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翻訳者の介入 ‑ ロシア文学の翻訳をめ ぐる二つの議論‑

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く特集 く日本〉への多様な眼差 し〉

翻訳者の介入 ‑ ロシア文学の翻訳をめ ぐる二つの議論‑

園 子

はじめに

明治維新によって急速な近代化の速 を歩む ことになった 日本 において、翻訳 とは、西洋文 明に学び、その成果 を摂取 し近代国家の骨格 を整 えるために必要かつ有効 な一つの方法であ ったOそ して、日本語翻訳 を通 して、外国文学が、日本文学 とまった く同様 ではないにせ よ、

日本人読者 に (文学) として読まれ (文学) として流通 していった ものが (翻訳文学) とさ れている。

比較文学者 ・井上健 が述べ るよ うに、翻訳文学 は、第一に 「日本人読者 と外 国文学 とを結 ぶ、最 も太 くかつ重要な回路」であ り、第二に 「成長途上の 自国文学の空隙を しば し埋 める 役割 を担 うべ きもの」であ り、第三に 「訳語 とい う形で 日本語 に新たな語嚢 をもた らし、言 文一致運動の推進力の一つ となるとともに、小説や詩 の新文体創成 に深 く関与 して」い くも のであった といえよ う1

現在 の翻 訳 文 学 を含 む翻訳 の研 究全般 にお いて 中心 とな って い るの は、translation studies(翻訳学)とい う学際的な学問領域 である。ここでのtranslationが持つ意味は、二 言語間の変換行為 のみに とどま らない。さらに上位概念であるところの、社会や文化や コミ ュニケーシ ョンの根底 にあってそれ らをつか さどるものを指 してい る。つま り

、「

「他者」の 言語や文化 を読解 ・解釈 し、それ を自言語や 自文化 に変換 し再構成 してい く、換作や過程の 全般 を含む概念2」なのである。その場合、同一言語 内でもtranslationは起 こ りうる し、

translationの概念 は言語以外の記号一例 えば絵画な ど‑‑ も汎用できる と捉 え られ る。

翻訳 とは、テクス ト間での意味の等価的伝達 と定義 され る。翻訳学においては、R.ヤ コ ブ ソンが唱えたテーゼにあるよ うに3、言語や文化の壁 を越 えて 「等価性」(equivalence)が いかに成立す るか しないか、成立す るな らそれ は どの よ うな条件下においてであるかを探 る ことが基本 をな してい る。この等 しい価値 を持つ とい うことは、あ くまでテ クス ト間の語義 上の問題 なのか、それ とも読まれ方や文化‑の影響力 な どのテクス トの持つ意味まで含 めた 問題 なのか‑翻訳 の 「等価性」の問題 は、R.ヤ コブ ソンか らE.ナイ ダに引き継がれ、今

日まで論議 されてきた4

日本 の翻訳文学研究において もまた、外国文学が 日本語でいかに原文 と 「等価」の ものに

1 井上健 「序にかえて一翻訳文学‑の視角」(井上健編 『翻訳文学の視角』、2012年 、思文閣出版)4頁。

2 同上、5頁。

3 ロマン ・ヤ コブ ソン 「翻訳の言語学的側面 について」(1959年)において、翻訳の最 も根本的なテーゼ を、異言語 に変換 され形が変化 しても、なお等価性 が成 立す ることであると述べている。

4 ジェ レミ一 ・マ ンデイ 『翻訳学入門』鳥飼玖美子監訳 (2009年、みすず書房)第3章 を参照。

‑ 10 7

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移 しかえ られてい るかについて、事例 ごとの検証が積み重ね られてきた。翻訳文学が原典の (文学)と等価 のものであるか どうかを考 えるためには、原文 と翻訳文 を成 り立たせ る特定 の時代や空間や文化 の構造 といったシステムのほか、原文 を読解 し解釈 し自言語で表現す る 一 時には (介入)す る一翻訳者 とい う主体をも考慮す る必要があるだろ う。

本稿では、こ うした 「等価性」をめ ぐって、次の二つの観点か ら議論 を展開 したい。一つ は、テクス ト・タイプの問題 である。 日本の翻訳文学史において、論者や分野による違いは あるものの、明治6年頃か ら開花 した翻訳文学は、10年代に隆盛 し、20年前後 に転換期 を 迎 え、20年代か ら30年代 にかけて成熟 してい くとい うよ うに、おおむね見 ることができる のではないか と考える5。その後の翻訳文学において、明治30年代末期 に見 られ る一つの資 料 をてがか りに、文学の翻訳 と翻訳者の主体 との関係 に対す る意識の形成及び変容について 指摘す るOも う一つは、現在 においても名訳 と評 され る神西清訳のプーシキン 『スペー ドの 女王』を例に、等価性 と翻訳者 の介入の問題 に着 目す る。いずれ の観点か らも兄いだ され る のは、翻訳者 とい う主体が可視化 されてい ることである。翻訳テ クス トをとりま く人々が、

どの よ うな基準で もって翻訳文学の価値 を判断 したのか、その一端 を示す ことが本稿 の 目的 である。

1.原文 に く忠実)で ある こととは何 か‑ 明治

3 9

年の翻訳 文学批評 を中心 に一

明治 39年、チェーホフ 『六号室』の二つの 日本語訳が世 に出 された。一つは、ロシア文 学翻訳者 ・瀬沼夏葉による 日本語完訳であ り、同年4月の文芸誌 「文芸界6」に掲載 された ものである。 も う一つは、 これ よ り3ケ月前か ら月刊文芸誌 「芸苑」において連載開始 さ れ 6月 に完結 した、英文学者 ・馬場孤蝶 による翻訳である。つま り、同一の外国文学作品 にかん して、同時期 に異なる翻訳者の手になる二つの翻訳があ らわれた とい うことになる。

両者 の大 きな相違点は、依拠す る原典が異なることにあったC夏菓訳は原語であるロシア語 か らの く直訳)であるのに対 して、孤蝶訳は英語 を媒介語 とす る (重訳)だったのである。

これ ら二つの翻訳 をめ ぐっては、翻訳者 の一人である馬場孤蝶 と、 「文章世界」 (明治 39 年7月)の 「時評担 当者BMとの間で、興味深い応酬が見 られ る。 7馬場孤蝶 は、瀬沼夏

葉訳の 『六号室』が 「省略の箇所其多きを以て、読者 の疑惑 を生ぜむを恐れ」(「文章世界」

同上のBM「時評」中の引用)、「此者 なきチ ェエホフが作品の省略なき唯一の翻訳な り」(「芸 苑」、明治 39年 6月) と断 りお き している。 これに対 してBMを名乗 る評者 は、「尤 も馬場 氏は、 「省略の箇所其多きを以て」 と、殊 に圏点迄つけての弁明であるか ら、必ずや女史の

5 柳 田泉 『明治初期 の翻訳文学』(1935年、松柏館書店)、新熊晴 『翻訳文学の歩み』(2008年 、世界思 想社)他 を参照。

6 以下、本稿 において、雑誌名及び本文の引用 にあたっては、すべて 旧字体 を新字体 に改めてい る。なお、

本稿 で使用 した 「文章世界」及び 「芸苑」の本文は、 日本近代文学館所蔵 の同誌 のマイ クロフィッシュ 資料 に拠 る。

7 『六号室』の二つの翻訳 にかん して詳 しくは、拙稿 「境界の諸相一瀬 沼夏葉 の翻訳文学 をめ ぐって」( 文学故」215、20129月)で論 じてい るが、そ こでは翻訳者 の介入 の問題 は扱 っていない。

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訳 をチエホフの原作 と対照 されたのであ ら うと思ふ。さりとは何時露西亜語に堪能 にな らせ られたのか、軒 しい限 りだ。第‑、馬場氏 は英訳か ら更に重訳 されたので、露西亜の原文を 御存 じな しでの立言 とすれ ば、また一つ滑稽が殖 える。‑ (中略)‑厳密 に云えば、馬場氏 の重訳は、チエホフの翻訳でな くて、英訳 (恐 くは ロングの)の翻訳である」(「文章世界」

同上) と返答 している。

ここで注 目すべ きところは、馬場孤蝶 とBM の各々が、翻訳の何 を重視 してい るか とい う点であろ う。前者 は、原語 か らの直接訳 か間接訳 (重訳)か とい う問題 よ りも、省略のな い、いわば (逐語訳)であることに意味をおいているO‑方、後者 か らは、馬場孤蝶 の発言 に対す る多少 の抑輪があ りなが らも、根本的には ロシア語原文か らの直接訳であるこ とに信 頼性 をお こ うとす る姿勢が うかがわれ る。両者 は、逐語訳か直接訳か とい うよ うに、論点の 位相が微妙にずれたものではあるものの、翻訳者が どの時点で介入す るか とい う問題 に 目を 向けてい る点ではつながっている。馬場孤蝶 の論では 日本語‑の翻訳 の段階で、対す るBM の論では媒介語‑の翻訳の段階で、翻訳者の介入 が どこまで許 され るかが議論 の中心にす え られてい ると考 え られ よ う。この場合、問題 になるのは、翻訳テ クス トを通 して見 えて くる、

もはや透明な存在 ではない翻訳者 の姿である。

このことに関連 して、同時期の 「芸苑」 (同年3月)に掲載 された、芸苑子 による文芸時 評 「鏡影録」を とりあげたい。ここでは、以下の引用 にあるとお り、二葉亭四迷 によるゴー リキー 『ふ さぎの虫』(TocIは)の翻訳 について、翻訳文の文体が (適切) か否 かが問題 とさ れている。

『帝国文学』は二葉亭氏がゴオ リキイの小説 『世界苦』を 『ふ さぎの虫』 と訳 したるを 見て題名既に真面 目ならざるを窄め、全体の調子何 となく軽浮なるが如 く見ゆと憾みた り。

未読なれば、全体評の当れ るや否やを断言 し難けれ ど、前号の 「芸苑」に余が坪内氏の推 奨あるにも拘はらず、西洋近古の文は優雅の文に於ける二葉亭氏の技偏の如何を窺知 る能 はず と評 したるは、か ゝる多少の疑あ りければな り。荘重の文幽椀の趣 を写 さむ とには、

氏の文体は適 当ならず。余の翻訳を評す る人、よく這般の消息に通 じて後、せ ざれば、唯

ソリツク

自己の好む所に偏 して、公 平 の趣味に到達すること難からむ。

ここで話題 となっている"TOCEa"(タスカー) とは、語義 に即せ ば、 ロシア的 「憂密」 と 訳せ るところの ものである。 これ を雑誌 「帝国文学」の評者 は、小説 内容 か ら解釈 して 「世 界苦」と訳すべ きであると考 えているが、二葉亭の訳では 「ふ さぎの虫」とい う言葉 に変換 されてお り、原作の重みある世界観が表現 しえていない と批判 してい ることが うかがえる。

「帝国文学」の評者が考えた 「世界苦」とい う言葉 と、二葉亭が選んだ 「ふ さぎの虫」とい う言葉 とを対比 させ る時、そ こに両者 の読者 としての解釈 の相違が反映 され ていることは、

解釈す る主体 としての翻訳者 とい う一つの問題 を示 してい る。また、芸苑子の 「西洋近古の 文は優雅の文」であると一括 して扱 う図式か らは、それが一部 にせ よ、当時の翻訳者 の西洋

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文学観 が垣間見える。

さらに、 ここで よ り着 目すべ きなのは、 「荘重の文幽腕の趣 を写 さむ とには、氏の文体は 適 当な らず」とい う一文か ら浮かび上がる、原文 と翻訳文 との (調和)の問題 であるoつま り、この時、原文 を翻訳文において も (そのまま)伝達す るといった 「等価性」が問われて い る と考 えられ る。 また、 「氏の文体」 とあるよ うに、翻訳者 の 「文体」その ものが問題視 されてお り、翻訳者 の 「文体」の向き不 向き、つま り (持 ち味)に言及 されている。翻訳者 の持つ表現者 としての (個性)に触れ られてい ると考 え られ る。この ことは、当時、すでに 創造す る主体 としての翻訳者 が意識化 されていたことを物語 ってい るだ ろ う。

こ うした評価 に対 し、 「文章世界」 (同年5月)でのBMによる 「時評」では、二葉亭の 翻訳 を援護 し、 「芸苑子」を上 田敏 と名指 しした上で、次のよ うな反論が試み られてい る。

上田敏氏は芸苑の 「鏡影録」に於て、二葉亭主人の筆が荘重の文、幽塊の趣 を写 さむ と には適当な らず との独断より、直に転 じて、暗に同氏の翻訳 を難 じたが、僕を以てこれを 見れば、上田氏の説は見当違ひである。

二葉亭主人が露西亜の荒びたスラヴ生活を描 して野趣横溢の趣あ らしめるのに何の不足 がある。翻訳家はあらゆる文体に堪能でなければならぬ とい う理屈がない以上、何 も西洋近 古の文、或は優雅の文を翻訳 したことがないか らとて、翻訳家の上乗 といはれぬと云ふ理屈 はない。

もしまた二葉亭主人が、上田氏の所謂優雅の文を翻 して、野調を帯び させた といふな らば、

或はこれを難ずることも出来や う。丁度上田氏がかつて、ゴルキーの"Exorcism"を訳すに、

侍 る的の優麗な文を以て して、原作の悌を没 し去った時のや うに。

こ うした BMの言か らは、そ もそ もゴー リキーの作品で措かれ てい るのは 「荒びたスラ ヴ生活」であ り、それ を 「野趣横溢 の趣」のある翻訳文で表現 してい ることは、む しろ 「原 作の悌」を 「没 し」ていない とい う点で (忠実)な翻訳である とす る評価 が読み取れ る。強 烈 な皮 肉を込めた非難 の水脈 は、原文 を (再現)す る と う意味において、翻訳 の 「等価性

の問題 に求めることができるだろ う。 また、「翻訳家はあ らゆる文体 に堪能でなけれ ばな ら ぬ とい う理屈がない」とい う見解 には、翻訳 には原文に応 じた 「文体」の使 い分 けが必要で あることと、原作者 ばか りではな く翻訳者 もそれぞれ 「文体」を持 ってい ることとが前提 と な る。多かれ少 なかれ、翻訳 には翻訳者 が介入せ ざるをえない とい うことが意識化 されてい た節 は、次に引用す る 「文章世界」 (同年7月)のBM 「時評」の内にも認 め られ よ う。

‑ (前略)‑凡そ翻訳は、必ず しも一字一句を残 さぬほどに忠実でなくとも、原文の味ひ さ‑十分に伝‑ることが出来れば、それでよいのではあるまいか。いかにす とも和げ難 き 箇所や、強ひて訳 して、却って興趣を害す るや うな箇所は、時には捨て去る方が、一層訳 者の手柄 となることもあらうo何 も翻訳 と銘打った以上は、一字一句た りとも省略 しては

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な らぬ といふ窮屈 な約束 を設 ける必要 はないのではあ るまいか。

「一 字 一句 を残 さぬ ほ どに忠実で な く とも、原 文 の味 ひ さ‑十 分 に伝 ‑ る こ とが 出来 れ ば」

よい とす る見方 か らは、 この 当時、文 学 の翻 訳 の あ るべ き姿 を め ぐって 、 (逐語 訳) 志 向 よ り、翻 訳者 の手 を加 えた く意訳 )志 向 を とろ うとす る価値 判 断 が存在 して いた こ とを示 して い る

ところで、翻訳 の文 体 にかん して 、奇 しくも同年 、二葉 亭 四迷 は 「余 が翻 訳 の標 準」 (明 治39年 、 「成功」)にお い て 、以 下 の よ うに 、 自身 の 見解 を述 べ てい る。

され ば、外国文 を翻訳す る場合 に、意味ばか りを考‑ て、これ に重 きを置 くと原文 を こは

お それ

す 虞 がある。須 らく原文の音調 を呑 み込んで、それ を写すや うにせ ねばな らぬ と、か う自

みだ

分 は信 じたので、コンマ、ピ リオ ドの一つ をも濫 りに棄 てず 、原文 に コンマが三つ、ピ リオ ドが一つ あれ ば、訳文 に も亦 ピリオ ドが一つ、コンマが三つ といふ風 に して、原文 の調子 を

ひ と

移 さ うとした。殊 に翻訳 を為始 めた頃は、語数 も原文 も同 じくし、形 をも崩す ことな く、偏 へ に原文 の音調 を移す のを 目的 として、形 の上 に大変苦労 したのだが、さて実際 はなかなか 思ふや うに行かぬ、中には ど うして も自分の標 準 に合 はす ことの出来ぬ もの もあっ た。‑ (中 略) ‑

きつくつごう 処 で、出来上った結果 は ど うか、自分 の訳文 を取って見 ると、いや 実に読みづ らい、倍侶肇 が

牙だ。 ぎ くしゃ くして如何 にも出来栄 えが悪 い。従 って世 間の評判 も悪 い。

以上 の よ うに、かつ て 、翻 訳 にお いて 内容 のみ な らず 形 式 まで (再 現) しよ うと して失敗 した経験 が語 られ る。 そ の理 由に、 「文学 に対 す る尊 敬 の念 が強 かっ た の で 、例 へ ば ツル ゲ

‑ネ フが其 の作 をす る時 の心持 は、非 常 に神 聖 な もの で あ るか ら、これ を翻 訳 す るに も同様 い‑ども

に神 聖 で な けれ ば な らぬ。就 て は、一字 一 句 と 錐 、大切 にせ な けれ ば な らぬ とや うに信 じ た」 こ とを挙 げてお り、翻 訳者 は原 作者 の 「心持 」 も 「等価 」な もの と して (再 現 ) しな け れ ば な らない とい う信 念 を持 っていた こ とが わ か る。そ の後 、次 の箇所 が続 き、文 章 の執筆 時点 での翻 訳 に対す る考 えが主 張 され てい る。

しか なが

併 し乍 ら、元来文章の形 は 自ら其の人の詩想 に依って異 なるので、ツル ゲ‑ネ フにはツル ゲ‑ネ フの文体が あ り、トル ス トイ には トル ス トイの文体 がある.其の他凡そ一家 をなせ る 者 には各独特の文体が ある。この事は 日本 で も支那 で も同 じことで、文体 は其の人 の詩想 と

あた

密着の関係 を有 し、文調 は各 自に異ってゐ る。従 って これ を翻訳す るに方っ て も、或 る一種 揺

の文体 を以て何人 にで も当て巌 める訳 には行 かぬ。ツル ゲ‑ネ フはツル ゲ‑ネ フ、ゴル キー は ゴル キー と、各別 にその詩想 を会得 して、厳 しく言 えば、行往座 臥、心身 を原作者 の値 に して、忠実 に其の詩想 を移す位 でなけれ ばな らぬ。是れ 実 に翻訳 にお ける根本的必要条件 で あるO

‑ 111‑

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仮 に ここで述べ られている 「詩想」を意味 と捉 えるな らば、二葉亭は、かつては詩想 よ り 形式 を重ん じ、文章の形式的等価 が実行 されれば 自ず と作家の詩想的等価 、つま り意味的等 価 が成 り立つ と考 えていた と見 られ る。むろん、この場合 の (意味)は語義のみを指すので はない。ところが、実際は二葉亭の考 えた とお りではな く、作家にはそれぞれ文体の個性が あ り、原作者 の心身 を移 した翻訳者 が意味を 「忠実 に」伝達すれば、文調 な どの文章の形式 もそれ に見合 うものになる と考 える方向に変化 した とい うことであろ う。

また、この引用部分では、訳の内容 が よい時はす でに原文の形式 も伝 えている と見なす考 えが示 されている。ここか ら、翻訳者 ・二葉亭が、内容 は形式 を用いて成 り立ってお り、両 者 が親和的な関係 にある とい う文学テ クス トの特性 に対す る自覚があった ことが確認 でき よ う。

先 に挙げた 「時評」を参照す る時、「時評」における 「原文の味わひ

興趣」は、二葉亭

の主張では 「詩想」にあた る と見 られ、一字一句 とい う文章の形 よ り 「詩想」を優先 させ る とい う姿勢は両者 に共通 していると考 え られ る。翻訳 をめ ぐる価値基準において、(逐語訳) か ら (意訳)‑ と転換 しよ うとす る一つの流れ が兄いだせ よ う。

さらに、 「文章世界」 (同年6月) には、 「新たに翻訳文 を募 る、左 の各項 に準拠 して盛ん に投稿せ らるべ し」として、次の よ うな 「翻訳文募集の広告文が掲載 されてい る。

一、原文は必ず英文に限る。

一、意訳、逐語訳、其の何れなるを間はず と錐 も、単に要領のみを訳せ るもの及び翻案は取 らず。

‑、種類は論文其の他何にてもよし、但 し趣味あるものを択むべ し。論文の一節、小説の一 節にても、それだけにて要領 を得たるものなればよし。

一、投稿には必ず原文を添へ、出所を明かにすべ し。字体は明瞭なるを要す。

一、行数、賞品等は投稿規則中に在 り。

ここか ら引き出 され る視点 として、次の四つが挙げ られ る。一つめは、 「種類 は論文其の 他何 にて もよし」とい う言葉 に示 され るとお り、テ クス トの種類が意識 されていること、そ の一つに文学が位置づ け られ るとい うことである。二つめは、 「翻案 は取 らず」 との言 に明 らかであるよ うに、翻案 よ り翻訳 を重視 しよ うとす る価値観 である。三つめは、 「原文は必 ず英文」に限るとして第三者 による査読 をほのめか してお り、翻訳者 の過度な く創作)に制 限をかけよ うとしてい る、つま り翻訳者 の介入 に対す る意識化 である。 四つめは、 「原文 を 蘇‑、出所 を明かに」す ることを条件 に定めるよ うな形で保障 され うる、原文に対 して (忠 莱) であること‑ の志向である。

以上の よ うに、明治39年 には、翻訳 をめ ぐって さま ざまな論議がな されている。文学の 翻訳 が他 のテ クス ト タイプの翻訳 と分 けて考 え られ るよ うにな り、文学の翻訳が次第 に作

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(7)

家や文学者 の手 に囲い込 まれ るよ うになってい く明治 20年代 以降の流れ を受 け継 ぎつつ 、 明治39年 頃 にはすで に文学の翻訳 とい う一つ のジャンル の内部 で、翻訳 の文体 のふ さわ し さをめ ぐって さらな る細分化 が起 こっていた こ とがわか る。そ うした議論 の根底 には、何 を もって翻訳 にお ける原文 との 「等価性」を保 障す るのか、そ の基準 を見定 め よ うと揺れ動 く 文化状況 が背景 となってい るだ ろ う。そ こか ら、翻訳者 による文体 の個性 の問題 が引 き出 さ れ る。それ は、ひ いては翻訳者 の表現者 と しての個性 を意識 させ る ことに通 じる ものであ る。

ここには、翻訳者 の介入 が どこまで許 され るのか とい う問いがかかわ って こよ う。

こ うして、文学の翻訳 にかん していえば、 この時期 、 「時評

」(

「文章世 界

」 )

と 「鏡影録」

(

「芸苑」)は立場 を異 に して論戦 を繰 り広 げてい る。だが、両者 の間で軌 を一つ に していた 点が ある。それ は、創 作 され た小説や詩 な どとともに、つ ま り創 作文学の批評 と同 じ狙 上 で、

翻訳文学 の批評 を展開 していた とい う事実であ る。この こ とは、当時の 日本文学 にお いて翻 訳文学 が創 作文学 と並ぶ もの と位 置づ け られ ていた こ とを示 してい るだ ろ う。

2.文 学 の翻 訳 と翻 訳者 の介 入‑ 『ス ペ ー ドの 女 王』 の 日本 語 訳 を例 に

ところで、ロシア文学 の翻訳者 として著名 な神 西清 は、「翻訳 のむづ か しさ8」 と題す るエ ッセイ の中で、 ̀Traduttore,traditore

'(

「翻訳者 は裏切 り者」)とい うイ タ リアの有名 な警 句 を引 て、原文 と訳文 との間で引き裂 かれ る、翻訳者 のア ン ビバ レン トな感 情 を語 ってい る。 「翻訳者 は裏切 り者」 と翻訳すれ ば、 「原 文 のtradを頭韻 とし、toreを脚韻 とす る大そ

ホ ンヤ ク シヤ

う粋 な駄 じゃれ 」が失せ て しまい 「申 し訳 のない裏切 りの罪 を犯す こ とにな る」

「翻訳者 は

ハ ンギヤ クシヤ

反 逆 者 とで も言 ひ換‑れ ば少 しは酒落 のひび きが通 じよ うといふ ものであ る」 が、そ うす る と 「下の句 が耳遠 くなっ て、意 味の通 りが悪 くな る」。翻訳 とい う仕 事 は、「こっちを立て れ ば向 うが立たぬ千番 に一番 の兼合ひ」である と述べ てい る。

また、神 西 の別 のエ ッセイ に、次 の よ うに記 され た箇所 が ある。

お よそ多少 とも良心的な翻訳者が、仕事に当ってまづ用意す る心構‑は、 自己を棄てると いふ ことの他の何物 でもあるまい。翻訳者 は原物 の意味や思想 に投入 しよ うとす る一方、

同時にまた原作者 自身の創作を周囲か ら支‑てゐた感情や気分 にまで も自己を転化 させ よ うといふ、まことに不思議な欲望に誘はれ るものである。 9

ここで神 西が述べ た翻訳者 の心理 は、先 に挙 げた二葉 亭の 「心身 を原作者 の億 に して、忠 実 に其 の詩想 を移す」 と う気構 えに重 な り合 う。

だが、そ こか ら神 西 の論 は、二葉亭 とは異 な る道筋 を辿 ってい く。 「も し完全 な翻訳者 と いふ ものがあ る とすれ ば、そのや うに して幻想 され た体感 が、一 々原作者 のそれ に合致す る といふ、真 にあ り得べか らざる玄妙の境 に達 し うる人で なけれ ばな るまい」 と述べ た上 で、

8 神西清全集』第六巻 (1976年、文治堂書店)109頁O初 出は 「書物」(19508月)0

9 『神西清全集』前掲、99‑100頁。初出は 「帝国大学新聞」(19389月)0

‑ 113‑

(8)

「勿論そんな ことがあっては堪ま らない」 と否定 し、「合理主義的な行 き方が、翻訳者か ら 自己の情緒本位 の創意 を剥奪せ よ、と主張す るのはいかに も正 しい。ただ僕 としてはそれが 行 き過 ぎて、序でに今いった心理的に も原作者 にできるだけ近づか うと欲求す る、その欲望 の 自由をも奪 うや うになることを恐れたいのである」と、翻訳者 の主体性、特に 「創意」と い う翻訳者の介入 に結びつ く問題 について、複雑な心境 を語っている10。 翻訳者 とい う主体 が介在 している以上、 「等価性」は不可能‑の挑戦なのではないか とい うことを暗に示 して い るよ うにも見えるO

では、 「翻訳の論理は、生理や心理 を道伴れに永遠 に苦 しんで行 くほかはない11とす る 神西が実際に翻訳 した、プーシキンの短編小説 『スペー ドの女王』を例 に と り、前節 で触れ た、翻訳者の介入の問題 と関連づ けて検討 したい。

日本 における 『スペー ドの女王』の初訳 は、佐藤繁好による詳細な 『日本のプーシキン書 誌』 12を手がか りにすれ ば、大正8年 に出 された 『露国十六文豪集』 (新潮社)の衛藤利夫 訳 『すべ‑ どの女王』である。その 2年後 に 『プ‑シュキン小説集』 (叢文閣)の山村魂訳

『スペー ドの女王』が発表 され、続いて昭和 8年 に神西清訳の 『スペー ドの女王』が岩波 文庫 として出版 された。神西訳は、若干の改訳 を加 えなが らも、基本的には昭和 8年版 を ベースに、昭和23年刊行の 『プーシキン短編集』 (角川書店)や昭和33年刊行の 『世界文 学全集』Ⅲ‑5(河 出書房新社)等、それ以降の さま ざまな作品集や全集 に再録 され、現在 の岩波文庫に至るまで版 を重ねてきた。この間、昭和元年刊行の 『世界短編小説大系 露西 亜編 上』 (近代社)の梅 田寛訳や 、昭和 4年 に出され た 『世界怪談名作集』 (改造社)収 録の岡本締堂訳、昭和 24年刊行 の中山省三郎訳 『スペ ェ ドの女王』 (春陽堂)、昭和 57年 出版の 『ロシア文学全集』第一巻 (修道社)収録の中村 自乗訳な ど、種々の翻訳者 の手 によ って翻訳 されてきた。だが、その中でも、神西訳 『スペー ドの女王』は 「名訳」との評価が 定着 してお り、また出版 回数 も圧倒的に多 く、質 と量の両面か ら見て、後世まで影響 を与え 続 けた翻訳であると考 えることができるだろ う。

『スペー ドの女王』のあ らす じは、次の よ うにま とめ られ る。工兵士官ゲルマ ンは、騎兵 士官 トムスキイの家で連夜開かれ るカル タ勝負 に、熱心に顔 を出 してい る。だが、決 して 自 分では金 を賭 けよ うとはせず、ただ勝負 を見守 るだけである。ある時、 トムススキイは、彼 の祖母アンナ ・フェ ドトブナ伯爵夫人が、かつてカル タで散々に負 けた ものの、ある人か ら 必勝の手を教わ り、失 ったはずの大金 を取 り戻 したことがあるとい うこと、さらに同 じよ う に大負 け した青年 を哀れんで、その策 を授 けて勝たせてや った とい うことを、ゲルマ ンに語 ってみせ る。その話 を聞いて心を躍 らせたゲルマンは、思索にふ け りなが ら歩いてい る うち に、老伯爵夫人の屋敷 に行 き着 く ゲルマ ンは覚悟 を決め、老伯爵夫人 にいい よ うに使われ る哀れな娘 リザ ヴェ一 夕を誘惑 し、逢い引きの手 口を使 って老伯爵夫人の寝室に忍び込む。

0 同上、100頁。

1 同上、100頁。

2 佐藤繁好編 『日本 のプー シキン書誌 (翻訳 ・紹介 ・研究文献 目録)』 (1999年、佐藤繁好発行)

‑ 114

(9)

ゲルマ ンは勝つための秘策 を 自分 にも教 えるよ う迫 るが、しか し老伯爵夫人 は 「あれは笑談 だった」と無言 を決 め込むのであった。たま りかねたゲルマ ンは懐 か ら拳銃 を と りだ して老 伯爵夫人に突 きつ ける。老伯爵夫人は恐怖 にお ののき、そのまま死んで しま う リザ ヴェ一 夕の手引で館 を脱 出 し、その後 の老伯爵夫人の葬式に も顔 を出 したゲルマ ンがある夜 目を覚 ます と、枕元 に老伯爵夫人が姿をあらわれてカル タ必勝 の秘策 を告 げる。その とお りにカル タをはったゲルマ ンは連戦連勝 して大金 を手 に入れ るが、ま もな く精神 に変調 をきた して病 院 に収容 され る。

このス トー リーにはい くつかハイ ライ トがあるが、その うち二つの緊迫 した場面 に着 目し、

そ こで交わ されたある会話 の翻訳箇所 を とりあげたい。

一つは、老伯爵夫人 を脅 して死なせて しまった後、ゲルマ ンが リザ ヴェ一 夕にその ことを 告 白す る場面で、両者 の交わ した会話 である。

[神西訳113

「あなたは怖ろしい魔物」 と、やがて リザ ヴェ一夕が言った。

「殺すつもりはなかったのに」 とゲルマンは答 えた、「弾丸も填めてはいないのだ し。」

この部分が、中山省三郎訳 と中村 白菜訳では次 の よ うに翻訳 され ている。

[中山訳114

「あなたは魔物です !」とリザヱナ一夕は遂に言い放ったo

「死なすつ もりはなかった、」とゲルマンは答えた、「拳銃に弾丸はこめていなかったのだ し。」

【中村訳】15

「あなたは人非人です !」と、ついに リザ ヴェ一夕 ・イ ヴァ‑ノヴナは言った。

「僕だってあの人の死を願ったのではない。」とゲルマンは答えた。「ピス トルにだって弾丸 はこめていなかった。」

三つの翻訳 において、特 に重要なのは、リザ ヴェ一 夕によるゲルマ ン とい う人物 をあ らわ す比境 に どの よ うな語 を用いてい るか とい う点であろ うが、それ は神西訳 と中山訳 では 「魔 物 」 と な り、 中 村 訳 で は 「人 非 人 」 と さ れ て い る こ の 部 分 は 、 原 文 で は

̀BLItlynOIIHIqe!'16となっているが、このtlyFtOl3EIIleは語義 に即せ ば、①怪物 、ばけもの、

13 プーシキン 『スペー ドの女王 ・ベールキン物語』神西清訳 (2005年改版、岩波文庫)46頁。

14 中山省三郎訳 『世界文学全集 プウシキン集』 (1950年、河出書房)283貢。

15 中村自業訳 『ロシア文字全集 第‑巻 プーシキン ・レールモントフ 大尉の娘 .スペー ドの女王 現代 の英雄他』 (1982年、修道社)213頁。

16 A,Il:yⅢREIt,HEROBaRPaMB,BoMBHH HEOBeCTH,IleTPO3aBOnCR:ItapeJDCZCOeIHmEHOeII3n・BO, 1962r.,cTp.214,

1 1 5

(10)

②ひ とでな し、極悪非道な人、とい う二つの意味を持つ語である。神西訳 と中山訳では①の 意味を とり、中村訳では② の意味をとっている。 「魔物」 とい う語は、魔界や魔性 を連想 さ せ 、人をたぶ らか し迷わせ るよ うな性質 を指す ことか ら、他者‑の働 きかけが含意 されてい ると読む ことができよ う。一方、 「人非人の場合、人道 に外れた行いをす る者 を指す こと か ら、本人のモラル意識 の意味が強 くなるのではないか と見 られ る。神西訳 と中山訳か らは、

人知 を超 えた ところにある底知れない恐 ろ しさといった幻想怪奇性 が感 じられ、また中村訳 には人道主義的なニュアンスを読み取 ることができるだろ うO

また、神西訳では、原文や他の翻訳で用い られている 「!」がない代わ りに 「怖 ろ しい」

とい う形容詞 が付加 されてい ることか ら、「!」に対す る翻訳者 の解釈が 「怖 ろ しい」の語 として表出 してい ると考え られ る。

さらに、神西訳が他の翻訳 と異なる点は、 「殺すつ も りはなかったのにとい うゲルマン の応答であろ う。 中山訳では 「死なすつも りはなかった」とされ、中村訳では 「死を願 っ たわけではない」 とされてい るO この部分は原文には ̀5IHeXOTeJIeeCMePT王王' 17とあ り、

「彼女の死を願 ってはいなかった」 とい う中村訳が逐語訳 に相 当す る。 中山訳では、 「死な すつ も り」 とい う、死 なせ たのはゲルマン自身だが、彼女の死 に実際の手を下 した人物は ゲルマ ンとは特定 されない よ うに読める形 を とっている。神西訳の場合は、 「死なす」 よ り もさらに進めた翻訳者 の解釈 が うかがわれ、 「殺す」とい うゲルマンの能動的な意思が読み 取れ るよ う、大胆な語が用い られている。

も う一つの重要な例は、秘策 を授 けられたゲルマンに とって最後のカル タ勝負の場面であ る。

[神西訳]18

が くぜん はす

ゲルマンは情然 と自分の手を見た。張った筈の『‑』は消えて、開いたのはスペー ドの『女 王』であったo彼は自らの眼を疑った.‑ この指が引き違いをする等はないのだが。‑

すぽ ほ く そ え

そのとき、スペー ドの 『女王』が眼を窄めて、北里笑みを漏 らしたと見えた。その生き写

し上うぜん

しの面影に、彼は惰 然 とした。‑‑

「あいつだ !」彼は眼を据えて絶叫 した。

ゲル マ ンが思 わず 叫んだ 「あいっだ !」とい う言葉 は、原 文では老婦人や老婆 を指す

̀cTapyXa!' 19の語が用い られている。 中山訳では 「婆 あめ !20」の訳語があて られ、中村 訳 で も 「婆 あだ !21」の訳語 が使われている。 この点では、中山訳や 中村訳の方が、原文の 語義 に近い と見 られ、神西訳 は 「あいつ」と侮蔑の情 を込 めつつ も、スペー ドの女王が誰の

17 TOMXe,CTP・214・

18 神西清訳、前掲、60‑61貢。

19 TOMXe,CTP・2211

20 中山省三郎訳、前掲、290頁。

21 中村 白菜訳、前掲、 218貢。

‑1 1 6‑

(11)

面影 と生き写 しなのかを最終的 には読者 の想像力にゆだね るよ うな言葉 が選び とられ てい る。こ うして、この小説の肝 となる箇所で、人物 をあえて特定 しない よ うな表現が用い られ てい ることか ら、神西訳は中山訳や 中村訳 に比 して、翻訳者 の一つの解釈が っそ うあ らわ れてい るのではないだろ うか。

以上の検討か ら、神西訳 『スペー ドの女王』は、巧みな言葉遣いに よって翻訳者の解釈 が 他訳以上に織 り込まれた翻訳であると考 え られ る。それは、原文に対す る翻訳者の介入が翻 訳 においてな されていると捉 えることもできるだろ う。例示 した箇所 はごく一部であるが、

「自己を棄て」よ うとして編 まれた翻訳テクス トの裂 け 目か ら、誤訳ではないが逐語訳で も ない際 どさを有 しつつ、自己の 「創意」を見せ よ うとす る、翻訳者の 「欲求」が垣間見 える。

この神西訳が 「名訳」として評価 されてきたことは、翻訳者 に残 された唯一の 「欲望の 自由」

と、原作者 に対す る 「申 し訳 ない裏切 りの罪」との間際の ところで成立す る翻訳文学に与 え られ る、一つの価値基準のあ りかを示 しているのではないか と考 える0

「あいつだ !」とい う言葉 は、ただの語にす ぎない。だが、それが誰であるかを特定せず にカル タのスペー ドの女王の顔 に重ね合わ され る人物 を指す言葉 になった時、この語 は本来 持 っている意味が活性化 され 、ひいては詩的な装いをま とった語 と化す。神西訳 『スペー ド の女王』が提示す るのは、異 なる言語間の語義の伝達 とい う、翻訳の一面的な 「等価性」 と い う問題 に収束す るものではない。そ こか らは、翻訳者 の解釈のみな らず、読者 の解釈 をも 射程 にお さめた翻訳、すなわち原文の持つ内容や文化的意義 を包含す るよ うな 「意味」が 「等 価」に伝達 され る翻訳 を創造す るといった可能性 も兄いだせ よ う。

おわ りにか えて

以上、本稿 では、翻訳の 「等価性」の視点か ら、明治3.9年頃に見 られ る文学の翻訳 と翻 訳者の主体の関係 に対す る意識、及び翻訳文学の 「等価性」と翻訳者 の介入の問題 について 考察 してきた。

まず、明治39年 に文芸雑誌上で交わ された翻訳文学 にかんす る議論か ら、文学 とい うジ ャンルの翻訳 とい う一つのテ クス ト・タイプの内部で、翻訳 の文体の適正に端 を発 した細分 化がすでに起 こっている状況がわかった。そ うした議論の根底か ら、翻訳 において原文 との

「等価性」を示す基準 を模索 していた当時の文化事情 も推察 された。さらに、翻訳者 による 文体の個性 の問題 も浮上 してお り、それは翻訳者の可視化 と相 まって翻訳者の介入 にかんす る問い‑ と開かれてい く回路 を持つ ものであった。

次に、翻訳者 の介入 とい う問題 について、大胆な意訳や翻案 に さほ ど価値がおかれ な くな った時期 に発表 され、高い評価が与え られている神西清訳のプー シキン 『スペー ドの女王』

を検討 した結果、翻訳者の解釈 が他訳以上に表現 として織 り込まれ ている翻訳であることを 指摘 した。これは、原文に対す る翻訳者の介入 と不可分の関係 にあるが、翻訳者が 「自己を 棄て」ることと原作者 を 「裏切」ることとの際 どい界面 に成立 した翻訳文学であると見 られ る。そ こで考 え られ る 「等価性」とは、語義やテ クス トの内容、文化的意義まで も含み こむ

117

(12)

翻訳‑ と開いてい く可能性 を有す るものであろ う。こ うした翻訳文学が高 く評価 され てきた ことは、 日本 にお ける翻訳文学をめ ぐる一つの価値規範 を示 してい るもの と思われ る。

最後に、本稿 では、明治39年 とい うきわめて限定的な時期 における翻訳文学の議論 を整 理す るに とどまってお り、また神西訳 『スペー ドの女王』の特徴 について も例示 した ものは ほんの一部 にす ぎないo明治39年時の翻訳文学 をめ ぐる議論 をその前後のそれ らとどの よ うに結びつ け られ るのかを考 えるとともに、神 西訳 『スペー ドの女王』が他 の翻訳 に与えた 影響 はあるのか ど うか、あるとすれ ばそれ は どの よ うなものだったのかを具体的に探 ること

が求 め られ るだろ う。 こ うした問題 については、今後の課題 としたい0

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