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長短金利の逆転に関する研究 学位論文内容の要旨

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Academic year: 2021

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博 士 ( 経 済 学 ) 神 崎 稔 章

学 位 論 文 題 名

長短金利の逆転に関する研究 学位論文内容の要旨

  経済理論は,市場の裁定機能を前提にこれまで金利をーつのものとして考えてきたが,資 本主義経済は裁定取引の発展とともに,スプレッドのもつ意味を大きなものとしてきた。中 でも殊に注目されるのは長短金利の逆転である。長短金利逆転現象は,短期金利及び物価の 低下期待が存在する状態を除けば,金利裁定では説明できない。従って,この現象は今日な お 重要な経 済学上 の課題と なっている。そこで本稿は,1860年代イギリス金融市場,及び 1960年 代と1970年 代後半〜1980年代後 半アメリ カ金融 市場にお ける長 短金利逆 転現象の 解 明 を 通 じ て 現 代 の 金 融 ・ 資 本 市 場 に 有 カ な 示 唆 を 与 え る こ と を 目 的 と す る 。   こ の現象が 共に本 格的な脚 光を浴びたのは,1960年代のアメルカであった。1930年代英 国マクミラン委員会において国債管理政策は利子率の長短分離政策として提唱されたものの 一 度は頓挫 し,1960年 代アメリ カ金融市場で採用されたオベレーション・ツイスト政策の 有 効性をめぐって純粋期待仮説と市場分断化仮説という2つの利子率期間構造理論の立場か ら 評価が分 かれ, 利子率期 間構造 理論の現 実的妥当 性に脚 光があて られた からである。

  一方は,金利裁定が短期金融市場と長期金融市場の間に成立すると認識し,他方は両市場 が様々の歴史的・制度的要因によって分断されているために金利裁定は不完全であると認識 する。検証の結果,ー度は純粋期待仮説に軍配が上がったが,その後純粋期待仮説の実証方 法や実証結果に関する批判が提出されて行き,仮説を構成する合理性や収益といった要素は 限定合理性やりスクといった要素に変わってしゝく。リスクの存在は金利裁定取引を制限する ために,市場分断化仮説が着目されている。

  ところで市場分断化仮説を構成する事実は国債管理政策に限定されない。市場分断化仮説 を構成する歴史的・制度的事実は,対象とする時代や国によって変化するからである。限ら れたデータではあるものの,古典的自由主義段階のイギリス金融市場における長短金利逆転 現 象に着目 するこ とは,国 家介入 が一般化 した第2次世 界大戦後とは区別される固有の研 究 対象であ りなが ら,市場 分断化仮説の現実的妥当性を検討する上で着目すべき時期であ る 。また1860年代イギ リスの分 析は課題とされていることからも,興味深い時代である。

  以上の理論的・現実的問題意識から,本稿では「何故に長期金利と短期金利の『逆転』が 生じるのか」に着目し,短期金融市場と長期資本市場の問の金利裁定の不完全性を具体的な 現 実 に 即 し て 明 ら か に し ,市 場 分 断化 仮 説 の有 効 性 や有 効 範 囲を 明 ら かに し た い 。   3つの時期の逆転現象の考察結果は以下の通りとなる。

  1860年 代イギ リス金融 市場における長短金利の逆転は市場分断化仮説によって説明され る 。1860年代 イギリス 金融市場 における需給変動は,産業発展の動きに裏付けられた証券 供給の動きと証券市場における需要選好の相違に依存している。ブーム期の軽工業は,銀行 の手形割引を通じて資金需要の急増を賄う。その結果,ブーム期での手形割引率は急上昇す る。一方で,安定収入にあった鉄道業者は富裕層に対して社債発行を行うことで安定した資 金需要を賄った。このため,ブーム期の鉄道社債市場の資金需要は手形市場に比べて相対的 に小さかった。従って,長短金利の逆転現象は産業資金需要の格差と資金供給者の選好相違 から生じた。

  1960年 代後半 に生じた アメリカ金融市場における長短金利逆転現象の要因は,インフレ 高進下における金融引締め政策によって生じた金利の全般的な高騰を背景として,国債の満

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期 構成の短期化によって主に生じた。従って,金利及ぶ物 価の上昇局面で逆転現象が生じ た 。それ故に,分析結果は純粋期待仮説の妥当性に疑問を呈し,棄却されたとされる市場分 断化仮説を十分に考慮した研究が必要であることを明らかにした。

  1970年 代後 半か ら1980年代 前半のアメリカ金融市場における長短金利逆転現象のメ カ ニ ズムは以下のようになる。1979年の長短金利逆転現象は ,財務省の満期構成長期化の不 振 や財政緊縮政策,そして連邦準備制度の金融引締め政策と一部の投資家による満期構成長 期 化 支持 によ るこ と, そして1980年及び1981年の逆転は,満期構成の長期化の不振に 加 え ,1979年10月か ら採 用され た新金融調整方式の下,ポルカー議長による徹底した金 融 引 締め政策と一部の投資家による満期構成長期化支持,加えて現実の物価上昇率低下を受け て 先行きの物価低落予想による影響の結果,長期金利低下 をもたらしたことが判明した。

1970年代から1980年代前半の変動は,純粋期待仮説が規定 する債券市場の需要要因(裁定 業者)と,市場分断化仮説が規定する債券市場の需要要因(投資家)と供給要因(各政策当局)

の 双 方 に よ っ て 説 明 さ れ な け れ ば な ら な い 局 面 に あ っ た こ と を 主 張 し た 。   以上の考察結果からどのようなことが整理できるだろうか。

  第1に,歴史的事実に依存す る金利裁定の制限は資本主義から完全に排除出来ない。 つ ま り,市場分断化仮説の構成は経済政策の有効性を議論するレベルに留まることはなく資本 主義経済の歴史的制度的事実にも依存しているとしゝう点である。歴史的事実は,各国の金融 市 場の特性や,政策決定の在り方についての考察が必要とされる。こうした事実の把握は金 利 の期間構造理論の研究にも新たな貢献を示すことができる。というのもりスクの中身が長 い 間空白であったが,特定の期間ではあるものの,2国の金融市場を通じてその穴埋めがな さ れたからである。その結果,第2次世界大戦後のアメリカ金融市場の考察結果につい て は大変興味深い点が明らかとなった;としゝうのも,金利裁定取引の制限は政府介入によって 説 明されるがゆえに,政府介入が経済に及ぼす影響を排除することはできないからである。

  第2に,市場分断化仮説の従 来の検証方法は市場性国債の満期構成を供給サイドから 説 明 す るこ とに 終始 して いたが ,1970年代後半から1980年代前半のアメリカを材料に, 債 券 供給関数のみならず債券需要関数のシフトという新たな 分析も行った。加えて,1860年 代 イギリス金融市場での考察から,たとえ債券供給関数のシフトが認められなかったとして も , 債 券 需 要 関 数 間 で の 分 断 が 見 ら れ た と す る 視 点 も 提 供 し て レ ュ る 。   第3に,3つの時代を考察した結果,どの変動も市場分断 化仮説を排除したものとなって いないが,゛時間軸をたどれば,市場分断化仮説の有効範囲が狭まってきている。っまり,長 期 金利と短期金利の間での逆転は市場分断化仮説の中に位置づけられていたが,その後純粋 期 待仮説による世界からの侵食を受ける。今や利子論レベルにおいても期待の影響が強まり つ っある。このことは,1970年以降のケインズ政策が機能 不全になりつっあることを警告 している。

  以上の結果は,すべての変動を純粋期待仮説によって説明できるとする金融市場理解では 限 界があること,そして経済政策のみならず各時代の歴史的・制度的事実に依存する証券需 給 要因から構成される市場分断化仮説の考察を無視しては ならないことを示唆している。

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学位論文審査の要旨

学 位 論 文 題 名

長短金利の逆転に関する研究

  

経 済 学 は , 一 方 では 資 本 に 関 す る 需 要 と 供 給 の 分 析 に 基 づ い て , 他 方 で は, 市 場 の 裁 定 機 能 に 着 目 し, 金 利 を 単 一 の も の と し て 考 察 し , 経 済 理 論 を 彫 琢 し ,同 時 に 金 融 政 策 を は じ め とす る 経 済 政 策 の 方 向 と 機 能 を 追 求 し て き た , そ の こ と は, 短 期 金 利 及 び 物 価 の 下 落 が 予 想 さ れ る 局 面 を 除 い て は , 長 期 金 利 ( 現 実 に は 債券 利 回 り ) と 短 期 金 利 の 間に , 前 者 が 後 者 よ り も 低 く な る 「 逆 転 現 象 」 が 生 じ な いと い う 了 解 が 共 通 に 存 在 する こ と を 意 味 す る . そ の よ う な 了 解 を 体 現 し て き た の が利 子 率 の 期 間 構 造 理 論 で ある . し か し な が ら , 歴 史 上 し ば し ば 長 短 金 利 の 逆 転 は 生じ , 今 次 の 経 済 危 機 に お い て も 危 機 の 顕 在 化 に 先 行 し て 長 短 金 利 の 逆 転 が 見 ら れば か り か , 先行 . き 短 期 金 利 及 び 物価 が上 昇す ること が予 想さ れる 局面 にお いて も長 短金 利 の 逆 転 が 生 じ て き た. こ の こ と か ら 長 短 金 利 の 逆 転 現 象 を 経 済 理 論 に 整 合 的に 説 明 す る こと を 経 済 学 は 求 め ら れ て き た . し ゝ わ ば 経 済 学 の「 未決 の問 題」の

1

っ がこ こ に あ る , 神 崎 稔 章 氏 の 本 論 文 は , こ の 重 要 問 題 に 接 近 す る 意 欲 的 な 研 究 であ る .

  

本 論文 は , 「 は じ め に 」 に お い て 如 上 の 問 題 意 識 を 明ら かに し, 第1 章 にお いて 長 期 金 利 と 短 期 金 利 に関 し て 今 日 支 配 的 な 利 子 率 期 間 構 造 論 を 支 え る 純 粋 期 待仮 説 を 理 論 と 実 証 の 両 面 にお い て 検 討 し , 実 証 分 析 の 上 で 長 短 金 利 逆 転 を 説 明 し えて い な い こ と を 明 ら か に し, 実 務 家 が 支 持 す る 市 場 分 断 化 仮 説 に 基 づ く 実 証 研 究 の必 要 性 を 示 し , 第

2

章 で 以 下 で の 研 究 方 法 に つ い て の 幾 っ か の 留 意 点 を 明 ら か に し て い る .

  

2

章 は , 自 由 主 義 的 資 本 主 義 が 典 型 的 に 開 花 し た と 見 ら れ る

1860

年 代 イギ リ ス に お い て 生 じ た 長 短金 利 の 逆 転 に 関 す る 検 討 に 当 て ら れ て い る . 神 崎 氏 は ,イ ギ リ ス 資 本 主 義 を 代 表 した 綿 工 業 で は , 企 業 が 内 国 為 替 手 形 を 発 行 し , 市 中 銀 行が こ れ を 割 り 引 く 形 態 が 一般 的 で あ っ た の に 対 し て , 鉄 道 業 は 長 期 の 債 券 発 行 に よっ て 資 金 調 達を 行 い , こ れ を 購 入 する 社会 階層 が.地 主や 富裕 階級 の純 投資 家層 に限 定さ れ て い た こ と を 実 証 的に 示 し , 綿 工 業 の 生 産 高 に 連 動 し た 短 期 金 利 の 激 し い 運動 と コ ン ソ ル公 債 並 び に 鉄 道 社 債 のゆ るや かな 変動を 対照 し, 短期 .の 為替 手形 に対 する 需 要 関 数 と 供 給 関 数 が長 期 債 券 の 需 要 関 数 , 供 給 関 数 に 独 立 し て い た こ と を 明ら か に し , 市場 分 断 化 仮 説 が 妥 当 す る と し て い る .

  

3

章 は , 国 債 発 行 を 含 む 経 済 政 策 が 一 般 化 す る と と も に , 金 融 ・ 資 本 市場 が 高 度 に 発展 し た 戦 後 ア メ リ カ の.

1960

年代 に生じ た長 短金 利の 逆転 を取 り扱 って いる . こ の 時 期 に 政 府 は 国債 管 理 政 策 と し て , 長 期 国 債 を 買 い 入 れ , 短 期 国 債 を 売却 し て 長 期 金 利 の 低 下 と 短期 金 利 の 上 昇 を 意 図 し た オ ベ レ ー シ ョ ン ・ ツ イ ス ト 政 策を 採 用 し て お り ,

2

つ の 仮 説 か ら 評 価 が 分 か れ て い る . 神 崎 氏 は , こ こ で 短 期 金 融市 場 に

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生 行

隆 康

木 田

佐 濱

授 授

教 教

査 査

主 副

(4)

おいて 最も 規模が大きい財務省証券の金利変動をもって短期金利を,また10 年以上 の長期 国債 の利回りをもって長期金利を代表させ,金利と価格の上昇期待局面にお いて長 短金 利逆転が生じた局面が政府の国債満期構成短期化政策が長短国債の供給 関数に 影響 を与えていたことを実証し,そこから市場分断化仮説を考慮した研究の 必要性を明らかにしている,

     第 4 章は, 1970 年代 後半 から80 年代 前半 までのスタグフレーション克服期に生 じた長 短金 利の逆転現象を扱っている.神崎氏は,70 年代末の逆転がオイルショツ クによ るイ ンフレ高騰及び金利全般の上昇局面下に,金融引き締め政策による短期 金利上 昇と 財政緊縮政策による長期金利上昇鈍化によってもたらされたこと,また 80 年代 はじ めの逆転がボルカーによる連銀の徹底した金融引き締め政策と市場での 期待イ ンフ レ率低下という複合的要因によって生じたことを明らかにし,さらに財 務省に よる 国債の満期構成長期化の不振にもかかわらず裁定業者が長短金利の逆転 を解消 した 局面が存在したことを明らかにし,市場分断化仮説が依然説明カを有す るとと もに 金融・資本市場の発展が純粋期待仮設に基づく説明を可能とする歴史的 構造を生み出してきたことを論じている.

   第5 章 は,本 研究 の総 括で あるが ,そ こで 神崎氏は,一方において,金利裁定に 対する 制限 は資本主義の歴史的構造から完全に排除しえないこと,他方において市 場分断 化仮 説の有効範囲が狭くなってきていることを指摘し,金融規制撤廃とグ口 ーパル化段階での金利研究を展望している.

   本研 究の 特色は,@19 世紀から戦後に至る長期にわたり,金融・資本市場の歴史 的構造 ,財 政・金融政策の位相を異にする時期の長短金利の逆転を,国内では得ら れない 資料 をアメリカ政府・連銀当局から入手するなど,多大の努カを払って入手 しうる 限り での資料を駆使して行ったものであること,◎特定の理論に基づく実証 ではな く, あくまでも事実に基づく実証の中で相対立する理論仮説の有効性,その 射程距 離を 検証したこと,◎その結果,市場分断化仮説が歴史的構造の中で有効で あるこ と, 並びに金融・資本市場の発展と相互関係の緊密化に伴って純粋期待仮説 が説明 カを もつことを示した点にある,これらは,アドホックな市場分断化仮説支 持論や 純粋 期待仮説に関する従来の実証研究にはみられないものであり,金融経済 学上一 定の 貢献を果たしたものと認められる,また,純粋期待仮説の成立に関わる 学説と その 後の実証研究に関しては,よく咀嚼してなされており,資料分析とあわ せて独立した研究者として十分なカ量をよく示している,

   本研 究に 望む とこ ろが無 いわ けで はない .第1 に,実証研究の上で戦後アヌリカ にっい ては 長短の金融資産に対する需要側の分析は未だ十分なされているとは言え ない, これ は,資料上の制約によっており止むを得ないところでもあるが,次に述 べる 問 題 を 考 え る と き , 将 来 是非 と も 追 求 す る べ き 課 題 であ ると 判断 しう る.

   第2 は ,本研 究が 前提 とす る理論 仮説 自体 に関するあらためての検討が必要とさ

れるのではないか,とレゝう点に関わる,言うまでも無く,また本研究の第2 章が明

らかに して いるように,長期利回りは長期の固定資本投資に関わる資本利子を本質

とし, それ に対して短期利子率は短期預金の受け入れと連動した手形割引等短期金

融に伴 って 成立している.したがって,一般に支払い手段が必要とされる金融逼迫

期には 短期 金利 は高 騰し, それ に対 して長 期の 資本 利子 は独立 の変 動を 示した19

世紀の 資本 主義 の様 相は, 金融 ゜資 本市場 の未確立というよりも,2 つの利子率の

機能と 本質 の相違を反映したものではないかと考えられうるであろう,そうであれ

ば,そ もそ も長短金利を,期間を異にする貸付に伴う利子率として規定しうる従来

の期間 構造 論を根底から再検討する必要性があるのではないであろうか.この問題

は,「自然利子率」ーその概念はウイクセル,ケインズ,バシネッテイなどによって

異なるがーをどのように規定するのかとしゝう問題にも関わる経済学上の未決の課題

で あ り , 神 崎 氏 が 研 究 を 深 化 さ せ る 上 で 今 後 検 討 す る べ き 課 題 で あ ろ う .

     ー153 〜

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   無論,以上は,本研究の今後に望むところであって,本研究自体の意義を低める

ものではない.神崎稔章氏の本論文は,北海道大学経済学研究科において博士(経

済学)学位を授与するに十分の研究であると判断する.

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