと皆が思うに違いない。「風邪をひいている」というのもまたある「状

態」である。したがって,風邪というのは何かに置き換えることは不可能である。熱や頭

痛,だるさは風邪という「状態」の外部へのあらわれ,即ち「症状」であり,これは表 1

でいう内容軸の各項目でしかなく, 「風邪」そのものではない。最新鋭の医学的手段によっ

て,よりリアルな「症状」を患者にもたせられたとしても,それを「風邪」ということは

できない。風邪を例にすると,この事実は当たり前のこととして映るが,筆者が問題とす

る合奏の方法はこれと全く同じ状況なのである。つまり,「合っている」音楽から正確なピ

(13)

12

ッチ,揃ったリズム等の要素(症状)を取り出し,それらの要素を集合させて(という方

法で)合奏しよう,というわけである。当然これによって音楽が合うとは限らない。

しかし,日本の中学校の教育課程の基準である中学校学習指導要領(平成 20 年 3 月告示

pp.74-75)には「音楽を形づくっている要素や構造と曲想の関わりを理解して聴き,根拠を

もって批評するなどして,音楽のよさや美しさを味わうこと」が第 1 学年の鑑賞の目標と

して,「歌詞の内容や曲想を感じ取り,表現を工夫して歌うこと」が表現・歌唱の目標とし

て掲げられている。表面的に要素や構造を分析しても音楽のよさや美しさを味わうことは

必ずしもできないし,それらを故意に表現することもできない。このことからも,日本で

見られる合奏指導は音楽の「部分」に目を向ける傾向が強いことがわかる。

では,音楽の「部分」に拘ることなく合奏を行うためにはどのようにすれば良いのだろ

うか。また,音程やリズムではなく,音楽を「合わせる」とは何をどうすることを意味す

るのだろうか。これらの疑問点を解消するため,本論では文献調査を基盤とした哲学を方

法論として,合奏について及びその方法についての考察を行う。本考察の成果として,そ

の方法を実践した成果をまとめ,分析することが最終的な目標ではあるが,本論はまだ哲

学的考察に留まっていることをご了承願いたい。

第一章では非西洋音楽の視点から「音楽になる」をキーワードとして,音楽と人間との

関係性について論じる。合奏という演奏形態は独奏と異なり,その演奏の中での他者の存

在が重要な前提となる。その他者は演奏の場の中でどのように捉えられるのか,非西洋の

(14)

13

音楽活動との比較から西洋音楽を相対化する。また,その中から西洋音楽ならではの特殊

性を導き,西洋音楽の演奏に対する姿勢を明らかにする。第二章では我が国の伝統的な音

楽や芸能の視点を取り入れ,西洋音楽の合奏に応用できるものはないか検討する。また,

様々な手段によって示され得る方向性が音楽を合わせることにいかに貢献し得るのか,そ

の可能性について考察する。第三章では音楽ではなく,スポーツの分野からヒントを得て

「Task」と「Achievement」をキーワードとして,音楽を合わせる合奏の在り方とその方

法について論じる。また,その指導で用いられる言葉と音楽との関係性についても触れる。

各章での発見を踏まえ,終章では各章で用いたキーワードについて適宜関連付け,合奏に

ついて提言を行う。

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14 第一章 「音楽になる」こと,「音楽をする」こと

「部分」を強調的に取り出して合奏する傾向が日本での合奏場面に見られ,それは音楽

を合わせるという目的に対して問題点を抱えていることは前章で指摘した通りである。し

かし,ここでの合奏による音楽とは,西洋音楽の楽曲を対象としている。音楽の様式によ

って合奏の方法も異なる,と言ってしまえばそれまでだが,文化という線引きを取り払っ

た,合奏という純粋な行為そのものに共通点は見られないのだろうか。また,西洋音楽を

演奏する我々にとって身近な合奏のやり方は,本当にその様式に対して妥当なものと言え

るのだろうか。本章では,西洋と非西洋の音楽を比較することによって,今行っている合

奏及びそのやり方について文化の外側の視点から眺望する。

1. 芸術の「体験性」

ソンタグ(1996 p.15)はエッセイの書き出しを次のように始める。

芸術とは呪文であり魔術である―これが芸術の体験

のいちばん始めの形であったに違い

ない。(たとえばラスコー,アルタミラ,ニオー,ラ・パンエガの洞窟絵画。 )

(16)

15

人間がある言葉を呪文として認識するのは何を唱えたのかではなく,唱えたことで何か

が起こったときである。「テクマクマヤコン テクマクマヤコン~」とは有名なアニメの中

で主人公が唱える変身の呪文であるが,もしもアッコちゃんが呪文を唱えても変身するこ

とができなかったならば,アッコちゃんはコンパクトの鏡に向かってよくわからない言葉

を唱えている一風変わった不思議な少女でしかなく,これを視聴者が呪文だと認識するこ

とはないだろう。魔術もまた同様に,どんな方法や手段であっても何かが起こるわけでも

なく,人間がただ踊ったり歌ったり祈ったりするだけならば,それは魔術として認めない

に違いない。呪文,魔術いずれの場合でも,ある一人の人間が呪文や魔術としての言葉や

行為,事象に直面したことによって何の変化も得ることができなければ,それは呪文でも

魔術でもない。この意味で芸術とは「体験」なのである。

ソンタグは「芸術」について語った。しかし「芸術」とは極めて西洋的な概念であるこ

とを前置きしておかねばなるまい。佐々木(2004)は西洋近代美学について述べるにあた

って,芸術を「永遠の藝術」と「現代的藝術」に区別して論を展開する。 「永遠の藝術」と

はいわば,我々が普段「芸術」という言葉に対してあてがっている内容に妥当するもので

ある。ただしこの「藝術」という概念自体,文明の中心が神から人間へと移行した近代西

洋で生まれた概念であり,当然それ以前には概念としては存在していなかった。当時,藝

術の本領は美=感性として捉えられていたことから,藝術作品が我々に齎すものは創り手

の感性によって現出された美的体験だったのである(佐々木 2004)。一方で「現代的藝術」

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16

とは 20 世紀になって見られる藝術である。この時代の有名な作品として,男性用の小便器

を美術作品に仕立て上げたデュシャンの《泉》が挙げられるが,男性用小便器は既製品で

ある上に,あれほどまでに小便器の形をそのまま残しているとなると,作品を感性的なも

のとして捉えることは難しい。したがって,「現代的藝術

」とはいえ,この作品を藝術作品

たらしめているのは「解釈」 ,即ち,知性である。よって, 「現代的藝術」が我々に齎すの

は美的体験ではなく,作品を解釈することによって得られた美的概念である。

ソンタグ(1996)は芸術の批評に見られる解釈行為を批判し,形式を透明に写し取る言

葉が必要であるとした。ソンタグが批判する解釈とは「自覚的に精神を作用させて,ある

一定の解釈の法則,ルールを例証すること(1996 p.19)」である。即ち,「あれは実は〇〇

です」という意味を付け加える行為のことである。ソンタグ(1996 pp.22-23)は痛烈に批

判する。

解釈とは世界に対する知性の復讐である。解釈するとは対象を貧困化させること,世界

を萎縮させることである。そしてその目的は,さまざまな「意味」によって成り立つ影

の世界を打ちたてることだ。世界そのもの

をこの

世界に変ずることだ。(「この世界」だ と! あたかもほかにも世界があるかのように。)

また,解釈する理由と問題点を以下のように指摘する(ソンタグ 1996 p.23)。

(18)

17

現代における解釈は,つきつめてみると,たいていの場合,芸術作品をあるがままに放

っておきたがらない俗物根性にすぎないことがわかる。本物の芸術はわれわれの神経を

不安にする力をもっている。だから,芸術作品をその内容に切りつめた上で,それ

を解

釈することによって,ひとは芸術作品を飼い馴らす。解釈は芸術を手におえるもの,気

安いものにする。

解釈は芸術を貧困にし,萎縮させ,気安いものにしてしまうとソンタグは危惧する。彼

女にとって「現代的藝術」はもはや芸術ですらないだろう。よって,彼女ができることな

ら(取り戻せるとも考えていないが)取り戻したい芸術の無垢とは「永遠の藝術」が持つ

もの,美を感受する感性のことである。

音楽を「芸術」という概念の一つとして組み込んだのは確かに西洋人である。芸術が体

験であるとするならば,西洋人は音楽を聴いて美的体験を得たからこそ,芸術の一つとし

て音楽を組み込んだのだろう。音楽がもつ様式感が文化によって異なるのは当然ではある

が,美的と言わずとも,音楽を聴いて魔術的な体験を得たのは西洋に限った話なのだろう

か。

人間が聴こえた音を「音楽」と名付ける前から,人間の周りに音はあった。シェーファ

ー(2006 p.70)はドナル(雷神)とゼウス(天空神)について述べる。

(19)

18

ドナルとゼウスは,現在でもその存在を捉えることのできる神々である。雷鳴と稲妻は

最も恐れられている自然現象のひとつだ。非常に大きな音量と極めて広範囲に及ぶ周波

数をもつその音は,人間の発音行為

サウンドメーキング

のスケールをはるかに超えている。

雷鳴と稲妻,そしてその強大な音響が人間に与えるのは,この上ない恐怖だったはずだ。

音と人間,この両者のあいだの純粋な関係に文化差があるとは思えない。ともすれば,西

洋音楽が特別な音楽だとは決して言うことはできないだろう。先に指摘したように,西洋

では音楽は美的なものと捉えられている。では非西洋では,音あるいは音楽は人間にとっ

て,どのような意味をもち,どのように捉えられているのだろうか。以下,非西洋での音

と人間との関係性について,いくつかの文献の記述から探る。

2. 音と人間の関係性について

諏訪(2012)は「音楽」を意味や美,文化としてではなく,音楽が「語りえぬもの」 ,即

ち,言葉に置き換えることができないものであることから「パフォーマンス」として捉え

る。 「パフォーマンス」というと舞台の演じ物のようだが,諏訪はこの語をこのような狭い

意味ではなく,人間の生きる環境に音があり,それを聴き,人間が歩くと音がして,その

(20)

19

音の違いが意識に登ったり登らなかったり…これらの人間の営みすべて,人間の営みその

ものを意味するものとして用いている。即ち,諏訪は「西洋音楽」や「インドの音楽」の

ように「音楽」と「文化」を区別するのではなく,両者を同じものとして扱っている。

「日本文化」と聞いて茶道やアニメを想像するように,文化は具体的で特徴的な事物と

して捉えられる。しかし,音楽としての文化

は,音楽や文化などという言葉を便宜上使

うにしろ,本当はどちらも正確ではなく, 「語りえぬもの」としてしか言い表すことがで

きない。この「語りえぬもの」は,聴取や記憶といった実感が明らかにする生きられた

世界としてしか現れることはない(諏訪 2012 pp.5-6)

諏訪もまたソンタグと同様に,実際音楽は言葉で説明(=内容を付加)され得ないもの

として捉える。また,これは生きられた世界,いわば「体験」としてしか現れることがな

いと述べている点も注目に値する。音楽はモノとしての対象ではなく,「体験」としてのコ

トなのである。世界には「音楽」に相当する言葉を持たない人々もいるかもしれないが,

我々の「音楽」も,我々が「音楽」と名指すある文化のそれ

も,人と音との関係において 立ち現れる生きられた世界としてしか語りえないものとして共通している。

音楽をこのように捉えると,マレー半島の熱帯雨林に住む先住民オラン・アスリの中の

集団テミアーの事例は興味深い。テミアーには精霊と交信する呪術師がおり,夢の中で精

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霊から歌を授かる。集団の中で原因不明の体調不良に見舞われた人は呪術師のもとに出向

くが,呪術師はそこで音楽や歌を演奏する儀式を患者に施す。この歌は夢で精霊から教わ

った歌を現実で呪術師が歌ったものである。諏訪(2012 p.11)はこの「パフォーマンス」

を以下のように記述する。

呪術師が施す「癒し」は,病気を治癒させるというより,日常生活の中で起こる心身の

不調を音楽と踊りの中で整えていくおこないとして培われている。周囲の自然環境も含

めた社会は,音楽によって個人の心身と結びつけられ,癒しの施術は社会に調和を取り

戻す作用をもたらす。歌と竹で作った楽器の響きが身体に共鳴し心身に不快を訴える人

の症状が和らぐという連関として体験される出来事が,日常から生じた緊張を解きほぐ

していく。

我々がテミアーの癒しの歌を聴いて癒しが得られるか,科学的にその効果が認められる

か,これらは全く問題ではない。その場にいる患者は,体験や実感という生きられた世界

として「癒し」を獲得し, 「病」という世界から切り離されていく。テミアーは「体験」と

いう世界として,音楽を捉えているのである。

奄美では地縁血縁の共同体を「シマ」という。この「シマ」は単に地形としての島嶼を

意味しているのではなく,その場所やそこにいる人,人の行為の総体が生む「シマである」

(22)

21

という共同体の感覚に支えられている。「シマ」は外部と隔絶した社会集団ではないので,

シマをめぐる「まとまり」の感覚は実体を伴っていない(諏訪 2012 p.181)。そのシマで

歌われるシマウタは単に固有のシマを表示する記号として演じられているのではく,それ

を歌う人もがシマになる

リアリティを生みだす装置として,共同体という概念を超えたい わば「新しいシマ」を紡ぎ出しながら,今もなお歌い継がれている(諏訪 2012)。奄美の

事例でも,シマは「ここはシマだ」と感じる濃密さとして立ち現れ,シマウタは「体験」

や「実感」を生む装置として捉えられているのである。さらに興味深いのは,シマは相対

的な感覚によって捉えられているということである。

ただし,シマという感覚は,異文化や多文化の同質性とか異質性によって境界線を引く

のではなく,移動の相において培われる濃密さの温度差として浮かび上がる。自らの存

在を周囲の風景と一体化して感受するとき,その人もまたシマになる

(諏訪 2012 p.181)

ソンタグ(1996 p.39)は「<様式>に対する反撥はつねにあるひとつの<様式>に対す

る反撥である」と述べる。言い換えれば,様式とは相対的なものである,ということであ

る。テミアーや奄美の事例において人と音楽とのあいだに立ち現れていた世界もまた, 「病」

と「癒し」, 「シマ」と「シマでないところ」,という相対的な温度差として語られていた。

これらの記述からは,西洋と非西洋での音楽のあり方に本質的な違いを読み取ることはで

(23)

22

きない。むしろ,人間と音楽との関係性は「文化」という概念によって切り分け,区別で

きる代物だとは到底言うことすらできない。

3. 音楽になる人間

生きられた世界として経験される音楽は,音の発信者―受信者という関係を前提とする

ことなく,音現象の後付けとして認識される。諏訪(2012 pp.40-41)は以下のように述べ

る。

どんな音楽にも,慣習性や親和性をもたらす「はじまりの聴取」が存在する。初めに音

を感受するということにおいて,「聞こえるもの」の世界が開示される。もちろん,この

場合の「音」は物理的現象とは限らない。記憶や想像力の回路の中で「聞こえる」もの

も含まれるが,中身はどうあれ,「世界把握の方向性」を示す想像力の回路によってのみ

音は音楽となる。 「何かが聞こえてくる

」という言い回しが暗示するように,音は耳を傾 けたり,ふり向いたりする動作の中に世界把握の方向性を現実化させ,音楽となる。

基本的には,音楽は「聞こえる」ものである。科学が「鳴っていない」とする音も,あ

る人がその音を聞こえたとするならば,音楽は存在し得る。一方で, 「聞く」行為を能動的

(24)

23

に行ったとしても,聞こえなければそこに音楽は存在し得ない。よって,音楽はいつも「聞

こえる」という事態によって生起する。音が人間の身体に響いたとき,それはメッセージ

のような意味としてではなく,音そのものとして我々の中に入ってくる。音そのものは音

としての指向性/方向性をもち,人間にとって「呼びかけ」として感受される(諏訪 2012)。

呼びかけが人間に感受されると,音の聞こえる方へ耳をそば立たせたり,意識という耳を

音源の方に向けたりする人間の動きとして現れる。呼びかけに対応するこの動きが「ふり

向き」である。

諏訪(2012)は「呼びかけ」と「ふり向き」 ,さらに「中心」という語を用いて,音と人

間の関係性を説明する。「呼びかけ」と「ふり向き」はどちらが先でも後でもなく,これら

は表裏一体の意識作用として働いている。呼びかけとふり向きが出逢う先で初めて音と人

間のあいだに関係が結ばれる,この点が「中心」である。「中心」は幾何学のように公理や

定理によって導かれるものではなく,その消失点を見極めることはできないので,中心は

常にシフトしている。結果として,逆に中心を追い求めているこちら

はどこかという逆向 きのベクトルをも生じさせることになる。

ふり向きの向こうと身体の内側に向かう二つの中心は合わせ鏡となることによって,音

が鳴り響く身体は外部に耳を澄ますようにも,自らの内部を覗き込むようにも,どちら

ともとれる可逆的感覚が生じることになる。中心は彼岸とも此岸ともいえない玄妙な地

(25)

24

平のどこかに姿を現わし,行為遂行性の「いま=ここ」は「語りえぬもの」としての出

来事となる(諏訪 2012 p.52)

この無限の中心を追い求めるところに音楽の「体験」としての世界は現れるのだろう。

呼びかけとふり向きは二つで一組の作用として世界把握の方向性を織り成している。そし

て, 「体験」として人間と音楽に関係が結ばれたとき,そこに鳴っている音楽と聴いている

私,という区別も失われる。常にシフトする中心の追求によって,向こうもこちらもなく

なるのである。そこにあるのは,ある方向性としての実感,生きられた世界だけであり,

その音が鳴っている場では時空間のフラクタルが形成されているのである(諏訪 2012)。

こうして,本来人間は音楽との関係性において「音楽になる

」のである。

本論は非西洋のいくつかの事例を通して人間と音楽の関係性について見てきたが,ソン

タグ(1996)や佐々木(2004)の主張を踏まえると,この関係性の様相は非西洋だけでな

く,西洋での音楽と人間との関係にも同様に言えることのように見える。しかし,序章で

示したデータを思い返すと,特に日本で西洋音楽を扱う場合には,「体験」よりも先に音楽

の部分をピックアップし,音楽の外側から音楽をコントロールしようとする方法論が顕著

に用いられ,とても「音楽になる」というあり方には見えない。では,西洋の音楽と人間

との関係とはどのような傾向にあるのか,以下に考察していく。

(26)

25 4. 音楽をする人間

西洋の音楽文化に見られる最も特徴的な要素として,音の発信者と受信者,つまり演奏

者と聴衆がはっきりと二分されている点をあげることができる。テミアーの事例でも表面

的に見れば,発信者=呪術師,受信者=患者,のように映るかもしれない。しかし,この

呪術師には患者に対して自分の歌を特権的に聴かせてやろうという意識はないし,患者も

また呪術師の歌を聴くためにその元へ出向いていくわけではない。テミアーの音楽は呪術

師と患者が一体となり,一つの儀式という「体験」, 「世界」に収斂され音楽になっていく

のである。しかし,西洋ではより強力に発信者と受信者が別世界のものとしてみなされて

いる。

西洋音楽史はしばしば中世から語られるが,この時代に演奏されていたとされる音楽の

一つにグレゴリオ聖歌がある。8 つの教会旋法から成り,単旋律で,詩篇や聖書のテキスト

が男性によって歌われていたことは周知である。ただしこれは当然ながら教皇や司祭が信

者に一方向的に聴かせるという演奏形態はとっていない。賛美歌等も含め,これらは訓練

を受けた聖歌隊又は信者たちによって歌われ,聖務日課の一部となっていた。聖歌は狭義

のパフォーマンスや演じものとしてではなく,信仰心を煽るもの,神を感じる体,神への

信仰そのものとしてあったと見ることができる。グレゴリオ聖歌は時代と共にオルガヌム

へと発展し,音楽は徐々に多声化していった。多声化の発展とともに,教会建築はロマネ

(27)

26

スク様式からゴシック様式へと移行し,残響も抑えられた点を比較すると,テキストや音

の運動を聴き,そこに神を感じていた当時の人々の様子を伺うこともできる。この時代に

は,音楽が日常生活や儀礼に深く結びついていたという点で,人間にとって音楽は生きら

れた世界としてのみ現れるものだったと言える。

時代が進むと演奏者と聴衆の二分は徐々に明確になる。 「交響曲の父」として知られる J.

ハイドン(1732~1809)の作品の一つ《交響曲第 94 番 ト長調 Hob.Ⅰ:94》は「驚愕」の

愛称で親しまれているが,この曲はコヴェント・ガーデンの聴衆のおしゃべりがあまりに

やかましいのでハイドンが呆れ果て(渡辺 2012 p.22),急な大音量の和音で聴衆を驚かせ

たというのはよく知られた話である。しかし,これはその聴衆の行儀が特別に悪かったと

いうことではない。ハイドンが生きた 18 世紀の演奏会ではむしろ聴衆がおとなしく聴いて

いないのが当たり前の光景であり,演奏を聴きながらギャンブルや嗜好品を楽しむことは

珍しいことではなかった(渡辺 2012)。また,この時代には指揮者の役割を担う「拍子取

り」が必要に応じて置かれたが,その拍子打ちは聴衆の鑑賞の妨げになるほどの大音量で

あったと言われる。よって,指揮者は演奏者を見て指示を送る必要はなく,19 世紀のかな

り後まで指揮者は聴衆の方を向いて指揮をする慣習が残っていた(渡辺 2012)。このこと

から,音楽が儀礼と深く結びついていた頃に比べれば演奏者と聴衆の二分化は進んでいる

が,聴衆にとっては真面目に音楽を聴くというよりも,クラシックを聴きながら何かをす

る,というその雰囲気が重要であったのかもしれない。また一方で,指揮者は趣味に勤し

(28)

27

む聴衆の姿を楽しんでいたのかもしれない。いずれにせよ,その空間が重要だったという

点には先の時代との共通点を見ることができる。

しかし,19 世紀になると状況は一変する。 18 世紀には貴族の社交の場であった演奏会の

スタイルは,産業革命を通じて富を獲得し,市民革命によって権力を獲得したブルジョワ

階級が演奏会を支える層として加わり,音楽文化の担い手が貴族からブルジョワへと移行

したことによって変化を余儀なくされるのである(渡辺 2012 p.30)。この時代の発明が,

富と権力の象徴としてのコンサート・ホールである。このコンサート・ホールの構造はま

さに 19 世紀の演奏会の様子を物語っている。スモール(2011 p.59-61)は以下のように描

写する。

同じ列に他の客がいっぱいに座れば,演奏中はあちこち動き回ったりせずに,席に着い

ていなければならない。座席はすべて同じ方向を向いているので,話しができるとして

も,両隣とせいぜい前後の人といったところ。 (中略)近代的なコンサート・ホールは,

音楽のパフォーマンスというものが一方向のコミュニケーション・システム―(中略)

-だという想定のもとに建てられている。だから,聴衆席は,演奏される音が可能な限

り力強く,かつ明瞭に聴き取られるようにデザインされている。 (中略)音楽を聴いてい

る最中,聴衆が別の聴衆に邪魔されないようにするためにも,特別の注意が払われてい

る。聴衆席が傾斜しているのは視界に邪魔が入らないためだし,聴衆の方でも自分たち

(29)

28

が着席して静かにしているべきだということを重々承知している。プログラムには咳払

いを控えるようにと書いてあり,演奏中に出入りする者は誰もいない。

コンサート・ホールの内部にはもはや社交の場としての演奏会の性格を見ることはでき

ない。ステージと聴衆席という構造は,演奏者と聴衆の分離を明確に物語っている。演奏

者と聴衆の通用口は別々であり,服装も違う。スポットライトが当たっているのは当然演

奏者のみである。演奏をより良く聴くために音響や残響が科学的に計算され,もはや音楽

は発信され,受信するものとして扱われている。さらに言えば,コンサート・ホールは西

洋音楽文化のヒエラルキーをも象徴している。スモール(2011 p.58)は以下のように語る。

通路で仕切られた座席の列はゆるやかな階段状にせりあがって,その上のバルコニーに

も座席が並んでいる。すべての座席が同じ方向を向いていて,その床の傾斜の先に舞台

がある。舞台の上にも段があって,そこにある椅子も聴衆の方を―より正しくは舞台中

央にある小さな演壇の方を―向いている。演壇の向こう側にある腰の高さほどの机の上

には,今夜の最初の曲の総譜

ス コ ア

が置かれていて,そこに書いてある音楽を演奏する指揮者 と演奏者を待っている。この演壇と机こそがこの広い空間の焦点なのだ。

このヒエラルキーの構造における最下層は聴衆である。コンサート・ホールの構造が聴

(30)

29

衆に求めていることはただ真面目に聴くことだけであり,不真面目に聴いた者は周りから

白い目で見られ,その場にふさわしくない者とみなされる。その上部に位置するのが演奏

者である。演奏者は音を出すことのプロであり,楽譜を裏切ったり,ミスしたりすること

は許されず,忠実な楽譜の再現者としてあることが求められる。しかし,演奏者が音を出

さなければ音楽は聴けないのであり,聴衆に対しては絶対的に上位に位置することになる。

その演奏者たちは指揮者の方を向き,指揮者の指示に忠実にあらねばならない。指揮者の

手元には総譜があり,コンサート・ホールの内部で音楽の全体を把握している唯一の存在

なので,演奏者より上位となる。この場合の指揮者は,作曲者の意図を譜面から読み取り,

その意図通りに再現できるように努めなければならないので,指揮者は作曲者の意図を裏

切ることは許されない。即ち,構造の最上層に位置するのは作曲者である。作曲者は自身

の優れた「感性」によって導いたアイディアやイメージを音として集積し,芸術的な「作

品」に仕立て上げる。その作品は「美」を内包しており,作品の価値として鑑賞される。

ここに見られる構造は,本章の始めで述べた近代西洋美学の発展と不可分に結びついてい

る。

これらのことから,かつて音楽は人間にとって,ある世界という「コト」として存在し

てきたのに対し,西洋の歴史では美や価値,精神性を内包した「モノ」として扱われてき

たと言える。演奏者は自らの技術によって作曲者の感性の「カタチ」を再現し,「楽曲」と

いう美しい「モノ」として聴衆に一方向的に発信するのである。音楽は音という<鳴り響

(31)

30

く空気>であることは昔から何も変わっていないにも関わらず,音楽の外側で音楽を扱っ

てきたのである。音楽を「モノ」として扱うということは,演奏者にとって音楽はコント

ロールし,創りあげる「対象」となる。即ち,音楽になって

いた人間は音楽の外側に放り

出されることにより,音楽はする

ものになった。その結果,現代に至って「音楽になる」

ことは「音楽をする」という文化として植えつけられた音楽の外側への意識によって忘れ

られがちになってしまっているのである。

5. 演奏家の技術と「する」音楽

音楽が「する」ものとなった 19 世紀以降の西洋文化において,音楽の演奏は専門化する

ことになる。髙橋(2004 p.55)は述べる。

対象化し 実体化したことばや音は 主体によって操作される

そこに技術が介入する

楽器が 世界の響きをききだすための装置ではなく 手や声が外部に実体化したもの

主体の延長であり 表現の道具となったとき 技術は自立し 専門化する

専門化の蔭には やはり選別と排除の権力構造が見える

(32)

31

この文言はまさに音楽が「する」ものとなった西洋音楽文化の特徴を言い当てている。

では対象化し,モノとして音を操作しようとしたとき,その主体である演奏者にはどのよ

うな技術が要求されたのだろうか。

19 世紀の西洋では文化の担い手がブルジョワへと移行し,貴族が音楽家を雇って聴いて

いた所謂「クラシック音楽」が大衆化する。新興ブルジョワにとってかつての貴族が嗜ん

でいたクラシックを聴くことがブランドであったことと同様,娘たちにピアノを学ばせる

ことは,文化ブランドを意味した(岡田 2008)。そのような状況の中で,ピアノのマニュ

アル本,教本,練習曲が登場した。当時発売された教本の代表的な例が≪ハノン≫である。

この教本の序文には以下の記述がある(ハノン 1955 p.3)。

この全巻は 1 時間でひけます。完全にそれが身につけば,毎日わずかな時間くりかえす

だけで“むずかしさ”は魔法にかかったように消え去り,すぐれた芸術家の秘密である

真珠の玉のような,音色のすんだはっきりとしたみがかれた美しい演奏にまでいきつく

ことができるでしょう。この 1 巻を“ピアノのむずかしさをとく鍵”としてみなさんに

ささげます。

ここにはたったこれだけの練習でこんなに弾けるようになります,という徹底的な効率

化のプロセスを見ることができる。さらに,この教本は ①指を動きやすくすること,②指

(33)

32

をそれぞれ独立させること,③指の力をつけること,④つぶをそろえること,⑤手首を柔

らかくすること,⑥よい演奏に必要な特別な練習を全部いれること,⑦左手が右手と同じ

ように自由になること,の 7 つを目標として掲げている(ハノン 1955 p.2)。美しい演奏を

実現するために,音を均等に揃え,つぶをそろえる為の身体を作るという機械的な「均質

さ」を求めているのである。かつてのアメリカではピアニストになるために中指と薬指の

間の腱を切る手術が多く行われていたという(岡田 2008)。当時のピアニストは腱を切っ

てまで指を独立させようと考え,「均質な音」を目指していた。

この「指と音の均質さ」の希求の帰結として, 19 世紀には大量に指矯正器具が作られた。

J. B.ロジャー(1777~1846)が発明したキロプラスト(図 1)は 1814 年に特許を取得し

た指矯正器具である。 この器具には鍵盤の上 4 センチのところに手が固定できるようにし,

指を鍛えることを目指したものである。また,キロプラストは F. K.カルクブレンナー(1785

~1846)によってフランスに持ち込まれ, 「ハンドガイド」という名称でドイツに続いて講

評を博したという(岡田 2008)。その後もスプリング付きの器具など様々なモデルが発売

された。当時の人々はこれらの器具で指を鍛えていれば自由自在にピアノを弾けるように

なるとそれほどまでに信じていたのである。

また,19 世紀はヴィルトゥオーソが一斉を風靡した時代でもあった。大久保(2003

pp.196-197)はヴィルトゥオーソを以下のように説明する。

(34)

33

まず,彼らはともに観客の眼前であっと驚くような技,それこそ奇術と言っても良いよ

うな技を鮮やかに演じてみせる。その一瞬の出来事に眩惑されたいと待ちかまえる観客

の気体を裏切ることなく,いや,時には期待以上のことをやってのける。それが一流の

ヴィルトゥオーソであり,奇術師である。そうした目に見えるパフォーマンスの裏面で

も,ヴィルトゥオーソと奇術師には共通点がある。つまり彼らの驚くべきパフォーマン

スには「タネや仕掛け」がちゃんとあり,それに基づいて合理的にことが運ばれている

のである。奇蹟はあくまでも「演じられた」ものなのだ。

ヴィルトゥオーソの演奏は単に超絶技巧を持っている人が真面目に弾いているのではな

く,超絶技巧と見えるパフォーマンスをいとも簡単にやってみせ,聴衆を圧巻し,楽しま

せることが重要であった。しかも「タネや仕掛け」が存在し,大久保(2003)によればヴ

ィルトゥオーソの象徴的存在 F. リスト(1811~1886)の作品は,手の生理や機構にうま

くはまるように作られており,そう聞こえる程には難しくないという。しかし,その圧巻

のパフォーマンスに人々は魅了され,皆がそんな風に弾きたいと願ったことだろう。こう

した背景から,19 世紀は「速さ」を追求した時代でもあった。

19 世紀の演奏家に要求されていたのは,どんな楽曲でも演奏できるテクニック,具体的

には身体と音の「均質さ」と「速さ」であった。それはピアノだけでなく,訓練方法は違

うだろうが弦楽器や管楽器もまた例外ではないだろう。それを実現するためには練習や稽

(35)

34

古を徹底的に合理化する必要があり,その結果として教本や指矯正器具が作られたのであ

る。音楽が「モノ」化した 19 世紀の西洋では,音楽そのものである身体も「モノ」であっ

た。それに伴い,身体技法も「モノ」化し,合理化を目的に切り分けられ,身体技法のあ

る特定の部分を鍛えるという思想に至ったのではないだろうか。身体技法,テクニックは

音楽の手段であり,その手段を磨けば音楽が作れるという理論のすり替えから,いつしか

手段の強化が目的となってしまったのだろう。

6. 「音楽をする」ことの問題点(第一章を通して)

ソンタグ(1996)は芸術とは呪文であり魔術であると語った。人間が知性によって理解

したり意図的に操作したりすることのできない体験や事象を齎す呪文や魔術,これらを芸

術に見る彼女にとって芸術とはある「体験」として受け止められている。1933 年生まれの

彼女にとっては,芸術とは何かを問うこと以前に「芸術」という概念自体が前提として存

在した。しかし「芸術」とは近代西洋になって生まれた概念であり,遥かかつてから音楽

や文学,美術が「芸術」だったわけではない。19 世紀の西洋は文明の中心が神から人間へ

と移行し,音楽作品や美術作品の価値,美が作者の感性によって生み出されたもの,即ち,

美=感性として見られるようになる。これは同時に聴く者,観る者にも,作者の感性を感

じられるか,という受容の感性が要求されることとなった。つまり,当時芸術作品を媒介

(36)

35

として芸術が我々に齎すものは創り手の感性によって現出された美的体験であった。ソン

タグ(1996)があれほどまでに現代の批評のあり方,即ち,言葉によって芸術作品を解釈

し,それを飼い馴らそうとする方法を強く批判したのは,芸術を貧困にし,委縮させる,

つまり純粋な美的体験を阻害することを危惧したからである。18 世紀に至るまで,西洋に

おいて芸術とはある「体験」であったのである

芸術は西洋が生んだ概念であったが,音楽を「体験」として捉える傾向は非西洋にも見

られる。諏訪(2012)はこのような「体験」を「語りえぬもの」として語り,聴取や記憶

といった実感が明らかにする生きられた世界としてしか現れることはないと述べた。テミ

アーには原因不明の体調不良を訴える人に対して,呪術師が音楽や歌を演奏する儀式を施

す慣習がある。この儀式によって齎される「癒し」は魔法ではなく,儀式での音や音楽に

よる体感や実感という生きられた世界として「癒し」を獲得し, 「病」という世界から切り

離されていくのである。奄美で歌われるシマウタは,シマウタが歌われることで齎される

生きられた世界が,ここはシマだというリアリティ,つまり共同体を生みだす装置として

作用している。また,具体的にどのような歌が歌われているのかではなく,そのシマ独自

の音,音の世界が相対的な温度差としてこのシマとあのシマを切り分けているのである。

テミアー,奄美の両事例においても,人間にとって音楽は生きられた世界としての「体験」

として存在している。故に,人間と音楽の関係を「文化」によって単純に切り分けること

はできないのである。

表 1  バンド指導カリキュラム(『ネム  バンドメソード』  p.4)
図 3    「おぼえる」と「わかる」の違い
図 6    指揮者とコンサートマスターの運動の時間差(丸山  2011 p.22)

参照

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