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* 「私的翻訳児童文学論」

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(1)

北 津義 弘 先 生 に 送 る 「私 的 翻 訳 児 童 文 学 論 」

神奈川大学平塚キャソバスに奉職してから五年経った。

この歳月ほとりもなおきず、北洋先生に教えを頂いた日々

と重なる。四季折々の自然が美しい広々としたキャソパ

スを散策しながら'あるいは平塚のおいしいレストラソ

をめぐりながら、英文学についてプライベート・レッス

ソを賜った。はじめて大学の専任職についた私に'大学

人は如何にあるべきかという心がまえも教えて下さった。

貴重な示唆の数々は肝に銘じている。また翻訳者として

大学とは異なる社会でも働いている私に、先生はときに

厳しいtだが常に温情溢れる読後感を語り'未来への指

針をも示して‑ださった。そういうわけで'まことに得

難い師であり読者である北洋先生をキャソパスからお送

りするにあたって、ささやかながら私的児童文学論を綴

ることがふさわしいと思えるのである。

*

北洋先生にいちばん最初に読んで頂いた訳書は、ヤソ

グアダルー向の小説﹃マソガここのはてしない族﹄(岩 百

佑利子

波書店刊)だったと思う。東京行きの東海道線の電車を

待つ薄暗い平塚駅のホームで、「あの本を読んで、子ど

もの本のイメージが変わりました」と仰った。「かわい

らし‑'おとなし‑'(内容も読むのも)易しいのが子

どもの本である」という思いこみをもつひとに始終出会

う私は'先生の感想をうかがってとてもうれしかった。

この児童文学とは何かというテーマについてはのちほど

述べる。

子どもの本のイメージを変える児童文学﹃マソガここ﹄

について'少し説明したい。豪洲タスマニア島在住のベ

ス・ロバーツという女性(白人入植者の子孫)が'かつ

てタスマニア島に独自の文化を築いたタスマニア先住民

への績罪としてあるいは鎮魂歌として書いたものである。

豪大陸に渡ったアボリジニーズのうち、南下してタスマ

ニア島に住みついた人々は'大陸とかなり異なる風土の

下で暮らすうちに、大陸人とは違う特長、文化を発達さ

せた.そのため人頬学者は大陸の先住者と区別して、タ

(2)

スマニア・ネグリート・アポジナルと呼ぶ(小文では、

タスマニア鳥人と書‑)。タスマニア島は蒙洲のスイス

といわれるように、風光明娼'冬期の降雪のおかげか水

の豊かな緑したたる美しい島だ。白人が移住してきた一

九世紀初めの先住者の推定数は三千人である。石器時代

の文化を営み、季節に応じて食糧の豊富な土地へ移動す

るという半遊動生活を送っていた。部族ごとのテリトリー

は決っていたが、食糧調達のために入って‑るものは決

して拒まないというおおらかな人々である。これらのこ

とは推測ではない。フリソース島でから‑も生き延び

た元タスマニア鳥人から人類学者らが聞き取り、いまで

は広‑知られている事実である。

1九世紀初頭英国から豪大陸に入植しはじめた人々は'

流刑囚やその見張りの軍人だけではなかった。1旗あげ

ようとロソドソに出てくる英国民話の主人公「トム・ウィッ

チソトソ」ぼりに、彼らにとって夢の実現は土地にかかっ

ていた。放牧に適した大陸の線の周縁と、全土がみずみ

ずしい線のタスマニア島が'まず視界に入った。どの土

地にも先住者がいたが、先住者の土地占有権、先住者の

人権に配慮がなされるまでには、それから百五十年以上

もかかる。後発の移住者たちは、何万年もさかのぼるこ

とのできる先任権を、銃で苦もな‑吹き飛ばした。

その象徴的なできごとが、1八三

年のタスマニア島 における「ブラック・ドライヴ」だった。タスマニア鳥

人は、白人が入植し、木々を倒して羊を放しても動じな

かった。白い肌の人々は、珍しい暮し方をするものだと

了解しただけ。ただし白人がもちこんだ羊肉という食糧

を見逃しもしなかった。そこから悲劇は始まる。タスマ

ニア鳥人は、毎年実る果実や、川面を銀に染める魚群や、

木々のうろに溜る蜜と同じように'牧場の羊を天の恵み

とみなした。天恵は分かちあうもの。遠‑へ遊動せずに

手近にいる羊を捕らえて食べる習慣が、タスマニア鳥人

のあいだにあっというまに広まった。土地の私有観念の

ない先住民にとって、柵は何も意味しない。山野を軽がる移動するすべに長けている人々は、柵を乗り越えるな

ど朝めし前。島の各地で羊が盗まれ警れるようになっ

た。

羊を盗まれた白人入植者のタスマニア鳥人に対する憎

しみは、激しい炎のごと‑吹き上がった。羊も牧場を作

る道具も、牧草の種も'みなはるばる三か月もかけて'

英国から運ばれてきたものだ。故国を出るときに家財等

を売り払った代金を充ててそれらを購入したのだ。タス

マニア鳥人の宇宙観や人生哲学にまるきり無知な白人に

は'先住民が鬼のように獣のように見えただろう。弾丸

が、ストリキニーネ入りの砂糖が、羊を狙う「狼」を駆

逐するために使われた。先住民の数はじりじりと減少し、

(3)

部族単位の古代の暮しが破壊されていった。そしてブラッ

ク・ドライヴは'先住民を絶やすとどめの作戦だったの

である。

**

物語は、ブラック・ドライヴを逃れはしたものの、仲

間とはぐれた女マソガー三が'部族の民をもとめてさす

らう場面から始まる。仲間と再会したい、古代から続け

られてきた平和な暮しに戻りたい。旬の食糧を採集した

土地で祭をおこなうこと、幼い子どもたちにさまざまの

生存に必要なしきたりを教えることを'彼女は無上の楽

しみにしている。だが季節的に遊動するどの土地を訪れ

ても'仲間の姿はない。それもそのはずで'ブラック・

ドライヴまでにおおかたのタスマニア鳥人が殺され、あ

るいは描らえられてフリソダース島など不毛の土地へ追

い払われてしまったのだ。歴史によれば'そういう女は

実在した。彼女の名前はトルガここという。トルガここ

は、最後のタスマニア鳥人といわれているが、これはタ

スマニア島に残った最後の一人という意味である。厳密

にはタスマニア鳥人の血を引‑子孫は、いまでもフリソ

ダース島出身者のなかに存在する。

作者はトルガここを念頭においてマソガここを創造し

た。トルガここは捕らえられて、純血タスマニア・ネグ

リート・アポリジナルの生きた標本として丁重に扱われ、 病院で死んだ。マソガここはもっと孤独な、だが考えよ

うによっては、もっと人間らしい死を迎える。マソガこ

こはある日'白人の牧場にしのびより、可愛い女の子を

見かけた。さびしい毎日の夢に見る子ども。マソガここ

は夢中で'幼女をさらう。楽しい日々が戻った。かつて

部族の子に教えたように、マソガここは'幼女にことば

を教え、部族のしきたりを伝承させた。動物などの魂を

天の川へ送るしきたりも含めて。

二年の月日が流れ、雪の季節がめぐってきたとき'マ

ソガここは苛酷な逃亡生活のはてに健康を損ね、余命い

くぱくもないことを悟った。女の子を抱えて牧場に戻り'

納屋に置き去りにした。死んだと思った子が生きていた。

女の子の家族は、驚喜乱舞する。外見は汚いけど、健や

かに成長している。誰かが、おそら‑彼らが獣と信じて

いる生き物が大切に育てて‑れたらしい。牧場から遠‑

ないところに'アポ‑ジナルの女の死体が見つかり'推

測が確信に変わった。マソガここの遺体の埋葬に集まっ

た入植者たちの見守るなか、女の子はまじないを唱えな

がら、ふしぎな儀式を執り行う。それはマソガここが幼

女にた‑した部族の伝東儀式だった。女の子が心をこめ

てマソガここを送ると、つぎに参会者たちによる賛美歌

が雪の降りつむなかに響いた。マソガここの魂は'二つ

の葬送儀式を経て部族の民が焚火をたいて待つ天の川へ

(4)

と昇っていった。物語はこれで終わる。***

残酷な場面もあり悲しみもあり、白人の横暴さがもろ

に描かれている﹃マソガここ﹄は、児童文学か。児童文

学とは何か。私は神奈川大学では児童文学を講義してい

ないが、他大学の集中講義や特別講義で、この大きな命

題に学生とともに取り組む機会がある。定義はひとそれ

ぞれながら、私なりに学生に問いかける児童文学の定義

はある。児童文学は読者の個人的体験である。そして次

の四条件が必須ではないだろうか、と。

一ことばの体験が豊かにできる(言語のリズム、響

き、詩性)

二感動の快い体験ができる(巧みなストーリー)

三生と人間の世界への慶を開ける(ユニークな素材、

想像力を刺激する挿絵)

四愛情(と幸せ)の種が蒔かれる(希望へつなぐ哲

学)

平凡ながら私は児童文学をこのように理解している。

平凡とはいえこれらの条件を満たしている児童文学は、

多いともいえるし、多‑ないともいえる。出版点数を見

れば、世界を含めず日本だけでも子どもの本は多い。口

頭で伝承された民話、伝説の再話集。「赤い鳥」等の書

き手たち、宮津賢治'それに戦後から現在まで大活躍の あまたの作家たちがいる。子どもたちに愛されてきた作

品のリストはかなり長い。日本の児童文学は花ざかりだ。

そしてそのどれもが、一から四までのどれかの要因を満

たしている。だが四条件すべてとなるとどうか。

この四点のどれもが、安直に達成しようと思えばでき

る性格のものであることが、底の浅い児童文学の数々を

産みかねない。そしてまた、そういうものはよ‑売れる。

幼い子どもたちが出会うカタログ風絵本(これは犬です、

わんわん)は一例だ。もっとも達成困難なのは、翻訳者

(トラソスレイター)かつ裏切り者(トレイタ‑)であ

る自らを省みていえば、「豊かなことばの体験」である。

合格点に達する作品は多‑ないはずだ。宮滞賢治の一見

読みづらそうな文章が、読み聞かせてみると、なんと快

‑唇に感じられることか。ほかの文学を読み聞かせて'

比較してみれば第一条件のハードルの高さがわかるだろ

う。また、日本語で日本の読者のために書‑作家たちに

とってすら困難なわざを'翻訳者が達成するのは不可能

に近い。例えば「アリス」の原著に快い笑いを誘われる

読者が'ある訳書を読んで額にしわをよせたと聞いたこ

とがある。私の読者もおおかたがしかめ面をして読んで

いるのだろう。

ひるがえって、大人向けの文学はどうか。「ⅩⅩは、

子どもに愛される文学だ(大人のみの文学と分額するの

(5)

は間違い)」といわれる作品がある。その代表格は、

﹃ロピツ・クルーー﹄だ。もともと子どもを読者

に想定して書かれた文学ではないが、ストーリーに魅了

された子どもたちは勝手に自分たちの世界に取りこんで

しまった。「ⅩⅩは'児童文学ではない(もっと高尚な

文学)」といわれる作品がある。マーク・トゥエイソの

文学等である。

私はこの後者の表現に拘る。児童文学にしてお‑には

もったいないtという意味だろうか。児童文学みたいな

やわな文学ではない、という意味だろうか。児童と呼ば

れる集団には吸収しきれない、経験豊かな大人でなけれ

ば真実が汲み取れないという意味だろうか。どの意味に

しても、児童文学の誤解から生じている。いや、むしろ

子どもの総合的誤解から生じているというほうが適切か

もしれない。

﹃マソガここ﹄を検証しよう。第一条件は、原著を読

んで判断して頂‑ほかはない。素直で淡々とした味わい

深い英文である。邦訳が原著の価値を半減しているとい

われれば、それはその通りだろう。第二のスト‑リ‑性

について。老女マソガここの孤独な身の上と、つれあい

が笑顔で励ます焚火の炎の向こうに展開される夢幻の時

間が横糸を織りなす。そして幼い少女を得てのち、滅び

ゆ‑文化の継承という事業が縦糸となる。異文化、異宗 教'異民族に橋を架け'未来へ夢をつなぐというように'

ストーリーは展開してい‑。第三の素材、挿絵。アメリ

カ先住民をはじめ、虐げられた先住民という素材は、児

童文学にも定着している。その意味では目新し‑はない。

ただし豪洲の南端の島を何万年も占有してきたタスマニ

ア鳥人は、読者に新たな世界を開‑素材だろう。挿絵は、

タスマニア特有の動植物で、と‑に外国の読者の理解を

助ける。表紙は版画で、素材の意味を伝えるべ‑、色の

コソトラストが鮮明で印象的だ。第四の哲学は'第一の

ことばの条件についで重要である。この点で、本書の評

価は二つに分かれる.一つは、トルガここが白人人額学

者、考古学者に利用された事実を踏まえて、いわば「感

傷的な、あるいは白人作家の自己満足的な哲学で子ども

を惑わす」というものである。それに対し、大人が築い

た世界の現実をよくも悪‑も子どもは継東させられる。

だからこそ、融和や相互理解が不可欠だという作家の信

念を支持したいというものである。訳者である私は後者

の立場をとるが、かといって、読者にその評価をおしつ

けるわけにはいかない。本は出版されたら一人歩きをす

る。出てていってしまった本を追いかけまわす手だては、

私にはない。

しかしそれでいいのだ。子どもは大人が思っている以

上に、この世界を深‑理解したがっている。大人が思う

(6)

以上に'子どもの懐は広い。子どもの本質は寛容だ。そ

して大人がわかっている以上に、子どもは「むずかしい

こと」を知ったり考えたりすることを恐れない。だから

こそ、ある児童文学を高みに上げる意図で、「これは児

童文学ではない」と評価するのは間違いなのである。同

じょうに「大人が読むに耐える子どもの本」と誉め上げ

るのも間違いである。「子どもが読んでも、大人が読ん

でもおもしろい本」とは、「子どもに読ませるに耐える

大人の本」でなければならない。いま子どもたちは本離

れをしていると、多‑の人々はそれぞれの観点から嘆‑0

私見では、第一、第四の条件が満たされていない本'つ

まりことばが磨かれていず、子どもの真しな要求に応え

ようとしない哲学の持ち主の書いた本を、与えすぎてき

た結果ではないか。読む技術のレベルと、理解のレベル

が比例していない子どもたちは大勢いる。けれど、私た

ちが仲介者となって、読み聞かせを厭わなければ、子ど

もは驚‑ほどむずかしい本も受容できる。それをしない

で、読む技術のレベルに見合った本を与える。心奥がも

とめるものはそれではない。子どもは、本がむずかしい

から嫌い'読まないのではない。易しすぎるからおもし

ろ‑ない、読まない、のである。北洋先生の﹃マソガこ

こ﹄を読んだあとのコメソトを、以上のような理由から

私は最大の賛辞と受け取った。 ****

児童文学と大人の文学について考えると、北洋先生に

読んで頂いたもっとも最近の訳書に触れなければならな

い。この本は(めでた‑出版できたら)全十八巻になる、

欧米でのミリオソ・セラー、ジーソ・アウル作「始原へ

の旅だち(原題は、大地の子どもたち)」シリーズの十

巻と十一巻にあたる﹃大陸を駆けるエイラ﹄上中(評論

社刊)である。下巻はいま翻訳中。その先は原著者がい

ま執筆中というすさまじい長編小説だ。

とはいえ、私が現在発行されている十一巻を全部訳し

たのではない。十年前に訳出された一巻から九巻までは、

翻訳の大先輩、N氏の名訳で出版されている。十巻から

急に百々佑利子の名前に変わったものだから、面‑らっ

た読者も相当いたらしい。なぜ‑と問う手紙が評論社に

届いていると聞‑.私は一巻目の﹃大地の子エイラ﹄か

ら、N訳の大ファソだった。N氏は小学校高学年から大

人まで、次巻の配本を心待ちにする読者を獲得した。そ

れがなぜ、私の訳に変わったか。この答えは児童文学と

は何か、大人の文学とは何かという命題に関わっている。

そして、その命題を解‑重要な鍵を私は北洋先生から頂

戴したのである。*****

長編小説なので筋を丹念に書‑と紙幅が尽きる。大ざっ

(7)

ばに記せば、最終氷河期の欧大陸を舞台にしたネアソデ

ルタール人とクロマニヨソ人の壮大なドラマということ

になろう。あるとき地球の景観を変えるような大地震が

起きた。現在のクリミア半島の付近に住んでいたクロマ

ニヨソ人の部族のなかで'幼女エイラひとりが生存者と

なった。ライオソに襲われ傷ついたエイラを救い育てて

‑れたのは、ネアソデルタール人だ。クロマニヨソ人か

らは頭骨の形状から平頭と獣扱いされていた人々である。

エイラはた‑ましく成長し、薬師としての知識も身につ

けた。ネアソデルタール人の男とのあいだに男子をもう

ける。だが養母の「自分と同じ種族を見つけなさい」と

いう遺言に励まされて、エイラはひとり旅に出る。そこ

で仏の現在のドルドーニュ県からはるばるドナウ川の果

てを見にきた旅人ジョソダラ1と出会い、養母が願った

とおりに同じ種族(クロマニヨソ人のこと)の人々を知

る。二人はジョソダラーの故郷へ向けて'ドナウ川を遡

る波乱万丈の旅に出る。道中、二人はさまざまの土地を

見'さまざまの人々とまじわり'数々の発明、発見をす

る。これは異文化遭遇および文明史の物語でもある。N訳は簡潔にして流麗'語柔が豊かでしかも平易'翻

訳の手本となる邦訳である。私は日本語訳だけ読んでい

たが'のちに原文を入手し'これは原文を超える訳文で

あると感嘆した。翻訳者は原文に忠実であることが要求 される。そして多‑の場合、訳文は原文を超えられない。

だがまれに原文よりはるかに美しい訳文が生まれること

がある。こういう場合、翻訳者は誉められるべきか非難

されるべきか。私は児童文学の場合は、誉められるべき

であると思う。おおかたの子どもの読者は'著者'訳者

の名前には興味を示さない。日本の文学か'翻訳文学か

にも、注意を払わない。物語だけが、彼らの関心の的で

ある。そして児童文学の第一条件を考慮すれば、そして

若い読者がさらに本を読みたいと動機づけられなければ

ならないとすれば'ことばは大切である。翻訳の場合'

ストーリーが完壁であれば、よい日本文に訳すことは可

能だ。N訳が原文に忠実であれば、さほど多‑の読者を

獲得しなかったにちがいない。

だが原文に忠実という条件は、文体や語桑や表現だけ

でな‑'もう一つの要素をも含んでいる。それは全てを

訳すということである。完訳が条件となっている。日本

の翻訳者のなかでトップに君臨するN氏は、大いにため

らわれたにちがいない。「ロピソソソ・クルーソー」以

上に子ともたちから愛される可能性のある「エイラ」を'

日本の子どもたちに紹介したい。そのためにはある箇所

を削除しなければならないというジレソマで。﹃クマの

プーさん﹄等を訳したⅠ氏は、ここは日本の子どもには

不要tという箇所をばっさり削除した。その削除の判断

(8)

がすぐれていたことでもⅠ氏は名高い。「エイラ」は、

先を読み急ぎたいヤソグ・アダルト向児童文学となって、

日本で出版された。小学生にも熱狂的な77ソがいると

聞く。

九巻まで刊行されてから、削除が問題にされた。それ

を指摘したのは大人の読者だそうだ。「エイラ」が年齢

を問わず受け入れられていた証拠でもある。N氏は熟考

の末だろう、初心を貫‑べ‑私を十巻からの訳者に指名

された。いろいろな経緯もあって引受けたが'私は翻訳

者になってから初めての苦しみを二重に味わうことにな

る。まずへ名訳者のあとをつぐという苦しみ。「エイラ」

に陶酔している読者を失望させた‑ない。またすでに定

着しているN氏苦心の訳語‑たとえば、大地の母なる女

秤(創造神)、兆す(妊娠させる)Iなどの表現は変え

ることはできない。それぞれの邦訳が異なるのは'それ

ぞれの翻訳者が独自の語感をもっているからだ。だが'

私に要求されているのは、私のそれを前任者のそれに同

化させることで'これは苦しい。

もうひとつは'削除してはならぬという、いわば翻訳

者の判断を封じられたことだった。想像して頂けるよう

に、「エイラ」の物語はセックス描写がじっはかなり多

い作品なのである。子どもの活字離れが取り沙太されて

いる時代に'九巻まで読んで‑れた子どもたちを、私は 置き去りにしなければならない。児童文学を愛し英語圏

児童文学の翻訳に長い時間を捧げてきたのに、裏切り行

為のように思えた。では断わればいいではないか。そう

いう声が聞こえる。私の内なる声でもあった。一方で'

難易度が高ければ高いほど挑戦意欲がわいて‑るという

厄介な性格ももちあわせている。私は禁断の木ノ実を手

にする気持ちで「大人にしか読めない本」の仕事にとり

かかった。******

十巻ができたとき、北滞先生に読んで頂いた。感想は、「児童文学ではないですね」というものだった。私はほっ

とした。トウェイソの作品のように児童文学と認められ

ているものを児童文学ではないと評価するのとは'全く

異なる観点から仰っているのがわかった。大人には大人

の文学が必要なのだ。青春の嵐を体験したことのある大

人へ肉体が疾風怒涛にもまれる時代を経てきた大人であっ

てこそ、より切実に、より明確に、より強烈に共感でき

るという次元の歓びや悲しみは'存在するのだ。時代は

二万年前でも'ホモ・サピエソス・サピエソスは同じ、

現代の人間とちっとも変わらないのだと。ネアソデルター

ル人が、墓に花をそなえ、弱者をいたわり育てた痕跡が

発掘されたとはいえ、愛の交換の面ではクロマニヨソ人

とは大きな差異があったにちがいないのだと。

(9)

作者のイマジネーションの産物にすぎないと一笑にふ

す読者もいるだろう。しかし、そうしていいのだろうか。

氷河時代と私たちの時代の距離は、そんなにあるだろう

か。地球が生まれて'生命が誕生してという時間の配分

から考えれば、現人類が現れてからまだまはたきする問

ほどしか、経っていないのではないか。言い替えれば、

私たちの異性愛の歴史はまだひど‑浅いのである。私た

ちは性のすべてを知っているようにわけ知り顔をするが、

ついこのあいだまでそれは生命の維持へ種の保存のため

の行為にすぎなかった。だからこそ、作者は長編小説の

前半にネアソデルタール人の性行為を描き'ついでクロ

マニヨソ人の愛の行為を描いた。これは文化のちがいの

根源をなすのかもしれないと、作者は問題提起をしたの

ではないか。ネアソデルタール人もフリソトを打ちかい

て剥片石器を作った。クロマニヨソ人は針を、槍投げ器

を、斧を発明した。そのうえ洞穴に動物の絵を描いた。

作者は、放射性炭素によって制作年代が同定され得ない

大人のための'大人が時空を超えて分かちあえる'だが

もっとも深部にあって浮かび上がりに‑い人間性を'す

ぐれた創造力で文学にしたのである。それを北洋先生の

ことばが示唆して下さった。*******

恐る恐る始めた「エイラ」の訳出だったが、しだいに その世界にのめりこんでしまった。つれあいの理解と助

力を得て、ドナウ川の源泉を歩き、ラスコー洞窟(ドル

ド‑ニュ県)をめぐった。「エイラ」のおかげで、一生

忘れ得ぬ旅ができた。北洋先生は'麗子夫人を伴われて、

十一巻の舞台であるドナウ・ペソトやハルシュタットを

旅され、帰国なさってから、情景を説明して‑ださり'

写真をた‑さん見せて‑だきった。これほどに読みこん

で‑れる読者と出会うことのできる幸せな訳者はそう多

くはないだろう。

最近見た文章に、うろ覚えだが、「先史時代の穴居人

は、梶棒を用いて、自分より弱いものを脅したり、示威

運動をする」とあった。とんでもない誤解'無知である。

彼らは'弱者を梶棒で脅す必要などなかった。夜は真の

闇に包まれる時代、霊のわざほど強力な脅しの武器はな

かった。彼らにとって、長い時間をかけて作った剥片石

器の斧で木を倒し削り、丹念に辛抱強‑仕上げた、大事

な梶棒である。それはもっとも困難でかつ重要な日常の

作業、つまり食糧採集のために使われる貴重な道具だ。

強者はともあれ、弱者を脅すために使う必然性はない。

力の誇示なら、梶棒をふりまわすのではな‑'どれだけ

多‑の獲物がとれるか、どれだけ見事に部族の民を安全

に導‑ことができるかなど、石器時代の障害の数々を乗

り越えることで行われたはずである。「ジーソ・アウル

(10)

の文学を読めば、すぐわかることですね」という北洋先

生の言を、名は知らぬが無知な作者に送りたい。********

訳出作業が続いて息が詰まりそうになったある初夏の

明け方、ふとエイラになろうと思いついた。ジョソダラー

とエイラは'いつも毛皮を敷いて、毛皮に‑るまって寝

ている。そこでムートソの敷物と毛皮のコートをもって、

庭におりた。芝生に敷物を広げ'コ1‑を‑るまって横

になった。放し飼いの犬が、とことこ寄ってきてかぎま

わり、なじんでいる飼い主だとわかると、つまらなそう

に犬小屋へ戻ってしまった。右を見ても木々、左を見て

も木々、土の匂いがわきたつ。大自然の懐に抱かれてい

る感じに浸る。日の出はまだ、空には星がいっぱいだ。

星明りが、こんなに明る‑雲の流れを映しだすのか。感

心しながら、雲がひとひらふたひら、ゆうらりゆうらり

移動するのを見ているうちに、眠ってしまったらしい。

ふと目が覚めるとtもうまぶしいぐらい明るくなってい

て、かたわらには怠け者の犬ではな‑、つれあいがいた。

心配そうな顔、ついに私がおかし‑なったと心乱れたよ

うすだ。つれあいにはもうしわけなかったが'エイラごっ

こは大成功だった。息の詰まりそうな感じは、きれいに

消えた。あれ以来'大自然の癒しをすなおに信じること

ができるようになった。このようなすぼらしい癒しに至っ た道程には、私をその魅力のとりこにした児童文学翻訳

という天職、私を信じて仕事に打ちこませて‑れる家族

の存在がある。そして私のささやかな実りをともに慶ん

で‑れる読者には心から感謝している。文学を愛する粋

人の北浮先生のような方々に私は支えられているのだ。

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