早稲田大学大学院 先進理工学研究科
博士論文審査報告書
論 文 題 目
Lifshitz 型理論における量子論的側面の探求
Investigation for Quantum Aspects of Lifshitz-Type Theory
申 請 者
北村 比孝 Tomotaka KITAMURA
物理学及応用物理学専攻 宇宙物理学研究
2 0 1 6 年 2 月
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一般相対性理論は 1915 年に Einstein が特殊相対性理論と Newton 重力理論の間の矛盾を解決するた めに提唱した相対論的重力理論である。Einstein は、重力を幾何学的な対象とし、時空の計量を重力 場と同一視することによってその矛盾を解決した。その結果、一般相対性理論は時空のダイナミクス を記述する理論となり、時空が実在する物理学的対象として扱われることになった。重力は 4 つの基本 的相互作用のうち最も弱い力であり、一般相対論的効果は非常に小さいため、理論の正しさはすぐに 検証されてはいたが、物理学の重要な場面に登場することはあまりなかった。ところが 1960 年代以降、
宇宙の観測が進展するにつれ、一般相対性理論は一躍注目されることとなった。そのきっかけとなっ たのは、一つが3K 宇宙背景輻射の発見に代表されるビッグバン宇宙論の検証観測であり、もう一つは ブラックホールや中性子星などの重力の非常に強い天体の発見である。現在では、ビッグバン宇宙論 は標準宇宙モデルとして確立され、ブラックホールも高エネルギー天体現象の理解に必要不可欠な存 在となっており、一般相対性理論なしでは最先端の宇宙物理学研究は語れないほどになっている。
しかし、一般相対性理論により考察されているこれらの対象には、理論的に大きな問題点が内在する。
時空特異点の存在の問題である。一般相対性理論に基づくと、Hawking や Penrose により証明されたよう に、宇宙の初期特異点やブラックホール内部に存在する特異点の出現は避けられない。しかしそれらの特 異点では曲率が発散し、一般相対性理論が破綻するので、実際にそこでどのような現象が起こるかを解析 するには一般相対性理論に替わる新しい重力理論が必要となる。さらに、そのような小さなスケールでは 量子論的効果が無視できないと考えられるので、量子効果を考慮した解析が必要と考えられる。
ところが、一般相対性理論の量子化には大きな問題が存在する。電磁気力などの他の力の場とは異なり、
その摂動論は繰り込みが不可能なのである。場の理論の繰り込み可能性を簡便に判定するものに Power Counting Renormalizablility(PCR)、つまり「繰り込み可能な理論に含まれる結合定数の質量次元は0 以上でなければならない」という次数勘定による条件があるが、一般相対性理論(Einstein 重力)の結 合定数の質量次元は負になり、PCR の意味で繰り込み不可能である。実際に Einstein 重力が繰り込み 不可能であることはループ計算によって証明されている。また量子論の重要な性質にユニタリー性が あるが、Einstein 重力のユニタリー性はツリーレベルで破綻している。従って、一般相対性理論は場 の量子論の枠組みで摂動的に記述が不可能であることになる。
この一般相対性理論の繰り込み可能性の問題は量子重力理論を構成する上で長年の懸案で、繰り込 み可能性およびユニタリー性という量子論に必要な 2 つの性質を満たす重力理論の構成に向けてこれま で様々な試み(正準量子重力理論、ループ量子重力理論、超弦理論など)が行われている。これらの試 みの中でも興味深いのが、超重力理論や高階微分を含む重力理論である。N=1 超重力理論は、グラビト ンの超対称性パートナーであるグラビティーノがグラビトンの発散を相殺し 2 次ループまで有限である が、3 次を超えたループ計算では繰り込み不可能になる。N=8 の超重力理論は 8 次ループで有限である と予想されているが、まだ完全な証明はない。また、高階微分を含む重力理論は Einstein 重力の作用 に曲率高次項を加えた理論で、高次項により修正された伝播関数がループ積分から生じる発散の次数 を下げ、高エネルギーでの発散の振舞いが改善されている。その結果、紫外発散が有限個の相殺項で 処理でき、繰り込み可能となる。しかし、この重力理論には、高階の時間微分に由来するゴーストが 存在し、系のエネルギーが際限なく負になるため不安定となり、正しい量子重力理論にはならない。
このような状況で、近年、Petr Horava は新しい量子重力理論の候補を考案した。この理論は Horava-Lifshitz(HL)重力理論と呼ばれ、注目すべき 2 つの特徴を持つ。第一の特徴は、曲率高次項を 含むにも関わらず、不安定性をもたらすゴーストの問題を回避したことである。第二の特徴は、PCR の
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意味で繰り込み可能となることである。これらの特徴は、UV 極限での時間と空間のスケーリングを非 等方に扱うことで得られる。この非等方性は、場の量子論における重要な前提とされてきた Lorentz 対 称性が成り立たないことを意味する。HL 重力理論では、この対称性の破れを用い、高階の空間微分は 含むが時間微分は 2 階までに保つことで、ゴーストのない繰り込み可能な量子重力理論を構成してい る。しかし、HL 重力理論が本当の意味で繰り込み可能かどうかという証明はまだなされておらず、そ の確認をすることが量子重力理論完成のための重要な鍵となっている。
以上のことを踏まえて、著者は本論文で2つの観点から HL 重力理論の繰り込み可能性について解析 を行っている。前半では HL 重力理論のユニタリー性についての考察を行い、後半では Lifshitz スカラ ー理論の繰り込み可能性とユニタリー性について詳細な解析を与え、その 2 つの条件が等価であること を示している。
本論文は 10 章と 2 つの補遺から構成されている。以下に各章ごとの概要と評価を述べる。
まず研究の背景として重力場の量子化に関する問題点およびその解決に向けた従来の試みが第1章 で概観されている。第 2 章では、特に Einstein 重力に焦点を当て、その理論の繰り込み不可能性につ いてまとめられている。本論文の中心課題となる HL 重力理論については第 3 章で紹介している。その 繰り込み可能性を考察するため、「繰り込み可能性とユニタリー性の等価性を用いる」というのが著者 のアイデアである。そこで、第 4 章では、Lorentz 対称性のあるゲージ理論などを例にそれら 2 つの性 質の等価性について紹介している。HL 重力理論が実際に繰り込み可能であるかどうかを調べるため、第 5 章で著者は、「繰り込み可能性とユニタリー性の等価性」を仮定し、理論のユニタリー性の検証を試み ている。HL 重力理論の作用を摂動展開し、Lorentz 対称性のない場合における Feynman 図を用いた計算 方法を開拓している。その結果、散乱振幅は UV 極限で発散するように見えることが示された。これは、
従来の定義で考えるとユニタリー性の欠如を意味するが、Lorentz 対称性のない場合にも同じ結論にな るかどうかは自明ではなく、改めて解析する必要があることを明らかにしている。
そこで著者は、解析が比較的容易な Lorentz 対称性のない Lifshitz スカラー理論を考えることで考 察を進めている。この理論は、Lifshitz が三重点の臨界現象を記述するために考案した理論で、短距離 での発散の振舞いを緩やかにするために空間的に非等方なスケール則を導入したものであるが、著者は これを「時間・空間」間の非等方なスケール則に拡張した Lifshitz スカラー理論を用いて解析を行っ ている。この Lifshitz スカラー理論は、近年、HL 重力理論のトイモデルとして注目されている。第 6 章では、1 次ループの計算が実行され、実際に繰り込みが可能であることが示されている。Lifshitz 型 理論では、場の次元が非等方性パラメータ z および空間次元 d(=3)に依存し、z=d の場合はスカラー場 の質量次元が無次元となる。その結果、2z 階以下の空間微分を持つ全ての相互作用項に対して PCR 条件 が満たされ、相互作用項は無限個許されることになる。この相互作用の特徴のため、z=d=3 の Lifshitz スカラー理論は、PCR 条件を満たすにも関わらず一般的には繰り込み不可能になる。この問題を解決す るため、著者は理論にシフト対称性を仮定している。この場合は相殺項が有限個で閉じ、繰り込み可能 になることを示している。さらに第 7 章では、任意の z と d の Lifshitz スカラー理論における発散の 振舞いを見積もる方法を開発し、拡張された PCR 条件を提案している。この条件を用いると上記で議論 した Lifshitz スカラー理論の繰り込み可能性を次数勘定のみで評価できることになる。
一方、第 8,9 章では、Lifshitz スカラー理論のユニタリー性について考察し、ユニタリー性の条件を 導いている。ここで与えられた条件は、繰り込み可能性の議論で導入された拡張された PCR 条件と一致 する。さらに、s-チャネル散乱振幅において、中間状態を記述する伝播関数が on shell 条件を満たす 場合、ユニタリー性の条件が一見強くなり、新たな繰り込み条件が必要となることが予想されたが、第
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9 章で述べているように、共鳴の効果を考慮すると、拡張された PCR 条件を満たす相互作用の場合には ユニタリー性の条件が破れないことがわかった。
以上の第 6,7 章と第 8,9 章の結果により、Lifshitz スカラー理論においては、繰り込み可能性とツリ ーレベルでのユニタリー性が等価になり、また相互作用がシフト対称性を持つ理論に対しては実際に繰 り込みが可能であることが示された。この成果により、HL 重力の繰り込み可能性の研究にはユニタリー 性を調べることが一つの重要なアプローチであることの示唆を得ている。
第 10 章では、本研究で得られた成果についてまとめ、今後の展望について述べている。
以上が本論文の各章ごとの概要とその評価である。要約すると、本研究では、量子重力理論の有力 な候補の一つである Horava-Lifshitz 重力理論において、その繰り込み可能性を調べるために、
Lorentz 対称性を破る Lifshitz スカラー理論を詳細に解析し、ユニタリー性条件が従来のもの と異なることを示し、それが繰り込み可能性と等価であることを証明している。この成果は、
Lorentz 対称性を破る場の理論に対するユニタリー性や PCR 条件などの量子論的性質を明らか にし、Horava-Lifshitz 重力理論が実際に繰り込み可能かどうかを解析する場合の重要な指針を 与える。このように、本研究は、今後ますます重要となる UV 極限で Lorentz 対称性を破る場の理論 や量子重力理論の研究に大きな寄与をすると期待され、十分に意義深いものと評価される。よって、本 論文は博士(理学)の学位論文として価値あるものと認める。
2016年1月
審査員
主査 早稲田大学教授 理学博士(京都大学) 前田 恵一
早稲田大学教授 博士(理学)東京大学 山田 章一
早稲田大学教授 博士(理学)広島大学 安倍 博之
東京女子大学教授 理学博士(東京大学) 林 青司