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Academic year: 2021

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第2章 シンガポール共和国調査報告 調査者:河西 由美子(玉川大学通信教育部教育学部准教授) シンガポール共和国は、東南アジアにおける経済優等生として、1965年の独立以来、安 定した成長と発展を保ってきた。東京23区ほどの狭小国土という背景下で、人材資源育成 の観点から教育政策に重点が置かれ、技術革新の導入にも敏であり、タブレットPC やデジ タル教材等、教育へのICTの導入が他国に先駆けて早かったことは、情報教育分野ではよく 知られるところである。今回は、OECDのPISA調査でも上位を保っている読解力の育成と図 書館サービスの現状について現地調査の報告を行う。 1.はじめに 筆者は、1993 年から 1995 年までの約 2 年半、在シンガポール日本国大使館の広報文 化部門の専門調査員として勤務した経験を持つ。当時既にシンガポールでは、官公庁を はじめとしてプレゼンソフトを使った発表や会見が一般的になっており、“IT 2000” や “Library 2000” といった情報技術革新にまつわる国家プロジェクトが発表され始めた 時期にあたっていた1 その当時は「絵に描いた餅」という観のあった各種プロジェクトであるが、シンガポ ールのすごさは、それを着実に実現させたことである。特に図書館行政については、日 本は完全に後塵を拝する形になっており、小規模な都市国家の事例とはいえ、その合理 化や集約化の徹底ぶりに見習うべき点は多いと思われる。 また学校教育の面では、シンガポールは 2009 年から OECD の PISA 調査に参加し、読解 力 5 位(日本は 8 位)、数学的リテラシー2 位(日本は 9 位)、科学的リテラシー4 位(日 本は 5 位)と、すべての分野で日本を上回っている2 2.公共図書館の現状 2012 年現在、シンガポール国内には国立図書館 1 館(写真 2.1)のほかに、国の西部・ 東部・北部に、規模の大きな地域図書館 (regional library) があり、その他に 23 の図 書館がある3。 23 の図書館のうち、いくつかは「モール図書館」と呼ばれる、ショッ

1 Singapore National Library Board, Library 2010

http://www.nlb.gov.sg/Corporate.portal?_nfpb=true&_pageLabel=Corporate_portal_page_ publications&node=corporate%2FPublications%2FL2010&commonBrudCrum=Library+2010+Repo rt&corpCareerNLBParam=Library+2010+Report

同ページから Library 2000 Report (Release Date: 5 March 1994) も閲覧可能。確認日 2012 年 10 月 20 日

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ピングモール内に設置された図書館である(写真 2.2)。 2000 年代に入り、ウォーターフロントに新しい文化施設が続々と建設され、そのうち の一つ「エスプラナード (Esplanade) 」と呼ばれる複合芸術施設の中に、アートに特化 した図書館 “Library @ Esplanade” が作られた。人の集まる便利なところに図書館を作 るという発想は、モール図書館と共通している。図書のほか、CD や DVD などのマルチメ ディア資料も充実している。図書館内のカフェからは、ウォーターフロントの高層ビル 群も見え、いかに良い立地にある図書館かがわかる(写真 2.3)。 各種の展示にも映像パネルがはめこまれ、地域の学校におけるアート制作の過程がわ かるようなミニ・クリップが流されており、図書館案内のバーコードやフェイスブック のアドレスなどが壁面に告知されている(写真 2.4)。 写真 2.1 シンガポール国立図書館外観 写真 2.2 モール図書館の例。エスカレータ上は図書館、下は店舗

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写真 2.3 複合芸術施設エスプラナード

写真 2.4 図書館外壁のバーコード

3.中等教育の学校図書館

シンガポール西部にあるブキ・バト中学校 (Bukit Batok Secondary School) を訪問 した。シンガポールの学校は一部の伝統的な私立学校を除き、ほとんどが公立であり、 この学校も公立学校ではあったが、学校の塀のバナーや、正面玄関付近のショーケース の中の多くのトロフィーから、近年目覚ましい学業成績を修めている学校であることが わかる。シンガポールでは、図書館と同様に、学校建築も順次改装や改築がなされ、ど この学校も快適で美しい校舎を有しているが、この中学校は、郊外立地ということもあ ってか、敷地や校舎の規模も大きく、学内にはビオトープもあり、非常に恵まれた施設 を誇っていた(写真2.5)。 学校図書館も整備されており(写真2.6)、特に多言語国家であるシンガポールの状況 を反映して、インド系のタミル語のコレクションが充実していた4

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校長のリーシア・キー氏は、長年シンガポールの国語(英語)教育に携わってきた人 物で、現在のシンガポールの国語教育では、読解力育成を旨とした教授方法が確立され ていると述べていた。同校では授業見学ができなかったため、実際の授業の様子は、次 に訪れた小学校で確認することができた。 写真2.5 ブキ・バト中学校の校舎と中庭 写真2.6 学校図書館内のPCターミナル 4.初等教育の学校図書館

次に訪れた小学校は、バレステア・ヒル小学校 (Balestier Hill Primary School) で あった。同校は、シンガポールの中心部に近い住宅街にあり、校舎の背後には高層マン ションがそびえている(写真2.7)。 学校図書館は、蔵書も潤沢で、書架の側面には、配置の表示も兼ねたカラフルなイラ ストが描かれるなど、小学校らしいデザインが楽しい(写真2.8)。また図書館内には、 目的に応じてレイアウトが変えられるフリースペースが多く、場所によって、言葉遊び を用いた学習として、子どもたちが作ったなぞなぞが掲示されるなど、日ごろの読解力 教育の様子がうかがえる(写真2.9)。

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写真2.7 バレステア・ヒル小学校 写真2.8 小学校図書館の書架 5.シンガポールの読解力教育 バレステア・ヒル小学校は、訪問日がちょうど、保護者の学校選択のための学校公開 日にあたっており、いくつかの公開授業を見学することができた。 低学年の授業では、まず、先生が児童を教室の前方に集め、絵本の読み聞かせをする ところから始まったが、これはシンガポールの国語授業の定番のスタイルであるらしい。 その読み聞かせも、単にお話を聞かせるだけではなく、表紙や背表紙、奥付など、本の 構造をあわせて説明しているのが印象的であった。テキストやメディアの構造理解や取 り扱う技能に踏み込む、西洋型の読解力の影響が強く感じられた。 他の低学年クラスでは、国語の授業として、クッキーの表面にチョコレートなどで絵 を描くという授業が行われており、これは教師の説明をよく聴き、指示に従って作業を するという学習目標の下に行われていた。

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写真2.9 学校図書館内の多目的スペース

6.シンガポール政府の読解力教育の指針

シンガポール政府は、体系的な読解力育成のために、校種・学年ごとに明確化した戦 略を立案し、教材の制作提供から、教師用の指導書に至るまで、徹底した指導と支援を 行 っ て い る 。 そ の 拠 点 が STELLAR (Strategies for English Language Learning And Reading) センターであり、STELLAR はシンガポール政府の読解力向上プログラムと言え る5 STELLAR は、語学教育における定評あるアプローチに基づいて展開され、その教授効 果 に つ い て も 各 種 の 調 査 が 行 わ れ て お り 、 そ れ に 基 づ い た 進 捗 が 推 奨 さ れ て い る 。 STELLAR は 2006 年から 5 年間に 3 段階で実施され、2010 年からはシンガポール国内の すべての学校で実施されるようになった。 写真2.10 STELLARの指導書と関連教材 シンガポールはそもそも東南アジアにおける英国植民地として、中国系を中心に多様 な人種が流れ込んだ移民都市としての歴史を持ち、英語教育については英領時代からの 5 STELLAR http://www.stellarliteracy.sg/ 確認日 2012 年 10 月 20 日

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長年の蓄積がある。英語・読解力教育を推進するにあたっては、こうした長年の研究実 績を活用できることは大きなメリットであると思われる。 日本の国語教育と決定的に異なるのは、自国の言語を学ぶというよりは、共通言語・ 生活における必須言語を学ぶための英語教育という側面が大きい点であり、それが言語 教育を合理的に推し進める一つの機動力になっているのではないかと感じられた。 日本やドイツのように、伝統的な国語教育を行ってきた国がPISA型読解力の育成に苦 労しているのは、母国語を民族の歴史や伝統から切り離し、技能面を合理化して教授す ることへの困難や抵抗があるからではないかと、シンガポールの合理的な読解力教育を 見て考えさせられた。一方、独自言語を持つフィンランドがPISA調査で上位に位置する のは、過去にコミュニケーション重視の言語教育への明確な転換を行ったことに由来す ると考えられる。日本の学習指導要領も、言語技術教育に重点を置き始めたところであ るが、言語教育のありかたへの関心は国際的なものであると同時に、その国の文化や社 会のありかたに深く根ざしていることから、軽率な国際志向に陥ることなく、日本語お よび日本文化の文脈の中で検討することもまた重要であろう。実際に、調査の中で接し た有識者や関係者の中には、シンガポールの、PISA調査スコアを意識した徹底した読解 力教育には否定的な意見も聞かれ、日本のような、教養的な読書も含めた歴史と広い視 野での国語教育が大切だとする意見もあった。 7.社会における子ども読書の支援 前述のとおり、シンガポールの学校では、相当に徹底した読解力教育が行われている ことがわかった。 しかし、社会における子ども読書推進としては、公共図書館も大きな役割を担ってい る。公共図書館や大学研究者の間では、学校教育における技能重視の読解力教育につい てはやや距離を置いた懐疑的な意見もあるようだ。 子ども読書の推進活動として、図書館局がオリジナルのカードゲームを制作し、貸出 冊数に応じてカードがもらえるキャンペーンを行ったところ、SNS 上で親がカードトレ ードをする現象まで起こったとのことであった。シンガポール社会における図書館の活 力や影響力を感じるエピソードである。

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<謝辞> 本研究は独立行政法人国立青少年教育振興機構による読書調査の一部として実施された。 関係各位に感謝申し上げる。 また現地調査では、シンガポールの読書教育の第一人者であるチア・イーミン博士およ び、ラフボロ大学(当時)のリム・ペンハン博士に多大なるご協力を頂いた。特に学校訪 問については、教育省を介してもなかなか実現が難しいとされる中、短期間で訪問先をご 紹介いただいた。ご両名と、シンガポール図書館局、訪問先各校の関係者各位にも、この 機会を借りて謝意を表したい。

参照

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