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脳循環代謝第18巻第2号

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Academic year: 2021

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1)はじめに∼拝啓∼

この手紙が届くのは抜けるような青空のもと爽やか な秋風を楽しんでいる頃かと思いますが,お変わりな く日々の仕事や生活を積み重ねていらっしゃるでしょ うか. さて本日は以下に少し長い手紙を書いてしまいまし たが,貴方が日常行っている仕事や興味を持って打ち 込んでいることに関連した一つの物語だと思って読ん で頂ければ幸いです.本誌編集委員長である日本医科 大学の片山泰朗教授から本稿の執筆を依頼されたと き,このタイトルで執筆するのに相応しいのは巧成り 名を遂げられた大御所の先生であるというのが私の率 直な印象でしたし,それは現在でもそのように感じて います.しかしその他の項目の執筆者の方々の顔ぶれ を拝見して初めて片山委員長の編集意図が理解できま した. すなわち本特集の(私以外の)執筆者 6 人の方々は, 我が国における斯界の伝統教室における気鋭の研究者 です.今まさに歴史的転換点にある脳循環代謝研究の 現状を up to date な review とし将来展望を特集する にあたって,片山編集委員長は誠にふさわしい執筆陣 を選定されたと思われました.脳循環代謝学の研究 は,初期のキラ星のような偉大な研究者の活躍された 時代から新しい発展の時代を迎えており,本特集の執 筆陣の方々は私が命名するところの所謂第三世代に属 し次の新しい世代への橋渡しの役割も果たしているも のと思われます.片山編集委員長の意図として私自身 の役割も末席を汚しながら恐らく同様であるものと考 え本稿の執筆を承諾した経緯がありますので,若い 方々に対しては総説による解説よりは手紙で語りかけ るほうが良いだろうと考えました.そこで本稿では私 にとっては誠に気恥ずかしい大それたテーマではあり ますが橋渡し世代の一人として,これから将来を担う べき若い世代の方々へ向けて脳循環代謝研究の変遷と 今後への期待について語ってみることにしたいと存じ ます. しかしこの手紙は過去 20 数年間この分野に深く関 与し(過ぎ?)てきた筆者が書くということで,どこ まで中立的で全方向性に配慮した記述になるかはなは だ自信がありませんので,あくまでも私自身が身を置 いてきた一つの立場からのメッセージと理解していた だければ幸いであり,もし配慮に欠ける記述があると すれば私の未熟さに免じてご容赦いただければ幸いと 思っています.またこの手紙に登場する人物は殆どご 高名で偉大な先達ばかりであり,本来敬称をもってお 呼びしなければならないところですが,登場人物が多 いことと紙数の制限などによりこの手紙では敬称を省 略してお呼びすることを予めお赦しいただければなお 有難いと存じます.

2)脳循環代謝研究の第一世代のスター達

表 1 に私が独断と偏見で分類した脳循環代謝研究の 系譜を示しています.表中の世代内にあっては名前を 順不同で並べてありますが,およそこの表に準じてこ の第 2 項と次の第 3 項を述べてみたいと思います. 人類の歴史上,人間自身の脳の循環を初めて定量的 に測定したのは,フィラデルフィア大学出身で後に米 国 NIH に移籍した Seymour Solomon Kety です(図

1.脳循環代謝研究の変遷と今後への期待

∼まだ見ぬ若い花のような人たちへの手紙∼

阿部 康二

(脳循環代謝 18:62∼72,2006) 岡山大学大学院医歯薬学総合研究科 神経病態内科学(神経内科) 〒700―8558 岡山市鹿田町 2―5―1

TEL : 086―235―7362(direct in),FAX : 086―235―7368, e-mail : abekabek@cc.okayama-u.ac.jp

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所属 主な業績 名前 世代 フィラデルフィア大学 /NIH N2Oを用いた脳循環測定創始 SeymourS.Kety 第 1世代 コペンハーゲン大学 アイソトープ(85Kr,133Xe)を用いた脳循環測定創始 NielsA.Lassen ルンド大学 アイソトープ(85Kr,133Xe)を用いた脳循環測定創始 David H.Ingvar 米国 NIH 脳ブトウ糖代謝の測定理論確立 LouisSokoloff コーネル大学 脳循環代謝の臨床的解析 Fred Plum 慶応大学 脳循環研究を日本で創始,dualcontroltheory

後藤文男 東北大学 脳保護薬仙台カクテル開発 鈴木二郎 九州大学 脳卒中と高血圧の関連研究 尾前照雄 ルンド大学 実験的脳虚血における生化学的解析創始者 Bo K.Siesjö 第 2世代 ルイジアナ州立大学 脳脂質障害の第一人者 NicolasBazan コーネル大学 /テネシー大学 前脳虚血モデルを確立 William Pulsinelli マイアミ大学 /東北大学 脳虚血研究の生化学的解析を日本に移入,

The membrane theory 小暮久也 九州大学 高血圧ラットを用いた脳循環代謝研究 藤島正敏 秋田脳研 日本における PETでの脳循環代謝解析 上村和夫 日本医大 脳虚血病態解明 赫 彰郎 UCSF/スタンフォード大学 脳浮腫とフリーラジカル研究の第一人者 Pak H.Chan 東京大学 脳浮腫メカニズム解明 浅野孝雄 東京大学 局所脳虚血モデル確立 田村 晃 東京大学 遅発性神経細胞死現象発見 桐野高明 ハーバード大学 遺伝子改変モデルを用いた分子病態解析

MichaelMoskowitz

マックスプランク研究所(ケルン) 脳浮腫メカニズム解明,脳血流と神経細胞死

Konstantine A.Hossmann

マックスプランク研究所(ケルン) PETと ishchmicpenumbra

Wolf-DieterHeiss

UCSF stressprotein,multiple molecularpenumbra

Frank Sharp

マイアミ大学 低体温による脳保護効果,虚血耐性

Myron D.Ginsberg

マールブルグ大学 脳虚血薬理学の第一人者,Margburg Conference 主催

JosefKrieglstein グラスゴー大学 /エジンバラ大学 興奮性神経細胞死,白質障害 JamesMcCulloch ペンシルバニア大学 脳切片の組織染色分野に貢献 Frank Welsh ジョンスホプキンス大学 /オレゴン大学 脳虚血麻酔学の第一人者,JCBFM 編集長

Richard J.Traystman

米国 NIH 脳虚血障害における炎症反応の重要性指摘

John M.Hallenbeck

順天堂大学 脳浮腫の発生機構解明 石井昌三 群馬大学 慢性脳循環不全症の概念確立 平井俊策 岡山大学 脳虚血麻酔学のリーダー 小坂二度見 慶応大学 脳浮腫の発生機構解明 冨田 稔 大阪大学 神経細胞死メカニズム解明 早川 徹 東海大学 脳循環,再生治療 篠原幸人 東北大学 完全脳虚血犬モデル開発 吉本高志 表1. 脳循環代謝研究の系譜(順不同・敬称略) 1a).1915 年生まれの Kety は,初め小児科医である奥 さんの影響で 1940 年当時米国で問題になっていた小 児の鉛中毒に関心を持ち,1942 年に奨学金を得てボス トンのハーバード大学 MGH の Joseph Aub 教授の研 究室に入りましたが,そこでは第二次世界大戦に突入 した米国内の大学として既に外傷と出血性ショックに 研究の主軸を移行しつつあったのです.そこで Kety は心血管系ショックの際に脳循環は重要臓器として比 較的保たれることに関心を持ち,1943 年に母校フィラ デルフィア大学に戻るに際して,当時バブルフロー法 による脳循環代謝測定法を麻酔下のサルで行っていた Carl F. Schmidt(薬理学)の門を叩いたのでした1) .翌 1944 年には当時同大学の学生であった Louis Sokoloff が Kety と初めて会っています.当時は脳循環代謝測 定法として,thermoelectric flow recorder を頚静脈に

刺入して温度変化による血流測定や頚動静脈の酸素含 量差による血流推定法などが試みられていました.前 者は頚静脈の血流は分かるが脳実質での血流測定法で はないし,後者は脳酸素消費量(CMRO2)が一定なら ばという条件付であって,脳血流と脳酸素代謝を区別 して測定することにはなっていなかったのです. 当時このような脳血流と脳酸素代謝を区別して測定 できるのは,Schmidt の開発したバブルフロー法のみ でしたが,この方法の問題点は相当な外科処置を必要 とし,そのために麻酔を用いなければならないという 点であり,非麻酔下の人間での定量的測定法の開発が 求められていたのです.このような状況にあって Kety は当時心拍出量測定に用いられていた Fick の原理を 脳循環に応用しようと考え,不活性ガスである N2O の吸入法という脳循環測定法を思いついたわけです.

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図 1. 脳循環代謝研究の第一世代スター達.(a)Seymour S.Kety教 授(1915~ 2000),(b)NielsA.Lassen 教 授 (1926~ 1997),(c)David H.Ingvar教授(1924~ 2000), (d)LouisSokoloff教授,(e)Fred Plum 教授(向かっ

て左)と Bo K.Siesjö教授(右),(f)後藤文男教授. この検査では定量的な脳循環測定と同時に酸素やブド ウ糖,乳酸濃度測定によって様々な脳代謝の生理と病 態も測定できるようになり,相互に密接に関連してい る脳の循環と代謝を同時に測定できるという点で画期 的でした.第二次世界大戦終了後の 1948 年に J. Clini-cal Investigation 誌に発表されたこの方法に関する論 文は,Kety-Schmidt の脳循環代謝測定法としてその後 バイブル的な論文となりました2) .その頃,米陸軍で精 神科医をしていた件の Sokoloff(図 1d)はこの論文を 見て,正常と精神病患者の脳循環と代謝に興味を持 ち,退役後の 1949 年にポスドクとしてフィラデルフィ ア大学の Kety の門下に入ったのです.Sokoloff は始め 甲状腺機能亢進症患者の脳ブドウ糖代謝を測定しまし たが,身体のブドウ糖代謝が亢進しているにも拘らず 脳のブドウ糖代謝は亢進していないことを発見しまし た.

1951 年に Kety は新しく NIH に創設される NIMH と NINDB(今日の NINCDS)の scientific director と してスカウトされ移籍しましたが,この時 Kety の選 任した研究室チーフの中から後年ノーベル賞受賞者一 人(Julius Axelrod),ラスカー賞 3 人,全米科学アカ デミー会員 12 人以上が輩出したのは実に驚くべきス カウト手腕と言えるでしょう.Kety は一方では米国内 やヨーロッパの生化学者との共同研究を推進し,1954 年から始まった隔年開催の学会は 1956 年から J. Neu-rochemistry 誌の発刊に始まり,1960 年の国際脳研究 機構(IBRO, International Brain Research Organiza-tion)設立を促しつつ,今日知られる国際神経化学会に 発展してきています.Kety はその後,統合失調症を始 めとした精神疾患の脳循環代謝研究に没頭して行きま した.この間,コペンハーゲン大学出身の Niels A. Lassen(図 1b)は Kety の研究室に留学し,1959 年に 脳 循 環 に 関 す る 有 名 な 論 文 を 発 表 し て い ま す3) . Lassen はデンマークに帰国後にスェーデン国ルンド 大学の David H. Ingvar(図 1c)と共に,Kety の方法

を発展させて放射性同位元素である85 Krypton や133 Xe-non を頚動脈に注入し体外から非侵襲的に脳血流を測 定する方法を開発して行きましたが4) ,この方法は脳血 流を非侵襲的に測定し画像化もできるという画期的な ものだったので,後に世界中に普及し臨床現場へのイ ンパクトは絶大なものがありました5) .ちなみに 1963 年から隔年開催で始まった国際脳循環代謝学会総会の 概要を表 2 に示してありますが,Ingvar と Lassen は この学会の創設メンバーでそれぞれが第一回と第二回 を 主 催 し て い ま す.Kety の 研 究 室 に 入 っ て い た Sokoloff(図 1d)が 1977 年に局所脳ブトウ糖代謝の測 定理論を確立したことで6) ,これら先人達の功績により 漸く脳の循環と代謝の局所的定量的測定法が確立でき たわけです.

コーネル大学の Fred Plum(図 1e,左)は臨床医必読 の名著 The Diagnosis of Stupor and Coma(図 2a)の 著者として有名ですが,基礎的医学者の多かったこの 業界において,著名な臨床医(神経内科)として常に これらの研究の方向性をサポートし続けて来た温厚な 紳士です.Plum の研究室にいた William Pulsinelli は 有名なラットの 4 動脈結紮モデル(Pulsinelli-Brierley モデル)を開発して一躍勇名を轟かせ7),世界中の研究 者がこの動物実験モデルを用いて研究を行いました. 余談ですが,イタリア系米国人の Pulsinelli が Tennes-see 大学神経内科の Chairman として転出した後に, 同じイタリア系の Iadecola が同研究室を継いで脳虚 血における COX2 を始めとした炎症反応の関与につ いて精力的に活動しているのは,研究面における人脈 という意味でも興味深いものがあります.私事で恐縮 ですが,1980 年代に仙台を何度も訪問した Plum に私 自身も温かい声をかけていただき,また 2002 年の Marburg Conference にご夫妻で出席されて久しぶり にお会いしたときには,Plum を「grandpa」と呼んで も良いという許可を頂き感激したことを覚えていま す. スェーデン国ルンド大学の Bo K. Siesjö はこの業界 だけに止まらない世界的な巨星の一人ですが(図 1e, 右),彼の功績は脳循環代謝研究の分野に本格的な生化 学を持ち込んだことです.1970 年代にスェーデンで隆 盛を迎えた生化学研究の成果を基礎的研究分野に最大 限取り入れ,その成果を単著で 1978 年に出版した

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図 2. 脳循環代謝研究者のバイブル書.(a)Fred Plum & Jerome B.Posner教授著の The Diag nosisofStuporand Coma第 3版(1980,初版 1966, F.A.DavisCompany,装丁黒色),(b) Bo K.Siesjö教授著の Brain Energy Metabolism(1978, John Wiley & Sons,装丁緑色),(c) JanetV.Passonneau & Frank A.Welsh教授ら著の CerebralMetabolism and NeuralFunction (1980,Williams& Wilkins,装丁緑色),(d)浅野孝雄教授著の脳虚血の病態学(2003,中外医

学社).4書は実際の大きさに比例して並べてある. 会長 開催都市 開催国 開催年 回 David H.Ingvar ルンド スウェーデン 1963 1 Niels A.Lassen コペンハーゲン デンマーク 1965 2 Mario Brock マインツ ドイツ 1967 3 R.W.Ross Russell ロンドン 英国 1969 4 Cesare Fieschi シエナ イタリア 1971 5 Tom Langfitt フィラデルフィア アメリカ 1973 6 Murray Harper アヴィモア スコットランド 1975 7 Niels A.Lassen コペンハーゲン デンマーク 1977 8 慶応大学 /後藤文男教授 東京 日本 1979 9 Marcus Raichle セントルイス アメリカ 1981 10 Jacques Seylaz パリ フランス 1983 11 Bo K.Siesjö ルンド スウェーデン 1985 12 Antoine Hakim モントリオール カナダ 1987 13 Cesare Fieschi ボローニャ イタリア 1989 14 Myron Ginsberg マイアミ アメリカ 1991 15 東北大学 /小暮久也教授 仙台 日本 1993 16 Konstantine A.Hossmann ケルン ドイツ 1995 17 Richard Traystmann ボルチモア アメリカ 1997 18 OlafPaulson コペンハーゲン デンマーク 1999 19

Tony Lee,Shin-Zong Lin 台北

台湾 2001 20

Roland Auer カルガリー

カナダ 2003

21

Adriaan Lammertsma アムステルダム オランダ 2005 22 岡山大学 /阿部康二 大阪 日本 2007 23

Dale Pelligrino シカゴ

アメリカ 2009

24

表 2. 国際脳循環代謝学会 開催年度と開催地

「Brain Energy Metabolism」(図 2b)はその後の脳循環 代謝研究者のバイブルとなり,私も東北大学の大学院 生のときに研究グループで輪読した経験があります. しかし大学院に入ったばかりの当時はこの本が難しす ぎてさっぱり判らなかった記憶があります(笑). Siesjö は本学会以外でも多くの脳関連学会に招かれ, Science 誌の citation super star というランキングに も登場した多産家であり,どの学会でも厳しい中にも 温かみのある建設的なコメントを出して多くの若手研 究者の尊敬を集めています.彼の研究室には日本から の留学生も多く,この手紙の読者の中にもルンド大学 のあの Wallenberg 研究室で Siesjö 自身から直接薫陶 を受けた方も多いものと思います.Siesjö の日本人好 きは有名ですが,単にスウェーデン人一般の日本贔屓 以上のものがあるように感じています.私自身も 1986 年にプラハで開催されたヨーロッパ神経化学会に単独 行した頃から随分可愛がっていただき,彼がルンド大 学を退官して 1997 年ハワイ大学(Queen’s Medical Center)で新しく研究室を立ち上げる際に協力しまし たが,ご夫人の病気により本国スェーデンに帰国を余

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所属 ニルス・ラッセン賞 所属 生涯功労賞 学会開催地 受賞年 コペンハーゲン大学・ ルンド大学 Niels A.Lassen, David H.Ingvar ボルチモア 1997 MGH・フンボルト大学 (実験神経学) Matthias Endres フィラデルフィア大学・ NIH Seymour S.Kety, Louis Sokoloff コペンハーゲン 1999 ジョンスホプキンス大学 (麻酔科)

Sylvain Doré 慶応大学 後藤文男 台北 2001 イエール大学 (放射線科) Fahmeed Hyder コーネル大学・ ルンド大学 Fred Plum, Bo K.Siesjö カルガリー 2003 コペンハーゲン大学 (生理学) Kirsten Caeser ペンシルベニア大学 Martin Reivich アムステルダム 2005 表 4. 国際脳循環代謝学会の表彰 都市名 所属国 編集長名 年代 Aviemore Scotland

A.Murray Harper 1981~ 1988

Cologne Germany

Konstantine A.Hossmann 1989~ 1991 Miami USA Myron Ginsberg 1992~ 1997 Glasgo Scotland JamesMcCulloch 1998~ 2003 Portland USA

Richard J.Tarystman 2004~ 表 3. J.CBF&M 歴代編集長 儀なくされたのは残念でした.図 1e の写真は 2003 年 の第 21 回国際脳循環代謝学会(カルガリー)での老雄 ツーショットであり,長年の畏友同士の微笑ましい ショットとなっていますね. 一方,我が国では後藤文男慶応義塾大学名誉教授(図 1f)が脳循環代謝研究を日本で創始され,その後の日本 脳循環代謝学会の設立・興隆に多大な貢献をされてき ているのはご存知でしょう.後藤先生の功績は数多い のですが,特に脳循環調節における「dual control

the-ory」を提唱確立したことは特筆に価するものです8) 脳循環の調節は太い動脈から細動脈にかけては自律神 経性のいわゆる神経性調節が主体ですが,それより細 い細小血管から毛細血管における循環調節は局所で発 生した CO2によるいわゆる化学的調節が主体である とする学説であり,これは今日脳の循環調節を考える 上での基本となっています.後藤先生は日本脳循環代 謝学会や日本脳卒中学会の理事長として長く日本の脳 循環代謝研究や脳卒中研究に指導的役割を果たされて 来ただけでなく,国際的にも日本の代表者として長く 活躍されて来られ,1979 年には第 9 回国際脳循環代謝 学会総会を日本(東京)で初めて主催されました(表 2).また国際脳循環代謝学会の機関誌 J. CBF&M は 1981 年に創刊以来,世界中の素晴らしい研究成果を掲 載してきましたが,これは表 3 に掲示してある歴代編 集長と投稿者の方々の努力の賜物と考えられ,現在の impact factor は約 5.8 で神経関係の学術誌としては常 に最上位にランクされています.ちなみに上述した偉 大なスターの先生方は,その長年の功績により国際脳

循環代謝学会が 1997 年から始めた Life Time Award (生涯功労賞)を授与されています(5 回,8 人)(表 4).

3)脳循環代謝研究の第二世代のスター達

脳循環代謝測定が中心であった第一世代のスター達 に続いて,Siesjö が開いた生化学の扉は第二世代の登 場を促がすことになりました(表 1 下段).そういう意 味では Siesjö の功績は第一世代から第二世代への橋 渡し的役割にもあったと言えるでしょう.慈恵医科大 学出身の小暮久也教授はマイアミ大学在籍当時から既 に世界的に有名でしたが,東北大学脳神経外科の鈴木 二郎教授に請われて東北大学脳神経内科の教授として 1980 年にマイアミ大学から赴任しました.小暮教授の 功績は,人での脳循環代謝測定が主体であった当時の 日本の脳循環代謝研究に新しく実験的・生化学的方法 論を持ち込み,同時に前述の世界的な研究者を頻繁に 日本国内に招致して国内研究者へ多大な知的刺激を与 えたことにあると思われます.学術的にも今日でもし ばしば引 用 さ れ る ATP の 組 織 染 色 法 の 開 発9) や フ リーラジカル障害仮説の展開10) ,細胞障害における膜 障害の重要性を指摘したいわゆる「膜説」の提唱11) など 膨大な業績が挙げられます.また小暮先生は 1993 年に は日本で 14 年ぶり 2 回目となる第 16 回国際脳循環代 謝学会総会を仙台で主催されました(表 2).小暮先生 の熱心なフリーラジカル障害仮説に刺激されて日本で は多くのフリーラジカルスカベンジャー開発が手掛け られ,その中でエダラボンや AVS,エブセレンなどが 臨床現場に治療薬として世界に先駆けて使用されるよ うになったのも小暮先生の功績と言えましょう.鈴木 二 郎 教 授 の 開 発 し た 脳 保 護 薬「仙 台 カ ク テ ル」に phenytoin が追加添加されることになったのは,当時 鈴木門下の大学院生であった木内博之先生(現山梨大 学脳神経外科教授)が,「Kogure の膜説」を実証した 結果を受けてのことでした12) .ちなみに私は 1995 年に 虚血性神経細胞死における「ミトコンドリア仮説」を

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Stroke 誌上で提唱させて頂きましたので13),機会があ りましたらご一読いただければ幸いに存じます. マ イ ア ミ 大 学 で 小 暮 教 授 の 後 を 襲 っ た Myron Ginsberg は,1989 年に低体温療法の脳保護効果につ いて報告し世界的な注目を集めましたが14) ,この研究 は今日では日本医科大学の神谷らによって脳保護療法 との併用として飛躍的な進展を遂げています15) .また この頃より,予め軽い脳虚血(ischemic precondition-ing)を負荷しておくと次の重度の脳虚血障害に脳細胞 が 耐 え る こ と が で き る と い う 所 謂 虚 血 耐 性 現 象 (ischemic tolerance)の研究が始まりました16∼19) .その 後世界中で行われている膨大な研究成果により,脳細 胞の耐性獲得因子あるいは虚血抵抗性因子についての メカニズムは大分解明されてきましたので,今後は実 際の治療薬の開発が待たれているところです.Janet V. Passonneau と Frank A. Welsh らは脳代謝と脳機 能の関連について研究を重ね,多くの著者と共に脳循 環代謝研究初学者のための座右の解説書「Cerebral Metabolism and Neural Function」を 1980 年に出版し 斯界の発展と若い人たちへの教育に貢献しました(図 2c). 浅野孝雄教授(東京大学,現埼玉医療センター)は, 脳浮腫発生機構の解明や脳血管スパズム機序の解明に より脳循環代謝研究の世界的リーダーの一人であり, 脳浮腫発生機構に関する独マックスプランク研究所 (ケルン)の Hossmann 教授との熱い論争は今日でも 語り継がれています.浅野教授が 2004 年に日本語で出 版された「脳虚血の病態学」(図 2d)は斯界にあって Siesjö 以来の名著と考えられ,多くの学兄も感動を 持ってお読みになったことでしょう.願わくば日本発 のこのような素晴らしい著書を英語版でも出版してい ただき海外の若い研究者にもぜひ呼んでいただきたい と切望しているのは私一人だけでしょうか.ラットの 4 動脈結紮モデルを開発した Pulsinelli と並んで,もう 少し実際の臨床例に近いラット局所脳虚血モデルを開 発して20,21) ,世界中に名前を知られたのが現在日本脳循 環代謝学会の理事長をされている田村晃教授(東京大 学,現富士脳研究所)であることはご存知ですね.こ の研究は留学中の Glasgo で行われましたが,ボスの James McCulloch もまた英国を代表する研究者であ り,2003 年まで 5 年間に渡って国際脳循環代謝学会誌 の Chief editor をして本誌の impact factor を大いに 向上させた功績は国際的に高く評価されています(表 1,3).

桐野高明教授(東京大学,現国際医療センター研究 所長)は,1982 年に出した論文「Delayed neuronal death(DND)in the gerbil hippocampus following

ischemia」で砂ねずみ(Mongolian gerbil)の 5 分間と いう極めて短時間の一過性両側総頚動脈結紮により, その後数日間を掛けて海馬 CA1 錐体細胞がゆっくり 死んでゆく現象を明快な形で示して世界的な反響を呼 びました22) .それ以後およそ 10 年間に渡って,世界中 の研究者が熱病のようにこの現象のメカニズムや治療 法について研究を行い,この細胞死現象は DND と略 語でも国際的に直ちに通じるまで有名になりました. この発見で桐野教授は国際的なスターとなりました が,この現象は今日でもまだ十分メカニズムが解明さ れておらず継続して世界中の研究者の関心を集め続け ています.このように東京大学脳神経外科の浅野・田 村・桐野 3 先生は日本を代表する斯界のリーダーとし て国際的にも大活躍されてきています. その他にも国内外で第二世代として活躍された先生 方は沢山いらっしゃるのですが,今回は紙数制限のた め個別に論じることができないのを誠に残念に思って います.しかし概略は表 1 にまとめてありますので是 非参考にしていただければ幸いに存じますとともに, 表 1 下段に掲示し切れなかった多くの先生方がいらっ しゃることをここに記しておきたいと存じます.また 表 1 をご覧いただけば分かるように,この分野での日 本人研究者の世界的貢献は自負に足る偉大なものがあ りますし,第二世代の先生方のお弟子さんたちが今日 では第三世代として表を作ることさえ出来ないぐらい の多くの方々が活躍しているはご存知のことと思いま す.初期の研究が脳循環主体であったために,脳循環 代謝の研究者は自分たちのことをしばしば「cerebral blood flowers」と呼んで来ました.私は自身を「花」と 呼ぶのは気恥ずかしさを覚えますが,この手紙を読む 若い人たちはまさに「花」のような方々だと想像しま すので,第三世代に続いて新しい美しい花々を咲かせ て頂きたいと願っています.

4)脳循環代謝研究の変遷

さて前述したような脳循環代謝研究のスター達を第 一世代・第二世代と辿ることで自然にこの分野の研究 の主たる流れが明らかになってきたと思います.すな わち当初,脳循環の測定に始まった研究は,次第に脳 代謝測定から生化学的研究の時代へ,そして第三世代 の研究者達による遺伝子研究の時代を経て,今日の再 生医療研究の時代へ入り,次の世代の研究へ発展を重 ねてきています(図 3).このような研究の流れは,そ れを支えるべき生化学や分子生物学・発生生物学と いった基礎生命科学と,CT や SPECT・PET・MRI・ MEG・光トポグラフィといった画像診断技術の発展

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図 3. 脳循環代謝研究の時代変遷(左)と対応する基礎科学・脳画像科学の進歩(右).

図 4. 脳の循環と脳血液関門・脳代謝・脳機能の相互関連

(coupling).それぞれの状態は PETや SPECT,MRI, MEG,光トポグラフィなどで検出される. に裏付けられており,逆に言えば基礎科学の発展に基 づいてその時代時代の脳循環代謝研究が進展してきた わけでもありますね(図 3).従って今後の,脳循環代 謝研究の方向性や発展性もまた基礎生命科学や脳画像 科学の発展と密接に関連していくことは間違いないで しょう.脳の循環と代謝および脳機能の関連につい て,通常は脳血流から脳血液関門を介して,酸素代謝 やブドウ糖代謝,蛋白・脂質代謝などの脳代謝,そし てそれらに支えられた脳機能というふうに考えます が,実はそれらは相互に密接に関連(coupling)して いますので,図 4 に示すようにそれぞれ Neurovascu-lar coupling や Neurometabolic coupling,Neurobar-rier coupling と呼ばれてこの 4 者の相互関連について の研究も精力的に進められています. いずれにしてもこのような研究方法論によれば,図 5 に示すようにさまざまな臨床的観察や臨床研究に よって着想された病態メカニズムをモデル動物を有効 に用いることによって実験的に解明し,明らかにされ た病態メカニズムに基づいてモデル動物を用いて治療 法の開発を進めることが可能となります.このような 研究開発によって有効性が示唆された治療薬剤は,臨 床開発を通じて実際の患者へ投与されることで基礎研 究の成果が臨床現場へ還元されていくことになるわけ です(所謂 translational research).しかし,これまで 世界中で行われた脳循環代謝研究によって有望視され た薬剤は,グルタミン酸拮抗薬やカルシウム拮抗薬, ICAM-1 抗体をはじめとして多くは患者への臨床的有 効性を証明できず姿を消していきました23) .そういう 中にあって日本で開発された幾つかの薬剤が患者への 臨床的有効性を証明して認可発売され実際の臨床現場 へ還元されたことは日本の製薬メーカーの実力と日本 人研究者の功績として世界的に誇って良いことだと思 われます.その中でも特にフリーラジカルスカベン ジャーを用いた脳保護薬の開発は世界的にも日本の研 究者の貢献が大きいものがあります.酸化ストレスや フリーラジカル反応は脳梗塞急性期以外でも様々な神 経変性疾患や炎症性疾患,動脈硬化症などの病態にお いて極めて重要な役割を演じていることで注目されて いますが,この制御は特に脳梗塞急性期治療において

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図 5. 臨床観察・臨床研究と病態解明,治療法開発の関連. 臨床を基本として基礎病態研究を経て治療法が開発され, 確立した治療法が臨床現場へ還元されていく(transla tionalresearch). 重要課題とされていますね. 前述の仙台カクテルは 1986 年に東北大学脳神経外 科の吉本高志教授(現東北大学総長)らが初めて患者 に投与した成績を発表して以来24) ,今日でも多くの脳 卒中現場で使用されており,その後ニゾフェノンやニ カラベン,エブセレンなどの抗酸化作用を有する薬剤 が続々と開発されてきました.中でもエダラボンは世 界で初めて「脳保護薬」として臨床現場に登場し,実 際の脳梗塞患者に使用され大きな社会的貢献をしてい ます25) .当時の東北大学脳神経内科に持ち込まれたこ の薬剤について,偶々その日に小暮教授とトイレです れ違ったというだけで,当時大学院生であった私がこ の薬剤の開発に初期から関わることができたのは26) , 不思議なご縁としか言いようのないものであり,「トイ レのご縁(?)」も大切なものだと漸く最近になり判る ようになりました(笑).またエダラボンを虚血中に脳 保護薬として使用することで,血行再開後の細胞内フ リーラジカル障害(蛋白,脂質,DNA)を抑制し,出 血合併症の危険を増大することなく tPA(組織プラス ミノゲン活性化薬)による血行再開療法の適応有効時 間枠(TTW)の延長を図ることができたとされ注目さ れているのは皆さんも良くご存知ですね27) .2006 年に なりグラスゴーのグループを中心として欧米・オース トラリアの共同チームから発表されたフリーラジカル トラップ薬 NXY-059 により発症 6 時間以内の脳梗塞 患者 1,722 人の大規模臨床試験で 90 日後の mRS の改 善効果が示された28) ことで,上述の日本の先進的研究 が改めて注目され始めています.このように日本から 始まった「脳保護療法」の成功は世界的広がりを見せ て始めていますが,前述の NXY-059 の臨床的成果の 基礎にも日本人による脳循環代謝研究の貢献があった ことを忘れずに誇りとしたいものです29) .

5)脳循環代謝研究の今後への期待

脳循環代謝研究の最終目的が人間の脳機能の解明に あることは論を待たないでありましょう.実際に国際 脳循環代謝学会の隔年総会(表 2)は,今日では「国際 脳循環代謝脳機能シンポジウム(International Sympo-sium on Cerebral Blood Flow,Metabolism & Func-tion)」となっています.一方,図 3 に示したこれまで の研究の変遷を振り返り,治療方法や治療薬の開発と いう観点から研究活動の臨床現場への還元を総括して みると図 6 左に示すような流れになるでしょう.すな わち発見された天然物質からヒントを得て,理論的に 薬剤デザインを進め,化学合成や遺伝子工学を応用し て得られた薬剤について,基礎的な薬理効果や毒性評 価をした上で,基礎病態の解明研究や臨床効果の予備 的検討を経て,大規模臨床試験でエビデンスを臨床的 に確立した上で認可発売となり初めて研究成果が臨床 現場へ還元されたことになりますね.このようなヒッ ト例は日本では前述した脳保護薬エダラボン(商品名 ラジカット)や認知症治療薬ドネペジル(アリセプ ト),高脂血症治療薬プラバスタチン(メバロチン)・ ピタバスタチン(リバロ),降圧薬カンデサルタン(ブ ロプレス)などが挙げられるでしょう. 一方,ご存知のように今や世界的にも大規模臨床試 験の全盛時代であります.カルシウム拮抗薬(Syst-Eur)や ACE 阻害薬(PROGRESS),ARB(SCOPE) による高血圧治療によって予想外の認知症予防効果が 見出されたり,スタチン系高脂血症治療薬によってコ レステロール低下作用による予想以上の脳卒中発症抑 制効果が見出さ れ る(HPS,ALLHAT,ASCOT な ど)など従来の新薬開発方法では予想しなかった新し い薬理作用が次々と明らかにされて世界中でホットな 話題となっているのもご存知ですね.図 6 右に示した このような新しい臨床 oriented な研究によって,薬剤 が潜在的に持っていた主作用以外の薬理作用が明らか にされ,ここを基点として新しい観点からの薬剤デザ インや病態解明・臨床開発が試みられ始めています. これまで臨床解析→蛋白解析→遺伝子解析と進むと考 えられて来た研究方法論に対して,1980 年代に遺伝子 解析が興隆した時代に臨床を全く知らずとも遺伝子解 析のみから遺伝子解明→蛋白機能解析→臨床再解析と いう方法論が reverse genetics と呼ばれたのをアナロ

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図 6. 従来の新薬開発方法(左)と最近の臨床 orientedな研究(右).右→左への研究の流れを筆 者は「reverse drug discovery」と呼んでいる.

図 7. 脳循環代謝研究の対象と方法論.脳循環代謝研究の最終目的は人間の脳機能の解明にある

ので,様々な病態や正常脳の機能を様々なアプローチで自由に研究することが出来る.

ジーとして,図 6 右に示した新しい研究潮流を私は 「reverse drug discovery」と呼ぶことを提唱していま す.従来の基礎研究→臨床研究という流れの方法論に 対して,臨床研究→基礎研究というこの新しい方法論 からは新しい薬剤のデザインや基礎薬理効果の研究を 通して新しい薬剤の開発につながる可能性が期待され ています.しかしこの方法論による基礎研究では,大 規模臨床試験によって思いがけず明らかにされること になった新しい薬理作用について単に基礎研究レベル で支持を与えるだけのことに堕してしまう恐れも秘め ています.臨床研究を超えられない基礎研究はつまら ないですから,この点には注意して行きたいものです

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図 8. 第 23回国際脳循環代謝学会のポスター.2007年 5 月 20~ 24日に日本(大阪)で 14年ぶり 3回目として開 催される予定.www.brain07.com/ ね. いずれにしても脳循環代謝研究の対象が単に脳血管 障害だけに留まるものでないということは,上述した 最終目的に鑑みても明らかだと思います.図 7 に示し たように,私たちはこれまでも認知症や神経変性疾 患,脳外傷や脳腫瘍,頭痛やてんかん,発達期脳障害 や精神疾患など多くの臨床病態的テーマや正常脳機能 の解析に際して,方法論としての脳生理学や生化学, 脳薬理学,脳放射線医学,脳画像科学,分子生物学, プロテオミクス,細胞生物学,発生生物学などその時 代の基礎科学の発展を最大限取り入れて自由な研究を して来ました.図 3 左と図 5 を並べて眺めると,今後 の大きな潮流として「病態解明から治療法開発の時代 へ」という道筋が見えて来ているように思われます. この中では遺伝子治療や再生医療,あるいはその融合 療法なども期待されていますね.脳の循環と代謝・機 能の側面から脳機能を総合的に解明するのが目的なの ですから,今後貴方が企図する研究は,どの研究テー マについても胸が躍るような進歩が期待されるものば かりのように思えます.

6)おわりに∼敬具∼

私が初期研修医として岩手県立胆沢病院(水沢市)で 内科臨床に明け暮れていた頃,脳卒中患者は殆ど毎晩 のように救急車で担ぎこまれてきました.当時は脳卒 中といえばシチコリンとグリセオール,脳出血には止 血薬を加えるという治療が主体でしたが,あれから約 25 年が過ぎた今日,アルガトロバンやオザグレル,エ ダラボン,tPA など臨床現場に有効な治療薬がこれほ ど活用されていることは隔世の感があります.医学生 の頃に初めて見た CT スキャンの衝撃は今でも忘れる ことができませんが,もしあの頃 CT スキャンという ものに出会わなかったら,自分自身,内科研修の後に 脳神経内科を志望したかどうか分かりませんし,今日 脳神経外科や神経放射線科,基礎脳科学者として活躍 されている多くの先生方も同様に「脳の面白さ」に魅 力を感じたのではないでしょうか. 以上,少し長い手紙になりましたが,この 25 年間の 飛躍的な脳科学の発展と共に歩んできた脳循環代謝研 究と脳機能研究の面白さが,今日の若い人たちへ少し でも伝われば幸いだと思っています.人と人との出会 いや偶然のご縁も大切にして生かしながら貴方の仕事 が楽しく発展していくことを願っています.丁度来年 (2007 年)5 月 20∼24 日に日本で 3 回目となる第 23 回国際脳循環代謝学会総会を私が日本の窓口として大 阪で開催することになっていますので,その時に大阪 でお会いできれば嬉しいですね(図 8).不思議なこと で す が,こ の 学 会 は 第 9 回(1979 年,東 京),第 16 回(1993 年,仙台),今 23 回(2007 年,大阪)と 7 回 14 年ごとに日本に巡って来ています.これも何かのご 縁かもしれませんね.最後に私が研修医時代に読んで 感激した脳循環代謝に関する総説の最後に書かれてい た次の言葉を,まだ見ぬ若い花のような人たちへの メッセージとして以下に伝え記しておきたいと思いま す.その総説の筆者が誰であるかは,知る人は知って います. 「我々は遠くから来たのだ,そして遠くまで行くの だ」

1)Sokoloff L : In memorial for Seymour S. Kety. J Cereb Blood Flow Metabol 20 : 1271―1275, 2000

2)Kety SS, Schmidt CF : The nitrous oxide method for the quantitative determination of cerebral blood flow in man : Theory, procedure, and normal values. J Clin Invest 27 : 476―483, 1948

3)Lassen NA : Cerebral blood flow and oxygen con-sumption in man. Physiol Rev 39 : 183―238, 1959 4)Lassen NA, Ingvar DH : Radioisotopic assessment of

regional CBF. Prog Nucl Med 1 : 376―409, 1972 5)Olaf B Paulson : In memorial for Niels A. Lassen,

JCBF&M 17 : 1005―1006, 1997

6)Sokoloff L, Reivich M, Kennedy C, Des Rosiers MH, Patlak CS, Pettigrew KD, Sakurada O, Shinohara M : The [14C]deoxyglucose method for the measurement

of local cerebral glucose utilization : theory, proce-dure, and normal values in the conscious and

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anesthe-tized albino rat. J Neurochem 5 : 897―916, 1977 7)Pulsinelli WA, Brierley JB, Plum F : Temporal profile

of neuronal damage in a model of transient forebrain ischemia. Ann Neurol 5 : 491―498, 1982

8)Goto F, Ebihara SI, Toyoda M, Shinoara Y : Role of autonomic nervous system in autoregulation of hu-man cerebral circulation. Eur Neurol 6 : 203―207, 1971

9)Kogure K, Alonso OF : A pictorial representation of endogenous brain ATP by a bioluminescent method. Brain Res 154 : 273―284, 1978

10)Kogure K, Arai H, Abe K, Nakano M : Free radical damage of the brain following ischemia. In Kogure K, Hossmann KA, Siesjö BK, Welsh FA eds, Progress in Brain Research(Elsevier, Amsterdam),63 : 237―259, 1985

11)Kogure K, Tanaka J, Araki T : The mechanism of ischemia-induced brain cell injury, The membrane theory. Neurochem Pathol 9 : 145―170, 1988

12)Kinouchi H, Imaizumi S, Suzuki J, Yoshimoto T, Mo-tomiya M : The effect of phenytoin on free fatty acid liberation and mononucleotide metabolism in tran-sient ischemia. No To Shinkei 40 : 1059―1065, 1988 13)Abe K, Aoki M, Kawagoe J, Yoshida T, Hattori A,

Kogure K, Itoyama Y : Ischemic delayed neuronal death. A mitochondrial hypothesis. Stroke 26 : 1478― 189, 1995

14)Busto R, Globus MY, Dietrich WD, Martinez E, Val-des I, Ginsberg MD : Effect of mild hypothermia on ischemia-induced release of neurotransmitters and free fatty acids in rat brain. Stroke 20 : 904―910, 1989 15)Nito C, Kamiya T, Amemiya S, Katoh K, Katayama Y : The neuroprotective effect of a free radical scav-enger and mild hypothermia following transient focal ischemia in rats. Acta Neurochir Suppl 86 : 199―203, 2003

16)Kitagawa K, Matsumoto M, Tagaya M, Hata R, Ueda H, Niinobe M, Handa N, Fukunaga R, Kimura K, Mik-oshiba K, Hori M :‘Ischemic tolerance’phenomenon found in the brain. Brain Res 528 : 21―24, 1990 17)Kirino T, Tsujita Y, Tamura A : Induced tolerance to

ischemia in gerbil hippocampal neurons. J Cereb Blood Flow Metab 11 : 299―307, 1991

18)Kato H, Araki T, Murase K, Kogure K : Induction of tolerance to ischemia : alterations in second-messen-ger systems in the second-messen-gerbil hippocampus. Brain Res Bull 29 : 559―565, 1992

19)Lin B, Globus MY, Dietrich WD, Busto R, Martinez E,

Ginsberg MD : Differing neurochemical and morpho-logical sequelae of global ischemia : comparison of single- and multiple-insult paradigms. J Neurochem 59 : 2213―2223, 1992

20)Tamura A, Graham DI, McCulloch J, Teasdale GM : Focal cerebral ischaemia in the rat : 1. Description of technique and early neuropathological consequences following middle cerebral artery occlusion. J Cereb Blood Flow Metab 1 : 53―60, 1981

21)Tamura A, Graham DI, McCulloch J, Teasdale GM. Focal cerebral ischaemia in the rat : 2. Regional cere-bral blood flow determined by[14C]iodoantipyrine

au-toradiography following middle cerebral artery occlu-sion. J Cereb Blood Flow Metab 1 : 61―69, 1981 22)Kirino T : Delayed neuronal death in the gerbil

hip-pocampus following ischemia. Brain Res 239 : 57―69, 1982

23)Davis S : Optimising Clinical Trial Design for Proof of Neuroprotection in Acute Ischaemic Stroke : The SAINT Clinical Trial Programme. Cerebrovascular Dis 22(Suppl. 1): 18―24, 2006

24)Yoshimoto T, Kayama T, Suzuki J : Treatment of cerebral arteriovenous malformation. Neurosurg Rev 9 : 279―285, 1986

25)The Edaravone Acute Brain Infarction Study Group (Chair : Otomo E): Effect of a novel free radical scav-enger, Edaravone(MCI-186)on acute brain infarction. Randomized, placebo-controlled, double-blind study at multicenters. Cerebrovasc Dis 15 : 222―229, 2003 26)Abe K, Yuki S, Kogure K : A strong attenuation of

ischemic and postischemic brain edema by a novel free radical scavenger. Stroke 19 : 480―485, 1988 27)Zhang WR, Sato K, Hayashi T, Omori N, Nagano I,

Kato S, Horiuchi S, Abe K : Extension of ischemic therapeutic time window by a free radical scavenger, Edaravone, reperfused with tPA in rat brain. Neurol Res 26 : 342―348, 2004

28)Lees KR, Zivin JA, Ashwood T, Davalos A, Davis SM, Diener HC, Grotta J, Lyden P, Shuaib A, Hardemark HG, Wasiewski WW : Stroke-Acute Ischemic NXY Treatment(SAINT I)Trial Investigators. NXY-059 for acute ischemic stroke. N Engl J Med 354 : 588― 600, 2006

29)Kuroda S, Tsuchidate R, Smith ML, Maples KR, Si-esjö BK : Neuroprotective effects of a novel nitrone, NXY-059, after transient focal cerebral ischemia in the rat. J Cereb Blood Flow Metab 19 : 778―787, 1999

図 1.  脳循環代謝研究の第一世代スター達.(a)Seymour S. Ket y教 授(1915~ 2000),(b)Ni el s A. Las s en  教 授
図 2.  脳循環代謝研究者のバイブル書.(a)Fr ed  Pl um  &  J er ome  B. Pos ner教授著の The  Di ag nos i s of St upor and  Coma第 3版(1980,初版 1966, F
図 3.  脳循環代謝研究の時代変遷(左)と対応する基礎科学・脳画像科学の進歩(右).
図 5.  臨床観察・臨床研究と病態解明,治療法開発の関連. 臨床を基本として基礎病態研究を経て治療法が開発され, 確立した治療法が臨床現場へ還元されていく(t r ans l a t i onal r es ear c h). 重要課題とされていますね. 前述の仙台カクテルは 1986 年に東北大学脳神経外 科の吉本高志教授(現東北大学総長)らが初めて患者 に投与した成績を発表して以来 24) ,今日でも多くの脳 卒中現場で使用されており,その後ニゾフェノンやニ カラベン,エブセレンなどの抗酸化作用を有す
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