静岡県榛原郡榛原町附近の地質
著者 加藤 美一
雑誌名 地学しずはた
巻 22
ページ 8‑14
発行年 1960‑03
出版者 静岡大学地学研究グループ
URL http://doi.org/10.14945/00006057
静 岡 県 篠 原 郡 篠 原 町 附 近 の 地 質
加 藤 美 袋
掛 川F付 近 か ら 醐 前 時三位助 一 暢 に 広 範 囲 に 分 布す る 新 第三 景は .日 本 に お け る 中 新 世 ・鮮軍;世の傑草0砲 層 と Lて 軍 要 視 さ れ . 筒 先 輩 に よ っ て す で に 豊 島 く の 研 究 が 発 表 さ れ て い る . 筆 者 は 昭 和 84年 度 卒 業 研 究 と Lて ,榛 原 町 附 近 の 新 第三 K < の 調 査 を お こ な っ た の で , そ の 結 果 を 要 約 し て 報 告 す る .
研 究 を 進 め る に あ た っ て 常 に 御 懇 切 な る 御 指 導 を い たずJい た 当 教 室 町 飯 島 輝 彦 ・土 隆一 両t生 に 厚 く 御 礼 申 L上 げ る . ま た 節 々 と お 世 話 に な っ た 地 学 研 究 グ ル ー プ の 諸 兄 に 感 謝 の 宜 を 衰 Lた い .
I 地 lflo 慌 観
本 自 問 責 ' 1 ¥ 風 域 は 赤 石 山 脈 の 南 級 に あ た り . こ の 附 近 一 帯 は 新 第 三 系 か ら な る 隠 商 10 0 171. 前 後 。 丘 陵 と そ れ を 置 う 洪 償 古 地 か ら な る . 洪 積 古 胞 は 平 や 急 斜面をなす坂部原台IIJ!と ,きわめて平組な牧ノJJ;f台 地 に 分 け ら れ る 。 牧 ノ 原 古 砲 は 金 谷 町 北 方 を 頂 点 と し て 東 商 へ 向 っ て 枝 伏 に の び .高 度 は 頂 点 で 300 m.末 端 部 り 御 前 崎 附 近 で 5 0 mと な る . ̲!J)台 地 は 新 第三 黒 田 捌折谷 を 埋 積l‑t.: か つ て 町 大 井 川 町 崩 状 均 状 。 堆 G ( 骨 で あ ?. 台 地 面 は 現 在 で は 附 近 の 正 駿 よ り 蒔 く .j担 形 。 転 換 を 物 語 っ て いる.
E 層 序
本 調 査 取 域 に は , 大 井 川 府 群 , 相 良 庖 群 . 鶴 川 層 群 が 分 布 l ‑ . そ れ ぞ れ 下 部 中 新 枇 , 上 部 中 新 世 , 鮮 新 世 と さ れ て い る . これ ら の 上 を mヲ て 第 凶 果 。 腹 部 原 自 慢 届 並 び 牧 ノ 原 礁 周 が 分 布 す る . 今 回 目 制 査 で 得 ら れ た 層 序 は 別 衰 の 通 り で あ る 。
l 大 井 川 層 群
本 層 群 は 女 神 ・ 男 神ιl附 近 か ら 橋 柄 ・仁田 を 連 ね る背斜の;芭部に露出l‑.
ほ か に 御 馬 ケ容で 相 良 庖 群 中 に わ ず か に 露 出 l ‑.ま た北部の沼伏から,!i方へ か け て 洪 積 層 下 に 広 〈 時 出 し ,頁 岩 ・砂 岩 ・石 灰 岩 か ら な る . 頁 岩は風 化 さ れ る と 灰 白 色 を 塁 L破 砕 性 を 有 す る 。 砂 岩 は 鯛 粒 で 灰 色 を お び .石 灰 岩は白
色 な い し 灰 白色 で 掲 神 附 近 で は 頁 結 層 中 に 挟 在 す る .
ま た 初 金 村 北 部 ,大 井 川 右 撮 り 在日橘 か ら 地 獄 笹 附 近ιか け て 露 出 す る 本
業主理学部四年生 ‑8‑
別 表
第 更 J2 牧 ノ 原 磯 膳
回新 J,古竺~入 子医悩 L 坂 部 原 磯 層
鮮 掛 姻 ノ 内 砂 岩 泥 岩 互 層
新 :IH,i;I~λ/
前 層鵠m>jlf5者砂岩層 第 削 群萩品明喋岩嗣j‑::‑栗 相 .
‑1綾口相 i
中 栢│ 湯 目 泥 岩 層
= 新 │良
世 G 届 相良砂岩泥岩互鳳
日 後 群開 割 問 互 恵
主中筒F且大 井 川 局 群
闇
古第三果 瀬 戸 川 泉 層 群
く周 序 表〉
層 群 は , 砂 岩 頁 岩 り 有 律 互 庖 か ら な り 男 神 附 近 の も の と は 幾 卦 岩 栂 を 異 に し て
L、る固 な お こ 白 附i丘 の 本 層 群 中 に は 石 灰 岩 は 露 出 Lて い な い .
2 相 良 層 群
本 調 査 地 域 の 主 部 を 占 的 a 一 般 に 泥 岩 周 が 卓 越 し 砂 岩mを は さ む . 調 査 地 威 南 部 で は 厚 さ 約 1.• 0 O mの 層 群 で あ る 。 相 良 府 群 は 下 位 よ り ,時 γ幸子砂礁泥岩互 層 ・相 良 砂 岩 泥 岩 互 層 ・揖 日 泥 岩 胞 に わ けらlLる。 岩 質 は 大 井 川 層 群 に 比 し て は
る か に 軟 質 で あ る 。
時 ケ 谷 砂 機 泥 岩 互 厨 : 本 層 は 土 沢 附 近 か ら 北 へ 協 柄 ・仁 回 ま で 舟 布 す る が , 院 第 に 蒋 く な る 傾 向 が あ る 。 砂 泥 互 居 中 に 細 礁 岩 層 を 不 規 則 に 挟 み , ま た 厚 い 砂 岩 胞 が 見 ら れ る の が 本 樹 の 特 徴 で あ る 。 土 沢 附 近 の 穣 岩 厨 中 に Vener工cardiasp. . G.lycymeris sp な ど を 産
L. 己 目 附 近 の 大 井 川 廓 群 と の 境 界 近 く で は , 直 立 し あ る い は 逆 転 し て い る 乙 と も あ る 固
相 良 砂 岩i尼 岩 互 厨 : 時 ア 善 互 屈 の 疎 岩 胞 は 上 位 で は 臨 め ら れ な く なり 一 般 に lO‑‑20cmの 砂 岩 層 を 挟 む 泥 告 が ち の 砂 泥 互 層 に 移 化 す る 。 本 局 は 調 査 地 蛾 東 南 部 に か な り 広 く 分 布 す る 。 泥 岩 は 黒 灰 色 な い し 灰 色 で 破 砕 性 に 官 み 玉 ね ぎ 状 の 風 化 を 示 す 特 徴 が あ り , 砂 岩 は 細 粒 か つ 石 英 質 で 風 化 す る と 灰 色 な い し 黄 補 色 を 呈 す る 。 互 居 中 田 泥 岩 中 に は Lば し ば , Sagari tes
cbiもanllが 散 在 す る 。
湯 日 泥 岩 層 . 石 原 回 附 近 か ら 車 部 ・湯 田 方 面 に 分 布 す る 塊 状 泥 岩 層 で , 暗 灰 色 な い し 背 灰 色 泥 』 占 ま た は 砂 質 泥 岩 か ら な り , や は り 舷 砕 性 に 苦 言 み 玉 ね
ぎ 状 の 風 化 を 示 す . 揖 目 方 面 に か け て 本 腐 は 広 く 分 布 す る が ,こ れ は 岐 部 附 近 で 走 向 が 変 わ り 傾 斜 が 急 政 に 按 ず る か ら で あ る 。 揖 日 附 近 の 本 層 中 に も
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Sagariもesを産l‑.相良E居 中 よ り も 多 〈 徴 在 し て い る よ う で あ る . 8 出 川 層 群
窓 層 群 は調査 地 岐 商 半 に 分 布 し , 南 西 に ゆ る く 開 い た 肉 斜 情 造 を 示 Lて い る. 伺 良 趨 群 と は閥J¥'地紙北部では .'1'、整 合 関 係 に あ り , 南 部 で は 整 合 関 係 に あ る よ う に 恩 わ れ る の 本 層 群 は 下位 よ り 萩 問 機 岩 層 ・柿 テ 替 砂 岩 層Rび 切 l臼 泥 岩 層 ・期 ノ 内 砂 岩HA岩 互 層 で あ る .
萩 間 百世岩 周 : 本 胞 は 和 田 か ら三 栗 ・板 口 を 舵 て 掛 川 市 日 担 方 面 へ 連 続し 相 良 層 群 と 南 部 で は 縫 合 関 係 ,北 部 で は 倒 際 な 不 整 合 関 係 に あ る . 本 層 と 上 位 の 堀 ノ 内 互 周 と は 漸 移 関 係 に あ る . 周 厚 は 石 原 田 附 近 で も O om .三 亀 替 で 2 0 0 mで あ り 北 部 の 方 が 薄 く な る . 本 餅 は三架 相Eび 坂 口 相 に 舟 け ら れ る.三JV!相は 書 ) ! ( : & び 大 井 川 層 群 に 由 来 す る 角 礁 な い L亜 角礁の 砂 岩 ・頁 岩 を主 と す る が ,以 口 相 は三宮 ・瀬 戸 川 両層 群 に 由 来 す る 径 5cm内 外 の 砂 宕 門 離 を 主 と す る o jJX口 相 は三栗 楠 中 に レ ンズ と し て 多 〈 侠 ま れ て い る . 坂 口 相 の 門礁 は ,か つ て の 大 井川 の 巡 績による も の と 考 え ら れ る。 ま た 本 礁 岩 上 部 の三栗 相 中 に 若 干 の 径 1m程の 砂 岩礁が 見 ら れ る が ,こ れ は 海 岸 町 近 い こ
と を 示 し て い るの で あ ろ う . また本lii1岩}胸中にj折々滞〈レンズ伏に泥!f;L&a
砂 岩 が 挟 ま れ て い る こ と も あ る。
柿ケ 谷砂 岩厨 : 判iケ持 附近 で ,萩l間 際 結 胞 か ら 姻 ノ 内 砂 符 泥 宕 互 層 に 替 る 部 分 に 発 越 す る 。 本 崩 は 補 色 町 砂 岩 か 内 な り ,下 部 は 開岩 胞 と 瓦周 す る 部 分 が 多 いe
切 山泥岩間 . 本 胞 は 切 山 附i丘ι見 ら れ る泥 結 問 で a主 と し て 塊 状 暗 灰 色 泥 岩 か らなり, 所 々 と く 薄 い 絢 l i i 1 層 を 不 規 制 に 挟 ん で い る 。 本 問 と 溺 日 泥 岩 層 と は 硬 さ も ほ ぼ 等 し く . 肉 眼 で 区 別 す る ζ と は む ず か Lい。
担 ノ 内砂岩泥岩 互厨 . 本 調 査 地 域 の 西 半 部 に 広 範 囲 に 分 布 す るe 萩 間 磁 岩 層 は 切 山 附 近 を 除 い て は 上 部 に i X 第 に 砂 岩 泥 岩 互 屈 に 移 化 す る が ,そ の 部 分 で は 賞鵠色 砂 岩 層が 顕 著 であ る 。 智生 寺 ・最 明 寺 ー小 山 段 附 近0本 層 下 部 で は .障 さ 数 間 前 後 の 細磁 屈 が 不 規 則 に挟 ま れ て い るが ,大 部骨 は 砂 岩 泥 岩 の 有 律 互 庖 で . 泥 岩 は 暗 灰 色 な い L灰 色 を 呈 l ‑.砂 岩 は 細 粒 で 一 般 に 灰 色 注 い し 背 灰 色で あ る が . 風 化 L賞 褐 色 を 皐 Lて い る こ と も 多 い .
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4. 供 政 溺
坂部原磁周: 披 郎 両(‑‑ 櫛 と 高 根14附 近 の 丘 陵 に 分 布 す る 傑 崩 で ,堆1;'(凶 は 牧 ノ胤 雨 よ り 一 段 高 〈 ,開 折 庄 は は る か に 進 ん で い る l 牧 ノ 原 磯 腐 と 比 較 す る と 悶 結 度 が や 宇 高 く • li曜 は や や 細 〈 径 数cm前 後 の も の が 非 常 に 多 い .
古谷泥回 ; 牧 ノ 原 礁 腐 り 下 位 に 認 出 す る 育 灰 色 於 泥 膚 で ,塊 状 無 居 酒 . 厚 さ 10 略位 で あ るが, 制 査 抱 減 では 南 部 の 寺 河 原 一 軒 に 分 布 す る 0み で あ
る .
牧ノ原磁白 : 本 婦 は か つ て の 大 井 川 町 運 搬 供 給 に よ る 廟 状 地 状 堆 積 軟 で 黄 色 砂 町 蒋 府 を ま れ に 挟 む .~理由組成は,三 4雪崩群 ・ 大井川勝群等に由来す
る 灰 色 硬 質砂 岩 傑 が 主 で , 磁 の 大 き さ は 普 通 数cmで あ る が , ま れ に 30 cmに 速 す る も り も あ り .llIi円燥ないし亜角艇で.I!/.さは普通 2 0m位 で あ る が , 最 高 40 mに 迭 す る こ と も あ る .
皿 大 井 川 鰐 群 と 相 良 層 群 と の 関 係
大 井111層 群 と 間 良 脳 群 と の 関 係 に つ い て は ,千 谷 好 之 助 氏 の 正 断m税 と .l詞 14次 郎 氏 。 不 整 合 間 と が あ り ,後 に 氏 家 宏・倒回現開 局 ま 不 整 合 関 係 の 両 者 が 現 在
は 斯 脳 に よ っ て 接 触 し て い る と い う 結 果 を 発 表 し たa
筆 者 の誤 宜 に よ る 乙 1型l子 附 近 を は じ め 数 ケ 所 で 相 良尉 群町 基 底 傑 岩 と 忠 わ れ る も の が 鋭 察 さ れ aそ こ に は 犬 井 川 層 群 の 砂 岩 ・ 頁 告 の 角 線 が 含 ま れ て
L 、 る こ と . 大 井 川 層 群 の 岩t置 は 相 良 勝 酵 の も の に 〈 らべて非常に/illiいこと 及 び 大 井 川 層 群 。 栴泊 が も め て い る こ と な ど に よ り 商 軒 は 不 控 合 関 係 に あ る ょ う で あ る . しか L両 者 の 境 界 が ほ ぼ 直 線 的 で 大 井 川 周 群 が 雁 行 伏 に 街 出 す ること ,境 界 附 近 で は 相 良 魁 群 が 直 立 し あ る い は 逆 転 し て い る こ と ,溺沢 で は 時 ケ 笹互 周 が 非 常 に も め て い る 乙 と な ど の 観 察 か ら ."1"ベり面は観察出来 なか っ た が . 断 層 り 存在 が 考 え ら れ る 。 大 井 川 層 群 は 土 沢 か ら 仁 団 方 聞 に か け て .履行 状に 露 出 す る が , こ れ は い く つ か の 小 断 層 り 活 動 に よ る も の と 考 え ら れ る.以 上 の こ と に よ り 両 者 は 斜 交 不 整 合 関 係 に あ る が ,不 盤 合 。 路 頭 は 観察 出 来 ず .断 月 号 に よ る 接 触 の み 舷 飽 き れ る も の と 解 釈 Lた .
N 相 良 厨 群 と 掛 川 層 群 と の 関 係
相 良 層 群 と 掛 川 』 菌 群kの 関 係 に つ い て は ,千 番 好 之 助 氏 は 荻 間 礁 岩 屈 を 島 川 層 群 白 基 底 と じ ,両者 は 不 整 合 関 係 に あ る と 述 べ . 後に楓山次郎氏は萩 間 環 岩
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胞 を 相 良 厨 群 上 部 査 員 岩 と 出 川111群lIi底磁岩に舟け,際岩層中に境界を!JIいた。
今 回 の 制 査 で 筆 者 は , 萩 間 諜 岩 層 を 坂 口 相 と 三 巣 相 に 舟 け , 三 栗 棺 中 に 坂 口 相 が レ ン ズ 状 に 挟ま れ て い る こ と は 前 述 Lた . ま た 本 際 岩 周 上 部 は 姻 ノ 内
互 届 あ る い は 柿 ケ 番 砂 岩 層 に 全 〈 醐 曹 関 係 に あ る . ま た 白 井 町 拝 ・ 掘 川 西 方
。 露 頭 町 観 察 に よ れ ば , 湯 目 泥 岩 婦 と 萩 間 際 岩 層 と り 境 界 が き わ め て 明 瞭 で あ る こ と , イ ソ タ ー フ イ γガ ー し な い こ と に よ っ て , 両 周 は 不 整 合 関 係 に あ
る と 考 え る こ と も 出 来 る が . こ り 附 近 白 萩 間 醸 岩m中 に 相 良 劇 群 滋 の 日 韓 が 含 ま れ て い な いζ と か ら 両 者 は 整 合 関 係 に あ る と 忠 わ れ る . さ ら に 調 査 地 域 北 方 切 山 附 近で は , 間 層 理 簡 が 鍵 骨 斜 費 す る こ と 亙 び 相 良 府 群 湖 町擦が重量間際
岩 層 中 に 侠 ま れ て い る こ と か ら 明 ら か に 不 監 告 の 関 陣 に あ る . し た が っ て 筆 者 は , 萩 間 話 臣 告 腐 を 絹 川 層 群 町 基 底 礁 岩 と 1 ‑ . 相 良 ・ 鋳111両 層 群 の 噴 界 は , 調 査 地 獄 北 部 で は 明瞭 な 不 義 告 , 南 部 で は 錐 告 。 関係 に あ る と 考 え て い る 。
V 地 質 構 造
本 調 査 地 域 南 部 に 骨 布 す る 相 良 府 群 は , 北 東 南 西 町 構 造 を な 1 ‑ . 下 位 。 地 層 程 強 い 傾 斜 を 示 し て い る 。 相 良 町 西 北 方 に お い て は , 走 府N3 o.Eの 女
神背斜~昨成するが,この背斜は時 Y 苔附近から仁固まで追跡出来るが,こ '
D附 近 以 東 北 で 不 明 瞭 と な る 白 こ り 背 斜 の 芯 剖iに 大 井 川 府f障 が , 楕 曲 軸 と 平 行 に 雁 行 状 に 露 出 し て い る . な お 土 沢Eび 小 仁 田 で 北 西 南 東 の 走 向 を も っ 大 井 川 庖 群 が 認 め ら れ た . ま た 相 良 町 大 江 か ら ほ ぼ 女 神 背 斜 に 平 行 し 片 浜 へ ぬ け る か な り 顕 著 な 肉 斜 構 造 が 認 め ら れ , こ れ を 大 江 向 斜 と 名 子 け る . 調 査 地 岐 南 部 で こ の よ う な 構 造 を も っ 柑 良 層 群 は , 綾 部F付 近 に お い て , 走 向 を ほ
ぼ 1 0 0・ 変 慢 し , 北 西 な い し 碍 北 西 と な り 南 西 に 100̲ 1 50の 緩 傾 斜 を 示 す . こ の た め こ り 附 近 か ら 湯 目 方 面 に か け て 相 良 層 群 上 部 が か な り 広 範 囲 に 分 布 す る こ と に た る 。
島 川 層 群 は 女 神 背 斜 の 蕗 翼 に 広 〈 分 布 1 ‑ . 全 体 と し て 相 良 層 群 と 照 似 の 構 造 を も っ て い る 。 す な わ ち 調 査 増 岐 南 部 の 荻 間 環 岩 層Eび 姻 ノ 内 互 婦 と り 漸 移 部 附 近 で は ,こ り 附 近0相 良 層 群 と 同 走 向 を 示 1 ‑ . 傾 斜 も ほ 之 ん ど 煩 似 す る . モ Lて こ の 構 造 も 相 良 層 群 と 同 様 , 東 叡 聞 及 び 勝 回 附 近 で はN4 O.Wに 走 向 が 変 り , 傾 斜 も 急 激 に 候 く な り . 1 00内外で ~g 南に傾く.
こ の よ う な 榊 進 に 対 し て ,第 四 系 は そ れ ら の 浸 食 聞 を 覆 っ て a ほ ぽ ホ 平 に
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堆骨量Lて い る .
百 結 論
(1)大 井 川 脳 群 と 相 良 層 群 と は ,著 し い 不 投 合 関 係 に あ る が ,不 拡 合 の 露 顕 は 雌 隠 さ れ ず ,断 胞 に よ る 接 触 が 考 え ら れ る .
IZ)荻 開 磯 岩 層 は 三 倉 層 群 ・瀬 戸 川 層 群 に 由 来す る 径 5cm内 外 白 砂 岩 円 砲 を 主 と す る 坂 口 相 eft真 亙 び 大 井 川 層 群 源 。 角 礁 か ら な る 三 葉 相 と か ら な る .
4臣 口 相 は 三 東 相 中 に レ ン ズ 状 に 挟 ま れ , 萩 間 際 岩 層 の 中 下 部 に 多 い . (3)荻 間 際 岩 周 を 掛 川 勝 群 の 基 底 際 岩 と し た .
l剖 相 良 層 群 と 樋 川 尉 群 と の 関 係 は ,制 査 地 峨 北 部 で は ,別 瞭 な 不 接 合 の 関 係 に あ る が .南 部 で は a不 整合 関 係 は 敵 陣 出 来 な か っ た 。
(51本 地 獄 に は 摺 曲 精 進 と Lて , 女 神 背 斜 と 大 江 向 斜 が 顕 著 に 総 め ら れ る . ( 引 税 査 地 域 南 部 で の 一 般 走 向 はN30"E.北 方 で ほ ぼ 北 間 の 走 向 と な り , 商
問 に ゆ る く 聞 い た 向 斜 構 造 を 呈 し て い る 。
主 嬰 番 考 文 献
.I~ 次郎;遠州掛 11"付近第三紀層の層序.l1i!球3.P569‑576.19Z5
千番好之助.遠江囲網良掛川第三紀層について ,地芋雑38.P23‑35且(}'P840‑89 1926 梅 山 次 郎 鯨岡県鋪川町近傍の地質につきてけコ.地 珠9.P 1 0 0‑11 8 • 1928 千1't好之助 1・7刷 ol1i!質問巾「静酬」及び「相良J設に問説明書,地質調査所.1 928 拠 出 次 郎 大井川下流勾方第三果周序及び地質僻造.矢部遊歴舗演雌.Pl‑9.1941 大塚弥之助.大井川摘出横地域に於ける層位学出J異常につL、て ,地質雑55.P190,I9岬
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