124. 次世代タンパク質量分析と遺伝学的手法との融合によるクロマチン構造制御
による DNA 修復機構の解明
廣田 耕志
Key words:DNA 修復,プロテオミクス,SILAC,
DT40,遺伝学
京都大学 大学院医学研究科
放射線遺伝学教室
緒 言
クロマチン構造は,DNA を規則正しく折り畳み核内にコンパクトに格納する際に重要である.一方,クロマチン構造は,転写や DNA 修復のように,DNA に直接作用する生化学反応に対し阻害的に働く.ゆえにクロマチン構造の適切な制御は重要な課題 である.本研究のゴールは,各ヒストン修飾によって,DNA 損傷箇所のクロマチンに動員される DNA 修復タンパク質を網羅的 に同定することである.この目的の為に,本研究では SILAC と呼ばれる次世代プロテオミックアプローチと DT40 細胞 (ニワトリ B リンパ細胞株)を用いた遺伝学を融合させた方法の確立を行う.パイロット実験として,ユビキチンリガーゼ酵素 UBC13, RFN8, RNF168 の基質の探索を,今回確立した次世代プロテオミクス手法で試みた.方法および結果
SILAC (Stable isotope labeling using amino acids in cell culture) は,質量分析手法を用いる故に,これまでの生化 学手法に比べ2-3桁ほど高感度に,タンパク質を同定できる.SILAC では,細胞株を light および heavy の安定同位体で ラベルして,それぞれの細胞を等量混合する(図1).例えば野生型細胞を light,変異体細胞を heavy で標識すれば,野 生型細胞由来タンパク質と変異体細胞由来タンパク質は,質量分析のピークのずれとして検出することが出来る(図1). 上原記念生命科学財団研究報告集, 25 (2011)
図 1. SILAC 法. SILAC アプローチによる,ヒストン修飾部位変異体と野性型間のタンパク質比較の方法.細胞培養を安定同位体でラ ベルする.(左;野性型)と(右;ヒストンの修飾部位変異体)を質量数の異なるアイソトープでそれぞれラベルする. 両細胞をミックスして,クロマチン画分を単離し,質量分析を行う.アイソトープの質量差分,質量分析のピークの位置 m/z はシフトして現れるので(下の図),野性型と変異体の区別が出来る.精製の前に比較する2種の細胞をミックスす るので,精製過程で生じる誤差を考慮する必要がない.さらに,DT40 細胞はきわめて形質が安定で同一の遺伝的バ ックグランドの野性型と変異体の比較が出来るので,SILAC 研究に最適である. 本研究では,SILAC 手法の DT40 での確立を行った.DT40 細胞の同位体標識法は既に私は確立できた.さらに,チューリ ッヒ州立大学のサイモンバルコー博士との共同研究で SILAC 用のニワトリタンパク質データベースを作製した.最初に,野性型 DT40 細胞と RNF8∆DT40 細胞を SILAC ラベルし,細胞を等量混合後,全タンパク質の比較を行った.この研究ではチュ ーリッヒ州立大学のベルンドロチスキー博士との共同を行った.もし,変異体でユビキチン化の基質タンパク質量が減少する時, 変異体で野性型と比較して,基質タンパク質は SILAC のピーク比較で変異体に対応するピークレベルが低下するはずである (図 2).このようにして,DT40 の変異体と野性型を比較することで,変異体で欠損した遺伝子のターゲット因子を特定できる. 図 2. SILAC と遺伝学の融合によるタンパク質同定法. ユビキチン化に関わる因子の変異体と親株の野性型の比較を SILAC で行うことで,ユビキチン化のターゲットになる基 質分子の存在量を網羅的に比較出来る.図では,各細胞に含まれる8種のタンパク質分子を想定する.灰色で示した タンパク質分子は A, B のユビキチン化酵素に非依存,緑は B 依存,水色は A, B の両方への依存をそれぞれ示す. 遺伝学とプロテオミクスアプローチをあわせることで,図に示したような修復分子を網羅的に同定できる. 2
図3に示すように,RNF8 変異体では Vimentin タンパク質が大幅に低下し,Stathmin2 タンパク質が大幅に増加することが わかった.実際に,Western Blot でタンパク質量を調べると SILAC の結果と一致して,Vmentin と Stathmin2 は RNF8∆ 株で有意に低下及び増加していることがわかった (図4).この結果から,SILAC が確かに網羅的にタンパク質の同定を行って いることが示唆される.質量分析のときにユビキチン化しているペプチドはユビキチン化に依存した質量の増加が見られるので, この増加を手掛かりにユビキチン化ペプチドのみを解析することが出来る.しかしながら,タンパク質量の変動が見られた Vimentin,Stathmin2 にはユビキチン化シグナルのあるペプチドは見られなかったことから,これらはユビキチン化の基質であ る可能性は低い.さらに,今回の結果ではユビキチン化シグナルのあるペプチドにおいて,有意差を見いだせなかった. 図 3. SILAC で統計的有意差を示すものとして同定できたタンパク質. SILAC によって,野性型−RNA8∆細胞を比較した結果.5%有意水準で統計的に有意に変動したタンパク質をす べて表示した.上半分(青)は RNF8∆で低下したもの.下半分(オレンジ)は RNF8∆で増加しているものを示 す.最も変動の大きかったものを緑の枠で示す.
図 4. Western Blot によるタンパク質量の比較.
Stathmin2 及び Vimentin タンパク質の Western blot によるタンパク質量の比較を野性型-RNF8∆細胞で行った. SILAC の結果と一致して,Stathmin2 は RNF8∆で増加,Vimentin は RNF8∆で低下していることが確認できた.
考 察
今回 SILAC による網羅的タンパク質同定法を DT40 (ニワトリ細胞) で確立できた.一方で以下に示す問題点が浮上した. (1)ニワトリタンパク質データベースは 6,000 と,エントリーが少ない.(ヒトのデータベースは 20,000 タンパク質が登録されて いる) (2)タンパク質の精製をしない,全タンパク質比較の方法で,SILAC をしても,ユビキチン化シグナルのあるペプチドを同定 することが出来なかった. 今後,(1)に対してはデータベースの改良を行う.(2)に対して,His タグ−ユビキチンを細胞で過剰発現させる実験系を 作製して,ユビキチン化タンパク質をある程度 His-タグ精製によって濃縮することで,ユビキチン化タンパク質を効率的に解析 し,ユビキチン化酵素(UBC13, RNF8, RNF168)の基質分子の同定を行う.本研究のゴールは,各ヒストン修飾によって, クロマチンに動員される DNA 修復タンパク質の網羅的同定である.この目的の為に,ヒストンの修飾部位の点変異体を作製し て,この変異体 vs 野性型 DT40 のクロマチン画分タンパク質を SILAC で比較する実験を計画している.これまでに同定して きた DNA 修復因子1-3)とユビキチン化経路との関係についても,確立した SILAC 法で解明を行う. 共同研究者 本研究の共同研究者は,チューリッヒ州立大学・サイモンバルコ−博士,ベルンドロチスキー博士である.本稿を終えるにあた り,本研究をご支援いただきました上原記念生命科学財団に深く感謝申し上げます. 文 献1) Yoshikiyo, K., Kratz, K., Hirota, K., Nishihara, K., Takata, M., Kurumizaka, H., Horimoto, S., Takeda, S. & Jiricny, J.:KIAA1018/FAN1 nuclease protects cells against genomic instability induced by interstrand cross-linking agents. Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A., 107:21553-21557, 2010.
2) Narita, T., Tsurimoto, T., Yamamoto, J., Nishihara, K., Ogawa, K., Ohashi, E., Evans, T., Iwai, S., Takeda S. & Hirota, K.:Human replicative DNA polymerase δ can bypass T-T(6-4)ultraviolet photoproducts on template strands. Genes Cells, 15:1228-1239, 2010.
3) Hirota, K., Sonoda, E., Kawamoto, T., Motegi, A., Masutani, C., Hanaoka, F., Szuts, D., Iwai, S., Sale, J. E., Lehmann, A. & Takeda, S.:Simultaneous disruption of two DNA polymerases, Polη and Polζ, in Avian DT40 cells unmasks the role of Polη in cellular response to various DNA lesions. PLoS Genet, 6:e1001151, 2010.