研究ノート(土田)
Ⅰ はじめに
独占禁止法の国際的適用(域外適用)は、日本では殆ど公的執行(公正取引委員 会による独禁法の適用)において問題になり、テレビ用ブラウン管事件最高裁判
(1)決
で、同法の国際的適用範囲をめぐる議論は一段落した感がある。他方、渉外事 件で私人が独禁法に基づく主張を行ったもの(損害賠償請求事件、差止請求事件 等)は、判例集に登載されたものも少なく、最近まで殆ど注目されなかったが、
近年、本格的な国際的民事訴訟事件がみられるようになってきた。例えば、京セ ラ対ヘムロック事件において、東京高裁は日本の裁判所の国際裁判管轄を否定
(2)し
、本件はアメリカ合衆国の裁判所で審理が行われた(3)。また島野製作所対アップ 研究ノート
独占禁止法違反が主張される国際的民事訴訟事件における 準拠法の決定について
─準備的研究─
土 田 和 博
Ⅰ はじめに
Ⅱ 島野・アップル事件
Ⅲ 「法の適用に関する通則法」の検討
Ⅳ おわりに
( 1 ) 最判平成29年12月12日、民集71巻10号1958頁。
( 2 ) 東京高判平成29年10月25日、LEX/DB25564231。本件の評釈には、松下満雄「国際契約 における準拠法・管轄裁判所に関する合意と独占禁止法の適用関係」ジュリ1541号95頁、藤 澤尚江「独占禁止法の適用排斥と外国裁判所を指定する専属的裁判管轄合意の関係」ジュリ 1533号132頁がある。第 1 審は、東京地判平成28年10月 6 日、LEX/DB25544719。高橋宏 司・ジュリ臨増1518号310頁、横溝大・私法判例リマークス56号142頁等を参照。
( 3 ) Hemlock Semiconductor Corp. v. Kyocera Corporation, 747 Fed. Appx. 285 (6th Cir.
2018). 第 6 巡回区控訴裁判所は、京セラの反訴請求のうち、acceleration 条項(一定の条件 の下で需要者である京セラが債務を履行しなければ、供給者ヘムロックから購入すべき数量 が増え、ヘムロックは京セラに残りの全ての数量を購入させることができるとするもの)の
早法 96 巻 3 号(2021)
ル事件では、東京地裁の中間判決が日本の国際裁判管轄を肯定したため(4)、その 後、同地裁において準拠法を含む争点について審理が行われ、原告の請求を棄却 する判決が2019年に言い渡された(5)。
本稿は、島野・アップル事件の東京地裁判決を契機として、独禁法違反が主張 された国際的民事訴訟事件における準拠法の決定について検討しようという研究 ノートである(6)。以下では、島野対アップル事件の事実関係と東京地裁判決をみた 後、法の適用に関する通則法(以下、通則法ともいう)について、契約の成立と効 力および不法行為による債権の成立と効力に関する準拠法の規定を中心に概観す 違法確認と生産設備拡張に係る契約違反の確認を斥け、take or pay 条項(京セラは、市場 価格が下落しても、10年間、約定した価格で契約した年間数量を引き取り、支払をしなけれ ばならないという条項)の違法確認請求のみを認めた。
( 4 ) 東京地判(中間判決)平成28年 2 月15日、LEX/DB25542763。東京地裁は、中間判決に おいて、原告・島野の主張する不法行為の一部が日本国内で発生したと解されるとし(民訴 法 3 条の 3 第 8 号)、債務不履行に基づく損害賠償の請求については、併合請求によるもの として(同法 3 条の 6 本文)、日本の裁判所に裁判管轄が認められるとした。外国の裁判所 を指定する専属的管轄合意については、平成23年改正前の民訴法の規定の趣旨を参酌しつ つ、条理に基づいて判断するとし、当事者の予測可能性を担保し、不測の損害を与えること を防止する趣旨から、国際裁判管轄の合意は一定の法律関係に関して定める必要があるとこ ろ、当事者間の「紛争が本契約に起因もしくは関連して生じているかどうかにかかわらず、
本条の条件が適用される」とする本件基本契約は、何らの限定も付しておらず、対象とする 訴えについて、その基本となる法律関係を読み取ることは困難であって、一定の法律関係に 基づく訴えについて定められたものとは認められないとして無効とした。評釈には、加藤紫 帆「一定の法律関係を対象としない国際裁判管轄合意を無効とした事例」ジュリ 1508号144 頁、道垣内正人「国際裁判管轄合意の有効性」NBL 1077号25頁、遠藤元一「排除的管轄合 意を無効としたアップル・島野訴訟中間判決」NBL 1073号36頁、河村寛治「国際裁判管轄 合意条項の有効性について」国際商事法務 45巻 5 号674頁、西口博之「島野製作所 vs. アッ プルの事例にみる国際ビジネスと裁判管轄」ビジネス法務 16巻 9 号106頁等がある。
( 5 ) 東京地判令和元年 9 月 4 日、LEX/DB25580154。本判決の評釈には、高杉直「優越的な 地位の濫用 : 準拠法条項の有効性と不法行為準拠法の決定」WLJ 判例コラム192号、根本拓
「準拠法決定における優越的地位の濫用の考慮」ジュリ1541号 6 頁、松下満雄「外国有力パ ソコン・メーカーと日本下請事業者間の部品供給下請契約を巡る紛争において日本独禁法の 適用を否定した事例」公正取引836号78頁がある。なお、準拠法について島野が控訴し、裁 判管轄に関してアップルが附帯控訴した控訴審において、東京高裁は原判決を取り消し、日 本 の 裁 判 管 轄 を 否 定 し て、 島 野 の 訴 え を 却 下 し た(令 和 2 年 7 月22日、D─1 Law.
com28283185)。これについては、加藤紫帆・ジュリ1557号248頁、土田和博・ジュリ1560号 掲載予定を参照。
( 6 ) 国際裁判管轄、特に両事件でみられた専属的国際裁判管轄合意の効力については、別 稿を予定している。また絶対的強行法規としての独禁法に関する本稿の記述も、別稿と重複 することを避けるため簡略なものとしたことをお断りしておきたい。
研究ノート(土田)
ることとしたい。
Ⅱ 島野・アップル事件
〈事実〉
2006年から被告アップルの販売するノートブック型パソコンの電源アダプタ ー等の部品であるプローブピン(コネクタに組み込まれるポゴピンと呼ばれるピン 等)を台湾企業に販売していた原告・島野製作所(2014年当時の資本金 9 千万円)
は、2009年 9 月に台湾企業を介さない直接の契約関係を構築するため、部品の開 発・ 供 給 等 に 関 す る 基 本 契 約(Master Development and Supply Agreement:
MDSA)を締結した。また原告と被告は、2011年 4 月28日、本件 MDSA に基づ き、作業指示書(SOW)を締結したが、これには被告の購買義務に関する定め があり、原告は、SOW に基づいて、2012年 1 月から薄型化されたコネクタ用の 新しいピン(C 6 ピン=本件ピン)の被告に対する製造販売を開始した。
本件ピンの製造販売に先立って、原告の社長や従業員と被告の従業員は、東京 都内の会合で、あるいはメールの送受信を通じて、被告の求める代替的サプライ ヤーについて協議し、その際、原告の社長は原告のサプライチェーンが尊重さ れ、保護されるなら、代替的サプライヤーを導入することに異議はないが、原告 の競合他社が原告のサプライチェーンの一部を構成するメッキ加工処理業者と接 触することは避けてほしいと述べた(2011年11月13日の東京都内での打合せ)。2012 年 1 月15日の原告のオフィスでの打合せでは、本件ピンの価格、数量、代替的サ プライヤーの導入について協議が行われ、代替的サプライヤーについては、被告 は、原告が被告の求める本件ピンの数量を供給する限り、原告が本件ピンの単独 のサプライヤーであり、代替的サプライヤーを導入する予定がないと約束した。
しかし、原告は、2012年 3 月19日、被告に対し、本件ピンの製造機械の供給が遅 れていること等から、同年 4 月分の本件の出荷数量が〇〇セットになると知らせ
(数量は判決文において伏字になっているため不明であるが、前後関係から予定した数 量に達しなかったものと思われる)、これに対して被告は、このような重大な約束 違反は深刻な結果をもたらすと返答した。その後、原告は、2012年 5 月までに外 注分を含めて自動旋盤装置(NC マシン)約230台で本件ピンを製造する量産体制 を整え、一定の生産能力を備えるに至った。他方、被告の2012年 8 月、 9 月以降 の本件ピンの発注は低調なものにとどまった(原告はこれを「本件取引停止」と主 張する)。
被告は、C 6 A ピンを開発し、2013年 1 月頃、台湾企業から C 6 A ピンの購入 を開始したが、原告の常務取締役および従業員は、同年 2 月13日、被告本社で原
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告に連絡することなく代替的サプライヤーを導入したことは約束違反であり、被 告は重大な責任を負う必要があると抗議したところ、被告は C 6 A ピンが新し い設計に基づくコストダウンバージョンであり、同じ設計を用いて他社に作らせ る代替的サプライヤーの導入には当たらないなどと述べた。原告およびその関連 会社は、被告からの本件ピンの発注が減少したため、2013年 3 月15日、不要とな った NC マシン80台を売却した。被告が台湾の別企業から C 6 A ピンの購入を 始めて以降、原告の被告への本件ピンの販売は、2013年 3 月から値下げして行わ れるようになり、その後も2013年 7 月、同年 9 月、同年12月、2014年 6 月、2016 年 3 月とそれぞれ値下げされた(原告はこれを「本件減額」と主張)。
さらに被告は、2013年 5 月22日、被告の在庫管理手法である先入れ先出しルー ルに基づき、一定数量の本件ピンを消化しない限り、新しい本件ピンを購入する ことはできず、これを行うためには被告が在庫を購入した際の価格と最新の価格 の差額に相当するリベートを支払う必要があるとメールを送信したことから(「本 件リベート要求」)、原告は同年 6 月 5 日、159万ドル余りのリベートを支払った。
被告からの発注は、旧型ピンは2015年半ばから、新型ピンは2016年中には途切 れるようになり、現在では原告は被告からこれらの発注を受けていない。
原告は、被告の要請に従って量産体制を整えたにもかかわらず、被告から①同 部品の発注を突然停止された、発注の再開のために、②代金減額および③リベー トの支払いを要求され、これに応じることを余儀なくされたと主張して、被告に 対して債務不履行(①)および不法行為(①、②、③)に基づく損害賠償を請求 した。
被告は、原告との上記 MDSA の定めに基づき、訴訟についてはカリフォルニ ア州サンタクララ郡の州または連邦の裁判所が専属的裁判管轄を有し、日本の裁 判所には管轄がないと主張したが、東京地裁は、これを斥ける中間判決を言い渡 した(注 4 を参照)。その後、東京地裁において準拠法に関する争点について審理 が続けられ、被告は MDSA によりカリフォルニア州法が準拠法となると主張し たのに対して、原告は日本法である民法および独占禁止法が適用されるべき法で あると主張した。以下は注 5 の東京地判の要旨である。
〈判旨〉 請求棄却。
1 債務不履行に基づく損害賠償請求の準拠法と債務不履行の有無
( 1 )
原告および被告は、本件 MDSA を締結し、これに基づく原告および被告の権利義務の準拠法としてカリフォルニア州法を選択したものと認められる。原 告が主張する債務不履行に基づく損害賠償請求は本件 MDSA に基づく権利義務 に係るものであるから、その準拠法は、法の適用に関する通則法 7 条により、カ
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リフォルニア州法となる。
本件準拠法条項は被告の優越的地位濫用により定められた原告にとって不利益 なものであり、原告の意思形成過程に瑕疵があるため無効であるとの原告の主張 については、証拠によれば、原告は被告に本件準拠法条項を含めて本件 MDSA につき特段異議を述べていないこと、全証拠によっても被告が優越的地位を濫用 して本件準拠法条項を定めたとは認められないこと、原告においてカリフォルニ ア州法を調査、検討することが特に困難であると窺われるような事情はなく、原 告に過大な負担を課すものとはいえないこと、そもそもカリフォルニア州法が原 告に不利益な内容を定めていることを基礎づける事情もないことから原告の主張 は採用できない。
また通則法42条は、外国法の適用結果が公序に反する場合にその適用を排除す る規定であり、外国法の規定そのものが公序に反する場合を想定するものではな いから、日本法の継続的契約の法理に相当する内容がカリフォルニア州法にない からといって、同法の適用が通則法42条によって排除されるわけではない(適用 の結果も公序に反するものでない)。
( 2 )
カリフォルニア州法にしたがって、被告の債務不履行の有無を検討すれば、カリフォルニア州法には全ての契約に黙示的誓約が存在し、契約の一方当事者は 他方当事者から契約の利益を奪うようなことは行わないという義務を負うが、黙 示的誓約の規律する範囲は、当該契約の目的および明示条件によって画され、当 該契約の目的や契約内に設けられた条項に反する内容の黙示的誓約は成立しない ものと解すべきである。
責任否認条項を含む本件 MDSA および本件 SOW の定めに鑑みれば、発注予 測は飽くまでも将来の発注数量の目安を推測したものにすぎず、予測で示された 数量と異なる数量の発注が行われることもあり得ることは当然に予定されていた というべきである。本件 MDSA の定めおよび被告による発注予測の提示が上記 のような趣旨のものであることからすると、被告は原告に発注予測として提示し た数量を現実に発注する義務を負うものではなかったというべきである。したが って、被告による平成24年 8 月以降の発注数量の減少が本件 MDSA の黙示的誓 約に反するとはいえない。
2 不法行為に基づく損害賠償請求の準拠法
( 1 )
不法行為によって生ずる債権の成立および効力について原則的な準拠法を定めた通則法17条本文によれば、本件各不法行為に基づく損害賠償請求の成立お よび効力は、本件各不法行為の結果である原告の損害が発生した地である日本法 によることになるが、通則法20条によって同法17条の適用が排除される場合に は、明らかな密接関連地の法が準拠法となる。通則法20条は、「当事者間の契約
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に基づく義務に違反して不法行為が行われたこと」を例とする諸事情に照らし て、通則法17条ないし19条により適用すべきとされる法の属する地と比較して、
明らかに密接関連地があるときは、当該密接関連地の法を準拠法とすることを定 めるものである。
( 2 )
原告の主張する本件各不法行為は、いずれも本件 MDSA の趣旨および目的や本件 MDSA に定められた各条項が原告と被告に課す義務の内容に照らし、
被告が原告に対して負うべき義務の範囲を画することによって、不法行為該当性 を判断することが可能になるものであり、本件 MDSA と切り離しては不法行為 該当性の判断ができない性質を有するものというべきである。そして本件 MDSA は準拠法条項により、その準拠法をカリフォルニア州法としている。こ れらの事情によれば、本件各不法行為に基づく損害賠償請求権の成立および効力 は、日本と比較して、本件 MDSA の本件準拠法条項によって準拠法として選択 されたカリフォルニア州法が属する地であるカリフォルニア州とより密接な関係 を有することが明らかであるから、通則法20条が適用され、その準拠法はカリ フォルニア州法となるものというべきである。通則法20条は、契約をめぐる不 法行為が問題となる場合に、不法行為と当該契約が密接な関係を有するため、不 法行為についても当該契約の準拠法によって判断することが合理的であるという ことも根拠としているというべきである(7)。
( 7 ) このほか、本判決は、いわゆる先決問題に関連して次のように判示している(ただし、
本問題に対して別個の法律関係を構成しないとする)。
被侵害利益の存否および内容の準拠法については、渉外的な法律関係において、ある一つ の法律問題(本問題)を解決するためにまず決めなければならない不可欠の前提問題があ り、その前提問題が国際私法上本問題とは別個の法律関係を構成している場合、その前提問 題は、本問題の準拠法によるのでも、本問題の準拠法が所属する国の国際私法が指定する準 拠法によるのでもなく、法廷地である我が国の国際私法により定まる準拠法によって解決す べきである(最高裁判決平成12年 1 月27日、民集54巻 1 号 1 頁)。
しかし、原告の主張の実質は、優越的地位の濫用を規制する法規範によって創設され、ま たはその保護が宣言される具体的な権利利益が存在することを指摘するのではなく、本件 MDSA に基づく取引関係にある当事者間における不法行為が問題となる場面において、優 越的地位の濫用を規制する法規範の規定内容を説明道具として介在させることによって、そ の存在が導かれる経済的利益をもって、本件各不法行為の被侵害利益とすべきであるという ものにすぎないというべきである。このような権利利益は、物権の得喪や親族関係のよう に、他者から侵害されたか否かという場面を離れてその存否および内容が独立の問題となり 得る権利利益とは異なり、それが他者から侵害されたか否かという場面で初めて問題とな り、侵害の態様やその程度に応じてその外縁が画されるという性質を有するものということ ができる。したがって、原告が本件各不法行為における被侵害利益として主張する権利利益 の存否および内容は、それに対する侵害の問題と表裏一体の関係にあるということができ、
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Ⅲ 「法の適用に関する通則法」の検討
国際的民事事件における準拠法の決定は、「法例」(1898年・明治31年)の全面 改正として、2006(平成18)年 6 月15日に成立した「法の適用に関する通則法」
による(施行日は2007(平成19)年 1 月 1 日)。契約の成立と効力、不法行為による 債権の成立と効力に関する準拠法については、同法の以下の規定と判例、学説が 重要である。
1 当事者自治による準拠法選択と絶対的強行法規
( 1 )
通則法 7 条は、法律行為の成立と効力を当事者の意思に従って一定の準拠法に連結することを許容し、その連結された法により当該法律行為を規律させよ うとする。島野・アップル事件でも東京地判が、債務不履行に基づく損害賠償請 求の準拠法につき、通則法 7 条により、当事者が選択した地の法であるカリフォ ルニア州法であるとしたことは前述したとおりである。ただし、当事者自治の制 約として、一定の類型の契約(消費者契約、労働契約)については特別の規定(同 法11条、12条)があるほか、絶対的強行法規の特別連結が理論上認められる(8)。当 事者自治は、契約当事者間に交渉力の格差が存在する場合、一方当事者の要求す
同権利利益の存否および内容そのものが独立の問題となることが考えられないものである。
そうすると、原告が被侵害利益として主張する上記権利利益の存否および内容は、不法行為 に基づく損害賠償請求権の成否とは別個の法律関係を構成しているとはいえず、不法行為に 基づく損害賠償請求権の成否の前提問題として、それとは別に準拠法を定めるべき場合には 当たらないものというべきである。よって、本件各不法行為によって侵害される権利利益 は、本件各不法行為に基づく損害賠償請求とは別個に準拠法を定めるべきではなく、上記権 利利益の存否および内容を含む本件各不法行為に基づく損害賠償請求全体について、通則法 20条により、カリフォルニア州法が準拠法となるというべきである。
仮に、原告が本件各不法行為によって侵害されたと主張する権利利益の存否及び内容を、
不法行為に基づく損害賠償請求権の成否とは別個の法律問題を構成するものと解したとして も、それは、上記で説示したとおり、本件 MDSA に基づく取引関係にある当事者の権利義 務によって影響を受ける経済的利益をいかに解するかという問題に収斂されるから、本件 MDSA の準拠法条項および通則法 7 条により、カリフォルニア州法が準拠法となるものと 解される。この点については、加藤紫帆・ジュリ1556号127頁(2021年)を参照。
( 8 ) 小出邦夫編著『逐条解説 法の適用に関する通則法(増補版)』84頁以下(2014年)、澤 木敬郎・道垣内正人『国際私法入門(第 8 版)』176頁以下(2018年)、中西康他『国際私法
(第 2 版)』129頁以下(2018年)、櫻田嘉章『国際私法(第 7 版)』219頁以下(2020年)、溜 池良夫『国際私法講義(第 3 版)』359頁以下(2005年)、木棚照一編著『国際私法』257頁以 下(2016年)等を参照。
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る準拠法が事実上一方的に選択される結果となることがあるから、その制約が必 要とされる場合等があるのである(9)。
( 2 )
絶対的強行法規か否かは、(法律単位ではなく)個々の規定ごとに判断され るが、その意義や判断基準が問われる。学説では、例えば、当該法規の立法目的 や趣旨を勘案して決定され、渉外取引に国家的介入を行い得るだけの強い政策目 的を有するもの、強い公共目的を有する法律で、社会的、経済的その他公共的な 目的から制定されているものなどといわれる(10)。本稿においては、一般的に絶対的 強行法規とは何かではなく、単独の取引拒絶(独禁法 2 条 9 項 6 号イ・一般指定 2 項、19条)や優越的地位濫用の禁止(同法 2 条 9 項 5 号、19条)が絶対的強行法規か が問題であるところ、違法、不当な目的を達成する手段として(有力な)事業者 が行う単独・直接の取引拒絶を禁止することは、公正かつ自由な取引秩序を保持 しようという重要な公共目的に基づくものであり、また優越的地位濫用の禁止 は、取引上優越した地位にある事業者に対して、劣後した地位にある取引相手が 公正かつ自由な取引秩序において、自主的かつ主体的に取引条件を決定すること を可能にするとともに、これによって当該市場における公正かつ自由な競争秩序 を保持しようとする公共政策目的による法規であり、絶対的強行法規と把握する ことが可能と考えられる。独禁法24条もこれらの不公正な取引方法による利益侵 害の停止、予防をはかるという民事救済の手段であると同時に、それによって公 正かつ自由な競争秩序の維持・確保という公益にも資するものであり、絶対的強 行法規と評価できよう。( 3 )
法廷地の絶対的強行法規の適用が認められた先例のうち、独禁法違反が主張される国際的民事事件にとって参考になると考えられるものには、次の事件が
( 9 ) 澤木・道垣内の前掲書175頁、西谷祐子「ドイツ国際消費者契約上の諸問題-『強行法 規の特別連結』に関する一考察」法学63巻 5 号 2 頁(1999年)。国際的には、1980年 EEC 契 約債務準拠法条約(ローマ条約) 7 条として結実したものとされる(西谷論文 2 頁)。嶋拓 哉「わが国抵触法体系における利息制限法の位置付けに関する一考察( 4 )」国際商事法務 38巻 4 号492頁(2010年)は、近年当事者自治の原則に基づく法選択の自由が広範に許容さ れ、またその適用範囲が拡大しているとすると共に、消費者契約、労働契約に関する特例に ついても、「絶対的強行法規の適用問題と根を同一にするもの」とみる。
(10) 絶対的強行法規の意義や根拠に関する学説の状況は、小出編著・前掲書84頁以下を参 照。「契 約 債 務 の 準 拠 法 に 関 す る 欧 州 議 会 お よ び 理 事 会 規 則」(Regulation(EC)No 593/2008 of the European Parliament and of the Council of 17 June 2008 on the law applicable to contractual obligations (Rome Ⅰ)) 9 条 1 項は「絶対的強行法規(overriding mandatory provisions)とは、本規則により契約に適用されることとなる準拠法のいかんに かかわらず、その尊重が国家による政治的、社会的または経済的編成(organisation)のよ うな公共の利益を保護する上で、その適用範囲に含まれるいかなる状況にも適用される程度 に極めて重要であると考えられる規定であるとする。
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ある(11)。
①東京地決昭和40年 4 月26日、判時408号14頁(12)。
事案は、国内線機長として被申請人インターナショナル・エア・サービス社か ら日本航空に派遣された申請人・米国国籍の G 氏(被申請人と雇用関係にある)
が労働組合結成準備活動を行ったところ、被申請人が G 氏を解雇したことに対 して、G 氏が解雇無効確認と未払賃金の支払いを仮処分申請したもの。被申請 人は都内に事務所があり、申請人の労務の提供も国内で行われている事案で、東 京地裁は、両者の準拠法選択は米国連邦法またはカリフォルニア州法であると考 えられるとしつつ、法例 7 条を排して、「労働契約関係を律する労働法は…各国 家がそれぞれ独自の要求からその国で現実に労務給付の行われる労使の契約関係 に干渉介入し、独自の方法でその自由を制限し規整している」から労務提供が継 続して国内で行われるような場合には、「法例第 7 条の採用した準拠法選定自由 の原則は属地的に限定された効力を有する公序としての労働法によって制約を受 ける」とし、労働組合法 7 条 1 号を適用したものである。
②東京地判平成16年 2 月24日、判時1853号38頁
本件は味の素株式会社とその元従業員の職務発明の対価に係る争いである。裁 判所は、外国において特許を受ける権利の承継が本件の問題であるから雇用契約 の準拠法が争点であり、法例 7 条によるべきところ、当事者の明示の意思はない が、日本法人と日本人の間の争いであるから、黙示的に日本法によるとする意思 であると推認できること、条理により決定するとしても両者の雇用契約と最密接 関係地は「原告が労務を提供し、使用者である被告が本社を置き、かつ本件各発 明が行われた我が国である」こと、「いずれの準拠法選択をした場合であっても、
絶対的強行法規の性質を有する労働法規は適用されるべきであるところ、特許法
(11) これ以外の事例については、櫻田嘉章・道垣内正人編『注釈国際私法第 1 巻』37頁
(2011年・横溝大執筆)を参照。
(12) 本文のとおり、カリフォルニア州法を準拠法とする労働契約に関して解雇が問題となっ た事例で、法廷地でありかつ労務提供地でもある日本の労働法規が属地的公序として適用さ れるとしたものであるが、本決定について、櫻田嘉章・道垣内正人編『国際私法判例百選
(第 2 版)』33頁(山川隆一執筆、2012年)は、絶対的強行法規説のほか、労働契約等の弱者 保護が必要な契約関係に関する特別の準拠法決定ルールに依拠したものとする説、労働法の ような公法は労務の提供が国内で行われる限り適用されるとする「公法の属地的適用の理 論」を採用したものとする説があることを紹介する。道垣内正人『ポイント国際私法 総論
(第 2 版)』(2007年)72頁以下も参照。公法的規定の属地的適用と絶対的強行法規の特別連 結の差違は、法廷地国でも準拠法国でもない第三国の強行法規を(法廷地裁判所が)適用す る可能性が前者ではないが、後者ではあり得る点に存するとされる(嶋・前掲注 9 論文
( 1 )国際商事法務38巻 1 号42頁の注 6 )。
早法 96 巻 3 号(2021)
35条もまた、上記の性質を有する労働法規と解される」ことから、準拠法は日本 法であると判示した。ただし、別訴(日立特許発明事件)では、東京高裁は同条 を強行法規と認めたが、最高裁は特許法35条の強行法規性を否定したと解される 判示をしている(最判平成18年10月17日、民集60巻 8 号2853頁、判時1951号35頁)。 ③東京地決平成19年 8 月28日、判時1991号89頁(13)
債務者はシリコンウエハーを製造する韓国法人であり、同製品を日本において 販売するために債権者(日本法人)を 3 年間、非独占的エージェントに指定する 契約を締結し、同契約は10年以上更新されてきたが、直近の契約期間満了後は更 新されなかったため、債権者が本件更新拒絶は独禁法に違反する不公正な取引方 法(単独の取引拒絶および優越的地位濫用)に当たるとして、独禁法24条に基づく 差止命令の仮処分を申し立てたもの。東京地決は、韓国法を準拠法とする合意が あっても、独禁法24条に関して「独占禁止法は強行法規であるから、準拠法の合 意にかかわらず、本件に適用される」と端的に述べたが、本件更新拒絶に公正競 争阻害性を窺わせる疎明がないなどとして債権者の申立てを斥けた。
2 当事者の準拠法選択がない場合(通則法 8 条)
島野・アップル事件の原告は、準拠法条項が被告の優越的地位濫用により定め られたものであり、原告の意思形成過程に瑕疵があるため無効であると主張し て、当事者による準拠法の選択がない場合の法律行為の成立・効力に係る通則法 8 条 1 項、 2 項により最密接関係地法である日本法の適用を導こうとした(が裁 判所は被告の優越的地位濫用により本件準拠法条項が定められたという立証がないとし て原告の主張を斥けた)。したがって、 8 条 1 項、 2 項についても簡単に概観して おく。
8 条 1 項は、法律行為の当事者による準拠法の選択がない場合、法律行為の成 立と効力に関する準拠法は、当該法律行為の当時において最も密接な関係がある 地の法であると規定する。一般に最密接関係地法は、当事者の国籍、常居所、主 たる事務所の所在地、契約目的物の所在地、契約締結地、契約目的の実現地(主 たる義務の履行地)などを総合考慮するとされる(14)。
8 条 2 項は、一方当事者のみが特徴的な給付を行う場合の最密接関係地法を、
当該当事者の常居所地(または主たる事業所の所在地)の法と推定するものであ る。例えば、動産の売買契約では、動産の引渡しという給付がその契約を他の種 類の契約から区別するメルクマールと考えられることから、動産の引渡しを行う
(13) 櫻田・道垣内編『国際私法判例百選(第 2 版)』102事件を参照(不破茂執筆、ただし国 際裁判管轄につき解説)。
(14) 澤木・道垣内・183頁、小出編著・前掲書106頁。
研究ノート(土田)
売主の常居所地法を最密接関係地の法とするものとされる(15)。本件では特徴的な給 付を行うのは原告(島野)であると考えられるから、その常居所地法である日本 法が最密接関係地法ということになろう。ただし、「推定する」であるから、例 えば OEM 契約において、特徴的給付は製品の製作供給を行う受注者であるが、
「発注者が製品の仕様や規格を決定し、発注者の所在する市場で発注者の名で販 売されることから、むしろ発注者の側に契約の重点があるものも存在すると考え られる」として、推定が覆る場合があることを示唆する考え方もあるが(16)、本件は そのような他社ブランドの製品を製造する OEM 契約ではない。
3 不法行為に関する準拠法の原則規定(17条)
不法行為によって生じる債権の成立と効力については、通則法17条が「加害行 為の結果が発生した地の法」によるとし、ただし、その地における結果の発生が 通常予見できないものであるときは、「加害行為が行われた地の法」によること としている(17)。不法行為の準拠法の原則である結果発生地法とは、加害行為によっ て直接に侵害された権利が侵害発生時に所在した地、すなわち現実に財産権や人 の身体・健康等に法益侵害の結果が発生し、不法行為の成立要件が充足された場 所の法を指す(18)。島野・アップル事件では、取引停止、減額、リベート要求による 原告の財産権への侵害は原告の所在する日本において生じたと考えられるから、
原則によれば準拠法は日本法となる。
(15) 小出編著・108頁。
(16) 小出編著109頁、118頁の注11。なお、最密接関係地法の推定に関して、推定を根拠づけ る事実および推定を覆す事実を当事者が主張する必要があるかについては、判例は当事者の 主張立証を要するとする(小出編著・108頁)。
(17) 例外的に行為地法が準拠法となるのは、結果の発生が通常予見できない場合にまで結果 発生地法によることとした場合には、加害者の準拠法に関する予見可能性を害することとな るから、被害者と加害者の利益の衡平を図る観点に基づくものとされる(小出編著・193 頁)。なお、「その地における結果の発生が通常予見することのできないものであったとき」
とは、加害者の主観的事情を問題にするのではなく(加害者がその地における結果の発生を 具体的に予見し得たか否かではなく)、客観的な規範の問題として、加害者および加害行為 の性質・態様、被害発生の状況等、当該不法行為に関する事情に照らして、その地における 結果の発生が通常予見可能なものであったか否かを問題とする趣旨である(同書、194頁)。
(18) 櫻田・道垣内編集『注釈国際私法』444頁(西谷祐子執筆)。例えば、ある行為により A 国で健康上の被害が生じたため、B 国で入院したという場合、B 国で入院治療費の支出を 余儀なくされたとしても、直接に侵害された権利が侵害発生時に所在した地である A 国法 が準拠法となる。
早法 96 巻 3 号(2021)
4 明らかに密接な関係がある地がある場合の例外(20条)
( 1 )
ところが、通則法20条は、①不法行為の当時において当事者が法を同じくする地に常居所を有していたこと、②当事者間の契約に基づく義務に違反して不 法行為が行われたこと、③その他の事情に照らして、明らかに17条により適用す べき法の属する地よりも密接な関係のある他の地がある場合には、当該地の法に よることとしている。
本件との関係で一応問題となる②は、ある行為が、実質法上、当事者間の契約 に基づく義務に違反して債務不履行になると同時に、不法行為の成立要件をも満 たして、いわゆる請求権競合が生じるような場合を意味する。例えば、当事者間 で寄託契約が締結され、その後に受寄者が過失により寄託物を毀損したような場 合である。このような場合には、不法行為の問題も当事者間の契約に関する紛争 の一部を構成するものであり、当該契約の準拠法を適用することは、当事者の合 理的な期待にかなうと考えられるとともに、契約の準拠法と不法行為の準拠法が 矛盾・抵触することによる適応問題の発生を回避することができると考えられる からである(19)(附従連結)。
( 2 )
島野・アップル事件で原告が不法行為に該当すると主張するもののうち、代金減額とリベートの要求は、被告が「当事者間の契約に基づく義務に違反し て」行った不法行為には当たらないと考えられるから、②による附従連結が認め られるものではない(20)。裁判所も「『当事者間の契約に基づく義務に違反して不法 行為が行われたこと』を例とする諸事情に照らして」「通則法17条…により適用 すべきとされる法の属する地と比較して、明らかに密接関連地があるときは、当 該密接関連地の法を準拠法とすることを定めるもの」としているから、③「その 他の事情に照らして」密接関連地法を検討したものと考えられる。その上で判決 は、「本件各不法行為は、いずれも本件 MDSA の趣旨および目的や、本件 MDSA に定められた各条項が原告と被告に課す義務の内容に照らし、被告が原 告に対して負うべき義務の範囲を画することによって、不法行為該当性を判断す ることが可能になるものであり、本件 MDSA と切り離しては不法行為該当性の
(19) 小出編著・235─236頁。前掲『注釈国際私法』440頁(西谷裕子執筆)も、契約上の義務 に違反して不法行為が行われた場合、その不法行為は実質的に当該基本契約の枠内の問題で あるといえ、通常はその準拠法を適用することが当事者の合理的な期待にかなう」という。
なお、20条により、不法行為責任についても、契約の準拠法を適用するという意味は、「密 接な関係がある他の地」の法であるから、契約準拠法国の「不法行為に関する」実質法であ る(小出編著・244頁の注12)。
(20) これに対し、取引停止は、継続的契約関係における善管注意義務違反であると同時に、
不法行為(独禁法に違反する単独の取引拒絶)でもあるとすれば、附従連結が認められる可 能性があり得る。
研究ノート(土田)
判断ができない性質を有するもの」だから、「本件各不法行為に基づく損害賠償 請求権の成立及び効力は…契約の準拠法として選択されたカリフォルニア州法が 属する地であるカリフォルニア州とより密接な関係を有することが明らかであ る」とするのである。
( 3 )
ところで、通則法17条の原則と20条の例外に関する先例のうち、独禁法違反を不法行為と主張する事件に参考になると思われるものとしては、以下のよう な事例がある(21)。
【17条の原則によったケース(結果発生地法を準拠法とするもの)】
①東京地判平成30年11月22日(LEX/DB25558839)、東京高判平成31年 4 月25日
(2019WLJPCA04256019)で控訴棄却。
本件は、有価証券の運用等を業とする国内の株式会社である原告サンライズイ ンベストメントが、英国ケイマン法に基づき設立され、その株式が香港証券取引 所に上場されている金川集団国際資源有限公司(被告会社)およびその役員であ る被告ら Y 1 および Y 2 を相手方として、Y 1 、Y 2 の欺罔行為によって、原告 が保有していた被告会社の株式を訴外会社に対して不当な廉価で売却する旨の意 思表示(譲渡証書への署名)を日本国内でさせられたことを不法行為であると主 張し、民法709条、715条に基づき損害賠償を求めたものである。
東京地裁は、原告が本件譲渡証書への署名を日本国内でさせられたことが不法 行為に当たる旨主張しているのだから、本件の加害行為による結果発生地が日本 国内であることは明らかであるとし(本件譲渡証書に訴外会社の署名がされ、被告 会社の株式の名義書換手続が行われたのが香港であったとしても、原告が本件譲渡証書 に署名した時点において、原告が保有していた被告会社の株式は、被告 Y 1 および被告 Y 2 の意のままに移転できる状態になったといえるから、当該時点において本件の加害 行為の結果が発生したといえるとする)、本件請求に関する法律関係の準拠法は日 本法となると判示した。
被告会社は、本件が香港法を準拠法とする契約に関連する不法行為が問題とな る事案であることなどから、通則法20条により本件の準拠法は香港法であると 主張したが、裁判所は、原告が被告会社の株式を訴外会社に売却する旨の意思表 示(本件譲渡証書への署名)をさせられたこと自体を不法行為として主張している のであって、契約がひとまず有効に成立したことを前提として、当該契約に基づ く義務に違反して不法行為が行われた旨を主張するような場合とは異なること、
本件の加害行為地が日本国内にあることなどにも鑑みれば、明らかに日本よりも 香港の方が密接な関係がある地であるということはできないとした(不法行為の
(21) これ以外の事例については、加藤・注 7 の128頁を参照。
早法 96 巻 3 号(2021)
成立を認め、請求を一部認容)。
②東京地判平成22年 1 月29日、判タ1334号223頁(22)。
本件は、フランスの化粧品メーカーと日本における独占的販売代理店の間の代 理店契約が後者の度重なる代金支払遅延により解除された後、代理店であった原 告が、フランスの化粧品メーカー、新たに日本における総発売元となった日本法 人 Y 1 およびこれを化粧品メーカーと折半出資により設立した日本法人 Y 2 を 共同被告として、原告の総販売代理店たる地位の侵害、販売先の奪取等を内容と する共同不法行為によって損害を被ったとして賠償を請求した事件である。
東京地裁は、化粧品メーカーの弁論を分離した上(23)、Y 1 および Y 2 に対する損 害賠償請求の準拠法を、被告らの主張するフランス法ではなく日本法であるとし た。判決は、原告が主張する Y 1 、Y 2 の共同不法行為による結果はいずれも日 本国内で生じるから、通則法17条に基づき、本件不法行為による債権の成立およ び効力に関する準拠法は日本法であるとした上、20条の適用をも検討し、しか し、本件では被告である複数の販売代理店がいずれも国内に本店のある会社であ ること、原告の主張する共同不法行為の結果は国内において生じるものであるこ と、原告と分離前の相被告フランス化粧品メーカーとの契約更新に関する交渉も 電子メールの送信等の方法に加えて国内で直接に話し合う方法も取られたこと、
日本法人である被告らとの間では化粧品の販売およびそれに伴う合意書につきフ ランス法が適用される旨の契約は締結されていないこと等を理由に日本法が準拠 法となるとした(共同の取引拒絶、優越的地位濫用など不公正な取引方法を含めて不 法行為に該当するとの主張は斥けた)。以上のように、本件は、純粋に隔地者間の 不法行為を含む事例とはいいがたいものであって、17条により準拠法が日本法と されたのは当然と考えられる。
【17条の原則にもかかわらず、20条により、明らかに密接関連地があるとしたケ ース】
③知財高決平成21年12月15日、LEX/DB25441588(24)
本件は、ウルトラマンの著作物の日本以外の国における独占的利用権の許諾を 相手方・円谷プロダクションから受けたという訴外 A(タイ国人)より再許諾を
(22) 櫻田・道垣内編『国際私法判例百選(第 2 版)』(2012年)41事件参照(樋爪誠執筆)。
本件では控訴があったが、その後、取り下げたか和解したものと思われる。
(23) 本件原告とフランス化粧品メーカーの別訴については、両者の基本契約上の管轄合意に より、日本には国際裁判管轄がないとして却下された。東京地判平成20年 4 月11日、判タ 1276号332頁。
(24) 櫻田・道垣内編『国際私法判例百選(第 2 版)』40事件(小出邦夫執筆)を参照。
研究ノート(土田)
受けたと主張する抗告人・ユーエム株式会社が、日本国内外の映像事業関係者に 対して抗告人が本件著作物の独占的利用権を有しないとする書面を相手方が送付 した行為は不正競争防止法 2 条 1 項14号(現行 2 条 1 項21号)の「競争関係にあ る他人の営業上の信用を害する虚偽の事実を告知し、又は流布する行為」に当た るとして、相手方に対して独占的利用権の妨害行為の差止請求権等を被保全権利 として国内外の告知・流布行為等の差止を求めた仮処分申立事件である。
知財高裁は、国外において行われる国外告知・流布行為の差止めに関する準拠 法については、通則法に明文の規定がないが、同法17条にいう「不法行為」を原 因として法の適用が問題になる場合であると解するのが相当であるとして、「加 害行為の結果が発生した地の法」によるべきことになるとした(外国法)。しか し、抗告人、相手方ともに日本法人であること、国外における告知・流布行為も 相手方が国内において意思決定を行うものと考えられること、国外での告知・流 布行為により外国において結果が発生したとしても、その結果は国内の抗告人に 影響を及ぼすものであること等の事情に照らすと、明らかに我が国が密接な関係 がある他の地といえるとして、通則法20条を適用して日本国法を準拠法とした ものである(抗告人が A から本件独占的利用権の譲渡を受けていたとしても、抗告人 の不正競争防止法に基づく請求について、被保全権利の疎明があったということはでき ないとして抗告を棄却した)。
④東京地判平成24年 5 月24日、LEX/DB25494156(25)。
フランス国籍の原告は、英国法人である被告会社 Y 2 と雇用契約を締結して、
香港に所在する被告 Y 1 の東京支店の株式部次長として赴任し、その後、Y 1 ・ 東京支店長の地位にあった者であるが、Y 2 の親銀行が Y 1 の全従業員に対し て、平成20(2008)年の賞与を不支給とする旨のメッセージを従業員に送信した ことから、原告は日銀、金融庁、財務省に従業員の不出勤、サボタージュ、ミス 等のオペレーショナルリスクが発生したという報告をしたところ、Y 2 はこれを 理由として、原告の Y 1 への出向期間を更新せず、Y 1 のオフィスへの立入禁止 措置等をとったため、原告の人格権(支店長としての名誉、信用等の社会的評価)
を侵害したこと、および Y 2 から事前通知され支給されるはずの賞与の 9 割を カットされたことにより原告の合理的期待権を侵害したことが Y 1 と Y 2 の不 法行為に当たるとして損害賠償を求めた。
東京地裁は国際裁判管轄を認めた上(26)、原告が主張する本件賞与の減額の不法行
(25) 国友明彦・ジュリ臨増 1453号295頁、山田恒久・法セ増(新判例解説 Watch)13号299 頁を参照。
(26) 2011年改正民事訴訟法が適用されなかった事件であり、旧民訴法 5 条 9 号(不法行為の 裁判籍)の規定により、国際裁判管轄を肯定した。
早法 96 巻 3 号(2021)
為による結果は賞与請求に係る法的利益が侵害されたものであり、原告の住所地 である日本で発生したものというべきであるから、通則法17条によれば準拠法は 日本法となるが、原告の主張する本件不法行為は、原告の被告 Y 2 に対する賞 与請求権の有無および内容と「表裏の関係にある」というべきであるから、通則 法20条に照らし、原告と被告 Y 2 の雇用契約の準拠法たる英国法が準拠法とな るものと解すべきであるとした(27)。その上で、「原告は、英国法について、何ら立 証しないし、当裁判所の調査によっても、明らかでないため、条理にしたがっ て、判断せざるを得ない」とし、条理に基づいて不法行為該当性を判断している
(消極)。本判決は20条により結果発生地法以外の最密接関係地法を準拠法とした ものであるが、当事者が当該準拠法に基づく主張をしていなくとも、裁判所が職 権で調査をしている点が注目される。
⑤知財高裁判決平成31年 1 月24日、判時 2425号88頁。
被告 / 被控訴人・Forestone Japan 株式会社(日本法人)の販売するサックス用 ストラップが、原告 / 控訴人・タツミ楽器(日本法人)の販売するサックス用ス トラップの形態模倣(不競法 2 条 1 項 3 号)に該当するか否かが争われた事件に おいて、本件差止請求および本件損害賠償請求は、被控訴人による外国の顧客に 対する被控訴人商品の販売によって当該販売先の国の市場における控訴人の営業 上の利益が侵害され、または侵害されるおそれがあることに基づくものであるか ら、同条の「加害行為の結果が発生した地」は、当該販売先の国であると認めら れるが、「控訴人及び被控訴人の本店所在地は、いずれも日本国内にあること、
被控訴人による被告商品の販売形態は、日本国内の本店所在地で受注し、外国の 顧客に対し、被告商品を輸出、販売するというものであり、しかも、その販売先 は複数の国に及んでいることに照らすと、同法20条の規定により、準拠法は、
販売先の各国の地よりも明らかにより密接な関係がある我が国の法律であると解 すべきである」としたものである。a 当事者がいずれも国内に本店を有する者で あること、b 被控訴人が国内の本店で受注していること、c 販売先は複数の国に 及んでいること(複数の準拠法が適用されることを回避する趣旨と思われる)から20 条により日本法を準拠法としたものと考えられる。
( 4 )
さらに通則法17条と20条の関係に関する学説をみると、通則法20条に「例 示されている場合に該当すればともかく、『その他の事情に照らして』別の準拠(27) それ以外の不法行為、すなわち① Y 2 が原告の Y 1 社東京支店への出向期間を更新し なかったことについては、Y 2 と原告の雇用契約が英国において英語で締結されているこ と、原告は雇用契約締結の当初ロンドンで勤務していたことから準拠法は英国法であると し、② Y 1 東京支店のオフィスへの原告の立入禁止等の一連の措置は不法行為に当たらない とした(②は日本法を準拠法として判断したものと考えられる)。
研究ノート(土田)
法が適用されるということはあくまで例外にとどめるべく、裁判実務における慎 重な運用が求められる」(28)という指摘がある。17条による法的安定性と20条による 具体的妥当性のバランスを崩すことがないよう、「明らかに」という要件の具備 を厳しく適用し、裁判をしてみないと準拠法が決まらないという事態(社会的コ ストが増大する)にならないように注意すべきであるとされる(29)。また櫻田・道垣 内編集『注釈国際私法』505頁(西谷祐子執筆)も「本条があくまで通則法17条〜
19条の例外規定であることに鑑みて、諸般の事情に照らして、明白かつ実質的に より密接な関係をもつ地があるといえる場合のみ、本条を適用すべきであろう」
という(30)。
( 5 )
仮に20条により、外国法が準拠法となったとして、これに基づく不法行為の成立の主張立証責任は、当事者が負うか。外国法事実説は、外国法を訴訟上事 実として扱うものであるから、適用を望む当事者がその適用を主張し、その内容 を証明しなければならない(証明がないときは、請求は棄却される)とする。しか し、準拠法とされた外国法は行為規範、裁判規範として内国法と異なるものでは ないとする外国法法律説の立場からは、強行法規である国際私法が外国法の適用 を命ずる以上、当事者の主張がなくとも、裁判所は職権でこれを調査し、適用す べきことになる。ただし、外国法の調査は現実にはかなり困難が伴うので、実務 上は、当事者に外国法について資料を提出させ、当事者間でその真否について争 いがない場合には、そのまま適用するのが普通であるとされる(31)。島野・アップル 事件では、原告に立証責任を負わせており、外国法事実説にたつものといわざる を得ないのであろうか。
Ⅳ おわりに
通則法の規定に関する概観を踏まえて、島野アップル事件について指摘できる
(28) 澤木・道垣内、前掲書230頁。
(29) 同前・232頁。
(30) もっとも、西谷祐子「不法行為の準拠法」須網隆夫・道垣内正人編著『国際ビジネスと 法』157頁(2009年)では、「契約締結上の過失など、当事者間の契約は成立していなくて も、一緒の契約責任の基礎となる法律関係は対象に含まれる」とし、また「当事者間の基本 関係が物権や親族関係に基づく法律関係である場合、さらには事実関係である場合にも(同 じパック旅行に参加している者同士で、その旅行中に発生した不法行為について、旅行の出 発地の法によるなど)、20条にいう『その他の事情』として、密接関連性を判断する際の考 慮要素となろう」として、20条の適用範囲を広く解しているようにも思われる(櫻田・道垣 内編集『注釈国際私法』441頁(西谷祐子執筆)も参照)。
(31) 澤木・道垣内、前掲書52頁。
早法 96 巻 3 号(2021)
ことを要約して本稿を閉じることする。
第 1 に、本件原告が法廷地の絶対的強行法規として、独占禁止法上の単独の取 引拒絶、優越的地位の濫用を主張しているとすれば、これらは公正かつ自由な取 引秩序を保持しようという重要な公共目的に基づくもの、公正かつ自由な取引秩 序において、自主的かつ主体的に取引条件を決定することを可能にするととも に、これによって当該市場における公正かつ自由な競争秩序を保持しようとする 公共政策目的に基づくものであって絶対的強行法規と把握することが可能である こと、本件各行為によって日本に所在する者を取引の相手方とする競争に一定の 影響を及ぼし、日本の自由競争経済秩序を侵害するから、独禁法の国際的適用範 囲に含まれるとともに、本件ピンをめぐる交渉が日本国内で度々行われており、
相応の関連性が肯定されることから、上記の絶対的強行法規が適用されるべきで あった。
第 2 に、絶対的強行法規として上記の独禁法の規定が適用されない場合でも、
本件各不法行為については、通則法20条の先例に比較して、本件で各不法行為 と主張されるもの(発注の停止、代金減額、リベートの支払い)は、必ずしも本件 契約と切り離して判断できないものではなく、またⅢ 4( 3 )でみた先例に比べ ると、島野・アップル事件は、少なくとも不法行為の成立・効力に関する原則で ある17条により準拠法となる日本法より、カリフォルニア州法が「明らかに」密 接な関係を有する地の法かは不明であるように思われ、不法行為の成立および効 力に関する準拠法の原則である「加害行為の結果が発生した地の法」(17条)、す なわち原告の財産上の利益への侵害が発生した日本の実質法を準拠法とすべきで あったと考えられる。仮に不法行為に関してカリフォルニア州法が準拠法となる とすれば、(当事者から資料の提供を受けつつ)裁判所が職権によりその内容を調 査する必要があったのではないであろうか。