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No.72(2018.03.31発行) 兵庫医科大学|会報

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(1)

目   次

1.会長より会員の皆様へ    2

2.教授就任のご挨拶    3

3.病院長就任のご挨拶    5

4.医師会会長就任のご挨拶    7

5.准教授・講師就任のご挨拶    8

6. 兵庫医大教授に就任された先生から

    緑樹会会員へメッセージ   10

7.厚生労働大臣賞受賞のご報告   16

8.平成29年度兵庫科学賞のご報告   17

9.支部たより   18

10.同期会たより   29

12.CircleofH.C.M   32

13.兵医のこころを後輩に   35

14.親子二代同窓会Story   36

15.医局紹介   40

16.研修医 1 年目を終えて   43

17.ベストティーチャー賞   45

18. 鳴尾浜グラウンド美化計画   46

19.掲示板   48

20. 定期理事会報告   48

21. 全国私立医科大学同窓会連絡会報告   49

22. 理事・支部会一覧   51 教育研究棟

緑樹会

会報

No.

72

2018.3.31

(2)

─2─

1.会長より会員の皆様へ

緑樹会会長

石 藏 礼 一

 (昭和57年卒業)

 早春の候、皆様には一層ご活躍のこと とお慶び申し上げます。

 緑樹会会員も4076名に今年の卒業生 の41期生は107名で計4183名となりまし た。

  1 期生卒業後、早くも40年が経ちま した。その間大学の校舎が増築され、創 立当時からは大きく変わりました。皆様 がご存知の大学中庭(駐車場として後に 大学祭会場に使用)や精神科病棟跡地に 建設された新教育研究棟が完成し、私達 が講義を受けた 3 − 1 、 3 − 2 、 4 − 1 、

4 − 2 講義室や実験実習室、図書室は 新教育研究棟に移転します。そのため、 学び舎だった 2 号館 3 号館 4 号館は立 ち入り禁止となり、今後は工事用シート に覆われ、順に建物は壊される予定です。 新教育研究棟の 3 階には兵庫医科大学 のアーカイブズ室が作られました。  また緑樹会事務室と会議室はそのアー カイブズ室の向かい側に移転しました。 緑樹会会議室には 9 期生村尾先生が描 かれた素晴らしい油絵を寄贈していただ き展示しています。皆様お近くに来られ た際には、是非兵庫医科大学アーカイブ ズ室、同窓会室にお立ち寄りください。   7 月 7 日(土)午後 に 緑樹会総会を 行います。総会では、緑樹会出身で教授 就任、医師会会長就任された先生方の講

演や 1 期生林孝之先生の講演を予定し ています。

 またこの日は緑樹会理事及び緑樹会会 長選挙が行われます。緑樹会は未だ発展 途中です。会員の皆様で緑樹会の企画及 び運営に志を持って積極的に行って頂く 先生方は、是非理事に立候補をお願いい たします。

 総会終了後には10号館10階ロイヤル で緑樹会会員懇親会を開催します。  総会は卒業生が学年、クラブ、地域の 壁なく一同に集まる事が出来る機会です。 今年の総会にて沢山の緑樹会会員の皆様 にお会いできることを楽しみにしていま す。

(3)

       

 2017年 4 月 兵 庫 医 療 大 学 リ ハ ビ リ

テーション学部 作業療法学科/大学院

医療研究科の教授に就任させていただき ました。

 私は1997年に本学を卒業後、旧第二

内科に入局し故垣下栄三教授のもとで研

修をさせていただき、その後は兵庫県立 淡路病院(現兵庫県立淡路医療センター)

内科、讃和会友愛会病院 内科を経て、

兵庫医科大学 内科学糖尿病科に勤務い

たしました。糖尿病内科と内分泌・代謝 内科が合併(現糖尿病・内分泌・代謝科)

した後は、准教授兼医局長として診療と

臨床研究、教育やチーム医療に従事して

まいりました。

 難波光義前主任教授、小山英則主任教 授の下で、糖尿病治療におけるインスリ

ン治療、特にインスリンポンプを用いた

先進治療や、消化管ホルモンであるイン

クレチン関連薬による治療に関して多く の患者さんの診療など、多くの臨床研究

に携わらせていただきました。

 これまでは内科診療・研究を中心に

やってきたものですから、新しく就任し た部門ではまだまだ戸惑いを覚えること

が多い状況です。

 兵庫医療大学では、これまで経験した

チーム医療のすばらしさを伝えながら、 学生教育や大学院生の指導・育成、兵庫

医科大学と連携した臨床研究に邁進する

所存です。

 近年、 2 型糖尿病治療においてはイ ンクレチン関連薬やSGLT 2 阻害薬な

どの治療薬が登場し、 1 型糖尿病治療

においてはReal-time CGM(Continuous

Glucose Monitoring)とリンクしたイン スリンポンプなどの先進治療も登場して

います。血糖測定機器の進歩(CGMや

FGM:Frash Glucose Monitorなど)も

目覚ましく、これらに関する臨床研究は

継続するとともに、糖尿病チーム医療、 糖尿病と運動療法に関して、他の医療職

者と連携しながら、臨床研究を進めてま

いります。

 今後も引き続きご支援くださいますよ う、よろしくお願い申し上げます。

2.教授就任のご挨拶

(4)

─4─

      教授就任に際して

 この度、平成29年 2 月 1 日付で順天

堂大学医学部附属浦安病院泌尿器科教授

を拝命致しました。就任に際しまして、 多数の先生方から多大なるご支援、ご尽

力を賜りましたこと、心より深謝申し上

げます。

 私は昭和63年に兵庫医科大学を卒業 し、 2 年間の臨床研修と約 6 年間の国

立病院機構大阪医療センター泌尿器科勤

務の後、平成 8 年から平成26年まで大

阪大学医学部泌尿器科学講座に勤務しま した。この間、 2 年間、ニューヨーク大

学泌尿器科および細胞生物学科に留学し、

当時その存在が確認されていなかった前

立腺の幹細胞を、マウスを用いた実験系

で同定しました。帰国後、研究を継続し、 前立腺幹細胞のマーカーとしてプロミニ

ン(CD133)を特定しました。平成26

年 4 月、順天堂大学医学部附属順天堂医

院に異動し、さらに同年12月に浦安病 院へ異動いたしました。専門は前立腺疾

患、男性生殖機能をはじめとする男性学、

男性ホルモンを中心とした生殖内分泌学

です。臨床的には、前立腺癌に対して平 成24年からロボット支援腹腔鏡下前立

腺摘除術を開始し、これまでに多数の症

例を経験して参りました。男性生殖医学

については、精子・卵結合に重要な膜蛋 白(CD46)をコードする遺伝子を単離し、

さらに無精子症患者の遺伝子多型解析を

系統的に進めて参りました。臨床的には

顕微鏡下精巣内精子採取術を導入し、精 巣原発性の無精子症患者でも約半数に精

子採取が可能で、挙児が期待できること

を報告しています。順天堂大学浦安病院

にはすでに泌尿器科と婦人科が連携した リプロダクションセンターが開設されて

おりますので、無精子症に対する治療を

含めた男性生殖医療も積極的に進めてい

きたいと考えております。また、順天堂

大学浦安病院でも、関連の施設、部門等 のご協力を得てすでに生体腎移植術を開

始しておりますが、今後、この分野の発

展にも力を注ぎたいと思っております。

 兵庫医科大学で学んだこと、またこれ まで培った臨床経験や研究手法を生かし、

微力ではございますが今後精進を続けた

いと考えております。引き続き一層のご

指導、ご鞭撻を賜りますよう、宜しくお 願い申し上げます。

順天堂大学医学部附属浦安病院 泌尿器科

(5)

      北須磨病院病院長に就任して10余年

 卒業後直ちに、圓尾宗司前教授が脊椎 外科講師として活躍されていた、整形外 科教室に入局しました。先ずは神経診 断学を勉強すべく、前田章先生(57卒) の体性感覚誘発電位研究を手伝いながら、 整形外科の基礎を習い脊椎外科医の第一 歩を踏み出しました。よもやその20年 後に前田章先生から整形外科副院長とし て招聘されるとは、当時は知る由もなし。  北須磨病院は平成 8 年に前田章先生が、 休院状態だった旧病院を継承し、(医)社 団菫会理事長・院長として開設されました。 継いで寺内一雄病院長(57卒)が活躍さ れていた頃から、第二外科大学院生であっ た、住本洋之先生(H 4 卒)と西藤勝先生 (H 8 卒)が診療の応援に来てくれていま

した。

 平成16年に寺内先生がめでたく診療 所を開業する運びとなり、急遽私が病院 長を継承することになりました。  開業当初の苦労は何処も同じです。兵 庫医大卒業生ならでは?と思いますが、 患者さんに親身になり丁寧な会話と診療 を心掛けて来ました。次第に外来も手術 室もさらに賑わって来ました。

 病院運営の最優先事項は経営基盤の強 化。そしてハード整備は当然の事、何よ りも優秀な人材は欠かせません。旧知の 京府医大と大阪市大出身の 2 名の先生 に整形外科部長と外科部長として就任し て頂き、戸川直樹先生(61卒)に内科 部長を、飯尾元彦先生(H 8 卒)に内科 医長をお願いし、第 3 代病院長として

スタートしました。さらに平成16年に は競技スキー部後輩でもある高橋良典先 生(H 7 卒)に整形外科専門医として就 任して頂き、盤石な足元を固めることが 出来ました。

 この様に多数の兵庫医大出身の先生方 の力によって、地域に貢献する北須磨病 院として発展して来る事が出来ました。  そして平成25年には、北須磨病院の専 門性を明確にしたく、脊椎・腰痛センター を開設しました。これまでも神戸市内だ けで無く周辺市町村からも来院があり、 近年の脊椎外科手術は240件/年を推移し ています。各科医師も専門性を極めるべく、 各学会・研究活動にも励んでいます。   2 年 後 の 竣 工 を め ざ し、33床 の 増 床と現在の 2 倍に床面積を拡張するリ ニューアルに着工しました。ひとえに北 須磨病院開設当初よりご協力下さった兵 庫医大卒の先生方によるご尽力の賜物で す。

 また幸いに近隣には多数の緑樹会の先 生方が、すこぶる評判の良いクリニック を開業しておられます。皆さまのご支援 を頂きながら、今後も緊密な病診連携を 取りつつ、地域に貢献していく所存です。  将来は兵庫医大卒業生が腕を発揮し、 患者さんに喜んで貰え、専門医として働 き甲斐のある病院を目指しています。  緑樹会の先生方には、今後ともご指導 ご鞭撻を賜ります様にどうぞ宜しくお願 い申し上げます。

医療法人社団菫会 北須磨病院

(6)

─6─

      緑樹会会員の皆様へ

 皆様、ご無沙汰いたしております。昭 和59年卒の小川哲也です。

 私は、卒業後第一外科で研修をさせて いただいた後、郷里へ帰って徳島大学第 一内科に入局しました。その後徳島大学 の関連病院で勤務させていただき、平成 4 年より父親の経営する病院を手伝っ ておりました。病院とは言っても71床 の内科病院でした。医師は、院長の父と 私と私の妻、他はパートの先生でした。  平成13年 4 月より院長を引き継ぎま したが、病院は旧規格のため狭くて継ぎ はぎだらけでした。 1 病棟が 2 フロア にまたがるという最悪の状態でした。  早速、病院を増築か新築するか検討を 始めました。当初は、新築には資金がか かりすぎるので増築を計画し、周囲の土 地を買収していきました。しかし、病院 が商店街のすぐ裏に立地していたため、 予定した用地の買収は困難で断念しまし た。やむを得ず、500メートル離れた場 所に新しい病院用地を購入して移転する ことにしました。当時は、建築費も値下 がりしておりましたのでゆっくり基本計 画を検討しておりました。

 ところが、H20年に理事長であった父 が急逝したため、蓄えていた建築資金は

相続税などの為に消えてしまいました。 もう新築は無理か?とがっくりしてしま いました。

  1 年くらいたって、気を取り直し再度 銀行と交渉したところ、金融緩和の追い 風もあり何とか建築資金の借り入れのめ どが立ちました。新病院の設計を再開し たところ、東日本大震災が発生し、地震 と津波や地盤の液状化の怖さを実感しま した。そこで免震構造と液状化防止の基 礎工事を導入することにしました。おか げで建築費が約 1 割余分にかかってし まいました。さらに、建築契約の直前に 東京オリンピックが決定したため、建築 費の相場が約 2 割上昇してしまいまし た。値上がりする度に、背筋が凍る思い をしました。

 設計に時間をかけすぎたために建築費 の値上がり時期にかかってしまったこと と、高齢者住宅を同一建物内に合築した ため建築規制を受け少し構造が複雑に なってしまったことが残念でした。設 計期間中にM&Aの依頼もありなんとか 105床の新病院が竣工しました。今のと ころは、やや快適に仕事をさせて頂いて おります。

医療法人緑会 小川病院

(7)

      医師会会長就任に際して

 平成29年 6 月18日付けで、京都府医 師会会長を務めております松井道宣と申 します。

 兵庫医科大学 6 期生58年卒です。学 生時代は、バスケットボール部( 1 回生)、 アメリカンフットボール部( 2 回生から

5 回生)、サッカー部( 6 回生)に所属 していました。

 今回、京都府医師会長に就任したこと で、本学関係の皆様から多くのご祝意を いただきましたことに心より御礼申し上 げますとともに、改めて母校のありがた さを感じております。

 卒業後は、外科系を志望していたので すが、その前に呼吸・循環を含む全身管 理を学ぼうと考え、地元京都に近い滋賀 医科大学の麻酔科へ進み、麻酔と集中治 療を学びました。その後、京都府立医科 大学の第一外科(消化器外科、乳腺外 科)に入局し、外科医としての修練を積 み、この間に同大学院で研究活動も行い、 平成 4 年に学位を取得後、医療法人同仁 会京都九条病院に外科医として勤務いた しました。当時の京都九条病院は京都市 南区にあり、入院患者のほとんどが80 歳以上の高齢者という157床の病院でし たが、京都を通るすべての国道、高速道 路が近くを走り、工場の多くあるところ でしたので、救急医療に力を入れること

とし、要請のあった救急はすべて受け入 れることから始めました。私は、麻酔科 で全身管理を学んでいたので、そのこと が救急医療において大いに役立ちました。 その後、院長、理事長を務め、脳神経外 科、循環器科、消化器科、整形外科に優 秀な医師を招聘し、関連の京都五條病院 と合併する形で病床を207床とし、現在 急性期医療で地域に貢献する病院となっ ております。

 医師会活動は、平成16年に高校の先 輩の勧めで理事を務めることになりまし た。医師会で仕事をするようになり、目 の前の患者さんの治療だけでなく、医療 制度をどのように守るのか、医療制度を どのように進化させていくべきかを考え る機会を持つことができました。社会は 少子高齢化が進み、変化する年齢構成、 疾病構造にどのように対応するかという こととともに医療・介護を支える財源を どのように確保するのかということが大 きな課題になっています。医師会は、経 済的視点ではなく、国民の健康を守ると いう視点でこれからの医療を考えていま す。本稿を読んでいただいた同窓の先生 方が、より医師会に関心を寄せていただ ければ、幸甚に存じます。兵庫医科大学 の益々のご発展を祈念申し上げ、ご挨拶 とさせていただきます。

4.医師会会長就任のご挨拶

医療法人同仁会(社団) 京都九条病院 理事長

(8)

─8─

5.准教授・講師 就任のご挨拶

 2017年1月より脳神経外科学の講師を 拝命いたしました。私は平成11年兵庫 医科大学を卒業し、兵庫医科大学 脳神 経外科学に入局しました。研修医の2年 を本学で研修し、シミズ病院、石切生喜 病院、友愛会病院で研鑽した後、2006 年より当院に再度赴任し、前教授 (有田

憲生先生)より脳神経外科手術を多数経 験させて頂きました。2013年より現教 授(吉村紳一先生)のもとでより専門的 な手技とアカデミアの指導を受け、学位 取得後講師就任なりました。兵庫医科大 学脳神経外科から兵庫医科大学全体が活 気付くようにと日々頑張っております。 まだまだ未熟であり、皆さんにご迷惑か ける事も多々あると思いますが、今後と もご指導ご鞭撻のほどよろしくお願い致 します。

脳神経外科学

講師 白 川   学

(平成11年卒業)

 昨年度より小児科学講座の講師の任を 拝命いたしました。若手の先生ばかりの なかで今更ながら気恥ずかしいのですが、 私は卒業後兵庫医科大学小児科学講座に 入局し卒後 3 年目より新生児集中治療 室に勤務し、 4 半世紀にわたり阪神地 区の周産期医療に携わってまいりました。 当講座においても故元和田博義教授、前 谷澤隆邦教授、現在の竹島泰弘主任教授

のご指導の下、臨床面では早産児や重症 疾患新生児の管理を行い周産期専門研修 施設や総合周産期センターの認定にも尽 力致しました。周産期脳損傷の病因解析 などの研究にも行う機会も得て、現在は 外来医療を中心に社会的ハイリスク児や 医療ケア必要児の在宅への移行支援や重 度慢性疾患の管理を行っています。今ま で培った知識や経験をもとに、母校であ る兵庫医科大学の発展に微力ではありま すが貢献していきたいと思います。今後 ともご指導のほどお願い申し上げます。

小児科学

講師 皆 川 京 子

(9)

 平成29年 4 月 1 日に内科学講座 循 環器内科講師を拝命いたしました。  私は平成17年に本学卒業後、同大学 病院での 2 年間の臨床研修を経て、循 環器内科に入局しました。入局後は平成 19~20年NTT西日本大阪病院、平成21 ~22年KKR大手前病院に勤務し、平成 23年から本学に帰って参りました。  現在、増山教授の指導のもと、循環器 診療、臨床研究、実験的研究などに幅広

くかかわっており、特に心不全の診断、 治療を専門としております。なかでも、 利尿薬に対する考え方はここ数年で大き なパラダイムシフトが生じており、今後 も新しい知見を当科から発信していけた らと考えております。高齢化による心不 全パンデミックが起こるなか、当科ほど 高齢化の波を実感する科はないと思いま す。今後は生命予後の改善だけでなく、 QOLやADLの維持・向上を目指したバ ランス感覚に優れた診療や研究が必要と なってきます。

 今後もご指導、ご支援のほどよろしく お願い申し上げます。

内科学 循環器内科

講師 奥 原 祥 貴

(平成17年卒業)  平成29年 4 月 1 日付で内科学循環器 内科の講師を拝命致しました。私は平成 15年に本学を卒業し、循環器内科へ入 局いたしました。大学病院での研修終了 後、関西労災病院で 3 年間勤務し循環 器診療に従事いたしました。その後、大 学院へ進学し学位取得後に米国Emory UniversityでPost Doctoral Fellowとし

て 3 年間勤務し、循環器疾患に対する 見識を深めてまいりました。帰国後は虚 血性心疾患や下肢閉塞性動脈硬化症に対 するカテーテル治療、大動脈弁狭窄症に 対する経カテーテル的大動脈弁置換術を 専門に診療を行っております。研究面で は動脈硬化の進展メカニズムの解明を目 指して日々努力しております。今後は臨 床・研究・教育を 3 本柱とし、母校であ る兵庫医科大学の発展に寄与できるよう 尽力してまいりたいと考えております。  これからも御指導・御支援のほど何卒 よろしくお願い申し上げます。

内科学 循環器内科

講師 赤 堀 宏 州

(平成15年卒業)

 2017(平成29)年 5 月 1 日より内科 学講座 呼吸器科講師を拝命致しました。  私は平成19年に本学を卒業後、 2 年 間の初期研修を経て、平成21年に、当 時の呼吸器RCU科に入局しまして、 1 年間の朝日大学歯学部附属病院での勤務 を除いては、入局後、現在まで本学で勤 務させて頂いております。肺癌や中皮腫

肺疾患やCOPDなど、多岐にわたる呼吸 器疾患において研鑽を積みまして、多く の先生方のご協力のもと教育・臨床・研 究に充実した日々を過ごしております。 昨今、「呼吸器科医師不足」が取り沙汰 されていますが、平成29年 4 月からは、 大阪大学から木島貴志主任教授をお迎え し、木島教授の御尽力によりまして医局 一丸となり、呼吸器科医師不足の解消に 日々邁進致しております。

 今後も母校である兵庫医科大学の発展 に微力ながら貢献していく所存ですので、 今後とも御指導御鞭撻の程宜しくお願い

内科学 呼吸器科

講師 三 上 浩 司

(10)

─10─

6.兵庫医大教授に就任された先生から

緑樹会会員へメッセージ

      緑樹会会員の皆様へ

 早いもので平成26年12月に私が兵庫 医科大学内科学総合診療科に赴任後、丸

3 年が経過しました。

 当科は、診療面では兵庫医科大学病院 の診療科目として、総合内科(主に再診 枠)および総合診療センター(主に初診 枠)を担当しております。現在 4 名の 常勤スタッフ(新村、太田好紀講師、楠 博講師、江口明世助教)のほか、当教 室OBの非常勤の先生方(横田直美先生、 西岡安弘先生、川端啓太先生)が外来診 療を担っております。

 当科を受診する患者は、近隣の医療機 関からの紹介患者に加え、紹介状を持た ずに当院を受診した、所謂“飛び込み患 者”で、扱う疾患はかぜ症状から生活習 慣病や循環器関連の老年病、不明熱、膠 原病、消化器疾患、血液疾患、神経変性 疾患、原発不明癌など多岐にわたります。 初診患者の診療では、初期研修医または クリクラの学生( 5 、 6 年生)ととも に臨床推論を行い、専門的な診療や入院 診療などが必要な場合は、院内外の適切 な専門診療科を紹介する橋渡しをおこ なっております。前任の立花主任教授の 退官後、十分な人員が確保できず、しば らく入院診療に対応できておりませんで したが、本年 4 月より主に不明熱患者へ の対応を中心とした入院診療を再開する

予定です。

 教育面ではクリクラの他に、医学部学 生に対する系統講義「総合診療学」と「加 齢と老化」の一部を担当しております。 病態を臓器別に捉えるだけでなく、横断 的に考える出題が近年の国家試験では増 加しており、こうした近年の出題傾向に 即した講義、試験問題の作成を心がけて います。今後は、卒前教育、卒後教育に おいて中心的な役割を担うべく、より一 層尽力いたします。

 研究面では平成27年11月より開始し た、ささやま医療センターを拠点とした 高齢者コホート研究(FESTA研究)が 順調に発展し、フレイル(虚弱)、サル コぺニア(筋肉減少症)に関する新し い知見が得られ、活発に学会発表、論 文作成を行っています。太田講師は臨 床疫学の森本教授の指導のもと、JADE  Study(日本薬剤性有害事象研究)で大 きな成果を挙げています。楠講師、江口 助教は臨床研究や基礎研究にも積極的に 取り組んでいます。

 本年も当教室では少ない人数ながらも 各々の自主性のもと、診療、教育、研究 を益々発展させていきたいと考えており ます。緑樹会同窓生の先生方には引き続 き、ご指導、ご鞭撻をよろしくお願い申 し上げます。

内科学 総合診療科

(11)

      緑樹会会員の皆様へ

 平成28年 4 月に、兵庫医科大学眼科

学教室の第 4 代主任教授として着任致

しました。三村治前教授をはじめ、こ

れまでの 3 代の教授は神経眼科領域を

専門とされておられましたが、私は網膜、

特に黄斑疾患を専門としております。兵

庫医大で何ができるのか日々試行錯誤し

つつも、教室員、OB、近隣の先生方の

応援を得ながら、理想の教室づくりを目

指しています。

 自己紹介をさせて頂きますと、私は平

成 1 年に大阪大学を卒業して眼科に入局、

1 年間の大学での研修、 7 年間の大阪労

災病院での勤務の後、大学院進学を経て、

平成13年から大阪大学眼科助手(現在の

助教)、18年から講師として、診療・教

育・研究に携わってきました。平成24年

に住友病院の眼科部長として赴任した後

も、同僚たちと共に質の高い診療と臨床

研究の実践を目指しましたが、その結果

多くの患者さんのご紹介を得、眼科は 3

年連続で業績向上の表彰をして頂きまし

た。そのような日々の中、兵庫医科大学

に赴任するご縁を得たわけです。

 今後の教室運営で目指すことですが、

まずは皆が楽しく仕事ができる場を提供

することです。雑務を減らし、症例を診

る機会を増やすなど、取り組むことはた

くさんあります。また最先端の診療機器

や技術を積極的に導入していくつもりで

す。教室員には、現状に留まらず診療ス

キルのレベルアップを目指してもらうよ

う鼓舞していきます。疾患や病態の未知

の部分を解明するという研究者としての

視点も持ってもらえるようにしたいと考

えています。学会参加などを通じて、そ

の道の達人たちと関われる場、視野を広

げられる機会もできるだけ作っていくつ

もりです。これらを通じて兵庫医大眼科

全体の診療レベルを高め、皆で患者さん

により良い視機能を提供していきたいと

考えています。

 兵庫医大眼科の所属でよかった、兵庫

医大眼科に受診してよかったと思っても

らえるよう努めていきますので、どうぞ

よろしくお願い申し上げます。

眼科学

(12)

─12─

      ご挨拶〜上部消化管外科が目指すもの

 上部消化管外科主任教授を拝命してお ります篠原でございます。本誌紙面をお 借りして、緑樹会会員の諸先生方にひと 言ご挨拶申し上げます。

 私は平成元年に徳島大学を卒業し、京 都大学外科に進みました。研修医として の 3 年間と米国留学から帰国後の 8 年 余り、兵庫県立尼崎病院(現、尼崎総合 医療センター)で勤務しましたので、緑 樹会の先生方とは当時から親しくさせて いただいております。その後、虎の門病 院から京都大学を経て、平成28年 5 月 16日付で着任いたしました。このたび

5 年ぶりに自宅のある阪神地域に戻り、 本学で教職に就く機会を頂きましたこと を大変嬉しく思っております。

 私が担当する上部消化管外科学講座は 胃癌、食道癌を主たる対象疾患としてい ます。近年、早期発見やESDなど内科 的治療法の進歩、新規抗がん剤の登場、 あるいは食生活の欧米化、そして超高齢 化社会の到来により、こうした疾患に対 する外科手術の役割は大きく変化してき ています。向こう10年間を見据えた場 合、 1 )治る癌、あるいは高齢者の癌 をいかに低侵襲に手術するか、 2 )進化 する情報工学技術、とりわけロボティク スやAIをいかに外科手術に取り入れる か、 3 )これまであきらめていた超進行

癌を集学的治療によりいかに治癒にもっ ていくか、といったことが我々に課され た課題ではないかと考えます。その一つ の解となるであろう手術支援ロボットダ ヴィンチによる胃癌手術は、おかげさま で大学の後押しを得て順調に症例数を重 ね、来るべき保険収載に向けて万全の態 勢が整いました。

 着任当初より、地元西宮市や周辺地域 におられる緑樹会の諸先生方からは、診 療面ばかりではなく若手外科医の確保と 育成についても大きなご期待をお寄せ頂 いております。本学の優秀な学生が一人 でも多く外科医を目指し、彼らを一人前 の外科医に育て、そして社会に輩出する 役割を我々は担っています。最近ではク リニカルクラークシップでまわってくる 学生から、外科への興味を示す言葉がよ く聞かれるようになりました。“上部消 化管外科”の枠を越え、関連病院の開拓 などを通じて彼らが充実した研修を受け られる体制を築いていくことをお約束し たいと思います。

 地元で活躍されている緑樹会の先生方 のパワーを頂戴し、本学が診療、教育、 研究の各分野においてより注目される存 在になっていけるよう力を尽くしたいと 思います。今後ともご支援の程、よろし くお願い申し上げます。

外科学 上部消化管外科

(13)

      ごあいさつ

 平成28年 6 月に筒井ひろ子主任教授 の後任として着任致しました石戸聡でご ざいます。この度は、兵庫医科大学同窓 会緑樹会の会報誌に寄稿する機会を頂き、 緑樹会会長 石藏先生に厚く御礼申し上げ ます。石藏先生より、学外から赴任した 基礎医学講座の責任者としての初めての 寄稿であると伺い、大変光栄に思い、かつ、 緊張している所存でございます。

 私は、昭和63年に関西医科大学を卒業 し、神戸大学にて、当時、福崎恒先生が 率いる循環器内科に入局致しました。父 親が神戸大学医学部の前身である神戸医 科大学出身であり、大倉山にある神戸大 学医学部の近くにて開業しておりました ことから、将来、後を継いで地域のため に働くもの、と考えられておりました。学 生時代は、循環器には興味があり講義を よく聞いていたと記憶しておりますが、そ の他の講義には特に興味もなく、ひた すら要点のみを暗記し試験をクリアして いたと記憶致しております。不思議なも ので、そうような私が現在、微生物学 を医学生に教授する立場となっておりま す。事実、医学部での実習など、概ね失 敗し、時には近隣の同級生(現在の家内 も含みます)にも多大なる迷惑を掛けて いたと記憶致しております。家内による

と、「あんたが研究していることが信じら れへん!」とのことでございます。  私が推測致しますには、兵庫医科大学 の学生と私はかなり良く似た環境にて育 ち、そして良く似た考えを持っているの ではないかと考えます。すなわち、幼少 時から様々な教育(ようするに塾通いの ようなものであります)を受け、尻を叩か れ、医学部入学、ということであります。 従って、彼らの良き理解者?として、しっ かり導いていくことができれば、と考えて おります。医学は、大変アクティブな学 問でありますが、私のように?一発逆転 のできる分野でもあります。なぜならば、 生命システムはすでに存在していること より、生命現象を緻密にかつ辛抱強く観 察すれば、自ずと新発見が導かれるから であります。兵庫医科大学の学生諸君に、 是非、熱意と執念!を持って、成功を掴 んでもらえればと思っております(石戸 でも出来たのだからと)。

 従いまして、是非とも、緑樹会の先 生方におかれましては、後輩たちに大い なるエールを送って頂ければと存じます。 私も微力ながら、先生方のお手伝いをさ せて頂ければと存じます。今後とも何卒、 兵庫医科大学の発展にご協力頂けますれ ば幸甚に存じます。

病原微生物学

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      ごあいさつ

 平成29年 4 月から放射線医学教室の 5 代目の主任教授を拝命しました山門 亨一郎と申します。

 私は昭和62年に金沢大学医学部を卒 業後、三重大学放射線医学教室に入局し ました。平成27年 1 月から兵庫医科大 学放射線医学教室に移動し、現在に至っ ています。

 金沢大学には十全同窓会という同窓会 が存在します。80年以上の伝統がある、 8,200余名の会員数を持つ同窓会です。  緑樹会のホームページを覗いてみます と、40年の歴史があり、会員数も3,875 名を数えるとの記載があります。十全同 窓会と比べるとわかるように、歴史を重 ね、さらに発展していく過程を見ている のであろうと思います。

 十全同窓会は歴史も長いこともあり、 ご高齢の先生も多く参加されています。 酒宴でお酒が回ってくると必ず歌う歌が あります。「第四高等学校(金沢大学の 前身)寮歌」です。「北の都に秋たけて、 吾等二十歳の夢数ふ。男女(おとこおみ な)の棲む国に、二八に帰るすべもなし ♪」。 世代を超えて肩を組みながら歌 うことも珍しくありません。金沢大学卒 業生を強く結びつけている歌です。何年 か前、十全同窓会三重県支部の先生がお 亡くなりになった際、葬儀で同級生の先

生が、涙ながらに寮歌を歌っていたのを 覚えています。

 私が着任した際、兵庫医大に対するオ リエンテーションが行われました。大変 驚いたのは、兵庫医大の学生は母校愛が 薄いというお話を伺ったことでした。  兵庫医大放射線医学教室の同門会長の 林孝之先生は兵庫医大の第一期卒業生で す。緑樹会・会長の石蔵礼一先生は現在 も放射線科医学教室に在籍している第四 期卒業生です。お二人とも母校の兵庫医 大、放射線医学教室をこよなく愛し、後 輩を心配し、私や医局員に対しても叱咤 激励を惜しみません。母校愛を考えるう えで、歴史は重要です。また、誇れる母 校であること、頼れる先輩がいることで 母校愛が育まれていきます。これらの面 で、私も現役教授としての重責を感じま すが、緑樹会の先生方の役割も大変大き なものであろうと考えられます。  私はこれから放射線医学教室をさらに 発展させ、学生、若手医師の教育・育成 に尽力しながら、兵庫医大、そして社会 に貢献すべく精進してまいりたいと考え ています。兵庫医大発展のためには上述 のごとく緑樹会の先生方のご支援が必須 です。皆さまと力を合わせ、歴史を刻ん でいきたいと考えています。ご支援の程、 重ねてよろしくお願いいたします。

放射線医学

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      緑樹会会員へメッセージ

 緑樹会会員の皆様におかれましては、 平素よりご支援を賜り厚く御礼申し上げ ます。私は平成29年 4 月 1 日付で内科 学講座呼吸器科の二代目主任教授を拝命 致しました。講座名も呼吸器RCU科か ら呼吸器科と改名しております。自己紹 介と今後の抱負を述べさせていただきま す。

 私は平成 2 年に大阪大学を卒業後、西 宮市立中央病院での研修を経て、平成 6 年から大学で肺癌遺伝子治療の研究 を行い平成12年に学位を取得後、約 2 年間ハーバード大学ダナ・ファーバー癌 研究所で肺癌分子標的治療の研究を行い ました。帰国後刀根山病院勤務を経て平 成15年に大阪大学に助教として帰学し、 平成25年から講師兼附属病院診療科長、 平成26年から病院教授として、診療お よび学生教育に加え大学院生の指導を通 じて一貫して肺癌の新規治療法開発研究 に取り組んできました。分子標的治療時 代の黎明期にその主要拠点に留学し前臨 床研究を行い、帰国と同時に実臨床での 時代の幕開けを迎え、研究と臨床の両現 場でその潮流をダイナミックに体験でき たことは、私の人生にとって非常に幸運 であり貴重な財産となっています。  この度、ご縁があり兵庫医科大学に迎 えていただきました。肺癌、肺炎、慢性

閉塞性肺疾患は死亡原因の上位を占め、 増加の一途を辿っています。当科は地域 事情もあり、全国有数の悪性胸膜中皮腫 の診療拠点として発展してきました。今 後はその継続はもちろん呼吸器common  diseaseのオールマイティな診療の充実 にも力を注ぎ、地域医療の発展に貢献し たいと思います。着任して 1 年が経ちま したが、医局員は皆若く人柄もよく明る くやる気に満ち溢れており、教室の基礎 作りは順調に進んでいます。全員が互い に切磋琢磨すると同時に全体の利益のた めに補い合うことが重要です。構成員が やり甲斐とプライドをもって気持ちよく 働いてくれることが私の最大の喜びであ り、私の役目はその舵取りと環境の提供 です。日々の診療に全力を注ぐことはも ちろんですが、長いスパンで新しい診断 法や治療法を開発することは大学人とし ての使命であり、研究面でもその任務を 遂行し社会貢献したいと思います。  そして、何よりも重要なことは次世代 を担う人材の発掘と育成です。実地臨床 に則した幅広い視野での診療・教育・研 究にバランスよく力を注いで行く所存で すので、今後とも密な病診連携も含めて ご指導ご支援を賜りますよう宜しくお願 い申し上げます。

内科学 呼吸器科

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      厚生労働大臣賞を受賞に際して

 私は平成 3 年卒業の14回生です。昭 和58年冬、私が工学部を目指して受験 勉強をしていたとき、母がくも膜下出血 を発症しました。工学部に進学しました が、後遺症が残る母の姿に、医療はどう あるべきかを考えるようになりました。 工学部を中退し、兵庫医科大学に入学し ました。耳鼻科医である父から「医師に なれ」と言われたことはありませんでし たが、気がつけば耳鼻科医の道を選んで いました。卒業後、実家のある地元の大 学で研修を開始し、市中病院での勤務を 経て、平成15年に「まえだ耳鼻咽喉科 クリニック」を開業しました。

 開業当初、抗菌薬の適正使用について 深く考えることはなく、漠然と抗菌薬の 処方を繰り返していました。ところが、 一緒に働き始めた家内(薬剤師)から「な んでもかんでも抗菌薬を出しているの? 患者さんから『本当にこの薬いるの?』 と言われて説明に困る」……やがて、日 常診療にグラム染色を導入しました。最 初はグラム染色の結果を医療スタッフだ けで見ていましたが、それでは患者の気 持ちに寄り添っていないことに気付きま した。そこで、グラム染色画像をリアル タイムに開示しながら、それらを一定の 科学的エビデンスとして、診断や処方の 根拠を患者に説明しました。グラム染色

導入から12年が経過すると、抗菌薬の 処方件数は最大時の 6 分の 1 に減少し ました(日本プライマリ・ケア連合学会 誌, 38: 335-339, 2015に報告)。  思いがけず、私たちの取り組みは薬剤 耐性対策優良事例として厚生労働大臣賞 を受賞しました。どうしたら患者さんに 寄り添ってより適切な医療を提供できる か?自分なりに真摯に向き合い、スタッ フ全員の意見をくみ上げ、協力して試行 錯誤を重ねた結果と思います。開業医は とかくお山の大将になりがちですが、ス タッフと協同することで、自分にないア イデアに気付かされ、自然とチーム医療 になりました。当院にはCTなどの最先 端の医療機器はなく、勤務医時代のよう な恵まれた環境はありません。私自身の 支えにしている大切な言葉があります。 “Start where you are. Use what you

have. Do what you can”

(ここから始めよう あるものを使って できることから)

 黒人で初めて、グランドスラムでの優 勝を果たしたテニス選手、アーサー・ アッシュの言葉です。テニスを愛する人 間として、そして医療人として、この言 葉を胸に、これからも地道に地域医療に 貢献したいと思います。

7.厚生労働大臣賞受賞のご報告

まえだ耳鼻咽喉科クリニック

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      平成29年度兵庫県科学賞受賞に際して

 「兵庫県科学賞」は、科学技術の研究に 熱心な者で、その研究成果が科学技術の 向上に著しく寄与すると認められるもの に、兵庫県知事から贈られる賞です。本 学教員としては、平成17年度の岡村春樹 教授・中西憲司教授の共同受賞、平成24 年度の野口光一教授、平成28年度の笹子 三津留特任教授の受賞に続く受賞となり ました。兵庫医大の卒業生として初めて の受賞になりましたことは、私にとりまし て大きな喜びであると同時に、本学在校 生および卒業生の皆様のいくばくかの励 みになれば嬉しく思います。

 私は1984年(昭和59年)に 7 期生とし て兵庫医大を卒業しました。外から母校 を観察する機会も必要と考え、大阪大学 の病理学教室に大学院生として入局しま した。同期の大学院入学者 4 人は、 2 人 の大阪大学医学部の卒業生をはじめとし てみな国立大学医学部出身でした。私は 彼らに負けまいと努力し、これまで一貫 して兵庫医科大学の評価を高めようとし てきたつもりです。

 大学院入学からの 5 年間は研究よりも 病理診断業務に忙しい毎日でしたが、大 学院修了後 2 年目にマスト細胞研究の大 家である北村幸彦教授(現大阪大学名誉 教授)が着任されたことで環境は大きく 変化し、私は夜遅くまで研究に打ち込む ようになりました。ちょうどその頃、消 化器内科から病理学教室に大学院生とし て研究に来ていた、本学12期生の礒崎

耕次先生と一緒に研究する機会を得まし た。彼はカハールの介在細胞欠損動物を 用いた基礎的研究への熱心な取り組みに 始まり、臨床病理学的研究に必要な多く のGIST (gastrointestinal stromal tumor) 検体の収集のために関連病院を奔走して くれるなど、重要な役割を果たしてくれ ました。そして、その二人三脚での研究 は、「GISTはカハールの介在細胞に由来 し、かつGISTの主たる発生原因はc-kit遺 伝子の機能獲得性突然変異である」という、 1998年(平成10年)のScience誌への報告 に結実しました。そして、現在に至るま でGISTについての研究を続けてまいりま した。今回の「兵庫県科学賞」の受賞は、 我々の研究成果が臨床におけるGIST の 適切な診断や新規の分子標的治療薬の開 発に直結し、多くのGIST 患者の救済に 顕著な貢献をしたことが評価されたもの です。礒崎先生との出会いがなければこ れらのGIST研究は成し得なかったものと 思っており、深く感謝しています。   私 が2004年( 平 成16年 )10月に 病 院 病理部の部長・教授として母校に戻って きて以来、約13年の月日が経過しました。 大学人として診療・教育・研究にバラン スよく時間を割けているかは疑問であり ますが、より質の高い病理診断部門を構 築して兵庫医大の診断・教育レベルを上 げ、かつトップレベルの研究成果を発信 できる教室を作り上げていきたいと思い ます。

8.平成29年度 兵庫県科学賞のご報告

病理学 病理診断部門

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9.支部たより

中谷診療所

院長 

中 谷 真 士

 (平成 3 年卒業)

 第20回緑奈会総会を平成29年 7 月22日 (土)、例年同様大阪市内のスイスホテル 南海で開催しました。今回は私が事務局 を引き継いで初めての総会であるため心 配しておりましたが、名誉教授の岡本英 三先生はじめ20名の先生方に参加して頂 きました。

 記念講演は大久保病院内科部長の堀和 敏先生(平成 2 年卒)に「Helicobacter  pylori除菌療法適応疾患ガイドライン解 説」について、実地医療に即してかつ最 新の知見も交えて非常に分かりやすく話 していただきました。私事ですが堀先生 とは高校からの同級生で、大学時代は一 時期同じマンションに住んでおり、試験 中には夜中に出かけて飲食店で勉強した りしておりました。講演後の親睦会でも 学生時代の話やその後の苦労話など非常

に楽しくお話させて頂きました。

 恒例の自己紹介では、多彩な趣味の話 や体調の変化の事など皆さんに熱く語っ て頂きました。最後に県立奈良医科大学 法医学教室教授の羽竹勝彦先生に閉会の 挨拶をして頂き、今年も和やかに総会・ 親睦会を終える事が出来ました。ただ今 回は諸事情でビンゴゲームが行われずや や盛り上がりに欠けてしまいました。来 年は万全に開催出来るように調整したい と考えております。

 総会に限らず緑奈会ゴルフコンペだけ でも良いので、奈良県にゆかりのある若 い先生方も是非参加して下さい。来年度 の総会予定日は、平成30年 7 月28日(土) です。また、新しく奈良県内でご勤務の 先生がおられましたら事務局までご連絡 下さい。よろしくお願い致します。

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医療法人緑樹会 早川医院

院長 

早 川 知 彦

 (平成 5 年卒業)

 平成29年 7 月29日(土)19:30より仙 台市割烹三太郎にて開催。

 出席者:氏家裕明( 3 回卒、宮城仙台)、 遠藤到( 7 回卒、福島いわき)、安田直行 ( 7 回卒、宮城岩沼)、福井晃矢(13回卒、 宮城仙台)、早川知彦(16回卒、福島相馬) 大学からは石藏礼一同窓会会長にご多忙 の中もおいでいただきました。

 近況報告では武庫川の変容と大学の活 躍が紹介され、その発展を祝して乾杯。 同窓会名簿H29年版では、東北在住の同 窓生が青森県 5 人、宮城県 5 人、福島 県 2 人、岩手県 1 人の13名を確認。山形、 秋田は 0 人。

 東北支部総会と称しながら、宮城福島 の南東北支部会になりつつあり、今後を 危惧し、次回開催は今回の参加者で東北 新幹線を北上する計画となる。

 ハタと気づくと酒席は飲み放題。それ までの会話が学会発表用の標準語から東

北弁へ。

 しかも全員が関西訛りであり、仲居さ んが首を傾げていたような。

 リスボン、千穂、小曾根商店街まで青 春の日々が蘇りました。

 今回は特に慶事あり。氏家先生Jr,啓太 先生が我らが母校を卒業し、東北医科薬 科大学病院で初期研修を始められました。 兵庫医大卒で肩身の狭い思いはしたこと がないが、絶対人数の少なさは致し方なく、 参加者が皆50代となった次世代の東北緑 樹会を担う地元後輩の誕生に期待。  来年は弘前、青森、黒石と青森県開催 の話題で二次会へと移動しました。  石藏会長はじめ緑樹会には 3 .11東日本 大震災以降も継続したご支援を賜り、東 北支部会員は感謝の日々です。

今後とも宜しく申し上げますとともに母 校の更なる発展を祈念いたします。

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 平成29年 8 月 5 日(土)午後 6 時半、 THE WESTIN大阪 7 階パウリスタにおき まして第21回大阪支部会を開催致しまし た。

 今回はホテルのスイートルームから淀 川花火大会を鑑賞しながらの夕べに致し ました。

 開会挨拶に引き続き同窓会本部の石藏 会長から大学の近況として国道43号線沿 いに新築されます棟に同窓会のアーカイ ブを予定していますこと、古くから何度 か話題に上っています同窓会館の用地等 の話題提供がありました。

 池川先生(59)のご発声によります乾 杯の後、各々懐かしい顔を見つけ一斉に 話に花が咲きました。

 そして 7 時40分、ドーンと云う大きな 音とともに暗い夜空にひときわ明るい光

の花が広がりました。花火は 1 時間にわ たり約 2 万発、夏の装いを着飾り涼しい 部屋に集い美味しい食事を頂きながらの 花火鑑賞は会員同士の親睦に花を添え、 会は大いに盛り上がりました。

 また、京都支部から安田美希生先生 (54)、宝塚支部から石本栄作先生(54)

がご出席下さり地元の楽しいお話をして 下さいました。

 花火が華々しくフィナーレを迎えた後 も歓談は尽きず、二次会に遅く迄残られ た先生もいらっしゃいました。

 お一人での参加は元よりご家族連れで 来て下さった先生も、共に過ごしました 夏のひとときは楽しい余韻を残し皆様笑 顔で帰途に着かれました。

 またこの様な機会を持てれば幸いです。

大阪支部会 報告

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 去る2017年 8 月 5 日、緑樹会和歌山支 部(緑和会)懇親会が和歌山城を臨む料 理屋にて開催されました。図らずもその 日はぶんだら祭りが開催されており、非 常に風土あふれる会となりました。今回、

1 期 生から39期 生まで21名と多くの方 に出席いただきました。初参加者も増え、 緑和会はますます勢いを増しております。  例年の如く、各々の自己紹介、近況報 告がなされました。年齢層が幅広く、医 師として駆け出し者、新事業に着手した 者、引退の形を無策している者、と非常 にバラエティに富んだ近況報告となりま した。最も未熟者である私にとって偉大 な先輩方の経歴を伺うことはキャリアプ ランを考える上での貴重な糧となります。  年に一度のこの会に出席することで先

輩方は若い頃の闘志を思い出し、後輩達 は激励を受け、来年また、よりよい近況 報告ができるよう一年間邁進しようと気 持ちを新たに引き締める良い機会となっ ているかと思います。

 そのような懇親会に参加できることを 有難く思い、開催にあたり、ご支援いた だきました緑樹会本部の皆様には厚く御 礼申し上げます。

和歌山支部(緑和会)

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 平成27年12月 5 日に「花小路 さわ田」 (札幌市内)にて、そして平成29年 8 月 12日に「味重(札幌市内)」にて北海道支 部総会を開催致しました。両会とも石藏 会長にもご参加いただき大変楽しい会と なりました。

 橋本昌樹先生は札幌市ではしもとクリ ニックを開業し、産科医として元気に働 いております。寺井浩先生は旭川市にて 永山循環器科クリニックを開業され、私 の病院にも週 3 ~ 4 回診療にきていただ いています。森一也先生は、札幌市にて 精神科単科病院であるさっぽろ香雪病院 の理事長・院長として活躍されておりま す。江川浩司先生は、森先生の病院で長 年ご勤務されております。私の方は、現

在も旭川市内で精神科医をしております。 そろそろ退職の年齢ですが、全く人手も 足りず、週 4 日、外来・入院の患者さん を診ております。

 北海道支部は毎回、参加者が固定して おり、皆それぞれ多忙なことから、現在 は 2 年に 1 度の開催としております。こ のまま、次第に消えていく運命なのでしょ うか?

 なお、昨年 8 月に田村和朗先生がプラ イベートで旭川に来て下さり、一緒にお 食事をしました。その時の写真も掲載し ます。

 皆さんもぜひ北海道に遊びにいらして ください。

兵庫医科大学同窓会緑樹会北海道支部総会終了の報告

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 兵庫医科大学ささやま医療センターの 20周年記念式典の日に合わせて、篠山キャ ンパスが事務局となって丹波医療圏に接 する地域で働く緑樹会会員で緑丹会を開 設しました。但馬、丹後、を含めた京都 の北西部全体を丹波と呼んでいたという 記録があり、この古い丹波のうち兵庫県 に属する地域(丹波、但馬)と、篠山キャ ンパスに近接する北播磨医療圏および三 田市と六甲山の北で就業または居住する 方に支部設立の案内をさせていただきま した。設立総会には、新家荘平理事長、 太城力良副理事長、大江与喜子緑樹会副 会長、野口光一学長、大柳光正ささやま 老人保健施設長、三浦治郎(朝来市上垣 医院)、長澤進(丹波市長澤医院)、福井 辰彦(丹波認知症疾患医療センター長)、 武藤力(篠山市草山診療所長)、石川英明 (篠山市岡本病院)、松村浩司(篠山市東 雲診療所長)、栖田道雄(篠山市栖田内科)、 田中庸生(丹波市田中外科医院)、山縣憲 一(丹波市山縣クリニック)、山本憲康(篠 山市今田診療所)、大塚浩之(丹波市大 塚病院院長)、伊藤通男(多可町伊藤医

院)、水田誠(公立豊岡病院)、中川一彦(神 戸市有馬温泉病院院長)、森田泰夫理事、 下村壯治(ささやま医療センター)、池田 義和(同)、井上淳一(同)、有井融(同)、 岡山明洙(同)、大搗泰一郎(同)にご参 加いただき盛大に開催することができま した。

 支部名称に入れた「丹」の字は、硫黄 と水銀の化合した赤土のあか色が語源で すが、丹精、丹念、丹誠、丹心など、ま ごころという意味でも使われます。偽り のない心のことを赤心(セキシン)という ことと関係があるのでしょうか。私たち医 師にとって、このまごころはとても大事で すので、この丹の文字を支部名称に使わ せていただきました。

 兵庫医科大学は篠山キャンパスで21世 紀の理想の地域医療を探求しそのための 医療人の育成を目指しています。緑丹会 の会員一同が力を合わせてこれを応援し ていきたいと考えております。より多くの 方の支部活動への参加と緑樹会からのご 支援をお願い申し上げます。

篠山キャンパス20周年に合わせて緑丹会発進

兵庫医科大学 ささやま医療センター 病院長

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 平成29年10月21日(土)午後 7 時より、 北九州市小倉の老舗料亭「観山荘別館」 にて、第 1 回緑樹会福岡支部・第 4 回緑 樹会大分支部(緑分会:藤島宣彦支部長) の合同総会が挙行されました。福岡県内 の同窓生、大分支部会員の他、佐賀、熊 本からも参加があり、来賓として石藏礼 一緑樹会会長と藤田幸久先生の御臨席を 賜りましたので、総勢20名の総会となり ました。

 今回は合同総会の中で、緑樹会福岡支 部の設立総会として役員人事等の会議が 執り行われました。その際、石藏会長以 下全ての皆様に福岡支部会議のオブザー

バーになって頂き、初代福岡支部長に田 中久志(小郡市)、幹事に土屋隆之(苅田 町)が選出されました。ここに、福岡支 部が大分支部に続き九州の地に誕生致し ました。

 石藏会長の御挨拶、福岡支部会議、藤 島大分支部長の御挨拶、新福岡支部長の 挨拶の後、藤田先生の乾杯の御発声で開 宴し、其々の自己紹介、近況報告を行い ながら、総会は大いに盛り上がりました。  出席者全員の絆を深めるために兵庫医 科大学校歌を斉唱し、納めに大分支部奥 津明先生の締めの言葉、次回の再会を誓っ て、万歳三唱にてお開きとなりました。

大分・福岡支部合同総会

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 平成28年秋に第 3 回大分県支部会を開 催しましたが、その時、隣県の福岡・熊 本・宮崎の先生方に声かけを致しました。 この時、福岡県の田中久志先生、土屋隆 之先生、安松聖光先生、金志先生、熊 本の南美和子先生、久留米大勤務の栗並 昇先生と平田英先生、佐賀医大勤務の坂 井博昭先生が来分参加してくださり、さ らに石藏会長と兵庫医療大学副学長の 藤田幸久先生も参加してくださいました。 この時の流れとして福岡支部を是非とも 作っていただきたいと石藏会長から福岡 県の先生方に依頼があり、これがきっか けとなり、福岡支部が結成の運びとなり ました。

 今回、支部結成、支部会開催にあたり、 田中久志先生、土屋隆之先生には忙しい なか、準備をしていただき本当にお世話 になりました。この場を借りて厚く御礼申 し上げます。

 平成29年度の大分支部が 4 回目となる、 また、福岡支部が第一回目となる緑樹会 支部会を福岡県と大分県合同で北九州小 倉の料亭で10月21日に開催いたしました。

 大分からは、私と奥津明先生、二宮浩 司先生、東喬太先生、松成修先生が参加 し、さらに、10月 1 日から兵庫医大形成 外科から大分大学医学部形成外科に派遣、 研修に来た京都出身の尹庸先生も参加し て下さいました。

 田中先生、土屋先生のきめの細かい、 かゆいところに手が届くような采配により 和気あいあいとした盛会となり、本当に 楽しいひと時を過ごすことができました。 そして、兵庫医科大学という学び舎で学 んだ縁で、世代を超えて楽しく語らうこ とができました。

 兵庫医科大学はまだまだ、歴史の浅い 大学ではありますが、各地域で孤軍奮闘 して頑張っている同窓生がいることがど れだけ励みになるかあらためて感じ入り ました。

 九州ではまだ福岡支部と大分支部しか ありませんが、九州各県や沖縄には同窓 生がまだまだいます。今後各県に支部が できることを願ってやみません。最後に 遠路はるばる来福していただいた藤田先 生、石藏先生に厚く御礼申し上げます。

大分支部総会

医療法人宣佳会 藤島クリニック 院長

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 川西猪名川地区第 3 回緑川会学術講演 会を、10月28日大阪新阪急ホテルで、兵 庫医科大学学長野口光一先生ご臨席のも と、兵庫医科大学ささやま医療センター 病院長片山覚先生をお迎えして開催致し ました。この日は、季節外れの台風の影 響で、 2 週続きの週末の悪天候にも拘わ らず、21人の先生方にご参加頂きました。 野口先生には、成長著しい兵庫医科大学 への帰属意識を持つ事のお話しに、片山 先生には、[呼吸器疾患診療とプライマリ ケア]について、遅延性咳嗽、気管支喘息、 COPD、SAS等にわたり病院と診療所と の更なる連携が大切というお話しでした。  現在川西医師会での兵庫医科大学出 身の先生は、半分以上占めており、大学 との病診連携という点では、重要な役割 を担っているかと思います。その上で野

口先生が言われる様に帰属意識を持つ事 も大切と思います。現川西医師会会長は、 昭和57年卒業の藤末洋先生です。その元 で、これからの若い先生方への橋渡しが できるように、そして更なる緑川会の発 展の為に少しでもお役に立てればと思い ます。

川西・猪名川支部

参照