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1.本論文の構成

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2014年6月27日 博士学位論文審査要旨

申 請 者 任 清梅 (早稲田大学教育学研究科博士課程)

論文題目 近世読本における中国古典小説の受容

―都賀庭鐘と石川雅望の読本を中心に―

申請学位 博士(学術)

審 査 員

主査 中嶋 隆 早稲田大学 教育・総合科学学術院教授 博士(文学)(早稲田大学)

副査 堀 誠 早稲田大学 教育・総合科学学術院教授 博士(学術)(早稲田大学)

池澤 一郎 早稲田大学 文学学術院教授 博士(文学)(早稲田大学)

播本 眞一 大東文化大学 文学部教授 博士(文学)(早稲田大学)

1. 本論文の構成

本論文は、都賀庭鐘の読本を論じた第一部と石川雅望の読本を論じた第二部から構成され、

本文はA4版206ページからなっているが、その目次構成は、以下の通りである。

序章 近世読本と中国古典小説 第一節 はじめに

第二節 都賀庭鐘の読本と中国古典小説 第三節 石川雅望の読本と中国古典小説 第一部 都賀庭鐘の読本と中国古典小説

第一章『英草紙』第七篇「楠弾正左衛門不戦して敵を制する話」小考 第一節 はじめに

第二節 物語の概要

第三節 第七篇の中に見られる三つの計 第四節 三つの計略に見られる中国古典の趣向 第五節 おわりに

第二章『英草紙』の素材選択から見る都賀庭鐘の創作意識

―『醒世恒言』が使われなかった理由―

第一節 はじめに

第二節 「三言」が日本に伝わった時期と『醒世恒言』の日本での流行

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第三節 都賀庭鐘と『醒世恒言』

第四節 素材の選択を左右した都賀庭鐘の異色的な夫婦観と女性観 第五節 素材選択から見る都賀庭鐘の政治と歴史へ寄せる関心 第六節 義への追求

第七節 庭鐘の「三言」に対する認識 第八節 おわりに

第三章『繁野話』第一篇と「蘇知県羅衫再合」および第一篇が「貧福論」に与えた影響 第一節 はじめに

第二節 「雲魂雲情を語て久しきを誓ふ話」と「蘇知県羅衫再合」

第三節 「貧福論」と「転運漢巧遇洞庭紅 波斯胡指破鼉竜殻」

第四節 「雲魂雲情」と「貧福論」

第四章 『莠句冊』第三篇「求冢俗説の異同冢神の霊問答の話」小論 第一節 はじめに

第二節 「求冢俗説の異同冢神の霊問答の話」のあらすじ

第三節 「求冢俗説の異同冢神の霊問答の話」と『水滸伝』の魯達 第四節 冢の神霊問答

第五節 三つの伝説に見る異同 第六節 おわりに

第二部 石川雅望の読本と中国古典小説

第一章 『近江県物語』における中国戯曲『笠翁伝奇十種』の利用法の一端 第一節 はじめに

第二節『近江県物語』と「巧団円伝奇」の粗筋 第三節 常人の人物像と「巧団円伝奇」

第四節 「巧団円伝奇」の「尺」から生まれた「笏」について 第五節 常人の滑稽と『笠翁伝奇十種』における「醜角」の笑い 第六節 おわりに

第二章 『近江県物語』における中国白話小説の趣向利用について 第一節 はじめに

第二節 「笏」の登場―中国伝統習俗「試児」の趣向取りとその展開

第三節 埋葬地からの蘇生―『醒世恒言』巻十四「閙樊楼多情周勝仙」の趣向取り 第四節 『初刻拍案驚奇』巻十三

「趙六老舐犢喪残生 張知県誅梟成鉄案」の趣向取り 第五節 おわりに

第三章 『近江県物語』における男の主人公―梅丸の人物造像について

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第二節 『近江県物語』における梅丸の人物像 第三節 梅丸と梅若

第四節 梅丸と田村麿大将軍伝説 第五節 梅丸と直不義

第六節 梅丸と范雎 第七節 おわりに

第四章『天羽衣』論―『醒世恒言』及び『史記』の趣向利用について 第一節 はじめに

第二節 『天羽衣』と『警世通言』巻二十五「桂員外途窮懺悔」

第三節 『天羽衣』と『醒世恒言』巻三十五「徐老僕義憤成家」

第四節 『天羽衣』と『史記』

第五節 雅望の正義と理想 第六節 おわりに

第五章 『飛騨匠物語』と『女仙外史』

第一節 はじめに

第二節 『飛騨匠物語』と「蜃中楼伝奇」

第三節 『飛騨匠物語』と『女仙外史』

第四節 『女仙外史』の日本での受容 第五節 おわりに

第六章 『飛騨匠物語』における

『水滸伝』、『初刻拍案驚奇』、『牡丹亭還魂記』の趣向取りについて 第一節 はじめに

第二節 『飛騨匠物語』と『水滸伝』

第三節 『飛騨匠物語』と『初刻拍案驚奇』

第四節 『飛騨匠物語』と『牡丹亭還魂記』

第五節 おわりに

第七章 雅望と馬琴―『笠翁伝奇十種』と『女仙外史』の利用法を中心に―

第一節 はじめに

第二節 雅望と馬琴の『笠翁伝奇十種』の利用法 第三節 雅望と馬琴の『女仙外史』の利用法 第四節 おわりに

終章

第一節 庭鐘と雅望 第二節 今後の課題 主要参考文献

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2. 本論文の概要

本論文は、近世読本における中国古典小説の受容について、都賀庭鐘と石川雅望の二人 の読本に焦点を当て考察したものである。二人の読本における中国古典の影響は、文言小 説、白話小説、及び戯曲に及んでいる。文献を博捜した比較文学的方法を採用した研究な ので、紙幅の関係上その詳細な考証過程には言及できないが、結論を中心に、本論文の概 要を述べたい。

まず第一部「都賀庭鐘の読本と中国古典小説」について述べる。

第一章「『英草紙』第七篇『楠弾正左衛門不戦して敵を制する話』小考」では、楠弾正 が義氏と戦う中に使用した三つの計略に注目し、それぞれの典拠を指摘する。これらは、『史 記』の「淮陰侯列伝」や、『水滸伝』第六十回「公孫勝芒碭山降魔 晁天王曾頭市中箭」第 六十一回「呉用智賺玉麒麟 張順夜閙金沙渡」を用いたものである。『英草紙』第七篇は『庄 内物語』を背景に、『史記』、『水滸伝』からもヒントを得て、その趣向を作品の中に取り入 れている。『英草紙』の他篇とは違い、多くの趣向を同一の作品に使っているのが、この第 七篇の特徴であるが、この傾向は『英草紙』以後、『繁野話』や『莠句冊』にも見られる。

第二章「『英草紙』の素材選択から見る都賀庭鐘の創作意識―『醒世恒言』が使われなか った理由―」は、庭鐘が「三言」の『喩世明言』と『警世通言』だけから素材を選び、な ぜ『醒世恒言』を使用しなかったのかという問題を出発点とし、都賀庭鐘の創作意識と「三 言」に対する認識について考察する。庭鐘のよく用いる素材は、夫婦の一方が薄情である 話や、歴史上の人物が登場する話、そして義を大切にする話などであるが、『醒世恒言』に は、そういう素材がほとんど見られない。彼は、「三言」を俗文学と認めた上で、その「俗」

の中から、文人の出てくる作品や歴史的要素の強い作品、つまり「雅」の要素の強い作品 を選び、それを素材にして自分の創作に活かしている。

第三章「『繁野話』第一篇と「蘇知県羅衫再合」および第一篇が「貧福論」に与えた影響」

では、『繁野話』第一篇「雲魂雲情を語て久しきを誓ふ話」の典拠が『警世通言』の巻十一

「蘇知県羅衫再合」冒頭部の「酒、色、財、気」の四つの物の霊が人の夢に現れ、人間を 諭す一段であることが指摘される。物の霊が登場する作品には、上田秋成『雨月物語』の

「貧福論」がよく知られている。「貧福論」の典拠は、『醒世恒言』の巻十八「施潤沢灘闕 遇友」だとする徳田武説があるが、『初刻拍案驚奇』巻一「転運漢巧遇洞庭紅 波斯胡指破 亀竜殻」のほうが、「貧福論」と多くの共通点を持っている。秋成は、都賀庭鐘『繁野話』

第一篇の創作方法の影響を受けて、『初刻拍案驚奇』巻一の「転運漢」に見られる枕元に現 れる金の精霊が主人と問答するという趣向を、「貧福論」に取り入れた。

第四章「『莠句冊』第三篇「求冢俗説の異同冢神の霊問答の話」小論」では、『莠句冊』

の円性法師が、『水滸伝』第五回の魯達が劉老人の娘を救う一条だけではなく、全体的に魯

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巻二十七「假神仙大閙華光廟」に拠っていることが考察されている。両者には、神の霊が 人に移る時の様子、語り終わった後神憑りした人が地面に倒れることや、意識が戻った後 に、起こった事について何も覚えておらず、これを奇異に思うところなど、一致するとこ ろが多い。第三篇の作意と主題は難解であり、使われている素材には、『大和物語』のおと め伝説、『水滸伝』の魯達の故事、『聊斎志異』の「恒娘」、『西湖佳話』の「西泠韻蹟」な どが指摘されているが、都賀庭鐘は、本来関係のないこれらの話を、三つの伝承の中にそ れぞれ織り込むという方法を採用し、一見無関係な素材を有機的に繋げたのである。『繁野 話』の第三篇「紀の関守が 霊たつかゆみ一旦白鳥に化する話」の翻案方法について、庭鐘自身がそ の序文で「手束弓の故事に任氏の伝奇を繋ぎ」と書いている。『莠句冊』第三篇においても、

本来無関係の話がこの「繋ぎ」の方法によって有機的に構成されている。

次に、第二部「石川雅望の読本と中国古典小説」の概要を述べる。

第一章「『近江県物語』における中国戯曲『笠翁伝奇十種』の利用法の一端」は、『近江 県物語』と李漁の戯曲『笠翁伝奇十種』との関連を考察する。従来、悪役の常人の人物像 は石川雅望の造形によるとされてきたが、常人が薗生に和歌を送ることや、常人が盗賊に 加わることは、原典の「巧団円伝奇」に既に見られる趣向である。そして、作中に登場す る「笏」は、「巧団円」における「尺」から発想されたものだが、実の両親と巡り合う大事 な証拠品となっている点で、重要な役割が与えられている。また最後に常人の身に起こっ た滑稽は『笠翁伝奇十種』中の「醜角」から得たものである。

第二章「『近江県物語』における中国白話小説の趣向利用について」では、主人公愛丸が 一歳の誕生会の際に、さまざまな玩具が並んでいるなかから「笏」を選んだことは、中国 の風俗「試児」の趣向取りであることがまず指摘される。「試児」の風習は『顔氏家訓』に 紹介されるが、雅望が典拠にしているのは、単なる風俗紹介に留まっている『顔氏家訓』

ではなく、子供の将来が実際に「試児」で占った通りになっていくという展開のある『女 仙外史』である。当時三宅嘯山が『女仙外史』を訳し、『通俗大明女仙伝』を刊行していた ので、同じように白話に関心を持っていた雅望も『女仙外史』に目を通した可能性が高い。

雅望は『顔氏家訓』から「試児」を知り、『女仙外史』の「試児」の趣向を作品の中に取り 入れた。さらに、愛丸が埋葬地から蘇るところは、『醒世恒言』巻十四「閙樊楼多情周勝仙」

の趣向を取っていること。さらに愛丸が長谷寺観音の申し子であることに着目し、『初刻拍 案驚奇』巻十三「趙六老舐犢喪残生 張知県誅梟成鉄案」の冒頭部を趣向取りしている点 が指摘されている。これらの趣向により、『近江県物語』は神秘性と伝奇性が高まったので ある。

第三章「『近江県物語』における男の主人公―梅丸の人物造形について」では、梅丸の人 物像が考察されている。まず梅丸の名前に注目すると、江戸の木母寺縁起における梅若伝 説の面影、さらに坂上田村麿大将軍の面影が重ねられている。そのほかに、『史記』の直不 疑、范雎の故事が用いられる。すなわち仮死するまでの梅丸には、梅若伝説の梅若丸の面

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影を投影し、成人した後の梅丸には、田村麿、直不義、范雎の面影が見られる。このよう に、雅望は、主人公梅丸に、日中の古典文学に登場する人物の面影を重ねながら梅丸の人 物像を作り上げた。

第四章「『天羽衣』論―『醒世恒言』及び『史記』の趣向利用について」では、『天羽衣』

が全体的に『警世通言』巻二十五「桂員外途窮懺悔」に拠っている。ただし『天羽衣』に 登場する使用人の久は『警世通言』には見られない人物であり、その人物像は『醒世恒言』

巻三十五「徐老僕義憤成家」の徐老僕を参考にしている。また、三保の長者が蔵を開き、

飢餓の民を救った一段と、近隣の借用書を返した一段は、それぞれ、『蒙求』にも採られる

『史記』の「汲鄭列伝」にある「汲黯開倉」の故事と「孟嘗君列伝」にある「馮煖焼券」

の故事を踏まえている。雅望が、このような故事を『天羽衣』に取り入れたのは、雅望自 身が公事宿事件でこうむった冤罪事件の影響があろう。

第五章「『飛騨匠物語』と『女仙外史』」では、男女二仙が仙界で恋に落ち、それが露顕 したため人間界で夫婦となり、再び仙界に戻るという物語の枠組みが、従来、山口剛によ って指摘されていた「蜃中楼伝奇」ではなく、『女仙外史』に拠っているという新見が提示 される。すなわち「蜃中楼伝奇」には四人の謫仙が仙界に戻るような記述は全くなく、謫 仙の理由と仙界に戻る条件についても言及がないが、『女仙外史』には、これらについての 記述が見られる。さらに、女一の宮と唐賽児との間にも共通点が見られる。このように『女 仙外史』の日本における受容は、馬琴の読本だけではなく、雅望にも見られた。これは、『女 仙外史』が読本に強い影響を与えた一例として注目される。

第六章「『飛騨匠物語』における『水滸伝』、『初刻拍案驚奇』、『牡丹亭還魂記』の趣向取 りについて」では、筆者は『飛騨匠物語』巻一「ほうらいの山」、と巻四「夢のたゞち」に 注目し、『水滸伝』、『初刻拍案驚奇』と戯曲『牡丹亭還魂記』の利用を指摘する。「ほうら いの山」で、墨縄と松光が牧童に出会う場面は、『水滸伝』の第一回に見られる牧童の一条 によるものであり、また、仙人が契をなしたことで錬丹が成就できず、二人の恋が発覚し た部分は、『初刻拍案驚奇』巻十八「丹客半黍九還 富翁千金一笑」によるものである。な お、女一の宮が夢を見る「夢のたゞち」の章は、明の湯顕祖『牡丹亭還魂記』の「驚夢」「尋 夢」の二幕からヒントを得て、書かれたものである。妙齢の二人の女性は、昼寝の夢の中 で美しい男と語りあい、夫婦の契をなす。そして、夢が醒めても、男に会いたくて、もう 一度夢の中の男を捜す。このような展開は、両者に共通している。『牡丹亭』の日本での受 容は、まだ十分に検討されていないが、戯曲を愛読し、作品の中に戯曲の趣向を取り入れ た雅望の読本は『牡丹亭』受容の早い例である。

第七章「雅望と馬琴―『笠翁伝奇十種』と『女仙外史』の利用法を中心に―」では、雅 望と馬琴がともに素材に使った李漁の戯曲『笠翁伝奇十種』と呂熊の白話小説『女仙外史』

を取り上げ、それぞれについて、二人の利用法を比較する。『笠翁伝奇十種』の利用法に関 しては、馬琴は、翻案する時に原典の滑稽的要素を減らし、勧善懲悪を強調する。すなわ

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一篇を構成している。一方、雅望は、馬琴とは違い、読本中に多くの笑いを取り入れる。

これは戯曲の醜角の影響を受けているからである。また奇跡的な巡り会いの構想を取り入 れ、結末もめでたく終わらせている。次に、『女仙外史』の利用についてであるが、雅望が 用いたのは、嫦娥が人間界で天狼星との間の「恩怨」を解消した後に天界に戻るという構 想である。これを利用して、恋に落ちた男仙と女仙を人間界で結婚し、その愛が全うした 後に天界に戻るという物語が創作された。馬琴の場合には、『女仙外史』の唐賽児が忠臣の 後裔を集め、建文帝の帝位を奪った燕王に立ち向かう所と、呂熊の使った「春秋誅心」の 方法を、『侠客伝』のなかに取り入れている。

終章では、これまでの考察をまとめ、都賀庭鐘と石川雅望の二人が「三言」と戯曲を利 用するに当たって、それぞれの特徴を述べた。

3.総評

江戸時代の読本は中国白話文学の影響を受け発生したジャンルであることは周知である。

石崎又造『日本近世における支那俗語文学史』、中村幸彦「読本発生に関する諸問題」等の 先行研究が、この点について詳しく論じている。唐話学習のために白話小説がテキストと して使われ、『水滸伝』、『古今小説』(『喩世明言』)、『警世通言』、『醒世恒言』の所謂「三 言」や、『金瓶梅』、『三国志演義』などが、当時知識人の間で読まれていた。この白話小説 の訓訳、翻訳の流行に乗った作品を世に問うたのが、本論文第一部で論じられている都賀 庭鐘である。彼は『喩世明言』、『警世通言』の中から素材を選び、『英草紙』を寛延二年に 出版した。本論第一部では、石崎又造・山口剛・麻生磯次・徳田武諸氏の研究を踏まえ、

庭鐘読本三部作『英草紙』、『繁野話』、『莠句冊』の中国古典小説の受容について考察が加 えられた。

第一章では、『英草紙』第七篇が、『史記』「淮陰侯列伝」や、『水滸伝』第六十回、第六 十一回の趣向を取り入れたという新見解を提示した点が評価される。第二章では、庭鐘が

『英草紙』の素材に『醒世恒言』を使わなかったのは、「雅」の要素の強い作品を選んで、

これを素材にしたからだと結論する。この点だけで都賀庭鐘の創作意識を断定的に述べる のは、やや性急だが、首肯できる論旨展開である。第三章は『繁野話』第一篇の典拠が『警 世通言』の巻十一冒頭部に拠っていること、さらに秋成『雨月物語』「貧福論」には、庭鐘 のこの作品で試みられた創作方法の影響があるとする。この点は新しい見解である。第四 章では、『莠句冊』第三篇の円性法師が、『水滸伝』第五回の魯達の面影を投影している点 や『警世通言』巻二十七の趣向が摂取されていることが考察された。

総じて、読本の典拠研究は詳細を究めており、新しい見解を提示しにくい状況がある。

第一部で論じられているのは、作品全体が依拠した典拠というより、筆者が探し出した中 国古典小説からの趣向取りであるが、丁寧に文献を博捜して従来指摘されていなかった点 を指摘したことに、その意義がある。また、文献を比較検討して庭鐘の依拠した素材を探

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すということだけではなく、第二章や第四章で論じられているように、庭鐘の創作意識や 素材を処理する方法も視座に置いて論述していることが本論の特徴である。今後は、戯曲 を含めた文献的影響関係のさらなる探求と同時に、中国古典小説を摂取する庭鐘の読本創 作の方法論的特徴についての、今一層の考察が求められよう。

第二部で考察された石川雅望は、国学者・狂歌作者として著名であるが、白話小説を含 む中国小説にも精通し、読本『近江県物語』、『天羽衣』、『飛騨匠物語』を創作した。「三言」

の『醒世恒言』から四篇を選んで訳した『通俗醒世恒言』や、清の孫洙の小説『排悶録』

を訳した『通俗排悶録』なども刊行している。先行研究には、年齢順にその活動を精査し た粕谷宏紀『石川雅望研究』があり、また稲田篤信は『江戸小説の世界:秋成と雅望』で、

雅望の読本について論じている。他に鈴木敏也・重友毅・松田修にも、石川雅望について 触れた論文がある。しかし、これまで石川雅望の読本と中国古典小説との関係を論じた論 文は少なかった。本論文では、『近江県物語』、『天羽衣』、『飛騨匠物語』における中国古典 小説の趣向を調査し、今まで指摘されていなかった典拠を、六章にわたって考察した。本 論文で指摘された中国古典は、文言文で書かれた史書をはじめ、唐代伝奇、明清に流行し た白話小説、筆記小説、さらに戯曲も含めるなど多岐にわたっている。具体的には「2.

概要」を参照されたいが、書名のみあげると『笠翁伝奇十種』、『史記』、『醒世恒言』、『警 世通言』、『水滸伝』、『拍案驚奇』、『牡丹亭還魂記』などである。

特に評価されるのは、『近江県物語』における中国白話小説の趣向利用について論じた第 二章である。この章の一部は、現在日中比較文学の最も権威を持つ学会である「和漢比較 文学会」学会誌「和漢比較文学」51号に掲載された。また第五章などで論じられた『女 仙外史』の受容についても新しい見解を示した成果として特筆すべきであろう。

近時、松田修・稲田篤信などの諸論考で、雅文体で書かれた雅望読本の再評価が行われ ている。本論文では『笠翁伝奇十種』の影響が指摘されてはいるが、先行研究にはまだ戯 曲に関しての比較考証が不十分なきらいがある。今後は、都賀庭鐘・石川雅望ともに、こ の面での考察も必要となろう。

以上、審査員一同、総合的に判断して、本論文が「博士(学術)」を授与するにふさわし いレベルに達しているとの結論にいたったので、ここに報告する。

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