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(1)論文の構成

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Academic year: 2021

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(1)

氏 名 唐戸 信嘉

学 位 の 種 類 博士(文学)

報 告 番 号 甲第423号

学 位 授 与 年 月 日 2016年3月31日

学 位 授 与 の 要 件 学位規則(昭和28年4月1日文部省令第9号) 第4条第1項該当

学 位 論 文 題 目 The Changing Horizons of History: Thomas Hardy and Victorian Philology, Folklore, and Anthropology

(変遷する歴史の地平:トマス・ハーディとヴィクトリア朝 の文献学、民俗学、人類学)

審 査 委 員 (主査)新妻 昭彦 藤巻 明

丹治 愛(法政大学文学部教授)

(2)

Ⅰ.論文の内容の要旨

(1)論文の構成

本論文は、本文、 Notes 、 Appendix 、 Works Cited を含め、 176 頁からなる。本 論文の構成は、以下のとおりである。

Introduction

1. The Discovery of Pre-Christian Britain: The Return of the Native and the Philologist William Barnes

2. The Trumpet-Major and the Methodology of ‘Folk-Lore’

3. Thomas Hardy’s 1880s Novels and the Unbridgeable Gap between Ancient and Modern

4. Ancient Greece as an Authentic Fatherland: Remapping History in the 1890s Novels

5. ‘Survivals’: A Gateway to the Past

6. Jude the Obscure and the Anthropological Arguments about ‘Marriage’ and

‘Family’ in the 1890s

7. Cancellation of Time and Twentieth-Century Poems

Conclusion

Appendix: Selected Brief Biographies

Notes

Works Cited

(3)

(2)論文の内容要旨

この論文は Thomas Hardy の作品における歴史認識を、当時の文献学、民俗 学、人類学といった人文学分野における歴史研究との影響関係のなかで捉え直 し、ハーディの歴史認識が作品の主題中でどのように戦略的装置として機能し ているかを明らかにするものである。西洋の歴史概念の根幹を支えていた聖書 的年代学は、 19 世紀前半の地質学や古生物学の諸発見によって大きく揺らぎ、

Charles Darwin の進化論の登場をもって生物史は革命的な変更を要求されるこ

とになるが、生物学が生物としての人間の歴史を広大な時間枠の中で開示した のに対し、有史以降の人間の社会史、文明史に焦点を当て、その解明に取り組 んだのが 19 世紀の人文科学、特に文献学、民俗学、人類学であった。生物学が ヴィクトリア朝社会に与えた広範な影響についてはこれまで幾多の論考が発表 され、多面的な考察がすでになされているが、人文科学が当時の歴史認識の形 成において果たした役割については未だ十分に認識されていない。それゆえ、

ハーディにとっての「歴史」の問題を考察する上でも、人文学の成果がどのよ うな影響を与えたかという問題の検討は不十分のままとなっている。人類学が ハーディ作品に与えた影響については、 Andrew Radford の Thomas Hardy and the Survivals of Time (2003) や、 Michael A. Zeitler による Representations of Culture

(2007) といった重要な先行研究があるが、ハーディの歴史認識の発展を通時的

に理解するためには、より広範かつ詳細な分析が必要である。当時の人文学に おける歴史研究の急激な発展の実情およびその言説の詳細な分析は、ヴィクト リア朝の人々の歴史認識がどのように移り変わり、また彼らの文化的アイデン ティティにどう影響したかを考える上でも非常に重要である。この論攷は、ヴ ィクトリア朝の歴史認識のひとつのケース・スタディであり、ハーディが人文 学による歴史研究の成果をどのように受容し、その作品の主題にどのように取 り込んだかを検討する。

第1章および第2章においては、ハーディと文献学、民俗学、人類学といっ

た諸学問との出会いについて論じる。ハーディが当時の人文学における歴史研

究に接近した理由は、故郷ドーセットの遺跡や伝統的風習、迷信、民間伝承へ

の興味、そして自らの人種、先祖の生活への熱い関心にある。そして 19 世紀の

新しい歴史学を形成する文献学、民俗学、人類学といった諸学問は、言語の解

析や民話の史料的な検討を通じて、ハーディのそうした関心に応える格好の研

究を提供することとなった。ハーディはこうした学問に、同郷の詩人で文献学

者であった William Barnes を通じて出会うことになる。ドーセットの文化がケル

ト人およびサクソン人の文化の複合体であることをハーディに教えたのは彼で

あり、まもなくハーディは、人間は歴史的文化的連続体であり、人々の生活態

度や習慣は遠い古代から受け継がれ、現在の姿には古代の姿が反映されている

(4)

とする民俗学の理念を吸収するに至る。

第3章では、様々な民族文化の混成が現在のドーセット文化の姿を形成して いる事実を理解するに従い、ハーディの歴史的関心は広くヨーロッパ全体の古 代へと急激にその対象を拡大してゆく過程を確認する。しかし、ドーセットの 旧式の生活や習俗への愛着がヨーロッパの古代文化へと延長され、古代異教文 化への愛情の混じった関心が募るにつれて、そうした関心を抑圧し禁制するヴ ィクトリア朝のイデオロギーが強く作用し始める。そのイデオロギーはふたつ あり、ひとつは異教文化を劣った文化として位置づける伝統的なキリスト教思 想であり、もうひとつは歴史を野蛮から文明への発展過程と見なし、過去の価 値を否定し現在を肯定する社会進化論である。 1880 年代のテクストに散見され る古代文化に対する語り手の距離感は、こうしたイデオロギーの作用の結果で あり、ハーディの歴史的関心を阻害するこれらイデオロギーへの論駁は、文献 学や人類学の仮説や理論を咀嚼し、援用する準備の整う 1890 年代に持ち越され ることになる。

第4章では、文献学的歴史認識に基づき、聖書的歴史観が解体され、西欧文 明の原点として、古代ギリシアが注目されていく過程を 1890 年代の諸作品に読 み込んでゆく。 1890 年代の作品に明瞭に示されている歴史観には、 Max Müller や

Ernest Renan に代表される文献学者たちが強調した、アーリア語族(印欧語族)

とセム語族は人種的に何ら関係がなく、ヨーロッパ文化は本来的にキリスト教 よりも異教的古代ギリシア文化と深い類縁関係にあるという主張の強い影響が 見られる。文献学者たちによる主張は、 19 世紀的な社会的諸制度、特に婚姻制 度に疑問を持っていたハーディにとって、その権威を相対化する歴史的根拠と なった。そして現世的幸福、肉体的快楽を肯定する古代異教文化、とりわけ、

古代ギリシア文化がハーディの中で理想化され、そうした古代社会の規範への 回帰が強く希求されるようになる。

第5章と第6章では、ハーディがどのように「残存」を解釈し、また人類学 が彼の歴史観にどのように貢献したかについて論じる。社会進化論の歴史観を 打破するためにハーディが戦略的に用いた装置が、E. B. Tylor や J. G. Frazer ら 人類学者が用いた「残存」の概念である。 「残存」とは古代文化の風習の名残や、

人々の心性に残る古代的な発想法のことであるが、Tess of the D’urbervilles や

Jude the Obscure においてはこうした残存の事実そのものが、社会進化論への反

証となり、古代的規範への回帰の可能性が示唆されることになる。更に、1890 年代中盤に人類学者 Edward Westermarck が発表した The History of Human

Marriage が、婚姻制度の歴史の研究に基づき近代文明の価値を疑問視したこと

で、ハーディの古代賛美に拍車をかけることになる。

第7章では、20 世紀におけるハーディの歴史の問題に対する取り組みを検討

(5)

する。詩作に専念する 1900 年代以降も、歴史への関心は主要な主題でありつづ る。 20 世紀に入ってからの Henri Bergson の時間論への接近により、新しい歴史 研究の成果を取り組み、自らの歴史観に理論的枠組みを与える。その点、ハー ディのこの問題への取り組みは、 「残存」という現象の合理的説明という、ヴィ クトリア朝の人類学が抱えていた難問へのひとつの応答となっている。ハーデ ィはベルグソンの提示する時間モデルに共鳴し、人間の精神という地平におい て過去は常に現在であり、過去は現在に向けて常に作用しているという事実を 再認識する。社会進化論が唱えた直線的かつ一方向的に流れる時間のイメージ は、ベルグソンの時間を援用することで理論的に再度反駁されるに至る。

ハーディの歴史への関心は、ヴィクトリア朝の文献学、民俗学、人類学とい った新しい歴史学によって形成され、それらの言説との対話の中で発展して行 った。その歴史認識の発展の過程は、ヴィクトリア朝後期の人々が経験した、

ヨーロッパの古代史に対する認識の劇的変化の衝撃を伝えると同時に、文献学、

民俗学、人類学の提示した新しい歴史の姿が、古いイデオロギーを脱し、社会

の因習や制度を批判する戦略的な装置として機能し得ることを示している。こ

うして培われたハーディの歴史認識は、彼の作品における社会制度批判に理論

的根拠を与え、彼の創作を後押しする原動力のひとつとなった。

(6)

Ⅱ.論文審査の結果の要旨

(1)論文の特徴

本論文は Thomas Hardy の歴史認識と、ヴィクトリア朝の文献学、民俗学、

人類学との影響関係をハーディの作品のなかで検証し、ヴィクトリア朝人文科 学がハーディの歴史認識形成にどのように関連したかを明らかにするものであ る。これにより、ハーディ研究のみならず、ひろくヴィクトリア朝文化・文学 における文献学、民俗学、人類学の影響の研究に寄与するものである。

以下、本論文の特徴を論文構成に従って叙述する。

第1章では、これまでドーセットの詩人として扱われるだけであった William

Barnes の文献学者としての業績に着目し、バーンズの影響下で書かれた The

Return of the Native を検討することにより、文献学とハーディの故郷ドーセット

の過去との関わりが論じられている。

第2章では、ハーディの唯一の歴史小説である The Trumpet-Major を取り上げ、

民衆の歴史への関心と方法論から、当時の民俗学との関連が考察される。

第3章においては、

A Laodicean,The Mayor of Casterbridge,The Woodlanders といった

1880 年代の諸作品をとりあげ、進歩史観や社会進化論と総称される、

19 世紀に隆盛をきわめた歴史モデルとの関連が論じられる。これに伴い、過去 と現在との隔絶と、過去に対する現在の優越の意識が、それまでのハーディの 歴史認識を妨げることが示される。

第4章以降は、代表作である Tess of the D’urbervillesJude the Obscure といっ た 1890 年代の作品において、第3章で示された歴史観をハーディがどのように 乗り越えたかに関し、ヴィクトリア朝人文科学との関連から詳論されることに なる。

まず第4章においては、Max Müller や Ernest Renan らの文献学者が明らかに した印欧語族に関する学説とハーディの古代ギリシアの理想化との関連を扱い、

第5章では、人類学における「残存」の概念と、この概念をハーディがどのよ うに小説中で扱い、社会進化論による歴史モデルを覆す手段としたかが論じら れる。第6章では、人類学者 Edward Westermarck が出版した The History of Human

Marriage の婚姻制度に関する研究と、Jude での婚姻制度批判との関連が明らか

にされる。

第7章では、1895 年以降、詩人に転身したハーディが、19 世紀的社会進化論 や進歩史観が解体されていく 20 世紀に、それまで自ら構築した歴史観を Henri

Bergson の時間論によって再確認していくことをハーディの詩作品において検

(7)

証し、本論文全体のまとめとしている。

(2)論文の評価

前述した本論文の特徴を踏まえ、その意義は以下のように要約される。

第一に、トマス・ハーディ研究に関する業績としては、初期作品から最晩年 の詩作という、 19 世紀末から 20 世紀初頭にわたるハーディの全著作を、歴史認 識の変遷という統一の主題により論証し得たことがあげられる。

第二に、ヴィクトリア朝の文献学、民俗学、人類学と文学テクストとの影響 関係が論じられており、これが本論文の最大の成果と言える。文学研究におい て、歴史主義的研究や文化研究的傾向が高まる中、チャールズ・ダーウィンを めぐる自然科学言説に関する研究はすでに十分な成果をあげつつある。しかし その一方、人文科学に関しては、人類学においても先行研究は不十分であり、

文献学や民俗学に関しては、ハーディ研究はもちろんのこと、ヴィクトリア朝 文化研究においても、漸くその萌芽が認められるのみである。したがって本論 文において、明確な研究意識の下、これらの言説が詳細に論じられたことは、

大いに意義があるものと考えられる。

以上の点から、本論文は、博士論文として優れたものと考えられる。だが一 方で、以下に述べる問題点も存在する。

第一に、論文の対象を広く多くの分野に求めたため、論証の単純化を伴わざ るを得なかった箇所がいくつか見受けられること。

第二に、当時の間テクスト性を問題にする際、人文科学の特定の分野に特化 したため、他の文学関連の言説との関わりが十分に扱われていないこと。

最後に、ハーディの多くの小説や詩といった文学作品が扱われているにもか かわらず、文学テクストが持つ潜在能力が十分に活用されていないことがあげ られる。

しかし、以上の問題点は今後の研究課題として残されるものの、上述した評 価を損なうものではない。特に、本論文で扱われたヴィクトリア朝人文諸科学 と文学との間テクスト性の研究は、日本におけるトマス・ハーディ研究及びヴ ィクトリア朝文化研究に大きく寄与し得るものであり、この点は高く評価され るべきであると考えられる。

以上の理由から、本審査委員会は、本論文を学位に相当する研究として判断

するものである。

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