第三章 音楽の指導について
2. 指揮者の役割について
合奏を指導する立場の代表的存在として指揮者を挙げることができる。前節での発見を
踏まえれば,指揮者の役割とは演奏者が音楽を「わかる」ようにし,「音楽になる」ことを
促すことであるはずである。本節では指揮者と演奏者の関わりについてのいくつかの事例
から,指揮者という存在について考えていく。
ここで想定している指揮者とは,大抵の人が一般的に思い浮かべるであろう,オーケス
トラの前中央で指揮棒を振り,オーケストラに対して何らかの力を放っているかのように
見えるあの姿である。しかし,指揮者がこのような姿として認識されるようになったのは
西洋音楽の歴史では割と最近の出来事である。古典派時代に先立つ,対位法的な音楽が奏
されていた時期,均一なリズムの基礎に特徴づけられるこの音楽の様式のために,どれほ
ど装飾されていようとオーケストレーションは単純であり,演奏者は難なく旋律を聴くこ
とができた。故に,指揮者がいなくても演奏者間で音を聴いていれば合奏することが可能
であった。逆説的に言えば,風呂場のように他声部を聴くことに支障を来すほどの空間は
避けられていた。当時でも指揮者が必要だったのはオペラや大編成の合奏等,どうしても
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合奏に乱れが生じるような場合である。しかし,当時の指揮者はコンサートマスターやチ
ェンバロ奏者による,合奏を整えるための拍取りであった。オーケストラを鍛え,演奏の
水準を上げようとした当時の有名な指揮者のひとりにJ. B.リュリ(1632~1687)が足を指
揮棒で強打して負傷し,感染症が原因で亡くなったことは有名な話であるが,この史実は
当時それほどに床が強打され,それに伴う騒音の中で演奏されていた事実をも浮かびあが
ってくる。現代的な指揮者とは全くあり方が異なっていたことがわかるだろう。コンチェ
ルト・グロッソの出現を経て,やがてホモフォニーが擡頭してくると,以前よりも複雑に
音を聴く能力が演奏者に求められた。これに伴って音楽の様式も変化するものの,あくま
でも「音による構成」という音楽上の意図に外れない範囲の変化であり,W. A.モーツァル
ト(1756~1792)やJ.ハイドン(1732~1809)の頃までは徐々にしか古典派以前の楽器法
の清澄さから遠ざかっていかず,構築的な建物がまだ客観的な形式と一体化していた(バ
ンベルガー 1997)。したがって,大編成の合奏であっても従来の拍取りがいれば演奏上問
題は起きなかった。しかし,L. v. ベートーヴェンの時代に大きな変化が到来する(バンベ
ルガー 1997 p.11)。
それまで音楽は,形式の堅固さ,覆い隠された精神性,それに先立つ時代の白黒に近い
色彩の純度,たいてい別々の楽章間のみに限られたテンポの変化,また創作者の主観的
感情がはいり込まない規律に服した自由がその特徴であったのに,ベートーヴェンとと
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もに,自我の,また個人の顔をもった人間性の 劇ドラマが音楽の中に現れた。
所謂ロマン主義の幕開けである。意図的なルバートやリタルダンドが音楽の中に持ち込
まれ,音楽の様式は個人的な感情や哲学を扱うような,全く異質のものなった。この全く
新しい音楽の形式のために指揮者無しには演奏不可能な曲が作られるようになり,やがて
指揮者は精神性の解釈者として位置づけられるようになる。そして,従来のように大音量
で床を叩きつける方法は感情や精神性の表れる音響体を壊すものとみなされ,音を出さな
い身体動作や顔の表情の変化によって指揮が行われるに至る。これに伴い,指揮者はオー
ケストラから独立し,風格や権力が与えられる。これが今日我々のイメージする指揮者像
の萌芽である。
現代的な指揮者は音楽を総譜から読んで解釈し,演奏者にそれを伝達する役割として位
置づけられている。その手段である指揮法は,学校の教科書でも専門書でも,拍子を図形
化した型を中心に説明されている。したがって,この方法では描く図形と拍点を示す打点
が強調されているように見える。指揮を習う学生が,図形を描くことと叩き・ ・に熱心なのは
この理由にもよっていると言える。では,プロの指揮者とは「状況に応じて正確な図形を
描き,明確な打点を示すスキルを有する人」となるだろうか。恐らくそうではないだろう。
図形や打点,少々の強弱表現ならばロボットでもできるだろうし,見やすい図形や打点な
どはむしろ機械の方が正確な働きをするかもしれない。しかし,それでも未だに人間の指
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揮者が選ばれ,ときに神格化されるほどの権威をもった存在になるということは,我々は
単なる拍取りや図形描きという手段や能力を超えた別の何かに指揮者の本当の力を感じて
いるからであろう。