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書 く   こ   と   の   疎 外

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(1)

書く こ と の 疎外

1 ヴァレリーにおける二つの生産 ︵上︶ −

三  浦  信  孝

︵序︶

内的生産と外的生産

今日われわれは︑ヴァレリーの言語による生産が︑書き手の意識からしても生産物の様態からしても︑いわゆる︽作

カイエ

品︾︵出 u ミ eS と︽雑記帳︾ CPh 訂 HS という劃然と異なる二つのエクリチュールに分たれることを知っている︒多くの

場合︑外部からの要請に応じて書かれ︑作家の存命中に刊行された﹁わずかばかりの詩句と多くの散文﹂︵ C −こ∞ e が︑

ジャン・イチエの手によってプレイヤード版二巻︵一九五七・一九六〇︶ に編纂集成されたヴァレリーの多様な作品群

シルコンスタンス

を構成する︒自らの作品についてヴァレリーは︑それが﹁︵その大部分は︶偶然の状 況や要請に対する応答から作ら

れたものであり︑こうした外部からの懇請や必要性がなかったら︑それは存在していなかったであろう﹂︵ Cl ﹀ N3 ︶事

情を︑幾分ほ読者に対する覇晦から繰り返し述べていた︒

ヽ▼ ヽ ヽ ヽ

こうした外的生産こそが︑我が意に反して作家になったヴァレリーの名に大いなる名誉と栄光をもたらした当のも

のであるのだが︑その対極には︑ヴァレリーが二十三歳の年︑レオナルドとテスト氏の時代から七十四歳で死がそれ

l

(2)

書くことの疎外

を中断するまで︑その繁殖する生産をやめなかった二六一冊のノート︑二六六〇〇真にのぼる︽カイエ︾が現存する︒

多少とも抽象的な分析と考察を書きつけたこれらのノート︑本来︑読者公衆に向けられたものではない厳密に内的な

ファク・シミレ

生産ほ︑ヴァレリーの死後刊行の対象となり︑始め C ・ N ・ R ・ S ︵フランス国立科学研究所︶から二九巻の写真版として

︵一九五七−一九六一︶︑次いでジュディス・ロビンソソ女史の労苦になるプレイヤード版二巻本として︵一九七三・一九

七四︶公にされた︒これら二つの刊行ほ︑前者が︑半世紀有余にわたる日々のカイエの︵ごく部分的削除を除く︶全体を︑

自筆のまま年代順に再現したものであり︑後者は︑カイエ全体の何分の一かにあたる断章を︑ヴァレリー自身のプラ

テーマ

ソを参考にしつつ︑考察の主題に応じて三十一の章に分類整理した︵但し三十 l の章の配列にほ年代順の秩序も決定的な論

ヽヽヽアントロ一ジー

理的必然性もない︶主題別達文集の体裁をとっている︒

ヴァレリーの︽カイエ︾は︑例えばその生涯の友だったアンドレ・ジッドが残したような﹁日記﹂でほない︒それ

は︑ジッドの﹃日記﹄が明らかに出版への意図によって動機づけられて書かれ︑またそれが︑個人の内面的告白や現

ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ

実生活のさまざまな挿話的事実への言及に満ちた︑きわめて人間的にして真面目な性格の書きものあでり︑正にそれ

らが︑ごくわずかな例外を除けば︑ヴァレリーの知的日記には欠けているところのものだからである︒

︽ジッドにはもろもろの個人に対する好奇心が旺盛で︑︹憎が悔俊者の儀悔を聞くように︺人に打明け話をさせたり︑

自分のことを人に告白したりする欲求が強い︒彼はもろもろの個人を重要視するが︑私ほこれを無視する︒︾ ︵ CI ▼

N ︶

︽実際に見聞きした多くのことども・− いくつかの特別印象に残ったことを書きとめておかなかったのは︑いかに

も残念だ︒私ほただ︽観念︾のみを書きつけてきたにすぎない︒︾︵ CI ﹀当︶ 2

性格を異にするこれら二つの﹁日記﹂を書き手の意識の水準で比較検討することほ︑ヴァレリーが彼の親友の日記

が出版される度に特別の注意と関心を払ってこれを読み︑自らのカイエの実践の特殊な位相をますます深く自覚する

︵ 1 ︶ ようになったと思われるだけに︑きわめて重要な課題として今後に残されている︒

ヴァレリーの︽カイエ︾ほ他方︑プルーストの﹁カイ† r ないし﹁カルネ﹂とも全く異質なものである︒なぜなら

ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ

前者は︑何か来たるべき作品を準備し︑それへと到るべきノートや草稿︑すなわち生成しっつある未完の作品なので

1   1   ︑ 1   1       ︵ 2 ︶ はなく︑したがってこれをプルースト的生産の特徴をなす︑持続と連続性の中で成長していくパラソプセスト的実践

ヽ ヽ   ヽ ヽ ヽ ヽ

に較べるならば︑ヴァレリーのカイエの断章は瞬間と不連続性のうちに切れ切れに孤立したまま遺棄されているから

である︒これら二つの﹁カイエ﹂ の比較考量ほ︑﹃失われた時を求めて﹄ のごく部分的読者でしかなかったヴァレリ

︵ 3 ︶ −にとって︑白分と同年に生まれたこの偉大な小説の変革者の蒐大な草稿が無縁の存在であったにせよ︑前に挙げた

ヴァレリーとジッドの二つの ﹁日記﹂ の対照に劣らぬ重要な興味を窄んでいるに違いない︒

作品と反−作品

ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ      ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ

われわれほ上でヴァレリーのカイエを︑ジッド的日記でほないもの︑またプルースト的生成する作品でもないもの

として︑いわばその消極性において眺めたわけだが︑では一体それを積極的に特徴づけるものは何であろうか?ヴァ

レリーのカイエの特殊な位相ほ︑奇妙に響くかも知れないが︑その無償性 gr 芝 u 旨. m ︑言い換えるならば︑いっさいの

目的=宛先 dest 訂邑 On の不在のうちに存する︒カイエの断章は︑のちにその原則が部分的に修正されるにせよ︑少

ヽヽヽヽヽ       デスティネ

なくともその企図においてほ︑あるがままの形で出版されたり︑何らかの﹁作品﹂の構成に役立てられるべく予定さ

lJ

(3)

書くことの疎外

れてはいなかった︒﹁反−作品﹂ COnt せ叩⊥ Hu ∃ eS ︵ Ci ニー︶〜ヴァレリーが自ら ﹁自分一人のみを相手にした果てしの

ない仕事﹂︵ C −こ∞山︶を名づけてそう呼んだこの規定こそ︑無秩序に堆積されたこれらの断片を定義するに最もふさわ

しい言葉に思われる︒

ヽ ヽ ヽ ヽ

なぜ﹁反−作品﹂なのか〜なぜなら︑それが読者公衆を考慮に入れず内部的に産出されたからだけでほなく︑立派

に仕上げられた﹁作品﹂に通常備わっている建築的構成と統一的秩序が︑これらの断章には欠けているからだ︒しか

︵ 4 ︶ も︑﹁ヴァレリーのカイエの内在的秩序﹂を唱えるジュディス・ロビンソンのごとき有力なヴァレリー研究家の主張に

もかかわらず︑こうした︽カイエ︾のエクリテエールの無秩序にして不連続な性格こそ︑後で見るように︑実は第 l

等の重要性と価値を帯びることになるかも知れない︒これまで人は余りにしばしば︑ヴァレリーの美学の厳密な形式

的構成について語ってきたのだから︑仮にそれが常識の支配による動脈硬化へのやや乱暴な治療法だとしても︑断片

的エクリチュールが卒みうる反構成 d 爪 nOmpOSitiOn と﹁反完結﹂ COnt 完・賢二 cI ニー︶の効用に︑少なくとも一度は

積極的価値を貸し与えてみてもいいのでほなかろうか〜

今日すでに伝説化されているように︑ヴァレリーは一八九四年から一九四五年の死に到る半世紀余り︑毎朝五時に

はベッドを起き出して机上のカイエに向かい︑﹁夜の引明け︑ランプと太陽のあいま︑純粋で深い時間に︑おのずと思

い浮ぶことを書きつける習慣を持って﹂いた ︵凸 HlI ∴貞宅﹁毎朝こうしてカイエを書きつけることは︑有っても無く

てもいいようなある欲求︑煙草と同じだけ奇妙で切羽つまった無反省な欲求 − しかも煙草と一組になった欲求﹂︵ CI ﹀

−∽︶であった︒したがって︑ヴァレリーのカイエの日々の実践は︑﹁対象も究極の目的も持たぬ永遠の準備のようなも

の﹂︵ Ci ︸−︑三 にすぎず︑﹁その意志が自分の外的未来にとってどんな結果をもたらすかには意を用いることなく︑自 4

分の精神のさまざまな可能性を最善をあげて汲み尽すこと﹂︵ CI − D 云︶を目指すものに他ならない︒更に正確に言うな

らば︑そこで問題になるのは︑﹁もろもろの言語的結合の領域を所有するという内的目的を持つ︑言語を手段として精

神のうちで行われる探究﹂︵ CI こ芸⊥現︶なのである︒

ヴァレリーが自らのカイエを﹁反−作品﹂ と呼んだとしても︑そこに︑巧妙な生産者が自らの生産物の値をつり上

げるために仕組んだ韓晦を見るものが︑おそらくいるに違いない︒不信と異議申し立ての時代にあって︑アンチ・ロ

マン︑アンチ・テアトルといったジャーナリズムが与える否定的・告発的商標はすべて︑公衆の注意を有効に惹きつ

ける類のものなのだから︒しかし︑それほヴァレリーの場合ではない︒ジッドは自分の友人のなかに︑野心を遂げる

ために冷徹な計算をはかる政略家の一面を認め︑彼の日記に︑ヴァレリーが﹁勝ちを収めるべきチェスのゲームのよ

そは ぅに人生を演じる﹂という印象を記しているが︑自分の最も側にいた友人のこうした無理解ほどヴァレリーを驚ろか

5︶      ヽヽヽ

せたものはない︒内的生産としての︽カイエ︾の反・作品的性格ほ︑基本的にほ亘して変らなかった︒それを納得

するためには︑カイエの実践が単に二十年余に及ぶいわゆる ﹁沈黙﹂期に追究されたのみならず︑︒若きバルク﹄︵一

九一七︶ の華々しい成功によって切り開かれた公的作家生活を通じて継続され深化されたことを想起すれば足りる︒

ベルヌ=ジョフロワが言うように︑﹁文学への復帰は︑いささかも彼の探究の熱意を弱めることはなかった︒それどこ

ろか逆に︑カイエのテクストが複写された大部な二九巻のうち︑一八九四−一九二〇年の期間︹二七年間︺は九巻を︑

︵ 6 ︶ 一九二 l −一九四五年の期間︹二四年間︺は二二巻を占める﹂のである︒

事実︑﹁一九二〇年から︑わずかの詩句と多くの散文で良かれ恋しかれ生活を立てねばならなくなって﹂︵ Cl こ 00e 以

来︑ヴァレリーは以前にも増してカイエに執着し︑名声と外部からの注文が急速に増大するにつれて︑ますます大く 5

(4)

書くことの疎外

のエネルギーをカイエにつぎ込もうとするように思われるのだ︒この現象は︑繰り返しになるが︑カイエが何らかの

作品の構成を目指す創作ノートの類でなかっただけに︑より一層深い意味を持つ︒もしカイエが一作品を準備するた

めの素材だったとするならば︑増大する注文と同じリズムでカイエのメモが増加しても︑何の不思議もなかっただろ

う︒ところがヴァレリーのカイエは︑正にそうした創作のための準備資料ではなかったのである︒ヴァレリーは︑た

アンチーム

えず重みを増す外的文学生産の重荷から解放されて﹁内部の島﹂に再び自らの存在を見い出すために︑毎朝の内密な

仕事の必要をますます強く感じる︒こうしてわれわれほ︑彼の仕事机の上に︑相異なる二つの生産が乗せられている

のを見ることになる︒

ヽ ヽ       ヽ ヽ

︽⁝⁝私が書いたもの︑いやより正確には私が公にしたものほ︑注文cOmmPロde︹散文作品︺ないし練習巾詫岩ine

︹韻文詩︺でした︒私ほ必然的に ー ほとんど本能的に11−私が最も一貫して追求してきた探究と思考︹カイエ︺を︑

ヽ ヽ

これらt一種類の適用Ppp−−2tiOnSからは区別しています︒私の知的生活は二つに分割されるのです︒私の机の上

には︑永遠に︑印刷所にまわされる詩句や散文が次第に形を整えていく雑然たる紙片の推積と︑自分用に観念を次

から次へと書きつける一冊のカイエとが置いてあるのです︒︾︵エメ・ラフォソ宛一九二二年九月︑LqU﹀−畠⊥全︶

′LU

断片の言葉と作品の言葉

この証言から明らかなように︑ヴァレリーの言語生産の分割ほ二重のもの︑あるいは二層のものであった︒すなわ

ち︑﹁歩行﹂と﹁舞踏﹂に擬せられた﹁散文﹂の言葉と﹁詩﹂の言葉の有名な分割のかたわらに︑第一の二分法より更

に大きな問題性を窄みうるいま一つの二分法が︑−−今度は詩と散文とを問わず︑推敲された ﹁作品L の言葉から︑

︵7︶ ﹁カイエ﹂の言某を︑すなわちプラソショの言う﹁断片の言葉﹂としての﹁反−作品﹂の言葉を隔てる第二の分割が︑

ここで問題になるのである︒常識化して今やあまり顧り見る者のない詩と散文のヴァレリー的二分法の陰に︑いま一

つの重要な言語の分割が覆い隠されてきた観があるだけに︑カイエにおける﹁断片の言葉﹂の検討と︑それを通じて

逆にその特殊な位相がより明確に浮き彫りにされるに違いない﹁作品の言葉﹂の解明とは︑今日のヴァレリー批評に

とって緊急の︑しかし困難な課題である︒

ここではわれわれほ︑上に引いた手紙の一節のうちに︑ヴァレリー的生産の二分割を確認しておくにとどめよう︒

外的と内的と︑これら二つのエクリチュールの様態のあいだには︑静態的対立があったばかりでなく︑長い歳月のう

ちには︑対称性のもつ弁証法的効果と交換作用が生まれたに相違ない︒これら二つのエクリチュールの関係ほ︑草稿

と作品︵すなわち作品を準備するメモ・ノートと持続的労働の最終的目的・帰結︶とのあいだに見られる一方通行的・予定調

イエラルソー

和的﹁位階秩序Lではなく︑完全に対等で相互補完的であり︑二つながらヴァレリーの二つの気質︑あるいは彼に内

在する二つの要請によく照応するものだったと思われる︒いずれにせよ︑これら二つの言葉は互いに矛盾対立し︑相

互渉透しあいながら︑決定的にほ一方が他方を支配するすることなく︑ヴァレリーの言語行為のなかでそれぞれ独白

の役割を演ずるのである︒

自然の仕事と人エの仕事

作品とカイエ︑あるいは外的生産と内的生産の二つの領域のある種の平等性と相互補完性に注意を向けた後で︑注

コンポジシオン       エ〆′ゼルソス

文に応じて書かれる作品の忍耐強い持続的な構成作業が知性の立場から見ていかに稔り多い﹁馴棟Lであったにせよ︑ 7

(5)

書くことの疎外

ヽ ヽ ヽ  ヽ ヽ ヽ      ヽ ヽ ヽ ヽ

ヴァレリーの持って生まれた自然は︑カイエの自発的・瞬間的にしてほとんど非反省的な断片的書き方の方を好んで

いたことほ︑忘れずに指摘しておかねばならない︒陸軍省編集官の職を辞した一九〇〇年来︑アヴァス通信社々長エ

ドゥアール・ルべーの個人秘書として生計を立ててきたヴァレリーにとって︑特に一九二二年︑雇主の死によって職

ガーニユ・バン

を矢なって以降ほ︑筆によって立って行く経済的必要性が決定的なものとなり︑いわゆる﹁生計の資﹂ のために注文

︵ 8 ︶ に応じて書く作家生活ほ︑彼に大きな辛汁を味わせた︒

︽一体いつになったら︑人から強いられた仕事なしにこの机に座れるようになるだろう −

1 九二〇年ごろから︑ばくは奴隷になっている︒︾︵ C −こ uN ︶

注文に応じて書くことから生じる倦怠ほ︑自分のうちに作家たるべき条件を見出さず︑﹁自分の生を外的生産に捧

げようなどとは一度も考えたことがなかった L ︵ CI こぃ︶ 人間にあっては︑格別に深いものだったに違いない︒文学的

生産は︑したがって彼にほ︑自ら持って生まれた自然に従う行為でほなく︑逆にそれから懸け離れていく困難な努力

を意味する ︵同前︶︒作家生活から来る疎外巳㌫ n 邑 On が深まれば深まるほど︑自分のうちの人には譲渡できぬ in ?

︻ i 賢 Pb − e 部分への執着ほ強まる︒こうしてヴァレリーは︑毎朝の﹁悪徳﹂︵ CH こ︼︶を︑﹁自分一人を相手にした永遠の

仕事﹂︵ C 〜こ巴︶を︑ますます貴重なものに思いなし︑ますます嫉妬深くこれを自分だけに留保しょうとするのである︒

︽この五時という刻限に︑他人の意見を思いつつ精神を働らかさざるを得ぬとしたら︑おぞましいことだ︒

それは︑自分が最も他に似ない︑能う限りユニークである時間だ⁝⁝︾︵ Cl こご

だからヴァレリーにとって︑朝の最初の数時間は︑一種の時の聖域を︑他者からも個体としての自己からも遠い︑

純粋な思考の最初の運動が生まれるいつも新しい中性的な場所を形づくる︒この﹁純粋な深い時間﹂ほ︑他人の上に 8

惹き起すべき効果への配慮にあてるよりは︑﹁他人を連れていくことのできる最遠点より更に遠くまで自分のなかを

掘り進む﹂︵ CI − N ∽豆ことに捧げた方がはるかにいい︒カイエで賭けられているものは正に︑﹁自分の変形能力を増大す

ること 1 結合操作によって自分の錯綜体を改変すること﹂︵ CI こ○︶ に他ならないからである︒ここで ︽錯綜体︾

−﹀ Imp − e 記とほ︑言語能力と分ち離く結ばれた存在の自己改変能力のこと︑いわゆる﹁言語によって支配される感受

性の潜在的一領域﹂のことであり︑言語の結合・変形作用によって十全に開拓し汲み尽すべき﹁それと知らずに私が

︵ 9 ︶ それであるところのもの﹂として︑今はおさえておこう︒そこから︑言語の諸特性の開発と結びついた精神のさまざ

まな相の精密な分析的記述を目指す︑カイエの恐ろしく抽象的で非装飾的なむき出しの文体が由来する︒

しかしながら︑カイエのヴァレリーはもっばら抽象的思弁にのみ専心していたわけではない︒時として︑夜と眠り

なま の淵から噴出するかのごとく︑思考以前の生の観念がヴァレリーを目覚めさせ︑彼を急いで机上のカイエに向かわせ

る︒彼ほ︑おのずから生まれ出ようとする形の定かならぬ内的エネルギーとびったり一体となって︑喜びのうちに思

考の自発的運動に身を委ねる︒それは論理的な時間秩序のうちに展開される一つづきの意味ある観念の連鎖でほなく︑

空間のうちにいっせいに噴出する散乱した感覚のイメージである︒

︽喜び − 五時にはね起きて︑ほとんど同時に生まれる l 群の観念を大急ぎで書きつける興奮

極端な内部の速度を身裡に感じっつ︑そのスピードが︑精神の野の−−−隠された拡がり全面の上に種々の関係を

現出させ ︵そうすることでその拡がりを露わにする︶

︵というのは︑おのおのの内には︑こうした隠れた帝国があるのだから︶

そして内部の言語でさえ︑魂がもう一方の端で触れているものを追いかけ︑これを魂に伝えるに足りるほど素早

q

(6)

書くことの疎外

くほない ︵それは太陽の下の海の輝きだ−−︶︾︵ C ︻−∞︶

こうして︑いくつもの小さな散文詩あるいほ詩の萌芽が︑カイエの各所に見出されることになる︒それらの一部は

ノランジュ   テル・ケル

︽素材詩︾ pO 恥 s 訂 br 亡︵ e ︑︽未成詩︾ PO 爪 sie 頂 aue としてのちに﹃混済﹄や﹃あるがまま﹄などに差しはさまれる︒

﹃若きバルク﹄ や ﹃魅惑﹄の諸篇のごとく持続のなかで少しずつ成長し緊密な構成を獲得した韻文詩とは趣きを異に

する︑自発的な言葉の直接的・瞬間的な書記がここにはあるのである︒﹃カイエ﹄ のあちこちに散種されたこれら萌

芽状態の散文詩は︑ジュディス・ロビンソソ版の﹃カイエ﹄ では︑︽詩篇および小抽象詩︾ PO 〜 mes et p . P . A .とし

て集められ早を成していて︑一九〇〇年代前半に善かれ︒旧詩帖﹄の最後を飾ることになる﹁詩のアマチュア﹂か

10

ら始まって一九二〇年代中頃の作と止られる﹃アルファベット﹄諸篇を頂点とするヴァレリーの散文詩の系列を改め

て検討するための格好の素材を提供している︒そして︑﹃魅惑﹄以降のヴァレリーが︑いくつかの詩論を通して自己

の詩作過程を分析し︑意識と計算にもとづく言語操作と厳密な構成を主張する一方で︑実作上ほほとんど競文詩を放

ヽ ヽ

要し︑形態上の配慮よりほ主題上の関心︵特に︑肉体・夜・眠り・エロス︶に大きな分け前が与えられる散文詩の書き方

に次第に傾斜していくパラドックスは︑われわれの注意を強く惹かずにほいない︒

システム

ヴァレリーによれば︑あらゆる芸術作品持 u ∃ e d ︶罠 ほ︑人為的に構成された体系として︑自然に対立する人工

11

P ユ芯 ne の産物であり︑﹁︽思考︾に関する限り︑作品とは虚偽のデッチアゲ監 si か c 邑 ODS  に他ならない︒それは︑

作品が一時的なもの︑繰り返しのきかぬもの︑瞬間的なもの︑純と不純の︑混乱と秩序の混渚を排除してしまうから

フォルム  フォルス

である︒﹂︵ C −こ N ︶もし﹁形式﹂が﹁力﹂の対立物であるように︑﹁作品﹂が﹁思考﹂の自然の否定の上に築かれた人

工的一秩序だとするならば︑外部へ向けての作品︵星考の内部遅効そのもののぅちには﹁作品 L の秩序ほ認められない︶ の 0

生産はヴァレリーを否応なしに  1 人工的な仕事﹂︵ C −こご︶ に馳り立てるだろうし︑その逆に︑披がそれのみを真の

12︶   なま

仕事と見なしていたカイエの内的生産ほ︑生の観念を﹁一つの無秩序でしかないようなそれらの秩序﹂︵﹃カイエ B 一九

一〇﹄序︑ R こご︶のうちに遺棄して顧り見ずに済むがゆえに︑またこの毎朝の実践が︑蟻の倦むことを知らぬ仕事︑

糸を紡ぎ一つの模様を無限に繰り返すことで約を張るクモの反覆的仕草と同じだけ本能的な︑同じだけ深い生理に根

ざした欲求であった︵ C −こりい︶がゆえに︑正に﹁自然の仕事﹂と呼ぶにふさわしいものであったのだ︒

天使との闘い・書くことの倦怠との闘い

ここで︑われわれの出発点を要約しておこう︒ヴァレリーにおいてほ︑対立的なと言っていい相異なるl一つのエク

リチュールがある︒第一のものほ︑内的で自然に根ざし︑瞬間のうちに自発的に生まれる断片の様相を呈し︑第二の

ものほ︑外的で人工的な仕事に由来し︑意識的計算を通して持続の中で構成された有機的綜合として現れる︒そして

ヴァレリーは︑それら二つのエクリチュールが彼に対して持つ感情的価値を次のような言葉で要約する︒

ヽヽヽヽヽヽ ︽私が書くもののうち︑一方ほ天使との聞いであり−他方は︵公にされる散文のほとんど全部は一往文で1

主題を決められて書く倦怠との聞いである︒︾︵C−.N筈︶

だから︑内的生産と外的生産︑反−作品と作品︑断片の言葉と作品の言葉︑自然の仕事と人工の仕事など一連の二

項対立にいま一つの対立i天使のエクリチュールと倦怠のエクリチュールーーを加えよう︒しかしながらこの分割

は︑これら二つの言語行為のあいだに一切の交通を遮断してしまうといった類のものでほなく︑ヴァレリー自身そう

自覚していたように︑これらのエクリチュールの間にさまざまなレベルの交換と相互彦透があるのもまた事実であり︑1

1

(7)

書くことの疎外

﹁これら二つの様態のあいだに確かにある関係ほ検討してみる必要があるだろう﹂︵ CI −︼巴㌔その関係とほ︑例えば︑ 12

ヴァレリーについて一冊のエッセーを著したモソペリエ大学教授エメ・ラフォソ宛一九二二年九月の手紙でほ︑次の

ように語られる︒

︽これら︹二つ︺のエクリチュールの問にはさまざまな交換関係があります︒私が自作の詩篇︵とりわけ﹃若きバル

ク﹄︶から引き出した最も明らかな利益は︑その制作の過程で︑それらを制作しつつある自分自身についてなしたさ

まざまな観察の総体であった︑と私は考えています︒しかし他方では︑これらの考察が︑そればかりか一切の文学

的目的の外で多くの主題について私が追究してきた精密さのすべて︹カイエの探究︺が︑私の詩人としての仕事にい

ささか資するところがなかったわけではなかったと思っています︒︾︵ LQU こ主︶

どちらかと言えば儀礼的な口調で綴られたこの手紙は︑内的生産の原理が︑作詩法上みずからに課した形式的制約

と結抗して貫ぬかれたと言える﹃若きバルク﹄の幸福な経験を回顧して書かれているだけに︑二つのエクリチュール

の交換関係ほここではポジティヴに捉えられているのだが︑これが更に二年を経て注文による原稿書きが増大した一

九二四年︑青春時代を共に過した気のおけぬ友人ギュスターヴ・フルマンに宛てた手紙では︑びっしりつまった講演

旅行の日程を書きつらねたあと︑ヴァレリーは次のように嘆く︒

︽これがぼくの職巣だ︒︹⁝⁝︺全く奇妙な人生さ︒そして疲労︑嫌悪︑激しい悲しみ︒

いつとき ぼくにほ一日のうちでほんの一時だが良い時間がある︵その一時もいつもいいとほ限らないが!︶︒それは朝の五

時から六時にかけて︑公衆へのいささかの顧慮も羞恥心もなしに︑ぼくの永遠のカイエに︑一文の値打ちもないぼ

くのちっぽけな哲学を書きつける時だ︒︾︵フルマン宛一九二田年初︑ cOrr . FO 亡 ment ﹀−∞ヱ

第一の手紙では︑カイエの探究が詩作に与えた利益が指摘され︑第 l 一の手紙でほ︑外部より強いられた作品別作の

倦怠から身を癒す解放の場としてカイエが位置づけられている︒いずれの側面を強調するにせよ︑これら二つのエク

リチュールの境界線と相互関係は︑恒久不変のものではなく︑時間と共に一定の改変を被らずにほいないだろう︒そ

れだけに︑この間題の検討は極めて微妙な色彩を帯びてくる︒

一例を挙げるなら︑︽カイエ︾と・︽作品︾のあいだに︑純粋に内的でも純粋に外的でもない中間的領域のテクスト群

の存在することがすぐ指摘されよう︒ここで問題になるのは︑カイエの鮎川数の断章のうち︑あるいは作品の中に取り

ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ

こまれ︑あるいはそのままの形で作品でほない作品として公刊された無視しえぬ部分である︒実際︑﹃カイエ B 一九一

〇﹄︵一九二四︶︑﹃ロソブ﹄︵一九二六二一七︶︑﹃言わざりしこと﹄︵一九三〇︶︑﹃残肴集︵アナレクタ︶﹄︵一九三五︶︑上記の諸

テル・ケル      メランジュ

篇をまとめた﹃あるがまま﹄︵一九四一・四四︶︑﹃混清﹄︵一九四︑﹃邪念その他﹄︵一九四 l 一︶︑更に﹃己れを語る﹄︵一九

四四︶など数点の書物は︑本来︑内的・断片的生産でしかなかったものの外部への漏洩でないとしたら︑いったい何

だと言えばいいだろうフ・﹃一夜﹄のあと二十年以上も隔てて再開された一連のテスト氏ものほ︑その無視しえぬ部分

をカイエから抜き出されたノートによってはいないだろうか〜

いずれにせよ︑ヴァレリーにおけるエクリチュールの分割の仔細な検討は︑二十年に及ぶ沈黙期 − ﹁読まれるた

めに書くという一切の意図を捨てて︑あらゆる文学から遠いところで生きる﹂︵﹁自作回顧断篇﹂白Ⅰこ皇室 決意を固め︑

﹁内部の島﹂を認識し堅固なものにすることに時間を費やした︵﹃テスト氏﹄序白こぃ︶神話的なヴァレリーの﹁沈黙﹂

の真に意味するところを少しでも解こうとするならば︑避けて通ることのできない課題である︒更にこの問題は︑テ

スト氏=ヴァレリーの熱烈な弟子だった若き日々のアンドレ・ブルトンがそう受けとめたように︑﹃若きバルク﹄以降  13

(8)

書くことの疎外

の公刊と名声の時代が文学放棄と沈黙の原則に対する裏切りであるかどうか︑ヴァレリーの作家としての栄光が︑テ 仏

スト氏が体現する﹁己れを語ることなく死んでいく無名の人﹂︵白﹀−か︶という最も強敬な脳髄の極限的理想に対し

13

て犯された許しがたい誤ちであるかどうかを見きわめる上で︑一つの大きな試金石とならざるを得ない︒

事実ヴァレリーは︑上で見たように︑公的作家生活に踏み込んで意外に早い時期より︑カイエから幾つかの断章を

抽出してほ書物を編むことを始めた︒作品が鎧うべき堅固な形式的構成をたえず標模してきた手前︑ヴァレリーはそ

なま うした書物の巻頭で必らず読者に対して︑これら生の観念を﹁それがあるがままの混沌に遺棄することなく︑それぞ

れの種類に応じてきちんと秩序だてて提供す﹂︵﹃あるがまま﹄白ゝり u ︶べきところを怠ったとして釈明するのを忘れ

メランジュ      タイトル

ない︒﹃混清﹄については︑﹁この本ほどその表題が真実な本ほない︒﹃混清﹄を︽支配する︾ のは無秩序﹂︵ RI − N00u ︶

でしかないからだと︑いわば開き直って読者に予告を発する︒作品の統一的秩序を保障する作家の自我の同一性など

私はもう信じない︒その時どきの相異なった産物のあいだに首尾■貫性と時間的秩序を導入することほど︑思考の現

実のありように反することはない︒思考とは矛盾に満ちた運動であり︑混措こそその本質なのだから︑とヴァレリー

は言いたげなのだ︒

それにしても︑適当な口実と申し開きのものとに︑決して人の目に晒してはならぬはずだったカイエを公にするこ

レ.yソ:デタ

と︑− 果してそれほ︑自らが立てた国家理由を自らの弱さから放郷したことではなかろうか?それとも︑それは逆

14

に︑今日たとえばロラン・バルトが明確な戦略的意識を持って模範的に実践している断片的エクリチュールの方向性

を先取りした︑断片の言葉の︑﹁文学﹂ の公的領域への公然たる浸透を意味するものなのだろうか〜それほヴァレリ

ーにも誰にも分らない︒ただ問題は︑こうした二項対立をめぐって︑はっきりと提起されているのである︒

以下われわれは︑ヴァレリーにおける二つの言語生産の問題を︑書きつつある者の自己と他者をめぐる意識のあり

ようと︑二つのエクリチュールの生産物のそれぞれに特殊な位相を少しでも明るみに出すことによって︑これを論究

していこう︒すなわち︑ヴァレリーの書くことの実践の二分割ほ︑ H まず始めに︑書くことにおける対自意識と対他

意識︑言語による生産と疎外という︑心理的および社会的文脈から分析され︑目次いで︑﹁内部の言葉﹂﹁断片の言葉﹂

フォルム フォルス

の主題系を追うことによって︑体系と断片︑秩序と無秩序︑持続と瞬間︑形式と力︑連続と断絶︑有限と無限︑作品

と反−作品といった l 連の認識論的対立の水準で洗い直され︑臼最後には︑モーリス・ブランショの概念を用いるな

ら︑ヴァレリーの︽カイエ︾における﹁作品解体﹂ d 爪 sRu く rement と﹁書物の不在﹂−﹀ Pbse 宍 e du − i ∃ e  の問題が︑

必らずや分析の阻上に乗せられるであろう︒本論考は︑そのうちの第一の課題に取り組むものに他ならない︒

︵一︶ 蓋 恥 心

もし人が︑ヴァレリーの生の年譜のなかに︑彼の出版への異和のモチーフを捜すならば︑第一の︑しかも最も顕著

なものとして挙げるべきは︑おそらく︑ヴァレリーの性格に深く刻まれた﹁羞恥心﹂ pudeuh であろう︒だからここ

で︑二度とそこに舞い戻らないために︑彼の伝記上のいくつかの意味深い挿話に一瞥を与えておこう︒

︽一般に︑人間が互いに他人から隠し立てあうものほ︑情動的ないし生理的レベルに属する︒欠点︑偏執奇癖︑渇

望︑情念︑迷信︑私としてはそれに︑自分の観念︑活発な精神の習慣を加える︒

ある種の羞恥心︑嫉妬心が︑私のなかでは長いあいだ極めて強く︑出版にほ全く敵対していた︒それが一九二〇 5

▲l

(9)

書くことの疎外

年以降︑変ってしまったのである⁝⁝︾︵ CH こ∞†− 00e

晩年に書かれた﹁︽文学事︾に対する私の反撥について﹂と題された別の断章でもヴァレリーほ︑彼が文学世界に再

び足を踏み入れることになって改めて確認することになる﹁この卑しい種類の活動に対する蔑視﹂や﹁政治 − すな

わち公衆への直接的戦術︑作品そのもの批評ではなく個人個人の価値の引き落し︑侮辱や中傷﹂ に明け暮れる﹁こ

モチーフ

の職業の低劣な輩ども﹂ への愛想づかしについて語る前に︑彼の反文学的動機の最も深いものとして︑再び自分が持

って生まれた羞恥心を挙げている︒

︽私はこれらの生産物にある羞恥心を︑真の廉恥心を身裡に感じていた︒秘密と孤独の冒険に満ちた感情のうちで

ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ

書いたものを誰彼なく読むことができると考えただけで︑私には耐え切れなかった⁝=・それは肉体上の羞恥心よ

りも強いものですらあった︒︾︵ Cl ニー〒巴︼︶

同じノートには︑若き日のヴァレリーの極端なまでの羞恥心を例証する二つの逸話が報告されている︒

ポールより八歳年上の見で︑のちにキンペリエ大学の法学部教授から学部長まで勤めることになるジュールに対し

て︑ヴァレリーほ学業成績を始めさまざまな点で劣等感を覚えていた節があり︑彼は兄に自分の秘かな文学趣味や詩

キュルト

の習作についてはこれを隠していたが︑兄の方では﹁私のかくも凡庸な学業の蔭で︑何かが進行し何か知らぬ信仰が

行われているのをうすうす察していた︒﹂ 彼は一八八九年のある月︑弟の書類のなかに二扁の詩を見つけ出し︑ポー

ま       ルヴユ・マリチーム

ルの知らぬ問にこれをマルセイユの﹃海洋雑誌﹄に送る︒ポールは雑誌の四月号を受け取り︑そこに﹁夢﹂と題する

自分の詩が掲載されているのを見て動転する︒

︽私ほこのことで随分傷ついた ー 自分の名が印刷されたことほ私に︑夢のなかで一糸纏わずサロンのただ中にい

n

一っ1

る自分に突然気づいて恥ずかしさのあまり悶絶するときと同様の印象を︑私に惹き起した︒︾︵ C ︻∵ごー︶

かくてこの詩は︑後から振り返って考えるなら︑ヴァレリーの発表作品の最初のものということになる︒そして︑

これとほぼ同様の偶然の状況による詩篇の発表という構図は︑三十年ののち︑﹁海辺の墓地﹂︵一九一九︶の﹃ NRF ﹄詰

掲載の経緯のなかで繰り返される︒そこでほ︑﹁処女作﹂発表における兄ジュールの役割ほ︑ジャック・リグィエール

によって演じられることになる︒ヴァレリー宅をたまたま訪れた﹃ NRF ﹄の編集長は︑詩人の仕事机の上に制作中

の一篇の美しい詩を認める︒彼は︑今なお﹁その相継起する諸状態の一つ﹂にあった詩を詩人から奪うようにして持

ち去り︑印刷に付す︒今や成熟の年令に達したヴァレリーは︑詩篇の永遠の生成がこのようにして中断されたことを

惜しむのみで︑発表され公衆の目に晒された自分の秘かな作物を前にしても︑もはや昔日のごとき羞恥心は覚えない︒

ヽ ヽ ヽ

今度はただ︑自分が孤独のうちに長いあいだ向い合い︑共に変客を遂げてきた自分の詩が︑自分の所有から離れ﹁作

品﹂として誰のものでもない客観的存在になるのを受容し︑それがやがてソルポソヌの大講堂でギエスダーヴ・コー

アンの哲学的註解の対象に取り上げられたとき︑そこに居合わせた自分が自分の影になったような奇妙な当惑を味わ

ったことを述懐するだけである︒︵﹃海辺の某地﹄について﹂鍔︻∵史 T −苫○︶

この挿話は︑﹁作家の疎外﹂と﹁作品の孤独﹂という重要な問題を導き入れることになるが︑それほ後で詳しく検

ヽ ヽ

討することにして︑ここでは︑以上の挿話から︑ヴァレリーの最初の詩作の発表が書き手の意志からは独立に︑偶戯

ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ

の外的事情によって行なわれたこと︑そしてまたこの事件が︑ヴァレリーのその後の大部分の作品が辿ることになる

奇妙な宿命を象徴的に予告し︑彼の発表・出版に対する反撥的態度を基本的に決定づけていることを確認しておけば

足りる︒ 7 1

(10)

書くことの疎外

ルヴユ●マリチーム

1 夢﹂が﹃海洋雑誌﹄に発表されて二年後の一八九一年三月︑ 1 ナルシス語る﹂− 1 以後ヴァレリーに付き纏うこと  18

ラ●コンク

になるナルシスのテーマ系列の最初の表現 − が︑友人のピエール・ルイスの創刊になる雑誌﹃法螺貝﹄に掲載発表

される︒詩篇は︑その一カ月後﹃ジュルナル・デ∵テバ﹄誌の論評で絶賛を浴びる︑− ﹁ヴァレリーの名は︑人々の

口の端に飛び交うことになろう︒﹂ ﹁これ以上ない褒詞で﹂ 自分が誉められるのを見て︑若い詩人は︑奇妙なことに

ー というのほ︑いくらかの達巡があったにせよこの詩の発表を望んだのは彼自身なのだから ー 激しい﹁怒りと狼

狽﹂の感情に捕われ︑その記憶は最晩年に到るまで生々しく彼の記憶にとどまり続ける︒

︽私は︑恥ずかしさ︑奇妙な恥ずかしさに真赤になって︑新聞をポケットに押しこみ街中を駆け廻った ー 自分が

凌辱されたと感じたことに耐え切れなかったのである︒︾︵ CI ∵巴−︶

青春期に特有の羞恥心は︑ヴァレリーの場合︑自分に対する賛辞に喜ぶどころか︑他人の無躾な視線によって︑−

﹁人が秘密のうちに書いたものを︑どこの誰でも読める﹂という単純な事態によって︑自分が凌辱されたと感じるほ

ど内向的なものだった︒このノートが一九四三年という最晩年のものであり︑そこにほ記憶による増幅作用が働いて

15

いることを考慮に入れるとしても︑この挿話に見られる若いヴァレリーのほとんど﹁女性的﹂と形容していい羞恥心

が︑生理的かつ性的な響きのもとに語られているのは︑注意されていい︒こうした他者の視線による﹁凌辱﹂の経験

ほ︑われわれに直ちに︑﹁ナルシス語る﹂とほぼ同時期に書かれ︑他ならぬ﹁凌辱﹂く㌻−と題された詩八九〇︑

白−こ∽∞千∞−︶を想わせるし︑更にほ︑その若い肉体の﹁官能の森﹂に一匹の蛇が残した噛み傷の痛みによって眠りか

ら目覚める若きバルクの﹁凌辱﹂や︑その一句から一篇の詩が生まれたという ﹁蒼ざめて︑深々と噛まれて﹂  p 巴 e ﹀

p3 訂 nd 恥 ment mOrdu の身をよじる﹁デルフォイの巫女﹂︵﹃魅惑﹄︶ の形姿を想わせずにはおかない︒

いずれにせよ︑詩作ほ若き日のヴァレリーにとって︑他人の眠から隠すべき﹁悪癖﹂であり︑のちに彼が自分のう

ちに棲む﹁女性﹂として意識することになる﹁感受性﹂の領域に関わる秘かな実践であっただけに︑彼の詩作が人目

に触れることは︑ちょうど人目に隠れて孤独な快楽に耽るオナニストが他人に現場を取りおさえられたときに味わう

のと同様の狼狽と凌辱された羞恥心の感情を︑ヴァレリーに惹き起すのである︒

嫉妬心・情婦観念

前節のはじめに引いた断章の後半にもう一度注目しよう︒

︽ある種の羞恥心︑嫉妬心が︑私のなかでほ長いあいだ極めて強く︑出版には全く敵対していた⁝⁝︾

だから︑ヴァレリーを出版に反撥させるものは︑既に見た彼に生得の﹁羞恥心﹂の他に﹁嫉妬心﹂があるわけだが︑

まずこの言葉の語義に関する誤解を予め避けておく必要がある︒ロベール仏仏辞典の定義を借りるなら︑ここで﹁嫉

ヽ ヽ ヽ

妬心﹂首− OuS 訂 という言葉は︑﹁自分が持っていない利得・特典を他人が享受するのを見て覚える悪感情﹂.という通

常の意味よりほむしろ︑﹁自分が享受する利得・特典を他人と分有したり︑他人のために失うことへの怖れからくる

不安感﹂ の意味で読まれねばならない︒

︽カイエ︾がヴァレリーにとって︑孤独な遊戯と快楽の場だとするならば︑筆の成り行きに任せて繰り返し書きつけ

ビ イ/ ロ

るあまたの観念ほ︑彼が日々手に触れてその微妙な感触の変化を楽しむ馴染みの玩具あるいほ小装飾品のようなもの

だったに違いない︒彼は︑自分の戯れの場に何びとをも招じ入れようとはしないし︑彼に親しい玩具を他人に分け与

えようともしない︒ヴァレリーが﹁嫉妬心﹂という言葉で指し示そうとするのほ︑正にこの︑他に例を見ない知的苗  19

(11)

書くことの疎外

者であり︑他人のために自分のものをいささかも失うまいとする不退転の拒否の姿勢である︒彼が自らに﹁汝の悪徳

を隠せ﹂と言うのが ﹁羞恥心﹂からだとするならば︑﹁汝の神を隠せ﹂ C 胃 hetOn d 訂 u ︵鍔﹀念¢︶をもって一つの

ヽ ヽ ヽ

国是とするのは︑自分の享有物を他人に分け与えまいとする彼独特の嫉妬心 首− OuS 訂 の然らしむるところである︒

ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ

そして︑ヴァレリーにかくも親しかったこの後の銘句は︑とりわけ︑彼が他人に対して後生大事に首− OuSement 守

アンチー・ム

ろうとする最も内密な観念について最もよくあてはまる︒

︽自分の︽観念︾を他人に繰り返し言ううちに︑それらの観念は私から離れてしまい ︐ と言うよりむしろ︑私の

方がそれらから離れてしまう︒私はもはやそれらの観念を考えない︒われわれのあいだにほ︑もほや親密さ inti ・

mit 爪がなくなってしまい︑− それらの観念が私にいかに的確なものに思えたとしても︑私は︑それらと正反対の

ものであってもいい︑それらとほ別の観念を見つけ出す必要を感じるのだ︑− 街の女かご espub 亡 ques  に成って

しまったそれら情婦たち m 巳 tHeSSeS を取り替えるために − 私が私であるために︒︾︵ CI .− N ?− N 空

事実︽カイエ︾ のなかには︑数多くの観念や主題が繰り返しヴァレリーの想念を襲い︑彼はそれらを倦むことなく

書きつけ︑再び取り上げ︑検討しなおす様がありありと見てとれる︒しかしながらその様は︑同一の観念や主題が舞

い戻る皮にめざましい発展を与えられ︑より深い展望を獲得していくといったていのものでほなく︑その遅々として

進まぬ単純な反覆は︑ヴァレリーの構築された作品の秩序ある展開に慣れ親しんだ読者をしばしばいら立たせるほど

の執拗さをもって追究されるのである︒一つの観念は︑一度で決定的に汲み尽されることはなく︑絶えず海の彼のよ

ぅに繰り返し思考の岸辺に押し寄せ︑そこで無限に形成され︑崩され︑作り直される︒しかし︑観念が思考の岸を浸

すのは︑ヴァレリーの場合︑朝のひと時の問にすぎず︑しばしの滞留と戯れののち︑観念ほ思考から引いて海の底の 0 2

方へと返って行き︑再び現れるにしてもそれほ問歌的にでしかない︒その形を認め再認しても︑親しい観念との交渉

ほ少し深められ拡げられたと思うや︑それらほ再び思考と書くことの運動から逃れてしまう︒しかし︑ヴァレリーが

彼の観念と少しずつ慣れ親しむのは︑こうして倦むことなくそれら観念と繰り返し交渉を重ね︑あらゆる角度から観

察し手で触れ共に思考の波のなかで戯れる過程を通してなのである︒ヴァレリーは︑こうして親密になり︑自分と分

16

ち難く結ばれて自分の一部となり︑その肉体の隅々まで知り尽した観念を ﹁主観念=情婦観念﹂乙計 s ・ m 巴 tresses と

呼ぶ︒﹁主観念=情婦観念﹂とはだから︑単に彼の精神の上に至上の支配権を振るう強迫的ないくつかの観念を指す

に止まらず︑精神の前に繰り返し現われては精神を魅惑し︑これを愛の営みにも似た知的・身体的戯れに誘う女=恋

人=情婦としての観念のことである︒

これら情婦観念はヴァレリーにとってかくも親密な存在であり︑一たん発表され公のものとなるや︑それらは﹁公

共の娘﹂賢︻ espub − iques  すなわち誰か知らぬ他の男たちと共有しなければならぬ娼婦的存在に転落してしまい︑彼

ほ再び自分だけの新しい情婦観念を見い出す必要に駆られることになる︒ここに︑﹁嫉妬﹂官 OuS 打という言葉が愛

惜生活において持つ︑もう l つの限定された意味 − ﹁愛する存在を独占的に所有しょうとする欲望︑相手の不実さ

への危供︑疑いないし確信が︑それを心に抱く人間のうちに生み出す苦悩に満ちた感情﹂︵ロペール仏仏辞典︶ − が由

来する︒

おのれの内部で秘かにいつくしんできた観念たちが一たび公にされるや︑それまでの親密さは失われ︑愛しいもの

を奪われた喪失感と再びむき出しの孤独に遺棄された感情がそれに取って替る︒そこには更に︑自分を裏切った不実

な女への嫌悪も混じるかもしれない︒しかしながら︑その情婦観念との長い愛の営みの歴史がある以上︑置き去りに  21

(12)

書くことの疎外

された男ほ︑それでも自分のかつての恋人だった存在がその後たどることになる運命に︑全く無関心でいることはで

きないだろう︒一たんほ人手に渡して︵奪われて︶しまった愛しい存在が︑他人や匿名の公衆によって不当な扱いを受

けることほないかどうか︑彼は不安げにその未来を想いやるのである︒

︽幾つかの思考を公にすることは︑自分を武装解除することであり−− 1 その上︑気に入りの情婦のように親密だっ

た思考に嫌気がさす結果になるという奇妙な感情を︑私ほ強く味わった︒それにおそらく︑それらの思考が︑その

漏洩によって︑他人の批評や極端な無理解によって︑変質され定められるのを見るのを怖れていたのであろう︒︾

︵ C −こ云−ビゴ 2 2

︵二︶

書くことの疎外

私が私の孤独の中で書きつけたものを発表することほ︑だから不可避的に︑私を少なくとも三つの疎外へと導く︒

第一に︑私は仕事の中断とその成果の他への譲渡によって︑私が害いたものから離別し︑書くことの労働を通じて︑

ヽ ヽ

言語に働きかける私と私に働きかける言語の絶えざる往復運動によって私が緊密に結ばれていたものを︑私は永遠に

奪われてしまう︒第二に私は︑私の生産物が私とは無縁の世界で変質され︑意図を曲げられ︑形なしにされ︑持ち上

げられたり腔められたり忘れ去られたりするのを︑手をこまねいて見ていなければならない︒第三に私は︑他人が私

の書いたものの彼流の︑したがって私の目からすれば必らずや盗意的な解釈を通じて作りあげる私のイメージを︑あ

くまで私のものとして引き受けざるを得ない︒こうして私の自己が︑私であって私ではない私の影によって置き換え

られ︑私の﹁対自存在﹂が私の﹁対他存在﹂によって追放され︑私の自己同一性ほ見失なわれて︑疎外は完璧なもの

となる︒

自らの作品から切断された作者の孤独︒作者の手を離れ︑帰属と専一的意味の担保を奪われ公共のものとなってし

まった作品の孤独︒自分が制作したはずの作品が他者の意識に反映して自分の方へと送り返され︑自分とは無縁の奇

妙なイメージに直面して我にもあらずそれを引き受けさせられる作者の孤独︒こうして︑孤独は希望のないものにな

る︒ 一たん発表した後ほ︑作者は彼の作品との問にいかなる関係も保持できない︒彼にはわずかに︑﹁著作権﹂  d ; it

d √ ut2r  − 著者が彼の作品の上に要求できる最後の所有権 − と呼ばれる危うい絆しか残されてはいない︒しかし

この権利も︑決して現実的で具体的なものではなく︑理念的で抽象的なものにすぎない︒というのは︑﹁著作権﹂は︑

作者が彼のかつての愛人であり今や公共の娘となってしまった彼の作品が︑誰であれ望む者に身を売る場合に設定さ

れた代価のうち︑作者分として取りのけられる僅かな部分にすぎないからである︒いかにも作者は著作権料を手に入

れる︒しかしそれは︑彼の作品との決定的な離別の上に支払われる関係清算手当金として受けとるだけのことだ︒彼

はわずかながら豊かになるかもしれない︑しかしそれは︑内的貧困化と剥奪の感情を代価に支払った上でのことであ

る︒かくて出版公表 pub − ic 邑 On は︑生産者と生産物のあいだに一つの断絶を︑関係解消をもたらし︑それまでの内

ヽ ヽ

的で親密な関係に外的で危うい関係をもって置き換える︒生産の人間的な関係がよそよそしいものとの関係によって

代置されるのである︒作品ほ︑一たび内密な生産過程から放逐されるや︑放棄され停止されたその物質的形態のうち

J

2

(13)

書くことの疎外

に凝結し自らを固定する︒作品は何も語らない︑何も約束しない︒それは絶えず︑読者と読書の状況に応じて︑その

相貌とその足取りを変える︒作品は誰にでも身を与える︑それほ誰のものでもない︒

しかしながら︑生産者が自らの労働力を公衆に売り渡すことに同意した暗から︑その労働の結果が生産者の手にほ

残らず︑その所有権さらに享受権が彼以外の他人に譲渡されるのは︑考えてみれば当然のことではなかろうか〜 上

に見た三重の疎外ほ︑出版発表のために︑すなわち人に読まれるために書く意図の必然的帰結ではないのか〜 注文

に応じて書くということは︑実際︑あらかじめ購われた労働によって産み出される﹁剰余価値﹂が︑あげて他者の享

受に帰することを前提にした上で︑自らの労働力を売ることであるはずだ︒ここで留意すべきほ︑自らの労働力を売

却するや否や︑疎外は︑単に労働の結果︵生産物=作品︶ のレベルで必然化されるのみならず︑ものを生産する労働の

ヽ ヽ

過程そのものにまで浸透し貫徹されることである︒その成果があらかじめ購われた労働ほ︑他から強いられ外部から

︑︑ヽ︑ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ         ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ

課された労働であって︑労働者=生産者をして︑彼がいまだ存在しないものを創り出すことによって今までそうでな

かったものになる︵阜白 l こ豆杢 ことを可能にするような︑真の人間的労働ではなくなってしまう︒労働が自発的に

意欲されたものでないとき︑必らずやそれほ︑労働者が対象に働きかけることで自らを自らでないものへと改変し未

知の自分を発見するといった生産の喜びほもはや感じられないような︑つらい嫌な労働になってしまう︒

ところで︑こうした購われた労働︵貨労働︶が内合する疎外のメカニスムを︑マルクス以上に的確は記述したものほ

いない︒一九一八年六月十一目のジッド宛手紙のなかで︑ヴァレリー・は︑マルクスの﹃資本論﹄第一巻を読んで︑そ

の分析方法が自分のそれに酷似していることを発見して驚いた旨を書き送っている︵ COrr . Gide ﹀ミ軍じ手紙の文言か

らは︑ヴァレリーが感心したというマルクスの﹁方法﹂が正確に何を指すのかほ明らかでないにせよ︑商品生産が疎 4 2

外された労働とメダルの表裏をなすとの直覚を︑﹁使用価値﹂と¶交換価値﹂の二項対立から出発して科学的に論証し

ヽ ヽ

ようとした﹃資本論﹄の分析を︑ヴァレリーが書くという労働の水準に引き寄せて読んでいたと推論することは︑彼

がのちに文学を﹁生産﹂と﹁消費﹂の視点からいわば経済学的に解明しょうとした︽ポエティック︾︵文学生産の理論︶

17

の試みから見ても︑そう大きく的を外れてはいないと思われる︒

以上の議論を要約するために︑もちろんヴァレリーの眼には触れようがなかったにせよ︑ここでは初期マルクスの

有名な疎外論の一節を引用しておこう︒

ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ

︽労働者は︑自分の労働の生産物に対して︑よそよそしい対象に対するのと同じ関係にある︒というのは︑次のこ

とが仮定より明らかだからである︒すなわち︑労働者が労働のなかに自らを外化︹実現︺すればするほど︑彼が自

分の前に創り出すよそよそしい客体的な世界ほますます強力になり︑彼みずからほ貧困化し︑彼の内部世界ほより

貧しく︑彼が自分のものとして所有するところほますます少なくなる︒︾

ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ

︽これまでわれわれは︑労働者の疎外︑所有剥奪を︑ただ一つの観点から︑労働者と彼の労働の生産物との関係と

ヽ ヽ ヽ ヽ

いう観点からのみ考察してきた︒しかし疎外は︑単に生産の結果においてのみ現れるものではなく︑生産行為のう

ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ

ちにも︑生産的活動そのものの内部にも現れる︒労働者が自らの行動の生産物によそよそしい者として対立するか

らには︑生産行為自体において︑彼ほ自分自身に対しよそよそしい者になっているはずなのだ︒︹⁝⁝︺

ヽ ヽ

労働は労働者にとって外的なものとなる︑すなわち︑労働は労働者の本質に属さず︑したがって︑彼は自分の労

働において︑自らを肯定するのでほなく自らを否定し︑自らをくつろいだ状態に感じずに不幸だと思い︑肉休的・

知的に自由な活動を繰り拡げるのでほなく︑自分の肉体を痛めつけ精神をそこなう︒その結果︑労働者は労働を離 5 2

(14)

書くことの疎外

れてほじめて目分のそばにいると感じ︑労働のなかでは自分の外にあると感じる︒︹・⁝⁚︺彼の労働はだから︑自発

ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ

的なものでほなく強いられたものである︑それは強いられた労働となるのである︒そのため労働はある欲求の満足

ヽ ヽ

ではなく︑労働の外でもろもろの欲求を満足させるための手段にすぎない︒︹⁝⁝︺労働者にとっての労働の外的性

格は︑労働が彼自身のものではなくて他人のものであること︑それが彼に属していないこと︑労働において労働者

︵18︶

が自分自身に属さず他人に従属するという事実に現れる︒︾

マルクスの﹁疎外された労働﹂の分析のうちに︑ヴァレリーにおける﹁強いられた労働﹂あるいは﹁外的生産﹂ の

主要な特徴を拾い上げることほさして困難なことではない︒それどころか︑用語まで含めた両者の分析の相同性には

驚くべきものがある︒剰余価値を産みだす特殊な商品として労働力が人手に売り渡されるや︑労働ほ︑賢本主義的工

巣生産であれ文学生産であれ︑つねに疎外された労働となるのである︒

′川U

2

職人としての作家

しかしながら︑これら二つの生産的労働の比較はレトリックに属する部分が多く︑実際には︑両者のあいだの形態

的および質的相違を考慮に入れない限り︑比較ほ完全なものにならない︒まず第一に︑資本主義的工業生産にあって︑

労働者ほ︑現象的には組織された生産システムの中で集団的に労働するが︑現実には︑一たん割り当てられた部署に

つくや︑生産ラインの分断された単位として︑他の労働者たちからは切り離された孤独のなかで労働する︒しかも彼

らが用いる生産手段は︑彼らのものではない︒ところが︑外部から注文された強いられた仕事であろうとも︑作家は︑

工場労働者と同様に孤独で︑自分の﹁本質﹂︑自分自身との内密な関係からほ疎外されて労働するにもかかわらず︑

作家は︑自分の仕事場で︑︵手仕事で機械化ほされていないが︶自分自身の生産手段︵仕事道具︶をもって仕事することが

できる︒したがって︑工場労働者と仕事場の作家では︑問題は異なった仕方で提起されてくるはずである︒

工場労働者に対して生産の工業化・組織化が及ぼす効果ほ︑二重である︒大規模工業生産は︑一方で︑労働を︑分

断され分割されしかも反覆的な単純作業のなかに閉じ込めることによって︑労働者たちを互いに他から孤立させる︒

しかし︑それほ同時に︑生産の工業的組織化の然らしむるところであるが︑労働者たちが主体的に自覚するならば︑

彼らが一つの連帯のうちに結集し︑疎外された労働の基本的要因をなす生産手段の資本による独占的所有を打ち毀す

べく︑自らを目覚めた労働者階級として構成するのを促す物質的諸条件をも︑必然的に産み出す︒ところが︑定義に

ょり外的︵生産者自身以外の︶消費に供されるべく予定された文学生産の場合は︑それを疎外として感じる作家を︑そ

ぅした疎外された生産労働から解放するための物質的条件は︑これをいささかも産み出すことがない︒なぜなら︑文

学生産は︑資本主義的工業生産の機構に組み込まれるのではなく︑作家の生産力こそ他に売り渡されるが︑現象的に

ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ

は︑生産者自身が生産手段の所有者である手工業生産の職人的労働︵職人仕事︶に擬せられるからである︒手工業的生

産p;dunt訂n毘isan巳eの段階にあっては︑資本家とプロレタリアートの︑すなわち生産手段の独占的所有者と自

らの労働力を商品として売る以外には何ら生活の手段を持たぬ労働者との階級対立ほ未だ顕在化せず︑ささやかなも

のであれ自ら生産手段の所有者が自分の仕事場で︑小規模ながら全体的・統合的な生産労働にいそしむことができた︒

ヽ ヽ ヽ

こうした手工業生産の物質的諸条件から︑この生産様式のもとに労働する生産者の基本的に職人的態度が結果する︒

﹁職人﹂胃t訂anほ生産手段も労働力も自ら供出するがゆえに︑分化する以前の資本家と労働者の二つの側面を萌芽的

に具有しているが︑根源的にはそれらの何れとも全く異質の存在である︒ 7 2

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