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乱 歩 と 模 倣 - 「 目 羅 博 士 」 の 「 犯 罪 」 -

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(1)乱歩と模倣 ‑「目羅博士」. の「犯罪」‑. 1'「探偵小説」というジャンル. 山. 口. 探偵小説を'「模倣」という観点から見てみたい。ここで使用するテクストは'江戸川乱歩の (‑). る。. 政. 幸. 「目羅博士」. であ. 「目羅博士」は'昭和六年四月「文芸倶楽部」増刊に発表された。原題は'「日産博士の不思議な犯罪」だが、長. (昭和三七年六月). の「あとがき」において、次のようにこの作品について述べている。. がう原作の方は結局蜘味の精の為せる業といふことになってゐる0. 窓の外に、原因不明の鑑死者が続出する話、私は嘗ってこれを改作して「目羅博士の不思議な犯罪」を善いた. 昆虫怪談でほかに思ひっ‑のはドイツの怪奇作家エーウエルスの「蜘昧」といふ短篇'ホテル階上の同じ部屋の. 年に'「幻影城通信」 (「宝石」新年号) の中で、すでに次のように語っていた。. (2). このエーヴエルスの「蜘昧」という作品との関係については、この「あとがき」より遡ること一三年前の昭和二四. ている。. この連続自殺の着想はエーヴエルスの「蜘昧」という短篇から借りたものだが'全体の筋は私自身の考えによっ. の桃源社版全集第一〇巻. すぎるということで'後年「目羅博士」につづめられた。以下本論でも、「日産博士」と呼んでゆく。乱歩は'戦後. 乱歩と模倣 41.

(2) 42. 乱歩は'つまり'作品発表後一八年を経たのちに'この作品にプレテクストにあたるような作品があることを、明. 示した。逆に言えば'プレテクストの存在は、新しい書き手の意思によって、潜在化もすれば、顕在化もする。「探. ‑. ンルに強く求められる'フェアという概念に沿うものであることはl亨っまでもない。. しかし、こうした規制から'解き放たれる可能性も一方にあるのではないか。. って'「方々をぶらつ」. 「私」は'「江戸川」という姓であり'しかも「探偵小説」. 「私」‑「江戸川」が、「探偵小説の筋を考えるために」という目的をも. いていることだ。しかも「方々を」と言いながら'すぐさまそれは'「たいてい行先がきまっ. あえず注目しなければならないのが、この. 作家である'ということで'限‑な‑作者江戸川乱歩に近似した存在ということが明らかになるのだが'ここでとり. がある」ということから書き出される。こののち'この. 「目羅博士」というテクスーは、小説家である「私」が'「探偵小説の筋を考えるために」、「方々をぶらつ‑こと. 二.はたしてサルは「マネ」をしているのか. 倣」に新たな意味を付与したのではないか。それらの可能性を追ってみるのがへ本稿の目的である。. クストに幾重にも折り重ねられている「模倣」ということであ‑'「模倣」を方法化することによって、乱歩は「模. それが'「目羅博士」というテ. 役割を'いわば投影させたようなものだ。犯人である作品を'探偵である作者が語る。それが、少‑とも'このジャ. なりかねないからだ。探偵が、しばしば衆目を前にして、自らの推理を述べてみせるのは、探偵小説における読者の. 犯人の暴き方が'かつて別のだれかによって使われたものと同じものであったら、読者の信用を著しく失うことにも. でもあ‑、かつ'書き手の行う如上の任意性とは'本質的な事柄に属してしまいかねない。もしそこでのトリックや. 偵小説」という'事件の起きた過去のある起点を欲望してい‑ジャンルの小説にとって、そのことはきわめて相同的. 第79号 専修国文.

(3) 乱歩と模倣 43. ている」と特定化され、具体的に浅草公園'花やしき、上野の博物館'動物園'隅田川の乗合汽船、国技館などが明. 示されてい‑。その中で、選ばれてい‑のは、「動物園」だ。そして閉館まぎわの「サルの程の前」で'一人の青白. い顔をしたルンペンのような青年に出会うことになる。すでに帰りいそぎをする人たちがま‑、ガランとした場内の. 中で'この男が口にするのは、「サルってやつは'どうして、相手のまねをしたがるのでしょうね」という、模倣と. ‑. いうことの'サルにおける'前提性であった。 サルは'「まね」をする。. しかし、それは'「男」が言うほど'あたりまえのことなのだろうか。. 霊長類の研究をしっづけている明和政子は'﹃なぜ「まね」をするのか﹄ (二〇〇四二一河出書房新社) の中で' 次のように言っている。. ソープの主張にしたがえば'ある動物が模倣能力をもつといえるのは、「真の模倣」による学習が確認された. 場合に限られることになる。だが、はたしてこの条件を厳密にクリアできる動物はどのくらいいるのだろうかと. 疑問に思う。私自身の考えでは'模倣に長けているヒトですらへ見ただけで新しい行為を獲得する場合というの はさほど多いとはいえないように思う。. (3). ここで土亨っソープとは'ケンブリッジ大学の動物学者W・H・ソープである。彼は動物の「模倣学習」を、「社会. 「模倣」の不可能さを説いているのだ。これは彼女の主張である「模倣が'進. の型を'相手が試行錯誤することな‑再現(しょうと)する」と定義される。明和はそのことを踏. 的促進」、「刺激(局所)強調」'「其の模倣」の三段階に分けた。「真の模倣」とは'この場合'「ある行為(相手にと って新奇な行為). まえ、「試行錯誤」という過程のない. 化の過程でヒトが特異に獲得してきた注目すべき能力である」ことの裏返しでもあろう。.

(4) 44 第79号 専修国文. さて'この物語における「サル」は'一見「男」の命ずるままを、ただちに「模倣」してみせている。その意味で. それは明らかにソープの言うところの「其の模倣」と言ってよい。. が'ほかならぬ'テクスト自身に書き込まれている作中人物「私」のまなざしのあり棟によって'それが否認もし. のはずだが'実は「私」が驚. ‑は無化されてい‑動きが読み取れる。その辺に落ちていた木切れを放り、自らのステッキを頚にあてて切る真似を. の側の能力に対してであるのだ。. してみせた男の動作を、「試行錯誤」という過程をもつことな‑演じてみせた「サル」 きの対象とするのは、「サル」というよりも'「男」. の能力にも注意を向けている。いや'「私」. のまなざし. すると'どうだ。この男よっぽどサルを扱い慣れていたと見え、サルは木切れを拾って'いきなり自分の頚を. の能力に驚‑と同時に、「私」. キユウキユウこすりはじめたではないか。. 「私」は明らかに「サル」. は、そうさせる「男の側」にむしろ向けられている。つまり「サルってやつは'そういう悲しい恐ろしい宿命を持っ. の問題であることが、暗示されていたのである。「サル」がマネるのではない。人間がマネをされるの. ているのです」という「男」の「模倣」に関する主張は、すでにそれがロをついて出たときから'実は「サル」では な‑'「人間」. であり、「マネ」そのものも、実は、人間が行なうものなのである。. 三.「男」 の語る物語. 男が「僕自身の経験した事実談」として物語るのは'次のようなものであった。. 男は丸の内のS通りに面したビルディングの「玄関番」を勤め、夜もそのビルの「地下室」に寝泊‑をしていた。. ほかにも泊り込みの仲間があったが、絵を措‑のが好きで、「畷さえあれば独りぼっちで、カンバスを塗りつぶして.

(5) 乱歩と模倣 45. い」たので、自然とほかの連中とは口も利かないような日を送ることになった。. 男の住むビルの五階の部屋は、日当たりが悪‑、いつも空き部屋になっており、男はよ‑カンバスと絵筆をもっ てう その部屋に行った。. 男のビルと、向かいのビルディングは'表側や側面こそ違え、向かい合った側面どうしは、「まるで写真に写した. ようにそっ‑り」だった。だから男が部屋から窓をのぞ‑たびに'「向こうの建物が、まるでこちらの写真のよう. に、よく似ていることを、無気味に思わないではいられませんでした」と言う。事件は、この窓から目撃された。. の自殺者が相継ぐことになる。それは'窓の外に出張っている'電線引込み用の横木に細引きをかけて'首. 「最初の自殺者は'中年の香料ブローカーでした」と語られるように'向かい側の五階の部屋では、三人もの「首 ‑‑り」. を吊るという、方法までもそっく‑そのままの経死がく‑返されることになる。自殺者どうしに、共通したつながり. てみる。. は一切ない。しかし、「男」は、三人目の犠牲者となる'向かいのビルの豪傑な事務貞に対して'「月」という要素の. 重要さを説いていた。1自殺者は、すべて月明かりの鮫々とした夜に、自ら命を断っていたのだ。. 「ホホウ'その自殺と月とが、何か関係でもあったのですか」と「私」は「ちょっと驚いて、聞き返し」. すると男は'「ええ、あったのです。最初の香料ブローカーも'その次の部屋借り人も'月の冴えた晩に死んだこと. を、僕は気づいていました。月が出なければ、あの自殺は起こらないのだ。それも狭い峡谷に'ほんの数分問う白銀. 色の妖光がさし込んでいる'そのあいだに起こるのだ。月光の妖術なのだ。と僕は信じきっていたのです。」と答 え、月光と連続自殺の因果関係をしき‑に強調していた。. であり、その方法には'「月光」という条件が必須とされたためである。. 結果的に男のもつこの確信は、半ば当た‑、半ばはずれていた。この連続した自殺者を生み出したのが、「目羅悼 士」.

(6) 四.目薙博士の犯罪. 豪傑の事務員が、三番目の自殺者として首を吊ったその夜、問題の首吊りの窓の真正面の窓から、「黄色い'物の怪. 目羅博士とは、向かいのビルの隣にある貸事務所で、限医者を営んでいる小柄な老紳士だった。男は'知人である. 十ぐらいの爺さん」が'「モーニングを着た、小柄の'少々猫背の老紳士」. である日羅博士だったことを知り、衝撃. その蝋人形のする行為と同じ行為を、向かいの側の. 「やり方」とは'次のようなものだ。目羅博士は'殺人の対象となる人物、具体的には. のビルに住み出した住人と、同じ様子の蝋人形を用意しう. 日産博士の. 「犯罪」を知った「男」は、なんとか新し‑入居した男を'肖羅博士の手から救い出したいと考える。. 「模倣」させる行為が招かれることによって、終息していくこととなる。. 行為を「模倣」していたことになる。そして、すでにあらかた予想できるように、このテクストは'もうひとつの. と同じ真似をさせる。時間的には、三人の自殺者が次々と並び、空間的には'個々の自殺者が、向かいにある人形の. なる。目羅博士は'人形を使い'向かいの住人を「模倣」する。そして、その人形によって、向かいの住人に、人形. 日産博士の方法とは'「模倣」させることだった。ここまでにテクストに書かれたことを整理すると、次のように. 五.「男」 の模倣. った場所で、模倣する人間にとって、それがよく見えなければならないという理由からであった。. ビルの窓から'自殺者となる人物にさせていたのである。月の光が必要なのは、通常は光の射さないビルの向かい合. 「男」. 男が確かめた日産博士の. を受ける。. のような顔」をした男がこちらを見ているのを、目撃していた。そして、一週間後、その「痩せ細った、小柄の、五. 第79号. 46 専修国文.

(7) 乱歩と模倣 47. そして男は思いつく。. もうぐずぐずしてはいられません。ちょうど月夜の時分でしたから、今夜にも、あの恐ろしい椿事が起こるか. もしれないのです。なんとかしなければ、なんとかしなければ。僕は地だんだを踏むようにして'頭の中を探し. 廻りました。そしてハッと、われながら驚くほどの、すぼらしい手段を思いついたのです。あなたもきっと、そ. れをお話したら、手を打って感心して‑ださるでしょうと思います。. の場合と同様、男が考えている内容と、そ. 男の思いつきは'博士のや‑方を真似ることだった。しかしそれは、男の語‑ロからは先行してもらされることは. のズレをむしろ顕在化させてゆ‑。. 「顔」が'「私」. に向けられたときである。まんまと博士を死に追. ない。「感心してくださるでしょう」という男の物言いは'先の「サル」 れを受けとめる「私」. の方を向‑0. それがはっきりとわかるのは'話し終えた男の いやった「男」は'話をやめ、「私」. 語‑終って、青年は、その黄色い顔の博士のように'ゾツとする微笑を浮かべて'私をジロジロと眺めた。. 「ゾツとする微笑」. 「模倣」. であ. の連鎖はピークを迎えるのであ. であり、博士の顔の表象として何度も‑り返されていた「黄色い顔」. 模倣されたのは、言うまでもなく、単に博士の「手段」だけではない。殺人が、「模倣」されたのだ。その証左と して表れるのが'この l・1l. の「まねをする」ことについて'次のように語っていた。. ろう。黄色いやつが大き‑笑いかけるかのように見えることによって、この る。. 六.模倣は「怖い」 男は、目羅博士の事件を語る以前'「サル」と「人間」.

(8) 48 第79号 専修国文. サルがまねをするのはおかしいけど、人間がまねをするのはおかし‑ありませんね。神様は人間にもサルと同. の著者である社会学者の1・G・タルド(一八四三‑一九〇四)の名を出したりすることによ. じ本能を'いくらかお与えなすった。これは考えてみると怖いですよ。 男は'﹃模倣の法則﹄. その「怖い」中身に触れることな‑、「あなた、山の中で大ザルに出会った旅人. って'人間に本来そなわっている「模倣」する能力について語ってみせていた。しかし、引用部の色彩は'微妙に異 なる。引用部の「怖いですよ」はう. の話をご存じですか」とまた別のエピソードへと唐突に転換される。テクスーの終了時点から遡ってみると、この. の行為を指しているとわかるのだが、この時点で読者にそれは. の真の恐ろしさは、すべてが語り尽されたときに、はじめてわかる. 「怖い」内容は、まざれもなく自身の犯した「模倣」 わからないようになっている。つまり、「模倣」 ようになっているのである。. それならば'この「目羅博士」というテクストと'プレテクストであると乱歩によって言われたエーヴエルスの. 「蜘妹」. 「蜘昧」との関係においても'それは浮上してくる問題のはずではないか。. 七.プレテクストとしての. 乱歩が指示したエーヴエルスの「蜘妹」という作品は'蜘妹の精であるクラリモンドによって'地方からパリに来. (5). (6). はは進行する。「ぼ‑」が'窓ごしに見る「クラリ. たリシャ‑ルという医学生が'日本式に言うと、取り殺される物語である。 このテクストは'リシャ‑ルがつける「日記」という形式でう. モンド」という女性は'実は名前すらはっきりしない、「ぼく」によって'命名されたものだ。ここでは'つまり'. 言葉による交流は、はじめから断たれており、そのことを持続することによって、テクストが成立しているのであ.

(9) 乱歩と模倣 49. る。では'二人の男女は'どのようにしてへ ある。. 「愛」を確かめるのか。そこに'表れるのが'「模倣」という行為なので. ぼ‑は窓ガラスを手でこつこつたた‑0. ぼくたち、クラリモンドとぼくは奇妙な遊びを思いついた。ぼくたちはその遊びを1日じゆうやっている。ぼ. ‑が彼女にあいさつすると'彼女はすぐにあいさつを返す。それからへ. 「物まね」というしぐさそのものに対し'先のソープの指摘に. 彼女はそれをほとんど見ないうちにもう同じようにこつこつとたたきはじめる。ぼ‑が彼女に合図すれば彼女は その合図にこたえる。. この「蜘昧」がすぐれたテクストである点は'この. それだったらふたりとももうじきあきてしまうと思う。たぶん. 似た微細な観察と英知とが、しっかりと書き込まれている点にある。先につづけてリシャ‑ルは言う。 それはただまった‑の物まねではない。ぼ‑はう. なにか思想の伝達がそのとき一つの役を演じているにちがいない。だってクラリモンドはぼ‑のしぐさをほんの. 一秒の何分の一かの間をおいてまね'しぐさを見るひまさえほとんどな‑て'しかもそれをちゃんと自分でする. のごとき'「物ま. に違いない。ここには「試行錯誤」というような面倒な段階は介在する. もの。ときには同時ででもあるように見える。. これは'まさにソープの言う「真の模倣」. 余地はない。そして、すでにもうおわかりだと思うが'なぜこのようなあたかも「思想の伝達」. ね」が可能かと言うと、クラリモンドが男を喰い殺す雌蜘妹の精であるからなのである。あたかも蜘妹が吐き出す糸. によって物をあやつるかのように、リシャ‑ルはやがて'自らが「模倣」させられていることに気づ‑ようになる。. それから、ぽ‑は人さし指を鼻でこすろうと決心した。でも、ぼ‑は窓ガラスにキスしていた。窓ぎわのこし. かけをこつこつとたたこうとした。ところがぼ‑は手で髪をさすっていた。だから'クラリモンドがぼ‑のした.

(10) 50 第79号 専修国文. ことをまねなかったことはたしかであった。むしろぼくが彼女のして見せたことをまねたのである。しかも、と. ぼくのほうから意志表示をしたような錯覚におちいった。. てもすばや‑、電光のようにはや‑やったので'それはほとんど同じ時に行なわれた。だからぼくはいまでもと きどきつ. そしてこの「模倣」が逆転したときが、リシャ‑ル・ブラックモンが前の三人と同じ運命をたどるときとなり、テ. クストは閉じられる。ただしこれまでの男たちと違い、リシャ‑ルは最後の抵抗を試みていた。同じような状態で'. 首を吊ったリシャ‑ルだがへ彼のロの中から'かみ‑だかれた、めずらしいすみれ色のまだらのある大きな蜘妹が出 てくるのである。. (7). 現在この「蜘妹」という作品は、﹃乱歩の選んだベスト・ホラー﹄ (二〇〇〇年三月 ち‑ま文庫)によって読むこ とができる。ちなみにここには、乱歩の「目羅博士」も併載されているのである。. 八.模倣されるテクストたち. (1八四. 上記の文庫の解説者である野村宏平は、「目羅博士」 の解説の部分で'「蜘妹」にもすでに「元ネタ」があった点を 指摘している。. 乱歩が知っていたかどうかはわからないがへ「蜘昧」には'エルクマン=シャトリアンの「見えない眼」. 九)という元ネタがあ‑、三作品を読み比べてみると、「目羅博士」が「蜘昧」よりも「見えない限」に近い仕上 がりになっているのは興味深い。. 野村は控え目に言っているが、乱歩の「目羅博士」は、エーヴエルスの「蜘昧」よ‑も、はるかにエルクマン=シ. ャトリアンの「見えない眼」と密着する。それは「向かい合った部屋の住人がまったく同じ行動をとるというアイデ.

(11) アに魅せられた乱歩が'自分な‑に換骨奪胎して書き上げた」 (野村による「蜘妹」と「目羅博士」との比較評)以上 のものがある。. (飾り牛亭). という旅館で. ﹃恐怖の愉しみ﹄ 二九八五年五月 創元推理文庫)の上巻に収められた「見えない眼」 (一八四九)は'ニュールン ベルグの街が舞台で'向かい合う建物の一方に止宿する「おれ」が'眼と鼻の先である. の'連続首吊り事件を解決するという話である。画家である「おれ」がまず注目せざるを得ないのは、屋根裏部屋か. らのすばらしい眺望とともに'向かい合う建物どうしの'まった‑同じとしか見えない様子だった。. この宿屋の破風屋根は'形がいっぷう変っているので目に立った。幅がばかに狭‑て、先がとがっているの. で'その縁が鋸の歯みたいに切‑立っていて'しかも蛇腹や窓枠が寄怪な彫刻で飾ってある。ところが'それよ. り目につくのは'この宿屋と向かい合いの家にも'それとまった‑同じ彫刻や飾‑がしてあることだ。どこもか. もこまかい部分まで‑看板を支えている柱や鉄の腕木まで、金物の渦巻や螺旋模様が寸分違わず'そっ‑り写し なのだ。. 「蜘妹」には、こうした建物どうしの符合性という要素は見出せない。これは'ダイレク. この二軒の古い建物は、昔からこうして鏡に映し合ったようだったということだ。. ちなみにエーヴエルスの. トに'「見えない限」と「目羅博士」をつなぐ要素である。. こういうことが言えないだろうか。模倣の連鎖を生み出さなければならない小説において、作者は作中人物間の親. のプロバビリティーを高めようとすると。「見えない眼」. において「犯人」. である老婆を追いつめるために画家である「おれ」は二時間」もかけて老婆と同じ扮装になるように努めるのであ. 量という視覚上の錯覚において'「模倣」. 愛の行動を通じて「模倣」を可能とするか、あるいは建物の類似性を強調してお‑ことや'画家が実物を描き出す力. 乱歩と模倣 51.

(12) 52 第79号 専修国文. る。こうした手間ひまをかけて'「模倣」による自死というトリックが可能とされてゆ‑のである。. これは、同じ話型の話を、﹃世界怪奇実話集﹄という形で'ノン・フィクション的な作品に仕上げた牧逸馬におい. (8). ては、必要とされる要素でないことからもより裏づけられよう。牧の書いた「ロウモン街の自殺ホテル」という作品. は、結局のところ犯人は、宝石奪取という現実的目的のために、これらの自殺を偽装していたことが最後に明かされ. てゆく。そしてそこには自殺がくり返されるが'「模倣」はない。正確には「模倣」を助けるための条件要素が皆無. 0. なのである。ただ犯人像が「東京支那」というフランス領の「土人」で'しかも象狩りの事故により「不具者」にな ったという特異な人間性が伝えられてい‑ことを除いては1. 「犯人」と言えば'「見えない限」における犯人である老婆が表象されているのが'「黄色い眼玉」という'やはり. 「黄色」である点が注目されよう。「おれ」は老婆を倒したのち「正義」の雄叫びを上げ、「神」に祈るので'端的に. 言えばこの「老婆」は悪魔か魔女という部類に属するようだが'この「イタチ婆あ」と呼ばれる老婆の醜怪さが強調. されるのも、「黄色い」という色であるのは'見逃せない。老人である日羅博士に再三かぶされていたのもこの「黄. 色」だった.そしてその「昔壱」が単に肌のおとろえから‑る顔の色を表したものではない'ひとを自らの喜びのた. めに陰湿にくり返し殺すという所業を表す記号化された色にほかならなかった点は、すでに見たとおりである。「黄 色」こそが、「模倣」を召喚する大もとなのだ。. 九.月の光. この「月の妖術」という感覚である。. 乱歩の「目羅博士」においては、「月光の妖術」というものが‑り返し強調される。この小説の最後の部分、「男」 が忽然と姿を消したのちに'「私」に残るのもう.

(13) 青年はそう言いながら'立ち上がって、私の引き留める声も聞こえぬ顔に'サッサと向こうへ歩いて行ってし まった。. (昭和七年一一月‑二一月. 「改造」). の最後のシーン. はては青年その人さえも、彼のいわゆる「月光の妖術」が生み出した、. 私は'もやの中へ消えて行く、彼のうしろ姿を見送‑ながら'さんさんと降りそそぐ月光をあびて、ボンヤリ と捨て石に腰かけたまま動かなかった。. 青年と出会ったことも、彼の物語もう あやしき幻ではなかったのかと'あやしみながら。 一年後にたまたま書かれることになる谷崎潤一郎の「産刈」. ということだろう。. の暖味な時間性だけが投げ出された形でいるのも'いわば「大正」という時代への回帰性と言えないこと. によって、これらの殺人連鎖を支え得るかつ. 「男」はここで、「私」に対して、そのときの「気違いめいた気持」を納得させようと努めるが、男の語る「月の妖. に見せるのです。. の鏡に'こちらの建物がそのまま写っている感じです。構造の相似の上に'月光の妖術が加わって、そんなふう. も、あの気違いめいた気持はわかりません。突然、眼界一杯の、べら棒に大きな'鏡の壁ができた感じです。そ. の建物と、そっ‑‑そのままの構造なのです。なんという変な気持でしょう。こうしてお話ししたのでは'とて. 向こう側の建物は'一杯に月の光をあびて'銀鼠色に輝いていました。前にもお話しした通り'それがこちら. しかし問題は、「月光」. もないだろう。. いう「男」. は意識していたのかもしれない。「目羅博士」に流れている具体的な時間が明示されず'単に「大震災以前まで」と. を想わせる'終‑方である。実際乱歩は、谷崎や佐藤春夫といった月光を多‑自作の中に取‑込んだ作家を'ここで. 乱歩と模倣 53.

(14) 54 第79号 専修国文. 術」とは'あ‑まで「そっ‑りそのままの構造なのです」という「構造の相似の上」に加ってゆ‑ひとつの要素でし. (昭和三〇年四月. 「オール読. かない。仮に'この構造の類似性が排除されても、こうした「妖術」が成立するかと言えば'月光がすべてを支配す るようなロマンチシズムは到底成り立ち得ないだろう。戦後に書かれた「月と手袋」. 物」)という作品においても、月の威力は象徴的に用いられてもう月光自体が人間をコントロールするような考え方 は、乱歩作品には認められない。. 十.乱歩のしたこと. それでは'乱歩のやったこととは1体何なのか。エーヴエルスの「蜘昧」やエルクマン=シャトリアンの「見えな. い限」との本質的な差異がなければ、本作は単なるエピゴーネンということになってしまう。 そこで、今一度概念として導入したいのが、やはり「模倣」ということなのだ。. の筋を考えるために、方々をぶらつ‑とい. 「目羅博士」という作品は'「模倣」は免罪たり得るかを問いかけるテクストなのではないだろうか。 この話の冒頭に措かれているのは、「私」という小説家が「探偵小説」. うことだった。注意したいのは、「小説」ではな‑、そこでは「探偵小説」と明記されている点だ。. の側からもう. 「江戸川さん」と呼ばれる「探偵小説家」. の. 「私」が、「小説の筋を探してい」. ること. そして「私」は'「男」に出会い'男の「経験した事実談」として、この目羅博士の話を聞いた。注意しておきた いのは、「男」. が'確認されている点である。. もうおわかりかと思うが、この小説の中にはもうひとつの隠された「模倣」があったのだ。それは'小説家である. 「私」が'いつの間にか、探していたはずの「小説の筋」を手に入れている'ということである。つまり「私」は、.

(15) 乱歩と模倣 55. 知らないうちに、「男」. の話を「模倣」してしまっている。それは'「私」が想像したとお‑'たしかに「ありふれ. た、退屈な物語」 ではなかったはずだ。. 強引な解釈だと思う。しかし'「蜘妹」や「見えない眼」にない「目羅博士」の最大の要素は何かと言うと'「探偵. 小説の筋」を探しあぐねている作家が'いつの間にか「探偵小説」を所有しているといった'一種の「模倣」原理の. の所期の目的である「探偵小説の筋」なるものを生産してしまうというそのこと自体を. 倒錯的連鎖ということに尽きるのではないか。乱歩の独創とは'つまり'作中人物の「江戸川」なる小説家がこの男 の話を伝えることで'「私」 テクスーに組んだことにあるのではないか。. にその. 「動機」. について話かけてきていた。. それは、日羅博士がなぜ、このような模倣による殺人を'‑りかえしたのだろうか'という問いかけにも関連す る。「男」は'次のように「私」. の、この台詞を受け止. 人は殺人のための殺人を犯すものだということを知り抜いていらっしゃるあなたにはね. 目羅博士の殺人の動機ですか。それは探偵小説家のあなたには申し上げるまでもないことです。なんの動機がな ‑てもう. このテクストの中で「私」が「探偵小説家」でなければならないのは、一義的には'「男」. 1 二. める装置としてだろう。「あなた」は、よ‑ご存知のはずだという、メッセージがここにはある。しかし'それは. へと漕依するのを恐れ、それに抵抗し. 「殺人のための殺人」という以上に'実は「模倣」の生む魅惑と恐怖についての注意でもあった。ここで「私」が'. それに答えないのは'目羅博士から男に悪依した「模倣」が'あたかも「私」. ょうとしているかのようにも映る。しかし'「私」は、すでに知っているのではないか。男の説いた「模倣」という. の問題であることを。それこそ男の言. 「悲しい恐ろしい宿命」がサルのものなどではな‑、人間のものであり、なおかつ男自身のものであって、しかも、. おそら‑それら以上に'「探偵小説」もし‑はそれを作‑出す「探偵小説家」.

(16) 56 第79号 専修国文. へと、近接しょう0. のは、男にとって「あなた」が'他人ではない証拠ではないか。おそらく、この瞬間にテクスト内の. うように'「江戸川さん」である「あなた」は、「知り抜いていらっしゃる」からだ。語り終わった男が、「私をジロ. ジロと眺める」. 「江戸川さん」は、かぎりな‑このテクストの書き手としてある「江戸川乱歩」. 十一.新たな模倣観へ. (つらなった). といったような意が、ひょっとして隠されていたのかもしれな. もし仮に、乱歩がエリクマン・シャトリアンの「見えない服」を既読していたとしたら、題名の「目羅」にも'こ の「見えない」はずの「目」に'「羅」. い。そうだとしたら、この題名は'ひとつのトリックさえも学んだものとなる。また同じように、日経博士が、おび. ただしい義眼に囲まれているという設定にも、プレテクストとしての「見えない眼」を象徴的に表していると受け取. 「動機」が明瞭に見えていたと. られないこともない。たとえそのように考えな‑ても、この連続縫死者の怪という一九世紀ヨーロッパ文学に系譜の. ように存在したひとつの話型を継いでしまった乱歩には、「目羅博士」なるものの. その魅惑と恐怖でありう. なかんず‑「模倣」をおかしてしまった人間のなれの果てがどうなるのか'とい. は、考えに‑いのである。ここに流れているのはう先のタルドの引用などによって強調されたように、「模倣」自体. への考察う. うことのヴィジョンである。そして'それは、乱歩の当面する課題と、無関係では決してなかった。. 殺人者であるはずの「男」は罰されることはない。男のしたことが'日産博士の「模倣」にすぎないからだろう. か。「私」も'あえて「男」を追及しないのも、おそら‑この「模倣」によって「殺人」をおかした犯人が、すでに. まともに生きている能力を著し‑欠いた状態であることを知り抜いているためだ。男が目羅博士を葬ったのが'この. テクスト自身の持つ時間域から大き‑隔てられた'大正のときであるのは先にも述べたが、もしそうだとすると'男.

(17) (昭和四年六月. がそれ以来さまよい続けている時間の長さは決して短いものではないはずだ。 この、主人公に課せられる時間の超越性とは、「押絵と旅する男」. の老人のようにへ. 「新青年」). 東京書籍). において'すでに. の中で、「江戸川乱歩はいつも. この男は'自身の世界のうちに安住しているとは'思われない。新保博久は、山前譲との共編. 使われていた結末でもあった。が'おそらくここではその意味する内容が異なった局面を迎えているだろう。「押 絵」. (二〇〇二年一〇月. ﹃白髪. の短. から'「吹っ切れたかのように」、「‑リックやプロットの再生産の時代がはじまる」と指摘してゆ‑。そして言. これは年月とも'この「目羅博士の不思議な犯罪」が発表されたときと同一の時期なのである。. の. にはかならな. 「模倣」. にしか. 「模倣」観は、せいぜいサルに向けられるよ. を見せていたかを伝える指摘は少なくないS,そうしたものの行き着いたひとつの果てが,この「目羅博士」だった. うにしかならないのである。デビュー当時から、乱歩がいかに模倣ではない'自身のオリジナルなーリックへの執着. すぎなかった。男はそれをわかろうとしない。そのことによって'男の. 恐ろしいような現実であり、命題だった。事実男が「すぼらしい手段」と誇った方法は'「模倣」. このテクストが書き手である乱歩に問いかける意味とは'模倣した相手を滅ぼすには、実は模倣しかない'という. いのだ。. 「探偵小説家」がこれから将来に向けて担う自分自身の姿であ‑'その意味で彼もまた「江戸川さん」. べきだろう。男は単なる殺人者であり「哲学者ルンペン」として今あるだけの存在ではない。男は'「私」という. くはない窃程が、ちょうど大震災以前から作家活動に入った乱歩自身の軌跡と重ねられていることに'もっと注意す. 「目羅博士」というテクストが喚起するのが'「模倣」という罪の誘惑とその困難な購罪であったのなら'「男」. うまでもなくへ. 鬼﹄. 二度ベルを鳴らす」という一文を掲げて'乱歩におけるセルフ・パロディの時代の到来を'昭和六年四月の. 著である ﹃江戸川乱歩探偵小説蔵書目録 幻影の蔵﹄. 乱歩と模倣 57.

(18) 58 第79号 専修国文. とすると'これを期に、乱歩の自己模倣が堰を切ったかのように始まるのもう逆にうなずけるのではないだろうか。. それは、ひと言で言うなら'模倣自体を意識化するという「方法」を手にするということだった。それこそが、この. テクストにまつわり行なわれてゆく'作家内部で起こった、ひとつの選択された事象であったに違いない。立ち去る. へのトランス. (入れ替わり). が、完成されるためだったからではないだろうか。. ‑. 乱歩は'. 「男」と、見送る「私」とに'「さんさんと降‑そそぐ月光」が必要だったのも、まさにこのときに'模倣した「男」 から、模倣する「私」. かくして、また新しき自分自身を手にしてゆ‑のである。. (1) 「目羅博士」の引用は、﹃江戸川乱歩全集﹄第八巻(昭和五四年五月 講談社) に基づいた。. (2)現在これは「怪談入門」として'﹃幻影城﹄ に収められている。. ﹃恐怖の谷﹄. (3) ソープの主張のまとめは、本論掲載の明和政子の ﹃なぜ「まね」をするのか﹄ に拠った。(同書六九ページか. この男の「語り」の中に'本論の以下に出て‑る1・Gタルドと同じように'コナン・ドイルの. ら七〇ページ) (4). に収録されており'. の表象としては、同じくドイルの「黄色い顔」という作品があげられるの. への言及はない。これは、﹃シャーロック・ホームズの回想﹄. が引用されているが'「黄色い顔」 だが'男の「黄色い顔」. ホームズの推理が当らなかったという、特異な作品のひとつでもあるが'ドイル作の「黄色い顔」は'殺人者 を意味するわけではない。. 「クラリモンド」という名の女性の怪奇薄はもともとテオフィル・ゴーチエにあり、岡本路堂や芥川龍之介に. (5)厳密に言うと'テクストのはじめと終‑に'手記を越える外部が存在する。 (6).

(19) 乱歩と模倣 59. ち‑ま文庫のほかに'同じ植田敏郎訳で'創元推理文庫﹃怪奇小説傑作集5﹄. 同名の翻訳がある。 (7). に収録されている。. (昭和六年五月'六月号)。のち、﹃運命のsOS. 第. の場合、本文に示したとお‑、異性間の性愛を基調としている。したがってクラリモン. 世界怪奇実話全集. (8)林不忘・牧逸馬・谷譲次﹃1人三人全集﹄第五巻(昭和四四年l月 河出書房新社)収録o初出は、「バリー の自殺ホテル」として'「婦人公論」. 「蜘味」. 二篇﹄ (昭和六年八月 中央公論社) に収録。. (9)エーベルスの. に近いような喜悦そのものが. ドの仕草を真似るリシャ‑ルが'身に危険を感じながらも'「性的興奮の最高潮」を感じてしまうのは、必然 的な成り行きだが、実は「模倣」するという行為自体にこういった「性的興奮」 含まれていることが'暗示されているとも解釈できるのである。. まった江戸川乱歩」という指摘をしている。. に拠る。. 春」なるものを、というプレッシャーと自作の出来に対する自己嫌悪から深刻なスランプに陥って休養してし. (1 0) ﹃子不語の夢 江戸川乱歩小酒井不木往復書簡集﹄ (二〇〇四年一〇月 暗星社) の中で、阿部崇は「常に「新. 付記 本研究は'平成一七年度専修大学研究助成「推理小説における模倣と創造をめぐる問題」.

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