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ぞ葵翻蕪縫輯都輪麟裂離駿難鏑羅鷲

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(1)

イ ギ リス に柵 る面 徽 灘 の厭 的考察F

‑)

丘冊

』=

イ ギ リ ス に お け る 面 接 交 渉 権 の 歴 史 的 考 察

父の8雪︒三睾ユ内募もとでの母の面接交渉権ωコモンローの原則

②判例にみる当時の実情

{f)(e}{d){c}(b}(a}

.

天三九年未成年者監護法の成立過程

はじめに

1

}

 

ω立法のきっかけ

㈲ノートン夫人の別居事件

②未成年者監護法案の提出

切卜ーレフォ(ノ

次法案の提出)

③第二次法案の流産

㈲法案の審議経過

㈲法案反対論の検討

ω

iドの議会への問題提起(篁

未成年者監護法案(第二次案)の提出

第三次法案の提出とその成立(以下続く)

ぞ葵 翻蕪 縫 輯 都 輪麟 裂 離 駿 難 鏑羅 鷲

1

(217)

簸羅鍮 礪繍 蕪融,̲̲̲̲̲

pr

(2)

かしそれらも数からしたら少ないし︑また一般にそれほど知られたものとはなっていない︒

面接交渉権というのは︑夫婦が離婚ないし別居している場合に︑親権や監護権を有しない親が︑子と面接あるいは

交渉をなす権利である︒これは︑欧米諸国ではすでに多数の国で民法またはその他の法律で明文の規定(独民=ハ三六

条︑仏民鋸三条︑英未肇者後見法五条など)をもって認められ︑あるいは少なくとも判例法によって確立されているものである︒しかしわが国では︑面接交渉権に関する規定はなく︑ただ︑民法七六六条が︑離婚に際し父母が﹁監護に

ついて必要な事項﹂を協議で定め(同一項)︑協議が調わないときに家庭裁判所が﹁監護について相当な処分﹂を命じ

鋭(同二項)ヒ日窺定していると.﹂うから︑.航を根拠に霧交渉禦認められると説かれる場合があ乏すぎな

わが国において︑このように明文規定が欠如ないしは不明確であるところから︑これを権利として認めるべきかど

うか︑あるいは︑審判事項となすべきかどうか等をめぐって争いがある︒しかし︑面接交渉が親子の愛情にもとつく事実関係であって権利ではないとするものもないのではないが︑一般的には︑その法的性質ないしは根拠については

ともかく︑これを権利として積極的に承認しようとする傾向が強い︒すなわち︑あるいは親子関係から当然発生する

自 然 権 だ と す る も 蜷 あ る い は 子 の 監 謹 関 連 し た 権 利 だ と す る も 醒 あ る い は 親 権 の 丙 容 と す る 麓 な ど ・ い ず

れも面接交渉の権利性を承認するものといえよう︒

このようにわが国においては︑面接交渉権がいわば新しい権利としてようやく確立されつつあるとはいえ︑前述のよ

うに審判例も少なく︑また一般にもあまり知られてはおらず︑それが事実上行なわれるとしても︑おそらくは稀少であ

りかつ権利として自覚的に行なわれているとは田心われ麓ので・叢わが国においてこれが権利として定着しうる

のか︑そしてそれが定着した場合における弊害など明らかでなく︑従って︑なお︑面接交渉の今後の方向づけ(これ 2

(3)

f

糊 鰍 醐

は 少 な く と も 一 五 歳 未 満 の 子 に つ ー れ を 廃 止 す ぎ の 圭 張 菱 の で あ ー ー 多 く の 論 者 は ︑ 完

蕪 麟 難 課 この馨 軌難 鰐 讐 麓 場賄籔 籍

ついては︑かなり詳細な紹介がなされ︑イギリスについても判例を中心にした黎行なわれてい砺〜しかし恐らく

で あ ろ う . 面 接 山父 渉 権 の 靭船 め ら れ る 諸 外 謬 れ そ れ に ミ そ の 国 の 歴 史 的 ・ 社 会 的 募 中 で そ れ を ー わ 繕 舞 籍 蕪 物髪 馨 難 曙 騒 効櫛無 鐸 辮 纂 簿 鰐 }籍 離 雛 繋 輌欝

全 濟 定 訟醐 壕 展 禦 わ け で な か っ た が ︑ 彼 ら は そ れ が 馨 利 と し て 確 立 さ れ ξ う に ま ち が い が あ ξ 主 張 し 蒙 る 酵 難 雛 雛 鰐 そ ・ 法 的 性 質 ・ 問 題 に 帰 着 す る の で ー に 関 し ・ 奨 を 見 や っ た う

もっとも︑そうした検討の基礎と飢

)て︑面接交渉についてのいわば藷に当る諸外国・ことにアメリカの実情に

臆︑各国にょりその沿革も異るであろ‑し︑社会背景糞る呈︑選それら義国に当てはめるこ毫きない

が 婆 謹 犠 誇 鋒 導 わ ‑ 国 に 当 て は め る こ と 歪 霧 す る こ と に な る で あ ろ う .

..尋を︑ニー︑,.にオビそ蕾嚢羅を歴史的に考察する.﹂とを目的とするが︑こうしたテ←を選んだのは次の

動 機 で あ る . 資 料 は や や 古 い が ︑ 一 九 五 二 年 に イ ギ 萎 は 肇 の 改 藷 で ー 卿 を 委 員 孝 る 王 立 委 員

3

(219)

融 糠 魏

(4)

由があると思われるのだが︑しかし︑それのみで︑右の王立委員会で︑提起された問題が解決するものとは思われな

い︒なぜならイギリスにおいても︑後に検討の対象としてとりあげるであろうように︑現在の面接交渉権の根拠法で

ある一八八六年法を改正する一九二五年法は︑その精神として︑子の利益を第一のかつ最優先の考慮事項(3Φ律︒︒什

磐血冨墨∋︒ロ三85︒︒乙︒﹁帥ま昌)と見る立場を謳いあげているからである︒面接交渉権に対するイギリスでの同様の批

判は︑今日においてさえ︑なくなっているわけではない︒近時公けにされた面接交渉権に関する論文においても︑強

(16)い反対論の存在が指摘されている如くである︒

以上のように︑いわばその反省期にあるイギリスでの実情を知ることは︑他山の石となるであろう︒しかしそれも

前述のように歴史的・社会的背景の中で把える必要があると思われる︒しかし現在︑私は︑前記の速記録により一九五

二年当時の実情を知ることができるのだが︑その後の実情を知ることのできる資料をもたない︒それ故︑そのことは

今後の課題とし︑とりあえず面接交渉権確立の歴史を考察することにした︒もっとも︑これまでにも︑その歴史的考

(17)察はなかったわけではないが︑それは主として制定法の規定の変化に力が注がれたものであった︒本稿では︑主とし

て議会議事録(=帥口匂り四円α噸qo一)Φげ叫酔①ω)によりながら︑その制定の経緯を明らかにすることに重点をおこうと思うのであ

る︒

{220)4  

(1)東京家審昭和三九・一二・一四家裁月報一七巻四号五五頁︑東京高決昭和四〇・=一・八家裁月報一八巻七号三一頁︑東

京家審昭和四二・六・九家裁月報二〇巻三号六七頁︑東京高決昭和四二・八・一四家裁月報二〇巻三号六四頁︑大阪家審昭

和四三・五・二八家裁月報二〇巻一〇号六八頁︑大阪高決昭和四三・一二・二四家裁月報二一巻六号三八頁︑東京家審昭和

四四・五・二二家裁月報二二巻三号七七頁︒

(2)森口静一・鈴木経夫﹁監護者でない親と子の面接﹂ジュリスト三一四号七二頁︑久貴忠彦﹁面接交渉権覚書﹂阪大法学六

三号九九頁︑山本正憲﹁面接交渉権について﹂岡大法経学会雑誌一八巻二号一六九頁︑相原尚夫﹁面接交渉の実務覚書﹂ケ

(5)

イ ギ リ ス に お け る 面 接 交 渉 権 の 歴 史 的 考 察

鍬 響 選 鹸 漿 職驚 舞 淫 羅 駅の 諺 数 雛 一 律鞭 蟹 礁 樽 姻聾 嚢 繋 鴫 籔難 鰐 蛮 匙   譲 婆 法毒

(・3)各国の立法例については︑久貴・前掲δ六以下︑山本・幕天八頁註⑦など籍介がある・(4)法蓼家庭局轟(﹁昭和四葦家事審判官会同概要﹂家裁月報三暮九号八四頁)など・(5)前奨阪嚢昭和四三.≡三四は︑この立糧妾︒中川(善).前掲三二頁も同旨か・(6)

(7)明山和夫﹃注釈民法㈲﹄七四頁︒なお久貴・前掲=七頁は︑親固有の黒権としたうえで・ても矛盾はないとする︒山本.前掲天五頁︑沼辺・前掲天頁も同旨を説く・(8)()

(9)相原.前掲四三頁以下に︑東京家裁における面接交渉についての轟調票報告されている・(10).

(11)

(12)

(13)

(14)

(15)

(16)

(17)

(1)

こ■の速記録については︑拙稿﹁イギリス新離婚法成立過程における教会の立場﹂法社会学二三号八九頁註⑦参照

論 郷 繋 墾 饗 繋 鍵 講 叢 欝 鴇 量 蟹 藁 薦N・︒

§Φ・q...uξA(HξΦξ6ξ)×.・︒・・N・⁝(Φ§σq.・§g>..︑§ω・︒(§).Nρ.§.山本・前掲一七四頁以下︒

5(221)  

(6)

父のooヨヨ§ξ≦﹃一αq簿のもとでの母の面接交渉権

ωコモソローの原則

周知のよ乏︑コモソローにおいては︑父は本来的のかつ養育に関しての後見人(︒・彗叫晋コ暴ー身

コ自.辞ロ..)として︑未成年の嫡出子に対し絶対的な監馨(8ωεロ曳)を有していた︒従って︑母その他の者の子の監

護は︑父の許諾(ω鋤コOけ一〇昌)がないかぎり︑不適法とされた︒もっとも母もコモソ7上は︑父とならんで・本来的か

霧育に関しての後見人と考えられてはいた︒しかし︑夫の生存中はその権限は顕奪ずただ右の地位から派生す

るものとして︑尊敬(・ΦくΦ.Φづ︒Φ岱コ︒.︒ωめ.︒け)を受けうるというにすぎなかったし︑また夫が遺言により第三者を後

見 人 に 指 定 す れ ば ︑ 夫 の 死 後 す ら 転 監 護 薯 と し て の 地 位 を 享 受 す る こ と は で き な か っ た の で あ 鷲 な お 非 嫡 出 子

の場合には母が第一次の監護権者とされていた︒

コモソローにおける右のような未成年の嫡出子に対する父母の監護権の不平等のもとでも︑後述の未成年者監護法案の提出者であるトルフォードが述べているように︑嬬出子に対する父母の出ハ跡の監督および保護(葺ξ苧凶ロ§血 ・ーξ・藝・・)があたりまえの状態(昌鋤ε}§①)Lで驚たことはいうまでもない・そして・多くの

未成年者の父母は︑﹁わが子の人格形成や無邪気なよろこびに対する貢献に力をあわせ︑わが子が知能を伸ばし嬉

を円満にする.﹂とによって自分たちにもどってくる報いを分かちあいながら︑家庭の幸福に静かに浸って暮してお

久 法 が 父 の 手 中 に 委 ね た 籍 葎 限 鋲 そ の 穏 や か な 罐 に よ っ て 蔽 わ れ ︑ そ れ は 死 文 (血 塁 ① § と 化 し て い

るかのように見られているLのであった︒

しかし奈ら︑ひとたび夫婦間に紛争が生じ︑別居その他妻契の家庭を去らねばならなくなったとき︑妻は子に

(7)

鱗 灘 難 灘 灘 鵜

イ ギ リス に お け る 面 接 交 渉 権 の 歴 史 的 考 察 ←}

② 判 例 に み る 当 時 の 実 情

年 嚢 購 鐸 聾 簾 筋 樋轟 雛 鰺 罷 矯 知 るた め に︑ 次 に︑ 未 成 撫 懲 鑑 購 鞭鑓 鎌 籠 繋 蝶 硫螺

簗 嚢 露 犠 鑛 鍵 ㍑ 嫉 騎 ㌔ が .﹂れ を 申 請 し た 場 ︑︑ に は ︑ あ る 特 別 藩 が 母 に

㈲ド.マソヴュ事件(国鼠く・︒Φぎ舅=茎・・8曇ω§リニ§男.§

か姓 嫉 慧 舞 鱗 静搬 難 鯵 飯 蕪 蘇 登舞 馨 漏

(8)

轄 難 縫 葬 続 妻鞍 繰 鍵 鐸 ボ 擬 醐 求 め た . し か し 王 霧 嚢 の よ 蓬 連鱗 鍍 暴 難 舞 舞 聾蓑 羅 誌 馨 肋蕪 鰭馨 縫 か︑ 王国 の外 に

価スキナー事件(姿言Φ冴︒器①︒琶葺訂ぎh︒琶・ωω℃§げ)夫が妻を日常粗暴に扱ったため︑夫婦は別居するに至っ奈︑六歳の子は母のもとに引きとられた・父は別の女と同棲していたが︑その子を母から奪‑ため人身保護令状を申請した.しかし王座裁判票・夫婦の合意でその子藁三者のもとにあずけるべき︑﹂とを勲ロしたため︑両名は合意してその響実行した・ところが父は・右第三者をだま

轟 纂 鑛 無 敵鎌 鋸 難 繧 縫 ボ糞 舞

ったことなどを認定し︑母の申請を認容し︑父に対し子の引渡を命じた︒

曾クレラソ事件(ζ6ΩΦ量.・・8ωΦ・琶葺冨↓き︒a・.・ωや§ゴ)夫婦協湧理由は明らかではないが︑子を引きとった父禦子を寄宿学楚入れておいたとy﹂ろ・その子が健康を宝︑しるいれきに罹ってしまった.同じ病気で上の二人の子を失った経験をもつ母謬・さっそくその子を学禁ら連れ出し︑自己の手もとで看護をはじめた.そこで父親はその子の返還姦判所箋硝求した・バトう判事(ヨ碁の̀鉱..勺"詳.ω︒昌)は次のように述べて父の申請を認容した︒

鉱鐸 羅 蕪 蕪 蹴鐸 轍 饗 灘 擁嬉 響 鎌

(9)

イ 判 ス にお け る面 徽 灘 の歴史 的 考察L

建︹母親といるべきだとする︺命令をなす権限を有していない・

難 繋 欝 灘 難 鍵 難 難 灘 羅 騰

麹 梅 鞭 監 護 権 の 有 鉦 描の み が 問 題 と な 華 件 だ が ︑ 次 の 二 件 は 母 の 霧 交 渉 が 直 蕎 蕎 題 と さ れ て 鞠難 欝 葬 毒 ⁝g菱 麓 慧 蕎 麹 町楚 学校 から

9(225)

N翠 驚 ℃1筑 満

丁π 驚,m齢,,伊̲̲̲

(10)

連れ出してしまったので︑母から人身保護令状による子の引渡しを求めたものである︒

審理に当ったかのマソスフィールド卿(︼﹁O﹁口7由餌コω笥Φ一血)は︑﹁子が何歳であれ︑父から子峯うことは・裁判所

にはできない﹂として︑その申請を却けた︒ところが︑この事件では︑父母が別居の際に︑﹃父は︑母に対し子との

面接を許さなければならない﹄という条項を含む別居証書をとり交していたのである︒この点に着目したマソスフィ

ールド卿は︑右の判示に続けて次のように命じた︒

しかし︑父は︑母を子と面接させるという条項に拘束されるのであるから︑もし父がその子を自己のもとにおくことを選ぶのであるなら︑母の面接交渉を用意してやらなけれぽならない︒

 

ωボール事件(bd巴一く・bσ巴一(一︒︒ミ)卜︒9日・ω切二窺同・即ざω)

事案は︑離婚(α凶くOHO①帥5P①5ω鋤Φ什伶げO門O)した母が︑現在父の監護のもとにある一四歳の娘を母の監護のもとに移

すこと︑もしそれが容れられないときは︑母が適宜娘と面接することを許すこと︑のいずれかの命令を求めて衡平法

裁判所(08ユo{O冨暮①蔓)に提訴したものである︒提訴に至る経過は次のようなものであった︒父が別の女と同棲

をはじめたので︑母は姦通を理由に離婚の訴を提起し︑これが教会裁判所(両9一Φ玖器§巴∩︒ロ=)によって認められ

た︒そこで娘はそのまま母のもとにひきとられたが︑時折父のもとへ訪問することが許されていた︒そうしたある

日︑父が訪ねてきた娘を無理に自己のもとにとどめて︑そこから学校に寄宿させ︑そのことを母に隠して知らせなか

った︒母は長い間娘の行方を捜した末︑ついに娘のいる学校をつきとめたが︑教師は︑自分の立合いのもとでなけれ

ば娘との面接を許さないとした︒そこで母はこの提訴に及んだのである︒

審理に当った副大法官(﹂〜一6Φ1︹Wげ塑 POO一一〇﹃)のハート卿(ω﹃﹀三ぎミ匡帥二)は︑﹁当裁判所は︑父の姦通という事

実については︑父が子を相手の女に接触させていないかぎり︑何ら関知しない︒従って︑姦通を理由に子の監護に対

(11)

イ ギ リス に お け る 面 接 交 渉 権 の 歴 史 的 考 察 ←)

織 灘 纏

鍮 鍵 躊 騒辮 勲 難例雛 欝 籍 套 妻 親鐸 毅 ゲ護 灘 辮 灘 羅 鱗 麟 欝

ユ1

(227}

 

(12)

では子の虐待とはい︑羨い(睾件)し︑子を同棲中の女の監護に委ねたという場合(㈲事件)は格別・単髪と姦通

している︑あるいは同棲しているというだけでは︑子に精神上悪影響を及ぼすとはいえない(㈲ω事件)のである︒しかも︑右のように子の利益とはいっても︑単に相対的に母の方が監護権者として優れているというだけでは・父か

ら監護権を奪う.芝はできない(㈲︑ω事件)のである︒nなお︑㈲事件は子の判断能力の問題をとりあげるが・この点については︑右の子の利益ということと併せて後に詳細に検討するであろう︒

ところで︑右のように母の監護権については︑子の利益という観点からであったにしろ︑やや緩和されつつあったが︑やはりコモソ・み原則はなお厳然として母の前に立ちふさがっていたのである︒そして母の面接交渉楚つい

ても事情は同じであり︑夫の拒否の前で︑母は決して救済されなかった(ω事件)︒ただ︑㈲事件において︑別居証書

により︑父が母の面接交渉を一たん承認したことを楯に︑父の現実の監護とひきかえに母の面接交渉権が保証されて

いる点は︑注目に値いする︒このことは︑硬直化したコモソローに対する㈲事件のパトスソ判事︑ω事件のハート判事の慨嘆の具体的な現れであり︑裁判所による少なくとも面接交渉の権利化の志向と理解すべきであろう︒

こうして︑少なくとも判例のうえでは︑立法による事態の救済の機は熟していたのである︒

(‑)国くΦ図ω一①も︒霧膏国︒露婁ゆ9︒︒・箸・ωω;ζ・しd塁一Φ二p彗ξピ睾・含巴もも鱒N①器①︒・.(2)§§quΦ"ωaωaΦ︒・9ω.8§

(3)=ω簿L

(4)ω98=o︒︒ω

 (5)以下に掲げるケ麦は︑いずれ筆ルフォードが議会での演説の中で引用するものだが︑出典(判例集)が明示されな

がらも︑歪確なためなのか検索できないものもある︒それらについては︑演説から引用する︒なお︑貴族院でも・リンド

(13)

(6)βp (§.aω.)i

一 八 三 九 年 未 成 年 者 監 護 法 の 成 立 過 程

γα立法のきっかけ

㈲ノートソ夫人の別居事件

驚 撫 織 耀郵 雛 簿 灘 難 畿 撫蕪 簸

饗 繕 蒜 雛 晦 る が ︑ そ の 直 接 の 動 機 は ︑ ノ ー ト ソ 夫 人 (ζ .ψ ︒ ・ ・. .‑ ・ Z ー い 三 人 の 美 貌 の

賄 社郊鐵 い窺 鐸 讐 h切媛 雄 ︑蓑 霧 慕 驚 を蒸 髪 ∵ 撫 椥慧 霧 鱗 辮 顯 軸鰭 霧 辮 護 舘 辮 携 灘 瓢 補 辮 旛

(14)

た︒婆が当醤分たち母親のおかれた葎上の地位の劣藝を知ったのは︑黍メルボ←伯を藷罪(︒§ぎ一§く..︑.ぎコ)で出ロ訴したときであった︒.﹂の出ロ訴は︑夫の家庭内の遺恨と政治的な虚楚よるものだとして・ただちに棄却されたが︑ノート美人は︑.︑れをきっかけにしてはじめて芝は子に対する権利は絶対的に存在せず・夫の同意のないかぎり︑再び子と面接する.﹂ともできないことを知ったのである︒彼女竺度ひそかに子供たちと会う.﹂とに成功したが︑それを知った夫は子供たちをスコットラソドに送ってしまった.婆はまた︑夫から金銭の給付

を拒否され︑強女の特有財産とい・兄るものも夫に留置されてしまった︒しかし彼女は子供をとりもどそうということの一心であった.ついに婆は︑そのためには国家法を変える以外にないものと芝︑既婚婦人でしかも誰からも保

護されないでいるというハソディキャップにもかかわらず︑天三六年︑法改正のためのキャソペ←に乗り出すこ

とを決意した︒

㈲ノートソ夫人のキャソペーソ

すでに︑トールフォードの演説の引用によって︑当時の家庭生覆おける﹁あたりまえの状態﹂についてふれた

が︑当時そうした家庭生活に支配的だったのは︑三領分(ぎぎω晋琶Lの原理(G・M・ヤング)と呼ばれる

家庭観であった︒すなわち︑事業とか政治とかのことがらは男性の領分であり︑女性のそれは家庭であって・婆は

懇 ︑涯 賛 蘇 族雛 旛欝 慰 鯵 爺 毅 碧 鵜 野 蓑 扉 鐸 鰭 諜轟 逮 業鞍 難 暴

市の下層社会ではび.﹂る堕落した風潮(ポルノグ・・フィーとか売春とか)は︑中産階級にとって脅威であり・この威嚇に

対して︑家庭.︑そ欠くべからざる砦である諺兄られたか室女性は家庭にあり家庭を守らなければならないとする 家庭禦確固たる地位を占めたものといわれる︒そして︑われわれにとって重要なことは︑この原禦多くの男性に

(15)

撫 麟 灘

灘 辮 篠 鱗

15

喩 幣 常胸P‑一 榊 陶 軸

(16)

女性の被害は半分程度も知られでいない︒なぜなら︑それを公表することは女性にとって恥かしいことと考えられているから

である︒とまれ︑私よりも明らかに叢ロ良な感心な︑忍耐強い︑迫害にも性急にならないーいかに多くの女性が・︹食卓の︺パソを涙でぬらしてきたかを私は知っている︒⁝⁝私は法改正を見るまでは他の著述をやめる︒⁝⁝それはイギリスの全女性の問題だからである︒もしも私の正しさが認められ︑明日の幸福を享受できるのであれぽ︑あくまでそのために努力し活動するで

あろう︒そしてもし私が明日死ぬるとしても︑そのように努力したということで私は満足である︒

彼女はこのように決意を述べ︑そして女性のおかれた劣悪な地位を示すいくつかの実例をあげながらいう︒

夫が︑別居してその母の家にいた妻から乳児を奪い連れ去った例もあった︒⁝⁝妻を遺棄した夫が︑遺棄した後に生れた子の

裂しを粟し︑新聞でその子の(唯を知るや再び妻のもとを去った例もある︒‑‑それらのどの場合でも︑常災の主張は自明のことと考えられているのである︒

ノートソ夫人のこうしたキャソペーソは︑ついに若き上級法廷弁護士で議会の闘士であるトールフォードを動かし

た︒一八三七年の春︑二人は会合し協力を約したが︑二人のそれ以後の共同作業はたちまちいわれのない妨害を受け

ることになる︒たと︑兄ば序Φしd円三ωゴ餌⇒血団o冨一σq嵩力o≦①毛誌は︑夫人に対する長い侮辱的な攻撃文を載せ︑彼女

は悪魔である︑彼女は畜生であるとして︑二人の関係に見当ちがいな推測を加えた︒夫人はこれに激怒し︑同誌を名

誉殿損で告訴しようとしたが︑当時の法律は︑既婚婦人に訴える権利も訴えられることも許していなかった︒彼女は

パソフレットに次のように書いている︒

私は︑毒すべての既篶人に保護の欠如姦いる.とによって︑婆たちが粉メ浅になることを期待しているのだ︑という

ことを学んだ︒

こうした困難な状況のもとで︑夫人はキャソペーソ活動をますます強力に展開し︑他方トールフォードは議会に法

案を提出するに至るのである︒

 

(‑)霧什同帥︒げ︒唄強﹃二・qσq貫ぎω茸昌︒︒8H唄︒毫§募とく§①菖・αqぎ虹(§︒・)うω8以下のノートン夫人に

(17)

イ判 ス における面搬 灘 の歴史的擦e

繭 轟 述 嚢 と 鴛 鐙 簿 勢 同 書 は ︑ 近 年 ..↓ 7 Φ ・ ー ‑ ・ 鋤 の 夏 の 8 ﹃圃 .; . ≦ § g ー § 8 叶 蹴 霧 蘂 霧 婁 雑 陥鐸 画6塁 轟 ︒羅 馨 輩 ⁝ )・ー

(5)乞自§三ぎ・

麗 糞 羅 鰹 幾 口 げ= 6 ︒ 喜 ξ 僧 基 り・ 切ぎ ω・・ 9 彗 法 律 と 世 論 ﹂ 三 五 五 頁 ・

(7)ω§"8b・

麗 ㈲賄 難 簸 ﹄ 的蝿 . Z .↓ ‑ 鋤昌 ー 二 ・N 鐙 繰 灘 鱗 灘 盤

② 未 成 年 者 監 護 法 案 の 提 出

㈲トールフォードの糞への蟹提起(第茨肇の提出)鋤かくて︑一八三七年四月二五日︑トールフォード桀成攣監馨(9Φ︒=ω8身︒=爵g︒ぎ§切三)㍉1

ド ㎡眺F脚 ご 、 臨ン・槻.脚

(18)

議員法案(".一く印仲.ヨ.・げ..︑︑げεとして衆賛に提出した︒その肇の内容は︑両禦別居している場倉・いずれかの親の申請にもとづき︑あるいは︑父の申請手続により発令された人身保護令状(曇.{冨びー8霧)ととも

載 馨 鋲 奨 .熊 嚢 簾 簿 藩 請 噛職 難 嚢 黎 転 騰

監護権ξいて︑議会の関心を喚起する︑﹂とにあったから︑その内容は難的なもので+分だったのである・そして法案は︑議会の許夏.餌く①)芒に提出の許のされているいわゆる響ポ決彙(葺=邑蓬として提出された・.︑の方式での法案提出には︑その要件として政府による審議時間の割当てを要するが︑政府罐期尚早を理由にこれ

を与︑差かったため︑審議にはまっを付されることなく終った.しかし︑法務書(き⁝Φ茶ー=)が糞において︑.﹂の問題は︑塔蘂によってさ・兄豊.できない考な︑極度薇妙かつ困難ものであることを注意されたいヒ日の発 =口をしたため︑議会への問題提起というトルフrドの目的は達成された・

㈲未成年者監護法案(第二次案)の提出

前会期における自らの問題提起とノートソ夫人の引続く精力的なキャンペ←によってある程度の関心の高まりを知ったトールフォードは︑同年≡旦四日︑新た粂成年者監護法案(ぎ︒壽身・;寡睾をやはり議暴案として︑しかし隻は票決蒙(しd巴一9)として︑衆議院に提出した.しかしその法案の内容は前の蘂より後退したものとなっていた.すなわちそれは︑子供の監護楚ついては何もふれず︑差大替またはコモζ裁判所の判事鋳して︑夫と別居する妻の申請にもとづき︑子と面接交渉することを認める震を与えるというものにすぎなかった︒

.﹂のような蒙を起草した.﹂とについて︑トルフォードは︑馨に蘂提出の許可を求める演説の中で次のよう

(19)

イギ リス にお け る面接 交灘 の歴史 的考 察O

に説明するゆ

灘 難 鰻 灘 懇

幾 鷺 辮 欝 嚇難 欝 灘 霧 華 細器 鍵 簸 隷 叢 欝 鍵 .難 蝶

轟 糠 誌 鰹 欝 紡鰐 舞 蕪 嚢 籍 幽鑛 繍 簿

19

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下 ← 暫b國 麿 馬一 酉FI}ギ  

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(20)

からいって︑.﹂れを認めるか否かは︑そのヶ素の具体的事情︑ことに後の時代塁って登場する子の福祉にとっての適否によっ差右されるものとい︑量.しかしこの嚢交渉がはじめて制定法上に登場芒められたこの時点では︑そうした占州籔くは藏せられてはいなかった.むしろ︑夫の強大なコモソ▽上の権利の存在という現実のもとで︑妻の.﹂の弱々しい薪をいかにすべり込ませるか︑という妾技術上の問題として規定されたと田心われるので

ある.妻の地位の向走あふれる情熱を傾け碧き弁護士トルフ・轟にとっては︑面接交渉を妻の権利と規定し︑夫の権利に正面から制限を加える印象を与兄ることよりも︑この問題に関して大いに信頼をよ芸ことのできる裁判所にその改善を委ねた方が得策と考・琶れたのである︒前述のように︑裁判所ことに璽法裁判所は・徐乏ではあるが︑夫の強大な権利を緩和さ芸方向に動いていた.しかしダイ¥も指摘するように︑﹁衡平禁発芒た

纏 麹 難 韓 紅 響 凱ゲ ㌧麟 建 蜂 劉 飾 袈 徹晶 繕 誌 拶

さにそのことを示したに外ならない︒トルフォードはこうした裁判所の肇の気運にのり︑そして右の限界の突破︒を開くべ夢面接交楚関する裁量の権限姦判官に﹁信託﹂しようとしたのであった.彼は前に引用し㌻ヅトソ氏事件の判決を引用しながら次のようにいう︒

私は︑︑のもっとも鐘的な条件を響の母のために求めているだけだ.そしてマソス三ルド卿の命令こそが・私の妾府に篶力を付与するよう求めるものなのである.いくつかのケ支において裁判所は︑そのようなとりきめ丁妻に霧交渉権

鷺 指 舞 艶 簿 蕎 鼠講 罫 繋 蟹 耀 灘 帆 馨 す る .‑ は経 験 が 一不し て

彼はまた︑演説のしめくくりにおいて次のように述べてかる︒

(21)

 繍 麟 畿 欝 灘 雛 羅 繍 驚 囎 一

イ判 ス にお け る面x渉 権 の歴史 的 考察

かくして法案は無記名の採決の結果︑

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aoo#9・ωQ◎8."ωaO.OOも︒QQO・b9=ωO6O・◎ゆ.OOQ◎N

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㈲ 第 二 次 法 案 の 流 産

㈲ 法 案 の 審 議 経 過

法 案 提 出 が 承 認 さ れ た あ と ︑ 翌 三 八 年 二 月 西 日 の 第 二 読 会 を か わ 言 に 法 案 の 実 質 的 審 藝 開 始 さ れ た .

1 ノレ

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(237}

Tyaぺ 『「愉晒 γ「治 町'

(22)

フォード自身︑この法案をもって﹁心細い弥縫策﹂と規定したように︑その内容がおだやかであったためか・衆議院

においては︑これに対する反対者はそれほど多くはなかった︒もっとも後述のように︑そうした中でも・サグデソ卿

(Qり同H閣・ω自σqαΦ口)は︑衆院に議おける反対派(囎将として終始努な論陣をはって法案攻撃を執拗震開した.しかし法案は﹁異例の速さ(二5.因・琶︒ユ・§琶﹂をもって︑衆議院を通過した︒すなわち︑第二読会はサグデソ卿の

長い反対演説のあと大した議論もなく通過し︑委員会の審議に付託され︑その報告会(天三八年五月者)での採決

の結果︑法案は賛成九一︑反対一八の大差をもって可決され︑さらに第三読会(同年五月≡言)でも六〇対西で可

決されたのである︒しかし貴族院では事情がちがっていた︒第二読会(同年七月三〇日)において︑後に見るように・︒フルーアム卿の長い反対演説が効を奏し︑大法官(写飢・喜邑gの法案支持演説もあったにもかかわらず・遂に

繋 鷲 噸 離 攣 鉾 叢 勧 漣 糠 巌 さ れ た の で あ 奄 賛 成 派 に .﹂ れ に 抗 議 し て 直 ち に 士戸

㈲法案反対論の検討

右に見たように︑トールフォードの第二次法案は衆議院では圧倒的多数で可決されたものの貴族院では多数をえら

れずに終った︒

ところで︑前にトールフォードが心細い弥縫策しかとりえなかった理由として当時の社会状況を述べる部分を引用したが︑そうした社会状況のもとでは︑それがいかにおだやかな改革案であったとしても︑法案によって・いわ饒得権が侵室.され︑あるいは父(夫)中心に築かれてき豪庭秩序が破壊される︑といった男性の側からする直感的ともいうべき反禁法案に対して起ってくるのもまた当然であった︒前記サグデ面の主張は︑まさにそうした男性側

の意見の袋として霧してくるのである..﹂︑﹂で機の妻を中心にとりあげ︑法案反対論を欝するが・その泪

(23)

イ ギ リス に お け る 面 接 交 渉 権 の 歴 史 的 考 察

的は︑前述のような当時の法律状況を支・兄ていたものとしての人々の家族観あるいは女性観などを明らかにすることにある︒

④ ナ グ 一ア ソ 卿 は 蘂 反 対 の 最 大 の 理 由 と し て ︑ 法 案 が ﹁ 子 と の 面 接 交 渉 を 庭 要 求 で き る 護 を 妻 に 用 意 す る こ

とによって︑今日別居の過程に立ちはだかっている障碍をとり払ってしま館ということをあげる・そして彼は・法

萎 ﹁ 夫 婦 別 居 離 婚 促 進 蘂 (.︑ 印 げ 竃 け・ 藝 轟 馨 き 昌 銭 血 ぎ § . 蕃 } ωぴ 畳 .. 昌 惹 義 ) ﹂ 毒 (摩 葬 叢 .麺 .鞭 縫 難 ︑籍 る饗 離 .鴛 羅 暴 は鳶 陰ま 蔭 難 辮 簿 ︑焚 韓 綜 警 讐 柵筒 ビ籍 終 耀 鐸

日鋳居しても︑まもな美の家庭の保護のもとから去った自らの罪を佗びて戻ってくるものである・と彼はみ(棄つまり﹁夫の家庭を去っ簸は︑子と面接交渉できないということを知っていれば︑妻は些細な原因では夫と別居しようとは考.兄ないであろう﹂という.従って法案は︑鵡則述のように︑この障害をとり払って別居を促進するものに外ならないのである︒

と.﹂ろで︑.﹂うしたナグ一アソ卿の主張に対して︑肇毒者であるス三議員(琴・<.ω彗)は・母の乏対する愛情が鑛の維持のため儀能している︾﹂とを認めつつも︑そのことξいて次のように反戦罷・

惣 辮 饗 誕 蝿鞭 曝 罐 灘 齢曙欝 難 蒲

(24)

都合がよいと感じているだけである︒ナグデソ卿の原理によれば︑妻は奴隷の地位におかれていることになる︒

そしてまた︑ス︑ミス議員は︑法案が別居を促進するという主張に対してもいう︒

現在の社会条件のもとでは︑夫と別居する妻の状況は︑妻と別居する夫のそれと比べてはるかに不利である︑ということを忘

れるべきではない︒夫はこの事態︹11妻と別居する状態︺において︑いかなる害を被るというのであろうか︒夫が妻に対してひ

どい虐待を加・兄たため告訴されたという場合なら格別︑一体世間の人が妻と別居する夫との交際を拒んだことがあろうか︒夫と

別居する妻に対して夫の場合と同じ扱いをしただろうか︒﹁否﹂である︒妻に︑これまで自分が社会的に占めてきた地位を奪わ

れるようなスキャソダルがあったとしよう︒彼女は男の場合よりもずっと困難な状態で裁きをうける︒中傷が告発者であり︑世

間の盲信が裁判官である法廷で彼女は裁かれるのである︒

 

スミス議員が指摘するように︑当時の社会条件のもとでは︑おそらく妻が別居することには多くの困難がつきまと

っていたであろうことは相像に難くない︒そして︑妻に別居を思いとどまらせる根本的な理由はむしろそうした社会

条件なのである︒もちろん︑母にとって夫との別居が場合によっては子との永遠の離別を意味するような当時の法制

のもとでは︑サグデソ卿が考えるように︑妻が子に対する愛情ゆえに夫との別居を思いとどまることも多かったであ

ろう︒しかし︑だからといって︑同じ社会条件のもとで︑妻に子供との面接交渉の途を開くことが別居を促進するこ

とにはならないのである︒サグデソ卿も多分そのことは十分承知のうえでかような主張をなすものと思われる︒では

彼のかような反対論の主眼はどこにあったのであろうか︒

まず︑彼が母の面接交渉の承認をただちに別居の促進ということに結びつけるその発想方法に注意しなければなら

ない︒しかも彼は第二読会での反対演説の冒頭において﹁賢明な立法者というものは︑夫妻をある共通の利益によっ

て結びつけておこうとするものであるが︑賢明でない立法者は別居するための便宜を与えるもの備レと述べている・

(25)

O

イ ギ リ ス に お け る 面 接 交 渉 権 の 歴 史 的 考 察

.﹂の.﹂とから明らかなように︑彼にとっては︑こうした家族関係の葎においては麺の絆をいか繰持するか・という視占ぶ最も重要な.﹂となのである︒しかも︑その鑛は夫の権力を中心とした秩序をもったものである・そして・.﹂の秩序をくずす︑︑とは︑ま乏鑛の絆を弛緩させることなのである.妻に子供に対する幾分かの権利を承認する.﹂とは︑まさ︑にそうした秩序の一角をくずすものに外ならない・彼はい狩四す套ち・

た毅 繋 鰭 で霧 婁 襲 も避 雛 上醜 讐 馨 鱗 欝 蟻 醐肋 解諜 毒

権能を母の走確立してきたのである.もし.﹂の点に注目するならば︑法案によって︑家庭の道徳をはぐくみかっ保存してきたところの絆が︑弛緩し弱体化されることに気づくであろう︒

前述のように彼は︑賢明な立薯笑婦に共通の利益によって婚姻の維持をはかるべきだというが・彼によれば・その絆たるべ異通の利益は夫婦の間の子である.しかし彼自身も認めるように︑それはもっぱら謹対してのみ働く拘束であるが︑鑛の維持という至上命令のためには︑そうしたいわば妻の弱みをも利用すべきなのであり・専横

癸に対する子ゆ︑あ服従もそのための妻のあるべき姿簾かならないのである.そして・このようにもっぱら妻の側の服従にだけ別居や離婚の防止機能を担わせることも︑彼がおそらくは前述の三領分の原理Lを自明のこととして︑家庭を守ること箋の役割であると考えるから︑むしろ当然のことなのである.しかも・彼自身は・これが前に引用したス︑︑︑ス賛の反論にあるような妻の奴隷化の主張とは決して考えない.つまり︑妻はこのように従順であれ

鰐 議 楼 讐 繍 麓 蒔 肋蠕 躯 綜 藷 麟 齢 厩編 上の 権能 とい 刎

回右に見たように︑サグ一アン卿は法案がコモソ・乏よそ確立された夫忠の家庭秩序を崩壊させるものとよ

(26)

, て︑それに反対するが︑さらに警︑雇率庭蘂によっ美にもたらされるいくつかの不利益姦調する・まず彼は︑法案が妻に権利を与えることの不満を表明して次のように述べ繍四

か 矯 鐸 蘇 筋 嬢 如 何 に か か わ ら ず 子 の 瞠皿 護 に 対 し て 絶 対 的 な 権 利 を も つ .﹂ と が ︑ 全 体 的 に 芸 利 華 る

前述のように法案は︑夫と別居した妻孚との面接交渉を認めるかどうかを決定する権限を裁判暫与えるというものであるにすぎず︑決して妻繕対的な監護権を与えるものではないし︑サグデ面自身そのことを理解していないわけではない.とは︑次の引用より明らかである.しかし婆︑かかる面肇渉の承認が必ず婁の絶対盤護権の承認という結果を将番おいてもたらす﹂と姦感曇知しているのである.なお︑彼が︑右箋の行為の如何にかかわらずその権利を認めるとしているが︑,﹂れは︑察︑法案において﹁﹃親﹄という言葉が蛋して用いられているが︑非行を犯し︑家族をかえり見ない女が︑その霧を忘れ︑多分書いうタイトルを失っても・親であることは

失わないので︑法案は︑.﹂れを配慮し︹そうした女にも︺それ丁面接交渉︺を用意してやるためであろう﹂とし(禦別居ないし聾におけるいわゆる有責配偶者にも子との面接交渉を認めることになる点を批判することと対応するものであるが︑(恒12)﹂れに対してトルフォードも﹁﹃親﹄という言葉を用いて︑その問題ξいての現行法の改正をするつもりはない﹂として︑有責の妻を除外することを認めている︒

サグデン卿は妻に権利を承認することξいて︑さらに次のように言魍

撫 郵 撫 醗 諜 難 難 瀦 繕 鱗 螺 霧 嚇碧 翫 慰 縫 鱗 繋 鞘韓 嚢

(27)

イ ギ リス に お け る 面 接 交 渉 権 の 歴 史 的 考 察

縫 籍 繋 愚霧 驚 .翻 叢 辮 鐙 噛隈難 溝

グ一アン卿はその占州に反対するわけである.しかし彼は単にこの豪委訴える薪を弩し・対芝争いうるという占州だ喋なく︑右の引用からもある程度明らかなよ乏︑裁判暫夫の権利への介入を認めることもまたおもしろく

繕 響 蕪 講   鵜 雛  撚 灘 雛 蕪 羅 蟻 難 灘

鑑 灘 衡鋸 難 鵬講 欝 霧 礫鱗 塩麟 欝

27{243)

u‑施 一r鞠

「ひ

瞭}h

(28)

(17)いう考・兄を前提としているのである︒もっとも彼は︑夫の権利行使につき︑社会的サンクショソを云々しているが・し

かし前述のス︑︑︑ス議員も指摘したような︑別居自体に関しての夫と妻に対する社会の対応のちがいが厳然と存在する

としたら︑右のサソクショソが夫に対してどれほどの強さをもって作用したか疑問であり︑いずれにしろ彼は︑夫の

恩情的な態度により問題はほとんど解決されているものとする考え方を前提として︑さきの裁判所の介入による紛争

の激化を指摘するのである︒彼は︑妻が面接交渉を求めて裁判所に提訴し︑その結果争いが激化するに至る過程を詳

細に述べているが︑そこにおいても︑﹁妻は︑婚姻生活のみじめさを述べ︑夫が婚姻でもたらされた不利益は忘れ⁝⁝

彼女が不偶と虐待にいかに長く耐えてきたかをもっぱら示す﹂ことに努め﹁夫は︑そのような供述書に激怒し﹂それ

に対抗しようとすることによって紛争が激化するものと説明してい麺呈のように・サグデソ禦・裁判所の介入

によって夫婦の紛争が激化する︑と主張するとき︑それはむしろ︑夫の権利への介入自対に対する反擾とみることが

できるのである︒

なお右の点に関連して︑反対派のショウ議員(]≦﹁・ωゴ⇔≦)が︑﹁デリケイトな心をもった女性なら︑裁判所に介入

を求め︑その権利を行使することなどするはずがない﹂と述べている点は興味深い︒

サグデソ卿にとってはまた︑そうした裁判所での夫婦の争いは︑その陳述がすべて公刊され︑それが﹁世間(島①

≦︒二飢)にパレ!ドする﹂ことになる点も裁判所の介入に反対する理由となっている︒

また彼は︑右のようにしてなされた裁判所が︑法廷侮辱罪によって強制されることになることも反対する︒なぜな

 ら多くの夫を監獄に送ることになるからである︒しかし前述のように︑夫の申請した人身保護令状によっても子を手

放さない母たちは︑当時のコモソローのもとですでに同じ処偶を受けていたのであり︑右の主張はまさに男の側から

の身勝手な主張そのものであることはいうまでもない︒

(29)

㊨ナグデ面はまた法案に対して次のように批判す翰・)‑

轟 鞭 講 灘 講 驚難 藤 雛 懲 灘

イ ギ リス に お け る 面 接 交.,の

繍 欝 鱗

殿 的 考 察e

胃r即

糎 糊  

 ﹄

(30)

は . 持 前 の 革 新 性 の 故 か ︑ あ る い は 衆 議 院 で の 法 案 の 圧 到 的 多 数 で の 通 過 を 患 っ た た め か ︑ 芳 で 母 の 乏 対 す る 面

鰹 渉 権 の 承 認 と い ‑ .︺ と 自 体 に は む し ろ 積 極 的 に 慧 裏 明 す 穣 し か し な が 盆 方 で 次 の 乏 蘂 を 批 判 す

 

法案は︑現存の諸悪の一部にのみ適用されるものであり︑しかも︑この国全体に︑そして夫婦の法の基本原理全体におどろくべき変化Ilすなわち︑これまで家族の保護を図るもの︑また子供の教育の指導原理における有徳性を確保するもの・とみられ

てきた法の革新をもたらすものである︒

つまり︑婚姻法の原理にそうした一大変革を加えようとする以上︑現行法のもとに存在する諸悪の根源を断ち切る

ものでなければならない︑と主張するのである︒

ちなみに︑彼が現行法のもとにおける諸悪として指摘するところを見ることにしよう︒

篁 に 彼 は ︑ 夫 婦 の 財 産 関 係 の 不 平 等 を 指 摘 裁 ・ す な わ ち ・

妻の動産(にo巳ω印巳6冨洋巴ω)は夫の手中にあり︑また︑家族や子を扶養すべき冷酷な夫に代って妻が仕事についている

のに︑夫は厳しさや残忍さをもって妻にあたり︑年中︑贅沢に飲み歩き︑彼女の賃金を情婦との交際に費やしている・ということくらい残酷で虐待的なことがありえようか︒︹しかし︺法は︑そのような女性からの不平には沈黙しており︑たとえ沈黙しな

いとしても︑せいぜい︑自分のパソは︑自分の額に汗して食べるべきだ︑と言うくらいで︑さらには夫は妻の働きで食べ・情婦

のために妻の財産を浪費せよとさえいうのである︒

第 二 に 彼 は ︑ 夫 ま た 箋 が 奮 を 犯 し た 場 合 の 法 の 扱 い に つ い て の 不 平 等 を 指 摘 為 ・ す な わ ち ・

姦通は⁝:男女双方につき神の法にょり禁止され︑原理上平等に国家法の非難を受ける︒もっとも共に処罰はされないが︒

︹しかともし妻が︑婚姻の際に誓った夫への忠誠に背いたとすると︑彼女は訴秀れないけれども・婆の情夫に対する損害賠償

(31)

イ判 スにお ける面徽 灘 の歴史的擦e

叢 灘 無 醸鱗 蕪 難

操 難 右 の 姦 通 に 関 連 し て ︑ 姦 通 を 理 由 に 離 婚 す る 場 ξ い て の 夫 妻 の 不 平 叢 ξ い て も 言 及 す 緯 難 響 藁 辮窯 羅 箏 鍵 難 撫 鍵 鱗 綜

31(247)

(32)

のである︒

以上のように︑ブルーアム卿の主張は︑衆議院におけるサグデソ卿が旧秩序の維持︑父の権利の擁護のために法案

反対論を展開したのに比し︑きわめて革新的であり︑にもかかわらず前車の轍を踏まないための慎重論であったので

ある︒もっとも︑これが一貫していないところもないではなく︑たとえば︑彼が法案は︑婚姻法の基本原理に一大変

革をもたらすものと主張していることを右に見たが︑彼は現在の婚姻原理を前記引用のごとく評価し︑また法案によ

るその変華もって︑﹁婚姻制度の性格に︑不道徳の流れがみなぎることが確実な運河を開論)ものとし・さらには・

姦通した母親には面接交渉権を請求できない︑とする法案の規定について︑その種の事件はしばしぼ証明が不可能だ

からとして︑事実上︑そのような女に子との面接交渉を認めることになることを危惧してい(聾とくである・

なお最後に︑ブルーアム卿が法案自体で反対すべき点として指摘する点についてもふれておくことにしよう︒

第一に︑彼は︑法案が﹁子供に対する両親(冨器三の)の面接交渉をより容易にするための法﹂とされている点を問

題にする︒すなわち彼によれば︑﹁父親は︑すでにいつでも自由かつ十分な子供との面接交渉権をもっているのだか

ら︑法案の名称はむしろ﹃夫と別れた妻にその子との面接交渉を可能にする法﹄とすべきで麓﹂というのである・

この点は︑後に法案が再提出される際に改められることになる︒なお︑前述のように衆議院において︑サグデソ卿も

この﹁両親の面接交渉権﹂とされている点を問題にしたのであるが︑彼の問題の仕方は右とはまったく異り︑彼は

﹁妻﹂としないで﹁親﹂とした点をもって︑非行を犯し︑家族を無視した女にも面接交渉を用意してやるために︑注

(36)意深く﹁親﹂と規定したのであろうとしたのであり︑両者の姿勢のちがいを示すものであろう︒

第二にブルーアム卿は︑法案が︑子供に関するすべてのケースが︑三つの衡平法裁判所ばかりでなく︑コモソロー

裁判所でも審理されるようにした点を問題にする︒これに対して法案支持派のリソドハースト卿が︑衡平法裁判所だ

(33)

イ判 スにおける面搬 灘 の歴史的擦O 繍 難 麟

撫 馨 轟 欝 剛鞍 響 蝿 讐 糊納饗 藤 餓 鐸 撫 鱗 欝 働顎騰 繋 襲 雛 鳳響 論欝

藻 霧 鞍 鐸 霧 綿繰 響 舞 誇 鴛 叶舞 箋 ㍉

33

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