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氏 名 金信慧

学 位 の 種 類 博士(コミュニティ福祉学)

報 告 番 号 乙第 353 号 学 位 授 与 年 月 日 2021 年 3 月 31 日

学 位 授 与 の 要 件 学位規則(昭和28年4月1日文部省令第9号) 第4条第2項該当

学 位 論 文 題 目 韓国の農村部高齢者の自殺予防のための地域サポートシステムに関 する研究 ―「マウルコミュニティ」の形成に焦点を当てて―

審 査 委 員 (主査) 西田 恵子(立教大学コミュニティ福祉学研究科教授)

平野 方紹(立教大学コミュニティ福祉学研究科教授)

湯澤 直美(立教大学コミュニティ福祉学研究科教授)

呉 世雄(立命館大学産業社会学部准教授)

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Ⅰ.論文の内容の要旨

(1)論文の構成

本論文は、韓国の農村部高齢者の自殺予防対策が十分な成果をあげていない 状況について、その原因をこれまで施策が①中央集権的なピラミッド型であり、

②精神保健を重視した対策がとられてきたという事実に求め、「福祉死角地帯」

の高齢者が自殺高危険群として存在する問題への対応として、社会福祉の視座 による住民主体のコミュニティづくりを核とする地域サポートシステムを構築 することの意義と必要性を論じたものである。

論文の構成は、序章を含め、全 7 章で構成されている。各章の概要について は、次頁に記載する。

図: 論文の構成

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(2)論文の内容要旨

序章では、韓国の農村部においては、生活基盤が脆弱で孤立しやすい高齢者が 自殺高危険群となる可能性が高いこと、福祉ニーズが潜在化しているにもかか わらず各種福祉制度の利用に結びついていない「福祉死角地帯」ともいうべき問 題状況が存在することを指摘し、研究すべき課題について整理している。

第 1 章では、韓国の自殺予防政策を概観している。2006 年に発議されながら 廃案が続き、ようやく 2011 年に成立した自殺対策基本法によって中央自殺予防 センターが設置され、地域自殺予防事業が実施されることになったが、その内実 は保健福祉部を頂点としたヒエラルキー構造をもつピラミッド型自殺対策シス テムであり、精神保健領域を中心に画一的な取り組みとなっていることについ て批判的に検討している。

第 2 章では、広域自治体に焦点をあて、ピラミッド型自殺対策システムの現 状と課題について検討している。具体的には、広域自治体である京畿道を取り上 げ、2013 年から 18 年にかけて道健康増進課、道自殺予防センター、道老人自 殺予防センター、市・郡の自殺予防センター、老人自殺予防センターを対象に継 続的に行った調査及び収集資料等をもとに、高齢者の自殺予防対策の変容を明 らかにしている。

第 3 章では、まちづくりを意味するマウルマントゥルギが地方自治体の政策 として行政主導で進められている現状をふまえ、都市部の自治体と農村部の自 治体について、自殺予防対策と連動した実践事例の把握と比較検討を試みてい る。都市部の京畿道城南市・盆唐区では治療的アプローチが中心であり複合的な 福祉問題が残ること、農村部の京畿道楊平郡では人材確保ができず事業の実施 が困難であることを明らかにしている。

第 4 章では、自殺死亡率が韓国の平均値の約 2 倍に達する加平郡の郡福祉政 策課希望ナヌムチーム、郡精神健康増進センター、郡老人福祉館、行政里のマウ ル 3 か所を対象に行った調査をもとに、自殺予防センターの運営システム及び 主要事業について検討を重ね、フォーマルサービスが体系的に整備されていな い農村部において、行政主導の自殺予防対策には限界があることを明らかにし ている。

第 5 章では、加平郡清平面の行政里である清平4里における自殺予防とマウ ルの複合的な取り組みについて調査検討を試み、住民主体による「マウルコミュ ニティ」モデルを提示している。高齢者の自殺予防をマウルを基盤としたものに 再編成し、マウルを基盤としたコミュニティの活性化、マウル維持のための仕組 みづくりをすることによって、自殺予防の地域サポートシステムの構築が可能 であることを論じている。

終章では、以上の考察を踏まえ、福祉死角地帯に位置する農村部高齢者の自殺

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予防対策としてマウルマンドゥルギを活用することが有効であり、高齢者の自

殺予防のための実践的なアプローチとして住民主体によるマウルコミュニティ

の形成が有意義であることを論じている。加えて、マウルコミュニティを基盤と

した自殺予防の地域サポートシステムを構築するために取り組むべき今後の研

究課題を整理している。

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Ⅱ.論文審査の結果の要旨

(1)論文の特徴

本論文は、韓国における高齢者の自殺予防のあり方について、多元的な自殺予 防対策の現状と課題の検討を通じて、特に自殺率の高い農村部の高齢者に有効 な地域サポートシステムの構想を目指したものである。

序章において設定した以下の研究課題に従い調査、分析、解釈を試み、それぞ れ見るべき成果を上げている。

① 高齢者の自殺予防の対策がどのようなシステムとして政策化されているか を把握すること。

② 都市部と農村部の地方自治体の諸施策や先進事例から現在の高齢者の自殺 予防施策の限界と課題を抽出し、社会福祉との連携強化の必要性を提示する こと。

③ 農村部におけるマウルを基盤とした活動事例を検討し、新たなコミュニティ 形成の方策を探ること。

④ 高齢者の自殺予防のための実践的なアプローチとしての 「マウルコミュニテ ィ」モデルを提示し、住民主体によるコミュニティを基盤とした自殺予防対 策の意義を検討すること。

⑤ 自殺予防のための「マウルコミュニティ」を地域サポートシステムの中に位 置づけ、地域サポートシステム構築の意義を明らかにすること。

韓国の農村部における高齢者の自殺が高率のまま推移していることについて、

これまで構築されてきたヒエラルキー構造をもつピラミッド型自殺対策システム が内包する問題と精神保健領域を中心とした自殺予防対策のもつ限界を具体的に とらえ、社会福祉学による枠組みでその克服をはかろうという意欲的な研究であ る。

また、韓日の自殺予防対策の比較研究としてではなく、日本における自殺予防

対策の蓄積、社会福祉学の枠組み、なかでも地域福祉理論を参考としながら、韓

国の自殺予防対策の研究として詳細に把握、分析、検討を行い、マウルコミュニ

ティを基盤とした自殺予防の地域サポートシステムを構想したことに本研究の独

創性をとらえることができる。

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(2)論文の評価

第一に、既存の実践及び研究が治療的・臨床的アプローチが主流であったのに 対し、高齢者の生活問題をとらえる社会福祉の視点から予防的なアプローチの 必要を提示している点があげられる。

第二に、4 つの象限による分析枠組みを用意し、高齢者の自殺予防に取り組む 複数の実践を、広域自治体、基礎自治体、小地域の別に段階的に取り上げ、その 成果や課題を分析した。

第三に、マウルコミュニティを、伝統的なマウルではなく、従来の様々な制約 条件から解放され、自らの興味や関心に基づき参加し関わりをもつ、開かれた場 として捉えたことがあげられる。韓国の行政主導、トップダウン型のマウルづく りとは逆方向を目指すものであり、既存の一部の地域リーダーを中心とした行 政動員型、縄張り型のコミュニティとが持つ非合理性を改善することを目指す ものという解釈も可能である。

第四に、生活の場における住民自らの参画による、緩い見守りや支え合い、生 きがいづくりなどが根本的な問題解決につながるとし、開かれたマウルコミュ ニティを作ることによるソーシャルキャピタルの醸成と、地域単位の予防シス テムとして展開させる構想があげられる。

第五に、マウルコミュニティの実践で、住民が作った組織が社会的経済組織と して展開することにより住民の参画意欲を高めるともに、実践の継続性を確保 することに着目し、マウルづくりと社会的経済組織がつながることで、 相乗効 果を生む可能性を明示した点があげられる。ただし、韓国における社会的企業や 協同組合、コミュニティビジネスなどが盛んな状況をより広範に把握し、そこに 内在する問題もとらえる必要があった。

第六に、包括的な地域サポートシステムを提案している点があげられる。精神 保健的アプローチと福祉的アプローチ、第 1 次、2 次、3 次予防、多主体の実 践などを地域を基盤として有機的に繋げ展開する相互補完的なシステムの構築 がより有効に機能するという考え方を示している。

なお、後続研究として特に期待したいことは次のとおりである。

第一に、マウルコミュニティづくりにおける専門職の役割と機能についてで ある。今後の研究課題として言及されてはいるが、本論文が地域サポートシステ ムを構想するものであれば欠かせない要素であり、より具体的かつ精緻な検討 がほしかった。

第二に、マウルコミュニティづくりや社会的経済組織などへの補助金による

誘導についての検討である。韓国で生じている問題事例の把握、利害関係・権力

関係の発生構造、住民主体と活動基盤の整備の関わり、主体性やボランタリズム

など価値への影響など、補助金の功罪にも言及されているとよかった。

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以上、本研究には複数の課題が残るが、テーマが持つ学術的かつ今日的な意義、

研究課題に対する多元的な検討とその集積、実証研究に基づく一定のモデル提

示などの点において、学位(博士)授与に相当する学術的水準を満たしていると

言える。

参照

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