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ミルズの社会学と疎外論 : 疎外論と社会学(3)

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ミルズの社会学と疎外論 : 疎外論と社会学(3)

著者 三溝 信

出版者 法政大学社会学部学会

雑誌名 社会労働研究

巻 16

号 2

ページ 1‑30

発行年 1970‑01‑15

URL http://doi.org/10.15002/00006293

(2)

ミルズ(○・コ国、耳冨苣⑩巳518)も、フロムと同様、日本でよく知られた社会学者である。彼の著書はすでに八冊が雛訳されており、近く川版が予併されているものを入れると、ごく初期の実証的研究を除くすべての蒋作が

離訳川版されることになる。そのうちでも、『ホワイト・カラー』と『パワー・エリート』は、現代社会学の入川響と

して広く読まれ、版を菰ねている。

ところで、これまたういムと共通するのであるが、ミルズは、その忠旭的影紳力は全休として非術に大きなものでありながら、しかもアメリカの社会学界では主流を占める学譜毛はなかった。テキサス生れの生粋のアメリカ人である彼は、にもかかわらず、アメリカ社会学界で術に異端的存在でありつづけた。その爪囚がある税度まで彼のパースナリティに山来するであろうことは、例えば『社会学的想像力』の中で彼がアメリカ社会学界の大御所であるパーソ

ミルズの社会学と疎外論

ミルズの社会学と疎外論

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(3)

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ンズに対して行なっている批判を見れば、首肯しうるところであろう。そこには、必要以上に強く示された敵憶心が、そして机手をやっつける楽しみだけが、あふれているからである。しかし、それが故にⅡ本の読考をひきつけている

異端桃は、いうまでもなく、もっと内奔的な、彼の社会的姿勢全体とかかわったものである。

『人間のイメージ』という標題のもとにミルズが社会学の古典からの抜莱を編集した書物があるが、そのイントⅦ

ダクションには、彼のそのような姿勢が要約的に示されている。すなわち、彼は、そこでアメリカの現代社会学を批判しつつ、それと対比して、すぐれた社会雌上、たちが常に雌山・社会・人Ⅲという三つの契機をⅢ、に川述させなが(1)ら、しかもそれらを全体として統一的にとらえて来たことか」示そうとしているのである。彼が自分の社会学的労作に

おいて実現しようと意図したのも、現代社会についてのこのような歴史的・総合的な把搬であったといえよう。そし

て、この故にこそ、彼はアメリカ社会学の一般的潮流に対しては異端たらざるをえなかったのである。つまり、彼は、

社会艶心佃を含む多くのアメリカ人が不動のものとして前提し宏化していたアメリカ社会の歴史性を、したがってそれ

が批判ざれ変飛されうるものであることを、明らかにしつづけたのである。彼の思想的形辨力は、アメリカ社会でも、

まさにこの異端性によるものであった。その意味では、おそらくあと数年長生きしていたなら、彼はもっと多くの何訓考を兇川しえたのではなかったろうか。一九六○年代を通じて、「世界の懸兵」としてのアメリカの正当性は多く

のアメリカ人からも疑惑の眼で兄られるようになったからである。しかし、彼の生きた時代はそうではなかった。その中でアメリカ的生活嫌式やその価値感を批判しつづけることは、勇気のいることであり、自らを異端視しなければなしえないことであった。彼が(後に見るように客観的にはそうではないのに)あえて自分を「卒直なマルクス主義

(2)

村」と坪ぷのDも、このような強い批判柵仲に雄づいてのことであろう。

(4)

この姿勢は、そのまま実践的関心とも結びつく。ミルズは決して実践家ではなかったが、実践的な姿勢は常にもっていた。彼は、さしせまった政治的課題に班論的に正而から立ち向うことによって、インテリゲンチャとしての自己の政沿的責任と維務を采そうとした。核戦争の危機が呪災のものとなった時代に、彼は『第三次仙界大戦の爪N』を書き、東西の知識人が果すべき役割の重要性を強調した。キューバ革命が成功するやただちにキューバにわたって、

『キューバの声』を川版し、キューバへの不干渉をアメリカ人に呼びかけた。多くの社会学打がそれらの「大」問題

にまつ一たく無側心であったり、あるいは行政機Ⅲと側係することをもって実践的と券えているときに、それをしたの

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(5)

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ミルズの社会学と疎外論

したがって、彼の社会学は、そこで疎外という川証叩がⅢいられている場合はもちろんのこと、川いられていない場合ですら、多くは疎外論を含んでいるのである。その意味では、本論でも、彼の疎外の概念を検討するとともに、その

用語を用いないで語られる彼の中心概念をも分析し検討することが必要となるであろう。(1)○・二・旨』』⑪・屡岸BmCの。節目口・白冨Q煙のの】・印且嵐・口】ロ、:・一・四8』日日p固口、..(z2『・【汀の。。H胸の国べ昌一‐]のNご円画n.桴caC)・←宮口[Hoppn盆○口弓(2)ミルズ、膝井択『マルクス主雑洲たち』(W水神店、(3)ミルズ、鈴木訳『社会学的想像力』(紀伊国賊懇店、

一九六W年)、節五束。一九六五年)、一八八ページ。

(6)

現代社会を問題としているのであり、そこで主要に論じられる大衆の大きな構成部分をホワイト・カラーが占めてい

るにもかかわらずである。これらの書物では疎外という川語はただたんに「切り離されること」を意味しているにすぎず、島の目は。□という爪諮をその日術語的な意味に、つまり「雌Ⅲ」「誠渡」等と訳しても何らさしつかえないほ

どである。それに対して、さらに後の『社会学的想像力』では、全体の中での割合は非常に小さなものであるが、

『第九蹴、理性と向山について』の中のひとつの節が疎外を論じるためにさかれているのである。

このように凡て来ると、ミルズにとって、疎外の概念は必ずしも全生涯を通じて同一の意味をもってはいなかった

ことが明らかになる。フロムの嶋丞口には、疎外はしだいにその重要さを増し、最終的には(そして現在も)現代社会をとく銚概念と券えられるようになった。ミルズの鵬xmには、逆に、むしろ川発点でそれをあらゆる倣城にかかわる

鍵概念としながら、後になるほど、疎外ということばを川いないでも解明できることがらは、そのことばを川いない

で論じようという姿勢が示されているといえるのである。

したがって、ミルズの疎外概念を検討す為とき、われわれはまず、それが全期川を通じて同一ではないこと、また

必ずしも彼にとって中心概念ではないことを、前提として認めておかねばならない。その上で、ここでは、やや抽象

的・原理的なレベルで、彼が疎外をどう理解し、どのように現代とかかわらせていたかを検討することにしよう。こ

のような兄地から主として利川できるテキストは、『マルクス主義新たち』と『社会学的想像力』である。

『マルクス主義者たち』において、ミルズは、『思想の一覧表』(第四章)の名のもとにマルクス(とエンゲルろの思想を彼なりにいくつかのテーゼに分解して示している。そのテーゼのひとつに「労働者の物衡的貧川も、その疎外

も激化するであろう」というテーゼがあり、ミルズがマルクスの疎外概念を論じるのは主としてこの部分においてで

ミルズの社会学と疎外論

(7)

弊とされるのである。 ミズルの社会学と疎外論一ハ

ある。このテーゼを見れば明らかなように、疎外は、物質的貧困とは別のものとして、それと対をなす概念として、とらえられている。次の説明を兄れぱそれはもっとはっきりしよう。

「労仙稀の期大する武川とは、単にその生祈状態の物彌的盆川ばかりでなく、その疎外から生じる心理的喪失感をも意味する。この二つのものを区別しておくことが必要である.マルクスにとむては、後湘の疎外の力がいむ.そう放婆であったようにみうけられる。たとえ物質的な生活水準が改葬されたにしても、疎外の方は存続し深まってゆくこともありうる。ちかごろのマルクス主義杵たちは、心理的喪失感、つまり労働における人川の疎外の力を軌調するが、マルクス、〃は、労働稀の粁痂がこの両方の(1)川で卿火することを予測したく」

このように、疎外を物櫛的盆川とは別の柵神的問題ととらえるのは、ミルズに一仇した態度である。これを、疎外の

概念を少しでも明確にしようとするこころみと善意に解することもできないわけではない。しかし、ミルズ自身の疎

外論の独口な展朋の場ではなく、マルクス解釈の場でこのようなⅨ別を主張している事実は、やはりむしろ、『経済

学・哲学政稿』から『溢水論』に兼るマルクスの論理の歩みを、彼が十分に理解できなかったことを示していると労

えるぺきであろう。それは、いいかえれば、『経済学・析学軍摘』で展開されている疎外の深い弁証法的な意味を理

解できなかったということでもある。珊笈、『経済学,哲学蛾稿』に関してミルズが興味をもつのは、「生脈祈動その

ものからの疎外」についてであり、「生産物からの疎外」や「類からの疎外」は終始無視されたままなのである。こ

のような疎外の皿解は、疎外の爪因を溢水の支配以罎外のところに求める論狐を生みⅢす。あるいは逆に、その論理が

あるからこそ、このようなマルクス解釈が川てくるという力が正硴かもしれない。この点についてはいずれくわしく検討するが、この理解からの当然の帰結として、ミルズにおいてもまた、疎外は特殊に一一十世紀的状況にかかわる病

(8)

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この状況は、マルクスとこえでたものであり、研究の新らしい椰題と提起している。

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「ますます高まっていく合理化の恢向がこのような結果を生み出すとき、個人は「かれのなしうる最善をつくす〕かれは自分が皿没していて抜け川る道のない状況に、かれの要求と労伽をかみ合わせる。やがてかれは脱川川を探そうとしなくたり、そして適応する」労働のそとに股されている生活部分のなかで、かれは遊び、滴費し、「面白いことをする。」ところがこの消澱の領域もまた介肌化されている。生磁からも労働からも疎外されているかれは、洲批からも典の余暇からも疎外されている。仙人のこのような適応と、それが私的化析状況や側我に与える影騨は、たんに理性に到速する機会と能力と意志を喪失させるだけではな たる不友の雑茄である.しるにすぎない。沸かされて

(6)

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(10)

このような疎外概念は、尖存主義の立場から現代社会の疎外を問題と十る人々の概念とほぼ一致するものである。そこには、伝統的な個人主義が、そして十九世紀社会を理想とする一鰍の反肋的回マンティシズムが、顔をのぞかせて

いる。この点についても、われわれは後に問題とすることになる。

以上、かなり抽象的なレベルでのミルズの疎外論を凡て来た。しかし、いうまでもないことだが、社会準上打として

のミルズのすぐれた資質は、このような抽象的論議にではなく、むしろ災抓的・具体的な研究においてこそ示されて

いる。そこでは、疎外ということばが使川されるかどうかにかかわらず、疎外はもっと共体的な内奔をもって柵かれ

るし、原因ももう少しは具体的に示される。そこで、以下、彼のそのような書物として代表的な『ホワイト・カラー』

と『パリー・エリート』において、疎外がどう把掘されているかを兄為ことにしよう。

(1)『マルクス主義者たち員士、八五ページ。(2)川懇、上、二三ページ。

ミルズの社会学と疎外論 このように、疎外は、ここでは、理性・自由・向作・日我等に対立するものとして、要するに「西欧における同山な人間像の反対物」として、描かれている。その原因は組織に、もっぱら合理性のみを追求する組織に、そのような組織の「皿性なき合理性」にこそある。

「合Ⅷ的に組織された社会の装腫はl個人にとっても社会にとってもI必ずしも、胸を拡大する手段ではない.むしろそれはしばしば、専制と操縦の手段、班性に到迷する機会そのもの、向山人として行動する能力そのものを収聯する手段にほかなら(8)ないのであるぜ (7)であるかのようにみえる。」 い。それはまた、山な人川として行動する磯会と能力にも影騨を与える。まことに、、川の仙彼も皿性の価依も、かれには無縁I‐

(11)

『ホリイト,カラー』の第一部は、Ⅲ叩脈賠級が没落して、新小脈階級Ⅱホワイト・カラーがアメリカの人川のし

だいに大きな部分を占めて来る雁史的過概の叙述に当てられている。やや冗災なこの叙述を通じてミルズが述べよう

としているのは、今やアメリカを代表するのはホワイト・カラーであり、「ホワイト・カラーをさいなんでいる苦悩

(1)

は、災は二十世紀に生きるすべての人川にとっての耕悩なのである」ということである。この苦悩とは疎外にほかか

らない。第二部以下で、ミルズは、ホワイト・カラーの活動のさまざまな傾城に入りこんでこの苦悩の実態を明らか

にしようとする。そこでは、疎外という川禰もふんだんに使川されている。

彼がまず問題とするのは、ホワイト・カラーの労働(仕事)の領域における苦悩であり疎外である。もっとも、組

織との関連で述べられるこの領域での疎外の実態は、われわれにと〈てはすでにⅡ新らしいものではない。要すみに、

ホワイト・カラーの職場ではすでに組織のピラミッドが完成されていること、この組織の一点に組み込まれたホワイ

ト・カラーにとっては、側発点な判断にもとづく脚川な行肋の倣城はほとんど戒されていないこと、ここで主体的な

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-三1一:“in番、二一一一一一’四ページ。同書、二二一一ページ. ’三1一一』-『社会学的想像力』、同蒋、一五ページ. ミルズの社会学と疎外諭

同譜、上、一一三ページ。阿譜、上、二四ページ。『社会学的想像力』、二二五ページ”

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(12)

のは組織であり個人はその一歯車にすぎないこと、竿々である。彼はホワイト・カラーの各階層についてこのような那災を拙きだす。例えば、ピラミッドの頂点に位樅する絲満打について、彼は次のように識いている。

「かれらは次から次へと問題を手がけて、それぞれに決定を下してゆくしかし実は決定を下すぺき確たる根拠はどこにもないのであり、ただ命令と下す人Ⅲ機械になっているにすぎず、部下が脚分たち経憐肘を疑うなどということは雛にもあってはなら(2)ぬと思っているだけのことである。」このように「人間機械」にされてしまうこと、より下層のホワイト・カラーに関していえば、「事務機械」・「販売機

械」弊の役劉しか与えられないこと、これが労伽の傾城におけるホワイト・カラーの耕悩であり疎外なのである。

このような疎外の実態拙写の後、彼は、それがホワイト・カラーのパースナリティにおよぼす影懇を問題として、

「パースナリティ市場」という慨念を提起する。これは疎外との側述では注目すべき概念である。例えば面貨店の女

店員の場答を考えてみよう。彼女は「販売機械」であることを期待されているのであるが、そのためには完全なn制

が必要である。「まじめ」であったり「仙位」をも『ていたりすることは、多くの鵬へ山、うまく群をつかまえること

に失敗する爪囚となるのである。自制とは、己の感慨をおし殺して「仮面のパースナリティ」を身につけることにす

ぎない。ところが、この「仮面のパースナリティ」がいつとはなしに彼女の第二の本性となってしまうのである。

「現代の大都市批滅洲においては、他人に対十為不脇と脚u疎外とが一般的特徴として認め心れるが、その机庇には、大川桃化した販売機構の雄もいちぢるしい影響である、パーステリティーの市場という事実が原因としてかくされているのである。…・・・・人々は他人を拠紘するために、その人をいかにも瓶祝しているかのようなふりをする販充、派の倫珈や習仙を身につける必喫に迫られてくる。.…:.この倫哩は人々の生活鮫式を板庇から規定するものとなり、今ではⅡぱたき一つにもこの倫理が結びついている。というのは、どんな人間関係にも扣手を操縦するという伽がふくまれていることを誰でも知っているからである。互いに州手を脚分のⅡ的達成のための手段にしてやろうと秘かに画箙するから、人々は互いに心を打ち明け合うことがなくなって、

ミルズの社会学と疎外論 ●●

(13)

「パ1スナリティ巾粉」という概念のうちには、同時に、疎外の爪川についてのミルズの把握が、かなり具体的に

示されている。それが成立するのは、労働力ではなくパースナリティが商回Ⅱとして売買される社会においてである。それは、「主要な労働形態がかっての手工業的な熟練労働から人扱いの力法や販売や他人に対するサービスに変化」し(4)た社会である。ミルズは現代をそのような社会と考えているのであるが、この原因として彼があげるのは産業主義化

の進展という耶災である。それ故、疎外は面接に資本の支配に緋ぴっけられるのではない。その原因は特殊二十世紀

的な状況にこそあるのである。

「パースナリティ市場」の成立は、疎外がすでに労働の領域をこえてホワイト・カラーの余人賂をおおうものとな

ったことを示している。この後でミルズが追求するのは、ホワイト・カラーが生活(ないしは荊費)の領域でどのよ

うに疎外されているかという実態である。もっとも、この描写もわれわれが先に一般論として示したものの共休化の

域を出てはいない。ミルズは、仕事そのものに喜びを見川せないホワイト・カラーが、仕事で得た金で、仕事以外の場で、満足を得ようとしてむなしく街頭をさまよう姿を拙く◎大都会では、コミュニティはすでに肋壊し、家族も心 勝管理が、人間の勤作〈の対象となるのである。 「パースナリティ市場」の形成は、ホワイト・カラーの疎外のひとつの頂点を示している。それは、親切とか友情等、人格とかかわるいっさいのものが、現代ではもはや商肺としてしか存在しえないことの表現である。それはまた、労務管理が、人間の勤作の梼班ではなく人川の心理の符班となった時代を示している。今や人川自体が怖班および操作 ミルズの社会学と蔀が外論一一一

蝸繩料縦賎際隠峡蛎繩繩懸亟、人間生滅のあらゆる航にまで浸透してゆくと、人脚はついに、n分

(14)

理的な生活の中心としての機能を喪失しつつあるので、ホワイト・カラーにとって慰安はただ街頭にしか求められな

くなっているからである。そこでの彼らにとっての慰安とは、スポーツやマス・メディアから流れでる偶像、恋愛や性的刺激等々である。ホワイト・カラーは、このようなマス・レジャーへの接触を通じて、職場で分裂させられてい

たパースナリティに統一を回復しようとする。しかし、それは猛川とはまったく異った人間になることによってしか

可能ではない。つまり、昼間と夜間とのパースナリティは、いぜんとして分裂させられたままなのである。しかも、これらのマス・レジャーは、資本によって大赦に準備され、おしつけられてくるものである。そこに慰安を兄川そうとすることによって、ホワイト・カラーの夜の。ハースナリティからもまた、自発性や創造性はうばわれて行くのである。

疎外されているのである。

ミルズはさらに、このような疎外が政胎の価城にどのような彫辨をおよぼすかを追求する。そこで明らかにされるのは、ホワイト・カラーの政治的無関心である。これはまさに大衆社会における大衆の性格でもあるので、われわれ

はそれを『パワー・エリート』の.wで検討することにしよう。

饗するに、『ホソイト・カラー』におけ墨外の描写は、二十年近く前にそれ瀞諜かれたということlそれはや

はり奨なこと雄のだがlを別にすれば熨在では特に断らしいものを含んではいない、注Ⅱすべき慨愈はうハ

ミルズの社会学と疎外論一一一一 こうして、消災生柵の場でも、いぜんとしてホワイト・カラーは孤立して猫り、不安にさいなまれている。つまり、

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(15)

『パワー・エリート』では、すでに述ぺたように、疎外という川語はわずか一カ所でⅢいられているにすぎない。『ホワイト・カラー』が状靹酢拙写の譜であるのに対し、『パワー・エリート』は、何らかの意味で、そのような状況

からミルズなりのひとつの「柵造」を作りあげようと意図して誹かれている。その「榊造」がいわゆる大衆社会であ

る。したがって、『パワー・エリート』のかなりの部分は、このような「構造」を描きだすのに当てられている。こ

の「柵造」』慨念については、われわれもすぐ次の節で問題とすることになろう。しかし、いずれにしろ、ミルズは人側に対する興味をいだきつづけており、そのような「榊造」が規定してくる性絡に無関心なのではない。『パワー・エリート』の各所で大衆社会における人間の性格が述べられており、それらは、疎外という川禰はⅢいられていない ミルズの社会学と疎外織一Ⅱ

lスナリープィ市場」という概念ぐらいのものである。ただ、この概念を軸としながら、ミルズが、一興して、疎外が

パースナリティに聯える影瀞(というよりは、ミルズの場合、パースナリティに影粋するところではじめて疎外とい

う概念が成立するのだが)を、問題としていることlこの点は、これ以後の彼の疎外論の進腿(それをわれわれは

すでに前節で検対した)との側述で、特にⅡをひくところであるといえよう。

(1)ミルズ、杉訳『ホワイト・カラー』(飢元社、一九五七年)、序文九ページ。

(3)同郷、一七一‐二ページ。(4)同郷、一六派ページ.(5)同諜、二二一ページ》 (1)ミルズ、杉訳『土(2)同郷、七○ページ》

(16)

にしても、現代社会における疎外の深化を示すものなのである。

ミルズは、この許の前半を、現代アメリカの各エリート層の実証的研究に当てる。この長いやや退屈な描写を通じ

て、しだいに現代アメリカの椛力「構造」が明らかとなるしくみになっている。すなわち、そこでは、伝統的な中産階級、地方の名士たち、いわゆる中間的な指導者たちはすでに力をうしなっている。現代のアメリカにおいて、決定を下す(ないしは下さない)椛限はごく限られた人々、つまり、財界、凧および「政沿幹部会」(政府の上川部)とい

う「ビッグ・スリー」に集中されているのである。これがパワー・エリートを柵成している。これに対抗する力はどこにも存在しない。巾‐側には彼らのおこぼれにあずかろうとひしめいている中位の脂禅粁と庇力川体があり、底辺に

は分散し孤立しそしてもっぱら操作されるだけの大衆があるにすぎないのである。これがミルズの描くアメリカの大衆社会なのであるが、われわれにとって興味があるのは、その中で人間はどう変

ったのかという問題である。この問題に関しては、ミルズは、エリートと大衆という立場の異った人間がそれぞれに遮った形での疎外状況におちいっている姿を猫いている。

まずエリート肘について。

ミルズは、現代アメリカのエリート屑に見られる頽廃を「上層部の不道徳性」ということばで激しく非難する。この不道徳性の根源は金の力にある。すなわち、彼によれば、十九世紀的な価砂Ⅲ脱耶のほとんどすぺてが崩壊してしまった中で、「金と金で買えるもの……を高く評価する価値」だけは生き残り、ますます弧いものとなった。「金は、成(1)功を測る唯一の明瞭な雑準となり、企という点における成功は、現在なお、アメリカにおける雄一減の価値である」。

金によって不道徳性をもおおいかくすことが可能なため、不道徳な手段ででも金を得ようとするのが一般的な風潮と

ミルズの社会学と疎外論一五

(17)

トたちだからである。

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ミルズの社会学と疎外論

なる。その際、それを最も大規模に行ないうるのがパワー・エリート胴なのである。

「商光、戦争製造、政袖的かけ引き、などの渦巻く会社仙郷の巾では、個人の良心は赫弱となり、上肘部の不適徳性が制皮化される。上刷部の不道徳性は、たんに会社・服隊・国家における棉班様式の腐敗ではない。それは、安本家階肘として、耶辨脚家(2)の政袖と深く絡リあっている〈窓祉樹豪の木拭的特徴である。」 一一ハ

(18)

ここには、ホワイト・カラー上肘部の疎外が二放化された形で示されている。「パースナリティ市場」を通じて脚己

をすでに形成された組織に適応させて行くこと日体が疎外であるのに、しかもそうすることによって、現代の腐敗と

不道徳性を自ら進んで自己の鋪二のパースナリティとして選びとらねばならないのが、彼らのおかれた状況なのである。このように、エリート層の不道徳性は、彼らが支配階級であるが故に、彼らからにじみでて、しだいに社会の全成貝に共通する性絡となるのである。

それでは、そのような状況の中で、大衆に固有の疎外はどのようなものと考えられているのだろうか。大衆という概念は、ミルズの鵬谷、川知のように公衆という概念と対比されて導きだされたものである。このような概念形成の方法そのものが批判さるべき多くの問題点を含んでいるのであるが、それは次節にゆずって、ここでも耐らに大衆の性格を問題にしよう。ミルズは、大衆川呪の条件として、コミュニティの川壊、アソシエーシ副ンの巨人化とその機能の変化、コミュニケーション・メディアの発達、義務扱育等をあげるが、巾でも彼が蚊視するのは後

の一一つである。すなわち、第一に、現代におけるマス・コミュニケーションのメディアの発逮は、人々を一抓の「心

ミルズの社会学と疎外論一七 (3)ぱならないのである。」 「会汁睦雛部たちが、どんなタイプの人間が必要とされているかについて話したり書いたりしているところを読むと、汰のような柵叩な結論を引き川さざるをえない。すなわち、要するに、すでに雌商の地位を占めている人々に「適合」しなければならぬということである。すなわち、自己の上役や同雅たちの期待に応え、個人的振舞や政治的見解においても、社交にさいしても、また、業務上のやり方においても、すでに洲い地位を平に入れた人々、その判断に側已の成功が左おされている人灯に、似かけれ「個人は自らを形成するのではない。……。人々は、その雅地に適合しようとして●川らを形成する.(4)げた人Ⅲなどなく、あるのは.Hらをその鵬池に〈、わせた人川である。」 。独力によむて叩き上

(19)

ミルズの社会学と疎外論一八

理的文盲」にしてしまう。というのは、それは個々人の経験にステレオタイプ化した意味づけを行なうことによって、

また小規模な討論を破壊することによって、個人の私的生活とその人間的意味とを破壊してしまうからであり、そし

てまたステレオタイプ化した新らしいリファレンス・グループを個人に与えることによって、個人の自我の内部にまで入りこみ、新らしい自我の願望を生みだすからである。つまり、ひとことでいえば、それは経験の意味づけから理想の設定にいたるいっさいの個人の心理過程を、操作する力をもつからである。第二に、義務教育もまた、教養を身

につけさせるのではなく、技術と適応を教えるにすぎない。弓民主的学校』とは、知的凡廊と、職業訓練、国家主義(5)的忠誠心の養成以臺外にはほとんどなにも》凪味しないばあいが多い」。いずれにしろ、これらの条件が相まって、権力の集中の対極に分散化された大衆が出現するのであるが、大衆の性格は大衆出現のこのような条件と不可分に結びつ

いたものとしてとらえられている。大衆は孤立し、不安にさいなまれているという。それは、彼らが、右に述べたような条件のために、自己の経験をより大きな社会的文脈につなぐことができないからである。彼らは、佃人的な悩みが実は他人とも共通のものであることを知らない。それ故、個人的悩みは個人的に解決せざるをえず、そこから不可避的に小状況埋没が生じるのであ

る。ミルズはそれを次のように描く。

「かれら譲)H々繰り返される生活の中に埋没し、討論によってましてや行動によって、多かれすぐなかれ狭小なその生活を

「かれは、自分の独立性を失っている。もっと迩要なことは、独立性を保とうという願望をも失っている。じっさい、自己の糀

神と自律的な生活様式とを持った独立の個人というようなイメージさえ持ってい滝匡

「大衆社会における生活は、不安を植えつけ、無気力を促進する。それは人々を蒋粉かなくし、淡然とした不安に陥れる。それ 踏み越えない。」

(20)

われわれは、いくつかの側而からミルズの疎外描写の後を追ってきた。それらは、それぞれに現代社会の一状況を

とらえており、その限りにおいて若干の示唆に富む内容を含んでいたといえよう。ところで、最初に述べたように、彼は、歴史・社会・人間の三契機を統一的に把握することを求めていた。「社会学的に基磁づけられた歴史的にも適切な人間の心理学」を、あるいは同じことであるが「心理学的事実を歴史的に感光させ」ることを求めていた。疎外

を心理的(ないし精神的)事実と考える以上、その歴史・社会的背景が問われねばならないのは、右の立場からして

ミルズの社会学と疎外論一九 このように、大衆に関してミルズが特に強く批判するのは、彼らの小状況埋没の実態である。ここでも、疎外という用語は使われていないが、この状況は、先に一般論として示した彼の疎外の概念の具体化なのである。(1)ミルズ、鵜飼・綿貫訳『パワー・エリート』(東京大学川版会、一九五八年)、下、五七○ページ。(2)同書、下、五六六ページ。(3)岡謝、上、二二三ページ。(4)同諜、下、五七五ページ。(5)同書、下、五三○ページ。(6)同書、下、五一一二ページ。(7)何番、下、五三五ページ。(8)川諜、下、五三五ぺlジ。 は、個人を、(8)襲われる。」 強同な集団から切り離し、確固たる集団規範を破壊する。大衆の中の人間は、目標を持たずに行動し、無意味感に

(21)

彼らが本書で求めるのは、パースナリティを社会構造との関連で理解すること、いいかえれば生物学的・心理学的

なパースナリティ論を社会柵造諭につれぐことである”『序論』において、彼らは、それとうMイトないしは0.H・

ミードをマルクスないしはM,ウェーバーとつなぐことだとも表現している。というのは、前者は人間をその全行動

においてとらえており、後将は社会をそれぞれの歴史的時代について金川述的にとらえているからである。両者の媒(1)介として、彼らは、ミ1ドの「一般化された他考」ないしはフロイトの「超自我」の概念が有効であると考える。こうして、性格榊造についての彼らの全理論が存易に形成されることになる。すなわち、一力には生物学的に形成され 赤裸々に示されている。

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(23)

マルクス主義は、

らないのである。

ここには、マ鋼

に立ちながら、, ミルズの社会学と疎外論一一一一

よって変革をも説明しようとし、新らしい役割の創造ないし要求を問題にもする。そうであればあるだけ、今度は、

役制を規定する紺制度が、その全体的な配肚を示す社会榊造が、問題となるのである。ところが、マルクスとウェー

バーに学んだはずの社会構造に関して、彼らは全然マルクス的ではないのである。

彼らは、社会柵造の榊成要素として五つの秩序(・aの別)と四つの領域(⑪ロロのHのの)をあげる。それらは、政桁的・軍事的・経済的・宗教的・親族的という秩序と、象徴・技術・地位・教育という領域とである。これらの組み合わせ

によって社会柵造が決定されるのであるが、このうち秩序を形成する五つのものについては、それぞれが日抓性をも

った独立変数と考えられているのである。ミルズたちは、これらの秩序が扣互に関連し合って変助をひきおこす、その側迎の型を設定する。しかし、そのいずれかに雁史の巾での主動的な力をいえることを断間として拒否するのであ

る。あらゆる変動を説明しうるように、それは常に開かれていなければならない。

「われわれは、あるひとつのⅡ血的秩序に飛礎をおく、あるいはその秩序内で一般的なパースナリティに鵬礎をおく、何らかの辨通的な艤史班論を受け入れることはできない.いかなる雌史的時点においても、稀制度的秩序の派確な範洲l総よび他のすぺてに対するその関係●-1が確定されねばならない。それらの政みと関係は経験的に洲かれた間脳なのであり、われわれは、脈史的変化の支配的嫌式との側述でいかなる時代をも紐み立てうるようなしかたで、それを常に附いておかねばならないのであ(3)

マルクス主義に敵対する多元論が、完成されたむきだしの姿で示されている。このような多元論の立場しかもミルズが現代社会について多一くの示唆に獄む分析を残しえたのは注目すべきことである。それ 経済的秩序に普遍的に第一義性を与えている。故にそれは閉じられた体系であり、否定されねばな

(24)

煙「粗野な」「形骸化した」マルクス主義村に対する災闘的な批判を形成しているといえよう。しかし、一般的にい

えば、このような多元論から導きだされるのがせいぜいのところ型の批定にすぎないのは当然のことである。それは、多元論に本質的な限界なのである。『性格と社会構造』では、原理論があつかわれているが故に、この限界が明瞭に

示されている。要するにその全巻は、抽象化によってまったくの常識に堕してしまったさまざまな型の不毛な羅列に

終らざるをえなかったのである。原理論ではない他の替物もまた、この限界をまぬがれているわけではない。『ホワ

イト・カラー』はほぼ一貫して状況描写のみに終始している。『パワー・エリート』では大衆社会という「榊造」が

示されるが、この「柵造」こそ現代社会についてミルズがつくりだした型であり、『性格と社会柵迭』との川述は、

ただそれが非常に精微なものであるという点にのみあるのである。その意味では、ミルズの師はマルクスではなく、

一貸してウェーバーであったといわねばならない。

多元論の立場から型の設定によって「構造」を描くとき、諸要因は相互に平列的にのみ関連させられる傾向をも?

ミルズの吻合、疎外の原囚として先に述べたようなさまざまな要因が桁摘されはしても、それらは攻肘的な柵造(ミ

ルズの「榊造」ではない)を形づくってはこないのである。原因の指摘は断片的なものにとどまり、それらが寄せ染

められたときには、特殊二十仙紀的状況ないし大衆社会という狐が浮かびあがってくるにすぎない。このように狐の

設定の中に疎外を位悩づける結果、疎外の歴史的な把握は不可能になる。この点では、とりわけ、現代社会について

の型が十九世紀との対比によってつくられている(本来、型とはこのようにしてつくられるのであろうが)ことの問題点が指摘されねばならない。『ホワイト・カラー』でたえず舞台まわしの役割をになわされるのは、西部魂をもっ

た十九世紀の独立自徹農民である。『パワー・エリート』で大衆に対比されるのは公班T--そんなものは災体として

ミルズの社会学と疎外論一一一一一

(25)

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とっては、疎外からの解叫

たらされえないのである。

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(26)

『第三次一世界大戦の原因』の第一部には『人間は歴史を作るか』という魅惑的な題名がつけられているが、これは

ミルズの変茄のプⅥグラムを知る上で興味ある章である。ここで彼は、エンゲルスの「力の平行四辺形」という形で

の雌史把握を、中仙や近代の初期には有効であったとしても現代にはあてはまらない理論であるとして否定する。現(1)代は「権力手段が範囲においては巨大であり、また形体においては中央集権的な社会」であり、そこではパワー・エ

リートの決定(ないしは決定をサボること)は、血抜に雌山を助かしうるほどの力をもっているというのである。こ

の主張は、『性格と社会構造』において五つの秩序をそれぞれに独立変数とした考え方や、『マルクス主義者たち』の

中でくりかえし上部橘造の扣対的仙同性を枕洲している考え方と、共通するものである。いずれにしろ、等えば「人

間は歴史を作る、しかし限定された人間が」ということである。

ところが、現代社会で、パワー・エリートは必ずしもこの役判を果してはいない。彼らもまたともすれば歴史の潮 問は歴史を作る、しかし、

ところが、現代社会で、

流に流される傾向がある。

疎外からの解放に関して、ミルズはフロムのようにユートピアを拙くことはしない。彼は変革の主体をさがし求め (4)『社会学的想姥『社会学的想像力』、一一一三ページ“ (⑨J)】す】ユ。ごO←C陣。 (2)]ず一○・勺騨円( ■38体一二○【

ミルズの社会学と疎外論 伸二二○【-2「。、.$段)...U『の薗DC弓勺騨[(『『○一】騨門ヤヨ。

(27)

ミルズの社会学と疎外論一一一ハ

「われわれの時代においては、もし人間が歴史を作らないならば、人間はだんだんと雌史形成肴の用兵や歴史作りの恥なる容体となる蚊向がある。しかし、新しい椛力手段を向山仁できるはずなのに、しかもみずからの状況を遮命の状況として定義する人(2)たらはlこの人たちはいま、蒋純的には怠慢をおかしているのではなかろうか一」

彼らの怠慢については、すでに『ホワイト・カラー』や「パワー・エリート』を通じて明らかにしてきた。この怠慢

は、彼らが理性を蝿失して、たんに判断を下すだけの「人間機械」になりさがっていることにあった。ミルズは、エ

リートのこの体質がアメリカ全体に制度化されて行きわたってしまっていること、「合珈性をうしなった能率主義」が

興延していることを鋭く併発する。

「残虐行為が犯されており、しかもだれもがそれらの行為に抗議をださず、ぶきみな、精神分裂症的でさえある仕方でもって、それらの行為が人川の意識から切りはなされているという蛎災、これがきわだってⅡだつのである。われわれの時代の戎臘は、社会機術の「隣能」としての人間によ。て行なわれる、lこれ心は杣餓的兇聯にとりつかれた人剛であって、この見解こそ、かれらの犠牲者である人びとを、またかれらじしんの人間性をも、かれらから隠してしまうのである。それらは非人間的行為である、なぜならば非個人的であるから。それらはサディスティックではなくて叩にビジネスライクである。それらは攻鍍的では(3)なくて剛に能率的である。それらはぜんぜん感慨的でなくて技術的に手際がよい。」つまり、人間がすでに歴史を意識的に変革して行くだけの力を獲得していながら、その力が理性とは結びつかないで、

たんに技術としてひとり歩きしている状態-1それが現代なのである。それはまさに疎外状況であるが、Ⅲ時にその疎外状況の深化それ自体が、人々を、ますます小状況閉塞の状態に、すなわち自己疎外の状態に追いやっているので

ある。だから、歴史を意識的につくりうるようになったそのときに、歴史作りの主体としてミルズが期待するところの公衆は彼の前から消失する。

「アメリカの自己満足した青年たち、疲れた老戦士たち、ひとりよがりな向山主義者たち、主戦論的教養を身につけたきいきい

(28)

満の澁醐人たちlこの人たちはすべて瀧ったく圃川である.だれもかれらを剛じこめない.だれもかれら逸剛じこめてはならない.ところが、かれらはわれとわが身を閉じこめているIきいきい識の怒った人たちはかれらじしんの地方的怒りの総計の(4)なかに、ひとりよがりで自己満足した人たちはかれらじしんの想像力に欠けた野心のなかに、わが身を閉じこめている。」

制度化されたこの状況は、ホワイト・カラーや専門家をも「陽気な皿ポット・技術的白痴・気の狂ったリァリスト」

(5)

にしてしまっているのである。

ここに明らかなように、ミルズにおいて疎外からの解放の主体として期待されているのはインテリゲンチャなので

ある。しかし、公衆不在のもとで、このような形で理性の伝統を引き受けることを期待されているインテリゲンチャ

ミルズの社会学と疎外論二七 しかし、彼は絶望しているわけではない。この状況の中で、彼はなお理性を信頼し、知識人の役割に期待をいだきつづけるのである。『社会学的想像力』においては、彼は、個人的。Ⅱ附的なできごとを公的生荊につなげて理解させる理性(つまり社会学的想像力)の重要性を強調し、その再興を求めていた。『第二次世界大戦の原因』の中では、「知誠人共同体」に次のような任務が与えられるのであく

0-, だから、疎外からの解放の主体をパワー・エリートに、あるいは公衆に求めることは、ミルズにとって不可能であ

「決定する人びとは、決定と怠慢とによってなんらかの悲しむべき影騨を受ける、あらゆるところに住む男女にたいして、責任を負わされるべきである。しかし、だれによって、漬伍を負わされるべきなのか“それこそ、政論椛力の当川の側題であるⅡ今仙の東でも西でも、ただちにくだすべき返答はこれだI「知誠人共同体によって罰」知識人をおいてほかのだれが、歴史のなかで歴史作りの決定が来たす役割を識別することができようか。ほかのだれが、いまでは運命そのものが政治的争点にされねばな(6)らぬことを理解しうる地位にあるだろうか。」

(29)

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