国連集団安全保障体制における拒否権の意義と限界 : 「平和のための結集」決議の起草過程を素材とし て
著者 瀬岡 直
雑誌名 同志社法學
巻 61
号 7
ページ 119‑152
発行年 2010‑03‑31
権利 同志社法學會
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000012128
国連集団安全保障体制における拒否権の意義と限界一一九同志社法学 六一巻七号
国連集団安全保障体制における拒否権の意義と限界 ―﹁平和のための結集﹂決議の起草過程を素材として― 瀬
岡 直
(二二三五)
はじめに第一章 安全保障理事会と総会の権限関係に関する議論第二章 拒否権の本質をめぐる議論
1ま事たれさ使行が権否拒にで択.﹁採議決﹂集結のめたの和平例
2.常任理事国の主張
︵
1︶ソ連
︵
2︶イギリス
︵
3︶アメリカ
︵
4︶フランス
︵
5︶中国
国連集団安全保障体制における拒否権の意義と限界一二〇同志社法学 六一巻七号
3.中小国の主張
︵
1︶各国の発言
︵
におりわ 2が批中小国由理たし判くソ強を︶行権否拒の連使
はじめに
本稿の目的は︑拒否権の制約に結びつく手掛かりを得るために︑﹁平和のための結集﹂決議︵
T he ‘U nit in g fo r P ea ce ’ R es olu tio n
︶の起草過程における各国の発言を検討することにある︒ 半世紀以上も前に樹立された国際連合は︑人類未曾有の惨禍をもたらした第二次世界大戦の誤ちを繰り返さないために︑いわゆる集団安全保障体制を整備・強化する制度として出発した︒この国連集団安全保障体制の仕組みを概観するならば︑まず国連憲章は加盟国の紛争の平和的な解決義務を定めると共に︑国際関係における武力による威嚇又は武力の行使を一般的に禁止する︒そして︑ある加盟国が武力の行使等によって国際の平和及び安全を脅かした場合︑この分
野に関して主要な責任を担う安全保障理事会は︑平和に対する脅威︑平和の破壊又は侵略行為の存在を決定し︑それを踏まえて非軍事的措置又は軍事的措置を発動する︒
そして︑安全保障理事会の決定はすべての加盟国を拘束するけれども︑手続き以外の事項︵いわゆる実質事項︶に関する安全保障理事会の決定は﹁常任理事国の同意投票を含む九理事国の賛成投票によって行われる﹂︵第二七条三項︶︒
しかしこれを裏返せば︑常任理事国が一ヵ国でも実質事項に関する安保理決議案に対して反対票を投ずれば︑当該決議
(二二三六)
国連集団安全保障体制における拒否権の意義と限界一二一同志社法学 六一巻七号 案は葬り去られることになる︒これが一般に常任理事国の﹁拒否権﹂︵
ve to ri gh t, ve to p ow er
︶と呼ばれるものである︒ 従来︑実質事項に関する常任理事国の拒否権は︑国連憲章上︑常に例外なく認められると一般に解されてきたように思われる︒ところが︑とりわけ冷戦終焉後︑国際社会における五大国の力関係が大きく変化すると共に︑人権の国際的保障をはじめとする国際社会の共通利益がより強く意識されていくにつれて︑国際社会は︑従来の拒否権制度に疑義を
懐かせる事態に少なからず直面し始めている︒その結果︑国際社会の共通利益を著しく阻害するような五大国の拒否権行使に対して何がしかの制限を加えていこうとする動きが徐々に高まりつつあるように見受けられる︒
たとえば︑一九九九年のNATOのコソボ空爆に対する中国・ロシアの拒否権行使の威嚇のように︑重大な人権侵害に関わる拒否権の行使あるいは威嚇の制約をめぐる議論はその一例である (
れ二さ表発に年一〇〇︑はてし関に点のこ︒ 1)
たいわゆる﹁保護する責任︵
R es po ns ib ilit y to P ro te ct
︶﹂の報告書における拒否権の行使あるいは威嚇の制約の提案が注目される (re vit te in al st
権事絡阻を害侵まない例人におがて︑重大ない止︶任︒その要旨は︑常理事国の死活的利益︵ 2)する趣旨の決議案に対して拒否権の行使あるいは威嚇を控えるよう提案するものである︒
では我々は︑国連憲章が制定されてから半世紀以上も経つ今日︑国連集団安全保障体制における拒否権の意義と限界 をいかに考えてゆくべきなのだろうか︒もとより︑国際社会は根本的には依然として力・利益・価値 (
の鋭く対立する主 3)
権国家が並存する分権的な社会である︒その結果︑拒否権の行使を制限する試みは五大国間の分裂を誘発しひいては大規模な武力闘争を勃発させかねないため︑拒否権の制約を推し進める近年の試みに対して強硬に反発する主張も決して
少なくない︒
しかしながら︑そもそも五大国の拒否権は基本的に自国の死活的利益を守るために止むなく認められたものではない
だろうか︒だとすれば︑紛争当事国としての五大国の拒否権はともかく︑ある紛争の当事国でない五大国の拒否権は行
(二二三七)
国連集団安全保障体制における拒否権の意義と限界一二二同志社法学 六一巻七号
使され得ないと断定し得ないとしても︑少なくとも何がしかの制約に服する権利又は裁量として誕生したのではなかろ
うか︒ならば︑この死活的利益の内容を丹念に分析することによって︑拒否権行使あるいは威嚇の制約の可能性を模索すべきではなかろうか︒かような問題意識のもとに︑筆者は︑ダンバートン・オークス会議︑ヤルタ会談︑及びサンフ
ランシスコ会議を素材として︑そもそも安全保障理事会における常任理事国の拒否権はいかなる制約を持つ権利として誕生したのかを一貫して考察してきた (
お﹂のための結集決平議の起草過程に和︑﹁を︒稿本︑てえま踏は考論のられこ 4)
ける拒否権の制約に関する各国の議論を詳細に検討し︑拒否権の制約に結びつく手掛かりを得ようと試みるものである︒なぜなら︑﹁平和のための結集﹂決議は︑国連憲章制定後︑拒否権の行使を正面から制限しようとする初めての試
みであったと一般に解されているからである (
︒ 5)
国連加盟国は︑一九五〇年十月九日から十月二一日まで軍縮及び安全保障を扱う国連総会の第一委員会において︑﹁平
和のための結集﹂決議の草案をめぐり侃々諤々の議論を行った︒さらに︑一九五〇年一一月一日から一一月三日までの三日間︑国連加盟国は国連総会の全体会合において引き続きこの問題を集中的に討議した︒その結果︑最終的に﹁平和
のための結集﹂決議は︑賛成五二︑反対五︑棄権二によって採択された (
を議︑し観概を論るいす関に係関限権つで会す言発の国各る関︑に約制の権否拒の総に安草過程おける全保障理事会と ︑﹁ずま︒は稿本和平議のための結集﹂決の起 6)
掘り下げて考察する︒そして最後に︑今後の課題も視野に入れて問題提起を行うことにしたい︒
第一章 安全保障理事会と総会の権限関係に関する議論 一九五〇年十月七日︑国連総会の第一委員会において︑アメリカ︑イギリス︑フランス︑カナダ︑フィリピン︑トル
(二二三八)
国連集団安全保障体制における拒否権の意義と限界一二三同志社法学 六一巻七号 コ︑ウルグアイの七ヵ国が﹁平和のための結集﹂決議の共同草案を提出した︒この七ヵ国共同草案の核心は︑本稿との関連においては次のようなものであった︒すなわち︑
﹁平︑平和に対する脅威︑和めの破壊︑あるいは侵略にたも常し安全保障理事会が︑任の理事国の全会一致の欠如行
為が存在するように見受けられるあらゆる場合において︑国際の平和及び安全の維持に関する主要な責任を果たすことができないならば︑総会は︑国際の平和及び安全を維持ないし回復するために︑必要であれば軍事力の行使も含む集団
的措置に関して加盟国に適切な勧告を出す観点から︑当該問題を即時に審議しなければならない (
︒﹂ 7)
そして︑国連総会の第一委員会及び全体会合において︑国連加盟国は︑この七ヵ国共同草案の核心が国連憲章の具体的な条文に照らして認められるか否かを集中的に討議した︒この点に関して各国が主に援用した国連憲章の条文は︑第
一〇条 (
︑第一一条二項 8)(
︑第一二条一項 9)(
︑及び第二四条一項 10)(
であった 11)(
連当否かるうし化正でらか点観の﹂動かあ﹁言国は会総︑ばえにっ的体具りよ︒た行の国段議が連憲章第一一条二項後 焦の論の議もでかは点結︑﹁平和のため︒集﹂決な 12)
憲章第一一条二項後段に基づき﹁行動﹂が必要な問題を安全保障理事会に付託しなければならないけれども︑﹁行動﹂
の具体的な意味が﹁平和のための結集﹂決議の合憲性を判断する際に重要な問題と考えられたのである (
︒ 13)
この問題について英米仏を中心とする西側諸国は︑安全保障理事会が拒否権の行使などによって国際の平和及び安全 の維持に関する主要な責任を果たし得ない場合︑総会が国際の平和及び安全を維持するために強制措置を勧告する権限を主として総会の一般的な勧告権限を定める国連憲章第一〇条に基づき積極的に肯定していた (
︒ただし︑少なくとも総 14)
会の第一委員会における討議の初期段階において︑これらの西側諸国は︑総会の勧告に基づく強制措置が国連憲章第一
(二二三九)
国連集団安全保障体制における拒否権の意義と限界一二四同志社法学 六一巻七号
一条二項後段の﹁行動﹂の観点からどのように正当化されるかについて詳細な議論を展開しなかったように見受けられ
る︒
これに対して︑ソ連を中心とする東側諸国は七ヵ国共同草案に対して辛辣な批判を展開した︒たとえば︑ソ連は七ヵ 国共同草案が安全保障理事会の主要な責任を定める国連憲章第二四条に違反すると厳しく非難した (
︑に﹂の観点から正当化するよう試行みなかった点を突いたうえで動﹁案連同草案の提のが国国憲二段章項後条一一第 ︒共国ヵ七︑は連ソ 15)
この草案は︑安全保障理事会に付託することなく総会の勧告に基づく強制措置を認めている点において国連憲章の明確な違反であることを主張した (
︒ 16)
しかし︑かようなソ連の批判を受けて︑七ヵ国共同草案の提案国たるイギリスは討議の終盤において国連憲章第一一条二項も視野に入れた解釈を展開して七ヵ国共同草案に対する支持を呼びかけた (
案ば草同共国ヵ七︑れよにスリギイ︒ 17)
のすべての提案国は︑国連憲章第一一条二項後段の﹁行動﹂を強制行動一般︑すなわち︑安全保障理事会あるいは総会の決定ないし勧告に基づく名宛国の意思に反して発動する措置と解釈していた︒そのうえで︑これらの国家は︑総会が
強制行動を必要とする問題については︑国連憲章第一一条二項に基づきいったん安全保障理事会に当該問題を付託しなければならないことを明確に認めていた︒少なくとも︑この点に関する七ヵ国共同草案の提案国の見解はソ連を中心と
する東側諸国と一致している︒
他方でイギリスによれば︑七ヵ国共同草案の提案国は︑いったん総会が安全保障理事会に強制行動が必要な問題を付
託したけれども︑安全保障理事会が拒否権の行使などによって機能麻痺に陥る場合︑かつ︑国連憲章第一二条に基づき当該問題が安全保障理事会の議題から削除される場合︑総会は国連憲章上改めて当該問題を取り上げて︑強制行動が必
要な措置を勧告しうると明確に主張した︒しかし︑この七ヵ国共同草案の提案国の立場は︑国際の平和及び安全の維持
(二二四〇)
国連集団安全保障体制における拒否権の意義と限界一二五同志社法学 六一巻七号 の分野における総会の二次的な責任を全面的に否定するソ連の立場と真っ向から対立するものであった︒ しかしながら︑国連憲章第一一条二項後段の﹁行動﹂の解釈を中心とする安全保障理事会と総会の権限関係に関する
条文解釈だけでは︑総会の勧告に基づく強制措置を認める西側諸国の主張が妥当か︑それともかような強制措置を断固として認めない東側諸国の主張が妥当か必ずしも判然としないと言わざるを得ないのではないか︒その理由としてま
ず︑国連憲章の起草過程において︑安全保障理事会が拒否権の行使などによって国際の平和及び安全の維持に関する主要な責任を果たせない場合︑総会がこの分野における強制措置を勧告する権限を有するか否かについては必ずしも明ら
かでなかったことが挙げられよう︒また︑国連憲章制定後の実行に関しても︑アメリカなどの西側諸国はスペインのフランコ政権に対する総会の非軍事的措置の勧告などの先例を挙げて︑総会の勧告に基づく強制措置が国連憲章のもとで
認められるに至ったと発言していた (
もる国は告勧の置措的事軍置憲の勧告はとよかく︑総連章に強たいてし論反で子調いて上めわきといなれらめ認会 ( 政ペンラフのンイス措︑は連ソ︑しかコ権︒に的事軍非るよ会の総なうよの例事し 18)
︒他 19)
方で︑たしかに国連憲章第一一条二項後段は︑総会に対して﹁行動﹂が必要な問題を安全保障理事会に付託するよう義務づけることによって︑総会の一般的な勧告権限に関する国連憲章第一〇条に対して一定の制限を加えているように見
受けられる︒しかし︑同時に︑国連憲章第一一条四項が﹁本条︵第一一条筆者注︶に掲げる総会の権限は︑第一〇条
の一般的範囲を制限するものではない﹂と規定していることもこの問題をより一層複雑にしている (
︒ 20)
しかし︑安全保障理事会と総会の権限関係に関する国連憲章の解釈だけでは総会の勧告に基づく強制措置が認められ
るかについて明確な判断が下せない最も大きな理由は︑安全保障理事会と総会の権限関係をめぐる国連憲章の文言解釈の対立が︑より根本的な問題︑すなわち︑国連集団安全保障体制における常任理事国の拒否権の本質とは何かと密接に
絡んでいるからであるように思われる︒だからこそ︑﹁平和のための結集﹂決議の起草過程に参加していた多くの国家は︑
(二二四一)
国連集団安全保障体制における拒否権の意義と限界一二六同志社法学 六一巻七号
常任理事国の拒否権の本質にまで踏み込んで七ヵ国共同草案の合憲性をめぐり激しい議論を闘わせていたのである︒と
ころが︑﹁平和のための結集﹂決議に関する多くの先行研究は︑主として国連憲章第一一条二項後段の﹁行動﹂の観点からこの決議の合憲性を論じることに主眼が置かれているため︑拒否権の本質をめぐる各国の発言まで必ずしも踏み込
んで考察されていないように見受けられる︒しかし︑﹁平和のための結集﹂決議における拒否権の本質をめぐる発言は︑拒否権の制約に結びつく手掛かりを探る本研究にとって決して無視することのできない重要な国家実行である︒かよう
な問題意識の下に︑第二章では︑各国が拒否権の本質をめぐっていかなる議論を展開していたのかを検討していくことにしよう︒
第二章 拒否権の本質をめぐる議論
1
ま事たれさ使行が権否拒にで択.﹁採議決﹂集結のめたの和平例 ここでは︑拒否権の本質をめぐる各国の発言を検討する前に︑常任理事国が国連憲章制定後から﹁平和のための結集﹂決議採択までのおよそ五年間に実際に拒否権を行使した事例を確認しておこう︒まず︑ソ連は次のような事例において拒否権を行使した︒すなわち︑シリア・レバノンにおける英仏軍駐留問題︵一九四六年︑一回︶︑スペインのフランコ政権をめぐる問題︵一九四六年︑四回︶︑ギリシャへの周辺諸国による間接侵略問題︵一九四六年︑一九四七年︑六回︶︑
コルフ海峡問題︵一九四七年︑一回︶︑チェコスロバキアにおけるクーデターによる共産政権をめぐる問題︵一九四八年︑二回︶︑IAEA問題︵一九四八年︑一回︶︑東西ドイツ分裂に伴うベルリン問題︵一九四八年︑一回︶︑軍縮問題︵一
九四九年︑三回︶︑朝鮮戦争︵一九五〇年︑三回︶︑インドネシア独立問題︵一九四九年︑二回︶︑加盟問題︵一九四六年︑
(二二四二)
国連集団安全保障体制における拒否権の意義と限界一二七同志社法学 六一巻七号 一九四七年︑一九四八年︑一九四九年︑計二二回︶である︒またフランスは︑一九四六年にスペイン問題︑及び一九四七年にインドネシア問題において拒否権をそれぞれ一回行使した (
︒ 21)
では︑各国は︑﹁平和のための結集﹂決議の起草過程において︑これらの拒否権行使をめぐっていかなる議論を展開していたのだろうか︒以下ではまず︑自らが拒否権を有する常任理事国の主張を検討し︑ついで︑中小国の発言を考察
していくことにする︒
2
.常任理事国の主張(
1
)ソ連 ソ連は︑﹁かような状況︵西側諸国が多数の専制をおこなっている状況筆者注︶では︑これまでよりも多くの拒否権が行使されるかもしれない︒拒否権は︑自国を強力と考える結果自らの計画を実行する権限を有するとみなす諸国に よる圧力及び圧政に対する自衛の方法である︒もし主権国家が自らの利益を守るために拒否権に依拠し得ないならば︑国際機構はほとんど機能することができないだろう (﹂と発言した︒ 22)
ソ連は︑西側諸国が多数の専制をおこなっているからこそ︑自衛のために拒否権を何度も行使せざるを得ない状況が
生じていることを説明した︒自衛を強調するこの発言を見る限り︑ソ連も基本的には自国に矛先を向けた制裁措置を阻止する手段として拒否権を捉えていたように見受けられる︒このソ連の立場は︑拒否権の起草過程に関する拙稿におい
て明らかにしたとおりである︒
ヤルタ会談において︑英米ソの三大国首脳︵チャーチル︑ルーズベルト︑スターリン︶は紛争当事国としての拒否権
を徹底的に討議した︒その際︑﹁スターリンは︑国際連盟がフィンランド侵攻のかどでソ連を除名したことに対して怒
(二二四三)
国連集団安全保障体制における拒否権の意義と限界一二八同志社法学 六一巻七号
りを露わにしたように︑ソ連の死活的利益を文字通り死守する手段として︑強力的解決における紛争当事国たる常任理
事国の絶対的な拒否権を手中に納めることが新たな国際機構に加わる大前提であると考えていたことを忘れてはならない (
段を自国に向けられること絶先対的に阻止するための手が矛来のするに︑ソ連は︑本︑﹂︒国連集団安全保障体制要 23)
として拒否権を捉えていたのである︒﹁拒否権は自衛の方法である﹂という先のソ連の発言は︑まずこの意味において理解されなければならない︒
ところが︑先に示したとおり︑国連憲章制定以降︑ソ連が五年間におよそ五〇回も拒否権を行使してきた事例は︑国連集団安全保障体制の矛先が自国自身に向けられることに対する自衛の側面よりはむしろ︑自由主義陣営の多数の専制
から共産主義陣営に属する他国を防衛する側面︑あるいは自由主義陣営の外交政策を阻止する側面が強かったように見受けられる︒では︑ソ連が共産主義陣営に属する他国を防衛するために︑あるいは︑自由主義陣営の外交政策を阻止す
るために拒否権を投じてきたことをいかに評価すべきだろうか︒この点を探るために︑次に︑その他の常任理事国の発言を詳しく検討していこう︒
(
2
)イギリス イギリスは︑﹁もし拒否権が濫用されなかったならば︑七ヵ国草案はもちろん意味が乏しくなっただろう (がをく次のような興味深い発言行をった︒すなわち︑﹁国際連合突質に摘拒否権濫用を明確本指したうえで︑拒否権の ﹂の連ソと 24)
侵略に対して軍事力に訴え得る体制を創設する際に︑憲章の起草者は次のことを期待した︒すなわち︑全会一致原則は︑その他の大国がソ連と合意して述べたように最も重要な原則の一つであり︑この原則は︑集団防衛の主要な負担を負わ
なければならないであろう安全保障理事会の常任理事国の死活的な利益︵
vit al in te re st s
︶を保護するために︑例外的な(二二四四)
国連集団安全保障体制における拒否権の意義と限界一二九同志社法学 六一巻七号 場合にのみ用いられるだろう︒しかしながら︑全会一致原則はサンフランシスコ会議において理解されていた安全保障体制を阻止するために用いられてきた︒第二六条 (
︑第四三条 25)(
︑および第四五条 26)(
否あ拒︑てしそ︒るでままいなし能機は 27)
権の行使は集団防衛体制におけるギャップを広げてきた (
﹂︒ 28)
かくして︑イギリスは︑拒否権があくまでも常任理事国の死活的な利益を保護するために例外的な場合にのみ行使さ
れうることを明らかにした︒たしかに︑ここに死活的利益とは具体的にいかなる意味なのか必ずしも明らかでないかも知れない︒しかし︑この拒否権の正当化事由は︑常任理事国︑とくにイギリスが拒否権の起草過程において繰り返し強
調していたことであった︒したがって︑拒否権の起草過程を振り返るならば︑この死活的利益の中身︑少なくともその核心が明らかになろう︒たとえば︑ヤルタ会談においてチャーチルは︑自国が紛争当事国である香港問題やスエズ運河
問題を援用して︑強力的解決に関する紛争当事国たる常任理事国の拒否権を死守しようと腐心していた (
︒ 29)
また︑サンフランシスコ会議においても︑イギリスは︑安全保障理事会が五大国自身に対して強制措置を発動すれば︑ 世界戦争が勃発し国際連合が瓦解することを指摘し︑とくに強力的解決における紛争当事国たる常任理事国の拒否権がこのような状況を未然に防ぐために必要不可欠であることを力説していた (
勢任姿な硬強の国事理常なうよか︑てしそ︒ 30)
を目の当たりにした結果︑サンフランシスコ会議におけるほとんどの中小国は︑紛争当事国たる常任理事国の拒否権が
基本的に第三次世界大戦を阻止するための手段として必要であると認めるに至ったのである (
︒ 31)
以上の拒否権の起草過程を踏まえるならば︑イギリスの考える死活的利益の核心とは︑基本的に︑国連集団安全保障
体制が常任理事国自身に矛先を向けることを絶対的に阻止することであったと言えよう︒だとすれば︑イギリスは︑ソ連が共産主義陣営に属する他国を防衛するために︑あるいは︑自由主義陣営の外交政策を阻止するために拒否権を投じ
てきた事例がソ連の死活的利益に必ずしも該当しないと考えていたからこそ︑ソ連の拒否権行使を明確に濫用と批判し
(二二四五)
国連集団安全保障体制における拒否権の意義と限界一三〇同志社法学 六一巻七号
たと評価しうるかも知れない︒
もっとも︑この評価はあくまでも︑ヤルタ会談︑サンフランシスコ会議︑及び﹁平和のための結集﹂決議の起草過程におけるイギリスの発言を踏まえたものにすぎない︒イギリス自身︑一九五六年のスエズ動乱における拒否権の行使を
皮切りに︑様々な状況で拒否権を行使してきたことは広く知られているとおりである︒その結果︑イギリスの考える死活的利益の内容が変化していった可能性も否定できない︒もっとも︑本稿はあくまでも﹁平和のための結集﹂決議の起
草過程を検討することにあるため︑﹁平和のための結集﹂決議採択以降にイギリスが自国の拒否権行使をいかに正当化しようとしたのかを検討することは控える︒この点は今後の課題を考える際に改めてふれることにしたい︒
(
3
)アメリカ アメリカは︑常任理事国の全会一致原則をいわば絶対視するソ連に対して次のような反論を提起した︒すなわち︑﹁ヴィシンスキー氏︵ソ連代表筆者注︶は︑第三五七会合において︑七ヵ国草案は︑国際連合のまさに基礎である全会一致原則を明確に無視しているため危険であると主張した︒もし国際連合が全会一致原則に基礎を置くものであると認められるならば︑この機構は︑五常任理事国の全会一致が存在しない限り︑いかなる基礎も有さないことが導き出されな
ければならない︒しかしながら︑実際には︑国際連合の基礎は五大国の全会一致原則ではない︒それは︑平和を維持するために軍隊を集結させる︑また︑これらの軍隊をもっぱら共通の利益のために用いる世界の人民による決定である︒
この意思は︑前文及び憲章の最初のいくつかの条文において表明されている︒他方で︑全会一致原則は前文にも憲章のはじめの章にも言及されていない︒この原則は︑国際連合の一機関の投票手続きとの関連で︑第二七条三項において定
められているにすぎない (
﹂︒ 32)
(二二四六)
国連集団安全保障体制における拒否権の意義と限界一三一同志社法学 六一巻七号 このアメリカの発言は︑五大国の全会一致原則それ自体が国際連合の目的ではないこと︑裏返せば︑拒否権はあくまでも国際連合の目的を実現するための手段であることを強調するものであった︒このアメリカの発言は︑拒否権行使の
制約を探るうえで興味深い視点であると言えよう︒なぜなら︑拒否権の制約に関する本研究の主たる問題意識は︑﹁人権の国際的保障をはじめとする国際社会の共通利益が確立しつつある現実を直視するならば︑我々は︑そもそも常任理
事国の拒否権はいかなる目的を実現するための手段として認められているのか︑を今一度熟考する時期に差し掛かっているのではなかろうか (
も︒るす判批も連ソ︑もとっりるおあでらかるあに点ういと﹂と 33)(
︑アメリカが主張する国際連合 34)
の基礎あるいは全会一致原則によって実現される目的︑すなわち︑﹁平和を維持するために軍隊を集結させる︑また︑これらの軍隊をもっぱら共通の利益のために用いる世界の人民による決定﹂の具体的な内容は必ずしも明らかではな
い︒
(
4
)フランス フランスは︑﹁およそ四五の事例において︑安全保障理事会の決定権限は︑四常任理事国が支持している提案に対して︑一常任理事国が投じた拒否権によって妨げられている︒⁝⁝憲章がサンフランシスコにおいて起草された際の前提︑す
なわち︑安全保障理事会の五常任理事国の間で協力と理解が存在し続けるだろうとの前提は︑実際に生じていない (
提︑拒否権を投じてきた結果五い大国の全会一致原則の大前てお年に発言し︑ソ連が過去五間の間に四〇を越える事例 ﹂と 35)
が有名無実になっていることを強調した︒ソ連が拒否権を乱発したことを批判するこのフランスの発言の背景には︑サンフランシスコ会議において五大国が拒否権を共通の利益のために稀にしか行使しない旨の度重なる言質を行っていた
こと︑とくにフランスが﹁大国は自らの権利を慎重に︑また世論の重みに相当の考慮を払って行使するだろう (
﹂と発言 36)
(二二四七)
国連集団安全保障体制における拒否権の意義と限界一三二同志社法学 六一巻七号
していたこと等が挙げられるだろう︒もっとも︑このフランスの発言は︑ソ連の拒否権を明確に濫用と批判したイギリ
スの発言よりもニュアンスに富むものであった︒その理由は︑フランスがすでに一九四六年のスペイン問題︑及び一九四七年のインドネシア問題で拒否権を行使していたことが関係しているようにも見受けられる︒
(
5
)中国 中国は当時中華民国政府︵台湾政府︶が国際連合における代表権を有していた (︒代り不可避であるの中国表ではこの草案が十分ではなあ然とてるいてし有を問疑みのい自づ基に由理国共同草案はい ( 権ヵ国は﹁総会の限︒を強調する七中 37)
﹂ 38)
と発言した︒たしかに中国はこの発言により七ヵ国共同草案が不十分であると指摘したように見受けられるけれども︑ソ連の拒否権行使を濫用であると明確に批判しなかったことも事実である︒
以上︑﹁平和のための結集﹂決議の起草過程における常任理事国の主張を概観した︒ソ連がおよそ五〇回にもおよぶ
拒否権行使を主に自衛の観点から正当化しようと腐心したことに対して︑その他の常任理事国は概して批判的な立場をとっていた︒もっとも︑ソ連以外の常任理事国の発言には温度差があったことも否定できない︒たしかにイギリスは拒
否権が死活的利益を守るために例外的にのみ行使されうると明言し︑最も強い調子でソ連の拒否権行使を濫用と批判していた︒これに対して︑アメリカ︑フランス︑中国はソ連の拒否権行使を濫用と正面から批判しなかった︒
したがって︑﹁平和のための結集﹂決議の起草過程からだけでは︑常任理事国が拒否権の正当化事由としての死活的利益をどのように捉えていたのか必ずしも判然としない︒たしかにヤルタ会談及びサンフランシスコ会議を想起すれ
ば︑国連集団安全保障体制の強制措置が自国に矛先を向けることを阻止することこそ︑常任理事国の死活的利益の核心
(二二四八)
国連集団安全保障体制における拒否権の意義と限界一三三同志社法学 六一巻七号 であったように見受けられる︒しかし︑国連集団安全保障体制が五大国に対して矛先を向けない中小国間の紛争についても︑五大国の死活的利益の絡む事例があるか否か︑もしあるとすればどのような状況かについていかに考えていたの
か明確でないと言わざるを得ない︒では︑次に︑自らは拒否権を持たない中小国は︑ソ連の拒否権行使に対していかなる主張を展開していたのだろうか︒
3
.中小国の主張(
1
)各国の発言 まず東側諸国は七ヵ国共同草案を真っ向から批判した︒たとえば︑ベラルーシは﹁この草案は︑安全保障理事会と拒否権の存在を明示的に攻撃していないけれども事実上次のことを提案している︒すなわち︑憲章上もっぱら安全保障理事会に属する権限を総会に付与すべきことである︒この提案の目的は拒否権を迂回すること︑そして国際連合における
ある国家集団︵西側諸国筆者注︶の優越を︑その他の加盟国ひいては国際連合全体の権利及び利益を損なう程度にまで確立することである (
﹂と指摘した︒ 39)
さらにウクライナは︑﹁総会によって安全保障理事会を補うことは︑憲章の根本的な原則を無視することになる︒こ
こに憲章の根本的な原則とは︑覇権の世界に目を奪われ一致団結した行動を支持しない米国によって日常的に攻撃にさらされている大国間の全会一致の規則である︒一九四六年初頭︑モロトフ氏︵当時のソ連代表筆者注︶は次のような
厳粛な警告を発した︒すなわち︑もし国際連合がその中核である全会一致規則から逸脱すればすべての構造は崩壊するだろう︒永続的な平和は全会一致なくして不可能である︒もし一あるいは二ヵ国の大国がこの機構から除かれるべきで
あるならば︑この機構は国際的な性格を失うだろう (
﹂と明言した︒ 40)
(二二四九)
国連集団安全保障体制における拒否権の意義と限界一三四同志社法学 六一巻七号
このウクライナの発言は︑常任理事国の全会一致原則が五大国を含む普遍的な国際機構を樹立するために必要不可欠 であること︑裏返せば︑拒否権の大きな制約は大国の脱退ひいては国際連合の崩壊を招くこと︑といった国際政治の厳しい現実を指摘するものであった (
時っ効に機能しなかたが主な理由は︑当有制連体しかに︑国際盟︒の集団安全保障た 41)
の世界における軍事大国たる米ソが最初から加盟しなかったことであった︒したがって︑第二次世界大戦後に米ソを含む普遍的な国際機構を樹立することは︑サンフランシスコ会議に参加していた諸国家にとっていわば至上命題であっ
た︒その意味では︑拒否権が普遍的な国際機構を樹立するために必要であることを強調するこのウクライナの発言は︑国連集団安全保障体制における拒否権が有する意義の一面を的確に突いていると評価できよう︒
しかし︑だからといって︑常任理事国の全会一致原則を強調するだけで加盟国の普遍性が必ず満たされると言い切れるかどうかは慎重な検討を要する問題であろう︒なぜなら︑サンフランシスコ会議において拒否権制度の改正に対して
も拒否権が適用される仕組みが採用された結果︑国際連合が人類の希望を裏切り平和を維持し得ないことが露呈されるか︑あるいは法と正義を犠牲にすることによってしか平和を維持し得ないことが判明する場合︑もしくは︑将来国連憲
章とくに国連憲章第二七条に対して何がしかの改正の発効に必要な批准を確保し得ない場合︑国際連合からの加盟国の脱退ひいては国際連合の解体が不可避である旨の報告書が圧倒的多数で採択されたことも否定できないからである (
︒ 42)
五大国の全会一致原則を強調する東側諸国の発言に対して︑西側諸国は七ヵ国共同草案を全面的に支持したのみならず︑ソ連の拒否権行使が濫用であると正面から批判する発言も行った︒たとえばボリビアは︑常任理事国の全会一致原
則をいわば絶対視するソ連の主張に対して︑常任理事国が拒否権を濫用した場合は︑総会がその違法性を宣言すべきとする発言を行った︒すなわち︑﹁ソ連は全会一原則を表面的には国際連合におけるあらゆる改善に抵抗するための議論
として前面に押し出しそうと決心している︒にもかかわらず︑もしこの規則が適切に機能すべきならば︑大国は自らの
(二二五〇)
国連集団安全保障体制における拒否権の意義と限界一三五同志社法学 六一巻七号 投票を誠実にかつ平和を維持する目的をもって投じなければならない︒さもなければ︑これらの大国は自らの力を濫用していることになる︒そして︑濫用の場合︑総会は憲章の原則に一致しない投票の違法性を宣言しなければならない︒ ソ連の人々自身次のことを理解しなければならない︒すなわち︑彼らの代表が国際連合の観点から正当化することなく常に投じている反対票は︑この機構が適切に機能することを妨げているのである (
﹂︒ 43)
このボリビアの発言は︑ソ連が拒否権を濫用してきた事実を明確に指摘するものであった︒ただし︑総会が拒否権の濫用の違法性を宣言するよう提唱するボリビアの発言は︑あまりにも急進的な内容であったため︑他の国家から賛同を
得られなかったように見受けられる︒しかし︑その他にも︑様々な国家が常任理事国の拒否権乱発を厳しく批判する発言を行った︒
たとえば︑七ヵ国共同草案の提案国に加わったトルコは︑﹁我々がこの草案によって克服しようとしていることは︑安全保障理事会の機能麻痺である︒全会一致規則の濫用及び妨害主義の戦略が安全保障理事会を麻痺させていることは 明らかである (
焦るンシィヴ︑﹁はダナカたキ国案提の案草同共国ヵスーく言の題問︑に対反はと発氏の︶注者筆表代連ソ︵七じ同 会理障保全安が用濫の否権拒るよに連︑ソし言発事の﹂を︒たし摘指に的接間と機こるあで因原の痺麻能と 44)
点は安全保障理事会の五常任理事国の全会一致の原則ではなく︑拒否権の濫用に基づく安全保障理事会の不活動及び麻
痺である (
﹂と明言した︒ 45)
くわえて︑メキシコは﹁安全保障理事会が五大国間の全会一致の欠如により行動できない場合がある︒拒否権は国連
憲章によって認められているため︑このような場合に理事会が機能麻痺に陥ったと主張することは誤りであると言われてきている︒︵しかし︶この議論は批判に耐えうるものではない︒現代の法理学は︑法的権限の絶対的かつ無制約な行
使の概念を受け入れていない︒権利は社会的な機能を果たす場合にのみ付与されること︑かつ︑国内あるいは国際社会
(二二五一)
国連集団安全保障体制における拒否権の意義と限界一三六同志社法学 六一巻七号
に向けて負う義務の履行のために付与されていることは認められている︒したがって︑拒否権の行使は︑国際の平和及
び安全の維持という安全保障理事会の任務と衝突しない程度においてのみ正統なものであるとみなされうる︒もしそれ以外の方法で用いられるならば︑それは権利の濫用である (
国のらか点観の論理法︑は言発コシキメのこ︒たし張主と﹂ 46)
際社会においても権利濫用の法理が適用されうることを正当化しようとするものであった︒
さらにブラジルは︑﹁共同草案の提案国の目的は︑国連憲章第二七条あるいは第一〇八条及び第一〇九条の下での拒 否権の濫用の可能性から生ずるほとんど取り返しのつかない状況を打開する方法を見つけることである (
濫限適用される結果︑総会の権を権強化する以外にソ連の拒否権が否連のブラジルは︑国拒章憲改対もて正しにき続手 ﹂︒たし言発と 47)
用から生ずる状況を打開する道はないことを吐露した︒また南アフリカは︑﹁我が政府はサンフランシスコにおいて課された全会一致の原則を決して承認していない︒当時︑拒否権は抑制して行使されるだろうと確約されていたけれども︑
事実はその逆であった (
︒使な重度の旨いなし行言かしに稀にめたのる質利さたっあでのもるせ起を想をとこたいてっ行益の フフサ︑は言発のカリア通南のこ︒たし言発ンラ﹂五共を権否拒が国大てンいおに議会コスシと 48)
なお︑デンマークは拒否権の意義と限界を踏まえた次のような興味深い発言を行った︒すなわち︑﹁あまりにも包括的な拒否権の行使は安全保障理事会を弱めてきたかもしれない︒しかし︑デンマーク代表の見解によれば︑全会一致の 原則は大国の自衛の手段のみならず︑きわめて重要な問題について合意を達成するために彼らへ最も強く訴えかける手段でもある (
︑この自衛の手段であると大を明確にした︒他方で国五ーにの発言によりデンマク﹂︒は︑拒否権が基本的こ 49)
デンマークは︑常任理事国が全会一致の原則に基づき中小国間の紛争において国際の平和及び安全の維持に関する何らかの決定に至る責任を果たすよう求められていることも指摘した︒
その他にも︑ユーゴスラビア (
︑チリ 50)(
︑オーストラリア 51)(
︒あたし判批に確明と用濫はいる発乱を使行権否拒の連ソがどな 52)
(二二五二)
国連集団安全保障体制における拒否権の意義と限界一三七同志社法学 六一巻七号 (
2
)中小国がソ連の拒否権行使を強く批判した理由 以上の発言を踏まえれば︑これらの中小国は︑国連憲章制定後︑ソ連が様々な状況において拒否権を濫用してきた事実を直接的あるいは間接的に指摘した︒では︑なぜこれらの国家はソ連の拒否権行使を濫用とみなしてこれほどまで強く批判したのだろうか︒いくつかの中小国はそれぞれ具体的な理由を述べていたけれども︑ここではもう一歩踏み込ん
でこの問題を検討してみよう︒
たしかに︑政治的な観点からすれば︑﹁平和のための結集﹂決議は︑アメリカを中心とする西側諸国が︑国際の平和 及び安全の維持に関する国際連合の機能を︑ソ連が拒否権を持つ安全保障理事会から西側諸国が多数を占める総会へ移して︑その数的優位を活用しようとするものであった (
派に数多は営陣義主由自もていお会事理障保全安︑時当︑たま︒ 53)
を占めていたので︑その中心たる英米仏は拒否権をあえて行使する必要性が必ずしも大きくなかった︒したがって︑西側に属する中小国がソ連の拒否権行使を強く批判して安全保障理事会の機能麻痺及び総会の強化を唱えることは︑自国
の外交政策を遂行するために都合の良い議論であった︒
しかし︑他方で︑法的な観点からすれば︑七ヵ国共同草案を支持する中小国家がこれほどまでソ連の拒否権行使を強
く批判した理由は︑拒否権が基本的に五大国自身に矛先を向ける制裁措置を絶対的に阻止する手段として認められると
考えていたからではなかろうか︒このことは︑拒否権が基本的に五大国の自衛の手段であることを明確にしたデンマークの発言︑そしてサンフランシスコ会議における中小国の発言からある程度裏付けることができるように思われる (
︒ 54)
もっとも︑国連集団安全保障体制が五大国に対して矛先を向けない中小国間の事例においても︑常任理事国の拒否権を完全に否定することはできない︒なぜなら︑よく指摘されるとおり︑分権的な国際社会において集団安全保障体制が
実効的に機能するためには大国の力の集中を核とする圧倒的な力の優位が保障されねばならず︑実効的な制裁を発動す
(二二五三)
国連集団安全保障体制における拒否権の意義と限界一三八同志社法学 六一巻七号
るためには五大国の意見をできる限り尊重せざるを得ないからである︒この点はソ連の次のような発言からも伺い知る
ことができる︒すなわち︑﹁侵略が問題となっている場合︑安全保障理事会の目的は︑侵略の脅威を除くことによってのみならず︑このような脅
威は存在しないと認定することによっても達成される︒もちろん︑安全保障理事会はこのような場合においても機能を果たしている︒したがって︑安全保障理事会が︑いくつかの当事国は平和に対する脅威を認定するよう望みながらも︑
平和に対する脅威が存在すると認定するに至らない場合︑この事実は安全保障理事会が麻痺しているあるいは機能を果たしていないことを意味しない︒侵略が存在すると認定するときだけ安全保障理事会が機能を果たしていると主張され
ている︒では︑もし侵略が存在すると認定されなければどうなるのか︒これは︑安全保障理事会が多数派の意思に合致して行動する場合にのみその機能を果たすと主張することに等しい︒しかし︑どこにそのような規定は定められている
のか︒逆に︑憲章自身︑第二七条二項 (
合るうな場そいかな決の定も下されないよ ( す︑てっあでのる有国をいて︑いかなる常任理事もに多数派に賛成しない権利お 55)
﹂︒ 56)
要するに︑常任理事国の拒否権は︑国連集団安全保障体制が五大国に対して矛先を向けない中小国間の紛争であっても︑実効的な制裁措置を発動しうる普遍的な国際機構を樹立するために認められていると言わざるを得ない︒しかし︑
それでもなお︑これらの中小国家がソ連の拒否権行使をこれほどまで強く批判した理由としては︑サンフランシスコ会議における拒否権の起草過程を扱った拙稿で明らかにしたとおり︑相互に密接に関係する次の二点を確認しておかなけ
ればならない︒
第一は︑サンフランシスコ会議においてほぼすべての国家が拒否権制度を受け入れる大前提となった常任理事国の拒
否権の制約事由を想起する必要があるのではなかろうか︒すなわち︑紛争当事国でない常任理事国の拒否権は︑﹁実効
(二二五四)
国連集団安全保障体制における拒否権の意義と限界一三九同志社法学 六一巻七号 的な強制措置の発動を担うべき五大国を含む普遍的な国際機構を樹立するために︑認めざるを得なかったことは事実である︒しかし︑第三委員会第一分科会︵サンフランシスコ会議において﹁安全保障理事会の構造と手続﹂を扱った分科
会筆者注︶における討議の内実を詳細に検討すれば︑それはあくまでも︑中小国間の紛争において一定の責任を果たし︑かつ拒否権を共通の利益のために稀にしか行使しない旨の五大国の度重なる言質︑また︑ヤルタ方式の改正に対し
ては拒否権が適用されない旨の改正手続の導入︑あるいは︑少なくとも将来ヤルタ方式に対して何がしかの改正が加えられることを前提条件とするものであった (
﹂︒ 57)
要するに︑サンフランシスコ会議においては︑国連集団安全保障体制が五大国に対して矛先を向けない場合の常任理事国の拒否権の制約事由として︑中小国間の紛争に対する五大国の責任︑拒否権の稀な行使︑国連憲章第二七条の改正
に対して拒否権が適用されない改正手続きの導入︑近い将来における拒否権制度に対する改正が挙げられていたのである︒このことは︑﹁平和のための結集﹂決議の起草過程において︑中小国間の紛争に対する五大国の責任を指摘した中
小国とくにデンマークの発言︑サンフランシスコ会議における拒否権の稀な行使に関する五大国の言質に言及した南アフリカの発言︑また︑国連憲章の改正手続きに言及したブラジルの発言等々とも一致する︒
中小国がソ連の拒否権行使を強く批判した第二の理由は︑国際連合からの加盟国の脱退及び国際連合の解体に関する
報告書に基づくものである︒すなわち︑サンフランシスコ会議の終盤において︑国連憲章第二七条の改正に対しても拒否権が全面的に適用される仕組みが採択されてしまった︒その結果︑国際連合が人類の希望を裏切り平和を維持し得な
いことが露呈されるか︑あるいは法と正義を犠牲にすることによってしか平和を維持し得ないことが判明する場合︑もしくは︑将来国連憲章とくに国連憲章第二七条に対して何がしかの改正の発効に必要な批准を確保し得ない場合︑国際
連合からの加盟国の脱退ひいては国際連合の解体が不可避である旨の報告書が圧倒的多数で採決されることによっては
(二二五五)
国連集団安全保障体制における拒否権の意義と限界一四〇同志社法学 六一巻七号
じめて︑国連憲章第二七条が全体会合において正式に成立するに至ったのである (
︒ 58)
たしかに︑この報告書が国際連合からの加盟国の脱退あるいは国際連合の解体が不可避となる具体的な状況として挙げた二つの場合︑すなわち︑﹁国際連合が人類の希望を裏切り平和を維持し得ないことが露呈されるか︑あるいは法と
正義を犠牲にすることによってしか平和を維持し得ないことが判明する場合﹂とは︑具体的にいかなる意味か必ずしも判然としない︒しかし︑すでに拙稿で明らかにしたとおり︑サンフランシスコ会議における拒否権制度の採択は︑国連
憲章の改正・脱退をめぐる議論と密接不可分の関係にあったことを想起しなければならない (
︒ 59)
だとすれば︑国連集団安全保障体制の制裁が常任理事国に対して矛先を向けない場合の拒否権の制約事由︑すなわち︑
﹁中小国間の紛争に対する五大国の責任﹂︑﹁拒否権の稀な行使﹂︑﹁近い将来における拒否権制度に対する改正﹂が遵守されなかった場合が︑国際連合からの加盟国の脱退あるいは国際連合の解体の主な具体例として念頭に置かれていたと
評価することもあながち不当ではなかろう︒また︑この報告書が国連憲章に対して何がしかの改正の発効に必要な批准を確保し得ない場合を国際連合からの加盟国の脱退あるいは国際連合の解体の具体的な根拠として挙げていることは︑
拒否権の制約事由の一つが﹁近い将来における拒否権制度に対する改正﹂であることと一致する︒
要するに︑拒否権は実効的な制裁措置を発動しうるすべての大国を含む普遍的な国際機構を樹立するために必要不可
欠であったけれども︑さきの拒否権の制約事由が守られない場合は︑国際連合からの加盟国の脱退あるいは国際連合の解体が不可避であることがすでにサンフランシスコ会議において明確に認められていたのである︒
以上を総合すれば︑ほとんどの中小国にとって﹁平和のための結集﹂決議の採択とは︑国連憲章制定以降︑常任理事国とりわけソ連が︑サンフランシスコ会議において大前提とされていた常任理事国の拒否権の制約事由を守ることに意
を尽くさなかったので︑安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に関する主要な責任を果たし得なくなった結果︑
(二二五六)
国連集団安全保障体制における拒否権の意義と限界一四一同志社法学 六一巻七号 総会のこの分野における二次的な責任を強化して国際連合からの加盟国の脱退あるいは国際連合の解体を防ぐ試みであったと評価しうるのではなかろうか︒
おわりに
本稿の目的は︑拒否権の制約に結びつく手掛かりを得るために︑﹁平和のための結集﹂決議の起草過程における各国
の発言を考察することにあった︒検討の結果︑少なくとも以下の三点が明らかとなった︒
第一は︑﹁平和のための結集﹂決議の起草過程において︑諸国家は安全保障理事会と総会の権限関係に関する国連憲
章の条文︑とくに第一一条二項後段の﹁行動﹂の観点から﹁平和のための結集﹂決議の合憲性をめぐり激論を闘わせていた︒しかし︑安全保障理事会と総会の権限関係に関する国連憲章の文言解釈だけでは︑総会の勧告に基づく強制措置
を認める西側諸国の主張が妥当か︑かような強制措置を断固として認めない東側諸国の主張が妥当か必ずしも判然としない︒その最も大きな理由は︑安全保障理事会と総会の権限関係をめぐる国連憲章の文言解釈の対立が︑より根本的な
問題︑すなわち︑国連集団安全保障体制における常任理事国の拒否権の本質とは何かと密接に絡んでいたからである︒
第二に︑拒否権の本質に関する常任理事国の主張については︑ソ連がおよそ五〇回にもおよぶ拒否権行使を主に自衛の観点から正当化しようと腐心したことに対して︑その他の常任理事国は概して批判的な立場をとっていた︒もっとも︑
ソ連以外の常任理事国の発言には温度差があったことも否定できない︒イギリスは拒否権が死活的利益を守るために例外的にのみ行使されうると明言し︑最も強い調子でソ連の拒否権行使を濫用と批判していた︒これに対して︑アメリカ︑
フランス︑中国はソ連の拒否権行使を濫用と正面から批判しなかった︒たしかにヤルタ会談及びサンフランシスコ会議
(二二五七)
国連集団安全保障体制における拒否権の意義と限界一四二同志社法学 六一巻七号
を想起すれば︑国連集団安全保障体制の強制措置が自国に矛先を向けることを阻止することこそ︑常任理事国の死活的
利益の核心であったように見受けられる︒しかし︑国連集団安全保障体制が五大国に対して矛先を向けない中小国間の紛争についても︑五大国の死活的利益の絡む事例があるか否か︑もしあるとすればどのような状況かについて︑﹁平和
のための結集﹂決議の起草過程からだけでは明確な結論を下し得ないと言わざるを得ない︒
第三に︑拒否権の本質に関する中小国の主張については︑ウクライナを始め東側諸国は主として加盟国の普遍性の観
点から五大国の全会一致原則をいわば絶対視していたように見受けられる︒これに対して︑ほとんどの西側諸国は︑国連憲章制定後︑ソ連が様々な状況において拒否権を濫用してきた事実を直接的あるいは間接的に指摘した︒そして︑こ
れらの中小国がソ連の拒否権をこれほどまでに強く批判した理由は︑拒否権が基本的に五大国自身に矛先を向ける制裁措置を絶対的に阻止する手段として認められると考えていたからであったと言えよう︒
もっとも︑中小国間の事例においても常任理事国の拒否権を完全に否定することはできない︒なぜなら︑分権的な国際社会において実効的な制裁措置を発動しうるためには︑五大国の意見をできる限り尊重せざるを得ないからである︒
しかし︑それでもなお︑これらの中小国がソ連の拒否権を強く批判した理由としては︑少なくとも以下の二つが挙げられよう︒すなわち︑第一は︑サンフランシスコ会議において︑国連集団安全保障体制が五大国に対して矛先を向けない
場合の常任理事国の拒否権の制約事由として︑中小国間の紛争に対する五大国の責任︑拒否権の稀な行使︑国連憲章第二七条の改正に対して拒否権が適用されない改正手続きの導入︑近い将来における拒否権制度に対する改正が挙げられ
ていたことである︒第二に︑サンフランシスコ会議の終盤において︑国連憲章第二七条の改正に対しても拒否権が全面的に適用される仕組みが採択された結果︑国際連合からの加盟国の脱退あるいは国際連合の解体が不可避である旨の報
告書が圧倒的多数で採決されてはじめて︑国連憲章第二七条が全体会合において正式に成立するに至ったことである︒
(二二五八)
国連集団安全保障体制における拒否権の意義と限界一四三同志社法学 六一巻七号 要するに︑拒否権は実効的な制裁を発動しうるすべての大国を含む普遍的な国際機構を樹立するために必要不可欠であったけれども︑国連集団安全保障体制が五大国に対して矛先を向けない場合の拒否権の制約事由が守られない場合は︑
国際連合からの加盟国の脱退あるいは国際連合の解体が不可避であることがすでにサンフランシスコ会議において明確に認められていたのである︒
以上を総合すれば︑ほとんどの中小国にとって﹁平和のための結集﹂決議の採択とは︑国連憲章制定以降︑常任理事国とりわけソ連が︑サンフランシスコ会議において大前提とされていた常任理事国の拒否権の制約事由を守ろうと腐心
しなかったために︑安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に関する主要な責任を果たし得なくなった結果︑総会のこの分野における二次的な責任を強化して国際連合からの加盟国の脱退あるいは国際連合の解体を防ぐ試みであった
と評価できよう︒
以下では︑本稿の検討の結果明らかとなったこれらの諸点を踏まえて︑拒否権の制約に関する研究を進めるうえでの
今後の課題を挙げることにしたい︒本稿の検討を通じて少なくとも次の二つの課題が浮かび上がってきたように思われる︒
第一は︑冷戦が本格化するに伴って︑拒否権の正当化事由としての死活的利益概念がどのように変化していったのか
という問題である︒先に指摘したとおり︑ヤルタ会談及びサンフランシスコ会議を想起すれば︑国連集団安全保障体制の強制措置が自国に矛先を向けることを阻止することこそ︑常任理事国の死活的利益の核心であったように見受けられ
る︒そして︑﹁平和のための結集﹂決議が採択された冷戦の初期段階では︑ソ連以外の常任理事国︑とりわけイギリスは︑拒否権が死活的利益を守るために例外的にのみ認められると指摘して︑ソ連の拒否権乱発をきわめて強い調子で批判し
ていた︒しかし︑ソ連以外の常任理事国も︑冷戦が本格化するとともに︑多数のアジア・アフリカ諸国が国連加盟国と
(二二五九)